【社説】韓国への嫌がらせ、中国にどんな利益があるというのか(朝鮮日報)
【コラム】中国は韓国をベトナムのような手強い隣国にしたいのか(朝鮮日報)
 中国が経済報復を行う中でも、2月の韓国の対中輸出はむしろ伸びたという。韓中の経済関係はそれほど密接なものだ。中国が石を投げれば、その石は韓国に当たるだろうが、すぐに自国にも跳ね返るブーメラン構造だ。こうした状況で中国が無差別な報復で韓国国民の反感ばかり買うことにいったいどんな利益があるのか考えるべきだ。
(引用ここまで)
 中国はアジア・オセアニアの62カ国を周辺国外交の対象と見なしているという。中国が経済成長に必死だった1990年代と2000年代には周辺国との関係は比較的平穏だった。しかし、2010年に世界2位の経済大国に浮上して以降は、筋肉質の外交が日常となった。南中国海(南シナ海)で絶えず武力を誇示し、米国の同盟国である韓国、日本、フィリピンなどには経済報復カードを切った。気に入らなければ力ずくでたたくというやり方だ。

 中越関係も南中国海の領有権紛争で再びこじれている。状況は30年余り前の中越戦争当時とは変わった。中国は既にベトナムがかなわないような大国になった。経済的にも貿易額が年1000億ドルに迫るほど両国関係は密接化した。それでもベトナムは中国にとってなおも一筋縄にはいかない国だ。ベトナムは米国と和解して関係を回復し、ロシア、インド、日本との軍事協力を強化するなど機敏な外交で中国をけん制している。ロシア製潜水艦、インド製ミサイルの導入を決め、海軍力も増強している。中国も最近はそうしたベトナムとの関係改善に取り組んでいる。

 中国周辺には戦略兵器競争まで繰り広げるインドをはじめ、都合の悪い相手が数多く存在する。韓国はそうした国とは異なり、1991年の国交樹立以降、26年間にわたり、中国とは大きな支障なく互いに利益となる関係を維持してきた。領土や領海をめぐる紛争もない。THAAD配備をめぐる最近の中国の報復が「小を得ようとして、大を失う」行為であるように思えるのはそのためだ。中国にとって都合の悪い相手をもう一つ増やすことにほかならないからだ。
(引用ここまで)

 政治、特に外交は経済的な利益のためだけに動くわけじゃない。
 記事中にいうところの中国が「筋肉質の外交」(ルトワックがいうところの中国4.0)に転じてからは、総合的な利益と中国が信じるためのもののために動いているのですよね。

 THAAD配備反対も、韓国との貿易利益を目的にしてやっているわけではない。
 中国派とされる冊封国の数々に対して、「一度朝貢してきた国が裏切ればこうなるのだ」というのを見せざるを得ない。
 南沙諸島やミスチーフ礁といった場所で「力による現状変更」をこれまでやってきたのだから、脅しによる外交をやめられない。
 日本にもそうしたし、フィリピン、ベトナムにも随時そうしてきた。

 ちょっと違うのは、これらの国々とは領土紛争の結果として圧力を加えてきたことが多い。日本は尖閣諸島で。フィリピン、ベトナムは南沙諸島について。
 それに比べて韓国ではTHAADミサイル配備という、いわば一段階小さな問題で圧力を加えてきたということを焦点とすべきだと思うのですよ。

 つまり、中国にとって日本、フィリピン、ベトナムという国々に比べて、韓国はより内側にある国であると認識しているということですね。
 韓国はこれを喜ぶべきか、悲しむべきなのか日本人の視点からはちょっと分かりませんが(笑)。
 カンボジアやラオスといった国と同等の冊封国であると認識しているからこそ、THAAD配備を嫌ったのです。
 究極的にはアメリカとの軍事同盟を終わらせようと画策している(そしてその戦略はうまくいっていた)のに、THAADミサイルを配備することで同盟が強固になることに困惑していた。
 その結果が今回の徹底した圧力、ということですね。

 これ、実際には現在の韓国に向けたものではないのですよ。
 日本政府による釜山慰安婦像設置への対抗措置が、現政府への圧力ではないのと同様に。
 次期政権を担うであろうムン・ジェインに対しての圧力であり、「おぬし、分かっておろうな」という目配せであるわけですよ。
 ムン・ジェイン本人は「中国の立場は理解できる」「だけども過度な圧力はよくない」ていどの発言に終始している。
 先週日曜日の発言がこちら。

韓国大統領候補の文氏「THAAD、中国の過度な圧力は正しくない」(中央日報)

 すでに経済政策について具体的な数字まで出して話しているのに、THAAD配備については「次期政権に任せるべきだ」と繰り返すだけ。
 魚心あれば水心、という感じですわな……。

いまの中国に対しての対策を考えるのに、これはよい本ですよ(もう何度目のオススメか分からんけど)。
中国4.0 暴発する中華帝国 (文春新書)
エドワード・ルトワック
文藝春秋
2016/3/18