【寄稿】キャンドル市民のほろ苦い自画像(朝鮮日報)
 年末年始のコ・ジュンヒちゃん事件、提川スポーツセンターでの火災事件、 ソウル市江西区でのクレーン事故のニュースに立て続けに接し、胸が張り裂けるような思いになった。幼い娘を死なせてしまったことでも物足りずこれを隠蔽(いんぺい)しようとし、29人が命を失った火災現場をまたもや路上駐車の車が邪魔をし、何度も繰り返された警告にもかかわらず再び安全規則を無視してクレーンのアームが出勤途中のバスの乗客を襲った事件を、一体どのように受け止めるべきなのか。

 忘れたころに再び勃発する米国の銃器乱射事件が、結局誰でも容易に銃器を手に入れることのできる不用意な銃器管理制度に起因しているように、同じ事件や事故が繰り返される裏側には、韓国社会の至る所にはびこっている非人間性、道徳的欠如、無責任さが見え隠れする。程度の差はあるかもしれないが、現代の韓国社会を生き抜く全ての人間に当てはまる残念な自画像だ。このようなわれわれの姿を何と呼ぶべきか。2017年の1年間、各種のセミナーやシンポジウムでまるで合唱のように響きわたった「偉大な市民」、公式的な行事のたびに現政権が韓国社会の構成員をおだて抜いた「偉大なキャンドル市民」とでも呼ぶべきか。 (中略)

 公式的な研究結果を幾つか見ても、事の成り行きは明白だ。ソウル大学社会発展研究所が2014年に実施した研究結果を見ると、韓国は経済協力開発機構(OECD)に加盟している33カ国のうち、公益性は33位、市民性は31位であることが分かった。同年に全国の小中学生1万3000人を対象に行った韓国教育開発院による調査では、高学年になればなるほど道徳性や市民性が欠如した。2009年に国際教育協議会が全世界の中学生14万人を対象に調査を行った結果、韓国の青少年の社会性は36カ国の中で35位と、ほぼ最下位だった。 (中略)

 自尊心を守ることができる人など誰一人として存在せず、決して安全とは言えない利己的な個人たちが、互いにののしり合いながら乗り込んだ「火車」のようなこの社会像は、最近人気を呼んでいる映画「神と共に」に描写されている地獄図とまではいかないにしても、偉大な市民社会でないことだけは誰の目にも明らかだろう。

 プロの政治勢力である政府与党とその背後の進歩陣営が、これを知らないわけがない。だからこそ筆者は、これら陣営が韓国人を偉大な市民、さらには偉大なキャンドル市民と呼ぶ時、ぎこちなさを通り越して、無念な思いに打ちひしがれる。この言葉をあいさつの際の虚辞として受け流すには、その後に続く「人民/人民の敵」「ドンム(友人)/反ドンム」などのように、敵と味方を明確に分ける政治的意図が感じられるためだ。

 切迫した思いで、政治的な考慮は一切なくし、韓国社会の悲惨な現実を正面から直視することを願う。
(引用ここまで)
 一番最初のコ・ジュンヒちゃん事件というのは、病気の5歳の女児が父親によって殺害、遺棄された事件。当初は行方不明事件とされていたことから韓国で大きな事件として連日報道が行われていたものでした。
 堤川ビル火災については楽韓Webでも扱いましたね。タワークレーンについては今月中に一度特集っぽい感じで扱うと思います。

 さて、ろうそくデモ……いや、ろうそく革命によって韓国人は最高の国民であることを世界に示したなんて話はもう何度も何度も、飽きるほどに出ましたね。おととしの年末くらいからパク・クネの弾劾、失職が決定した3月くらいまでは本当に笑っちゃうくらいに表現を微妙に変えて何度も何度も出たものでした。
 そのたびに「バカなんじゃねえの」……おっと、言葉が過ぎました。
 そのたびに楽韓Webでは「韓国がどうなるかの具体的な目標もないのに、パク・クネが失職すればそれですべてがよくなるかのように言っている。韓国人のみなさんはちょっと頭が足りないのではありませんか」というような話をしたものですが。

 なにも変わっていない。
 セウォル号沈没事故のスケールや場所を変えた「プチセウォル号事故」は無数に起こり、橋は落ち建物は傾く。あと3ヶ月もすれば春の訪れと共に道路も陥没をはじめることでしょう。
 ムン・ジェインは保守派に報復を続ける。
 保守派の根切り政策が完全に成功しないかぎりは、保守派が政権を奪還したときには逆に報復されることになるでしょう。
 大きな事故が起きたら「なぜ韓国でこのような後進国的な事故が起きるのか」とメディアが社説で嘆くことでしょう。
 そして楽韓Webでは「はいはい、易姓革命、易姓革命」と嗤い、「なぜって韓国が後進国だからだよ」と解説を続けることとなります(断言)。

善悪の彼岸 (光文社古典新訳文庫)
ニーチェ
光文社
2009/4/20