平昌五輪1年:帰化選手の半数以上が韓国代表チームから離脱(朝鮮日報)
 平昌五輪は乏しかった韓国冬季スポーツを飛躍的に発展させるきっかけになるものと期待された。これまで、氷上でのみ獲得していた五輪のメダルが、スケルトンなどのそり、スノーボード、カーリングなどの種目からも獲得できた。メダルこそ獲得できなかったものの、アイスホッケーも最強国を相手に執念を見せつけ、国民を熱狂させた。しかし、五輪から1年が過ぎ、歓声は無関心へと変わっていった。各種の支援が断ち切られ、劣悪な環境へと逆戻りした。 (中略)

韓国国籍を取得して平昌五輪に出場した帰化外国人選手15人のうち、今も太極マークを付けている選手は6人だけだ。韓国国籍を取得して平昌五輪に出場した帰化外国人選手15人のうち、今も太極マークを付けている選手は6人だけだ。帰化した選手が7人と最も多かった男子アイスホッケー選手のうち、ブロック・ラドンスキー(36)は引退し、マイケル・スウィフト(32)などテミョン所属の3人は昨年5月に開催された世界選手権ワールド・チャンピオンシップ以降、公の場で姿が見られない。マット・ダルトン(33)ら安養ハンラ所属の3選手だけが今も太極マークを付けている。五輪当時、南北単一チームで話題を集めた女子アイスホッケー代表チームのランディ・グリフィン(31)ら帰化選手3人は、学業などを理由に皆米国などに戻っていった。

 韓国生活に適応できなかったロシア出身のエカテリナ・エバクモバ選手(29)=バイアスロン=は、現在他の国家代表チームを模索中という。五輪当時パートナーのミン・ユラと共に人気を呼んだフィギュアスケート「アイスダンス」のアレクサンダー・ゲムリン(26)は、支援金の分配とトレーニングの問題で、ミン・ユラと決別。代表チームとしての活動は行っていない。
(引用ここまで)

 アイスホッケーについては帰化選手の人数が11人だったり10人だったりするのですが、これは女子選手のひとりが二重国籍から韓国を選択したので「韓国人」だからですね。
 ちなみにスキーのフリースタイルとクロスカントリーも同様(ひとりは輸出孤児からの国籍回復者)なので、この記事の「帰化選手」のカウントには入っていない模様。

 で、そのアイスホッケーでは前述した二重国籍からの韓国籍選択をした女子はどうしているのかこの記事では触れていませんが、残りの女子選手3名はすべて帰国。韓国系だったはずなのですが(笑)。
 男子チームも7人中4人が帰国。
 バイアスロンはロシア人3人中2人が韓国残留。当初は4人だったはずなのですが、オリンピック前に離脱したのかな。
 リュージュのドイツ人女子選手は韓国残留。
 アイスダンスの男子選手はアメリカに帰国。帰国理由は「支援金の分配」を巡って衝突したからだっていうのが韓国的。

 特別帰化を果たした15人中、9人が帰国。6人が韓国残留。
 意外と残りましたね。
 まあ、アイスホッケーで残った3人の男子選手に関していえば特別帰化以前から韓国リーグのアニャンハルラに所属していて、それなりに韓国への愛着をインタビューで語っていたので残留も当然かなという気がします。
 代表以外にも収入を得る場があるわけですから。

 実質的に残留したはバイアスロンのロシア人2人と、ドイツのリュージュ女子選手の3人といえるかもしれません。
 正直、いまのロシアに戻ってもいろいろと無理だろうしなぁ……。
 リュージュの選手はワールドカップを転戦しているようですが、韓国に残留したとして練習場所はどうするんでしょうね。
 紆余曲折の結果、韓国内に建造されたスライディングセンターなのですが、オリンピックが終わってからは1度も使われていないとのこと。
 このあたりの平昌のレガシーについてもあとでちょっと扱いますか。

 あと残留している選手のステータスでも貼っておこう。こういうのを調べておかないと気が済まない質なのはブログ書くのに向いていると思う。我ながら。

アジアリーグアイスホッケー アニャンハルラ
国際リュージュ連盟 アイリーン・フリッシュ
国際バイアスロン連合 ティモフェイ・ラプシン
国際バイアスロン連合 アンナ・フロリーナ

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2012/6/20