月尾銀河レール→レールバイク→モノレール... 残ったのは凶物だけ(聯合ニュース・朝鮮語)
手抜き工事で開通できないまま撤去された仁川月尾銀河レールの後続の事業が混乱を経験し血税浪費の二の舞を演じている。

事業着手後10年間で建設費853億ウォンを含めて、金融費用まで約1千億ウォンの予算を浪費したが、責任を負う人はいない。

月尾島観光活性化のために企画された月尾銀河レール事業は、自由韓国党アン・サンス国会議員が仁川市長だった2008年7月起工式の後、本格的に推進された。 (中略)

月尾島を一周する6.1 kmに渡って橋脚とレールが設置され、4つの駅が新たに建設されるなど、工事は順調に行われているようだった。

しかし、完成目標時期が2009年7月に対して数回延期が重なった2010年6〜8月の試験運行中、車輪破裂事故が続出、到底開通することができない状況に至った。

後に検察の捜査で明らかになった事実だが、政治功績のために絶対に工期が不足している状態で工事を無理に推進したことが手抜き工事につながった。

完成後も数年間放置され、悩みの種と化していた月尾銀河レールは、2013年12月に新しい運命を迎えることになる。

当時のソン・ヨンギル市長率いる仁川市は月尾銀河レールをレールバイクに切り替えることにして、翌年5月には民間企業ガラムスペースを優先交渉対象者に選定した。

バイク型の軌道車両は、電動・手動兼用のキャップを被せる形で、気象条件が非常に良くない場合を除いては、4シーズン運行が可能なように推進された。

しかし、ユ・ジョンボク市長が2014年7月に就任した後、レールバイクの計画は全面白紙化された。

仁川市はレールバイクが天気の影響のために運行の安定性を確保しにくく自転車を漕がなければならない特性上、中高年層の利用率が低下すると見られるとして2014年11月に小型モノレールへの事業転換を定めた。

優先交渉対象者の地位を維持したガラムスペースはレールバイクを放棄し、小型モノレール事業計画を再開した。

月尾銀河レールの車両1編成における定員は70人だったが、モノレールの定員は8人で設計して重量を減らした。

モノレールは仁川駅から出発して、月尾島郊外路線を運行する47分間、窓から月尾島の景色を鑑賞したり、一部の区間ではバーチャルリアリティを楽しむことができるように設計された。

事業施行機関である仁川交通公社、ガラムスペースによる特殊目的法人仁川モノレールは2015年2月に実施協約を締結して2016年8月に完成を約束した。

月尾銀河レールの旧車両・レール撤去作業が昨年末に仕上げされモノレール事業は軌道に乗るかのように見えた

しかし、モノレール事業も現在事実上霧散したのが実情である。

仁川交通公社は、仁川モノレールの資金動員力が落ちて事業を行うことが困難実情とし、最近協約解約を議決した。

仁川モノレールは資金力は十分だと、事業継続の意志を強く示唆しているが、双方間の信頼が崩れた状況で事業推進が正常に再開されるかは非常に不透明である。

問題は、10年間も空回りし続ける月尾銀河レールに代案がないという点である。

民間資本を投入せずに仁川市の財政事業のみでモノレール事業を継続するには、市の財政状況が劣悪である。

また、仁川モノレールと協約を解約すると工事費の支払いをめぐる法的争いが避けられないので、他の民間事業者を見つけることも容易ではない。

既存の橋脚と4つの駅を全て撤去して月尾銀河レール事業を全面白紙化しようとすれ莫大な撤去費用がかかる上に、月尾島の商人からの反発も激しい。

仁川市の内外では、橋脚の上に安全柵やアクリルの透明壁を設置、観光客が桟橋の上を歩いて、海の風景を眺めることができる「スカイウォーク」で造成する案もアイディアとして取り上げられている。

追加費用の負担を最小限に抑えながら、観光資源として活用することができるという利点があるが、たかだか公衆歩道を作成しようとしただけで、1千億ウォンの費用を無駄にしたのかという非難を避けられない。

仁川交通公社が後続対策もなく、民間事業者へと責任をたらい回しする間に銀河レール構造物は、月尾島景観を真剣に損なう凶物から抜け出せずにいる。

仁川平和福祉連帯は最近の声明で、「月尾銀河レール事業が10年目の蛇行を経験しているが、誰も責任を負っていない」とし「血税と行政力を無駄にした責任をとってモノレール事業を決定した交通公社の経営陣と取締役は辞任しろ」と要求した。
(引用ここまで)

 みんな大好き月尾銀河レールの時間だよー。
 記事タイトルの凶物というのは見苦しい姿を見せている遺物……みたいな意味ですかね。

 月尾銀河レールの経緯がざっくりとですが理解できる記事になっているのがありがたいです。
 他にも試運転中の事故はかなりひどい頻度で起きていて、リアルに「ダメだこりゃ」になったのですけども。
 その後、一時期レールバイクにしようという話があったことだけは知っていたのですが、その経緯が分かったのは新たな収穫でした。

 その後、新たな小型モノレールとして生まれ変わる予定という話は既報ですね。
 2両編成定員70名だったものが、最大3両編成で1両あたりの定員を8人とすることで大胆な軽量化に成功したというものでした。
 具体的にいうと、こんな姿になったのです。



 さすがに苦笑するしかなかったですけどね。
 橋脚はそのまま生かして、レールを撤去してこのモノレール用のレールを敷設して2016年8月に「月尾モノレール」として開業予定でした。

 駅の建物なんかはけっこう立派なものなのですよ。詳しくは楽韓Webによるレポートをご覧ください。

 楽韓さん、韓国を行く:月尾銀がレールはこうして廃墟になった

 それなりに立派なものなので撤去にも相当な金額がかかるとされています。
 1月に訪韓した際に見てこようと思って下調べをしたのですが、まだ開業していないということしか分かりませんでした。
 実際には小型モノレール事業も破綻していたそうです。

 なんというか、案の定……って感じです。さすが仁川市。ありがとう仁川市。いつもネタを供給してくれて。
 そういえば仁川フューチャーシティも名称が「仁川スマートシティ」になってから以降の話をとんと耳にしないのですが、どこに行ってしまったのでしょうね。

廃墟本 THE RUINS BOOK
中田薫 / 中筋純
ミリオン出版
2016/2/22