研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2010年07月

技術の目的、研究の役割

 研究開発において技術は重要な位置を占めることに異論はないと思います。しかし、研究開発における技術の位置づけについてはいろいろな考え方があるようです。技術の本質的な役割、技術を担当する研究開発部門の役割はどう考えるべきでしょうか。

 

ノート2の最初で、人間がある目的のために行動するとき、そこには未来予測が含まれるだろうと述べました。つまり、「こういう行動をしたら」、「こういう結果が得られるはずだ」という予測です。

 

こうした予測にもとづく行動は、企業活動においても日常的に行なわれているはずです。この予測自体は様々な根拠に基づいて行なわれるわけですが、その根拠のひとつを提供するのが「技術」であると言えるのではないでしょうか。もちろん単純な課題に対しては、単なる勘や想像、過去の経験に基づいて未来を予測することもできますが、新たなこと、未知のことに挑戦する場合にはそうしたやり方は通用しないことが多いはずです。そうした場面で未来予測に用いることができるのが技術ではないでしょうか。目的を実現するために理論を適用する場合、実験やプロトタイプ製作などで仮説を試してみる場合などが、研究部隊が対応して技術が使われる代表的な場面でしょうが、どちらも技術を予測のために活用して行動していることになるでしょう。つまり、「技術」の役割は、そうした場面で「未来予測の精度を上げること」になると思います。

 

このような考え方は単なる定義や理解の仕方の問題とも捉えられますが、次のような面で新しい見方を提供するのではないかとも思われます。

・理系、文系の「技術」を分けて考えなくてもよくなる。例えば、市場予測や収益予測、人の行動の予測(交渉術や人事管理など)なども技術の要素を含んでいると理解できるのではないでしょうか。テクノロジーではなく、テクニックと呼ばれるような概念も、それが未来予測に使われる、という意味では同じものと理解してもよいように思います。イノベーションについても単なる理系の技術だけではなく、ビジネスモデルも含めて考えるべきだ、という指摘も多いようですので、技術をことさら分類することよりも、未来予測という機能で技術を定義してしまってもよいのではないかと思います。

・用いられる技術の種類を、基礎研究、開発研究、理論的研究、応用研究などで分ける考え方もありますが、未来予測をキーワードとするとこうした分類も不要になるのではないでしょうか。要するに、未来予測に寄与することができれば、それが理論的アプローチによるものであっても、実験的、試行錯誤的アプローチによるものであっても、あえて区別しなくてもよい、ということになると思います。名前やカテゴリーはどうあれ、未来予測に役立つことを行なえばよい、というわけです。

・技術の役割を予測と認識することで、技術への過度の期待を防止することができるのではないでしょうか。所詮未来のことを完璧に予測することなどできないですから、その認識に立てば、技術の不確実性についての理解も深まるでしょうし、その上で現実的な対応を行なうことが可能になるでしょう。技術の実力に対して謙虚になれる、と言ってもいいかもしれません。

 

学問はすべて未来予測のためにある、というところまでこの議論を広げるつもりはありませんが、少なくとも、企業における活動は、物やシステムを作ったり、サービスを提供したり、ということを目的にする以上、物事を単に理解するだけでは不十分で、実際に未来予測に基づいて、何かをやってみてうまくできる方法を確立しなければならないと思います。何かをやってみるための作業仮説を技術が提供する、と言い換えてもよいかもしれません。そうして、いつも期待通りの結果が得られるようになれば、事業に使える段階になった、ということになると思います。

 

そう考えると、研究部門の役割は、未来予測の精度を上げるための具体的手段を提供すること、と言えるのではないでしょうか。具体的には、たとえば理論の活用のしかた、とか、効率的な実験のやりかた、データの解釈のしかた、情報収集などといった未来予測の精度を上げるためのスキル、ノウハウを持っている部門が研究部門である、ということもできると思います。裏をかえせば、未来予測につながらないことは研究部門の主たる仕事ではないと言えるかもしれません。

 

こうした議論はいわずもがな、という面もあるでしょうが、研究部隊の役割について、社内で必ずしもコンセンサスが得られていない状況もありうるように思います。可能性を過小に評価されたり、逆に過大な期待を受けたりして研究部隊が方向を見失うことのないよう、研究の役割を整理しておくことも必要と思い、私見を述べてみました。こういう捉え方はいかがでしょうか?。

 

リーダーがつまずく原因

ノート11で研究組織運営におけるリーダーの役割を考えました。ノートではミドルクラスの研究マネージャーについて考えることを主眼としましたのでそこでは触れませんでしたが、経営幹部クラスのリーダーが失敗する要因についての興味深い知見がありますので、簡単にまとめてみたいと思います。

 

McCallは「脱線した経営幹部」(キャリアの半ばでは非常に成功したけれども、企業が期待したその潜在能力を十分に発揮できなかった人物)についての研究を通じて、そうした脱線には一定のパターンがあると述べています[文献1p.50]。すなわち、

・すべての「強み」は「弱み」になりうる

・表面に現れていなかった弱みが、最終的に問題になる

・次々に成功を重ねると傲慢になる

・「不運」が生じたとき、つまり、物事が悪い方向に動いたとき、どのような行動をとるかが決定要因になる

が脱線のダイナミクスとして重要とのことです [文献1p.66]。以下にそれぞれの項目についてのMcCallの指摘を整理してみましょう。

 

「強み」が「弱み」になりうるという点について [文献1p.67-72]

・ある人物を成功に導いた「強み」は、ほかの「強み」のほうがより重要になると「弱み」になることがある。

・例えば、「革新的」であるという「強み」は潜在的には「非現実的」「非実践的」「時間とお金を無駄にする」といった「弱み」になりうる要素を持っている。

・たとえ周囲の状況が変わったとしても、昔役立った「強み」を捨てることは難しく、成功に導いた「強み」が問題になる。

・専門知識が「強み」である場合には、マネージャーがその優れた専門知識を使って、管理しすぎるようになると、部下に各自の方法で仕事をさせず、仕事のやり方を押しつけるようになり、その「強み」が「弱み」になる。

・遅かれ早かれ、成功した経営幹部は管理したがるようになり、自分の専門知識外の職務にも過剰な管理を持ち込む。特に、オーバーマネージャー(過剰に管理するマネージャー)は「自分が理解していない事柄に対して干渉する」、「自分が援助を必要とする人を遠ざける」、「専門家の意見を聞かなかったり、あるいは、専門家のほうにとっても助言する気にさせないことで多くの過ちを犯す」、「細かなことに陥ってしまって広い視野で考えることができなくなる」などの欠点がある。

・マイクロマネージャー(細かなことまで管理するマネージャー)は、他者の仕事に手を出してしまうために忙しくなり、自分の仕事に手が回らなくなってしまう、などの問題がある。

 

表面に現れていなかった弱みが、最終的に問題になる、という点について [文献1p.73-77]

・ほとんどの場合、のちに致命的になる欠点は前からずっと存在している。

・以前は問題とならなかった、あるいは、「強み」や業績に隠れていた「弱み」や欠点は、新たな状況では重要な問題となる。

・インセンシティビティ(無神経さ)は脱線した経営幹部に関して最もよく報告される欠点であり、脱線した経営幹部と成功した経営幹部の最も際立った相違のひとつ。

・ある人が結果だけで報酬を受けるならば、結果を達成する手段は(それが無神経さのような欠点であったとしても)容認あるいは称賛すべきことと判断されやすく、こうした「弱み」を無視したり称賛したりすることは将来の脱線の舞台を整えることになる。

・そのような「弱点」を正さない理由としては、自分の「弱点」によって災難に巻き込まれた経験がなかったり、成功によって自信ができ、明らかな「強み」を持つため潜在的「弱み」は重要ではない、あるいは存在しないものとして片づけることがあげられる。

 

次々に成功を重ねると傲慢になる、という点について [文献1p.78-83]

・自信は成功にとって非常に重要な要素であるが、成功に慢心して傲慢になってしまうことがある。

・成功によって人は天狗になり、自分は絶対であり、他の人の助けを必要としないという誤った信念が生まれる。それは、「傲慢になるなんて自分にはありえない」と思った瞬間に起こる。

・傲慢さは「強み」から発展した「弱み」である。

・傲慢さは成功して時間が経つにつれて増大する。傲慢さは時間とともに大きくなり、周りの人々はそれに我慢できなくなる。実際には自分が無敵であるという感情、他者の影響の無視とそれがもたらす結果によって、脱線を引き起こす。

・傲慢さが合理性をむしばんでしまうひとつの点は、傲慢な人は自分が一般のルールに従わなくてよいと思うことによって生じる。

 

「不運」とそれに対する行動については [文献1p.83-90]

・「不運」を「私の失敗ではない」と解釈することで、「不運」の原因として自分が関与しているという事実を隠してしまうことがある。

・成功する経営幹部はその成功を幸運のおかげであると答える。しかし、成果をあげる経営幹部は幸運を利用する準備ができているのだ。脱線者は環境がマイナス局面に移行するときにうまく対応することができず、さらにその結果を環境のせいにする。

・能力のある人や成功をおさめた人の多くは挫折経験があまりないため、それに対処する方法を学習する機会がなかったと考えられる。

・実績を残した人がうまくいかなくなると、トラブルをきっかけに周りからよく観察されるようになる。パフォーマンス低下の直接の原因がその人になくても、詮索することによって以前からその人にあったさまざまな欠点に注意が喚起される。

・一般になんらかのトラブルが原因で起こる脱線のほとんどは、ミスの結果というよりも、冒したミスに対処する方法の結果であることが多い。

 

McCallはこれらの知見に基づき、優秀なリーダーには特有の資質というものが存在するわけではなく、適切な経験からの学習によってリーダーを育成できる、という方向に議論を展開していくわけですが、成功体験が悪い方向に作用するメカニズムについて、上記の知見は有益な示唆を含むように思います。

 

 

文献1McCall, Jr. M.W.1998、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.


参考リンク<2011.8.14追加> 

科学マンガ

最近ネットでみつけた科学マンガから気に入った作品を。

Mark Andersonさんの作品から
http://www.andertoons.com/ 
勝手ながら日本語の表題と訳、感想を付け加えさせていただきました。

クリーンエネルギー
http://www.andertoons.com/cartoon/6125/


「よくわからないけど、なんか違ってない?」
というところでしょうか。
電気や水素はクリーンなエネルギー源、とはいうものの、それを作って使えるようにするのにはなにがしかのエネルギーが必要、なわけです。


念のため
http://www.andertoons.com/cartoon/5836/

「あと、念のためにレントゲンを撮っておきましょう」
でしょうか。
念のためにいろいろな確認をとりたがる人は結構いますよね。決まった手順にこだわるのは、それをしないと不安になるためでしょうか。


検索
http://www.andertoons.com/cartoon/5716/

「ごきげんいかがって?、どうだろう、今グーグルで調べるね」
でしょうか。
確かにネットは強力な情報源ですが、頼りすぎるのもいかがなものか、です。


このような科学技術を題材にしたマンガは日本ではあまり見ないように思いますが、科学はやっぱり馴染みにくいのでしょうか。学問や学者を笑いのタネにするのに抵抗があるのかもしれませんが、何につけても健全な批判精神は必要だと思います。こんなコメントなどするのも野暮かもしれませんが。

研究マネジメント本(参考書)について

「ノート」の作成にあたって参考にさせていただいた本について書いておきたいと思います。

 


「ノート」では、本からの多くの引用をさせていただきました。というより、「ノート」は引用を再構成させていただいたもの、とも言えます。出典として選んだ本は私が重要だと感じた本が中心ですが、時間の制約もありましたので、網羅的に本を読んで選んだわけではありません。当然抜けもあると思いますので、どんな風に本を選んで、どういう本を重要だと感じたかを書いておくのも悪くないだろうと思い、私なりのイノベーション本の選び方、感想を書いてみたいと思います。

 

本を選ぶ上で何と言っても役に立ったのは、ネット上の書評でした。例えばアマゾンでは、話題の本には多くのコメントがついていますし、その評価もあるので、これが一つの基準になりました。特に、アマゾンでやっている「リストマニア」でのPh.D. “in MOT”さんのコメントは大変参考になりました。(URLは以下)

http://www.amazon.co.jp/gp/richpub/listmania/byauthor/A17BW7XGPS34WU

この場をお借りしてお礼申し上げます。最終更新が2009年の春ぐらいまでなのが少し残念ですが、ここで高評価の本は、得られるものが多かったと思います。

 

あとは、重要だと思った本の著者の関連本、その著書で引用されている本、ある程度知識が深まってからは、書店での立ち読みで重要な本に巡り合ったこともありました。

 

さて、そんなイノベーション本にはいくつかの傾向があるように思います。特に、著者の立場が内容に影響している印象を持ちましたので、私なりの感想を書いておきたいと思います。

 

○マネジメントを専門とされる学者の方が書かれた本

このタイプの本には3通りあるように思いました。まずは、多くの研究成果を集めた教科書です。これは非常に参考になる本がある半面、講義のテキストのような本や、広く浅くという本、研究マネジメント全体について書かれてはいるものの、その学者の方の専門分野や特定の考え方に偏ってしまい、他の分野には深みがないものもありました。非常に大雑把に言って、引用文献の数の多いものには役に立つものが多いという印象でした。

2番目は、特定の分野について、理論を重視し、例えば、世の中の動きがこうなっているから、とか、こういう考え方が正しいと思われるから、という前提に基づいて、「こうするべきだ」という提言を行なっているような本です。こうした本は、読んで「なるほどな」と思うこともありますが、理論や前提、提言について、「本当にそうなのか?」と疑い始めると、なかなか納得しにくいものもありました。

3番目は、実証的な解析と理論化を行なった本で、データ重視、実績重視の方向と言えるでしょう。多くの事例から結論を導こうとする立場は、技術者の日頃の仕事の視点に近く、共感しやすいものでした。なにしろデータの裏付けがありますので、無闇に否定することができない重みが感じられるものがあったと思います。

 

○経営コンサルタントの方が書かれた本

経験豊かな経営コンサルタントの方の書かれた本は、実際のマネジメント経験に基づいた示唆に富むものがあったように思います。ただし、具体的なデータがないものが多く、どの程度経験が生かされているのかがはっきりせず、説得力に欠けるものがあったのも実際のところです。また、「こうするべきだ」というハウツーが提示されているものが多いのですが、理論的な深みに欠けるものもありました。ハウツーはそれなりに役に立つものでしょうが、その方法がどの程度有効なのかの実証がなされていないと(あるいは理論的な裏付けがないと)、技術者としてはただちに信用する気にはなれないものです。こうしたハウツーは書籍では伝えきれないもので、だからコンサルタントが必要ということなのかもしれないとも思いました。また、「こういう場合にはこれがよい」というような場合分けが多い考え方も、選択肢を増やす意味ではよいのでしょうが、実際には使いにくいと思いました。

 

○イノベーションの実務家による本

これには2通りあると思います。まずは、研究マネージャーの実務家が経験や考察をもとに書いた本があり、これは示唆に富むものがあったと思います。ただし、その著者の経験や考察の深さ次第というところがあります。

もうひとつは、研究者が自らの経験や考察をまとめたものですが、研究者としての実績があるほど、どうしてもその経験(特に成功体験)にひきずられるところがあり、研究遂行の各論としては役に立つところがあっても理論的な裏付けや一般的な議論にまでは至っていないものが多かったように思います。

 

以上、私が感じた大雑把な傾向を書かせていただきました。イノベーション本の著者は上記のような単純な区分けができるとは限りませんし、イノベーション本に何を求めるかも人によって違うでしょう。どのような内容に共感し、有益だと思うかについても人によって異なると思いますが、本選びの参考になれば幸いです。

 

 

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