明仁天皇「戦争できる日本」に座を投げ打ち警告(中央日報)
今年5月は日本の未来に決定的に重要な時期だ。3日は日本平和憲法が公布されて70周年になる日だった。安倍晋三首相はこの日読売新聞とのインタビューで、「東京五輪が開催される2020年を『新しい憲法』が施行される年にしたい」と述べ初めて憲法改正スケジュールを具体的に示した。一生の目標である憲法改正を本格始動するという宣言だ。安倍首相は明治維新150周年を迎える2018年を前後して平和憲法を改正し、日本を「戦争のできる普通の国」に変えようと長い間準備してきた。 (中略)

だが安倍首相は昨年8月8日不意の一撃を食らった。明仁天皇がこの日ビデオメッセージを通じ譲位の意志を直接明らかにしたのだ。天皇を頂点に全国民がひとつに総意を集め侵略戦争に出た「軍国主義の追憶」を再演しようとする安倍首相の構想が巨大な伏兵に会った格好だ。 (中略)

明仁天皇は積極的な親韓派平和主義者だった。機会があるたびに平和を強調し韓国に親近感を示した。明仁天皇は1990年、「わが国によってもたらされたこの不幸な時期に貴国の人々が味わわれた苦しみを思い私は痛惜の念を禁じえません」と発言し、侵略の歴史の加害主体が日本であることを明確にした。2001年に韓日ワールドカップを控えた時期には右翼の圧迫にもかかわらず「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であり、韓国とのゆかりを感じている」と述べた。2005年のサイパン訪問時は韓国人慰霊塔も訪れた。敗戦70周年となる2015年1月には「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことがいま極めて大切なことだ」と一喝した。過去の侵略の歴史を反省するどころかむしろ美化しようとする歴史修正主義勢力に「歴史をありのまま見つめ過去に対する痛烈な反省と未来設計の材料にしよう」というメッセージを伝えた格好だ。皇室が再び右翼政治家の添え物にはならないという意志の表現でもある。

そんな明仁天皇が生前退位の意思を明らかにしたことは意味深長にならざるをえない。平和主義者であり親韓派である彼の生前退位は安倍首相と右翼勢力を中心とする憲法改正勢力に送る警告状と解釈できるためだ。天皇を前面に出し軍国主義時代の郷愁をなだめようとする右翼の企図を明仁天皇が「座」を投げて拒否したものという解釈が出てくる理由だ。 (中略)

日本では譲位が高度な政治活動にならざるをえないという事実を歴史はよく示している。明仁天皇の譲位は民主主義時代の日本の君主の役割をよく示す事例でもある。
(引用ここまで)

 なぜか韓国では天皇陛下は親韓であるということになっています。
 今回の譲位も「憲法改正を狙う悪劣な安倍政権の狙いを覆すためのもの」となぜか韓国ではされているのですよね。

 親韓の根拠はワールドカップ前年に「続日本紀に桓武天皇の生母が武寧王の子孫であると記されていることに、韓国とのゆかりを感じます」とのお言葉があったこと。
 そしてサイパン訪問時に韓国人慰霊塔をも訪れたことが挙げられています。

 ゆかり発言に関しては楽韓Webに書いたこちらのエントリをごらんください。

日韓に見る天皇陛下による『ゆかり発言』の温度差

 当時から韓国ウォッチャーは「いやぁ、これは想像以上のリアクションだわ」とニヤニヤしながら見ていたものでした。
 後年になってこの温度差(日本側はゆかり発言をほとんど取り上げなかった)に対して韓国マスコミから「言論弾圧国家だ!」なんてバカっぽい発言もあったりしましたね。

 サイパンで韓国人慰霊塔へのご訪問も、当時は日本国の臣民であった人々であったからと考えれば普通のことです。
 例えば近年のパラオへのご訪問も激戦地であったということだけではなく、当時は臣民であったパラオの人々への感謝を表すためという同じ文脈で考えることができると思います。

 あたかも「憲法9条を守るため」に、あるいは「韓国をはじめとしたアジアの国々のため」に譲位するのだというような話が、韓国では当たり前のように語られていて苦笑するしかないのですよね。
 おまえらが政治利用するなって話ですわ。

天皇陛下の全仕事 (講談社現代新書)
山本雅人
講談社
2009/1/20