研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

研究開発マネジメントノートIV第18回:2.1.3.3)ビジネスモデルを考える際に役立つ考え方

はじめに第1回
1、研究開発とはどのようなものか第2回第10回
2、研究開発プロジェクトのマネジメント
2.1
、取り組む課題(研究テーマ)を決める
第11回第12回
2.1.1
、技術の不確実性(課題実現の不確実性)に関係する研究課題の設定第13回第14回
2.1.2
、ニーズの不確実性に関わる研究課題の設定第15回第16回
2.1.3
、ビジネスモデルの不確実性に関わる研究課題の設定、1) ビジネスモデルの不確実性に関わる研究課題設定のポイント、2) ビジネスモデルの不確実性に関する研究課題設定の考え方17

3)
ビジネスモデルを考える際に役立つ考え方
前回は、研究開発においてビジネスモデルを考える上で特に重要と思われる考え方をご紹介しました。しかし、「儲けを出し、優位性を持続させる仕組み」として、新しいビジネスモデルを創造しようとすることは従来から行われています。ビジネスモデルのイノベーションを達成しよう、などと意識しなくても、新しい仕事の進め方を考え、それによって優位性を得ようとする試みは古くから行われ、それによって企業の優位性が変わった事例は多く知られていると思います。それが近年、新しい技術と結びついて新しいビジネスモデルが可能になったり、イノベーションを成功させるためには技術だけでなくビジネスモデルの考慮が必要であるという認識が深まっていることを受けて、イノベーションにおけるビジネスモデルへの注目度が増している面もあると思われます。

そうした背景から行われている様々な考察は、研究開発におけるビジネスモデルを考える際にも大いに参考になると思われます。もちろん、ビジネスモデルは現在でも進化しつつあり、そうした考察は理論のような形に整理され、確立されてはいないと思いますが、今回は研究開発の視点から興味深く思われる考え方についてまとめてみたいと思います。

ビジネスモデルの進化
三谷宏治氏は、ビジネスモデルの変化について、「1990年頃までに、基本的なビジネスモデルのほとんどは、すでに確立されていた[文献1、p.320-321]」として、「儲け方(収益モデル)」、「売り方」、「つくり方」、「決裁・資金調達方法」のビジネスモデルの例を示しています。そして、近年の状況について、「インターネットの急激な成長とともに1990年代から21世紀初頭にかけて、新たなビジネスモデルが加わり、それらが自由に組み合わされて展開されていきます。情報(ビット)において、距離・コスト・売り場面積の壁をなくしたインターネットは、その特有の力でさまざまな新しいビジネスモデルを可能にしました。[文献1、p.321]」一方で、「そのビジネスモデル革新が成功したとしても、それで得られる競争優位の持続期間はたかだか10年弱[文献1、p.367]」であることを、BCGの2009年のレポートに基づいて指摘しています。

どのようなビジネスモデルが注目されているか
例えば、GassmannFrankenbergerCsikは、「我々の調査結果では、世界のすべてのビジネスモデルイノベーションは55パターンのビジネスモデルに基づいて構成[文献2、p.14]」されているとしています。その55パターンは次のとおりです(キーワードのみの紹介となりますがご容赦ください)。
1、アドオン(追加オプションへの課金)、2、アフィリエイト(自社の代理店として機能するアフィリエイターの販売活動の支援に注力する)、3、合気道(相手の攻撃力を別の方向へ向ける・・・業界標準とは反対方向の製品やサービス)、4、オークション、5、バーター(製品やサービスの交換)、6、キャッシュマシン(支払いより前に販売代金を回収)、7、クロスセル(補完的なものまで販売する)、8、クラウドファンディング(大衆からの資金調達)、9、クラウドソーシング(大衆へのアウトソース)、10、カスタマーロイヤルティ(特典やディスカウントの提供を通じて顧客のロイヤルティを育む)、11、デジタル化(デジタル製品化)、12、直販モデル、13、Eコマース(実店舗の省略)、14、体験の販売(雰囲気を売る)、15、フラット料金(定額で利用無制限)、16、部分所有(共同で所有)、17、フランチャイズ、18、フリーミアム(無償版と有償追加機能の組み合わせ)、19、プル戦略への移行(オンデマンドでの生産、在庫補充など)、20、稼働保証(代替機や修理、メンテナンス対応を含む)、21、隠れた収益源(無償提供するサービスのスポンサーから収益を得る)、22、素材ブランディング(素材製品が最終製品の特徴的な機能をもたらしていることを宣伝する)、23、インテグレーター(垂直統合)、24、専門特化プレイヤー(プロのノウハウを提供)、25、顧客データ活用、26、ライセンシング、27、ロックイン(切り替え障壁の構築)、28、ロングテール(多種多様な製品を少しずつ販売)、29、保有能力の活用(ノウハウやリソースを外部企業にも提供)、30、マス・カスタマイゼーション(パターンメイド)、31、格安製品(価値提供を絞り安価化する)、32、オープンビジネス(共同開発)、33、オープンソース(公共コミュニティでの開発)、34、オーケストレーター(自社の得意分野以外はアウトソースし全体をコントロール)、35、従量課金、36、賽銭方式(製品やサービスへの支払額を顧客が決める)、37、個人間取引(取引仲介からの収益)、38、成果報酬型契約(製品やサービスが実際に生み出した価値に基づく支払い)、39、サプライ品モデル(本体は安く、サプライ品は高く)、40、レンタルモデル(買う代わりに借りる)、41、レベニューシェア(協業して売り上げを分け合う)、42、リバースエンジニアリング(競合製品の分析により類似製品、互換製品を開発)、43、リバースイノベーション(途上国での開発品を先進国へ)、44、ロビンフッド(金持ち層から利益を得て貧困層に安価に価値提供)、45、セルフサービス、46、店舗内出店、47、ソリューションプロバイダー(オールインワンパッケージの提供)、48、サブスクリプション(一定期間のサービス等をまとめて購入)、49、スーパーマーケット(様々な商品を1ヶ所で販売)、50、低所得層ターゲット、51、廃品リサイクル、52、両面マーケット(補完関係にある2つのグループ双方にメリットが出るよう仲介したりプラットフォームを提供)、53、究極の逸品(富裕層相手の高級品ビジネス)、54、プロシューマー(顧客がデザイナーと消費者の両方の役割を果たす)、55、OEM製品
こうしたビジネスモデルのパターンを紹介し整理した文献は、これ以外にも多く出版されるようになってきましたので、既存のビジネスモデルを参考にすることはかなり容易になってきていると思います。

その中で、特に注目すべきビジネスモデルとして、OsterwalderPigneurは、以下の5つのビジネスモデルパターンを取り上げて分析しています。[文献3、52-119
・アンバンドルビジネスモデル(Un-Bundling Business Models):3つの異なるビジネスタイプ(製品イノベーション、カスタマーリレーションシップマネジメント、インフラ管理)は異なる要素で動くため、対立やトレードオフが発生する。それをバラバラにするビジネスモデル。
・ロングテール(The Long Tail):他品種少量販売モデル。低い在庫コストとしっかりとしたプラットフォームが必要。
・マルチサイドプラットフォーム(Multi-Sided Platforms):複数の顧客グループをつなぎあわせる。他の顧客グループが同時に存在する場合にのみ価値が生まれる。例えば広告に基づくフリービジネスモデルなど。
・ビジネスモデルとしてのフリー戦略(FREE as a Business Model):少なくともひとつの顧客セグメントは無料オファーの恩恵を継続的に受けられる。広告に基づくフリー、フリーミアム(高度なサービスが有料、有料ユーザーが無料ユーザーを支える)、オープンソース(Linux活用など)、保険モデル、エサと釣り針(低価格や無料の導入提案による関連商品やサービスの継続購入)など。
・オープンビジネスモデル(Open Business Model):パートナーとの組織的コラボレーションにより価値を創造。P&Gのコネクトアンドディベロップメント、グラクソ・スミスクラインのパテントプール、コネクターとしてのInnoCentiveなど。

また、KavadiasLadasLochは、成功するビジネスモデルの6つの特徴として、以下の点を挙げています。[文献4]
1、よりパーソナライズされた製品やサービス:A more personalized product or service
2、循環型プロセス:A closed-loop process
3、資産のシェア:Asset sharing
4、使用に応じた課金:Usage-based pricing
5、協力的なエコシステム:A more collaborative ecosystem
6、機敏に適応できる組織:An agile and adaptive organization

なかでも近年特に注目されているのが、プラットフォームでしょう。
McAfeeBrynjolfssonは、「製造企業が・・・奮闘しても、利益の大半はプラットフォーム企業へ行ってしまう。[文献5、p.306]」「プラットフォームの規模の大小を問わず、プラットフォーム企業にとって圧倒的な優位性は、ユーザーインターフェースとユーザーエクスペリエンスをコントロールできることだ。[文献5、p.310]」と述べています。

もちろん、これからも新しいビジネスモデルが登場してくる可能性は大きいでしょう。成功のパターンは今後も様々なものが出てくるとは思いますが、ビジネスモデルを構成する基本的要素としては、前回ご紹介したCanvasの9つの要素すなわち、顧客セグメント、価値提案、チャネル顧客との関係、収益の流れ、リソース、主要活動、パートナー、コスト構造が重要だということは広く認識されているようです。ビジネスモデルの基本的要素についての他の考え方の例はシリーズIII15でもご紹介しましたが、それらの要点はCanvasの9つの要素の一部をより深く取り上げた考え方とも言えるように思いますので、ご興味のあるかたはそちらもご参照ください。

ビジネスモデルづくりの進め方
Osterwalder, Pigneurは、次のようなビジネスモデルづくりの進め方を提案しています。[文献3、5章]
リソースの結集(目的を決め、初期アイデアのテスト、計画立案、チーム結成を行なう。初期アイデアの過剰評価、既得権益との調整に注意。トップマネジメントの関与が望ましい。)
理解(環境調査、顧客の研究、専門家へのインタビュー、先行例の調査、アイデアと選択肢の収集を行なう。調査しすぎによる「分析への麻痺」に注意(進捗報告を怠らないように)。)
デザイン(ブレインストーミング、プロトタイプ、テストによりビジネスモデルの選択肢を考え、評価し、最善のものを選択する。大胆なアイデアを排除、抑圧しないように、アイデアに簡単に惚れこまないように、短期的な視野にならないよう注意。)
実行する(プロトタイプを実際に実行する。不確実性の管理、スポンサーの支援、新しいビジネスモデルに適した組織構造、コミュニケーション(社内キャンペーンなどが有効)に注意。)
管理する(ビジネスモデルを市場の反応に合わせて調整する。既存モデルの再考は継続的な活動となる。ビジネスモデルの寿命が急速に短くなっている現在の傾向、ビジネスモデルの連携、ポートフォリオ管理、環境変化、初心に帰ることを忘れないように注意。)

ビジネスモデル構築には、試行からの学習が特に重要と考えられます。ビジネスモデルの検討には考慮すべき要因が多く、それらが複雑に影響しあうことも多いためそのプロセスの不確実性は高く、当初の計画が予定どおりに進むとは限りません。上記のOsterwalder, Pigneurの考え方にも、ビジネスモデルの調整や既存モデルの再考が含まれていますが、Mullins,Komisarによれば、「起業家には必ずプランAがあり」、「起業家たちはプランAがうまくいくと思っている」が、「不幸なことに、たいてい予想ははずれる」、そして「成功の秘訣はそうしたプランAにあるのではなく、プランBにある」[文献6、p.21]と述べています。また、Riesもリーンスタートアップの考え方のなかでピボット(pivot、方向転換)という考え方を重視し、「仮説にひとつでも誤りがあると・・・わかった場合は、根本的に見直して新しい戦略的仮説へと方向転換する必要がある。[文献7、p.108]」と述べています。計画通りにビジネスモデルを作り上げようとすることよりも、試行錯誤的に、あるいは創発的に進めることが必要な場合が多いように思われます。

ビジネスモデルとイノベーション・エコシステム
ビジネスモデルが複雑化し、そのイノベーションに関わるステークホルダーが増えるに伴い、エコシステムの重要性についての指摘が増えてきているように思います。これは、エコシステムのマネジメントがビジネスモデル構築において、最も難しい要素のひとつであるという認識が広まったことが影響しているのではないかと思われます。

例えば、Adnerは「価値提供を成功させるためには、全員が勝たなければならない[文献8、p.112]」と述べエコシステムのマネジメントの重要性を強調しています。Adnerは、エコシステムを巻き込んだイノベーションの進め方について、最小限の要素によるエコシステム(MVE: Minimum Viable Ecosystem、商業的な価値を創造できる最小限の要素を組み合わせる)→段階的拡張(すでにあるMVEから利益を得ることができる新たな要素を付け加え、価値創造の可能性を増加させる)→エコシステムの継承と活用(エコシステムの成功要素を活用して次のエコシステムを構築する)、という方法を提案しています[文献8、p.192-193]。

また、IhrigMacMillanは「緊密につながりあうエコシステムでは、顧客や自身の会社にのみ焦点を絞ることはできない。他のステークホルダーたちも受け入れ可能な価値提案をする必要があり、うまくいくイノベーションを特定するプロセスは非常に複雑になる。・・・この複雑さをマネージできる方法を理解した企業は、イノベーションを見つけ、選択するうえでの強力な競争優位を手にしたことになる[文献9]」と述べています。具体的には、ステークホルダー間の緊張関係にも注意を払い、ステークホルダーの抵抗を克服する方法を考えるべきだとしています。

ビジネスモデルを変えるイノベーションは往々にして、ビジネスモデルに参加するメンバーや、利害関係の変化を伴います。となれば、当然そのイノベーションに反対する者が出てくる可能性もあるでしょう。そうした困難、不確実性をいかに克服するか、という問題はそれ自体が新たな研究テーマと言えるかもしれません。ビジネスモデルの重要性の認識の高まりとともに、エコシステムのマネジメントにも注目が集まっているようです。ビジネスモデルの視点から自らのアイデアを検証してみることは今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。


文献1:三谷宏治、「ビジネスモデル全史」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014.
文献2:Oliver Gassmann, Karolin Frankenberger, Michaela Csik, 2014、オリヴァー・ガスマン、カロリン・フランケンバーガー、ミハエラ・チック著、渡邊哲、森田寿訳、「ビジネスモデルナビゲーター」、翔泳社、2016.本ブログ紹介記事
文献3:Alexander Osterwalder, Yves Pigneur, 2010、アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール著、小山龍介訳、「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書 ビジョナリー、イノベーターと挑戦者のためのハンドブック」、翔泳社、2012.本ブログ紹介記事
文献4:Stelios Kavadias, Kostas Ladas, Christoph Loch, “The Transformative Business Model”, Harvard Business Review, October 2016, p.90.→ブログ紹介記事
文献5:Andrew McAfee, Erik Brynjolfsson, 2017、アンドリュー・マカフィー、エリック・ブリニョルフソン著、村井章子訳、「プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える?」、日経BP社、2018.ブログ紹介記事
文献6:John Mullins, Randy Komisar, 2009、ジョン・マリンズ、ランディ・コミサー著、山形浩生訳、「プランB 破壊的イノベーションの戦略」、文芸春秋、2011本ブログ紹介記事
文献7:Eric Ries, 2011、エリック・リース著、井口耕二訳、「リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社、2012.本ブログ紹介記事
文献8:Ron Adner, 2012、ロン・アドナー著、清水勝彦監訳、「ワイドレンズ イノベーションを成功に導くエコシステム戦略」、東洋経済新報社、2013. 本ブログ紹介記事
文献9:Martin Ihrig, Ian MacMillan, “How to Get Ecosystem Buy-In”, Harvard Business Review, March-April, 2017, p.102.ブログ紹介記事

文化を変えるイノベーション(「Cultural Innovation」, Holt著HBR2020, September-Octoberより)

大きなイノベーションが世の中を変える力を持つことについては多くの方が同意されると思います。新しい技術やビジネスモデルは、世の中の仕組みや、人々の考え方さえも変えてしまうことがありますが、逆に、人々の考え方が変わり(あるいは積極的に変え)、新たなニーズが生まれてそれに対応したイノベーションが生まれることもあるでしょう。

そうした変化に企業はどう対応すればよいのでしょうか。今回は、世の中の文化とイノベーションの関わりについて論じたHBR誌の記事、Douglas Holt著、「Cultural Innovation」[文献1]をご紹介したいと思います。この記事で著者が強調しているのは、価値提供を考える場合には機能的な側面のみに注目するのでは不十分で、文化的な側面(そのイノベーションを採用することが採用者にとってどんな意味を持っているのかなど)を考慮しなければならないという点で、そのことが、イノベーションの成否や競争優位の構築に大きな影響を及ぼす場合がある、ということだと思います。以下、その内容から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

文化のイノベーション(Cultural Innovation)とは――記事の導入部より
・「次なる10億ドル規模のイノベーションの構築には抗いがたい魅力がある。企業は優位に立とうと、技術部門で作り上げられたイノベーションモデルを競い合っている。例えば、Procter & Gambleではいわゆる建設的破壊(constructive disruption)が追求されている。そこでは、技術的起業家をベンチャーラボに引き込み、試行と学習によるリーンなプロトタイピングプロセスを用いる、スタートアップのようなイノベーションプロセスをデザインしている。しかし、このアプローチは機能していない。現実は、ほとんどの消費者市場ではイノベーションはゆっくりとした漸進的な作業であって、マスターブランドを拡大したり、新しいベルやホィッスルを追加したり、成分を微調整したり、といったものだ。P&Gの大当たりのイノベーションの例であるおむつの交換タイミングを教えてくれるスマートパンパースが、次の10億ドル製品になるようなことはない。」
・「企業がホームランを狙ったとしても、それがよい結果をもたらすことはほとんどない。」「これは組織の問題ではない。企業が悪戦苦闘しているのは、企業が、よいねずみ取り(better mousetrap)とでも呼んでもよいような、あるイノベーションの考え方にすべてのチップを掛けていることが原因だ。かつて、Ralph Waldo Emersonは『よいねずみ取りを作れば、世界中が家の前に押し寄せるだろう』と述べた。これは、エンジニアやエコノミストが信じるイノベーションであり、決定的な価値提案を創造する競争だ。そこでは機能や便利さ、信頼性、価格、顧客体験といったものが勝利をもたらす。技術企業であれば、よいねずみ取りのイノベーションは正しい選択になることもある。・・・しかし、新技術があまり重要でなかったり防御の役に立たなかったりする市場にいる企業にとってはどうだろう?。投資回収が上がりにくいパターンに悩む多くの企業にとっては、よいねずみ取りを追求することは資源を消耗する金のかかる足踏みをしている状態のようなものだろう。」
・「幸いなことに、よいねずみ取りを作ることだけが、イノベーションの方法ではない。消費者市場では、イノベーションは私がcultural innovationと呼ぶロジックに従って進行することがある。StarbucksPatagoniaJack Daniel’sBen & Jerry’sVitaminwaterがそうだ。イノベーションは見る者の目の中にあることを覚えていてほしい。これらのブランドがブレークスルーを起こした時、よいねずみ取りの観点からはそうとは言えなくても、消費者はそれらを大きなイノベーションとみなしている。人々はそれぞれのケースで、価値提案を変革してカテゴリーをとらえなおしたブランドのイデオロギーに反応したのだ。cultural innovationは特徴的な製品やサービスに埋め込まれているのはもちろんだが、創業者のスピーチやパッケージ、成分、小売りデザイン、メディアの報道、事前活動にも埋め込まれている。」「これらのブランドは価値提案の競争に参加して現在定義されている分野をリードしようとしているわけではなく、異なるゲームをプレイしている。よいねずみ取りのイノベーションは、既存の概念において競争に勝とうという定量的な意欲に導かれている。cultural innovationは価値があるものは何なのかという理解を変えるという、定性的な意欲に従って動く。」
・「この20年、私は多くのcultural innovationを研究し組織へのアドバイスを行ってきた。その結果として、企業がそれを追求するための戦略的原則を明らかにした。その原則はよいねずみ取りを作るためのものとは全く異なるものだ。」

ファミリーカーを再発明したFordFord Reinvents the Family Car
・「1989年まで、スポーツ多目的車の購入は、アメリカの中流家庭においては風変わりなアイデアだった。しかし、最初の10年だけでFordに300億ドルの利益をもたらした草分けの車Explorerのおかげで、1995年までに、SUVは疑いの余地のない人気を得た。」「これは、その時代のファミリーカーの致命的な欠点を対象にした、古典的なcultural innovationだった。」
・「1980年代、ミニバンは、座席数の多さ、収納の大きさ、乗り降りのしやすさといった便利さのため、家族が子供やその友達の送り迎えや夏の旅行などに用いるようになり、急速にステーションワゴンに置き換わった。」「ミニバンは郊外に住む親たちの平凡な生活を表すようになり、いつもの『母親の移動手段』という退屈な存在の中心にあるものとしてバカにされるようになった。親たちは、魅力的なアイデンティティでこの汚名を置き換えるような車を望み始めた。1980年代、レーガン時代のアメリカフロンティアイデオロギーの復活は、野生の自然を飼いならす硬派の個人主義を支持し、都市や郊外の住人たちがファミリーカーをオフロードでの冒険のための車として捉え直すことを促した。」
・「家族はExplorerに群がった。確かに、ほとんどの時間は、食料品の運搬や子供のサッカー練習への送迎のように、ミニバンでもやっていたことと同じだった。しかし、彼らは神話を受け入れていた。Explorerを運転することは母親の移動手段の世界から逃れ、より冒険的な生活を感じさせるものだった。」
・「Explorerは大成功で、市場への影響と収益の観点からはシリコンバレーで成功したイノベーションに匹敵するものだった。しかし、このブレークスルーは、よいねずみ取りの観点から理解することはできない。この車は、技術的に進歩しているわけではなく、むしろその反対だった。旧来の技術に依存しており、加速は悪く、上部が重くて回転性も悪かった。ミニバンよりもかなりコストが高く、ガソリンを食い、CO2の排出も大幅に増えた。しかし、SUVは市場の現状の象徴的な問題に完璧に対応したため、ファミリーは喜んで贅沢な価格を支払った。」

cultural innovation
(文化的イノベーション)のモデル
・「cultural innovationの重要なステップを明らかにし、なぜ既存企業がしばしば失敗してしまうかを説明するため、2つめの事例として、Blue Buffaloドッグフードの例をとりあげる。」
・「何十年もの間、Nestlé PurinaMarsProcter & Gambleは、パワフルなブランド、流通力、強力なR&D、マーケティング予算で、アメリカのドッグフード市場を支配していた。しかし、この3社とも、小さなスタートアップであるBlue Buffaloに痛めつけられてしまった。その成功により、Procter & Gambleは負けを認め、ペットフード部門をMarsに30億ドル以下で売却し、General Millsは80億ドルでBlue Buffaloを買収することとなった。・・・どのようにしてそうなったかは次のとおり。」
Step 1
:そのカテゴリの文化を分析するDeconstruct the category’s culture
・「市場とは、そのカテゴリの参加者である、企業、消費者、メディアが採用する信念の体系だ。そのカテゴリの文化を理解するには、社会学者のように考える。一歩下がって馴染んだものを変わったものとして見る。カテゴリで当然とされる組織化の原則は何か?、支配的なイデオロギーは何か?。」
・「この分野での最初のcultural innovationは、1970年代に、ある種のビタミンとスーパーフード(繊維質と抗酸化物質が話題の中心だった)が人の健康によいという科学的な発見がメディアによって宣伝された後に現れた。」「Purinaは、素早くフォローしてPurina ONEブランドを立ち上げ、白衣の科学者と医学的な専門用語をちりばめたパッケージによる広告を行った。」「この新しいブランドは、飼い主に、ドッグフードを栄養上の利点に主に基づいて評価することの価値を教え、栄養の質を証明するための科学用語を提供した。彼らは、ペットフードの製造を複雑な科学的努力として捉えるよう、飼い主を促した。」
Step 2
:アキレス腱を特定するIdentify the Achilles’ heel
・「カテゴリの文化に最終的に致命的な欠陥が発生し、文化的イノベーターは出現した弱点を特定する。」
・「2000年代初頭、アメリカの工業的、科学的な食文化は、メディアにおいて、いくつもの反工業食品運動からの批判を受けるようになった。犬の飼い主たちも同じような懸念を抱き始め、大企業によって作られたドッグフードが本当にペットにとってよいのかという疑問を抱いた。」
Step 3
:文化の先駆者を掘り起こすMine the cultural vanguard
・「カテゴリの変革は、通常、周辺からのアイデアや実績から予想される。カテゴリの文化に欠陥が生じると、大企業の登場の前に、文化的先駆者がしばしば現れる。イノベーターはこうした先駆者をよく調査し、時にはそこに参加して、挑戦者としてのイデオロギーの戦略的な方向とそれを実現するのに必要なシンボルを見いだす。」
・「全国的ブランドとは離れ、『自然な』ドッグフードのサブカルチャーは、その数十年前から生まれていた。」「そのブランドは、すべての内容物と透明性のあるサプライチェーンを重視していた。本物の肉、家禽類、魚と食品炭水化物(サツマイモ、米)がすべてで、人工的なものは入念に避けていた。」
Step 4
:アキレス腱に挑戦するイデオロギーを作成するCreate an ideology that challenges the Achilles’ heel
・「文化的イノベーターは、先駆者からアイデアを得て、新たなブランドのコンセプトを作る。・・・2002年創業のBlue Buffalo・・・ブランドは、飼い主が茶色の圧縮ペレットが何から作られているのかを知らないにもかかわらず、そのドッグフードの粒は本当に栄養があるという工業科学に基づく弱い仮定に挑戦した。」「Blue Buffaloは、ドッグフードを食べ物として評価するように促した。他の粒状ドッグフードは飼い主が絶対に食べないような工業製品でいっぱいだった。」
Step 5
:イデオロギーを演出するシンボルを見せるShowcase symbols that dramatize the ideology
・「cultural innovationは、最も説得力のある方法でそれを演出するシンボルの組み合わせによって実現される。」「Blue Buffaloは、自然食品サブカルチャーの主要なシンボルを活用し、飼い主が食べているのと同じ健康的な食品がコンパクトで便利で腐りにくい形に変換されたものであるという概念を示す追加のシンボルを作成した。」
・「Blue Buffaloの挑戦の魔法は、何百万もの飼い主が、罪悪感を避けるためにドッグフードにずっと多くの金額を費やすという決断をさせた。」

なぜ既存企業の反撃が失敗したのかWhy Incumbent Counterattacks Failed
Iams
:文化的矛盾cultural incoherence
・「P&Gは、Blue Buffaloの地位は、単なる『新しくて改良された』含有物についての主張を拡大したことによると信じていた。・・・そこでP&Gは、Blue Buffaloの成分の2つの主張(フィラーなし、人工的成分なし)を特徴としたIams Healthy Naturalsを発売し、大規模な広告キャンペーンを打った。その失敗の後、肉を最も多い成分としたより高価なIams Naturalsを繰り返して試みたが、うまくいかなかった。」
・「何が悪かったのか?。どちらも、支配的な工業科学的なイデオロギー(Iamsが何十年も支持してきた)と自然なドッグフードのサブカルチャーを結びつけようとするブランド名を採用していた。これは文化的な矛盾を招いた。Iamsは偽物になってしまった。・・・P&Gは混乱した象徴によって知らぬ間に反撃の邪魔をしていたのだ。」
Purina
:目的を誤ったpurpose gone awry
・「Purinaも、Blue Buffaloからの防御として、改良品Purina ONE Beyondを投入した。・・・この取り組みでは、1つではなく2つもの工業科学のブランド名(PurinaONE)を用いることで、うかつにも消費者に、これは自然なドッグフードとして信用できないというシグナルを送ってしまった。」「さらにBeyondは地球を救うドッグフードであると決めた。・・・問題は、環境の持続可能性は栄養と健康に主眼を置くBlue Buffaloの挑戦とは関係がなかったことだ。飼い主は単にBeyondを無視した。」
Mars
:買収の失敗a mismanaged acquisition
・「文化的イノベーションの脅威に対する既存企業の標準的な対応は、脅威となる企業やそれに近い競合企業を買収することだ。Marsは2007年に、強力な自然派ペットフードのサブカルチャーブランドで、Blue Buffaloに対する有望な挑戦者のNutroを買収した。・・・これを機能させるためにはBlue Buffaloを真似て、Nutroのマーケティングを、工業的なドッグフードを攻撃するようなものにシフトする必要があった。・・・しかしマネジャーは逆の対応をした。NutroIamsとほとんど違わない広告によるマスマーケティングのアプローチを適用してしまった。」

よいねずみ取りの考え方で立ち往生してしまうStuck in the Better-Mousetraps Mindset
・「cultural innovationを成功させるためには、3つの落とし穴を避ける必要がある」
今のやり方でずっと働くWorking eternally in the present
・「現在の形にとらわれていると、カテゴリを外側から調べて欠陥が現れてくるのを特定するのは極めて難しい。」
製品の特徴に執着するBeing wedded to a product’s features
・「よいねずみ取りの考え方では、製品の特徴は消費者が評価する客観的な特性だと仮定している。その結果、製品は特徴が合わさって価値提案を創造するという、構成要素の集まりのように解釈されてしまう。すると、イノベーションでは消費者が評価する特定の特徴を改善する必要があるということになる。しかし、特徴は単なる構成要素ではない。変化しうる、イデオロギーの文化的シンボルにもなるのだ。」
アイデンティティの価値を無視するIgnoring the value of identity
・「よいねずみ取りの考え方では、優れた機能によってイノベーションが達成されると考えるが、それは多くのイノベーションの重要な要素を見落としている。消費者のアイデンティティを強化する側面だ。」

結論
・「既存企業は、現在定義されているカテゴリで勝つことを強く意図するため、定義の基礎にある欠陥の特定がうまくてきない。文化的イノベーターは、新しい体制に有利になるように、支配的なイデオロギーを吹き飛ばす機会を探しているため、既存企業よりもうまく動く。既存企業がイノベーションを起こすには、・・・『文化的起業家のように考える』ということを信条としなければならない。」
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著者の言う文化的イノベーション(cultural innovation)に付随するイデオロギーの問題は、顧客のニーズの一部として考えることもできるように思います。顧客は製品の性能を求めているのではなく、その製品を採用することで生まれるイデオロギーを求めている、という状況です。このような状況もありうることと考えておく必要があるということでしょう。

一方、既存の文化が維持困難になっている状況で、cultural innovationの攻撃を受ける既存企業は、対応に苦慮する場合が予想されます。記事の中でもクリステンセンのイノベーターのジレンマとの関連が少し議論されていますが(本稿では省略しました)、既存企業が新興企業に立ち向かう場合の困難のひとつの要因としてこのcultural innovationが挙げられるかもしれません。

イノベーションは技術的優位だけではなかなか成功しない、ということは広く認識されるようになってきたと思いますが、まだまだよいねずみ取りの発想は残っているように思います。世の中の文化(考え方、価値観)の動きにも注意を払いつつ、イノベーションの方向性を探ることは今後ますます求められるようになるのではないか、という気がします。


文献1:Douglas Holt, “Cultural Innovation”, Harvard Business Review, September–October, 2020.
https://hbr.org/2020/09/cultural-innovation

「進化心理学から考えるホモサピエンス」(ミラー、カナザワ著)より

なぜ人間はあることをしたがるのか。人の動機をよく理解することは、研究開発マネジメントにおいて重要なことだと思っています。なぜなら、研究開発においては特に、研究者がやる気をもって仕事を進めるかどうかは、その成果に大きな影響を与えると思うからです。人のやる気に影響する因子としては真っ先に損得勘定が指摘されることが多いと思いますが、損得勘定や欲求を満たすことだけに注意すれば人はやる気を出してくれるものでしょうか。現段階ではこの問いに自信をもって答えることは難しいと思いますが、近年、進化心理学の視点からこの問題に挑むアプローチが注目を集めているようです。

そこで、今回は、アラン・S・ミラー、サトシ・カナザワ著「進化心理学から考えるホモサピエンス」[文献1]をご紹介したいと思います。本書では、様々な人間の考え方や行動は、人間が進化の過程でそれを身に付けてきたと考えることによってうまく説明、理解することができる、ということが解説されており、それ示唆は人の動機を理解するためのひとつの原則になりうるのではないかという気がしました。以下、特に興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

序章、人間の本性を探る
・「この本で、私たちは人間の本性について述べたいと思う。・・・私たちは、(部分的には)進化によって形成された独自の性質をもつヒトという動物として行動している。この独自の性質が人間の本性である。これは二つのことを意味する。一つは、私たちの考え、感情、行動は、生まれてからの経験や環境だけでなく、気の遠くなるような長い年月の間に私たちの祖先が遭遇した出来事によって形づくられているということ。・・・二つ目は、人間の本性は普遍的なものであり・・・私たちの考えや感情や行動はかなりの部分、すべての人間・・・に共通するということである。[p.15-16]」
・「社会科学者やジャーナリスト、その他の人たちの中には、人間の性質や行動がほぼ100%環境によって形づくられると信じている人たちが大勢いる。・・・私たちが生物学的な要因を強調するのは、それが環境要因よりも重要だからではなく、強調する必要があるからだ。人間の行動には100%遺伝子で決まるものなどないように、100%環境で決まるものもない。前者は誰もが認めるところだが、後者は十分認識されておらず、論争の的になる。それゆえ私たちはこの本で生物学的要因に重点を置くのである。進化心理学は人間の本性を扱う新しいサイエンスであり、その視点は、人間の趣向や価値観、感情、認知、行動に対する生物学的、進化的影響を理解する上で、今のところ行動遺伝学の視点と並んで、最も有効であると思われる。[p.17]」
・「進化心理学の議論では、二つの重大な誤謬――『自然主義的な誤謬』と『道徳主義的な誤謬』を避けることが非常に重要である。・・・自然主義的子謬とは、『~である』から『~であるべきだ』への論理的な飛躍だ。・・・道徳主義的な誤謬は、『~であるべきだ』から『~である』に飛躍すること、『こうあるべきだから、こうなのだ』と言い張ることである。[p.18-19]」
・「多くの『ステレオタイプ』は、統計をもとに、観察から導き出した一般論であり、それゆえ事実であることが多い。ステレオタイプと一般論の問題点はただ一つ、個別のケースには必ずしもあてはまらないことである。[p.21]」「危険なのは、統計にもとづく一般論を個々のケースにそのままあてはめることである。『ステレオタイプ』というとよくないものという印象があるが、多くは経験にもとづく一般論にすぎないかもしれない。それが誰かにとって気にくわないか、ある集団に対して批判的であったり侮辱的であったりすれば、ステレオタイプというレッテルを貼られる。[p.22]」

第1章、進化心理学について
・「進化心理学は台頭しつつある新しい分野である。[p.25]」
・「一般的にみて、社会科学者は多かれ少なかれある前提に立って人間の行動を説明する。[p.25]」「標準的社会科学モデル・・・の主要な主張を特徴づける一連の原則をあげてみよう。原則1、人間は生物学の対象ではない。・・・原則2、進化の影響は首から下までである。・・・原則3、人間の本性は何も書かれていない書字板である。・・・原則4、人間の行動はほぼすべて環境と社会化によって形成される。[p.26-27]」
・「進化的な心理メカニズムはおおむね無意識のうちに働く。・・・こうした心理メカニズムが私たちの嗜好、欲求、感情の多くの背後にあり、私たちの行動を一定の方向に導いていると考える。・・・人間の行動を完全に説明しようとするなら、生物学的な要因と環境要因の両方が重要なのである。・・・進化心理学は、進化生物学を人間の行動にあてはめたものである。[p.32]」「この分野を特徴づけるのは、以下の4つの原則だ。・・・原則1、人間は動物である。・・・原則2、脳は特別な器官ではない。・・・原則3、人間の本性は生まれつきのものだ。・・・原則4、人間の行動は生まれ持った人間の本性と環境の産物である。[p.33-35
・「手や膵臓の基本設計が、およそ一万年前の更新世の終わり(いわゆる氷河時代)から変わっていないように、脳の基本的な機能もこの一万年間あまり変わっていない。脳を含め人間の体は、人類が暮らしていたアフリカのサバンナや地球上のその他の場所で何百万年もの間に進化してきた。[p.35]」「私たちは石器時代の手や膵臓をもっているように、石器時代の脳をもっている。[p.36]」「言い換えれば、私たちは依然として一万年以上前の祖先と同じ心理メカニズムをもっているということだ。このことから、進化心理学で『サバンナ原則』と呼ばれる次のような新たな命題が導きだされる。すなわち『私たちの脳は、祖先の環境になかったものや状況を理解できず、私たちはそうしたものや状況に必ずしもうまく対処できない』。[p.37]」
・「サバンナ原則は、・・・しばしば見過ごされているヒトの進化に関する二つの事実に注意を向けさせる。一つは、進化は非常に長い時間をかけて徐々に起きるということ。もう1つは、自然淘汰が働くには、安定した変化のない環境が必要であること。[p.40]」

第2章、男と女はなぜこんなに違うのか
・「行動、認知、価値観、好みの男女差はかなりの程度生まれつきのものであり、文化を超えた普遍性をもち、他の動物にも共通するものも少なくない。・・・男女の脳には構造的な違いがあるのだ。[p.48]」
・「二つの単純な生物学的事実が、さまざまな性差のすべてをもたらしていることがわかっている。その二つとは、異形配偶と、受精卵が母体内で育つことだ。異形配偶とは、雌の配偶子(卵子)が雄の配偶子(精子)よりも大きく、数が少ないことを意味する・・・受精卵が母体内で育つということは何よりも雌は雄に比べてはるかに少ない子供しかつくれないことを意味する。[p.49]」「異形配偶と母体内で受精卵が育つことで、男の間では女に比べて大きな適応度格差が生まれる。・・・つまり一生子供をつくれない男の方が、一生子供を産めない女よりはるかに多いということだ。[p.50]」「それによって実際にもたらされるのは、自然の状態ではヒトの配偶関係はポリジニー(一夫多妻)になるということだ。・・・進化の歴史を通じて、ごく最近まで、ヒトの婚姻形態はさほど極端ではない一夫多妻だった。[p.51]」
・「男が女よりもはるかに攻撃的、競争的、暴力的なのは、ジェンダーの社会化のせいではなく、男の適応度格差が大きいためである。・・・競争しなければ、かなりの確立で子供をまったくもてない可能性に直面する。競争に勝った場合の報酬と競争を避けることの代償との差が非常に大きい。女性はこの差がずっと小さい・・・競争で得られる潜在的な利益は、競争の潜在的なコスト(負傷や死)に見合うほど大きくない。だから女性は全体として男性ほど攻撃的、競争的、暴力的ではないのだ。[p.52-53]」

第3章、進化がバービー人形をデザインした――セックスと配偶者選びについて
・「異性に対するあなたの好みや願望はかなりの部分で進化の影響を受けている。詰まるところ、問題はあなたが何を望むかではなく、あなたの遺伝子が何を望むか、だ。そして遺伝子にとって重要なのは、自分のコピーができるだけ多く子孫に伝えられることである。[p.67]」
・「なぜ女性たちはセクシーなブロンド美女になりたがるのか。進化心理学の答えは『男たちがセクシーなブロンド美女と配偶関係を結びたがるから』というものだ。・・・では、なぜ男たちはセクシーなブロンド美女と配偶関係を結びたがるのか。セクシーなブロンド美女は、平均よりも繁殖価が高く、多産で、繁殖成功度が高いからである。[p.70]」「美しさは『健康証明書』なのである。[p.88]」

第4章、病めるときも貧しきときも?――結婚について
・「進化心理学、進化生物学の・・・二つの驚くべき発見は、一夫多妻に関するものだろう。一つは、・・・自然の状態では人間の婚姻形態は一夫一妻ではなく、一夫多妻であること。・・・二つ目は、・・・一夫多妻は女性にとって都合がよく、男性にとっては一夫一妻のほうがメリットがあるということだ。[p.103]」
・「兄弟関係にない男たちが一人の妻を共有する婚姻形態は、人間の社会には事実上存在しないと言っていい。なぜ一妻多夫は例外的なのか。・・・複数の男たちが一人の女と正式に結婚している場合、どの男も、妻の生んだ子が自分の子かどうか確信がもてないため、子供にあまり投資する気になれない。父親から十分に資源を与えられなければ、子供が生き延びて生殖年齢に達し、次世代に遺伝子を伝える確率は低くなる。[p.104-105]」
・「資源格差が小さい社会、富める男と貧しい男の所得にさほど大きな開きがない社会では、金持ち男の資源の半分は貧乏男の資源全部より少ないため、女たち(そしてその子供たち)としては金持ち男の資源を分け合うよりも、貧乏男の資源を独占する方がいい。かくして、資源格差の大きい社会は、一夫多妻となり、より平等な社会では一夫一妻となる。[p.113]」「男たちの間に資源格差があれば(人間社会には常にある)、大半の女たちには一夫多妻のほうが望ましい。一夫多妻なら、複数の女たちが裕福な男を共有できるからだ。一夫一妻では、貧しい男と結婚しなければならない。[p.115]」「大半の男には一夫一妻のほうがいい。どんな男も妻を一人確保できるからだ。[p.116]」

第5章、親と子、厄介だがかけがえのない絆――家族の進化心理学
・「トリバースは1973年に数学者のダン・E・ウィラードと組んで、進化生物学の最も著名な原則の一つ、トリバース=ウィラード仮説を提唱した。高い地位にある裕福な親は息子を多くつくり、地位の低い貧しい親は娘を多くつくるという説である。・・・さまざまなデータがこの仮説を支持している。[p.125]」
・「最近では、・・・『一般化トリバース=ウィラード仮説』が提唱されている。・・・親が子供に伝えられる資質をもち、その資質が娘よりも息子に役立つなら、息子が多くなるバイアスがかかり、娘に役立つなら、娘が多くなるバイアスがかかるというものだ。[p.126]」「たとえば、脳のタイプだ。システム化(問題解決)が得意な『男性脳』は、息子に役立ち、共感(他の人たちと関係を築く)にすぐれた『女性脳』は、娘にとってプラスになる。[p.127]」
・「男にとっても女にとっても(すべての生物にとって)繁殖の成功は重要だが、生涯にもてる子供の数が男女で違うから、一人ひとりの子供の重要度は、父親にとってよりも、母親にとってはるかに大きくなる。・・・父性の不確かさと適応度の上限値の高さが、父親を無責任な親にする。・・・母親が子育てに労を惜しまないからこそ、父親はますます無責任になれる。[p.135]」

第6章、男を突き動かす悪魔的な衝動――犯罪と暴力について
・「男は熾烈な競争で繁殖上のメリットを得る。配偶相手をめぐる物理的な競争では、力の強い者はライバルに対して暴力的にふるまうだろう。彼らの暴力は、自分たちの地位と名誉を守り、ライバルたちを怖気づかせる、もしくは消し去るという二重の機能を果たす。強者は配偶相手を引きつけるためにライバルから盗んで資源を蓄積しようとするだろう。それと同じ心理メカニズムから、女性に近づく正当な権利を得られない者たちは、力づくのレイプという犯罪行為に走るだろう。犯罪や暴力に向かない男性は、創造的な活動を通じて配偶相手を引きつけようとする。[p.156]」「一夫多妻の繁殖システムのもとで(人間社会はずっとそうだった)、配偶相手をめぐる闘いに参加しなければ、ゲームから外され、結果的に敗者となる。言い換えれば、競争すれば負ける可能性があるが、競争しなければ負けが決まっている。・・・繁殖成功度でみれば、競争しない場合の代償のほうが大きいのだ。[p.157]」「しかし、競争のコストは第一子・・・の誕生とともに急速に増大する。・・・競争に向けるエネルギーと資源を、すでに生まれた子供を保護し育てることに費やすほうが得策だろう。[p.157-158]」「男性科学者は昼夜を問わず実験室にこもりたい気分ではなくなるし、男性の犯罪者は大きな危険を冒してまで違法行為をしようと思わなくなる。・・・進化心理学で言えば、目的は繁殖の成功(結婚と子供の誕生)である。男がすることは、犯罪であれ科学研究であれ、すべてこの究極の目的を達成するための手段なのだ。この見地に立てば、なぜ結婚によって犯罪者と科学者の生産性が低下するのかという問いそのものが的外れになる。目的を達成してしまったのに、その目的のための手段を行使しつづけることになんの意味があるだろう。[p.165]」

第7章、世の中は公正ではなく、政治的に正しくもない――政治と経済と社会について
・「法学者のキングズレー・R・ブラウンは、進化心理学の立場から所得や職種の男女差など職場における性差を論じたパイオニア的な研究を行っている・・・。ブラウンは、進化の歴史を通じて、男と女は異なる淘汰圧を受けてきたために、異なる気質をもつにいたったと指摘する。男が繁殖に成功するには、物質的な資源と高い地位が重要になる。女は自分の子供を守り、多くの投資をしてくれる、地位の高い豊かな資源をもつ男に引かれるからだ。それとは対照的に、女が繁殖に成功するには、子供の世話をすることが重要である。その結果、祖先の女たちから受け継いだ心理メカニズムにより、現代の女性たちはリスクを冒すことに非常に消極的で(危険な行動をすれば、負傷したり死ぬおそれがあり、そうなると子供も生き残れない)、それほど高い地位を求めようとせず(高い地位についても、繁殖成功度は上がらない)、男ほど攻撃的・競争的でない(進化の歴史を通じて、女に近づくために激しく競争してきたのは男たちであって、その逆ではなかった)。[p.177-178]」「男は稼ぎたいから必死で稼ぐが、女にはカネを稼ぐよりももっとやりがいのあることがあるから、それほど必死で稼がないのである。[p.179]」

第8章、善きもの悪しきもの、醜悪なるもの――宗教と紛争について
・「集団間の紛争については、一見すると矛盾するような二つの事実が発見されている。人種差別意識は生得的だが、人種を識別する基準は生得的ではないというのだ。[p.189]」
・「宗教の起源はリスク管理にあると考えられる。たとえ偶発的な出来事であっても何者かの意図が働いていると解釈するほうがリスクは少ない。だから、私たちの脳は紙や超自然的な存在を信じたがる。[p.196]」
・「男性の地位と繁殖上の価値が社会や文化に特有なものだとすれば、彼らは自分たちの知らないまったく違ったルールが適用される異文化を避けようとするはずだ。女性に適用されるルールは普遍的なものだから、女性は男性ほど異文化を嫌う理由がない。[p.210-211]」

第9章、おわりに――いくつかの難問
・同性愛、きょうだいの性格の違い、子供をつくらない選択、自殺、子殺し、国のために死ぬ兵士、親を愛する子供、先進国の少子化、日焼けの魅力・・・などの問題のいくつかには解答が見つかっているが、まだわからないことも多い。
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人間の考え方や行動を支配する因子を、性淘汰を中心とする進化心理学的な視点ですべて明らかにできるかどうかはこれからの課題でしょうが、「少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならない[文献2]」という「オッカムの剃刀」的な立場からは進化心理学の視点は重要な示唆を提供してくれているのではないでしょうか。

もちろん、本書にも述べられているように、ヒトの種としての傾向が認められるからといって、特定の個人がそうした傾向を持っているかどうかは別の問題です。従って、こうした考え方を実践に適用しようとする場合にはそれなりの注意が必要でしょう。例えば、本書に述べられた男女の違いについても、女性的な考え方をする男性も、その逆もあるでしょうし、その程度も様々でしょう。研究においては考え方の多様性が重要であることを考慮すれば、本書に述べられたような典型的な例が存在することを認識しつつ、個人個人の多様性の発揮を大切にすることで、やる気を引き出す、方向付けする、というようなマネジメントが必要なのではないかと考えます。


文献1:Alan S. Miller, Satoshi Kanazawa, 2008、アラン・S・ミラー、サトシ・カナザワ著、伊藤和子訳、「進化心理学から考えるホモサピエンス」、パンローリング、2019.
原著表題:Why Beautiful People Have More Daughters
文献2:https://ja.wikipedia.org/wiki/オッカムの剃刀

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