東亜建設「ドンスコイ」の権利を主張……「220億ウォン相当の金塊の存在を推定」(聯合ニュース・朝鮮語)
ロシア専門家「ドンスコイには金貨はない……戦艦の所有権は、ロシアに」(KBS・朝鮮語)
東亜建設は19日「ドンスコイ号は2003年に私たちが発見したという事実は、当時の記者会見で対外公表されている」とし「浦項海洋庁の許可を受けて、通常のルートでは船を見つけた私たちに、最初の発見者の権利がある」と述べた。

同社は「最初の発見者が法的にどのような権限を持っているかについては、議論が必要だ」と言いながらも、「最近シニルグループがまるで沈没してから113年してから最初に発見したかのように主張しており、この部分を正す必要がある」と主張しした。

過去上場企業であった東亜建設は、裁判所の破産宣告で上場廃止されたが回生手続を経て、現在は正常に運営されている。昨年の監査レポート上連結売上高は1千400億ウォン水準だ。

東亜建設はドンスコイ号発見のニュースで、2000年12月15日から翌年1月4日までの株式市場でなんと17日連続ストップ高を記録した上場廃止後も海洋研究院と探査を続け、2003年6月に「ドンスコイ号推定物体」を発見した記者会見を開いた。しかし、債権団は引き揚げ作業をしなかったために2014年の発掘許可期間が終了した。

東亜建設は「シニルグループがしたことは、私たちが先に発見した座標に移動し、過去よりも良くなった機器で比較的鮮明な映像を撮影したものに過ぎない」とし「まだ正式発掘許可を受けていないシニルグループが、もし金貨一枚であっても引き揚げたのならそれは盗掘」と指摘した。

続いて「当時、私たちが「ドンスコイ号推定物体」とはっきりしていないように明らかにしたのは、1905年に沈んだドンスコイ号沈没100年にならなくて、ロシアとの所有権紛争を避ける必要があったから」とし「当時も既にドンスコイ号を発見したことが確実だった」と付け加えた。

東亜建設は「シニルグループは、ドンスコイの価値が150兆ウォンだと主張するのであれば、規定上の発掘デポジット(宝庫推定値の10%)は15兆ウォンとなり、それをどのように支払うのか疑わしい」とし「私たちは、ドンスコイに金塊が500堋度あると推定して現在価値には220億ウォン水準に思う」と付け加えた。
(引用ここまで)
ロシア現地の専門家たちは、船に金が載っている可能性は小さいと主張しました。同時に戦艦の所有権は、ロシアにあり、ロシア政府の承認なしに船を探索したり、引き揚げてはならないという主張も出ました。

軍事歴史家である沿海州ウラジオストク極東連邦大学教授キリルコールレスニー・シェフチェンコは18日(現地時間)RIAノーボスチ通信に「列車を利用してウラジオストクまで金を輸送することができるのに、なぜ戦闘艦に載せる必要があるのか。神話である可能性が高い」と指摘しました。それとともに「巡洋艦は1905年から深海にあるために、劣化しておりサルベージは難しいだろう」と予想した。 (中略)

戦艦の所有権がロシアにあるという主張も続きました。

コールレスニー・シェフチェンコ教授は「乗組員の遺体が残っている沈没した船は、戦争埋葬地とみなされており、ロシア政府の許可なしに船を引き揚げたり、船上で何をすることはできない」と強調しました。 (中略)

ロシアのバルチック艦隊所属の1級ベルーガ巡洋艦ドミトリードンスコイは1905年の日露戦争に参戦したが、日本軍の攻撃を受けて鬱陵島近くで沈没したが、この船には、現在の価値で約150兆ウォンの金貨と金塊約5500箱(200 t)が載っているという噂が以前からありました。
(引用ここまで)

 先日の「ドンスコイ発見」について、ロシアの専門家からは「沈没した船の所有権はロシアにある」「っていうか、そもそも戦費としての金貨を巡洋艦に積むとかない」と指摘。
 ……まあ、ロマンとしてはありだと思いますけどね。
 徳川埋蔵金やらナヒモフ号に眠る10兆円の金塊だとかと一緒で。

 その一方で以前にドンスコイ号を発見したと主張していた企業から「第一発見者は我々だ」という記者会見がありまして。
 もうすでに引き揚げ許諾期間は過ぎているのですが、それでも「シニルグループがドンスコイから金貨1枚でも引き揚げたら盗掘だ」と言っているっていう。
 こちらは万が一お宝が見つかるようだったら我々の物だというような保険をかけていこうということですかね。

 ま、どっちにしてもサルベージにはかからないと思います。
 実際にサルベージしてしまったら、「なにもない」というオチが分かってしまうでしょうからね。ロマンとして株価対策に費やすのが一番よい手法でしょう。
 むしろこの東亜建設とシニルグループの言い争いのほうが気になります。
 いわゆる韓国人が大切にする「正統性」を巡っての争いですからね。
 「我こそは第一発見者なるぞ」「いや、それは違う」というような争いがいまから目に見えるようです。