玄style

No Additive, Pure Natural & Tasty Ramen

人気メニュー開発秘話

幻の「しゃもじ」鶏白湯ラーメン・・・

かつて、
関内長者町
「ラーメンしゃもじ」プロデュースで開発した
大山地鶏による鶏白湯ラーメン・・・。
「しゃもじ」ファンさまのみでなく
私自身も、もう一度食べてみたいラーメンのひとつです。
プロデュースという仕事のため
それまでの私のすべてのノウハウを導入しつつも
それ以前の自分自身の調理方法をすべて否定し、
まったくゼロから組み立て直してみた
極めて実験的な挑戦でした。
味に厳しいオーナーを納得させるため
素材選び、下処理、煮込み方法、タレ作り・・・
長い時間をかけ関わりました。
日本全国の地鶏を取り寄せ試作し、
烏骨鶏と、大山地鶏が
最後に残り、選ぶのに悩んだ記憶があります。
下処理自体も、
素材の旨味を最高に活かすため
これまでに無い、まったく新しい手法で行いました。
素ダレ自体も、
新しい発想で考案し、開発しました。
最近、仕事の合間に、
趣味の域ではありますが
アキバ研究所で「しゃもじ」タレの仕込みもしてみました。
「しゃもじ鶏白湯ラーメン」の試作もやってみます。
いつか、どこか、場末のラーメン屋で復活するかもしれないので、
お楽しみに・・・。

「玄菜麺」開発秘話

11cc97ae.jpg福岡の
オーガニック・レストラン
『マナ・キッチン』さんが来店。

8年前、
「玄菜麺」を開発していた当時の
お話が出来ました。
マクロビオテックのメーリングリスト上での
情報のやり取りが
「玄菜麺」の誕生を支えてくれました。
ML上での
「マクロビオテック」でのラーメンは不可能だ・・・・
というテーマに興味を持ち、
いちラーメン屋として参加しました。
イギリスでのBSE問題発生をきっかけに
動物系素材を使用しないラーメンの開発を
密かに、進めていたためです。
私自身、まず、不可能だろうと感じていましたが、
メンバー達から提供される様々な情報をもとに研究を続け、
試食会を繰り返しました。

福井の「自然食あい」さんは、
深夜まで、
「重ね煮」の技術指導
様々な野菜の調理方法
を教えてくれました。
小田原の「菜根譚」さんは、
仕事についての深い話をしていただきました。
戸塚の「すこやか広場」さんは、
大きな支えになってくださいました。

様々な人々に支えられて
「玄菜麺」が生まれたことに
今さらながら感謝します。

幻の鶏白湯・しゃもじバージョン・・・ですね。

c2483dcb.jpg昨年まで、
ラーメンメニューの
プロデュースという仕事で
生活していましたが、
特に、
開発に力を入れていたのが、
「鶏白湯ラーメン」でした。

開発のため、
各地の地鶏を取り寄せ
調理的にも
考えられるあらゆる手法を試しました。

その成果を実現しようと
挑戦したのが
横浜関内のラーメン店「しゃもじ」でした。
素材の下処理から、
煮出しの方法
素ダレ・・・まで、
それまでの私のラーメン作りとは
まったく違う発想で構築しました。
現場の職人にも
かなり、ハードな作業を要求しました。
スープの鮮度維持に関しても
試行錯誤を繰り返した
思い入れの強いメニューでした。
麺も、私の最初で最後の自家製麺で
国産の特別栽培小麦粉を導入していました。
店自体は、
私が指導を終了した後
立地的な問題があったようで、
経営者の判断で
撤退に向かってしまったようです。

もちろん、
再度、挑戦したいとは考えています。
ただ、現在の店では
厨房が狭く、調理不可能なため
近々、近隣に仕込み場を確保した段階で、
今年中には、
挑戦できると思います。
「しゃもじ」のタレも
不良在庫のまま
冷蔵庫に眠っています・・・。

「黒胡麻麺」の開発

403ffb94.jpg偶然ではありますが、
「西郷隆盛生誕祭」で
さらに、懐かしい人と会えました。
東京家政大学の中村教授。
薬膳研究を専門とする先生と
かつて、コラボレーションという形で
薬膳ラーメンを開発したことがあります。
黒胡麻を練りこんだ麺、
美味しかったのですが
製麺機のオペレーション上の問題があり
渾身の「黒胡麻麺」は、
長続きしませんでした。

「玄菜麺」の可能性

dc0e682c.bmpラーメンというものを食べられない子供たちが
世の中には、かなりの数、居るんです。
今日も、オレンジページ・山本編集長の紹介で来店し、
生まれて初めてラーメンを食べたお子さんがいました。
こうした子供たちの「美味しかった」の言葉が、
私が、15年間、ラーメン屋というハードな仕事を続けてきた原動力です。
どん底から這い上がり、
今一度、ラーメン屋の現場に立とうと考えたのも、
まさに、彼ら、彼女たちの笑顔が見たいからなんです。
玉子アレルギー、肉アレルギー・・・
または、私もそうですが、化学調味料への異常反応・・・。
もともと、「玄」のコンセプトは、
アトピーの患者さんでも食べられるレベルの安全な食材で、
ラーメンを作ること、なんです。
「玄菜麺」というメニューを通じて
こうした、素晴らしい、お客様との出会いがあることに、
感謝しています。

「玄菜麺」試食会

3c0c83a5.jpg昨日は、定休日だったので、
「玄菜麺」の試食会をしました。
人気絶頂で、幻のラーメンとなってしまった
「玄菜麺」を復刻しようと考えています。
当時お世話になった
オレンジページの山本編集長にも参加していただきました。
氏のHPに、試食会の報告があります。
http://orangepage.blog.ocn.ne.jp/macrobitic/
リンクしておきました。→


画像は、山本氏撮影です。

江戸前喧嘩ラーメン「玄麺」

c3b43373.jpg「無化調ラーメンは、物足りない・・・」という言葉には、
長いこと悩まされていた。
化学調味料を使ったラーメンの味のインパクトが、
あまりにも強いので、
天然素材だけでは、どうしても、
おとなしい味と感じられてしまう。
完全無添加を目指す我々としては、最も難しいテーマだからこそ、
あえて、そうした声への挑戦として開発した。
味の組み立て方において、
それまでの玄流ラーメンづくりとは、まったく逆の発想からスタートした。
スープ、麺、具材・・、全体のバランスを最優先にする従来の開発では、
各要素の旨味の抑制が必要だった。
「玄麺」においては、まず、無化調ラーメンスープとして表現できる可能な限りの旨味に挑戦し、
同時に、全粒粉を使用した強烈な存在感の麺を開発した。
両者を、一つのどんぶりで拮抗させ、ギリギリのバランス創造を目指した。
丸鶏、豚肉、げん骨、魚介系だし、それぞれの旨味を最大限に引き出そうと、
素材選びと、手間の掛け方には、一切妥協せずに仕込み、
天然素材だけでも充分にインパクトのあるスープに仕上げた。
そんなスープと充分に対決できる麺作りを目指し、
あえて技術的に難しい全粒粉による風味の強い麺を開発した。
どんぶりの中での、両者の大喧嘩を狙ったはずが、
結構、良いバランスで、「名勝負」を演じてくれた。
毎日、様々な素材を試し、半年近く、スタッフ達の楽しい賄いだったが、
たまたま試食したもらったラーメン王石神氏の推薦で、
「実験メニュー」という隠れメニューが、すっかり人気のメニューに
なってしまった。
今でも、思い出すと無性に食べたくなるラーメンだ。

「玄流塩ラーメン」開発秘話

f0f407ff.jpg「アトピーの患者さんでも食べてもらえるラーメンが出来ないだろうか?」
という、知人のお医者さんからの依頼で開発したメニューです。
添加物だらけというラーメンのイメージを払拭するため、
2年の歳月を費やして全国の素材探しを行いました。
目標として、化学物質過敏症の方でも食べられることを基準としましたので、
現実に対応可能な食材は少なく、時間がかかりました。
当初、患者さん向けの通販のみでの販売でしたが、
2002年度の雑誌「東京ウォーカー」読者人気投票・塩ラーメン部門で
NO1を獲得する超人気メニューになりました。
それまで人任せであった使用食材のトレーサビリティーを、
徹底的に自分の足で調査した体験は、大きな収穫であり、
全国の素晴らしい生産者の方々とのネットワークを構築することが出来ました。

また、このラーメンの開発で、最も難しかったのは、
「化学合成かん水」との対決、「天然かん水」の開発でした。
当時、まがい物の「天然かん水」は多少流通していました。
しかし、本物については、原料の「かん石」の輸入すら許可が出ず、
関係者の謎の死もあり、開発は難航しました。
それでも、やっと手に入れた「かん石」を精製し、
初めて、天然かん水で打った麺を食べたときの感動は忘れられません。
その時の、最後の一玉を、ラーメン王の石神君にプレゼントしました。
その後、中国内モンゴル自治区の、マンモス発掘現場から発見された
カン石の地層から採取、精製した天然かん水の輸入許可を得、販売が始まり、
今では、多くのラーメン屋さんが使用しています。

ベジタリアン・ヌードル「玄菜麺」

6f3a62fb.jpg化学調味料、動物系素材、魚介系素材を一切使用しない、
マクロビオテック対応のベジタリアン向けラーメンです。
「玄菜麺」に使用する天然素材は・・・
全国のこだわりの生産者の方々に、直接お会いし、生産現場、原料などを確認、厳選しました。
化学調味料の他、酵母エキス、たん白加水分解物、その他天然エキス類も一切使用していません。
それぞれの素材の旨味に大きく依存しており、
その意味では、「玄菜面」の味の根幹を支えているのは、
全国の素晴らしい生産者の方々とのネットワークであると言えます。
「玄菜麺」は、1995年冬から構想6年、完成に至ったメニューです。
利潤追求主義がもたらした畜産業界の矛盾に対決し、
BSE(伝染性脳海綿状症)の危険を排除するための一つの解答です。
開発は、マクロビオテック関係のメーリングリストを介して、
インターネット上での情報交換から始まりました。
「ベジタリアン向けの美味しいラーメンは不可能?」
という問題提起に対決する形で、多くの対話を試み、
その過程で、全国から集まった素材、調理方法に関するアドバイス
をもとに開発を進めました。
試作の段階から、全国の支援者が集まり、
その協力の下で完成しました。
「玄」店舗において、約一年間の期間限定メニューとして販売、
世間でオーガニックおよびマクロビオテック調理法が注目されだしたタイミングと重なり、
さらには、BSE問題の深刻かもあり、
販売開始と同時に、TV、雑誌などメディアが注目するところとなり、
全国にファンを持つ、
「ラーメン創房 玄」最後の超人気メニューとなりました。
販売当初、3名の若い女性のお客様が、カウンター席で、感動の涙を流してくれたという、
つくり手の私にとっても、
忘れ得ない感動を与えてくれた大切なメニューでした。
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