研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2010年11月

「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」

イノベーティブな人材を育てる場として設立された「東大i.school」で、どんな活動が行なわれているかが書かれた本「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」[文献1]について考えてみたいと思います。先日の記事(イノベーションに必要な人材)で紹介したIDEOが指導している、ということで興味を持ちました。

 

まず、簡単に背景をご紹介します。東大i.schoolとは、東大の全学組織である「知の構造化センター」が実施する教育プログラムで[文献1p.143]、校舎があるわけでも学部や大学院があるわけでもなく、年に数回開かれる、数十時間の「ワークショップ」と「シンポジウム」だけがすべて[文献1、p.8]とのことです。この本では、その初年度(2009年度)に行なわれたワークショップの内容が紹介されています。

 

i.schoolのエグゼクティブ・ディレクターである堀井秀之教授によれば、知の構造化センターは、膨大な知識に対して知の構造化技術(情報や知識の間の関係性を抽出し、可視化する技術)を適用することにより、知的発見やイノベーション、問題解決、意思決定、人材育成に役立てるための方法論を構築することを目的として2007年から活動を行なっているそうです。i.schoolでは、そこで開発されたツールをワークショップで利用することにより、イノベーションを生み出す力をより強力なものにすることを目指し、将来的には、i.schoolの活動自体を研究対象として、認知科学、知能工学、脳科学、組織学習論など、様々な視点からの研究材料を提供し、イノベーション・サイエンスと呼べるような研究領域を生み出すことも期待する、とされています[文献1p.142-146]ので、単なる教育目的だけのためのプログラムではない、ということになります。

 

i.schoolの具体的な目標は、「言われてみて初めて『確かにそれこそ解決するべき課題だ』と気付くような『目的』と、『こんな上手い方法があったのか』と人々をうならせるような『手段』を見つけ出す力を養うこと」[文献1p.132]、とのことです。つまり、i.schoolでは、新しいイノベーションの「目的」と、その目的を達成するための新しい「手段」を見つけるためにはどうしたらよいか、という方法の試行を行ないつつ、学生には新しいアイデアを生む達成感と成功体験を提供して、社会に出てからイノベーティブな成果を上げてほしい、ということ目指していることになるのでしょう。ただし、ここで目指しているものは「人間中心のイノベーション」が前提とのことですので、イノベーションのうち、「物」をどう扱うかや、自然科学における「発見」を目指すようなことは直接の検討対象とはしていないようです。つまり、「シーズ志向」よりは「ニーズ志向」の立場にたったアプローチが追究される場だと理解できます。

 

以上の立場に立って行なわれる「ワークショップ」では、イノベーションをつくるために具体的にどのようなことが取り上げられるのでしょうか。i.schoolのコアにある「イノベーションを導く道筋」は「あつめる」「ひきだす」「つくってみる」とされていますので、それぞれの段階でどのような手法が用いられているかを見ることにしたいと思います。

 

あつめる[文献1p.19-63]

イノベーションの最初のステップを「あつめる」という言葉でまとめています。次の6つの方法が提示されていますが、「ふつうでない情報を得るために、ふつうではない収集の仕方をしよう」というのが共通のスタンスとされています。

・観察する:IDEOの考え方では「人類学者」の仕事に相当します。なるべく極端な対象を選び、解釈は入れないようにすべき、とのことです。

・インタビューする:簡単な質問から始めて掘り下げていく、やってみせて、描いてみせてもらう、「もし~なら」という仮定の質問に答えてもらう、などがコツ。

・ケーススタディのための資料あつめ:書籍や雑誌、ウェブサイトなどからの情報を集める。できるだけ一次情報にあたり、出典を記録すべき。

・未来を洞察する材料を準備する:現在の情報から演繹的に未来像を描く(「未来イシュー」と呼ぶ)。

・未来の「兆し」をあつめる:みんなが納得できるような未来予測ではなく、未来に影響を与えそうな小さな事件や出来事を集める。これを「スキャニング・マテリアル」と呼ぶ。そしてその兆しを分類して帰納的に「社会変化仮説」をつくる。

・思いつくものを持ち寄る:「観察する」代わりに、各人の「視点」「印象」「イメージ」を持ち寄る。それを上位概念化して評価軸をつくる。

 

ひきだす[文献1p.64-98]

このステップでは、得られた情報を吟味し、思考を深め、アイデアを「つくってみる」ステップに引き渡すことを行ないます。「インテグレーティブ・シンキング」と呼ばれる考え方すなわち、(1)要素を抽出する、(2)要素どうしの関係性を分析する、(3)検討する、(4)決定する、の4ステップからなる考え方が基本です。具体的な方法としては以下の6点が述べられています。

・ダウンロード(経験共有)する:情報をチーム内で共有する。情報、経験を共有し、関連するものをまとめて上位概念化する。

・コレスポンデンス分析:統計学(多変量解析)の技法を用いて、ある現象なり概念なりを評価点に基づき2次元に整理し、グルーピングする。

・ブレインストーミング:ダウンロードにつづくプロセス。IDEOはダウンロードとブレインストーミングをつなぐプロセスとしてHMWHow Might We?-「どうすれば私たちは…することができるだろうか」)を重視している。チーム内で共有された情報、特に上位概念に対して、別の場面への適用を想定した疑問文をつくり、それに答えていくことで新たなアイデアを着想する。

・シンセシス(統合):ダウンロードによる問題群とブレインストーミングによるアイデア群を結びつけイノベーション創造の機会を可視化する。

・インパクト・ダイナミクス(強制発想):「あつめる」段階で得られた「未来イシュー」と「社会変化仮説」を強制的に組み合わせ、どのような事態が起こるかを想像する。

・ケーススタディ(事例研究):事例を分析して、類似した要素をまとめることにより、世の中にどういう手段が存在しているかを頭の中に入れ、目的に対してどのような手段が有効なのか予測する素地をつくる。

 

つくってみる[文献1p.99-114]

IDEOの考え方では、つくってみることによってアイデアのどこがまずいのか、どこがうまくいかないのかを早期に看破することができるといいます。つくったものにより、概念の共有がしやすくなることに加えて、「考えてはつくり、つくっては考える」というサイクルがもたらす効果も重要と考えられます。具体的につくってみるものは次のようなものです。

・絵にする:アイデアを図式化するためではなく、アイデアを「表現」するために絵にする。

・身近な材料でつくる:模型をつくる。

・ステークホルダーの関係性を図示する:デザインするものがサービスの場合に重要。

・シナリオをつくる:明確なユーザー像を設定し、自分たちのプロダクトやサービスがどのように利用されるかを検証する。

・寸劇(スキット)を演じる:実際にどう使われるか試してみる。

・事業計画書を書く:技術的実現性、経済的実現性を検討する。

 

そしてこのような活動を行なうにあたり、i.schoolでは作業に適した物理的空間の確保、アイスブレイク、多様なチームメンバーが重要とされ、環境づくりにも配慮がなされます[文献1p.115-129]

 

以上、本書の内容になるべく沿って、私なりに理解したポイントをまとめてみました。なお、手法の詳細については本書ではさらに詳しく説明されています(本書に関するブログ記事[文献2,3]も参考になると思います)。イノベーションを生み出すための方法として興味深いものもあれば、効果が疑問に思われるものもあるように思いますが、全体の方向性としては間違っていないのではないでしょうか。本書では新しいアイデアを生み出す思考法としてアブダクション(結果から原因を推定する、データから法則や理論を導くような推論)が重要視されていますが、本書で紹介された手法はいずれもアブダクションにある程度は有効な方法と言えるように思います。ただし、i.schoolはこうしたツールの有効性を判断し、改善していくことも目的のひとつとしていますので、細かな手法の評価は現段階ではあまり意味のあることではないでしょう。実際、2010年度のワークショップでは、ややアプローチが変わっているようで[文献4]、3つのステップが<Understanding><Creating><Realizing>と表現され、<Understanding>では、エスノグラフィー、フォーサイト、<Creating>ではシナリオ・ライティング、プロトタイピング、チーム・ビルディング、<Realizing>ではストラテジック・プランニング、エグゼキューション(製造・事業運営)、コミュニケーションという手法(活動)が使われる(実施される)ようです。

 

以上の状況を考えると、この本をイノベーションのハウツー本として読むことは適当でないのだろうと思います(もちろん、ハウツーとして役立つ点もありますので、有効だと思えれば使ってみればよいのですが)。ただ、手法の細かい評価はさておくとしても物足りない点もありました。特に、この本で述べられた手法は、何を開発しようとするのか、世の中のどんな問題点を革新しようとするのかを見つけ出す方法としてはあまり有効なアプローチでよいとは思えません(ある「目的」を達成するための「手段」についてのアイデアを得るためには有効な方法が多く示されていると思うのですが)。未来予測の手法に基づいて、これからの時代に必要となるイノベーションを考えよう、というこの本の意気込みは買いますし、それでうまくいく場合もあるかもしれませんが、イノベーションにはこの本でとりあげた以外のアプローチ、例えばシーズ志向、予測不可能な新市場創造型の破壊的イノベーション(ノート4)、真のセレンディピティー(ノート6)に基づくイノベーション、人間中心でないイノベーションなどもあるはずです。もちろん、ある種類のイノベーションにだけでも適用できる手法があれば有益には違いありませんが、未来予測までを狙うのは現実的でないように思われますので、今後の発展を待ちたいと思います。

 

i.school全体の活動について最も画期的だと思われる点は、このような教育プログラムを実施していることではないでしょうか。特に企業の立場から見ると、学生にこのような体験をさせることは非常に有意義だと思います。この本で述べられた手法はイノベーションのアイデア段階に着目していると考えられますが、アイデア段階の検討というのは、イノベーション実現のプロセスのなかでは「最も面白い」部分ということができると思います。これに対して、イノベーションを現実に適用するためには、泥臭い地道な仕事もこなす必要があります(というより、泥臭い仕事の方が分量は多いでしょう)。おそらく、学生さんが就職して組織の一員としてイノベーションに関わる際には泥臭い仕事を担当させられる可能性が高いでしょう。そうすると、そういう仕事をやっている間はなかなかイノベーションの面白さに触れる機会は少ないと思います。その結果、自らの創造的な能力を認識しないまま日々の仕事に流されてしまうこともあるように思います。ですから、アイデアを出して追求することの楽しさ、そういうことができる自分やチームの能力を認識する機会を就職する前に持つことは重要だと思うのです。「できる」ことがわかっており、「やり方」も知っていれば「やってみよう」という気にもなるのではないでしょうか。そういう機会を提供しているi.schoolのコンセプトは非常に得難いもので、そういう経験を持っていれば泥臭い仕事に対しても自由な発想でアイデアを出していくことが可能になるように思われます。また、大学に入るまでは「習う」ことが主体だった学問や技術との関わり方を、「創造する」という方向に転換するきっかけにもなるのではないかと思います。

 

もう一点興味深いのが、この試みが経営学やMOTの立場から行なわれているのではない点です。イノベーションに役立つ人材を育てるMOT教育という観点からみると、i.schoolのプログラムは欠陥だらけ、ということになるかもしれませんが、個別の専門を持った人材にMOTの考え方に触れる機会を提供する、という意味での意義は大きいと思います。イノベーションに役立つ人材とはどのような経験をし教育を受けた人材なのか、社会はどのような人材を求めているのか、という点についての検討も含め、「知の構造化」だけにとらわれないi.schoolの今後の発展を期待したいと思います。以上、私にとってこの本は個別の手法の解説よりも、イノベーション科学や新たな人材育成の可能性が感じられた点が印象的でした。

 

 

文献1:東京大学i.school編、「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」、早川書房、2010.

東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた
文献2:舘野泰一さんのブログ記事、「[書評]イノベーションの技法がちりばめられた教育プログラム!-東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」

http://www.tate-lab.net/mt/2010/06/todai-shiki.html

文献3:竹内慎也さんのブログ記事、「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」

http://ameblo.jp/1-class/entry-10552862934.html

文献4:東大i.schoolウェブサイトより「i.school3つのステップ」

http://ischool.t.u-tokyo.ac.jp/programs/outline

 

(参考)

・東京大学知の構造化センター

http://www.cks.u-tokyo.ac.jp/index.html

 
参考リンク<2011.8.14追加>

「科学との正しい付き合い方」感想 (科学者とそれ以外の人との付き合い方?について)

企業における技術者はもちろん科学を飯のタネにしているわけですが、科学というものを十分に理解しているとは言えない人や科学に対する考え方の異なる人と付き合うことも必要です。研究マネジメントにおいては、経営者であったりいわゆる事務屋さんであったり自分と異なる分野の技術屋さんであったりという人を相手に、企画説明、予算交渉、成果報告などを行なわなければなりません。さらに、製品を市場に出すためには技術系以外の関係者の協力が必要ですし、顧客も科学技術者ではないことも多いでしょう。

 

そんなことから、科学を専門外の人に伝えること、いわゆるサイエンスコミュニケーションは重要だと思っています。最近この分野で、内田麻理香著「科学との正しい付き合い方 疑うことから始めよう」[文献1]という本が話題になっていると聞きましたので読んでみました。その感想を書こうと思ったのですが、この本についてはすでに発売直後からネット上で多くの議論がなされている[例えば文献2-5]ようですので、企業の一研究者(元)の立場から感じた点に絞って書いてみたいと思います。

 

この本では初級編「科学によくある3つの誤解」、中級編「科学リテラシーは『疑う心』から、上級編「科学と付き合うための3つの視点」が述べられていますが、著者の主張は最後の「あとがき」に最もはっきりと書かれているように思いますので、その内容を簡単にまとめてみます[文献1p.269-275]

 

本書で伝えたかった3つの柱

1、科学技術は私たちの身の回りにあふれている:科学アレルギーの覆いを取り外してみれば、科学技術は意外とチャーミング。科学リテラシー(科学を理解し活用する能力)は科学的知識と科学的思考法に分けられる。科学的思考法の基本は「疑う心」。

2、今の科学技術と社会の関係は、ぎくしゃくしている:科学的リテラシーを伝えようとする活動は理系目線に立ったものになりがち。だからうまく伝わらないのではないか。

3、読者のみなさんに、科学技術の監視団になってほしい:ご意見番として理系だけに任せられない。それは、理系の人は、普通の感覚からかけ離れている、科学技術の無批判な応援団になりやすい、理系の人が科学的リテラシーの持ち主とは限らない、ことが理由。

そして、読者への願いとして、次の2点が書かれています。

1、科学技術を疑いつつも、あたたかい目で見守る監視団になっていただきたい。盲従でもなく忌避でもなくほどよい距離感で。科学技術の「これから」を助けてほしい。

2、科学技術に対してのアレルギーを払拭し、新しいモノサシを手にいれてほしい。そのモノサシは、即効性はないけれども、必ずあなたの幸せにつながるツールです。

 

そのためには、もっと多くの人に科学のことをわかってもらいたい。伝える側、つまり科学者やサイエンスコミュニケーターにも問題はあるが、世の中の科学とは直接関係ない人にも科学的知識や思考法を身につけてもらいたい(知識よりも思考法が重要と言っています)。科学的な思考法としては、疑うこと、答えが出せないことはペンディング(保留)にすること、「わからない」と潔くみとめること、人に聞くのを恥ずかしいと思わないこと、失敗から学ぶこと、を勧めています[文献1p.89-135]

 

これらの主張は至極まっとうだと思いますし、多くの人が科学的な知識や思考法を身につけてくれたら研究者もずいぶん仕事がしやすくなると思います(もちろん、人を騙すような商売はやりにくくなるでしょうが)。また私は、著者がサイエンスコミュニケーターとしてこうしたことを目指すことも基本的にはよいことだと思います。しかし、以上の指摘が現在の科学やサイエンスコミュニケーションの抱えている問題点のすべてだとか、解決すべき最も重要な課題であるかのように思われてしまうとしたらあまり好ましいこととは思われません。ネットで沸き起こった議論の中にもそうした指摘はあったと思いますので重複は避けますが、私の個人的な感想としては、「疑う」という視点に加え、「信じてみる」という視点も加えて欲しかったです。「本当にそうか?」という視点とともに、「本当だとしたらどうなるのか?」という視点です。私は、新しいものを生み出すためには、疑う心によるチェックを受けた上で確立された理論を使うだけではなく、未完成の仮説をとりあえず信じて突っ走ってみることも必要だと思っています。著者は、読者として想定している一般の人は疑うことが少なすぎるのではないか、という点が問題だと考えておられるということかもしれませんが、要は両者のバランスではないでしょうか。また、著者は「答えが出せないことはペンディングする」べき、とも言っていますが、企業の技術者は答えが出せなくても場合によっては行動できなくてはだめなこともあります。その場合にはやるリスクとやらないリスクを秤にかけるような考え方が必要になると思うのですが、本書ではそういう考え方に触れられていないのも残念でした。

 

もうひとつ感じた問題は言葉の使い方と事例の引き方が不用意、乱暴なように思われた点です。そもそも「科学が身近」という意味が最初は理解できませんでした。「科学は難しいものと思うかもしれませんが、実は知らないうちに身近なところで科学的に説明できる現象を利用しているんですよ」ということを言いたいのだと思いますが、科学というのは現象自体を指す言葉ではなく現象を説明したもの、だと思っているので、説明が身近ということ???、という感じでした。さらに、面白ネタとしてのエントロピー増大と部屋が散らかることの関係(これを冗談だとわかる人には何の問題もありませんが)を取り上げていることも誤解を招きやすいと思いましたし、科学を宗教に例えること(狂信者という表現までしています)、科学に興味のある人や科学を支援している人を「マニア」とひとくくりにしてしまうことなども効果的な例えや用語だとは思われませんでした。著者はこうした表現の方が科学から縁遠い人にはわかりやすいだろうと思って書いているのかもしれませんが、私は、このような強い語感を持つ言葉や人によって受け取り方に幅のある言葉を使った表現は無用の誤解を招いたり、書いてあることが感情的で非論理的なように受け取られる可能性が高いと思います。実際にネット上での議論が巻き起こっていますので、著者がそういう反応を期待して故意にこういう言葉を使ったのであれば(著者のブログには故意に使ったような記述があります[文献6])、それはそれでよいのかもしれませんが、著者の伝えたいことが正しく伝わっていないとすれば、結局著者が損をしていると思います。

 

会社でもいろいろな説明をする時に、こういう強い表現をする人がいます。確かに一部の人には受けはよかったりするのですが、往々にして本人が意図していないようなところで誰かの怒りを買ってしまったりして、結局本人の主張を正しく理解してもらえず、本来の目的を達することができなくなる場合があるように思います。リスクの高い作戦と言えるのではないでしょうか。

 

もう一点、本書の本質ではないかもしれませんが、2009年秋の事業仕分けにおける科学研究費の問題についての扱い方についてネット上で議論があるようですので、私の感想を述べておきたいと思います。本書のなかで、仕分け人の「2位ではだめなのか」という趣旨の発言に対して、科学研究費の削減に反対するべく「科学マニア」あるいは「科学の狂信者」たちが示威行動をしたように書かれている点です。

 

まず、「2位ではだめか」について、企業の立場からははっきりと言えることがあります。特許は2位では取得できません。だから、特許が必要な場合には1位でなければなりません。ただし、ビジネスの成功という観点からは技術的に1位である必要はありません。ビジネスでは技術も含めた総合力が問題になってきますので、2位、3位、下位なりの戦略がありえます。従って、この点については個別の案件について、1位を目指すこと、2位以下でよしとすることのメリット、デメリットを考えて判断すればよいはずです。目標を高く持つこと自体はよいことだと思いますが、1位、2位という議論とは別の問題だと私は思います。

 

科学者たちの行動については、事業仕分けを「交渉ごと」と考えると私にはそれほど違和感がありません(私も狂信者だと言われればそれまでですが)。今回は、仕分け人の方は支出を減らしたい、科学者側は予算がほしい、そういう交渉であると見れば、交渉の場において、相手側に圧力をかけることは戦略としてよくある行動なのではないでしょうか。権威者や有名人の発言で自らの主張をサポートしたり、怒りの姿勢を見せること、支持者が多いと見せること、世論をあおることもその行動の一環でしょう。さらに交渉の場面では自らの本音を隠したり、演技をしたり、ということもよくあることです。著者はその裏に疑う姿勢の不足と、科学の権威化、教条化を感じておられるようで、私も実際にそういう要素が皆無ではないとは思いますが、交渉の場における態度だけでその人々の考え方まで決めつけてしまうわけにはいかないと思います。また、交渉のやり方という点では、科学者側にも問題があったとも思います。今回の交渉は結局予算の額をいくらにするのかを話し合っているわけですから、妥協点を求めての話し合いとなるはずです。最初はお互い自分の主張をぶつけ合うとしても(そこのぶつかりあいばかり強調されてしまったようですが)、それは交渉の出発点であって、そこから妥協に向けて多くの場合は双方が歩み寄ることになります。科学者側でどのような妥協点を準備していたのか、例えば予算を効率的に使う工夫や努力の跡を示すなど、妥協を有利に導くような材料の準備があったのかは気になります(報道されないだけ、私が知らないだけかもしれませんが)。

 

今回の事業仕分けは税金の使い方を変えよう、ということが原点だったと思います。今までは、景気刺激の名目で、多少無駄な支出であってもそれが金回りをよくして景気刺激につながるという考え方に基づき、お金の使い方は細かく問われない側面があったかもしれません。企業でも、利益処分のために研究開発投資を行なうという考え方をする人がいます。研究に投資して黒字減らしをして(税金の支払いを減らし)、何か当たれば儲けもの、という考え方です。しかし、企業の収益が上がらず苦しい状況にある場合には、研究開発費を減らすというオプションは当然ありうるわけで、苦しくとも研究投資を維持するか、それとも研究投資も減らすべきか、というのはそのメリット、デメリットを多面的に検討した上での経営判断となります。また、研究部門でも少ない投資で大きな成果を挙げるような運営上の工夫が求められることになります。国の財政でも、現在の赤字状態を放置できないという立場から支出を減らしたいならば、科学技術に対する支出も当然検討対象になるべきだと思います。もちろん、現在の科学技術は過去の蓄積の上に成立していますので、その技術を一旦捨ててしまうと再び元の状態に戻すことは容易なことではありません(多大な再投資が必要ということです)。従って、技術を捨てることには慎重な判断が求められることになりますが、資金をなるべく効率的に使う工夫は、科学者の側にも求められるはずです。個人的には日本の研究支出はもう少し多くてもよいのではないかと思っていますので、遠慮をする必要はないと思いますが、税金の使い方を変えようという時代の変化があるならば、それに対応して科学者の側も変わらないといけないのではないかと思います。こうした変化は既得権を持っている人には厳しいことかもしれませんが、既得権を保持すること、失うことについても含めて総合的なメリット、デメリット(当然金銭的な話だけではなく)の判断が必要なのだと思います。

 

以上、この本と、この本がネット上で巻き起こした議論について感じたことを書いてみました。「強い」言葉を使った表現についてはあまり好ましく思えないと上に書きましたが、敵を作るリスクを冒しても言うべきことは言いたい、という著者の覚悟を感じさせる表現であったことも事実です(そういう意図がないなら単に不用意ということですが)。この本だけで科学に縁遠い人に著者の主張をうまく届けられるとは思いませんが、サイエンスコミュニケーターとしては活動を始めたばかりでしょうし、そのスキルはこれから磨かれていくと思います。世の中における科学の認知度を上げることは有意義なことだと私も思っていますし、著者はそれに貢献できる可能性のある人材だと思いますので、とりあえずは今後の活躍に期待して注目していきたいと思います。

 

 

文献1:内田麻理香著、「科学との正しい付き合い方 疑うことから始めよう」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2010.

科学との正しい付き合い方 (DIS+COVERサイエンス)
文献2:小飼弾さんのブログ記事、「将を射んとすればまず馬を - 書評に代えて - 科学との正しい付き合い方 -

http://agora-web.jp/archives/1002762.html

内容についてのコメント:「科学の成果物たる理論とのつきあい方を指南する本としては傑作とは言い難い」としながらも「『科学者を疑え』と言った点は画期的」と述べられている点、なるほど、です。

文献3:瀬名秀明さんのブログ記事、「科学との正しい付き合い方」

http://senahideaki.cocolog-nifty.com/book/2010/05/post-d4f8.html

内容についてのコメント:「物事を全体的にとらえ、それぞれを吟味し、総合的に判断したいと願う心」の一部にある疑う心をそれだけ取り出して論じるのはいびつな議論であるという点、また、科学者集団のふるまいは「仲間意識から生じる好奇心の歪み」が問題なのではないかという点、重要な指摘だと思います。

文献4Mochimasaさんのブログ記事、「『科学との正しい付き合い方』のダメなところ書評」

http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100429/1272558924

内容についてのコメント:本書中の不用意だと思うような記述についての批判があります。こういう批判を「難癖」と捉える人もいるとは思いますが、こういう受け取り方をされるリスクを本書の著者はどう考えていたのだろう、と思いました。

文献5:ブログ記事、「ゆるがせにすべきではないこと(「科学との正しい付き合い方」内田麻理香)」

http://schutsengel.blog.so-net.ne.jp/2010-05-03-2

内容についてのコメント:おそらく科学関係者ではない方の記事です。一部の表現にやはり違和感を持たれているようです。

文献6:著者ブログ記事、「新著「疑う力を阻害するもの『科学教の狂信が思考停止に』」」

http://ameblo.jp/marika-uchida/entry-10518383971.html


参考リンク<2011.8.14追加> 

 

 

 

 

技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗

イノベーションが企業の成長にとって不可欠のものであるとしても、イノベーションには負の側面もあるように思います。そのひとつとして既存技術を軽視してしまうことがあるのではないでしょうか。研究開発部門の役割についてノート5で考えたときに、研究開発部門の本来の役割が新規なことへの挑戦だとしても既存の技術基盤の確保も重要なのではないか、ということを述べました。技術力で定評のあった日本製品が意外な品質トラブルを起こす事例に接すると、その陰には技術基盤の弱体化があるのではないか、原因な何なのだろうかと考えることがあります。

 

もし、こうしたことが、新技術の追求によって加速されているのだとすれば、これはイノベーションの負の側面と言えるのではないでしょうか。もちろん、単純に製品に対する期待が高くなりすぎたため、とか、企業が大きくなったことによる意識の変化や管理上の問題という解釈もあるでしょう。しかし、既存事業において大きな成長が見込めなくなった現在、新技術やイノベーションに期待が集まることで新技術ばかりが注目され、既存事業では高効率化を目指して過度な合理化や省力化、技術のブラックボックス化などが行なわれがちであるような気がします。特に新興国の追い上げを受けている分野でこのような傾向が著しいように思うのですが、これでは新技術がうまくいくより先に既存技術の崩壊により足元をすくわれるのではないか、と思うことがあります。

 

イノベーションが本当にこうした負の側面をもつかどうかは議論のあるところでしょうが、新技術の開発と既存技術の維持のバランスが崩れていることがあるように思います。もちろん、既存分野を持たず、新製品の開発のみを目指す企業ではこのようなバランスを考えることは不要なのかもしれません。しかし、新製品が市場に出た後、さらに成長を続ける場合にはこうしたバランスが必要となるはずです。イノベーションを積極的に追求するとしても、それだけに集中していてはいけないのではないか、そうだとすればどのようにマネジメントすべきなのかについて考えてみたいと思います。

 

まず、イノベーションに注力しすぎて失敗した例を確認しておきましょう。Collinsの「ビジョナリーカンパニー③」には、ラバーメイドの衰退の例が述べられています。ラバーメイドはイノベーションによる成長を目指し、1日あたり1つの新製品発売を行ない、1年から1年半に一分野のペースで新しい製品分野に進出することを目標にしていたといいます。そしてそれを実行した結果、3年間で1000点近い新製品で窒息状態となり、原料コストの上昇による打撃も受けた結果、野心的な成長目標に追いまくられて、コスト管理や納期管理といった基本的な部分で失敗が目立つようになったといいます。Collinsはこうした例から「イノベーションは成長の原動力になるものの、イノベーションに熱狂していると、成長が速すぎて戦術面の卓越性を維持できなくなり、簡単に衰退の段階を下る」と結論づけています[文献1p.89-91]Leonard-Bartonも「コア・ケイパビリティがコア・リジディティになってしまう最も一般的な理由は的を撃ちすぎることである。つまり、よいことはもっとたくさんすれば、もっとよいだろうという単純な考えに陥ってしまう」「それまで利益をもたらしていた活動もいきすぎると、成功の妨げになってしまう。」[文献2p.49]と述べていますので、イノベーションがよいものであっても、それに集中していれば問題ない、という考え方は単純すぎるように思われます。

 

もちろん業種によって事情は違うでしょうし、中には3Mのように、各部門において売上の30%を過去4年間に発売された新商品と新サービスであげるようにすることを目標[文献3p.263]にしてもうまく経営できている企業もありますから、こうした目標自体が問題であるとは言えないでしょう。要はバランスを考えることと、実力に応じてイノベーションの進め方をいかにうまくマネジメントするか、ということに帰結することになるのだと思います。

 

上記のような研究開発マネジメントの失敗を避けるためには、まず組織の面でイノベーション組織を過度に持ちあげすぎないことが重要だと思います。研究に対しては将来の収益源という観点から期待が大きいのも事実ですし、研究部隊は高度な専門性を持つことが多いものですが、現在の収益の点では研究段階での寄与は小さいのが普通でしょう。従って、研究への期待の大きさが強調されすぎると、実績をあげながら相対的に期待の小さな既存部署の意欲は下がりますし、既存分野では優秀な人材を集めにくくなる可能性もあります。また、研究部隊の中でも革新的で注目されやすい分野と、既存技術や補助的技術に近く注目されにくい分野とがありますので、そのバランスをとることも重要になるでしょう。ともすると、研究開発はその初期のアイデア段階が着目されがちですが、実際にはアイデアを収益に結び付けるために設計や製造、マーケティングなどの部署と協働することが不可欠です。そうした部署の協力を確実なものとするためにもバランスのとれたマネジメントは重要なはずです。研究に対する期待が過小なためにうまくいかない場合もあるでしょうが、いずれにしても企業の戦略に合わせて各部署で最高のパフォーマンスが発揮できるようなマネジメントが必要と言えるのではないでしょうか。

 

人の配置という観点からは、ある個人にどのような経験をどのように与えるか、という視点と、ある組織にどのような人を何人ぐらい置くべきか、という視点から考える必要があるでしょう。個人の観点から重要なことは、専門性の育成にはある時間がかかることだと思います。知識を学び、使用することで暗黙知を得るためには少なくとも10年程度はかかると言われていますので、そうした専門家となるべき人材については専門の部署において長期間の経験をさせ、それに加えて短期のプロジェクトや異動によって様々な経験を積ませるのが望ましいと考えます。一方、ゼネラリストを育成するためにいろいろな部署へのローテーションを行なうべきであるという考え方もありますが、私は技術者は基本的にはT型人間、つまり、少なくともひとつの分野での深い知識と、様々な分野への理解を併せ持つ人間であることが望ましいという意見[例えば文献5p.85]に賛成です。これは科学の発達とともに技術が深くなってきた結果、多くのことに精通することが困難になってきたため、なんでも屋のような人材の活躍の場が減ってきているように思われるためです。

 

ある分野の専門家を何人ぐらい確保すべきか、という点については、専門家の育成方法からその人数を決めることができると思います。専門を育成する、ということは書物や授業から得られる知識に加えて教師の暗黙知を生徒に伝え、実地に経験を積ませることと同義であると考えることができるでしょう。暗黙知を伝えるためにはどうしても人対人の接触が必要になりますので、ある専門分野には最低2人いないと技術が受け継がれていかないことになります。しかし、人対人であっても年齢や経験が離れすぎてしまうと、先生と生徒というより上司と部下という関係になってしまい、指導よりは指示になってしまいやすいですし、人数が少なすぎるとT型人間に育てるべく他部署での経験を積ませるための異動の自由度も下がってしまうと考えられます。したがって、同一専門分野で3人(10歳程度の年齢差で)、というのが最低限の人数と思われます。言い方を変えれば、同一分野で3人置くことができないような分野であれば、その技術を保有することはあきらめなければならないのではないかと思います。優れた暗黙知を持っていなければ、あるいはその継承ができなければ、その技術はその企業にとっていずれは消え去る運命にある、ということになるのでしょう。

 

専門的な技術というものは暗黙知という形で人に付随しているものだとすると、技術を担保するということは人を担保するということとも言えるでしょう。時代の変化とともに、ある企業にとって必要とされる技術は変わりますので、あらゆる既存の技術を伝承していく必要はありませんが、少なくとも、現在収益源になっている技術、強みとして保有している技術であればその暗黙知を伝承しないことは損失ではないでしょうか。「選択と集中」は重要な概念としてよくとりあげられますが、新技術か既存技術かという選択は得策であるとは思われません。それは、新技術であっても基盤が既存技術にあることが多いことに加えて、選択されずに一度放棄した技術はなかなか元に戻すことができないからです。社外の能力を活用して自社の技術を補うという考え方も当然ありますが、社外の技術が自社以上の暗黙知を保有しているのか、その暗黙知を自社内にうまく移転できるのか、と考えると、技術を捨てること、つまり、獲得が難しい暗黙知を捨てることについては慎重な判断が求められると思います。暗黙知と同様の概念としてディープスマートを定義しているLeonardは、次のように言っています。「ディープスマートは暗黙のものなので他人に移転するのが難しい。移転が困難だからこそ、ディープスマートは競争の武器になる」[文献4p.296]

 

以上、イノベーションの裏にかくれた技術の維持、伝承という問題について考えてみました。技術的なフロントランナーになろうとする努力だけでなく、その地位を維持しようとする努力もイノベーションには必須の要因ではないかと思います。

 

 

文献1Collins, J., 2009、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、日経BP社、2010.

文献2Leonard-Barton, D., 1995、ドロシー・レオナルド著、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献3Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献4Leonard, D., Swap, W., 2005、ドロシー・レナード、ウォルター・スワップ著、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献5Tom Kelly, Jonathan Littman2005、トム・ケリー、ジョナサン・リットマン著、鈴木主税訳、「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」、早川書房、2006.

 

 

 

 

 

イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」

ノート8で研究者の適性と配置について書いたときにKellyの考え方について少しだけ触れましたが、そこで引用したKellyの著書[文献1]にはかなり興味深いことが述べられていますので、その内容をレビューし、感想をまとめておきたいと思います。

 

とりあげる著書は、トム・ケリー、ジョナサン・リットマン著、鈴木主税訳、「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」です。原著の表題は「The Ten Faces of Innovation」、副題は「IDEO’s strategies for beating the devil’s advocate & driving creativity throughout your organization」、訳せば、天邪鬼を打ち負かし、組織の創造性を高めるためのIDEOの戦略、というところでしょうか。仕事を進める上での天邪鬼というとイメージがはっきりしないかもしれませんが、アイデアに対して建設的でない批判をする人、すなわち、自分の本当の意見があっての批判ではなく、アイデアをけなすのが好きなだけのような人のことを想定しているようです。著者は、こうした批判が出ると他の人もそのアイデアに対し悲観的な見方をするようになり、多くの有望なアイデアが芽のうちに潰されてしまうことになると述べています[文献1p.8-14]

 

本書では、そうした天邪鬼に対抗し組織の創造性を高めるための10種類の人材について述べられています。ただしそこで挙げられている人材の特徴は、個人の性格や特性といったものではなく、「人が演じられる役柄、引き受けられる役目、採用できるキャラクター」「人を中心とした10個のツール」「イノベーションを進める才能」とされています。この考え方により、先端的なデザイン会社IDEOでは「チームがさまざまな視点を表現でき、従来よりも幅広い革新的なソリューションを生み出せることを発見してきた」といい、技術者やマーケティング担当者といった伝統的なカテゴリーではなく、「これらの新しい役柄が新世代のイノベーターに力を与える。これらの役柄を演じることで、各個人が社会環境とチームの業績に独自の貢献を果たせるようになる」と言っています[文献1p.13-14]

 

すなわち、ここでの10の人材の概念は単なる業務分担ではなく、ある仕事に適した個性や性格でもなく、役割とでも言えるようなものだと思います。そして、こうした役割は誰でも引き受けられ、演じ分けることもできる、としています[文献1p.19]。こうした人材に対する考え方は従来のマネジメントにおける人の扱い方とは少し異なるものだと思うのですが、どうでしょうか。原著ではpersonaという言葉が用いられていて、手元の辞書によると「人、(劇、小説などの)登場人物、(ユング心理学で)ペルソナ、仮面」(大修館、Genius)となっているので、私は「登場人物」という概念が近いのではないかと思います。

 

その10の役割について以下で見ていきたいと思いますが、それぞれの意味するところには多様な受け取り方がありそうです。実際、この本を取り上げたブログなどをいくつか見てみた範囲でも、その筆者によってまとめ方は同じではありません(例えば[文献2(本書の中の要約に近いと思います)][文献3])。この本の中では10の役割についてそれぞれ1章を割いて詳細に書かれているので、全体を読むとなんとなくその役割がわかった気になるのですが、その概念を一言で説明しようとすると難しくなるのだと思います。また、10の役割自体もはっきりと区分けができるものなのかどうかが曖昧なようにも感じられるので、うまく要約すること自体困難なのかもしれませんが、この本に関するホームページ[文献4]では、その役割が本書より少し詳しくまとめられているようですので、ここではホームページに記載の内容の翻訳を試みてみます。なお、下記の情報収集の役割、土台をつくる役割、実現する役割の説明は本とホームページで大きな差はないようなので、本から引用しました[文献1p.14-18]

 

情報収集する役割(The learning personas

3つの情報収集者の役割は、チームの目が内側に向きすぎないようにすることであり、自分の「知識」にうぬぼれすぎていないかどうかを組織に思い出させることである。

 

1、人類学者(Anthropologist

人類学者はじっとしてはおらず、イノベーションを生み出すために、どうやって人々が製品やサービスや経験と関わりあうかを実地に観察する。問題を新たな視点から捉えなおすこと、科学的な方法を日々の人間活動に適用することが得意。心を開いて観察する知恵、共感、洞察力(直観)、気付かなかった点を明確にする能力、革新的なアイデアと解決すべき問題を進めること、変わった環境で発想を求めるやり方などの特徴を共有する。

 

2、実験者(Experimenter

可能性のあるシナリオのテストを繰り返し、アイデアを現実のものとする。効率的な解決を行なうために製品からサービスに至るすべての分野で案を作り、計算されたリスクをとる。時間とお金を節約しながら、発見の喜びを共有するために協力者を呼び込む。

 

3、花粉の運び手(Cross-Pollinator)-<cross-pollinate=他家受粉>

一見関連のないアイデアやコンセプトを結びつけて新たな分野を開拓する。広い分野に興味を持ち、好奇心旺盛で、教え、学ぶことが得意で、外の世界から大きなアイデアを持ち込んで組織を活気づける。偏見がないこと、メモ魔、比喩を多用すること、制約からインスピレーションを得る能力などが特徴。

 

土台を作る役割(The organizing personas

次の3つの役割は土台(組織)を作る役割で、組織がアイデアを進める事情に精通した人々によって演じられ、組織内での資源配分を有利に導くために努力する。

 

4、ハードル選手(Hurdler

ハードル選手は、今までになされていないことに挑戦することに喜びを感じる問題解決者。困難に遭遇しても動ぜず、難なく障害をかわしてしまう。この楽天主義と忍耐強さは、近視眼的な専門家が失敗を予想したアイデアであってもその現状を打破し、つまずきを組織の成功に変えてしまう。

 

5、コラボレーター(Collaborator

個人よりもチームのことを優先して考える得難い役割。人々を組織して多機能的なチームを作る。その過程で組織の壁を壊し、メンバーに機会と新たな役割を与える。上司というよりコーチであって、信頼と協働により成果を挙げるのに必要なスキルをチームに浸透させる。

 

6、監督(Director

組織の意向を把握して、大きな夢をするどく判断する。舞台をセットし、目標となる機会を定め、メンバーのベストをひきだして目的を達する。エンパワーメントと鼓舞により周囲の意欲を高めメンバーに主役を担わせ、予期せぬことを受け止める。

 

実現する役割(The building personas

残りの4つの役割は実現する役割を担う。情報収集する役割から得られた知見を適用し、土台をつくる役割から委託された権限を利用して、イノベーションを実現させる。

 

7、経験デザイナー(Experience Architect

すばらしい個人的体験をつくるために絶え間なく努力する。製品、サービス、デジタル接続、場所、イベントなどを通じてその組織との出会いを活発化する。出会うすべての普通のものを-楽しいものであっても-独特のものに変化させるように計画する。

 

8、舞台装置家(Set Designer

日常の職場環境を活性化する。人を讃え、創造性を刺激するような職場環境を作り、活発で刺激的な文化を活性化する。変化するニーズについていき、イノベーションを育むため、個人と、協働のための職場の物理的なバランスの調整を行なう。そして空間を組織の最も用途の広いパワフルなツールにする。

 

9、語り部(Storyteller

人をひきつける独創性、努力、イノベーションの物語によって創造性を刺激する。伝統的な語りだけでなく、ビデオや物語、アニメーション、マンガなど、スキルとメッセージに最もよくあった方法を用いる。その物語が本物であると根付かせることによって、感情と行動にひらめきを与え、価値と目標を伝え、協力関係を育み、英雄を創造し、人々と組織を未来へ向かわせる。

 

10、介護人(Caregiver

人の力によるイノベーションの基礎となる。共感を通じて、それぞれの顧客を理解するために働き、関係を作る。病院の看護師、小売店の店員、国際金融機関の窓口係であれ、顧客に快適で人間中心の経験を与える。

 

なお、著書では、9番目が介護人、10番目が語り部となっていますが、ホームページでこの順番が逆転しています(理由はさだかではありません)。

 

概ねイノベーションの開始から製品やサービスの適用という流れに沿って、情報収集(イノベーションを生む)→土台をつくる(イノベーションを育てる)→実現する(イノベーションを適用する)、という役割が述べられていると考えることができるでしょう。アイデアを生む役割が1と3、それを育てる役割が2と4、組織としてさらに大規模に進めるために5と6が加わり、適用するのが7と10(介護人)、フィードバックするのが9(語り部)、全体に関係するのが8、ということになるのだと思います。IDEOはデザインの会社なので、分野の異なるイノベーションにこうした役割が適用できるのか、については疑問を持たれる方もあるとは思いますが、それぞれの役割の重要性は分野や組織の文化などによって変わってくるとしても、原則的にはこうした役割を担う人々はどんなイノベーションでも必要なのではないでしょうか。

 

実際には、このような役割を担う人々はどのプロジェクトでも存在するのだと思います。しかし、どうしても自分の周囲ばかりに目が向き、全体を把握することは容易なことではないでしょう。例えば研究者という立場だと、どうしても1~4、7あたりに注意がいくでしょうし、マネジメントの立場からは5,6,8あたりが気になるところでしょう。しかし、それ以外の役割も忘れてはいけないということを気付かせてくれる点で重要な示唆を含んでいると思います。自分自身の体験に照らしても、非常に納得しやすい指摘が多い気がしました。なお、Kelly氏が2010年に来日された時の公演では、1,2、3の重要性を強調されていたそうです[文献5]

 

また、よく読むとはっとさせられる記述も多かったと思います。この要約だけでは本の中の様々な指摘や事例について触れることはできませんが、ここに示しただけでも、例えば「語り部」の重要さ、とか、人類学者がアイデアを得る目的や方法など、示唆に富むと思います。イノベーションのハウツー本としてではなく、刺激やヒントをもらう源として有意義な本だと感じました。こんなことを頭の片隅にいつも置いて、あるいは時々振り返りながら仕事を進めるのが理想的なのかもしれません。

 

 

文献1Tom Kelly, Jonathan Littman2005、トム・ケリー、ジョナサン・リットマン著、鈴木主税訳、「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」、早川書房、2006.

 

イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材
文献2:棚橋弘季さんのブログ記事「イノベーションの達人-発想する会社をつくる10の人材」

http://gitanez.seesaa.net/article/38271433.html

文献3kurakakeyaさんのブログ記事「書評:イノベーションの達人!

http://kurakakeya.livedoor.biz/archives/50925706.html

文献4http://www.tenfacesofinnovation.com/tenfaces/index.htm

文献5:平林潤さんのブログ記事「トム・ケリーの講演を聴いてきた「第2回イノベーション・フォーラム【講演編】」」<2011.12.4現在このリンクは切れています>

http://ai247.jp/blog/archives/579

 

参考リンク<2011.8.14追加>
原著HP、IDEO社へのリンクなど。 

 

 

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