[コラム]“消えた”安重根記念館(ハンギョレ)
 中国のハルビン駅に安重根記念館ができたのは2014年1月だった。1909年、伊藤博文を射殺した現場の直ぐ前の貴賓用待合室を改造して作ったものだった。 (中略)

 記念館の内部には、安重根の生涯とハルビン駅の挙事、彼の思想などに対する説明が写真と共に韓国語と中国語で展示されていた。安重根が遺した筆文字も懸かっていた。何よりも圧巻は、展示館の奥の全面ガラス窓から見える外の光景だった。安重根が伊藤を射殺した1番ホームだった。床には安重根と伊藤が立っていた場所が表示され、上には現場を知らせる表示板が「1909年10月26日」という日付とともに懸かっていた。

 わずか4年余り前に作られたハルビン駅の安重根記念館の話を持ち出して、すべての文章を「過去型」で書いたのは、この施設が今はなくなっているためだ。ハルビン駅舎がまた大々的な増改築をすることになり、記念館は昨年3月に休館され、後に撤去された。1番ホームも撤去された。今月5日に訪ねたハルビン駅で職員に尋ねたところ、目隠し幕が張られた工事現場を指さして「記念館と義挙の現場はそこだと言った。今はすべて撤去され見ることはできない」とのことだった。

 ハルビン駅の駅舎は、100年余り前のロシア時期の姿に変身中だ。外観は伝統的だが、屋内は現代的に整え、中国が誇る高速鉄道に相応しい東北地方の中心駅を目標にしている。

 今年末には工事が終わると言っていた新駅に、安重根記念館も帰って来るだろうか?
(引用ここまで)

 当初、パク・クネが「韓中親善の証としてハルピン駅に安重根義士の記念碑がほしい」という話を習近平にしたのですね。
 それが銅像となり、記念館となったのです
 まあ、当時はえらい騒ぎで。
 「見たか日本! これが韓中の仲だ」「安重根義士はテロリストではないと中国も認めてくれた」だのなんだの。
 中国としてはたかだか元からあった建物の中に資料やらなんやらをぶち込んだだけの施設でそれだけの歓心が買えたなら安い投資だったでしょうね。
 中国の米韓離間策にまんまと乗ってしまったわけです。

 当時は中国からの貿易黒字も60兆ウォン規模で「このまま中国についていくだけでなにもかも解決」みたいな風潮でした。
 それがTHAAD設置騒動でなにもかもひっくり返されたってところですか。
 今回の安重根記念館撤去はハルピン駅の改築に伴うもので、改築が終わったらさらに2倍の面積になる予定だ、なんて報道もありはしましたね。

 ただ、中国から韓国に対して歓心を買う時期、というものはすでに過ぎているのですよ。
 もはや、韓国は中国に対して三不の誓いを立てるほどの国となり、アメリカの勢力内から離脱することが基本方針となっています。
 いわば釣り上げた魚である韓国に、これ以上餌をやるのかという話。
 んー、難しいところですかね。

愛国者がテロリストになった日 安重根の真実
早坂 隆
PHP研究所
2015/4/13