韓国洪城、抗日運動家の金佐鎮将軍、韓龍雲先生の故郷(中央日報)
詩「ニムの沈黙」でよく知られる独立活動家であり詩人の万海・韓龍雲(ハン・ヨンウン)先生(1879−1944)、青山里(チョサンリ)大捷の英雄白冶・金佐鎮(キム・ジャジン)将軍(1889−1930)。抗日運動の「星」の2人は故郷がともに忠清南道洪城(ホンソン)だ。洪城は「忠節の故郷」だ。

今年は三一独立運動と大韓民国臨時政府の樹立から100年となる。毎年訪れる3月だが、今年は特別な年だ。洪城の過去の名前は洪州(ホンジュ)。高麗時代から使用された地名だが、日帝が地域の精神を抹殺するため1914年に「洪城」に地名を変えたという。 (中略)

韓龍雲先生と金佐鎮将軍を輩出した洪城には、国のために命を捧げた数百人の英雄が眠っている。相次ぐ万歳運動で多くの住民が日帝の銃刀で命を奪われた。

乙巳勒約に抵抗して全国各地で義兵活動が起きた1905年。それよりも前の1895年と1896年に洪城(当時は洪州)では第1次洪州義兵が立ち上がった。1906年には第2次義兵が蜂起する洪州城戦闘があった。

洪州城戦闘は一つの戦闘では最も多い犠牲者が発生し、全国的な義兵活動の導火線になった。激しかった戦闘のため数百人の義兵が亡くなった。この義兵たちが埋められたのが洪州志士塚だ。洪州城を守って殉国した義兵の遺骨を発掘したのは1949年ごろ。今でも当時の激しかった戦闘跡があちこちに残っている。 (中略)

洪城郡は先月25日、報勲・文化芸術など各界各層を代表する50人で構成された「三一運動100周年記念行事準備委員会」を発足させた。3月1日「1919、あの日の叫び」をテーマに演劇公演と万歳行進、日帝の蛮行再演パフォーマンス、日帝強占期禁止曲公演などの行事を準備している。

キム・ソクファン洪城郡長は「不義に憤怒した誇らしい烈士が眠っている洪城で意味深い時間を過ごしてほしい」とし「三一運動100周年を迎え、烈士の高貴で崇高な精神を感じてほしい」と述べた。
(引用ここまで)

 3・1独立運動を記念して韓国では祝日となっている3・1節まであと一ヶ月弱。
 そして、今年の3・1節は100周年。
 そのため、韓国メディアでは「我らが英雄特集」ともいえるようなものを連日掲載しています。
 この中央日報の記事はその一端。
 日本語版だけを見ていると分かりませんが、NAVERのニュースポータルでは争うかのように類似の記事が出ています。

 今年に入ってから、こういった記事が連発されていることで韓国国内にじわじわと反日が鬱積しているのを感じます。
 民族的感情が爆発寸前になっているのではないか、と感じているのですよ。
 今回の記事の金佐鎮は「大韓民国の建国神話」のひとつとなっている青山里戦闘を率いたとされている将軍。
 韓国国内では寡兵の独立軍が日本の連隊を破ったということにされていて、大韓民国臨時政府による最大の戦勝とされているのです。日本軍の被害は3300人超とされています。
 ま、実際には急襲されて戦死者を出したものの10名あまり。負傷者も数十人レベルであったと記されています。
 韓国側の「記録」では将校を討ち取ったことになっていますが、その将校はこの戦闘の2年後まで連隊長を務めたことが判明してます。
 まあ、韓国側の「独立運動」の資料ってだいたいこんな感じで数字がどんどん膨れ上がっていってトンデモ戦史になってしまっています。

 でもまあ、韓国国内では建国神話として通用してしまっているのですね。
 で、さらにこういった紹介記事が出ることで、反日の気運がふつふつと煮えたぎりつつあるのを感じます。
 1月にも楽韓Webでは同じようなことを書いていて「靖国神社は厳戒態勢に入るべき」としていますが、そのときよりもさらに水位は上がっている印象です。
 で、このあとに紹介しますが、今年からの最低賃金上昇によってさらに自営業や若年層は追いこまれています。
 いわゆる「無敵の人」を量産している状況なのですよ……。
 もう本当に心配でしかたない。
 なにもなければよいのですけどね。