研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2010年06月

ノート記事目次

今までの「ノート」を集めたカテゴリーを作ったので、記事の目次(取り上げた話題キーワードつき)を作ってみました。

 

はじめに

ノート1:どんな研究が必要なのか

 創造的破壊、Shumpeter、アイデア、イノベーション

ノート2:研究の不確実性をどう考えるか

 意思決定理論、確定性、リスク、不確実性、錬金術、セレンディピティー、創発的プロセス、未来予測

ノート3:研究と競争相手

 技術の普遍性、競争、Porter

ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定

 破壊的イノベーション、持続的イノベーション、Christensen、ブルーオーシャン戦略、コンプレックスシステム、ボリュームオペレーション、コア

ノート5:研究部門に求められるテーマ

 未知、既存、頭を使う、体を使う、中核事業の安定、オープンイノベーション、10年ルール、宣伝、信用度

ノート6:研究部門が実施したいテーマ

 シーズ志向、ニーズ志向、暗黙知、形式知、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、レディネスギャップ、偽セレンディピティー、真のセレンディピティー

ノート7:研究者の活性化

 機能人、経済人、Marslow、欲求段階理論、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求、X理論、Y理論、動機づけ要因、衛生要因、内発的動機づけ、欲求説、過程説、期待理論、誘意性、達成動機理論、エンパワーメント

ノート8:研究者の適性と最適配置

 適性、認知スタイル、行動類型、人を選んでから目的を考える

ノート9:研究組織の構造

 機能組織、タスクフォース、階層性、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、ネットワーク組織、破壊的イノベーション、小さな組織

ノート10:研究組織の望ましい特性と運営

 組織的知識創造、自律性、ゆらぎと創造的カオス、冗長性、最小有効多様性、ビジョン、針鼠の概念、コミュニケーション、弱い絆、公正なプロセス

ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割

 仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、ゲートキーパー、育成、経験、ロールモデル

ノート12:研究プロジェクトの運営管理

 計画、戦略、創発的戦略、評価、方向転換、変化のスピード、心のエネルギー

ノート13:研究成果の活用

 イノベーション普及、相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性、再発明、持続可能性、採用、選択的エクスポージャー、ハウツー知識、原理的知識、採用者カテゴリー、イノベータ、初期採用者、ラガード、革新性、能力信頼性、無難信頼性

ノート14:研究成果の転用

 特許、組織的知識創造、知識変換、知識移転、ナレッジマネジメント

一段落

14回にわたって研究グループのリーダーにとって必要と思われる研究マネジメントの知識をまとめてみましたが、特に必要と思われることはだいたい書けたように思いますので、このタイプの記事はここで一段落にしたいと思います。

「ノート」として書いてきた内容は、自分が使うための覚書としての意味あいも強かったので、研究マネジメントのうち経営者が主に関与する問題、例えば人事制度、組織構成、戦略などについては省略したり簡単にしか触れていないところもあります。研究グループのリーダーが関与できそうな範囲に絞った、という視点でご理解いただければよいと思いますが、決してその他のマネジメントの分野を軽視しているものではありませんのでご理解いただければ幸いです。

さて、「自分が使うため」と書いたものの、実はこのたび研究の第一線から離れることになりました。「ノート」でまとめてきたことも一段落となりますので、これからは少し自由に、今まで書いてこなかった分野や、自分の考え、興味を持ったことなども書いてみたいと思います。その分、内容が薄く、考察も不十分で感想文のような記事も増えてしまうと思われますが、よろしければおつきあいください。

これからもよろしくお願いします。

ノート14:研究成果の転用

ノート13では研究開発の成果を研究実用化のために活用するプロセスについて考えました。これは研究の本来の目的に沿った成果活用の方法ですが、研究の成果というのは「知識」に他なりませんから、その知識は他の目的に使用することもできるはずです。そうした成果の活用を「転用」と表現してしまうのは乱暴ではありますが、ここで付随的な目的への研究成果(知識)の活用について考えてみたいと思います。

 

研究開発成果(知識)の転用

研究によって得られる知識の付随的目的への活用としては、まず特許について考えておくべきでしょう。研究によって有用な知識が得られた場合、それを特許化しておくのは、通常は当然のことと考えられます。これは、特許化によりその知識の独占的使用が可能になり、競争相手との技術的差別化につながるためですが、残念ながら特許さえあれば万全というわけではありません。特許に関しては、以下の点に注意が必要でしょう。

・技術を公開しなければならないこと:真似されたり改良されたりする可能性がある

・技術を独占しようとすると技術の普及の障害となること

・有期の権利(出願後20年)であること:権利保護のタイミングと実用化のタイミングが合わないことがある

・コスト構造の異なる国では、実施者からライセンス料をとっても競争力確保にならない場合があること

・多くの技術ではすべてを特許で押さえることは困難な場合が多く、回避技術が開発されてしまう可能性があること

・特許の本来の目的である「発明を奨励し、産業の発達に寄与させる」という趣旨に反し、他社の業務の妨害や、訴訟や回避技術の検討などによる労力の浪費につながる可能性があること

したがって、丹羽は、「結局のところ、技術的なアイデア(発明)が付加価値の源泉であって、特許はそれを保護する1つの方策である」と述べ、「技術的なアイデア(発明)を競争上いかに有利に展開するかには、多くの方策がある」と述べています。具体的には、特許取得による独占、ライセンス収入、クロスライセンス以外に以下のような方策を挙げています[文献1p.52]

・自社技術の延長上に業界の標準規格を定める

・技術を無償公開しデファクトスタンダードにする

・自社のビジネスモデルが対象としているバリューチェーンの価値を高める

・技術を秘密にしておく

 

もちろん、特許取得の効果は、業種や業界によって異なりますので画一的な議論はできませんが、特許はイノベーションを実施する上でのひとつの手段であって、それが直ちにイノベーションによる成果の獲得に結び付くものとは考えない方がよさそうです。なお、こうした特性を考えると、特許の出願数や権利化数を技術力や研究成果の評価の指標として用いることには慎重な判断が必要と思われます(単に数を指標とすることは、技術の質を考慮していないという問題もありますが)。

 

研究によって獲得された知識をさらに広くとらえ、外部から得られた情報や経験、失敗例なども含めて考えると、それを別の目的に転用する可能性も広がってくると考えられます。特に、既存の知識の組み合わせが新しいアイデアにつながる場合があることを考えると、こうした知識の活用も重要と思われます。

 

どのような知識がイノベーションに役立つかについて、野中らは、「組織的知識創造」の概念を提示しています[文献2]。この理論では、個人と組織における暗黙知(言葉や文章で表わすことの難しい主観的、経験的知識)と形式知(言葉や文章で表現できる客観的な知識)の相互作用が重視されており、暗黙知や知識変換、知識移転が重視されているところなど研究者の実感とも無理なく調和がとれていて、イノベーション成功のメカニズムについて重要な示唆に富むものと思われます。しかし、この理論に基づいて展開が試みられたナレッジマネジメントは、一時期活発に検討されたものの現在は「行き詰まり」[文献1p.327]の状況にあるようです。野中らにより提示された哲学的、理論的アプローチから実用性を重んじる方向への展開がうまくいかなかったことが停滞の原因になっているようで、結局職場の良き人間関係を作ることが知識創造につながる(von Krough)とか、ナレッジマネジメントと言っても実体はIT化による業務効率化の提案にとどまるなど、実用面での有効な方策の提示には至っていない点が課題と言えるようです [文献1p.317,328]

 

しかし、こうした知識変換や知識の移転がイノベーションの成功のために有効であることは疑いのないところではないでしょうか。結局のところ、重要な知識を持った人の活用とコミュニケーションの活性化に帰着してしまうのかもしれませんが、ナレッジマネジメントについても様々な改良の余地があるように思われます。例えば、従来、あまり顧みられることのなかった失敗に関する知識[例えば文献1p.210](これには、「失敗学」という分野も提案されています[文献3])や、すでに却下された古いアイデア[例えば文献4p.195]、知識のある人との人脈[文献5p.117]、少数意見や反対意見[文献5p.173]の有効活用の可能性も考えるべきでしょう。さらに、知識移転のための仕組みづくりとしてのIT技術は、現在はまだ有効に機能するレベルにはないとしても現在の技術発展の多様性とスピードを考慮すると、将来的な可能性はあると思われます。もちろん、単に知識のデータベースを構築すればよいというものではないはずで、Dixonは、データベースへの知識の蓄積がうまくいかない理由について、「自分と関係なく,連絡することもなさそうな人たちがアクセスするデータベースに入力することで得られる個人的な利益はほとんどない」「情報を共有するのは、そうすることによって個人的な利益を得るからだ。その個人的な利益とは、他人に自分の専門知を認めてもらうとか'ほほ笑みが返ってくるぐらいだったかもしれないが」と述べています[文献6p.12]IT技術を使うにしても、なぜ人間は自分の持つ知識を他人に伝えたくなることがあるのかを理解した上での仕組み作りが必要ではないでしょうか。また、知識を組み合わせて新しいアイデアを創造する過程にも工夫が必要でしょう。丹羽は、単なる寄せ集めの状態から総合力を発揮するまでの方法を段階を追って提案しています[文献7p.84]。それに倣って言えば、知識を化合させるための仕組みづくりが重要ということになるのでしょう。

 

知識の活用については、結局のところ、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献2p.87]に尽きると思います。現在のところ、知識を効果的にイノベーションにつなげる具体的方法はまだ模索中のようですが、この状態は、ちょうど研究開発目標に向かって様々な試行錯誤を行なっている状態に似ているような気もします。イノベーションの源泉として知識の活用を図るという基本的な方向はおそらく誤っていないと思われますので、まさにマネジメントのイノベーションが求められているのかもしれません。

 

 

文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献3:畑村洋太郎、「失敗学のすすめ」、講談社、2000.

文献4Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献6Dixon, N.M., 2000、梅本勝博、遠藤温、末永聡訳、「ナレッジ・マナジメント5つの方法」、生産性出版、2003.

文献7:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.


参考リンク 

ノート13:研究成果の活用

今回は、研究開発が一応の成果をあげた後、研究開発により得られた成果をどのように活用するか、商品であれば消費者の手に渡り売上となり、技術であればそれが実際に用いられ効果を挙げるようになるプロセスについて考えてみたいと思います。

 

研究開発成果の活用

ほとんどの研究成果の場合、その成果は開発者の手を離れ、別の実施者によって活用されて便益、利益を生むことになります。しかし、この過程は単純なものではなく、技術的に優れた製品が必ずしも売れるとは限らない、とか、すぐれた技術の適用がなかなか広がらない、ちょっと使われてもすぐに捨てられてしまうということがしばしば起こります。このような不幸な事態について、マーケティングの失敗として片付けてしまうこともできるとは思いますが、折角の開発成果ですから、できることならうまく売ってほしい、一旦適用された技術ならばなるべく長く有効に使ってほしいというのが技術者の本音でしょうし、売り方や適用のしかたにも技術者が関与する余地があるならば、そこまで考えた研究を行なうようにすることも可能なのではないかと思われます。

 

このような成果の適用の問題については、「イノベーション普及学」と呼ばれる分野で検討され、新しい技術がどのように利用者に受け入れられるかについて、技術者にとっても示唆に富む多くの成果が得られているようです。この分野の研究はRogersの著書[文献1]にまとめられているので、その中で特に重要と思われる点についてまとめてみたいと思います。

 

まず、研究開発に携わるものにとって、耳の痛い指摘から始めましょう。Rogersは「優れたイノベーションはそれ自身が売りものである。したがって、明らかに利便性の高い新しいアイデアは潜在的な採用者に広く認知されて、そのイノベーションは速やかに普及すると技術者の多くは信じている。しかし、このようなことはほとんどない。少なくとも、イノベーションを創造して、他の人に普及させようとする発明家や技術者の目からみると、多くのイノベーションの普及速度は失望するほど遅い」、「イノベーションによる便益が火をみるより明らかであったとしても、普及と採用にあたっては、イノベーションの相対的優位性以上のものが必要なのである。」[文献1p.10-11]と述べています。

 

では、普及と採用を促すためには、イノベーションにはどのような要素が必要なのでしょうか。Rogersは、「個人によって知覚されるイノベーション特性がその普及速度を左右する」[文献1p.49]と述べており、5つの特性を挙げています。すなわち、1、相対的優位性(そのイノベーションが既存のアイデアよりよいと知覚される度合い)、2、両立可能性(そのイノベーションが採用者の既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと知覚される度合い)、3、複雑性(イノベーションを理解したり使用したりするのが困難であると知覚される度合い)、4、試行可能性(イノベーションを経験しうる度合い)、5、観察可能性(イノベーションの結果が採用者以外の人たちの目に触れる度合い)、です。これらのうち、複雑性は低い方が、その他の特性は高い方がイノベーションの採用速度が高くなるという調査結果があるようですが、そのこと自体は当然の結果のように思われます。しかし、えてして技術者は相対的優位性の向上にばかり着目しがちであることを考えると、それ以外の要因も考慮する必要があることには注意が必要でしょう。さらに、「再発明」すなわち、イノベーションの採用と使用に際して利用者による変更が行なわれることが起きやすいほどイノベーションの採用速度は高まり、持続可能性(継続的に使用される度合い)も高まること[文献1p.103,107]、また、予防的イノベーションすなわち将来の欲せざる出来事の発生確率を減じるためのイノベーションは、採用速度がそうでないイノベーションに比べて遅いことも指摘されており[文献1p.94]、以上のようなイノベーション自身がもつ特性を認識し、普及されやすいような形に仕上げることも必要なのかもしれません。

 

ユーザーがどのようにイノベーションを受け入れていくかのプロセスからも、イノベーションの採用、普及に関する重要な情報が得られます。Rogersは、「イノベーションに対する個人の意思決定は瞬時に生じる行為ではない」[文献1p.84]と述べ、その過程には次の5つの段階があるとしています。1、知識(イノベーションの存在を知り、機能を理解する)、2、説得(そのイノベーションに対する好意的ないし非好意的態度の形成)、3、決定(イノベーションを採用するか否かの選択)、4、導入(イノベーションの使用)、5、確認(すでに行なった決定の補強)、です。すなわち、このそれぞれの過程をスムーズに進めることができれば普及に役立つということになるのでしょう。知識段階には、個人の特性やコミュニケーション行動が影響を与えると言われていますが、特に注意すべきポイントとしては、「選択的エクスポージャー(人は関心事、ニーズ、それまでの態度に合致するアイデアに触れたがる傾向があり、自らの性向と相容れないメッセージを意識的ないし無意識的に回避する)」、「選択的知覚(人のそれまでの態度や信念などの観点からコミュニケーションメッセージを解釈する傾向)」という傾向で、その結果、「われわれはこれまで出会ったことのないアイデアに対して、それほど容易には好意的な考えをもつことができない」とされています[文献1p.87]。また、イノベーションに関する知識としては、ハウツー知識(イノベーションを活用するのに必要な知識)、原理的な知識(働きの根底にある原理的な知識)が重要であって、これらが不十分だと、採用拒否や中断、誤用が起こりやすいと言われています[文献1p.89-90]。説得段階については、上述のイノベーションの知覚特性が影響を与えますが、知識段階での精神的な活動は主として認知(知ること)に関わるものであるのに対して、説得段階での思考形式は感情(感じ)に関わるもの[文献1p.92]であって、人は新しいアイデアの機能に対して確信を持てないので、他の人を通してイノベーションに対する自身の態度を強化するため、自身の考えが同僚の見解から外れていないかどうかを知りたがったり、イノベーション評価情報(科学的な評価や、同僚の評価)を求めたりするといわれます。この説得段階とそれにつづく決定段階ではイノベーションの試行が行なわれることがあり、試行可能性とその効果は重要になるでしょう。導入、確認段階では、イノベーションの実行を通じてイノベーション採用を決定したことの強化が行なわれます。その結果が不十分であればそのイノベーションの継続的採用は難しくなりますので、もし、完成したイノベーションに期待外れの結果が出ているとすれば、それへの対応を取る必要があることになるでしょう。

 

このようなイノベーションに対する受け入れ方は個人によって異なることはよく知られています。Rogersは採用者カテゴリーという概念で個々人の革新性に基づいて社会システムの成員の区分を行なっています[文献1p.213-]。ここで、革新性とは、個人(や採用単位)が他の成員よりも相対的に早く新しいアイデアを採用する度合い、のことを指し、採用者カテゴリーは、あるアイデアの採用時期とその採用者数が正規分布することに基づいて、平均採用時期よりも2σ以上早期に採用したグループを「イノベータ」、1~2σ早期のグループを「初期採用者」、平均より早く1σまでのグループを「初期多数派」、平均より遅く1σまでのグループを「後期多数派」、平均より1σ以上遅いグループを「ラガード」と区分されています。イノベーションの採用時期に関してこのような分布があること自体は経験的にも理解しやすいですが、イノベーションが普及する上での役割については、若干注意が必要なようです。特に社会の大多数への普及を目指す場合、重要視すべきは「イノベータ」ではなく「初期採用者」と考えられると思われる点です。これは、新しいアイデアを積極的に受け入れる「イノベータ」は、その社会の中では異質な存在と受け取られることが多く、その他の多数派とは必ずしも十分なコミュニケーションがとれていなかったり、多数派の規範となるような人物ではなかったりする傾向があるからのようで、普及において重要なのは社会から尊敬され、役割モデルとなりうる「初期採用者」とのことです。このことは、イノベーションを適用するためにまず対象とする層を決める上で重要な知見と思われます。また、革新性と年齢の間には相関が認められない、という調査結果はイノベーションの普及のみならず個人の個性を理解する上でも重要な点であると考えられます。

 

以上の個人におけるイノベーションの普及に対し、組織への普及については若干別の視点が必要なようです。Rogersは「組織においては、何人もの人々がイノベーション決定過程に関与しており、導入者と意思決定者は異なることが多い。また、組織に安定と連続性をもたらしている組織構造が、イノベーションの導入を妨げることがある」と述べています[文献1p.102]。組織におけるイノベーション過程は、大きく2つの段階、すなわち開始段階(情報収集、概念形成から採用決定まで)と、導入段階(決定されたイノベーションが実用に供するのに関わるすべての活動)に分けられ、開始段階におけるニーズの認識と問題解決のためのイノベーションの選択については、個人におけるイノベーションの適用と類似していると考えられますが、導入決定以後の過程は若干異なり、組織におけるイノベーションでは、導入決定後、「再定義・再構築」すなわち、イノベーションの修正とイノベーションに順応するよう組織構造が変化し、「明確化」すなわち、イノベーションの意味が組織の成員にとって明らかになる段階を経て、「日常業務化」されていくとされます。日常業務化された後は、組織成員のイノベーション設計、議論、導入への参加の度合いが大きいほど、イノベーションの持続可能性は高まるといわれています。組織におけるイノベーションの採用決定段階において、組織成員の間に合意が形成される場合(集合的なイノベーション決定)と、採用の選択が強制力、地位、あるいは専門知識を有する少数の人によってなされる場合(権限に基づくイノベーション決定)では、成員の参加の度合いが異なり、集合的なイノベーション決定の方が持続可能性が高くなるといわれています。組織の特性によるこの過程の進み方の違いに関しては、複雑さ(組織成員の知識や専門能力の高さの度合い)が高いほど、情報収集、概念形成といった開始段階は早まるが、導入への合意形成が妨げられることがあり、集中化(権力や統制が比較的少数の個々人に集中している度合い)および公式化(規則や手続きに従うことを重要視する度合い)が高いほど、開始段階が遅くなるがひとたびイノベーションの採用が決定すると導入が促進される、という傾向を持つと言われています。[文献1p.385-425]

 

以上のようなイノベーションの普及は社内のどの部署が担当すべきなのでしょうか。実際のところ、そうした業務の分担が明確になっている場合は少ないように思いますが、研究者が関与できる余地は大きいのではないかと思われます。実際に普及の担当者ともなりうるでしょうし、普及しやすいように製品や技術の作り上げる、という過程を通じて関与することもあるでしょう。イノベーションの受け入れに伴って発生する不確実性を取り除き、イノベーション普及を図る役割を担う人は「チェンジ・エージェント」と呼ばれますが、開発を行なった研究者もそうした役割を担ったり、その補助を行なったりする必要があると思われます。しかし、研究者やチェンジ・エージェントは採用者にとっては外部の人間であるため、コミュニケーション上の問題が発生する可能性があることには注意が必要でしょう。一般には、コミュニケーションは同類性の高い人の間で効果的になる[文献1p.359]わけですが、新しい技術を持っているという点で、研究者や技術者は採用者とは異類的な側面を持つため、コミュニケーションがうまくいかない可能性があります。さらに、採用者からの信頼を得られるかどうかの問題もあります。情報の受け手にとって、情報源となる人物に対して持つ信頼には2種類、すなわち能力信頼性(情報源の人物が知的で熟達していると知覚される度合い)と無難信頼性(情報源が信頼しうると知覚される度合い)があるとされますので、技術的能力が高いことだけでは信頼を得ることができない可能性にも注意が必要でしょう。理想的なチェンジ・エージェントの場合、この2つの信頼性が均衡している[文献1p.363]とされますので、研究者が採用者にアプローチする場合にはこうした点を認識しておくことも必要でしょう。

 

以上のようなイノベーションの普及に関する多くの知見は、技術的な価値だけではその技術がすぐに用いられるようになるわけではないことを示唆しているようです。折角開発した技術ならば、なるべく速やかにその技術が使われるように願うのは技術者として普通の感情と思われますし、競争相手のいる開発を行なっている場合には、技術ではなく普及させ方の巧拙で勝敗が決まってしまう可能性があることを考えると、技術者としても普及プロセスまでを考慮し、できれば制御したような開発が求められているのではないかと思われます。

 

 

文献1Rogers, E.M., 2003、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.


参考リンク 

ノート12:研究プロジェクトの運営管理

研究の進め方について、これまでに研究者の活性化研究者の適性組織構造組織の特性リーダーの役割について考えてきました。これらはプロジェクトを実施するための基盤として重要なポイントと言えるでしょうが、研究開発の第一線にいる者にとっては目の前の研究プロジェクトをどのように運営、管理するかが大きな課題となります。そこで、今回はプロジェクトの運営管理の問題について考えてみたいと思います。

 

研究プロジェクトの運営管理

プロジェクトの運営というと、工事プロジェクトなどの工程管理がまず頭に浮かぶかもしれません。これに対して、研究プロジェクトの運営管理についてはあまり取り上げられることがないように思います。研究マネジメントの議論においてもあまり重視しない考え方があるようで、例えば今野によれば、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしており[文献1p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに行なうべきかということについてはあまり重要視されてこなかったように思われます。

 

一方、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。すなわち、研究の性質によっては、計画や戦略段階をどう立てるかよりも、いかに実行するかの方が重要となる場合もある、ということになるのでしょう。結局のところ、研究担当者は自らの研究が比較的予定の立てやすい研究(例えば持続的技術)なのか、あるいは、不確実性が高く戦略を立てにくい研究(例えば破壊的技術)なのかを考慮に入れた上で、実際の研究の進め方を決めなければいけない、ということと考えられます。

 

このように書くと、不確実性の高い研究では計画や目標が無意味なことのように思えてしまうかもしれませんが、そういうことではないと思います。計画や目標を設定すること自体はプロジェクトをうまく進める上で効果的なことには疑いの余地はないと思いますが、臨機応変の計画変更が可能なような進め方にすべきということなのでしょう。例えば、変える必要のないビジョンのような目標(たとえば、人類社会に貢献する、とか人の幸福を実現するとかでもよいと思います)は持つべきだし、それ以外の目標は場合によって変えてもかまわないとし、間違っても無駄な目標に縛られることのないように十分注意すべき、ということなのではないでしょうか。

 

そうは言っても、計画や目標を変える、ということは取り扱う内容の幅を増やす、ということに他ならないですから、実行の上での困難さは増してしまうと思われます。上記の「創発的戦略」について、Anthonyらは次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

 

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5p.346]と述べています。

 

このように、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、創発的戦略を目指す場合以外にも類似の指摘が多くあります。その中から興味あるものを以下にまとめてみたいと思います。開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献6p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献7p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献8p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献9p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献10p.176-177]と述べています。

 

もちろん、こうした考え方に対し、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献11p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献12]、という考え方もあります。これらは、イノベーションを管理できるものとしてとらえようとしていると考えられますが、そのような場合でも、画一的な方法では管理できないということは一般に認められていることのようです。イノベーションの管理の問題点を指摘する論者であっても、管理ができないとか管理が不要であるとかと言っているわけではないので、究極的には、双方の意見は同じ点を目指しているようにも思われます。

 

結局のところこれまで述べてきた様々な考え方は、研究プロジェクトの運営管理は、定型的に考えてはいけない、ということを示唆しているのではないかと思われます。しかし、だからといって出会う場面ごとにその都度運営方法を考えるべき、というわけではないでしょう。すでに、運営管理におけるいくつかの「罠」、すなわち、こういう運営管理は望ましくない、ということは明確になってきているようですので、それらを考慮しながら研究の運営自体に創造的に取り組むことが必要であるということではないでしょうか。もし、研究における運営管理上の確固とした目標を設定したいとすれば、細かな目標ではなく、状況によって変わることのないビジョンのようなものを目標とすべきなのかもしれません。

 

 

文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.

文献2Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献3Christensen, C.M, 1997、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献4Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献5Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献6:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.

文献7Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献8Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献9:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献10Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献11Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.

文献12Moore, G.A., 2005、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


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