研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2010年10月

動的平衡

「動的平衡」という言葉を最近よく目にするようになりました。生物学者、福岡伸一さんにより有名なった言葉のようなので、話題の著書「動的平衡」[文献1]の感想を書いておきたいと思います。


「動的平衡」とは何なのか。「生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新されつづけている」。「だから、私たちの身体は分子的な実体としては、数ヵ月前の自分とはまったく別物になっている」「その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。」。つまり、「生命とは動的な平衡状態にあるシステム」であって、生命は「構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす『効果』である。」。その結果、「サスティナブルは、動きながら常に分解と再生を繰り返し、自分を作り替えている。それゆえに環境の変化に対応でき、また自分の傷を癒すことができる。」[文献1p.231-233]、とされています。

このように、構成している実体が変化しても、全体として形や機能に変化がなかったり、変化がないように見えたりすることは、いろいろな場面で出会うことだと思います。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず(方丈記)」もそうかもしれませんし、企業も含めて、組織を構成するメンバーが入れ替わっても組織の機能や文化が一定に保たれるというようなことも、こうした生命現象のアナロジーとして考えられるかもしれません。いろいろな問題をそのような観点から捉えることは、物事の本質に対する見る目が深くなるでしょうし、物の見方を変えて面白いアイデアを引き出すことにも役立つかもしれない、という意味で「動的平衡」という言葉が注目されているのだと思います。

マネジメントの分野でも、組織の方向をコントロールするために個人にどのようなことを期待するか、メンバーの入れ替えを前提として組織の機能と文化をどう維持すればよいか、新たなメンバーを組織に組み込んでその能力を組織の目的にあった方向に発揮させるにはどうしたらよいか、組織を変革したいとしてもそこで新たな平衡状態を構築できなければその組織は生きながらえないのではないか、技術伝承はどうあるべきかなど、考えさせられる点は多いと思います。しかし、所詮はアナロジーですから、考えるきっかけにはなっても解決策を提示するものでないことは認識しておかなければならないでしょう。

ただ、この本の「動的平衡」についての記述が物足りないことはやや残念でした(全8章のうち動的平衡について述べられているのは最後の章のみです)。同じ著者による「生物と無生物のあいだ」[文献2]の方が「動的平衡」については詳しく述べられています。「動的平衡」以外には(著者は「動的平衡」と関連のある話題と考えておられるのでしょうが)、この本では生物学を取り巻く様々な話題が取り上げられていて、それはそれなりに面白いのですが、ロハス的な考え方が重視されているように思いました。遺伝子組み換え食品についても否定的ですし、動的平衡状態を崩すような人為的操作は好ましくない、とも述べられているようで、そうした点はやや短絡的な考え方のように私には思われます。そもそもこの本は「ソトコト」という雑誌の連載をまとめたものなので、雑誌の性格もあるのかもしれません。また、この本の内容については注意すべき点もあるようです。「動的平衡」という言葉自体および、著者のその言葉の使い方が科学的に正しくないという批判があるようですし(科学の用語としては「定常状態」と呼ぶ方が正確なようです)、記述内容や推論の科学的な正確さについても異論がありますので[文献3,4,5,6]、著者の主張についてきちんと考える場合にはそうした点も考慮すべきでしょう。

そうした問題点を感じはするのですが、ただ物語として読む分には読みやすく面白い本だと思いました。科学的な内容を面白くわかりやすく伝えることは容易なことではないと思いますので、著者のそうした面への功績は大きいと思います。また、多くの人々がこうした科学風の話題(必ずしも科学的に正しいことを意味しませんが)やその雰囲気を好感をもって受け入れているらしいことも示唆に富むことなのかもしれません。科学的な考え方のアナロジーを異なる分野に適用してみることは、技術者、研究者にとっては面白いことであり、技術から離れた分野で仕事をされている方にとっては、新たな発想の源にもなるかもしれません。この本に述べられた「動的平衡」の考え方でどんなことでも説明できると本気で信じている人もいないと思いますので、議論の限界に十分注意したうえで、アナロジーを楽しむという読み方をすればよいのではないかと思いました。話題づくり、という点からは面白い本だったといえるでしょう。

 


文献1:福岡伸一、「動的平衡」、木楽舎、2009.

動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
文献2:福岡伸一、「生物と無生物のあいだ」、講談社、2007.

文献3:ブログ記事「福岡伸一批判 「生物と無生物のあいだ」を中心に(2)

http://a-gemini.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/2_065a.html
「生物と無生物のあいだ」批判を振り返る

http://a-gemini.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-9b58.html <2012.2.19つながりません>
文献4:八代嘉美「科学者が発言するということ」SYNODOS JOURNAL

http://synodos.livedoor.biz/archives/1532869.html
文献5Y. Horiucciさんのブログより、「福岡ハカセ、そしてライアル・ワトソン」

http://soitgoes.blog110.fc2.com/blog-entry-549.html
文献6:ウィキペディア「動的平衡」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E7%9A%84%E5%B9%B3%E8%A1%A1


参考リンク<2011.8.14追加>
 

 

 


 


 


 


創造性を引き出すしくみ

研究開発には様々な段階があり、何もないところから何かを生み出すことが必要な段階もあれば、それを育てて製品化し収益を挙げるようにする過程での様々な問題解決が求められる段階もあると思います(大雑把すぎる区分ですが)。しかし、どちらの場合にも従来にないことを生み出していくこと、すなわち「創造性」が必要とされるというのは一般的に認識されていることでしょう。

 

どうしたらそのような「創造性」をひきだすことができるかについては、様々な提案がなされています。そうした提案について、個人の関わり方の観点から大きくわけると、

・個人レベルでの創造性発揮(発想法など)

・集団レベルでの創造性発揮(他人の知識との接触や交流、相互刺激による発想など)

となると思います。このうち、マネジメントに強く関係しているのが、後者でしょう。

 

集団レベルでの創造性発揮については、ブレーンストーミングやKJ法による集団でのアイデア抽出技法がまず思い起こされるでしょうが、マネジメントの観点からは野中らによる組織的知識創造が重要と思われます。これは、以下の4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされているものです(SECIモデル)[文献1p.90-109]。(一部は、ノート14でも述べました)

1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する

2、表出化:暗黙知から形式知を創造する

3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する

4、内面化:形式知から暗黙知を創造する

 

そして、この知識創造プロセスを促進するために、以下の役割を持つ人々で構成される「ナレッジ・クリエイティング・クルー」の設置が提案されています[文献1p.227-238]

・ナレッジ・プラクティショナー:暗黙知と形式知の両方を蓄積し創造する。ナレッジ・オペレーター(経験に基づいて体系化された技能の形で豊かな暗黙知を蓄積・創造する。ほとんどは第一線社員やラインマネジャー。)とナレッジ・スペシャリスト(伝達可能で量的なデータの形できちんと構造化された形式知を扱う。)からなる。

・ナレッジ・エンジニア:暗黙知を形式知に、形式知を暗黙知に変換し、上記4つの知識変換プロセスを促進する。一般に、ミドルマネジャーとして、トップと第一線をつなぐ。

・ナレッジ・オフィサー:企業全体レベルでの組織的知識創造プロセスのマネジメントを行なう。一般にはトップマネジャーで、会社の知識創造活動に方向性を与える。

 

このような集団の創造性を引き出すしくみは、知識創造の原理に基づいた方法として概念的には理解できるものの、実務的な立場からすると具体的にどうすればよいのかがわかりにくいように思われます。恐らくは、何らかの目標をもったプロジェクトを進めるためにそれなりの組織体制を構築する場合には有効だと言えるのでしょうが、萌芽段階の研究にとっては必要とされる組織が大きすぎるようにも思いますし、この方法が研究開発におけるあらゆる場面で有効なのかどうか、創発的戦略(ノート12)にもこの方法で対応できるのかどうかはよくわかりません。また、研究グループを率いるミドルマネジャーだけの力では実行しにくいと思われることも難しい点だと思います。

 

しかし、この理論を以下のように非常に単純化した形で捉えると、応用が開けてくるように思います。

・個人が持つ知識は、他の知識と出会うことによって、新たな知識を生み出す(=創造の)可能性がある

・組織的知識創造には、個人の知識と別の個人(あるいは組織)の知識が出会うことが効果的

・個人の暗黙知はそのままでは他の暗黙知と交流することが困難なので、形式知化する必要がある

・知識の出会いによって創造された新たな知識には、正しいものも正しくないものもあり、断片的でまとまりのないものだったりするので評価、整理を行なう必要がある(集団による多様なチェックを経て評価、整理し、体系的な形式知を創造することが必要)

・正しいことが確認され、まとめられた新たな知識は個人の頭のなかに蓄えられ、次の発想の原点となる

 

このように考えると、創造のためにまず重要なのは知識の出会いであると言えるのではないでしょうか。こうした知識の出会いを作ることが集団による創造性発揮の基本ではないかと思われます。しかし、知識の出会いの場を広げていくことは実際にはそう易しいことではありません。これは、情報の交流は同類性の高い人々の間では活発になるが、同類性の高い人々は同じような情報しか持っていないことが多く、イノベーションに役立つ異類的な情報を入手するのには困難が伴う[文献2p.334]ことがその理由ではないでしょうか。情報の交流を活発化させるため、例えば、アイデア提案制度や、失敗事例の収集、知識のデータベース化など、個人の暗黙知や経験を表出化して集団で活用できるようにしようとする試みはいろいろとなされているようですが、ノート14にも述べたとおり、こうした試みは必ずしもうまくいっていないのが現実のようです。

 

従って、情報の交流による創造性の発揮を期待するならば、情報交流を促進するための仕組みとともにその仕組みを活性化する努力が必要になるのではないかと思われます。野中らが述べている組織的知識創造の仕組みの中では、ある目的のためにチームが編成されたり、チーム同士の協力が奨励されたりすることが効果的に作用していると言えるでしょう。これは単なる仕組みだけでなくその中に仕組みを活性化させる要因(例えば、特定の目的を達成するためにいろいろな人が協力しようとする共通認識やそれを推進するマネジャーの存在)があったのではないかと思われます。これに対し、そのような目的が希薄である(例えばテーマ探索、アイデア出し段階など)場合には、情報の交流には特別な努力が必要なのではないでしょうか。つまり、知識やアイデアを表出化し、形式知として情報交換できるようにする体制を作るとともに、例えば組織のゲートキーパーを結びつけるような制度や、情報交流の媒介をする担当者を置くことなどの施策を設けて情報交流の努力を行ない、その仕組みを活性化することが必要と考えます。

 

創造性を引き出すことを狙った仕組みを作ることは、例えて言えば、コーヒーに砂糖を入れるようなものではないでしょうか。砂糖を入れただけではいくら待ってもコーヒーはほとんど甘くなりません。誰かがかき混ぜるという努力を行なわなければ目的は果たせないでしょう。もし、水と油の混合によって発生するイノベーションに期待するなら、かき混ぜる努力は継続的に行なう必要があるはずです。

 

多角的な経営を行なっている企業の中には、それぞれの専門分野の知識を融合して、相乗効果(シナジー)を期待することもあると思いますし、「総合力」という名目で多面的な能力をアピールし、その成果を期待することもあると思います。しかし、丹羽の指摘のように、総合力の発揮によって成果を得ることはかなり難しい、というのが現実のようです[文献3p.94]。おそらく原理的には、異なる知識の出会いによる新たなイノベーションの創出に期待することは間違っていないと思いますが、マネジメントの方法にはまだまだ工夫が必要ということではないでしょうか。創造性を引き出す仕組みづくりとともに、その仕組みを活性化し、創造性を発揮させる努力を継続することが求められているのだと思います。

 

 

文献1Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献3:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.

 

関連記事:「『イノベーションの知恵』(野中郁次郎、勝見明著)感想」<2011.8.14リンク追加> 

リバース・イノベーション(DHBR2010年論文より)

 最近、リバース・イノベーションという考え方が話題になっているようです。今回は、ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー20101月号に発表された「GEリバース・イノベーション戦略」という記事[文献1]に基づいてその意味を考えてみたいと思います。なお、原論文は200910月号に発表[文献2]されており、その記事の抄訳が村永氏のブログに紹介されています[文献3]

 

リバース・イノベーション戦略とはひとことで言えば「新興国で製品開発し、これを先進国に展開する」イノベーションのやり方です。これは、今までグローバル企業が行なってきた新製品の開発の方法、すなわち、「先進国で製品開発し、これを各地域仕様にマイナー修正を施して、グローバルに販売する」やり方とは正反対のアプローチということになります。GEは、「GEの各事業が今後10年を生き残り好業績を得る」ために、「新興国で成功することは先進国で勝ち残るための必要条件」と考えてリバース・イノベーションを推進しているとのことで、この記事ではその成功事例と考え方が述べられています。

 

「リバース・イノベーションとは何か」と題するGovindarajan教授(共著者)のblog記事[文献4]には、アメリカの多国籍企業の新興市場に対するアプローチの変化が以下のようにまとめられています。

フェーズ1:グローバリゼーション-自国で開発した商品を世界に販売する。

フェーズ2:グローカリゼーション-商品は自国開発だが、新興国の市場に合わせて製品を修正する。

フェーズ3:ローカルイノベーション(リバースイノベーションの前半)-ローカルマーケットのための製品をその国で開発する。多国籍企業はその開発を支援する。

フェーズ4:リバースイノベーション-新興国で開発された製品を世界に販売する。

この、フェーズ34の段階を合わせたものがリバース・イノベーション、というわけです。

 

このようなリバース・イノベーションがなぜ必要とされるかは以下の点に集約されます。

・新興市場は先進国と同じようには発展しない。進んだ技術を一気に導入することもあるし、所得が低いため、超低価格でそれなりの性能の製品でよい場合もある。また、インフラや課題が異なるためニーズも異なる。

・新興国のニーズに対応した製品を作っても先進国では売れないというのは思いこみで、技術は進歩するし、そうした製品でも先進国で独自の市場を築く可能性がある。

・新興国でイノベーションを行なわなければ、新興国のライバル企業に先を越される可能性がある。

 

このような認識のもと、GEGEヘルスケア)はインドと中国において、その国向けの新製品を開発するチーム(ローカル・グロース・チーム:LGT)を立ち上げました。例えば、中国では、大型の高性能超音波診断装置が高価で売れないため、ポータブルな超音波診断装置の開発が進められました。GEの世界ネットワークの支援のもと、ハイエンド品の15%の価格に抑えられた中国開発品は(もちろん高性能ではありませんが)中国の農村部の診療所にも普及していき、さらに、アメリカでも可搬性が欠かせない事故現場や狭い場所での利用を目的として新たな市場を開拓しているといいます。

 

このような成功は、新興国において開発に適した組織をつくり、適切にマネジメントを行なった結果としてもたらされたものと考えられます。開発にあたったローカル・グロース・チームのマネジメント5原則を見てみましょう。

1、成長が見込める地域に権限を移転する。独自の戦略、組織、製品を開発する権限を持たせる。

2、ゼロから新製品を開発する。先進国向け製品のカスタマイズではない(もちろん、これまでの研究成果の活用はなされている)。

3、ローカル・グロース・チームは新会社と同じくゼロから立ち上げる。従来グローカリゼーションを支えた組織にはこだわらずゼロから組織を設計する。

4、独自の目的、目標、評価基準を設定する。既存事業の基準に合わせるのではなく、地域の状況にあった基準にする。

5、経営陣はローカル・グロース・チームを直属に置く。ローカル・グロース・チーム(LGT)は経営陣の強力な支援がなければ成功しない。また、LGTを監督するビジネスリーダーには、LGTとグローバル事業の対立の仲裁、LGTがグローバルR&Dセンターなどの資源を使えるようにする、LGTが開発したイノベーションを先進国に導入する際に支援に回る、という役割が求められる。

 

ただ、GEでもこれらのローカル・グロース・チームがうまく機能して成果を挙げた例はまだ少ないようで、中国やインドにおける業務の中心は実際には先進国向けのプロジェクトが大部分だそうです。従って、こうしたイノベーションの進め方もまだ道半ばというところでしょうし、マネジメントの方法についても今後変わっていくのかもしれません。ただ、少なくともこうしたアプローチが成功を生んだ事例があるということは重要なことだと思われます。

 

以上が補足、感想を含めた記事の概要ですが、このリバース・イノベーションを考える上で、Christensenの「破壊的(disruptive)イノベーション」の考え方との関連は無視できないものと考えます。原著記事の題名も「How GE is disrupting itself(直訳すれば、「GEはいかに自身を破壊したか」、でしょうか)」と、disruptiveという言葉を使っていますし、Govindarajan教授もblogで「リバース・イノベーションは、常にではないが、破壊的イノベーションでありうる」[文献4]と述べていますので、著者もその関連を認識しているはずです。

 

破壊的イノベーションについてはノート4で紹介しましたが、ひとことで言えば、技術の進歩に伴い製品がオーバースペックになると、品質を落としてもその他の特性(安価、簡便、新たな応用など)に優れた製品が開発され、新興企業がその分野に進出すると既存企業が競争に負けてしまうことがある、というような種類のイノベーションと理解することができると思います。Christensenはこのようなイノベーションには、ローエンド型破壊(ハイスペックを求めない顧客に低価格製品を提供する)と、新市場型破壊(今までその製品を使っていなかった顧客に利便性や新たな特性を提供し新市場を創造する)の2種類があると述べていますが[文献5p.55]、この記事でとりあげられた事例はまさにこの両者にあてはまっているのではないでしょうか。

 

Christensenらは、このような破壊的イノベーションを進めるためには「破壊的技術はそれを求める顧客を持つ組織に任せる」[文献6p.143]、「企業が中核事業と異なる事業を成功裏に作り出すためには、十分な組織上の自立性が必要(単に独立したベンチャー企業を作ればよいというものではない)」[文献7p.288]、破壊的イノベーションを推進できる「価値基準」[文献5p.228]を持つこと、上級役員は、経営陣とチーム間のインターフェースおよびチームと他組織間のインターフェースを管理する必要があり[文献7p.288-295]、「破壊的事業を成功に導くために必要な資源のなかで、最も重要なものの一つが、上級役員が自ら行なう監督である」、「破壊的イノベーションは、実力のある上級役員が自ら直接関与しなければならない」、上級役員の役割は「持続的世界と破壊的世界の橋渡し」[文献5p.319-325]、と指摘していますが、これらはGEのローカル・グロース・チームの5原則と極めて類似していると思います。

 

このように考えると、GEのリバース・イノベーションは、破壊的イノベーションを起こすことを狙って計画的にマネジメントを行なったものなのかもしれません。だとすれば、研究開発の不確実性をいくぶんかでもコントロールして実績に結び付けたという点で、単なる成功事例以上の意味を含んでいるのではないかと思われます。言うまでもなく、この記事の共著者のImmelt氏はGEの会長兼CEOですので、村永氏も指摘するとおり[文献3]、この記事はGEの従業員に向けてのメッセージでもあると受け取れます。新たなイノベーションの方向に果敢に挑戦して成果を挙げつつあることのアピールとともに、今後のGEの研究開発のひとつの展開を宣言したものともいえるのでしょう。

 

 

文献1Immelt, J.R., Govindarajan, V., Trimble, C.、(ジェフリー・R・イメルト、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル)、関美和/訳、「GEリバース・イノベーション戦略」、Diamond Harvard Business Review, Jan.2010, p.123, (2010).

文献2Immelt, J.R., Govindarajan, V., Trimble, C., “How GE is disrupting itself”, Harvard Business Review, Mar.2001, p.51, (2001). Oct.2009, p.56, (2009).なお、原文はGovindarajan教授のblog[文献4]で読めます(blogには要約とコメントもついています)。<注:文献の巻、号、頁を間違えているのに気付きましたので修正しました。2011.4.24>

文献3http://d.hatena.ne.jp/muranaga/20091017/p1

文献4http://www.vijaygovindarajan.com/2009/10/what_is_reverse_innovation.htm

文献5Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献6Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献7Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.


参考リンク<2011.8.14追加>
上記文献へのリンクの他、イメルト氏インタビュー紹介、参考記事など。

<2012.11.25:「リバース・イノベーション」の本紹介の記事を書きましたので、この記事の題名に「(DHBR2010年論文より)」を追加しました。>

 

祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授

2010年のノーベル化学賞を共同受賞されたアメリカパーデュー大学の根岸英一特別教授が1996年に発表された、『発見の条件』と題した記事を見つけました[文献1]。この記事は学会誌の巻頭言として書かれたものですが、研究マネジメントを考える上で興味深い内容が含まれていると思いましたので、ご紹介させていただこうと思います。

 

この記事では、「発見の条件」、すなわち、どうやったら「発見」ができるかについて、ご自身の経験をもとに以下の10項目の要因が述べられています。

1、serendipityつまり運

2、新しく奇想天外ながらも正しい仮説

3、夢と目標

4、新分野、新天地のsystematic exploration:運を呼ぶ手がかりになる。残されたフロンティアの系統的探索が効果的。

5、正しい価値判断

6、やってみるというアクション:理論、仮説、実験、解釈を必要に応じて繰り返す行動力は誰にでもあるものではないらしいが、誰でも努力によって強化することはできるはず。

7、豊富な知識

8、豊富なアイデア:望ましくは20~30のアイデアを考えたところで最良案と思われるものをいくつか検討すればよいものにぶつかる確率も高くなる。アナロジーでもよいが、アナロジーは遠ければ遠いほどよい。

9、Needs思考:発想の出発点として重要。

10、optimism:オン・オフであっても試みつづけることが成功につながることがある。「こだわり」と呼んでもよい。

そして、最後に「上記10項目中いくつかは神頼み的なものもあり、天性に由来するものもあるだろう。しかし大部分のものは意志と努力があれば誰にでもできそうである。」と述べ、若者への激励で記事をしめくくっています。

 

巻頭言ということもあって、ごく簡単にしか触れられていない項目もありますが、興味深い指摘が含まれているのではないでしょうか。もちろん、ここで述べられているのは、基礎的な研究における「発見」についてですので、これがそのまま企業における研究開発に適用できるわけではないでしょう。しかし、たとえこれらの要因が根岸教授の研究分野と研究環境において経験的に導かれたものであったとしても、「発見」を可能にするための要因を整理した考え方として示唆に富んでいるのではないでしょうか。そこで、もう少し深く、研究マネジメントにおける上記要因の意義について考えてみたいと思います。

 

1のセレンディピティー、運については、根岸教授が発見の条件のトップにもってこられたことから考えても特に重要な要因であると考えてよいと思います(セレンディピティーについてはノート2ノート6でも触れました)。しかし、運まかせ、ということではありません。2~10の項目で、どうしたらその運に巡り合えるか、ということについてのヒントが語られています。

 

具体的に見てみましょう。2では「新しく奇想天外ながらも正しい仮説」と述べられています。もちろん、正しいかどうかは事前に知ることができませんので、正確には「新しく奇想天外ながらも、後で正しかったことがわかる仮説」が発見の条件と言えると思います。つまり、「新しく、できれば奇想天外な」仮説を持つことと、その仮説が「正しかった」と証明する努力の両方が必要と考えればよいと思います。

 

そうした仮説を得るためには、3、4、7、8、9が重要となるでしょう。どんな分野に狙いをつけるべきかについては3、4、9で述べられており、夢と目標を持ち(3)、誰もやっていない分野に挑戦してみるべきであること(4)、発想の出発点としてニーズを考えてみること(9)が述べられています。ここで興味深いのは、「夢と目標」と言っている点で、私は、夢と目標の両方が必要、という風に受け取りました。企業で与えられる業務目標に夢があるのかどうか、ちょっと気になります。4については、他人がやっていないことが基本になるわけですが、もちろんそれが成功するかどうかはわかりません。しかし、他人の動向を分析し(ノート3で少し触れました)、勇気をもって実行すれば、すでに他人がやったことや、他人がやるかもしれないことを追うよりは「発見」の可能性は高くなるでしょう。つづいて、実行するアイデアを決定する段階での注意点が7、8に述べられています。すなわち、豊富な知識(7)をベースとして数多くのアイデアを考え(8)、さらに再度豊富な知識を用いてその中から有望なものを抽出すべき(8)ということです。成功の確率が低ければ多くのアイデアを持つ必要があることは言うまでもないことのように思いますが、ともすると自分のアイデアにおぼれ、その成功確率を高く見積もってしまうことがあるのではないでしょうか。20~30のアイデアのうちからいくつか試してみる、という考え方は、絞り込むことで成功の確率を上げているだけではなく、思いついたアイデアをすぐに試すことよりも、試す前によく考え、アイデアを多面的に見ることも奨励しているのではないでしょうか。その対極にあるアプローチが、少ないアイデアを頼りにそれを成功させるべく計画を立てたり戦略を練ったりする方法であるとすれば、そうしたやり方とは一線を画すものと言ってよいでしょう。CollinsPorrasの言う「大量のものを試して、うまくいったものを残す」[文献2p.235-283]というアプローチと同じように思われます。なお、アイデアを考える段階ではアナロジーでもよいとしているのも興味深い指摘です。最初から独創的なアイデアだけを狙う必要はなく、はじめは他のアイデアと似たようなものでも、それを独創的な方向に発展させていけばよい、ということでしょう。

 

アイデア段階から進んで研究の実行段階で重要になるのは、5、6、10と考えられます。正しい価値判断(5)については、得られた実験結果を、それが予想通りのものであっても予想外のものであっても正しく評価する、ということの重要性を指摘したものと思われます。もちろん正しい評価には豊富な知識(7)が必要なことは言うまでもないですが、希望的観測に惑わされて判断を誤ってはいけないということも含んでいるように思います。やってみるというアクション(6)については、それが必要なことは言うまでもないことですが、実行が容易ではないこと、フィードバックの重要性についても触れられています。実行には研究者本人の努力も必要でしょうが、周りのサポートや環境の整備も必要と認識すべきなのかもしれません。10では、希望とこだわりを持って挑みつづけることの重要性が述べられていますが、オン・オフという表現が出てくるのが興味深いところです。これは、しばらくやってみて(オン)うまくいかなければ、一旦中止(オフ)するものの、また再開する、というアプローチのようで、単にずっとつづけて研究する、というのではなく、担当者を変え、おそらく手法も変えて挑みつづけることが成功につながることがある、ということのように思われます。トライする人が異なれば違った発想が可能でしょうし、前回の失敗から時間を置けば状況が変わって成功への道が開ける可能性もあると思います。単に過去に失敗したからといって再挑戦に否定的になりすぎてはいけないという点、自戒しなければいけないと思いました。

 

以上、非常に興味深い指摘を含んでいるのではないでしょうか。一般に、研究者がご自分の経験をもとに研究論、マネジメント論を述べられる場合、その経験がどういう分野でどういう狙いをもった研究から導かれたもので、それがどの程度効果を発揮したのかがはっきりわからず、その研究分野以外の人には評価が難しい場合が多いように思います。その意見にどの程度汎用性があるのか、その意見はその方の場合だけに言えることではないのか、といったことがわかりづらいものですが、この記事の場合は、根岸教授のご研究がどんなものかや、その成果のレベルはすでに報道などで明らかになっていますので、こうした意見から何を学べるのかも明確にしやすいように思います。大学と企業の違いを超えて学べる部分があると思いますがいかがでしょうか。

 

 

文献1:根岸英一、「発見の条件」、有機合成化学協会誌、vol.54No.1p.1(1996).

文献2Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.


参考リンク<2011.8.14追加>
文献1へのリンク、2011年元旦にNHKで放映された「発見の10項目」図へのリンク、Purdue大学根岸教授ページなど。<2011.12.4現在、文献へのリンクはなくなってしまいました。>

 

研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか

少し前に、研究者に対する金銭的報奨について考えてみました(こちら)。そこでは業績に対する金銭的報奨のあり方について述べましたが、金銭的報奨は他の報奨やインセンティブと結びついていることが多いため、それだけでモチベーションをコントロールできるとは限りません。そこで、ここでは金銭的報奨を活用するにあたって注意すべき点について考えてみたいと思います。

 

金銭的報奨を制度化し、活用するにあたって考えておくべき最も重要な点は、昇進(ポスト、職務)、資格とそれに伴う給与との関係でしょう。一般には、ポスト、役職と給与とは深く関係していますので、給与によって報奨を与えようとすると、同時にポストや役職を与えることになってしまう場合があります。しかし、「名選手かならずしも名監督ならず」という例えで広く認識されているとおり、実務適性とマネジメント適性は必ずしも一致しません。従って、成果への報奨としてポスト(そのポストに付随する高い給与)を与えることはあまり得策ではないはずです。

 

こうした問題に対し、職能と資格を分けて、資格によって給与を決め、資格とは別の基準でマネージャーなどの職能を決める人事体系をとる企業も多いようです。また、専門職制度により、マネージャー職務につかなくとも高い処遇を受けられるキャリアパスを設けることもよく行なわれています。しかし、実態としては、こうした制度があっても資格と職能が同じような基準で決められるようになってしまったり、暗黙のうちに専門職の地位が低く評価されるようになってしまったりで、その制度がモチベーションの向上に役立っていない場合も多いのではないでしょうか。結局のところ、成果を挙げればそれが評価され、その評価の結果としてマネージャーに昇進する、というキャリアパスになってしまい、マネージャー適性が成果を挙げられたかどうかで判断されてしまうことが多いように思います。

 

このような成果にもとづくマネージャー選抜は誤った方法であるという意見 [文献1]についてはノート11で紹介しました。それに加えて、研究者にとっては成果に対して昇進という報奨を与えることによってモチベーションやパフォーマンスが下がってしまう場合があることに注意が必要でしょう。

 

研究者がマネージャーへの昇進を望まない場合があることは、私の経験からもうなずけるところですし、様々な調査結果でも示されているようです。例えば、1996年の慶応義塾大学産業研究所による民間企業に働く研究者や技術者のアンケート調査では、研究管理職よりも高度研究専門職に就任したいという希望は多いとのことですし[文献2p.163]1988年~1990年に実施された日本生産性本部による技術者を対象とした調査でも、調査対象の64.7%が将来も研究開発の第一線で仕事を続けたいと回答し、研究開発管理者として仕事をしたいという回答(21.1%)を大きく上回っています[文献2p.244]

 

このように管理者への昇進を望まない理由としては、研究者のモチベーションに影響する因子に様々なものがあるためと考えられます。研究者のモチベーションに影響する因子を大きく分類すると、①研究自体に関する因子(テーマへの興味、知的好奇心、企業や社会への貢献の可能性、自らの能力開発への寄与、達成感、テーマに関する周囲の期待など)、②研究環境に関わる因子(自律性、自由度、予算、研究に集中できる度合い、給与外の待遇、人間関係、組織風土、自らの権限の範囲、身分保障、成果を挙げることへの周囲の期待、周囲のサポートなど)、③研究成果に基づく評価(金銭的報奨、給与、昇進昇格、社内での評価、名誉、学会やユーザーからの評価など)、のようになると思います。もちろんお金を貰って嫌がる人はいないと思いますし、職位が個人の成長を促すという側面もあると思いますが、研究者のインセンティブを考える場合には上記のような因子を考慮することが必要でしょう。

 

要するに注意すべきは、成果に対して給与を上げることを目的として研究者を安易に研究マネージャーに昇進させてはいけない、ということではないでしょうか。成果という過去の業績に対しては、金銭や名誉のみで報いる制度とし、マネージャーというポストを与えることは業績に報いるものではなく、あくまでマネージャーとしての将来の成果に期待して選考し、その給与は役職とは切り離して考えるべきではないか、ということです。

 

研究者は金銭的報酬だけで意欲を保っているわけではありません。しかし、金銭的報酬は衛生要因として作用しますし、現在の多くの評価制度では、評価されているかどうかが最もわかりやすい形で現れますのでその影響は大きく、重要視すべきであると考えられます。しかし、過去の成果に対する金銭的評価と、ある職位で成果を生み出すことへの期待とを混同してはいけない、ということは重要なポイントだと思います。マネージャーに対して与えられる報酬は、あくまで「期待料」であるべきであって、成果に対する報奨としてはいけないと思うのですが、いかがでしょうか。

 

 

文献1McCall, Jr. M.W.1998、モーガン・マッコール著、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.

文献2:福谷正信、「研究開発技術者の人事管理」、中央経済社、2007.

 

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ