研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2010年04月

ノート6:研究部門が実施したいテーマ

ノート4,5につづき、企業活動の役に立つテーマ設定の第3のタイプ、研究部門が実施したいと考えるテーマについて検討してみます。

 

③研究部門が実施したいと考えるテーマ

前節までに述べたテーマを研究部門の側からみると、①企業の収益源となるテーマは成果が期待できるので実施する価値がある、②の企業が研究部門に求めているテーマは企業の要求に応えることに実施する価値があると考えられます。しかし、それ以外に、成果の期待が不明確で、かつ求められてもいないが、研究部門として実施したいテーマというものもありうるのではないでしょうか。

 

研究テーマの性格については、まず、テーマのアイデアが何に基づいているかに関して、

「サイエンス・プッシュ」「テクノロジー・プッシュ」vs.「マーケット・プル」「デマンド・プル」

「シーズ志向」vs「ニーズ志向」

という区分がなされることが多いようです。さらに、そのテーマが組織のどの階層から発生するかについて、

「ボトムアップ」vs「トップダウン」

という区分もあります。研究部門が実施したいと考えるテーマはそれぞれ前者の性格を強く持ったものであるということができるでしょう。

 

イノベーションがどのような過程で発生するかについて、過去(1950年代)においては、基礎的研究がイノベーションを生む「サイエンス・プッシュ」が重要と考えられていたようです。これに対し、近年では科学技術と市場の双方向のコミュニケーションの重要性が認識されて、上記のような「サイエンス・プッシュ」と「マーケット・プル」の2つの逆向きの流れを組み合わせる「カップリングモデル」を考慮すべきだと言われています[文献1p.119-121]。さらに、Tiddらは、テクノロジー・プッシュ型か、さもなくばニーズ・プル(必要は発明の母)型かのどちらかといったアプローチの限界は明らかであり、現実には、イノベーションとは何かと何かを結びつけ調和させていくプロセスであって、相互作用こそが最も重要な要素である[文献2p.54]と指摘しています。また、Rogersは「知覚されたニーズがイノベーション過程を始動させたり、イノベーションの知識がそれに対するニーズを創出したりする」[文献3p.410]と述べており、同様の見解は他にもみられます[文献4p.149]

 

トップダウンかボトムアップかという議論に関しては、不確定要素や不確実性の存在のため研究開発の計画は完全にトップダウンだけでは決められないことに特別の注意が必要[文献1p.177]との指摘があります。また、形式知(形式的・論理的言語によって伝達できる知識)と暗黙知[文献5](特定状況における個人的な知識で、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい知識)[文献6p.88]の相互作用が組織的知識創造にとっと重要であるとの立場から、トップダウンモデルは形式知を扱うのに向いているが組織の第一線での暗黙知の成長を無視しており、ボトムアップモデルは暗黙知の処理が得意であるが暗黙知を組織全体に広めて共有することを難しくしていると述べ[文献6p.187]、組織的知識創造のための最良の環境として「ミドル・アップダウン・マネジメント」が提案されています[文献6p.238]

 

このように、イノベーションにとってはいわゆるシーズとニーズの双方が必要ということは広く認識されていることのようですが、にもかかわらずシーズ志向の研究というものは企業内では評判が悪いように思われます。この原因としては、シーズ志向の研究は、企業内外の環境分析に基づいて戦略的に目標を設定し、それを効率的に実行するという古典的な企業経営の手法になじみにくいことがまずあげられるでしょう。それに加え、開発(あるいは導入)された技術と、製品や実機に使えるような技術との間のギャップ(レディネス・ギャップ)を誰がどのように埋めるかがはっきりしないために「研究所で生み出された技術は、市場よりもサイエンスに近いものとして評判が悪い」[文献7p.232]と判断されてしまうこともあると思われます。シーズ志向の研究を行なう際には、このような周囲の捉え方も考慮しておく必要があるでしょう。

 

しかし、技術者の立場からするとシーズ志向にはニーズ志向に比べて好ましい点があります。それは、ニーズ志向の研究を行なう場合に、「こういうニーズがあるから売れるはずだ」という予測をしたとしても、そのニーズ予測自体は技術者にとってはどうしようもない場合があるのに対し、シーズは実体のある技術として身近に存在するため、シーズをどう発展させるかというプロセスに技術者が関与する余地が大きく、やりやすいという点です。さらに、シーズ技術はそれ自身で(ニーズがなくても)成長し、さらに新たなシーズを生み出す可能性がある点も重要でしょう。

 

シーズ技術のもつこのような特性は、セレンディピティーにも繋がるものと考えられます。セレンディピティーとは、偶然に幸運な予想外の発見をする能力を指し、Robertsは、以下の2種類に分類しています。[文献1p.198] [文献8p.ix]

・擬セレンディピティー(pseudoserendipity):追い求めていたことを、偶然に発見できること

・真のセレンディピティー(true serendipity):思ってもみなかったことを、偶然に発見できること

このうち、真のセレンディピティーは「予想外」の結果に基づくものであるため、オリジナルであることが多く、差異化のためには特に重要でしょう(擬セレンディピティーであっても発見に偶然を必要とするものは同様です)。セレンディピティーに恵まれれば、それは競合他社が容易に達成できる成果ではなく、技術的に優位に立つための重要な足がかりになるはずです。ただ、真のセレンディピティーは、目的志向を強く意識した研究においては目的外の結果や単なる異常値として見逃されてしまうこともありうるので、シーズ志向の研究の方がこうした発見をしやすくなるということも言えるでしょう。

 

以上、ここで述べたような、研究部門が実施したいと考えるいわゆるシーズ志向のテーマは、それだけではビジネスにはならないものの、必要であるとの認識に立つべきだと思われます。このとき、技術シーズとしては自身が保有している技術の他に、外部の技術、埋もれた技術、失敗の結果に終わった技術なども加えて考えてもよいでしょう。こうしたテーマを行なう場合には、ニーズとの組み合わせを意識し、さらに、見えないニーズの具体化に利用できないか、シーズそのものをさらに発展させることができないか、といった点を念頭におくことが、よい成果を得るために必要なことと考えられます。

 

文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献3Rogers, E.M., 2003、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献4Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5Polanyi, M., 1966、高橋勇夫訳「暗黙知の次元」、筑摩書房、2003.

文献6Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献7Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献8Roberts R.M., 1989、安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.


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ノート5:研究部門に求められるテーマ

ノート4につづき、企業活動の役に立つテーマ設定の第2のタイプ、企業が研究部門に求めているテーマについて考えてみます。

 

②企業が研究部門に求めているテーマ

企業が研究部門に求める最も重要な課題は、企業活動に貢献するイノベーションを行なうこと、とりわけイノベーションにおける技術的要素を追究することでしょう。しかし実際には、イノベーションには直接結びつかない様々な仕事も同時に行うことが求められます。特に、ある程度の専門性を必要とし、生産現場の業務とは異質な仕事が研究部門に与えられる場合があり、こうした活動は研究者のマンパワーの中で無視できない比率を占めることがあります。研究活動への資源配分を考える上でも、このような活動を含めて実際に企業が研究部隊に求めている業務を整理しておきたいと思います。

 

研究部門に求められていることは業種や分野によって当然異なると思われますが、大きく分けると、頭を使うことと体を使うことに分けられるのではないでしょうか。また、取り組む課題としては、未知のこと(新規なこと、創造)と、既知のこと(応用など)とに分けられると思います。この視点に立って、業務を分類してみたものを下図に示します。
研究分類scan500
(2010.4/23画像をきれいなものに差し替えました)

研究開発とは言えないような内容も含まれおり、企業によっては別の部署が担当する業務も含まれているとは思いますが、こうしたことが研究部隊に求められる場合もあるはずです。こうした業務が必要なこととして求められている以上、これらを実行することは企業のためになっていることになり、実務的には無視できない課題となります。

 

もちろん、研究の役割としては図の右側、新規なことへの挑戦が着目される機会が大きいわけですが、左側も無視できません。既存のことを知っておくことは、新たな創造のための基盤となるとともに、既存の事業を有する企業にとってはその技術的基盤を確保する意味でも重要と考えられます。Anthonyらは「安定した中核事業の存在がイノベーションの前提条件」と述べています[文献1p.29]。彼らは主に収益面での中核事業の安定の重要性を強調していますが、中核事業を支える技術の面でも安定が損なわれてしまってはイノベーションの成功はおぼつかないのではないでしょうか。例えば、新技術の開発ばかりに目が向けられる結果として既存技術の伝承がないがしろにされる場合、技術者の過度な少数精鋭化(人員削減)や年齢構成の歪みによる育成指導不足や業界および社会動向監視の不足、自動化の推進や設備の高度化による製造技術のブラックボックス化、トラブル(非定常)経験の不足など、既存事業の技術基盤が弱体化する可能性は常に存在するでしょう。こうした場合に実務部隊の能力不足を補い、技術的基盤を確保することも研究開発部隊に求められる重要な業務と言えるでしょう。

 

なお、これら研究所に求められる様々な業務の一部を外部との連携で処理しようとする考え方もあります。外部の知識の有効活用を狙ったオープンイノベーション[文献2]、他社に対する優位性を生み出さない業務のアウトソーシングにより優位性を生む分野に社内資源を再配分すべきとする考え方[文献3]もこうした考え方に含まれると思われます。しかし、図の左側の業務であっても研究者、技術者を育成するという側面があるため、その部分まで外部との連携やアウトソーシングに頼ってよいかどうかには議論の余地があるでしょう。Leonardは専門知識獲得の「10年ルール」として、エキスパートになるためには最低でも10年程度の集中した研究と練習が必要、と述べています[文献4p.71]。一般の企業では、10年間、教育のためだけに時間を費やすことは不可能でしょうから、既知のことに関わる業務を行ないながら経験を積むことは有効な育成の方法と言えるのではないでしょうか。また、左側あるいは下側の業務には新たなアイデアを生み、その可能性を正しく評価するための基盤としての重要性もあると思われます。ノート2で少し触れた「セレンディピティー」についてRobertsはパスツールの言葉を引用し、「観察の場では、幸運は待ち受ける心構え次第である」と言っていますが[文献5p.viii]、「観察の場」は上述の図の下の部分に、「心構え」は既存知識の充実という意味で図の左側の部分に相当すると考えられます。このような既存知識を含む社内の技術力の充実の必要性は、丹羽によるChesbroughのオープンイノベーションの批判においても述べられていて、「結局のところ、強い知識と技術やマネジメント力も兼ね備わった企業が、外部の知識や技術を効果的に活用することができる」[文献6p.79]とされています。Mooreの主張するアウトソーシングによる資源の創出[文献3]は、経験を積んだ人材を競争力の発揮に活用する、という意味ならば有益と思われますが、技術力の蓄積を損なうようなアウトソーシングでは意味がないように思われます。

 

また、図の左側の業務は、一般にその業務の必要性がわかりやすい(例えば、どこかからの問い合わせに対応するとか、顧客からのクレームに対応するとか)ことに加えて、計画しやすく成果が目に見える形で出やすいため(つまり不確実性が低い)、ともするとそうした業務を優先してしまいがちになる場合があることにも注意が必要と思われます。新規なことへの挑戦を重視するならば、図の右側の業務を行なうことへの動機づけ、評価とのバランスも重視しておくべきでしょう。

 

要するに、重要な点は研究活動における資源配分のバランスをとる、ということに帰着してしまうように思いますが、現実的には、その企業の置かれた状況に応じて臨機応変に、しかし片寄り過ぎないように資源配分を調整していくべきである、ということになるのでしょう。

 

もうひとつ、表に示した分類とは異なる研究の役割として「宣伝」が挙げられます。ノーベル賞を受賞した田中耕一氏が、彼の所属する島津製作所の企業イメージアップに大きく貢献したことは比較的記憶に新しいところですが、そこまでの業績ではなくとも研究成果の社会へのアピールがうまくできれば宣伝効果は十分に期待できるのではないでしょうか。Tiddらはアライアンスのマネジメントにおいて、「ある技術、もしくはその技術のソースが企業に与える信用度は、企業の技術取得方法に影響を与える重要な要素」と述べていますが[文献7p.272]、「宣伝」という側面での研究活動の企業への寄与はもう少し認識されてもよいのではないかと思われます。

 

以上、企業が研究部門に求めている課題として、イノベーションへの直接の寄与だけではなく、それ以外の役割も必要とされていることを述べました。こうした業務の位置づけや進むべき方向性を明確にし、必要な業務全体を考慮したテーマ設定を行なうことはトップマネジメントの課題でもあるのでしょうが、研究マネージャーにとっては与えられた資源の配分を適正にマネジメントし、有意義な成果が効率的に得られ続けるようにしていくことが重要と思われます。

 

 

文献1Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献2Chesbrough, H., 2003、大前恵一朗訳、「Open Innovation」、産業能率大学出版部、2004.

文献3Moore, G.A., 2005、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.

文献4Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献5Roberts R.M., 1989、安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.

文献6:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.

文献7Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.


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ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定

研究テーマの設定

今まで(ノート1~3)に述べた基本的な事柄について認識したうえで、どのような研究テーマに取り組むべきかを考えてみたいと思います。ノート1でも述べたように、研究の目的として何らかの形で企業活動に貢献しようとする前提で考える場合、以下の3つのアプローチによるテーマ設定が有効なのではないかと思われます。

①企業の収益源となるテーマ

②企業が研究部門に求めているテーマ

③研究部門が実施したいと考えるテーマ

なお、ここでは研究テーマが上記の3種類に分類できると言っているわけではありません。2つ以上のケースに該当する場合もあるでしょう。しかし、いずれの分類でも企業活動への何らかの貢献が期待できるのではないか、という視点で分類を考えてみたものです(このどれにもあてはまらない場合にはそのテーマを実施する意味はかなり低くなるように思っています)。従来の研究テーマの分類方法としては、テーマの発生のしかたに基づく分類(トップダウン、ボトムアップ、ニーズ志向、シーズ志向など)がよくなされると思いますが、それとは異なり、何らかの役に立つという視点での分類を試みた、ということです。なお、トップダウン、ニーズ志向と呼ばれるテーマはおよそ②の区分に、ボトムアップ、シーズ志向のテーマはおよそ③に分類されることになると思われますが、以下では上記分類に従って、研究テーマのアプローチやテーマの性格の違いからどのようなことが考えられるか、どのような進め方をすべきか、などを議論してみたいと思います。

 

①企業の収益源となるテーマの設定

どのようなテーマに取り組めば企業活動に最も貢献できるのでしょうか。この問題を考える上でChristensenの分析は無視することができないものと思われます。

Christensenは、業界をリードしていた優良な企業が、ある種の市場や技術の変化に直面したとき、特段の経営上の失敗もないのにその地位を守ることに失敗した例の分析を行ない、次のようなメカニズムが存在することを示しています。[文献1に基づき要約]

・ある技術の改良の速度が技術的要求(ニーズ)の進歩の速度を上回ることがある。

・その結果、技術はオーバースペックになる。

・オーバースペック技術であっても、収益率は高いことが多いし、ハイスペックを求める顧客も存在するので、企業はその技術をさらに進歩させようとする。

・往々にして収益性の高さや、既存顧客の確保のために、オーバースペック技術の開発に資源を集中させる。

・その結果、ハイスペックを求めない市場への興味を失い、対応が手薄になる。

・ハイスペックを求めない市場に新たな企業が参入する。

その参入方法は、以下の2通りの場合があるとされます。[文献2、p.493、500に基づき要約]

a)ハイスペックを求めない顧客(ローエンドにいる顧客)に対し、それまで以上の利便性か低い価格を用意する場合

b)従来のスペックで重視される尺度から見れば限界はあるものの今までにない特性からすれば様々な恩恵を与えてくれる製品で新たなマーケットを創造する場合

・いずれの場合も既存企業から見れば利益率が低かったり、市場が小さかったりして魅力の薄い市場であるため、既存企業と新規参入企業間での競争は起こりにくく、新規参入企業の成長は妨げられない。

・新規参入企業の進歩により、既存企業は従来の市場を奪われ、限られた顧客向けのハイスペック市場に追いやられたり、新規参入企業が開拓した新たなマーケットへの参入を試みても失敗したりする。

・その結果、既存企業は優位な地位を失う。

 

このメカニズムにおいて、新たに参入する企業が武器として活用する製品ないしビジネスモデルは「破壊的(disruptive)イノベーション」と呼ばれ、既存企業が狙うハイスペックな技術、製品、ビジネスモデルは「持続的(sustaining)イノベーション」([文献2]では「生き残りのイノベーション」と訳されています)と呼ばれ、さらに破壊的イノベーションのa)の場合が「ローエンド型破壊」、b)の場合が「新市場型破壊」と呼ばれています[文献3、p.55]。

 

Christensenはこのメカニズムに基づき「既存事業を成長させるためには持続的イノベーションが重要だが、新成長事業として成功する確率が高いのは破壊的戦略である」[文献3、p.125]と述べています。さらにChristensenの共同研究者らは「持続的イノベーションだけを行なっている企業は、破壊的イノベーションを行なう他社に市場奪回の機会を提供してしまったり、すばらしい成長機会が間近にあるにもかかわらずそれを逸してしまったりという結果になる」[文献4、p.9]、「学術的研究によれば、持続的イノベーションにおける戦いでは常に既存プレーヤーが勝利する」が、「破壊的イノベーションの戦いにおいては、ほとんどの既存のプレーヤーが敗れることを示唆する調査結果がある」[文献4、p.26]という見解も述べています。

 

一方、Kim、Mauborgneはブルー・オーシャン戦略を提唱しています。これは血みどろの戦いが繰り広げられるレッド・オーシャンから抜け出して「競争のない市場空間を生み出して競争を無意味にする」ブルー・オーシャンを創造することが重要な戦略行為である、と説くものです[文献5、p.4]。破壊的イノベーションの成功の一要因は既存企業との競合が起こりにくいことであることを考えれば、両者が目指すものは近い(特に、新市場型破壊のイノベーションと近い)と言えるのではないでしょうか。(ただ、理論を実践するという立場からは、破壊的イノベーションの理論の方が具体的で使いやすいように思えます)。

 

このような他社との競合を避ける(自然と競合が起こらない状況になる場合も含めて)ことがポイントのひとつであるという考え方は確かに魅力的ではありますが、すでにある事業分野でそれなりの成功を収めている企業にとっては持続的イノベーションが重要な場合もあるはずです。実際、破壊的イノベーションの提唱者らも、「一般に、地位を確立している企業であれば、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨する」[文献4、p.376]としており、持続的イノベーション自体は重要なものであるという認識は間違っていないのだと思われます。

 

こうした状況に対し、Mooreは企業、技術、市場などの状況に応じてどのようなイノベーションを狙い、どのようにイノベーションを進めるべきかについて論じています[文献6]。ここで考慮すべき状況として挙げられているものは、イノベーションの発展段階、市場の成熟度、企業の型(コンプレックスシステム-複雑な問題を解決するコンサルティング的要素が大きい個別ソリューションが提供される、ボリュームオペレーション-標準化された製品と商取引により大量販売市場でビジネスを遂行する[文献6、p.37])、競合他社に対する長期的な優位性を企業にもたらしてくれる要素(コア)かそうでないか、ある要素がうまく稼働しなかった場合には企業に深刻な結果がもたらされる(ミッション・クリティカル)かどうか[文献6、p.268]といった点ですが、それぞれの状況や要素に応じて、進め方を変える必要があると述べています。このような細かな場合分けは大局的な観点からは煩雑にすぎるかもしれませんが、実行時に考慮しておくべき状況のチェックリストとしては有用と思われます。

 

結局のところ、企業活動に貢献するテーマの設定のためには、イノベーションが企業活動にどのように影響するかをしっかりと認識することが必須と思われます。この点において、破壊的イノベーションの考え方は無視できないと思われますがそれだけで十分というわけではなく、企業や技術の状況に応じたテーマ設定が必要ということでしょう。加えて、Christensenも「一面的な技術戦略をとるのは賢明なことではない。企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある」[文献1、p.270]と述べているように、設定されたテーマや状況に応じて進め方を変えるということが必須であると言えるでしょう。もし、業務の進め方が変えられないのであれば、できうる進め方の範囲でテーマを設定するしかないのかもしれません。もちろん、それで企業が長期的に存続できるかどうかはわかりませんが。

 

 

文献1:Christensen, C.M, 1997、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献2:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.

文献3:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.

文献6:Moore, G.A., 2005、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


参考リンク 


ノート4改訂版(2013.7.28)
 

ノート3:研究と競争相手

ノート1,2にひきつづき、研究活動において基本的に留意すべき事項について考えます。

 

3)競争相手の存在

研究を行なう場合に認識しておくべき基本的事項の3点目として、競争相手の存在について考えてみたいと思います。

 

現代科学技術の特徴として丹羽は技術の普遍性を挙げています[文献1p.11]。ここでいう普遍性とは、産業革命後、技術知識の体系化と公開化が進んだことにより、技術が広く世界中で高度に発展し普及するようになった[文献2、第3章(文献1p.12]ことにより、技術が時間や空間の制約を超えて、世界万民に等しく開かれた状態となっていることを指しており、技術が普遍的であるということは、世界中の大学や企業研究所などで同じような技術の研究や開発が実施されている可能性が高いことを意味している[文献1p.12]、とされています。世界中で、というのはややおおげさなような気もしますが、少なくとも業界の先端に近い研究機関では、あちこちで同じような課題に取り組んでいることは実際によくあることで、似たような研究が似たような時期に独立に発表されるという例は、現代に限らず多く存在します。最近は世界全体の技術力の向上とともにコミュニケーションの発達もあって、このような競争状態はさらに起きやすくなっているのではないでしょうか。今回は、こうした状況下でイノベーションを進めるにあたってどのようなことに注意する必要があるかについて考えてみたいと思います。

 

例えば、何かのアイデアを思いついたとします。先行文献、特許を調べても同じアイデアは存在していないようです。この時、以下の3つの可能性が考えられるでしょう。

①今までにそのアイデアを思いついた人はいない(全く新規なアイデアである)

②今まさに他の研究グループで同じアイデアの研究が行なわれているが、まだ発表されていない。

③過去に同じアイデアを誰かが試してみたが、何らかの理由で発表されていない。

 

①の場合、非常に好ましいわけですが、残念ながら②と③でない、と断言することができないのが普通です。というのは、イノベーションが未知のことへの挑戦である以上、情報は十分には得られないのが普通だからです。(もちろん、①であったとしても、ノート2で述べたようにそれが好ましい結果につながるかどうかは不確実です。最悪の場合、誰かが思いついたが、試してみる以前にダメだとわかって実行をあきらめたのかもしれません。)

 

問題なのは②と③の場合で、②の場合には当然のことながら競争相手の動向に注意が必要になります(そのかわり、競争相手も狙っている、ということは①の場合よりも技術自体の成功の確率は高いと考えられるかもしれません)。③の場合は、なぜ発表されていないかを考えてみる必要があります。可能性は2通り、誰かがそのアイデアを有効に活用しているがそれを秘密にしている場合と、試してみたがうまくいかなくてあきらめた場合となります。これらは至極当たり前のことなのですが、注意しなければならないのは、自分が思いついたアイデアについては、えてして①と思い込みがちなことで、その結果、開発に手をつけてから②か③であることがわかって開発戦略の見直しを迫られるということがあります。こうした見込み違いを完全に防止することは困難でしょうが、上記のような可能性があることを心がけておけば、的確な対応はしやすくなるものと思われます。

 

このような他社との「競争」の状態を理解するためには、ポーターの枠組みを利用するのが一般的な手法でしょう。競争を駆動する5つの力として、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況を考え、それらに基づく機会と脅威を考慮して戦略を構築する[文献3、(文献4p.93]という考え方は重要なものではありますが、こうした分析を実行しようとすると、各々の力に関する情報が必要となります。しかし、イノベーションを扱う場合、それ自身が不確定、流動的であったり、情報が公表されていない場合があるため、ポーターの枠組みが十分に利用できないこともあると思われます。イノベーションにおいて競争相手の存在を考えるということは、戦略構築のための外部の情報が少ない状況で判断をしなければならない、ということを意味することになるでしょう。

 

ただし、確かな情報はないかもしれませんが、競争相手の動向はある程度は推定できます。具体的には以下の2つのポイントを考えてみればよいと思われます。

・あるアイデアに必要な技術要素、資源が他社、あるいは過去において入手可能か

・あるアイデアを実現しようとするニーズが他社、あるいは過去において存在するか(したか)

 

もし、上記の両方ともがYesならば、他社も今か過去に同じアイデアについて研究している可能性があると考えた方がよいでしょう。資源があり、ニーズがあるのに何もしていないということは考えにくいです。言い換えれば、他社(過去)にない要素技術、資源を用いているもの、他社(過去)にはないニーズに基づいたアイデアは自分たちのオリジナル(つまり上記の①)である可能性が比較的高い、と言えるのではないでしょうか。上記の2つのポイントの答えももちろん推定の域を出ないわけですが、他社におけるアイデア実行の有無そのものを推定するよりは易しいと思います。

 

このような競争相手の動向は、予測しにくいという意味でノート2で述べたイノベーションの不確実性の一部と考えることもできます。しかし、物や現象に伴う不確実性よりも、競争相手に伴う不確実性は予想しやすいと思われます。

 

以上のような競争相手の存在の可能性について注意を払っていれば、他社に出し抜かれる可能性について備えることができるし、他社と同じ失敗を繰り返すことによる痛手を軽いものにできると思われます。イノベーション実現という未来予測を当てる確率を高めるために、競争相手の存在を考えておくことは、重要なチェックポイントのひとつになると考えられます。

 

文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2Drucker, P.F., 1961、上田惇生編訳、「テクノロジストの条件」、ダイヤモンド社、2005.

文献3Porter, M.E., 1980、土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳、「(新訂)競争の戦略」、ダイヤモンド社、1995.

文献4Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.


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改訂版ノート3(2013.6.16)へのリンク
 

 

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