「清の橋を真似て考証」... 時代劇のセットと化した千年の古都慶州(KBS)
[アンカー] 文化財不良復元連続報道、今日は最終的にでたらめ考証問題を探ってみます。
千年の古都慶州で無作為復元が行われています。
統一新羅足を復元しながら千年の後に建てられた清の橋を参考にして、不合理な復元事業に国家予算数百億ウォンが入りました。

[レポート] 統一新羅時代の宮殿月城と南山を引き続きくれた慶州月に洗練されています。
華やかな2階の楼閣を設置した木造橋として復元されました。
完成を控えたこの橋は、国の予選510億ウォンが入りました。
しかし、統一新羅時代にもこのような姿の木の橋だったのでしょうか?
発掘調査当時、石の欄干が発見され石橋である可能性もかなり高かったとされています。 (中略)

考証過程で数少ない文献記録さえ無視しました。
高麗明宗時時代、文臣のキム・グクギはに月精橋を見て回った後、「虹の橋が逆川に映る」と詩を残しました。
虹という表現を見るとアーチ形であったと推定されますが、楼閣を備えた一直線の梁校に復元されました。
中国の湖南にある橋を模倣したものです。
国内には豪華な楼閣橋があまりないためだとされています。 (中略)

8世紀に存在した統一新羅の文化財を修復するために18世紀の清の橋を模倣したのです。
(引用ここまで)

 元ネタはシンシアリーさんのところから→1000年経っても

 以前にも書いたことなのですが、慶州は統一新羅の首都でした。
 日本でいえば京都にあたるような場所。「慶州歴史地域」ということで世界遺産にも登録されている場所ですが……いや、これがなにもないのですよ。
 大陵苑という場所に無数の盛り土があって、これが古墳なのですが。
 それほど大きなものでもなく。一度、日本の前方後円墳を見てしまうと「え、これ……なんだ……」ってなってしまうもの。

 瞻星台という「東洋最古の天文台」とされている石造の塔もあります。
 かつては「世界最古」としていたのですが、南アメリカにあるものは確実に天文台として使われていて、かつそちらのほうが古いことが確実だったので「東洋最古」となったという経緯があります。
 実際にはなんに使われたのか不明。
 どのような用途で使われたのかといったような文献資料ゼロ
 元々傾いていたものが、2016年に慶州にあった地震で傾いてしまって「補修しなければ」という話になったのですが。
 元々がどのようなものであったという資料がないので補修のしようがないとのこと。
 この近くにある仏国寺も同様だそうです。

 で、あまりにも世界遺産だの古都だのとしては寂しいので「適当に想像で復元されたテーマパーク」が近くに作られてしまうほどの荒涼としている場所なのです。
 興味があれば新羅ミレニアムパークで検索してみてください。

 さらにさまざまな遺跡を復元しようとプロジェクトが動いているのですが。
 今回は王城にかけられていた橋を復元しようとしたのですが、やはりほとんど資料がなかったので18世紀の清にあった橋を参考にして復元。
 統一新羅は8世紀に存在した国なのですけどね……。

 それ以外にもライトアップの名所となっている池に3つほど復元した建物があるのですが、これも石垣が発掘されただけでどのような建物だったのか不明だったので考察なしで適当に南大門のような建物をつけて「復元完了」としています。
 逆に見にいきたいくらいですね。

 まあ……実際の歴史とかどうでもいいのですよ。とりあえずそれらしくできていて、観光客を呼び寄せることができれば。
 実際にどのようなものであったかなんて誰も知らないし、ほとんどの人は興味がないのですから。
 実に韓国らしい話ですね。
 ちなみにユネスコは世界遺産での「考証に基づかない想像による復元」を禁じていて、最悪の場合は世界遺産として登録廃止する場合もあるとのことです。