2005年01月13日

鎌倉小幕府

01.13 六波羅蜜寺 『 鎌倉小幕府 』

 
平安末期、平清盛 が率いる平氏は、五千を超える邸宅群を 六波羅 ( ろくはら ) に築きました。

  しかし、源頼朝 が率いる源氏が次第に台頭し、遂には壇ノ浦の合戦にて 平氏一族は滅亡 しました。

  六波羅にあった平氏の邸宅群は主を失い興廃しましたが、源頼朝によって鎌倉に幕府が樹立されると、皮肉にも六波羅には 源頼朝の邸宅六波羅探題 という役所 ( 京都守護 ) が設けられ、まるで 鎌倉小幕府 が樹立したかの如く となりました。

  京都と鎌倉を結んだ主要街道 「 鎌倉街道 」 は、現在、六波羅から東山を越える 『 渋谷通 』 ( しぶたに : ぬかるんだ谷 「 汁谷 」 の意 ) として昔の面影を残しています。

  渋谷通と東大路通が交わる辺りは 『 馬町 』 ( うままち ) と呼ばれ、昔、鎌倉街道を行き来する人や荷物を運送する 『 馬借 』 ( ばしゃく ) が軒を並べた町なのです。

※今日 1月13日は、源頼朝の命日です。

< 地図 : 六波羅 / 渋谷通 / 馬町 > < 参考コラム : 六波羅


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六波羅蜜寺 二年前に訪ねた時には本当にひっそりとしていて中に入ってもいいのかな?と恐る恐る入って、写真もそこそこに慌てて出てきたものでした。 ところが先週の土曜日。道路にまで人が溢れていたのです。 「○○ツアーのみなさま集合のお時間となりました
六波羅蜜寺【yume_cafe】at 2005年03月24日 17:31
この記事へのコメント
渋谷通 例の本にも載っています。
その通りに村井吉兵衛氏の煙草工場跡もあるんですね。
歩いてみたくなりました。
Posted by yume at 2005年03月24日 20:47
yumeさん、こんばんは♪
渋谷周辺もいろいろあって、ぶらり散策すると楽しいですよ♪
大学時代、渋谷街道にあった、おばあちゃんがやってたお好み焼き屋さんによく通っていました
でも、突然、店が閉まって、そのまま・・・。
あ〜、あの味、忘れられないな〜。 涼
Posted by 涼 at 2005年03月24日 21:45
今日早速渋谷通を東へと歩きました。歴史的背景を考えながら歩くとその情景が目に浮かぶようで面白かったです。
なるほど、山の近くを通る道なのでぬかるんでいただろうと思います。
「旧 村井兄弟商会 たばこ製造工場」はいつもあのあたりを歩いていると目に入っていた建物ですが、重厚で綺麗な色でしみじみと眺めさせてもらいました。


「至 山科」と標識があったので、頑張って歩いたのですが、途中で国道一号と合流、歩行者は横断の術もなく。。。引き換えして京都駅まで歩きました(涙)

三条→山科の地下鉄代が勿体無くて三条通りを歩いて山科まで行ったことがあるのですが、結構な距離ですね。
Posted by yume at 2005年03月26日 17:19
こんばんは〜、yumeさん♪
ふわ〜、yumeさんの行動力に脱帽です♪
京都の道は整然とした道が多い中、渋谷街道は古道らしく、山裾をうねうねと曲がっていますよね。
でもすごい〜、歩いて登ったんですね!
たしかに1号線で行く手を阻まれてしまいます・・・。
1号線を超えれば、清閑寺から清水寺まで抜けることができるんですが、たしかにあそこを渡るのは三途の川を渡るようなもんですね・・・(う、表現が古い!)。
その後は京都駅まで歩いたんですか〜(~o~)!
たしかにかなりの距離です・・・が、歩くと普段は見れない景色が見れて、意外と楽しいですよね。
いろいろ発見したことがあれば、これからも教えてくださいね♪ 涼
Posted by 涼 at 2005年03月27日 01:39
京都市の広域地図で渋谷街道を再度確認しました。
1号線にぶつかっているところにあったぐるぐる道を通り抜ければ清涼寺、清水寺だったのですね。頑張ればよかったかな?でも女性の一人歩き大丈夫かな?って女性ってもんでもないけど。。

三条通を歩いたと言う日は 京阪三条駅下車で姉小路通を千本通まで歩き折り返し三条通を山科まで歩きました。 花のない時期はもっぱら歩いて京都を楽しんでいます。
次々と行きたい場所が押し寄せてくるのが京都の魅力です。

こちら 少し更新されたのですね。
涼さんのプロフィールを読ませて頂きました。
Posted by yume at 2005年03月27日 21:16