「部屋まで入ってきて、カチッ...私の貧困が見世物か?」(朝鮮日報・朝鮮語)
ソウル鍾路区昌信洞安宿に住むキム某(78)氏は、今年の夏以降、いくら暑くてもドアと窓を開けない。去る8月中旬た男性が隣の所有者が、しばらく外出した間の訪問を開くと写真を撮るのを目撃した。週末には、金氏の家にも開いているウィンドウの隙間からカメラを突きつける人が多かった。声をあげて抗議しても、それだけだった。一坪余りの部屋には、人々のカメラを避けるスペースがない。キムさんは「ここを誰かの家だと思えばそうできますか。近所の遊園地ぐらいに考えているようだ」とした。

安宿出写(出写・写真を撮るために、屋外に行くこと)が流行している。「ソウルの1960〜1970年代の風景を見ることができる場所」として安宿写真を撮って、個人のソーシャルメディアなど上げる。その写真の下に「人生の哀歓」のような感性的説明が走る。その写真のために住民が受ける苦痛は無視されている。

去る14日午後2時、ソウル永登浦安宿のコンテナ配給所前。住民10人余りが並んでいた。50mほど離れたところで一人の男性が望遠レンズをつけたカメラでその様子を撮っていた。この男性は「安宿は人の率直な姿を加飾なく見せてくれるので、良い被写体」とした。 あるネチズンは、自分のブログに「私が持ってささいなことにも感謝してなる」という文と一緒に永登浦安宿写真を掲載した。写真の中には安宿外観だけでなく、無料の配分を受けている住民の顔が含まれている。

安宿の住民は「私が貧しいことが光景になるのか」と反発する。ソウル鍾路区ドンウイドンに住むパク某(73)氏は、「タプコル公園に並んご飯を受けることが恥ずかしく炊き込み食べる人」とし「しかし、私はどのように住んでいるかをみると、カメラを持って歩き回る人はあ気持ちがいいのか」とした。特に夏場は、住民が訪問を開いたり、下着姿である場合が多いが、このような姿も撮影されている。

ソウルドンジャドンの安宿の住民が上着を脱いだまま家にいる姿を撮った写真もインターネットに歩き回る。ソウル市自活支援の関係者は、「2011年にある写真家が安宿に実際に居住し、住民の同意を得て写真を撮って展示した「温かい視線が感じられる」という評価を受けた」とし「このような写真や、他人の生活を見ように撮る写真は異なっているとしか言いようがない」とした。ソウルの代表的な安宿は鍾路区ドンウイドンと昌信洞、中区南大門路5が、龍山区ドンジャドン、永登浦区永登浦洞などである。 (中略)

ソウル鍾路区イクソンドン一帯は開発制限に縛られ、古い韓屋の建物が残っている。家主に高齢者が20万〜30万ウォン家賃を出して韓屋の形の家で長屋暮らしをしていた場所だった。長屋が一つ二つカフェに変身した後、韓屋と洗練されたお店が一団となって異色な雰囲気を持つ町で有名になった。しかし、村にはまだいくつかの韓屋の形態の長屋に住んでいる人々が残っている。これらの人々は住民ではなく、韓屋村の小物程度と扱われているのが実情である。
(引用ここまで)

 韓国の貧民街のひどさは日本のそれなど足下にも及ばないひどさです。
 大阪あいりん地区ですらも敵わないレベル。
 タルトンネと呼ばれていますね。
 意味は月の街。
 交通の便が悪い丘の上にあるので、より月に近いということから誰ともなく名付けられたそうですが。

 ほとんどのタルトンネ、特にソウルに点在していたところは再開発の対象となって消滅しました。言葉の通りにブルドーザーでざっくりと「処分」されるのです。
 違法占有であるということで、本当にまっさらにしてしまうのです。
 その勢いで慰安婦像もまっさらにすりゃいいと思いますがね。

 閑話休題。
 まあ、そういったタルトンネは言ってみれば韓国の原風景でもあるのです。
 朝鮮戦争でまっさらになったソウルの掘っ建て小屋を現代に見るというような感覚でしょうか。
 ただまあ、日本人が明治村行ったり、三丁目の夕日を見たりするのとは感覚がちょっと違う気がしますけどね。

 記事にはありませんが、YouTuberとかも「潜入、タルトンネ!」とかやってそうです。
 ……さくっと「달동네」でYouTubeを検索してましたがニュース記事中心で、YouTuberのそれみたいのはあまり見あたらなかったかな。まあ、でもきっとあると思いますが。
 冬になると「貧民街に練炭をお届け」というニュースがありますが、あれはタルトンネにはガスがきていないからなのですね。

 まあ、正直なところ、苦しんでいる韓国の青年層が、こういうものを見て「下には下がいるということで安心する作用」が働いている気がします。

この本は抜群に面白かった。学者が実践ってすごいよなー。
経済学者 日本の最貧困地域に挑む―あいりん改革 3年8カ月の全記録
鈴木 亘
東洋経済新報社
2016/10/7