今回は心の「コンテキスト(context)」の話です。 読み物です。
これは読み物です。アメリカ、アジア、そして日本等、世界各国で講演をさせて頂きました。講演はテーマに沿って話を絞り込む為、話の内容の脱線はありませんがここでは横道にそれた話が多く、一見脱線ばかりの話の中でコンテキスト(context)の話です。ご了承ください。パンダミック(pandemic)、米国の衰退にみる分断(decoupling)、中国の台頭は、アメリカの民主主義(アメリカ的な民主主義)の根幹である、世界ナンバーワンであることへの心の動揺が、アメリカ人のみならず、私たちの個人個人の心にも影響している様に思います。その為、これらの影響の背景も触れています。
何時の時代でも、何処でも、「仕切りたがる人」、「仕切りが止めれない人」がいます。日本の社会では、穏やかに、平和的に、周囲が暗黙に認める仕切り程度ならぎりぎりの線で社会の許容範囲内ですが、「自分の価値観以外は認めたがらない人」、「他人のやっていることを認められない人」がいます。中野信子氏の「正義中毒」、杉山崇氏の「許す練習」、サンデイ ホチキス(Sandy Hotchkiss)氏 の日本語訳本「結局 自分のことしか考えない人たち」、古くはジョージ・サイモン(George K. Simon )氏の日本訳本「他人を支配したがる人たち」等にみられる自分の“異常性”に気づかない理不尽な言動・行動に通じるものを私は感じます。“自分の価値観が全て“、”自分のやっていることが正しい“、心に余裕がなく、時には短気、心が動揺し、強引に物事を押し通そうとするタイプです。「仕切りたがる人」、「仕切りが止めれない人」とリーダーシップ(leadership)とは違います。リーダーシップ(leadership)の定義は様々ですが、人への尊敬、明確なビジョン等が根底にあります。
もし、自分を見つめて、他人がやった簡単な全く問題ない仕事をやり直す、自分が行動や話を他の人がどの様に感じているか常に意識していない自分等があったら「仕切りたがる人」、「仕切りが止めれない人」になる可能性があります。
私は数十年間在籍したニューヨークの世界最大級の雑誌・本の出版・TV、映画等のマスコミの世界から、長くサンフランシスコの世界最大級のDNAシーケンサー(一時は世界の7割以上を占め、現在もトップを走っています)、PCR機器などの遺伝子器機、バイオ研究の企業にいました。話はそれますが、最近の研究では癌などの疾患の他に人の心にも遺伝子にも関係していると言われています。今後、目覚ましい発達が見られるDNAシーケンサーRRBS(Reduced Representation
Bisulfite Sequencing)、AI, ML, Deep Learning、量子コンピュータ
(quantum computer) 等で心への影響分野も今後解明されると思います。例えば、妊娠期 母体内の胎児が無機ヒ素にさらされると、胎児の精子において遺伝子的に言うと胎児が環境因子にさらされと精子の遺伝子に異変が生じる可能性があると言う研究があります。どう言うことかと言うと、この動く遺伝子と言われる「レトロトランスポゾン」の転移活性調節領域の「DNAメチル化」の低下させる影響です。DNAの低メチル化が影響し、癌などの疾患などが次の世代へ継承されてほかの遺伝子機能を変化さると言う話です。私個人の印象ですが、どんなに教育、自ら学んでも心の制御に悩む人がみられます。人には環境因子の影響で様々な心が潜んでいる感じがします。
これは素人の私の感じです。「三つ子の魂百まで」と言うことわざがあります。発達心理学的からの話では、「幼いころの性格や気質は大人になっても続く」と言う意味で、3歳と限定したものでなく、おおよそ3歳ごろに個性が見える様になると言う話です。つまり、遺伝子は環境に影響されると言う話です。私のサンフランシスコの会社の近くには、SAPの研修・開発等で多くの時間を過ごしたSAPや、様々な技術の意見交換したオラクル、遺伝子・ビジネス・ゴルフの交友等多くを学んだスタンフォード大学がありました。最近、一時 ”レムデシビルワクチン“で何かと話題となったGilead Sciences, Inc. も近くです。今 話題のワクチンはRNAワクチンで、mRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチンと言います)です。それにウイルスベクターワクチン(アストラゼネ社)これまでの不活化ワクチン等と違います。(他に弱毒化ワクチン=生ワクチン、組換えタンパク質ワクチン、ウイルス様粒子ワクチン、ウイルスベクターワクチン、DNAワクチン等があります)。新型コロナウイルスが問題なのは、ヒト細胞上のアンジオテンシン変換酵素II(ACE2)受容体に結合することです。新型コロナウイルスの形、丸い球の表面に角みたいのがあります。スパイクと言いますが、このスパイクとACE2が結合すると言う話ですが、最悪なのがACE2は脳にもあると言うことです。つまり、新型コロナウイルスが脳に入り、脳にダメージを与え、様々な後遺症になる恐れがあると言うことです。
新型コロナウィルスは”増殖された“変異株“にて感染拡大される言われています。ファイザーの「BNT162b2」であれ、モデルナ社の「mTNA-1273」であれ、ハンガリーのカタリン・カルコ(Katalin Kariko)博士の功績です。この人にまつわるアメリカの差別社会と人間模様は別の機会に話をします。私は日本人ですが、実際にアメリカで働いた経験がないと理解できない話があります。日本でもワクチンの副作用が話題になります。mRNA, ベクターワクチンは、ワクチンの保存の為、それぞれワクチンの保存への技術的な面から温度管理がありますフィザー社のmRNAワクチンはマイナス75度前後、モデルナ社のmRNAのワクチンはマイナス20度、アストラゼネカのベクターワクチンでは2~8度の管理が現時点では必要です。これらのワクチンは体内温度に入った時点でウイルスの角(スパイク)を認識し、それに対する抗体を作ります。一度の認識では効果が薄く、二度の接種でより認識(覚える)にて、高い効果となります。フィザー社にmRNAに至っては95%、ただし 5%は効果がありません。つまり、5%のブレークスルーがあります。これらのワクチンは体内でアレルギー反応に反応します。つまり、活性化します。これは効果が表れている証拠ですが、個人差で強く出る人もいます。
さて、話が脱線してしまいました。アメリカの多様な民族・社会において大切なことは、第一にrespect(リスペクト:人に敬意を表すること、価値を認めること)です。論理思考(ロジカルシンキング/logical thinking)、説明責任(アカウンタビリティー/Accountability)等が求められ、日本的な「仕切る人」は、企業社会では排除されます。日本でも新型コロナウイルスの影響でテレワークの新状態が見られますが、依然として企業内に於いては他人の行動等を許せない病的な、「enabler (イネーブラー)の人、「仕切る人」が残っている様に見えます。ここでの話は、社会に於いて、ウイルスに似た自立できない(細菌は自分で生きられる)、この「仕切りたがる人」、「仕切りが止めれない人」の内なる心に関係した話です。
アメリカは1970年代からコンピテンシー(competency :英語のcompetence競争するの名詞で、ここでの意味は優れた行動特性を意味します)があります。優れた成果を収めている、
ハイパフォーマー の行動や考え方を持つ特性の人を評価・育成する考え方です。日本では言葉としての「出来る人の行動特性」と思いがちですが、アメリカは論理的に体系化し、評価することが違います。以前、コンピテンシー(competency)の話をしましたが、今回の話はコンテキスト(context)の話です。日本において、論理的・体系的なコンピテンシー(competency)、コンテキスト(context)は、今なお職場に於ける日常の心がけとして大切と感じています。コンピテンシー(competency)、コンテキスト(context)とは、違いますが、日本は世界に見られない社内における挨拶等の行動方針、社訓等が掲示されている企業風土があります。現場における朝礼、集合、社内スピーカー等、世界では見られない特殊な企業風土が一部に残っています。良い悪いは別にして、日本独特なコミュニケーションかと思われます。
日本に於いてと話をしましたが、アメリカは1970年代の低迷から1980年代に入り、情報の共有化、説明責任が問われ、1990年代から、システムとしての、サプライチェーン、SAPに代表されるERP(Enterprise
Resource Planning、基幹システム)を経て、現在はクラウドコンピューティング(cloud
computing)、仮想化(virtualization)の時代です。
コミュニケーションはメール、WebEx, Microsoft Teams, Slack, ChatWork, Zoom 等のWeb会議です。日本でも極めて簡単なZoomを使用している企業も多いと思います。
これらの変化は、個人の評価、報酬(給料)も違ってきます。最近のアメリカでは報酬の決定はAI導入傾向があります。評価にあたって、ジョブ(ジョブ型雇用)からスキル評価へ移行しています。その結果としてコンピテンシーの評価でなく、より 特定のスキル評価が報酬(給料)に反映されてきている傾向があります。日本のメンバーシップ型の報酬(給料)に対する評価とは違った風景です。勿論、日本に於いても1990年代から、360度評価等、各種の人事評価制度の変遷がありますが、入社後、人に仕事を割り当てるメンバーシップ型では、特定のスキル評価報酬(給料)には、社員のバランスのとり方に矛盾・無理が生じます。例えば、求められるAWS cloud certifications、Azure cloud
certifications 、Google cloud certifications 等の高度なスキルを日本企業で人事評価(報酬評価)することは、大変なことと思います。
言えることは、時代で求められる高度なスキルを持った人材の確保が 企業の将来を左右します。内製化志向が強い日本の企業内で教育だけでは、アッと言う間に世界から消えます。だたアメリカの様に、多様な社会、厳しい競争社会では、知識階級格差、経済格差、民族背景の格差、南北戦争を含む歴史的な心理の格差等から結果として分断が生じています。所謂、アメリカと中国の “the US-China decoupling argument”の様に、社会のdecoupling
(分断)が問題になっています。以前、4~5年前になりますが、「ダイナー(diner)に見る ”食べるため生きる“は心の故郷」の話をしました。ダイナーとは日本で言う大衆食堂です。アメリアのそれぞれ地域には、それぞれのダイナーがあり、様々な本音があります。
話は長くなりましたがコンテキスト(context)の話です。日本はメンバーシップ型の採用です。その上で、コンテキスト(context)の話となります。コンテキスト(英語ではcontext、コンテクトの発音に近く、事実、コンテクトとも言う)とは、日本語では文脈ですが、ここで言う文脈とは、前後関係、背景、環境、状況、事情から文脈を読み取る意味の文脈(context)です。Contextはコンピューティングの世界でよく使われる言葉でが、その場合、プログラムの実行に必要な各種情報を意味します。
コンテキストにはハイコンテキスト(ハイコンテクト)と ローコンテキスト(ローコンテクト)があります。ハイコンテキストとは、お互い一定の共通理解、意思疎通がある状況を意味します。例として単純作業における例が分かりやすいと思います。例えば、現場における作業・業務が比較的単純ながら多種にわたり、つまり、雑用に見える(実際は必須の作業・業務)が沢山ある状態にて、それぞれの仕事を部門、チーム全体で処理する場合、各自が責務としての認識と自覚にて最小限のコミュニケーション、若しくは、日本で言う良い意味での、「空気を読む」と「気配り」にて、仕事場に於いて社会的にハイコンテキストが成立している状態です。ある程度、自分の姿が見えている状態です。結果が目に見える仕事だけとか、目立つ作業だけとか、自分が好きな仕事だけとか、が状態化している職場はハイコンテキスト状態ではありません。大切なのは部門、チーム全体の目的へ、自発的な「行動」です。行動なくして周囲の共通理解は得られません。真摯な気持ちで良い意味での「空気を読む」に「気配り」と「行動」が伴っていないと、ご都合主義の「空気を読む」になり、所謂、周囲から「慣れのずる賢い姿」に写ります。職場社会に適合できない日本に見られる状態です。
日本の職場でみられる、職責に関係なく、声が大きい、強い圧力感等をもって古い型の人がいます、所謂、「仕切っている感」の人がいます。周囲にとって大変迷惑の話ですが、本人は他人への迷惑と思っていなく、むしろ、職場をリードしている感覚、やりがいを感じている人がいます。日本人が言う「勘違いの人」かもしれません。最悪の場合、同じ様な人たちと徒党を組む、上司に媚びる姿あります。ここに至っては、ハイコンテキスト(ハイコンテクト)云々の話でありません。少し話が違いますが、アメリカ社会では、めったにありませんが、大きな声で猛然と抗議する場面があります。人としてのプライド、全く納得のいかない言動、態度への声です。つまり、リスペクトが大切な社会です。
日本の多くの企業では、現時点でも多くの企業は、ジョブローテーションを繰り返すメンバーシップ雇用が多く、能力に関係なく、古くからいる人が仕切る風景があります。その中には、文脈が読めるハイコンテキスト(ハイコンテクト)はなく、専門性もなく、職場内に於ける「仕切り屋専門」が生まれる環境があります。ここで何が問題かが大切です。一言でいうなら、この様が職場ではイノベーションが起こらないと言うこです。イノベーションを起こす企業のマネージメントが重要です。イノベーションは他の世界を見ないと気が付きません。今やっている仕事・業務手法から抜け出せない心があります。
かなり前の話ですが、関連した話で、enabler
(イネーブラー)の話をしました。共依存と訳されています。こんな話をしました。日本のITの世界ではイネーブラ, 又はイネーブラー はよく聞く言葉と思います。話は、ITの世界でなく、心理学の世界の話です。 具体的には、会社にいるイネーブラーへの対応です。enabler (イネーブラー)、イネーブリン(Enabling)には二種類の意味があります。イネーブリングを与える者はイネーブラー(Enabler)と呼ばれる。ネガティブな文脈では、個人のある種の問題の解決を手助けすることで、実際には当人の問題行動を継続させ悪化させるという、問題行動を指します。第三者の責任感、義務感によって、結果的に当人の問題行動を維持させている。イネーブリングは嗜癖(しへき、Addiction)の環境要因の中心であると言われます。つまり、悪い意味で 厄介なお節介さん的な話です。本人は良いと思って、あるいは信じているから厄介です。イネーイブラー(enabler)は、「世話焼き人」と訳されるのは理解できす。
つまり、イネーイブラー(enabler)とは、嗜癖(しへき 、addiction)、問題行動(problematical behavior)を陰で助長している身近な人のことをいいます。
”問題行動”は、1980年代から病気の一種とみなされ精神医療の治療対象です。
イネーイブラー(enabler)は、人間関係が多様である様に限りなく多彩です。誰かの世話をするように強制されたわけではありません自らの意思から行動します。他者から認められる、自分の評価が高められると勘違いします。「仕切りたがる人」、「仕切りが止めれない人」は、このタイプです。善人の役を演じますから、一見良さそうに見えます。「人を助けようとする」 は、一見賞賛されます。一見、美徳です。でも、陰の面があります。周囲の者に害をおよぼす行動、所謂、問題行動になります。本人が気づいていないのが問題なのです。指摘されても簡単には修正できません。
日本でも、ハイレベル、知的仕事場では、欧米の従業員のジョブ(職務)の様にジョブ(職責)をベースに雇用する形態が多くなってきており違った風景があります。
ジョブ(職務)型雇用はより専門性が問われ、報酬の透明性や客観性を担保されます。従って、専門性の技術、知識をもって結果を求められます。
アメリカに於いては「免除された従業員」(exempt employees)と「免除されていない従業員」(non-exempt employees)の2つの基本的なタイプがあります。Fair Labor Standards Act (FLSA:公正労働基準法)に関係し、具体的には残業代の支払い法的有無等に関係しますが、免除された従業員、役員、管理職、または専門職の職務の遂行意識が違います。アメリカの大統領選挙にみれた分断(decoupling)の世界がここにも見られます。繰り返しますが、アメリカの心はダイナー(Diner: 日本で言う大衆食堂)にあると言う話をしました。単に貧富の差だけの話ではありません。アメリカ社会はそれぞれが持つ民族の背景、文化、境遇が複雑に織り交ざっています。アメリカにみられる、80対20の法則(パレートの法則)の様に20%がリードし、(特に5%前後が特に優秀)、80%がある一定のレベルで成り立つ企業の組織社会風景がありました。有名大学のMBA等超エリート社会でした。しかしながら、DXの時代、最近はMBAだけでは生きて行けない社会があります。
日本は違った社会の様に見えます。以前、アメリカ社会ではワークライフ・バランスでなく、実際はワークライフ・インテグレーションとの話をしました。ダイバーシティの中での競争社会です。シリコンバレーにおける私の職場では、仕事が終わった後、専門知識を求めて最先端のMBAや、より多くのプログラミング言語や高度なDX技術、AI、ML等の習得へ、あらゆる機会を求めて個人で勉強している人が多くみられます。私の場合は、会社負担でSAP,(日本円で数千万円の研修)やあらゆるプログラミング言語、会計・ビジネス法律、などを世界で研修させて頂きました。日本の企業で一人の社員に数千万円を提供する企業は少ないのではないかと想像します。感謝しています。
専門の技量、知識の他に、大切なことがあります。それは、誠実(Sincerity)、真摯さ(Integrity)の一貫性の資質です。クリテカル・シンキング(Critical
Thinking)が求められますが、個人の資質の他に、一定の会社側の努力が必要と感じています。
人を動かすには「カレンシー(価値)」の交換が必要です。価値のある何かを提供する、感謝の言葉でもあり、人を動かす、心を動かす、「影響力の法則」のビジネス感覚が求められます。人は心理的安全性、つまり、「心の資本(Psychological Capital)」を意識する感覚にて心理的アプローチが組織の活性化になり、各自のコンテキストの共有につながります。先ずは、褒める、気持ちの良い職場が求められます。
日本も遠からずメンバーシップ型雇用からスキル評価への時代がくると予見されます。
何時の時代でも、日本は「有難う」から「ありがとうございます」へが、大切と感じています。何度も同じ様な話を繰り返しました。理解して頂きたい気持ちの表れと理解してください。
長い時間、有難うございました。
上野