研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2010年05月

ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割

今回は、研究の進め方に関する考察のつづきとして、研究グループ運営におけるリーダーの役割について考えてみたいと思います。

 

研究リーダーの役割

ノート10では、望ましい研究組織の特性とその運営について考えました。そうした運営を行なう上で、研究リーダーの果たす役割は大きいと考えられますが、ノート10で述べたような組織運営は研究リーダーでなければできない業務というわけではないと思います。そこでここでは、研究のリーダーは何ができて、どうあるべきかといった観点から、特に第一線に近い研究リーダーの組織運営への関わり方、リーダーの役割を中心に考えてみたいと思います。

 

まず、リーダー自身はどうあるべきかについて考えてみましょう。「未知のことへの挑戦」といった創造性の発揮が求められる場面で、研究グループを指揮する立場にあるリーダーのリーダーシップ行動について、開本はリーダーシップに関する諸研究をレビューしたうえで、以下のように述べています。「研究開発部門では、他の部門よりも管理職の技術的スキルの重要性が高い。つまり、研究開発技術者に対するリーダーシップを発揮するには、リーダー自身が技術的知識を持っており、フォロワーの仕事の内容を理解し、必要なアドバイスや情報を与えることが必要である。その際、ゲートキーパーの研究でも指摘されているが、単に情報を提供するのではなく、リーダーなりに必要な情報を加工した後、必要な情報をフォロワーに提供していくことが求められている。一方、人間関係スキルや管理スキルは、相対的に重要性が低い。(中略)研究開発のように不確実性の高い状況のもとでは、細かなスケジューリングやプランニングの有効性は低く、企業全体の方向性と両立する範囲での自律性を与える管理スタイルが求められる。また、研究開発技術者は、基本的に仕事そのものによって動機づけられる存在であるため、人間関係によって直接、成果が影響を受けることは少ないと考えられる。(中略)したがって、仕事を通じてモチベーションを引き出す、テクニカルスキルに基づくリーダーシップが、より重要となる。」[文献1p.97-98]。テクニカルスキルに基づくリーダーシップの重要性についてのこのような指摘は、一般の人材マネジメントとは異なる研究マネジメントならではの特徴と理解できますが、だからといって人間関係や管理のスキルが重要でない、ということにはならないと考えます。特にHerzbergの言う「衛生要因」に分類される欲求、すなわち、それが満たされても動機付けにはならないが、満たされないと不満になるような欲求については慎重に管理しないと、研究者に特徴的とされる「仕事そのもの」による動機付けを阻害してしまう可能性があると思われます。従って、リーダーとしては待遇や仕事の環境が悪化しないように慎重に管理した上で、仕事による動機付けを行なう必要がある、ということになるのでしょう。

 

研究組織において重要とされる多様性を研究グループの運営において確保することもリーダーの重要な役割のひとつと考えられます。多様性に富む環境を整え、多様性を維持するために、様々な発想を大切にし、異なる意見を受け入れる組織風土を作ること、コミュニケーションを活性化することは重要でしょう。丹羽は、「異端児といわれる優れた技術者」について、その個人がイノベーションにおいて大きな役割を果たすとしても、「それを認めて採用する能力と決断力のあるマネージャーの存在が企業イノベーションの隠れた、いや、むしろ実質的な立役者」と述べています[文献2p.31-32]。研究リーダーはこのような役割を認識し、多様な人材の能力をひきだすことに力を注がなければならないと思われます。

 

コミュニケーションについては、グループ内のコミュニケーションの活性化とともに、グループ外とのコミュニケーションにおけるゲートキーパーの役割を研究グループのリーダーが担う必要があると思われます。ゲートキーパーは、情報をさまざまな情報源から収集し、それを最もうまく活用できるか、あるいはそれに最も大きな興味を持っている適切な人材に受け渡す役割を持つ[文献3p.386]、とされますが、より具体的には、情報収集、グループ内部に理解されるような言語への翻訳、グループ内への伝達、という業務を担う[文献4p.69]とされて、さらには、若い技術者にアドバイスを与える先輩の役割、研究開発活動への評価、市場調査などの役割を指摘する考え方もあるようです[文献1p.93]。グループ外からの情報に関しては、おそらく生の情報をそのままグループ内に流してもその意味するところが十分に伝わるとは限らないため、その情報の意義、解釈や付随する情報もあわせて伝えることが必要なのではないでしょうか。技術のエキスパートとして、グループリーダーのコメントをつけることにより情報の価値を高めることができると言ってもよいでしょう。ただし、情報に加工を加えることがゲートキーパーの役割とは言っても、外部からの情報を制限するような行動は慎むべきと考えます。

 

リーダーの役割としては、若手の育成も重要でしょう。専門分野については、ある程度の時間をかければ日々の業務を通じて育成していくことはそれほど困難ではないと思われます(時間をかけられる環境を作ることはもちろん重要ですが)。ただし、マネージャーとしての育成については、いろいろな考え方があるようです。McCallはリーダーの育成に関して、能力で選抜することの問題点を指摘し、経験から学ぶこと、経験によるリーダーシップ育成の重要性を述べています[文献5]。また、Christensenは破壊的イノベーションの成功のためにMcCallの方法が有効であると述べており[文献6p.218]、効果的な経験を積ませることの重要性は認識しておく必要があるものと考えられます。

 

最後に挙げておきたいリーダーの役割は、ロールモデルです。McCallは成長過程にあるマネージャーに対する上司の影響について、最も重要なこととして「ロールモデルとしての上司の行動とその行動結果を観察することで、組織が何を真に評価しているかについて学ぶ」[文献5p.116]ことを挙げています。実際、グループメンバーにとって、トップがどのようなマネジメントのやり方を評価しているかを知る機会はそれほど多くないと思われるので、どのようなやり方が効果的で、それが社内でどのように評価されるかを実例として示すことは重要だと思われます。その意味で、リーダーのマネジメントに対する考え方をグループのメンバーに説明しておくことは、将来のマネージャーを育成する上でも非常に有益でしょう。

 

以上、組織運営におけるリーダーの役割について焦点を絞って考えてみました。研究開発のマネジメントといっても、トップの役割と第一線に近い研究グループのマネージャーの役割は自ずと異なっているでしょう。研究開発は全社的な活動であるため、トップマネジメントの重要性がよく指摘されますが、実務的には、研究グループのマネジメントの重要性もしっかり認識しておくことが必要と考えます。

 

 

文献1:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.

文献2:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.

文献3Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献4:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献5McCall, Jr. M.W.1998、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.

文献6Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.


参考リンク 

表題・リンク追加しました

記事の数が増えてきましたので、表題を付け、本文中の記事リンクもつけてみました。少し見やすくなっていればいいのですが。

ノート10:研究組織の望ましい特性と運営

ノート9にひきつづき研究の進め方に関わる組織の問題について考えます。

 

組織の特性と運営

ノート9に述べたように、研究活動にとって望ましい組織形態というものを特定することはなかなか難しいようです。そうであれば、そうした形態的な面よりも、どのような特性を持つことが望ましく、その特性を維持、強化するためにどのような運営を行なうべきかという視点で考えることも一つのアプローチであろうと思われます。

 

例えば野中は「場」というコンセプトを提示し、「場とは物理的な空間として定義されるのではなく、意味あるいは内容をベースとした組織化として捉えられる」とし、「参加者が文脈を共有し、相互作用を通じて新しい意味を創造する実在的なもの」と述べ、よい場の条件として、テーマないし使命を持つ自己組織性(自律性の許容)、境界を持ちつつも相互浸透性を持つこと(個人の参入、退出の許容)、弁証法的対話の存在、自己超越性(外部に視点を移して自己をみる)を挙げているそうです[文献1p.78]。このような見方は、組織の形態よりも、その組織がどんな意味を持ち、どのような活動によって何を生み出すかの方が重要である、ということを示しているのではないでしょうか。

 

より具体的には、組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)が挙げられています[文献2p.118-123] [文献1p.77]。また、Tiddらも、イノベーティブな組織に関する先行研究に基づき、組織構造以外に、ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲、鍵となる個人、効果的なチームワーク、個人の能力向上の継続と拡充、豊富なコミュニケーション、イノベーションへの幅広い参画、顧客指向、創造性ある社風、学習する組織、といった要素が重要であると認識されていると述べており[文献3p.371]、組織構造のみならず、こうした特性を考慮することも重要、ということと考えられます。そこでここでは上記の因子のうち重要と思われる点に着目して、組織の特性と組織運営に関わる問題について考えてみたいと思います。

 

まずは最も基本的な問題として、ビジョンの重要性について考えておきたいと思います。組織にとって、基本理念、ビジョンを持つことの有効性は、CollinsPorrasの指摘する通りと考えられますが[文献4]、特に研究活動においては守るべき基本理念を明らかにし、それに従うことは特に重要と考えられます。これは、不確実、予想外のことを取り扱う研究活動においては定型的な対応が困難な場合が多いので、守るべき基本理念がないと一貫した組織的な対応がとりにくくなったり、モチベーションが低下したりする場合があると考えられるためです。さらに、Collinsは組織飛躍のためには、単純明快な概念(針鼠の概念)すなわち、世界一になれる部分、情熱をもって取り組めるもの、経済的原動力になるものの重なる部分を理解し、この概念を確立することが必要と述べており[文献5p.130]、この考え方は研究開発活動の具体的な進め方を考える上で重要な示唆を与えるものと思われます。

 

一方、創造性の発揮にとっては「多様性」が重要であるとの指摘は多くなされています[例えば、文献2p.118-123]。多くの研究組織は類似する技術分野の人から構成され、先輩から後輩への技術伝承が専門性の育成に重要とされることも多いため、発想の画一化による創造性の低下が起きないように多様性を維持すべきであることは理解しやすいものです。しかし、多様性を確保する目的で人事ローテーションを行なって個人に様々な経験をさせることは専門性育成の阻害につながる可能性もあると思われます。おそらく重要なことは、個人の中に多様性を持つこと(個人が多様な知識をもち、多様な発想ができること)と、組織の中に多様性を持つこと(組織の中に多様な人材がいること)を区別すべきであるということでしょう。個人に様々な経験を積ませることよりも、様々な人材をひとつの組織に集めることで組織としての多様性を確保し、その組織をうまく運営していくことの方が効果的なのではないかと思われます。すなわち、専門性の充実と多様性の確保のバランスをとることが必要ということになるのでしょう。

 

組織の中に多様性を持たせることができたとして、多様性を有効に活用するためには、コミュニケーションの活性化が重要になると考えられます。異なる意見を受け入れる組織風土づくりと、コミュニケーションのための仕組み作り(例えば頻繁なミーティングなど)がなければ多様性の維持活用は不可能でしょう。

 

コミュニケーションについては、組織内のコミュニケーションだけでなくグループ外とのコミュニケーションについても考えておく必要があるでしょう。外部とのコミュニケーションについては、基礎研究的な性格を持つプロジェクトについてはコミュニケーションと研究成果の間に正の相関があるが、開発研究や技術サービスを行なう組織では負の関係があることを示す研究もあるようです[文献1p.70]。コミュニケーションに関してRogersはグラノベッターにより提唱された「弱い絆」の重要性を指摘しています[文献6p.303]。これは重要な新しい情報は親密な関係の人よりも、それほど親しくない関係の人からもたらされるというもので、親しくない人との接触はその機会は少ないものの、得られる情報は親密な人からの情報に比べて新しいことが多いことに基づいている、と理解できます。

 

組織運営に関わる重要な特性として「自律性」についても多く指摘されています。野中は「組織のメンバーには、事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべきである。」と言い、そうすることによって、組織は思いがけない機会を取り込むチャンスを増やし、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる、と述べています[文献2p.112]。このような自律性の重要性についての主張は、研究開発の成功例において、その組織が自律(自立)的であったという例が多いように思われることからも信頼に足るものと思われますが、トップダウンの管理を重視する組織や経営者はまだまだ多く、そうした組織においては自律性の重要性を力説したところでなかなかそうした環境は得られないようにも思います。そうしたトップダウンの組織では部下の自律性を許容することと、部下にトップダウンの命令を実行させることはおそらく相容れないことなのでしょう。このような状態に対処するためには、自律的とは言ってもトップの方針から外れるようなことを無断で行なうわけではないことが理解されるような信頼感の醸成が必須のように思います。そこで、現実的な対応として参考になるかもしれないと思うのが、KimMauborgneの言う「公正なプロセス」です。公正なプロセスの要素は、関与、説明、明快な期待内容、という3つの要素で構成され、このプロセスをとることによって、自分の意見が重んじられているという信頼と関与が生まれ、自発的な協力が発生することによって、期待を超える水準の献身が期待できるということですが[文献7p.226]、これは同時に自律性の高い組織において必要とされることにもなっていると思います。このような考え方を明示することによって、自律と放縦の区別が可能になり、周囲からの信頼を得やすくなるのではないかと思います。もちろん、トップの経営思想を変化させるのは容易なことではありませんが。

 

以上、組織の特性と運営について、特に重要と思われることをまとめてみました。研究グループのリーダーにとっては組織の形態は与えられているもので変更はできないことがほとんどでしょうから、その環境において最大の成果を挙げるために、組織の特性を理解し効果的に運営を行なう努力は重要であると考えられます。ここに述べたような点を常に念頭におくことは、好ましい組織運営を行なうための原点になるのではないでしょうか。

 

 

文献1:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献2Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献3Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献4Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献5Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献6Rogers, E.M., 2003、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献7Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.


参考リンク 

 

ノート9:研究組織の構造

研究の進め方についての次の検討課題として、組織の問題について考えてみたいと思います。

 

組織の問題

研究開発、イノベーション実現のための組織はどうあるべきでしょうか。その研究組織のマネジメントはどうあるべきでしょうか。ノート7にも引用しましたが、イノベーションにおいて「組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1p.87]と考えられていることからも、組織とその運営はイノベーションの成果に大きく関わってくると考えられます。そこで、ここではイノベーションに関わる組織や研究環境の問題について考えてみたいと思います。

 

組織の構造

どのような研究組織の構造が望ましいかについて、Tiddは「最適な組織の特性に単一の<ベストな>解などない」と述べ、「組織構造と、イノベーティブな行動ルーティンとの間に、基本的な調和が存在する」ことが重要と述べています[文献2p.380]。実際のところ、研究部隊に求められる業務は様々であり、研究開発のフェーズによっても実施すべきことは変わってきますので、そうした業務内容に応じて最適な組織構造が変わってくるという考え方はごく当然のことと思われます。

 

しかし、ほとんどの企業の組織は固定的で、業務に応じて臨機応変に組織構造を変更することは容易ではないと考えられます。したがって実際には、理想とは言えない組織の中で業務を行なわざるを得ない場合がほとんどでしょう。そこで、自らが置かれている組織の形態によって、どのような点に注意してイノベーションを実行していくべきか、必要であれば組織をどのように変えていくべきかを理解するために、いくつかの特徴的な組織構造の特質をまとめてみたいと思います。

 

まず、研究Grがどういう人から構成されているかで組織を考えてみると、類似する技術分野の人が集められている場合(技術志向、機能組織)と、ある目的(製品、プロジェクト)のために人が集められている場合(事業志向、タスクフォース)に大別できます。それぞれ、技術志向組織ではその技術分野の専門的知識を体系的に理解、発展、蓄積させるのに適しており、事業志向組織では様々な技術を事業目的のために統合し、活用するのに適していると考えられます。しかし、現代のイノベーションのためにはその両方の機能が要求されており、どちらかの組織形態を固持していては最適な成果の発揮が期待できないのも事実でしょう。そこで、個々の技術者は技術志向組織に属したまま、ある目的のために臨時的に作られるプロジェクトチームのような事業志向組織にも同時に加わり活動する、というマトリックス組織が多く採用されているようです。しかし、この組織形態では、技術者にとっては2人のボスが存在することになり、WeberFayolなどにより古くから重視されてきた管理の原則のひとつである、管理の統一性(各人は1人の管理者から命令を受け取るべき)が損なわれるという問題点を抱えることとなり、実際の運用は容易ではないことになります。[文献3p.205-220]

 

このような組織形態のあり方を考える場合、取り扱う分野における専門技術の習得、育成にどのぐらいの時間が必要かがひとつの判断基準になるように思われます。ある目的の実現に必要な技術を自社内で育成する必要があり、その育成に長時間が必要な場合には、技術志向の組織を保有することは不可欠でしょう。だたし、そのような必要性が高まるほど、セクショナリズムが生まれる危険が高く、異分野協働による知識創造が行なわれにくくなる可能性もあります。

 

組織形態については、階層性の問題もあります。官僚制に代表されるピラミッド型の組織と、階層の少ないフラットな組織がよく対比されますが、管理することが重要な業務には上司の管理範囲が狭いピラミッド型の組織の方が優れるのに対し、意思決定における機動性という点ではフラットな組織の方が優れていると考えられます。従って、比較的定常的な業務ではピラミッド型、臨機応変な対応が必要な非定常業務ではフラット型が向いていることになるでしょう。また、階層性に関連して、トップダウン型、ボトムアップ型という2種類の仕事の進め方もよく議論されます。丹羽は「技術の研究開発には発明・発見という人間個人の創造的働きが重要となる。このような働きを行なうには自主性を重視するボトムアップ的組織が効果的」とする一方、「技術開発には戦略性が重要であり、これには広い立場からのトップダウン的なアプローチが重要となる」と述べ、両者のジレンマの克服の重要性が指摘されています[文献3p.215]。これに対し野中は、トップダウン組織はピラミッドのような形であり、トップ・マネージャーだけが有能で知識を作ることを許され、組織の第一線での暗黙知の成長を無視していると述べ、ボトムアップ組織はフラットで、トップは命令や指示をほとんど出さず、企業家精神を持った第一線ロアー社員をサポートし、知識は一人ひとり自立的に働くのを好むロアー社員によって作られるが、自律性が重視される結果、暗黙知を組織全体に広めて共有することを難しくしている、と述べ、どちらの経営プロセスも知識変換がうまいとはいえないとして、「ミドル・アップダウン」マネジメントを提案しています[文献1p.186-189]。これは、ミドル・マネージャーが中心に位置し、組織の上の方にいるマネージャーと下の方にいる第一線社員を巻き込みながら、組織的に知識を創造していく形態[文献1p.25]で、これは、ミドル・マネージャーが、トップが創りたいと願っているものと現実世界にあるものとの矛盾を解決[文献1p.193]できる立場にいることを活用したものと考えることができます。さらに野中は、組織的知識創造をひき起こすための組織として、ハイパーテキスト型組織を提案しています。これは、階層組織とフラットなタスクフォース組織をもち、この組織で作られた知識を知識ベースとしてビジョン、組織文化、技術の中に再構成する、というもの[文献1p.286]ですが、実務的な立場から見るとやや理解しにくいように思われます。

 

新たな組織構造としては、近年、ネットワーク組織が注目されているようです。これは、ある程度独立して自律性を持った複数の組織が協力して業務を進める形態で、社外組織も含めた協力関係により効率を上げ、経営資源制約の解決に寄与するものと期待されており、上述の技術志向、事業志向のジレンマを改善する可能性も期待できると思われます。ただし、ネットワーク上での意思決定、対立解消、情報交流、知識蓄積、動機づけなどの調整に多大な努力が必要[文献2p.382]で、そうした調整をつうじて協力関係をいかにうまく築けるかが課題とされているようです。

 

研究組織に関する別の視点からの指摘として、組織の大きさにも注目する必要があると思われます。Christensenは、破壊的イノベーションの進め方について「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せるべき」[文献4p.192]と述べています。もちろん、あらゆるイノベーションにこの考え方があてはまるわけではありませんが、最初から資源を大量に投入すればよいというものではないことは認識しておくべきであると思います。

 

以上の組織構造についての議論に加えて、研究組織を支えたり管理したりする組織についての指摘もあります。例えば、イノベーションの課題に応じて、諮問委員会、社内企業ファンド、インキュベーターなどの組織を設けて総合的にイノベーションを推進すべきであるとする考え方も提案されています[文献5p.308]。イノベーション成功のためには、研究グループの組織構造だけでなく研究グループをとりまく組織も含めて考えなければいけない、ということのようです。

 

以上、イノベーション組織の構造に関しては、あらゆる研究の機能に適したベストな形態が存在するとは考えないほうがよさそうです。研究の仕事の中には古典的なトップダウンの官僚的組織でうまく進められるものもあるでしょう。しかし、イノベーションを阻害する環境要因としてKanterが挙げている内容、すなわち、統制的な垂直的関係の蔓延、水平的コミュニケーションの欠乏、限られた手段と資源、トップダウンの命令、形式的で限定的な改革方法、劣等感を助長するような文化、焦点の定まらないイノベーション活動、望ましくない会計上の慣行 [文献2p.397]を考慮すると、少なくともトップダウン、官僚的組織は研究組織には適しているとは言えないように思われます。結局のところ、成果を発揮できる場が理想の組織ということになるのでしょうが、そうした組織を作り上げることにも創造性の発揮が望まれるということかもしれません。

 

 

文献1Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献3:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献4Christensen, C.M, 1997、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献5Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.


参考リンク 

ノート8:研究者の適性と最適配置

ノート7にひきつづき、研究の進め方についての検討課題のうち、人の問題について考えてみたいと思います。ここでは、研究者の適性と業務配置の問題について考えてみたいと思います。

 

研究者の適性と最適配置

研究者の能力を引き出し、なるべくよい成果を挙げるためにはノート7で述べたような個々人の活性化に加え、具体的にどういう仕事を誰に任せるか、あるいは、ある仕事のためにどういう人材を集めるか、ということも重要な課題でしょう。とりわけ、第一線で研究を行なう研究グループのリーダーにとっては、与えられた資源をいかにうまく用いて必要とされる職務を行なうか、ということが実務上の最も大きな課題であり研究マネージャーとしての工夫のしどころでもあると考えられますので、ここで研究者の適性と最適配置の問題について考えてみたいと思います。

 

ノート5で述べたように、企業において研究部隊に求められる業務には多くの種類があります。従って、研究者個々人の特質、適性をよく理解し、業務の配分を行なうことが研究者の能力を活用する上で重要になると考えられます。

 

そこで、まず、研究者個人の特質、適性について考えてみたいと思います。ただし「適性」を、どんな性格や能力をもっている人がよりよい研究成果を挙げるかという総合的な研究能力の観点で判断しようとすることは、少なくとも企業においてはあまり効果的とは思われません。というのは、実際の研究業務には性格の異なる様々な業務が含まれていることに加え、ある評価尺度で適性を評価することは研究者の評価の画一化につながり、研究にとって必要とされる多様性の発展を阻害しかねないと思われるからです。研究における多様性の重要さについては、例えば、野中は組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献1p.118-123] [文献2p.77]。また、Leonardは創造的摩擦の重要性を指摘しています[文献3p.93]。さらに、Belbinの<アポロ計画>のチームに関する研究では、高い能力を持った同質の人材からなるチームは、平均的な能力の異質な人材からなるチームよりも、一貫して低い成果しか出せなかった、との調査結果[文献4p.395による]もあり、多様性の重要性は多く指摘されることのようです。

 

加えて、実務的には、総合的研究能力の高い人材ばかりを選択して研究グループを編成することは困難なので、そうした能力尺度だけで適性を判断してもその結果は利用しにくいという問題もあります。研究のミドルマネージャーにとっては、ともかく与えられた人的資源を最大限活用して成果を得ることが必要であり、研究者の能力を高めること(能力の高い研究者を集めることも含めて)は長期的な視点に立って進めざるをえない状況にあるのが一般的ではないでしょうか。つまり、多様な研究者を使いこなすことこそが第一に求められているのだと思います。従って、研究者の適性を考える上では、能力よりも、どのような仕事に向いているか、どのような仕事が性に合っているかを基準に職務配置を考え、適性のある職務に従事させることでモチベーションを高く維持し、成果を得やすくすることを第一に考えるべきではないかと思います(もちろん、育成の意味で必ずしも研究者本人の嗜好に合わない業務に従事させることも必要な場合がありますが)。

 

では、どんな点に着目して研究者の個性を測ればよいのでしょうか。Leonardは問題解決におけるパーソナルな違いを生み出す三つのソースとして、専門性、認知スタイルの選好、ツールや方法論の選好を挙げています[文献3p.89]。認知スタイルの選好については、事実や歴史や経験を好む「知覚」的な志向と、メタファーや比喩や推論を好む「直観」的な志向の存在、また、判断型(選択肢を広げないで決定しようとする)と、認知型(より多くの選択肢やデータを探し、その間問題が曖昧であることを受け入れる)の存在、選択肢を増やすタイプの「発見する人」と、選択肢を減らそうとする「論破する人」の存在、正しいことを行なうことに気を使う「ヒッピー」と、ものごとを正しく行なうことに気を使う「オタク」の存在を指摘しており、さらに具体的に用いる道具やアプローチにも好みがあると述べています[文献3p.99]。また、丹羽は研究開発を行なう人間には、計画は不得意だが実施は得意(キャッチアップ時代に求められる)、計画も実施も両方得意(過渡期に求められる)、計画は得意だが実施は不得意(フロントランナーに求められる)の3つのタイプがあると述べています[文献5p.195]

 

このような選好やパーソナリティーの類型化、タイプ分けについては、診断テストのような手段で決定することが可能といわれています。しかしその結果を明示してしまうことには、その人に対して先入観をいだいたり、反対する人を排除するために使われたりする危険があることも指摘され、こうした多様性について容認することこそが重要なのであって、実務的には性格テストを実施しなくとも、空間の使い方(機能的に整理された部屋、子供のように散らかった部屋など)を見れば認知スタイルの選好がかなりわかる、という意見もあります[文献3p.115]。では、これらの選好がわかったとしてどのように仕事の分担と結びつければよいのでしょうか。そこで、上記の類型を参考に、ノート5において挙げた研究部隊に求められる仕事の分類に合わせて、認知スタイルの選好によってもたらされる行動のパターンを考えてみました。

 

ノート5では、業務に求められる要素を2つの次元を用いて分類しました。ここでは、その次元のどちらに興味があるかという選好が行動に現われるとどのような類型が可能かについて考えてみます。
研究者類型

その結果を上図に示しますが、上記の次元で分類された4つの行動類型は、いずれも日頃の仕事の進め方を観察したり、今の趣味や子供の頃の趣味(その選好が今も継続していれば)を聞いたりすることで情報を得ることが可能と思われますので、個人的選好と仕事のマッチングを図る上でのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

 

もちろん、業務分担を考えるにあたっては、個人的選好のみで判断することには問題があるでしょう。特に、その人にとって新しい経験を積ませることで成長を期待する場合、経験から学ぶことを身につけさせたい場合などは、あえて選好と異なる業務を担当させる必要があるかもしれません。しかし、そうした場合にも、なぜその業務を担当させるのかをその人に納得させるために、選好と業務分担の判断についてきちんとコメントしておくことは重要ではないでしょうか。こうしたことが、自分の仕事の意味についての理解を深め、成長機会を感じることによりエンパワーメントにつながり、活性化につながるのではないかと考えます。

 

こうした適性の考え方に対し、Kelleyはイノベーションに必要な種々のキャラクターを考察し、それらは性格やタイプとは異なる「役割」と認識すべきであって、そうした役割は演じることができる、と述べています[文献6p.19]。自らの適性と業務に必要な役割を考慮した上で、選好や適性をも固定的なものとは考えずに積極的にコントロールすることも必要なのかもしれません。

 

なお、上記の議論は研究メンバーをどのように選ぶかという問題に関しても適用可能と思われます。ただし、メンバーを選ぶ際には「目的に合った人を選ぶ」のではなく「人を選んでから目的を考える」つまり、目的の変化にも十分対応可能な適切な人材を揃えることの方が必要である、という指摘[文献7p.65]も無視できないでしょう。Collinsは「適切な人材」とは専門知識、学歴、業務経験よりも性格と基礎的能力によって決まる、と述べていますが、この考え方は特に長期的視野に立った場合に重要な考え方であり、また、「適切な人材」を選ぶことでその人を管理する負荷が軽減される効果もあると思われます。

 

以上、研究者の適性と最適配置の問題について考えてみました。適性については安易な決め付けはもちろん好ましくないでしょうが、真に適性と業務のマッチングができれば、与えられた人的資源の効率的な活用という意味での大きな効果が期待できると思われます。研究のミドルマネージャーにとっては重要な検討課題と言えるのではないでしょうか。

 

 

文献1Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献4Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献5:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献6Kelly, T., Littman, J., 2005、鈴木主税訳、「イノベーションの達人!」、早川書房、2006.

文献7Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001

参考リンク

改訂版ノート8へのリンク

ノート7:研究者の活性化

ノート6までで、研究テーマの設定に関する議論を一区切りとし、具体的な研究の進め方を検討してみたいと思います。もちろん、研究開発の分野やタイプによっても進め方は違ってくるはずですが、なるべく汎用的かつ実用的な観点から注意すべき点を中心にまとめてみたいと思います。

 

研究の進め方についての検討課題

研究の進め方に関する主な検討課題としては次のようなものがあるでしょう。

・人

・組織

・運営管理

・研究投資

・外部連携

 

これらはいずれも経営学上の大問題でしょうが、研究グループのマネージャーとして研究者を率いて研究を行なう立場からの重要性と、経営者にとっての重要性は若干異なると思われます。ここでは、研究グループのマネージャーとして、与えられた資源を有効に使い、どのようにマネジメントを行なうべきかという視点から、実際に手を打てる内容を中心にできるだけ実践的に考えてみたいと思います。

 

人の問題

研究を行なう人々をどのようにマネジメントしていくかについては、研究者個人のマネジメントと研究者集団のマネジメントに分けられるでしょう。野中らも指摘するとおり、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1p.87]と考えられますので、ここでは、まず研究者個人に焦点を当てて考え、研究者の集団としてのマネジメントは後ほど、組織運営に関する話題を取り上げる際に考えてみたいと思います。

 

研究者の活性化

研究成果を高めることを研究マネジメントのひとつの目標とする場合、個々の研究者を活性化し、持っている力を十分に発揮させることは重要でしょう。もちろん、それだけで研究成果が上がるわけではないですが、研究を行なう外的環境(研究組織、マネジメント体制、資源など)が同じ条件であれば、研究者が活性化されている方が成果が期待できると言ってしまってよいのではないでしょうか。

 

一般に従業員からより多くの成果を引き出す方法として、古くは伝統的管理論、すなわち従業員を命令を受けて作業を行なう機械のようにみなす考え方(機能人仮説)や、経済的刺激によって意欲が高まるという考え方(経済人仮説)に基づく方法が効果的という考え方がありましたが、その後の人間関係論の発展とともに、従業員の人間性が重視され動機付け要因が注目されてくることになります。その後提唱されたコンティンジェンシー理論に基づいて、状況に応じた管理をすべきである、という考え方が実務的には最も受け入れやすいように思いますが、現在に至ってもまだ伝統的な考え方に基づいたマネジメントを信奉する人が実際には多いような気もします。

 

研究マネジメントの分野でも、上記のようないろいろなタイプのマネジメントの可能性があるわけですが、とりわけ予測が困難な不確実な課題に挑戦し、臨機応変の対応が迫られる現代の多くの研究課題の解決のためには、伝統的管理論に基づくマネジメントでは限界があるように思われます。そこで、ここでは、研究者の活性化、モチベーションに関わる側面について、まず、三崎[文献2]、開本[文献3]の著作に基づいて基本的な事項を概括してみたいと思います。

 

まず、人間がどんな欲求に基づいて行動するのかについては、Maslowの欲求階層理論が有名です。これは、「人間の欲求は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし」、「人間は原則的に、まず低次の基本的欲求によって動機付けられ、低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない」「ただし、最上位の自己実現欲求は際限なく追い求められる」というもので、非常に理解、納得しやすいモデルです。しかし、いろいろな状況における欲求をこの理論だけで説明するにはやや無理があるようで、このモデルの発展も図られています。例えば、McGregorは、上記の低次の欲求を強く持つ組織成員のモデルをX理論、高次欲求を強く持つ組織成員のモデルをY理論とし、Y理論に基づいた管理の重要性を指摘しています。また、Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています。さらに、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています[主に文献2p.111-114]

 

以上の理論から、ただちに「研究者はこうマネジメントすべきだ」という実務的な回答を得ることは不可能のように思われます。しかし、少なくとも以下の点には留意すべきと考えられます。

・欲求には低次のものと高次のものがあり、低次の欲求は満たされることによって動機付けの力を失うことがあるが、高次の欲求は動機付けの力を失いにくいと考えられる。

・欲求には、それが充足されないと不満を感じる種類のもの(衛生要因)と、動機付け要因となりうるものがある。

このことに、結果が予想しにくく努力が報われない可能性のある研究開発活動の特徴を考慮すると、強い動機づけが継続的に確保されるようなマネジメントが効果的なのではないかと考えられます。すなわち、衛生要因となりうる待遇などの外的要因は確保した上で、低次の欲求を刺激することよりも、高次の欲求しかも内発的な動機に焦点をあてたマネジメントを行なう必要があるということになるのでしょう。

 

上記の動機づけに関する考え方は欲求説(need theory)と呼ばれますが、モチベーションが生じる心理的メカニズムに着目した過程説(process theory)と呼ばれる考え方があります。これはLawlerの期待理論に代表されるもので、「人の行動は、その行動が報酬につながる期待と報酬の魅力度によって規定される」というものです。要するに欲求と密接に結びついた報酬の魅力度(誘意性Valence)に加えて、それが得られる期待も考慮に入れているわけです。ここで、期待については、努力が業績に結びつく期待(EP期待)と業績が報酬に結びつく期待(PO期待)に分けて考えることができるとされています。Lawlerは、これらの積としてモチベーションをモデル化しているようですが、単純な積の形に表現するのはやや乱暴なモデルに思われるものの、例えば、成果から得られる報酬が期待でき、それが魅力的であっても、成果が得られる可能性が低ければモチベーションがあがらないだろう、という心理的側面をうまく表現できているように思います。ただ、研究者のモチベーションに関しては、成果が得られる期待(EP期待)が高すぎても(つまり、課題が簡単すぎても)モチベーションは上がらないという考え方(Atkinsonの達成動機理論)のように達成感が重要な因子として作用するという考え方もあるようです[主に文献3p.39-41]

 

さらにエンパワーメントという考え方があります。これは開本によれば、「高いエネルギーに関わる心的活力」「モチベーションが短期的な、瞬間的な概念であるのに対し、エンパワーメントは、より長期的なスパンでとらえるべき概念」[文献3p.57,59]とのことですが、欲求や期待以外に人間の行動に影響を与える因子、欲求や期待が具体的な行動に結びつく過程や、期待形成に影響を与える因子が考察の対象に加えられているように思います。欲求や期待には個人の価値観や論理的な判断が考慮されているわけですが、実際には環境や感情がそうした判断に影響を与えることもあるでしょう。時には「理屈では理解しているが、やる気がでない」とか「同じ程度の欲求や期待を持っていたとしても、状況によって起こす行動に違いがある」ということもあると思います。そうした作用について、欲求説、過程説を補うものとしてエンパワーメントを捉えることもできるように思います。具体的にエンパワーメントに影響する項目としては、個人の目標の集団にとっての意味、集団にとって必要な人材であることの認識、自分が有能であるという認識、自信、影響力、自己の適性や嗜好との合致、無力感、情報へのアクセス、行動に際しての自律性、権限委譲、自己決定、仕事自体の組織や社会への貢献、上司の能力と態度、メンター、支援、周囲の反応、チームとしての能力、成長機会、などが挙げられており[文献3p.57-75171]、これらの因子にも注意を払う必要があるように思われます。

 

以上、研究者の活性化に関わる因子についてのおおまかなまとめを試みましたが、多くの研究のある課題に対し強引すぎる要約をしてしまった気もします。しかし、理論はどうあれ、経験的に研究者の活性化は不可欠のものではないかと思います。不確実な課題に挑戦し、予想外の発見に至るために決められた課題を逸脱しなければならないような状況に置かれることもある研究開発活動において、上記のような因子を認識しておく意義は大きいのではないでしょうか。

 

 

文献1Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.


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