"深い感銘を受ける"本に出会うことはそうはないものですが...

夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録


『夜と霧』を読んだキッカケは.....
まあ偶々と言っていいくらいで、とあるビジネス書の中でこの本を推薦していたことをフト思い出したからでした。 ネットで調べたら地元の図書館の在庫リストに載っていたし ”じゃあ借りてみよう”ということになったわけです。

内容はいわゆる第二次大戦時代の強制収容所モノですが 小説でも単純なドキュメンタリーでもありません。 アウシュビッツに収容された若きユダヤ人心理学者が収容所の中の人々や 自らの心理状態について哲学的レヴェルまで掘り下げて (というか結果にそうなって)書き上げたものとでも言ったらよいでしょうか。
なお『夜と霧』は邦題で、原題(ドイツ語直訳)は 『強制収容所における一心理学者の体験』になります。

本の内容は大きく3つに分かれています。
1番目は『解説』...イギリス人法律家による収容所の全貌をまとめたもの
⇒『夜と霧』がフランクル個人の心象が中心のためそれを補うもの
2番目が『夜と霧』...この本そのもの
3番目が『写真図版』...収容所内の写真や資料等
どこから読んでもOKとも思いますが、解説は一般的な内容なので 2⇒3⇒1の順番が読み易いかもしれません。

さて本体の『夜と霧』は...
"収容所生活における囚人の心理は3つの段階がある”と語るプロローグから始まり 著者のフランクルがアウシュビッツに到着し 解放されるまでの間を時系列的に8つに分けて合計9つの章で構成されています。 133ページと量は多くありませんが内容が濃いのでゆっくりと 時には立ち止まりさらに少し後戻りしつつ読み進めるやり方がよいかもしれません。

第一段階
・到着するやいなや”労働力収奪対象”もしくは”ガスかまど行き” の人差し指による人間選抜洗礼を受けること
・激烈劣悪という言葉を遥かに越えた労働と生活(とはもはや言えないが)環境
・”鉄条網に向かって走る(自殺のこと)”考え
こうした心理的ショック状態が克明にまた様々な角度で記されていきます。 フランクルは学者であるので文献からの引用も豊富に使います。 ドストエフスキーが著作の中で”人間はすべてに慣れうるもの”と定義した ことを”正しく認識するがなぜ慣れることが出来たについては聞かないで欲しい” という言葉は重いですね。

<第二段階> そしてフランクルの言葉でいう2つ目の心理段階がやってきます。
・ありとあらゆる非人間的な状況に対し無感動・無関心になっていく心理状態
であり
・内面的な死滅が始まった状態
です。
フランクルは”この無感動こそ収容所を生き抜くための心の装甲”
だと言います。つまり自らどうしようもならない非人間的な"外的"状況の 連続に感情(感傷)を働かすことは生き抜くためのプラスにはなり得ないということです。 ナイーブという言葉を...心の辞書から完全に消しさったとでも言ったら良いでしょうか。

しかしながらこうした極限を越えた外的状況の中でも自らの内面、精神生活に価値を見出す ことが出来た人のエピソードを自らのことも含め語ります。
過酷な労働作業中ふと他の囚人が語った妻達への言葉をキッカケに フランクルが心の中で妻とやりとりする下りは、この本の中でも特に心に 残りましたね。何ものも侵すことが出来ない心の領域の描写とでも言えましょうか。 たとえ妻が死んでいても(その時妻も子供もその時既に殺されていた)奪い取れない なにかを確信するフランクルの心理は、絶対的絶望的状況であるからこそ 本質的な”光明のようなもの”すら感ずるのです。
"繊細で内面的精神世界の部分持っていた人間が頑丈な人間より収容所生活を よりよく耐え得た"というパラドックス的エピソードはここまで読み進めてみると極めて真実味がありますね。

その後”過酷な発疹チフス””絶望との戦い”等の詳細な心理描写が続きます。 庭の木と心の会話が出来るようになった自らの死期を悟りつつある若い女性のエピソード...木と何を話しているかと問われた時に『木は..私はここにいる、と言っています』と語ったシーンは一遍の美しい詩そのもので心打たれます。
そしてついに最後の9章で”解放後の心理状態”...第3の段階となります。 ”自由になったことは知識として判ってもそれを喜ぶ感情を喪失してしまい” ”喜ぶことを学び始める必要がある”という下りは重いという言葉ではもはや軽すぎる感がありました。

こうした過酷残酷を越えた絶望的状況における人間の心理を語ったものにも関わらず 読後感は大変よいものでした。"一筋の光明のようなもの"すら感じ 久しぶりに本を読んで深い感銘を受けました。
心理学者が書いた本なので表現に堅さはありますが、 今後も読み続けられて欲しいしきっと読み続けられるでしょう。 なお、新版も出ています。

夜と霧 新版