チョン・ユラ容疑者はこうして面接でトップになった…入試の再構成(中央日報)
2014年9月22日、当時のナムグン・ゴン入学処長はユン・ソクヒョン管理部処長とぺク・ジヨン相談部処長を呼ぶ。入学願書受付の締め切りから1週間後だった。ナムグン処長は「(キム・ギョンスク新産業融合大学長が)チョン・ユンフェ氏の娘がうちの大学に志願したと知らせてきたので総長に報告してきたところだ」と説明した。ナムグン処長は、「チョン・ユンフェ氏とは誰ですか」という崔京姫総長の質問に対し、朴槿恵(パク・クネ)大統領との関係を紙に描いて説明したという。「選抜するようにと。そして私(総長)は知らないことにしてほしいと」。2人の部処長が記憶するナムグン処長の言葉だ。

翌月18日、体育特技者の面接考査があった。キム・ギョンスク学長はぺク・ジヨン相談部処長にぎこちなく「私は学長だが、ここ(面接)に入ってもよいか」と尋ねる。「かまいません」と答えると、キム学長は「ハム・ジョンヘ教授が体調を崩してやむを得ず私が来た」と伝えた。ペク部処長は面接委員名簿に一度変更があったことは聞いていたが、誰が委員かは機密事項であるため知らなかった。ペク部処長が当時の面接委員名簿を見て驚いたのは2年後だった。朴英洙(パク・ヨンス)特別検察官チームが取り調べの過程で見せた1、2次面接委員名簿にキム学長の名前が2つともあった。キム学長は最初から面接委員に含まれていたのだ。

面接考査が始まる前、面接委員のオリエンテーションがあった。ナムグン処長はあいさつの言葉を述べた後、「今回、うちの学校にアジア競技大会の金メダリストが志願したというのを知っているでしょう」と話し始めた。驚いたユン・ソクヒョン部処長が面接委員に「冗談と思って聞いて独立的に評価してほしい」と話したが、「総長が無条件に選ぶように話した」というナムグン処長の言葉と重なった。ナムグン処長は面接委員らにこのように叫んだ。「金メダルです、金メダル!」。しかしメダルの実績は考慮しないことを3週前の「入学選考公正管理対策委員会」会議で決定していた。 (中略)

2015学年度随時募集体育特技者選考の合格者発表が最終決定した10月28日の教務会議の前、ナムグン処長はユン部処長とともに崔京姫総長を訪ね、チョン・ユンフェ氏の娘が合格したと報告した。崔総長は「それは誰ですか」と尋ねた。ナムグン処長は「大統領の側近」という表現を使いながら説明していた。すべて聞き終えた崔総長の言葉はこうだった。「そうですか。私は事後報告を受けたということにしてください」。
(引用ここまで)
 いまはデンマークで「なにがなんでも韓国には帰らない」と抵抗しているチョン・ユラの、2年ほど前の梨花女子大での面接の様子を採録したものだそうですが。
 ……コントみたいですね。
 特に「金メダルです、金メダル!」ってとこ。
 このシーンでチョン・ユラ(チョン・ユンフェ)は乗馬服姿でアジア大会の金メダルを首からかけていたそうです。 

 ナムグン・ゴン処長というのが入学に関する責任者で、キム・ギョンスクというのは当時の健康大学の学長だったはずですが……翻訳の問題か、いまはそういう立場にいるのか。ま、ともかく。
 このふたりは国会の参考人質問で「私は知らなかった、あいつが責任者」というのをやりあっていたのですよ。 
 けっきょくはどちらも関与していて、逮捕されたということなのですが。

  で、この「コント・面接」のあとに当然のように合格し、例の韓国における最高の名言「親の金も実力のうち」という発言をfacebookに残したのでした。
 そしてその発言もあって、チョン・ユラはチェ・スンシルよりも韓国の若者たちには恨まれているという話です。 
 そんな部分もあって、韓国に帰りたくないと抵抗しているのでしょうね。かつて「おまえらは下民なんだよ」と見下していた人間に哀れみの目で見られるわけですから。

 でもまぁ、こんな「事情のある面接」は韓国でいくらでもある風景。
 企業でも大学でも同様です。
 その風習を利用して、どこの馬の骨とも分からない人間が「○○さんからこちらで面接を受けなさいと言われた」と電話しただけで入社できてしまうという詐欺事件が起きるのですよ。
 「○○さんからの紹介では入社させないわけにはいかない!」となってしまうのですが実際には知り合いでもなんでもなく、ホームページで役員の名前を見て口に出しただけだったという。

 昨今のろうそくデモは「そういった風習をもうやめよう」という部分が大きく、そのために若者の参加が多かったという話ですが。
 ……まあ、彼らの望む「キレイナ韓国」を彼らが生きているうちに見ることはできないでしょうけどね。 

呆れた哀れな隣人・韓国 (WAC BUNKO 248)
呉善花 / 加瀬英明
ワック
2016/12/24