研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2010年08月

ビジネス書の間違い?-『なぜビジネス書は間違うのか』

一橋ビジネスレビューの2010年夏号(vol.58No.1目次はこちら)に推薦文が出ていたので、以下の本に目を通してみました。

 

P. Rosenzweig(ローゼンツワイグ)、2007、桃井緑美子訳、「なぜビジネス書は間違うのか」、2008、日経BP社:[文献1]

 

原著の書名は「The Halo Effect」です。邦題はやや際物のような感じですが、内容は極めて示唆に富むものでした。ちなみに、邦訳副題は「ハロー効果という妄想」となっています。

 

まず、「Halo Effect(ハロー効果)」とはどのようなものなのかについて確認しておきましょう[文献1p.91-94]。著者は、ハロー効果とは「認知的不協和(訳注:個人に与えられた情報に矛盾があるとき生じる不快感)を解消するために、一貫したイメージをつくり上げて維持しようとする心理的傾向」としています。この効果は、1920年にアメリカの心理学者ソーンダイクが報告したもので、陸軍での兵士の評価において、「優秀」と思われている兵士はほぼすべての項目で評価が高かったのに対し、そう思われていない兵士はどの項目も標準以下だった、という調査結果から、後光(ハロー)が射している様子になぞらえたものとのことです。

 

よりわかりやすい例としては、2001911日の同時多発テロ直後、ブッシュ大統領の総合的な支持率が急上昇した際に、ブッシュの経済政策への支持率までもが上昇した現象が挙げられています。さらに、見たところ客観的な情報に基づき、他のもっと曖昧な特徴をそこから判断しようとする傾向もみられるとし、ブランド構築による好感度向上や、人事採用の際に出身校や成績を前もって知っていると面接態度や質問への受け答えの評価が影響されることも例として挙げた上で、ハロー効果の一側面として「信用できると思われる手がかりをもとに、それ以外の面も評価してしまう人間の自然な傾向」を挙げています。

 

ビジネス分野でのハロー効果としては、例えば、会社の業績がよければ、具体的には評価しにくいモチベーション、リーダーシップ、企業文化、顧客志向、従業員の質などもよく評価されやすい、という形で現れることがあり、「結果がよかったと知っていると、結果を出すまでのプロセスにもよい評価を与える」ことになる、と述べています[文献1p.95-109]

 

こうした傾向からRosenzweigは、企業調査によって科学的に意味のある結論を得たいならば、上記のハロー効果を避けることが必要、と主張しています。そして、ハロー効果への配慮が不十分なビジネス書として、ピータースとウォーターマンの「エクセレント・カンパニー」、コリンズとポラスの「ビジョナリー・カンパニー」、コリンズの「ビジョナリー・カンパニー2」、ジョイス、ノーリア、ロバーソンによる「ビジネスを成功に導く『4+2』の公式」を挙げています。これらは、いずれも詳細な調査に基づいて、企業の成功の秘密を解き明かしたとされるビジネス書ですが、Rosenzweigは、これらの本で考察に用いられた材料は、新聞雑誌の記事やビジネススクールのケーススタディ、過去を振り返るインタビューであるために、それらのデータはハロー効果にまみれていて [文献1p.199]、そこから得られた結論としての企業成功の秘訣は科学的な意味を持たないとしています。すなわち、これらの本で述べられた業績向上に結び付くとされる特徴は、好業績を説明できるものではなく、多くの人がハロー効果によって業績のよい企業はそのような特徴を持っていると思っているだけ、ということになるわけです。

 

私自身、ノートでいくつか引用したように、「ビジョナリー・カンパニー」「ビジョナリー・カンパニー2」を読んで、その内容にはそれなりに実証的根拠があるものと思ってしまいましたので、こうした指摘に接すると自らの洞察不足を痛感します。もちろん、私もこの本の指摘どおりに実行すれば企業経営が必ずうまくいく、とまでは思えませんでしたが、特定の個人がマネジメントの思想や自らの経験に基づく信念を述べた意見よりは、多くの企業についての多くの意見を集めることにより導かれる意見の方が信頼性が高いのではないか、という気がしたのも事実です。しかし、ハロー効果を考慮するとRosenzweigの主張に屈せざるをえないという気がします。

 

恐らく、私が「ビジョナリー・カンパニー」を信用してしまった原因は、ハロー効果に対する認識の甘さとともに、新聞記事やインタビューといったデータの信頼性の低さを認識できていなかったこともあると思われます。技術者として、常に「本当にそうか?」「なぜそうなのか?」と問うことを心掛けてきたにもかかわらず、専門外の分野ではあっさり「本当にそうか?」という問いが甘くなってしまったというわけです(専門分野であれば、新聞記事を鵜呑みにするようなことはない(はずな)のですが...)。

 

ただし、科学的な判断としてRosenzweigの主張が正しいとしても、だからといって「ビジョナリー・カンパニー」の内容が意味をもたないことにはならない、とも思います。Rosenzweig自身も、こうした本にも「ストーリー」としての意味があり、「企業マネジャーはノウハウを求めてこうした類の本を読みつづけ、新しいヒントを得ようとする。それはやむをえないことだし、その姿勢は健全でもある」と述べています[文献1p.264]。要するに、「ビジョナリー・カンパニー」が主張する、「企業の永続や飛躍に必要な要因が解明できた」、という結論が誤りなだけであって、個々の要因の有効性までもが否定されたわけではないわけですから、同書で成功要因とされた内容については個別に有効性を判断して必要に応じて活用すればよい、ということになるのではないでしょうか。

 

実際のところ、科学技術の分野でも、真理の証明だけを目的としているわけではありません。学問分野全体として真理を追究することが大前提としても、個々の研究者はほとんどの場合、自らの能力の範囲で過去の知見よりも少しでもよいから進歩した発見なり理論なりを発表します。そして、それをヒントに別の研究者がさらにその技術を検証、発展させたり、それに反論することで真実を明確にしたり、という相互作用を繰り返しながら学問全体が発展していきます。それぞれのアプローチは様々であって、中には貧弱なデータをもとに大胆な仮説を発表する人もいますが、こうした仮説は後につづく研究者たちによって評価され、誤った説は淘汰されていく結果、真実に近づいていくことになります。また、その検証の過程で新たな発見が生まれることもあります。さらに現実的には、科学的に正しいと証明するためにはかなりの時間と労力が必要となることが多いので、立証を待ってはいられない場合もあり、その場合には乏しいデータに基づいて判断を下さなければならないこともあります。その際の判断根拠、作業仮説として、間違っているかもしれない仮説であっても存在意義はあるはずです。

 

つまり、こうした仮説を提供する本として「ビジョナリー・カンパニー」を読めばよいのではないでしょうか。私もこの本を読んだ時、説得力のある内容だと感じるとともに、この主張が正しいかどうかは後世の検証によってはっきりわかるだろう、とも感じました。Rosenzweigは実はこの本でその検証もしていて、エクセレント・カンパニーやビジョナリー・カンパニーで優良企業とされた企業がその後の業績があまり芳しくないことも述べています[文献1p. 146-149158-161]。ビジョナリー・カンパニーはいよいよ旗色が悪い状況ですが、それでも、仮説や判断材料を提供したという価値は持っていたと言えるでしょう。また、原因をはっきり断定することはできなくても、ビジョナリー・カンパニーで取り上げられた企業は、一時期大きく成長したという事実は残りますので、ハロー効果にまみれているとはいえ、成長の要因として述べられたことは悪い方向には作用していないだろうという推理もできると思います。好業績と特定の要因を結びつけたことが誤りであったとしても、単に望ましいマネジメントの方法を知りたい、という目的にとっては意味のある指摘も含まれているかもしれません。

 

最終的にはRosenzweigは「どうすれば成功するのかという疑問の答えは簡単だ。これさえすれば成功するものなどない」「企業の成功には運が大きな働きをすることを認めよう」[文献1p.244-245]と述べています。最近の別の著者による記事でも、「好業績企業の7割が実力ではなく運である」という結果が発表されています[文献2]。その記事では、Rosenzweigと同様にエクセレント・カンパニーやビジョナリー・カンパニーのような成功事例研究の問題点を指摘し、それらの研究から導かれるアドバイスの有用さは、寓話と同程度のものであって、「成功事例研究も、ハウツーを教えるマニュアルとしてではなく、インスピレーションを得る源、そして内省を促すものとして受け止めるべきである。そしてその価値は、文章を読むことにあるのではなく、行間を読み取ることにある。」としています(でも、運によって成功したとは言い切れない残りの3割に何か成功の秘密があるならそれを知りたいとは思いますが)。結局のところ、「本当にそうか?」と慎重に判断し、「なぜそうなのか?」を考えた上で納得できるものがあれば、その範囲で参考にする、という姿勢が重要なのでしょう。私自身にとっては、企業の業績を高める秘訣よりも、いかに研究マネジメントを行なうか、の参考にすることの方が重要ですので、この本で指摘されている問題点を認識した上で、利用できるところを利用すればよいのではないか、などと思っています。いずれにしてもためになる本でした。

 

 

文献1P. Rosenzweig(ローゼンツワイグ)、2007、桃井緑美子訳、「なぜビジネス書は間違うのか」、2008、日経BP
なぜビジネス書は間違うのか ハロー効果という妄想

文献2M.E. Raynor, M. Ahmed, A.D. Henderson, Diamond Harvard Business Review, (2009), No.8, p.12.

英語版要約はこちら
 上記による元になった記事(英語)はこちら

参考リンク

研究の管理と評価再考

ノート12で研究の運営管理について述べましたが、そこでは研究の運営管理は定型的に考えず、創造的に取り組む必要がある、ということを結論のような形にしました。これは、私が読んだ文献の範囲では、独創性の高い研究分野では研究を細かく管理することは好ましくない、という意見に納得させられる点が多く、また、研究の管理、評価のために提案されている手法が私の実務経験に照らしてあまり有効とは思えなかったためです。しかし、もし、有効な研究の管理、評価手法が存在するなら、あるいは、そうした手法を開発することができるなら、それは非常に大きな価値をもつだろうと期待していることも事実です。

 

そこで、私が接した意見の中で、効果的な研究管理手法の確立に最も近づいているように思われたDavilaらの考え方をまとめておきたいと思います[文献1p.257-292]Davilaらは適切な目標と、評価、インセンティブによってイノベーションから多くの成果が得られるとしています。特に重要だと思われる点は、イノベーションの種類をインクリメンタル・イノベーション(既存の製品やビジネス・プロセスに小さな改善を加えるイノベーション)と、ラディカル・イノベーション(新しい商品やサービスをまったく新しい方法で提供するイノベーション)[文献1p.73]に区別し、それぞれに適した管理の方法を提案している点でしょう。イノベーションによって管理のしかたを変えるべきであることは多くの人が述べていることですが、イノベーションを細かく分類することは実用的とは思えません。その点、2種類ならなんとかなりそうに思いますし、本質的な指摘も多いように思いました。また、「評価指標やインセンティブがないと、組織の抵抗勢力が自由にイノベーションや組織の変革を阻害できてしまう」とも述べている点も興味深く感じられます。

 

Davilaらは、上記の2種のイノベーションについて、望ましい目標設定の方法が次のように異なると述べています。

インクリメンタル・イノベーション

・具体的

・定量的(スケジュール、製品パフォーマンスなどを目標とすべき)

・現実的(明らかに達成できる目標を設定すべき。ハードルが高すぎるとモチベーションが低下し、目標を無視するか過剰投資してまで達成しようとする問題が発生する。)

・予算やコストが一定の範囲に収まるようにするなどの、損失回避型目標を厳しく設定する(これは、プロジェクト立て直しのゆとりが少ないからとしています。)

ラディカル・イノベーション

・大まか(マネージャーたちが柔軟に動ける大まかな目標になっていないと試行錯誤、新しいアイデアの受容といった自由度の高い動きができない。大まかな目標の方がチーム内外での建設的な議論が活発になる。)

・定性的(定量的目標に偏るとイノベーション事業の範囲が狭まり、必要な実験の機会も奪われる。)

・期待しやすい目標よりやや高めを目指すストレッチ目標を設定すべき(成功へのやる気を起こさせる、心に何か訴えるものが必要。高めの目標の方が、人が議論や探索、実験、アイデアの交流促進が進む。)

・成功追求型目標とすべき(つまり、何を成功とするかは目標で決まるということ。これはラディカル・イノベーションは不確実性が高く、成功した時のリターンが多いからとしています。)

 

そして、その目標と実績を比較評価し、適切なインセンティブを与えるべきであるとしています。実績評価について注意すべき点としては以下のポイントを挙げています。

・主観的評価と客観的評価の使い分け:客観的評価のみでは、コントロール不可能な要因(自分たちの成功や失敗の結果とは言い切れない要因、例えば景気動向など)が増えて、結果が歪められる可能性があるので、主観的評価で補足が必要。ただし、評価者に公正な評価を下そうとする意欲があることが前提であり、評価者の判断能力が評価を左右するため、主観的評価は最良の方法にも最悪の方法にもなりうる、客観評価はそこそこの方法と言える。

・相対的評価と絶対的評価:社内外の他プロジェクトとの相対比較による評価は、破壊的競争(協力の欠如)を引き起こす可能性がある。

 

インセンティブについては以下のポイントを指摘しています。

インクリメンタル・イノベーション

・あらかじめインセンティブの内容を決めておき実績評価の結果を報奨につなげる制度化された報奨システムとし、目標と実績の比較から評価を算出することが効果的。

・特に、「短期間で結果が現れる」「組織全体に与える影響が少ない」「評価が簡単」「期待成果が記述しやすい」場合は、数式ベースの実績評価指標に基づいた現金支給式のインセンティブシステムが有効。

ラディカル・イノベーション

・プロジェクトの成果が出た後に功績を認定して報奨を与えるのが効果的。目標が明確でなく途中で頻繁に変わるため、功績を評価した方がよい。

・長期報酬と主観的評価を軸にしたインセンティブシステムにすべき。功績に対する周りからの評価が大きな意味をもつ。プロジェクトが成功しなくても、リスクテイク行動が報われたと思えることが必要。成功したときはプロジェクトが生んだ価値の応分の対価を受け取ったと実感できることが必要。

・ラディカル・イノベーションには内発的動機づけが重要とされるが、外的報奨が内発的動機づけを低下させることは1950年代に明らかにされている。目標を達成したら金銭的報奨を与えると約束しても、創造的活動にはあまり意味がない。それで仕事そのものが面白くなるわけではないし、場合によっては、エサで釣っているというネガティブな印象を生むこともある。

両方のイノベーションに関係して注意すべき点

・チームと個人の評価のバランスをとることが必要。例えば、数式ベースのチームインセンティブを設定し、個人の実績評価やインセンティブで補うのが一般的。

・間違った行動に報奨を与えてしまうことがしばしばある。金銭的報奨の力が強いと組織の目的に反した危険な力を活性化してしまう。業績給ばかりでは、マネージャーがリスクを避けるようになり、インクリメンタルな研究ばかりになる。

・スケジュール達成を目的とするプランニングと報奨は、実行ベースを加速する手段としては有効でない、という意見もある。

・失敗した際に経済的、社会的制裁が加えられることが予想されると、リスクをとることが敬遠される恐れがある。

 

Davilaらの著書においては、こうした評価やインセンティブ設定の具体的な方法についても述べられているのですが、残念ながらその方法は実用的には十分なものではないように思います。しかし、上記の指摘は、イノベーションの性格から考えてももっともな意見が多いと言えるのではないでしょうか。研究の管理、評価、インセンティブの問題は難しい問題ではありますが、研究開発活動の特性を多面的に考えていくことによって、少しずつ理想の方法に近付けるのではないかと思います。

 

 

文献1Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.


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