研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2011年02月

「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)

世界の大企業100社の「エコ度」を採点した結果が公表されました[文献1]。はっきり言って、この結果の順位を細かく議論する意味はあまりないでしょう。ただ、マスコミが何を評価しているかや、世界の中での日本の位置づけなどは窺い知ることができるように思います。環境問題への対応は、今後の研究開発にとっての大きな課題ではありますが、具体的にどう進めるべきなのかは手探りのところもあると思いますので、まずは現状を知る手がかりとして調査結果についての雑感を書いてみたいと思います。

 

調査対象は、売上高、株式時価総額、従業員数を基準にして選んだ、世界で最も規模の大きい上場企業とされる100社です(つまり、エコ度の高いベスト100ではありません)。そのエコ度の評価は、「環境影響スコア」(温室効果ガスの排出、水使用、廃棄物処理、酸性雨やスモッグ発生源排出など700以上の項目の評価と環境情報公開の評価)が45%、「グリーン政策スコア」(気候変動や有害排出物への取り組み、製品の環境影響、ローカル資源活用、環境リスク評価、管理など企業の環境政策に関する70以上の項目の評価)が45%、「評判スコア」(研究者、環境問題担当幹部、CEOなどに対する評判のアンケートによる評価)が10%という構成で点数化し、それを最高が100点、最低が1点になるように指数化したものを総合点として「グリーンスコア」とし、それで順位づけを行なっています[文献12]

 

以上のような評価ですので、残念ながらその妥当性はよくわからない点も多いです。ただ、調査項目は多いようですし(多ければよいというものではありませんが)、ある程度意味のあるデータが得られそうな気もしますので、早速、上位にランクされた企業を見てみましょう(なお、このランキングは英語版のNewsweekでは20101018日号に公開されているもののようです [文献3])。

 

以下では、記事で取り上げられている各企業の取り組みの内容も付記します。総合点である「グリーンスコア」は「グ」、「環境影響スコア」は「環」、「グリーン政策スコア」は「政」、「評判スコア」は「評」と略します(小数点以下四捨五入)。

1位:IBM(米)、グ100、環94、政91、評96、(省エネ、省エネプログラム開発)

2位:ヒューレット・パッカード(米)、グ99、環59、政96、評93、(CO2排出量公表、省エネ型製品開発)

3位:ジョンソン&ジョンソン(米)、グ99、環43、政100、評78、(CO2や廃棄物などの削減目標、太陽光発電の自社積極利用)

4位:ソニー(日)、グ96、環57、政97、評64、(2050年までに環境負荷ゼロ目標、省エネテレビ開発)

5位:グラクソ・スミスクライン(英)、グ94、環65、政91、評74、(水消費や廃棄物削減、取引業者に環境基準充足の制約設定)

6位:ノバルティス(スイス)、グ91、環54、政90、評67、(HSE(健康・安全・環境)に関する厳格なガイドライン設定と管理システム、エネルギー消費削減)

7位:ドイツテレコム(独)、グ91、環96、政84、評67、(紙使用削減、携帯電話リサイクル、電力削減に使えるデータ活用の計画)

8位:パナソニック(日)、グ91、環45、政91、評64、(環境計画策定、CO2排出削減、再生資源活用)

9位:HSBC(英)、グ90、環97、政79、評82、(CO2排出プロジェクトへの投資、気候変動の生活への影響抑制計画をNGOと開始)

10位:東芝(日)、グ88、環53、政87、評55、(環境ビジョン2050推進、環境効率向上、低炭素エネルギー供給)

 

ちなみに、ワースト3とされた企業は次のようになっています[文献1,3]

98位:中国石油化工(中)、グ22、環32、政1、評6

99位:アルセロールミッタル(ルクセンブルク・蘭)、グ12、環3、政33、評36

100位:リオティント(英・豪)、グ1、環1、政49、評89

(なお、これはあくまで調査対象100社の中でのワーストで、その最下位が1点になるようになっていますので、誤解されないようにお願いします)


一見して、業界や国による点数の差がありそうです。そこで、国別、業界別に以下の表に整理してみました。同じところに複数社が入る場合は平均をとっています。全体の平均は加重平均です。



グリーンスコア700

企業数680


同じ国の中でのデータをみると業種による差が各国で似ているところがあり、同じ業種でみると国による傾向があるようなので、業種と国によって差があるのはどうやら間違いなさそうです。そういう点は考慮しなければなりませんが、いわゆる先進国でポイントが高く、新興国ではポイントが低い、という予想通りの結果は窺えると思います。

 

評価の内訳[文献3]をみると実はもう少しよくわかることがあり、業種の違いについては「環境影響スコア」に大きな差が出ています。例えば、銀行・保険業の世界平均が80.3、テクノロジー企業のうち通信関連の平均が72.6、自動車製造の平均が36.9、石油・ガス業の平均が18.4となっていて、大雑把に、エネルギーを使って物を作ったり、そのエネルギーを供給している企業が低い評価になっています。

 

日本の特徴は、「グリーン政策スコア」にありそうです。グリーン政策スコアの国別平均は、日本81.3、イギリス70.3、アメリカ61.7、フランス58.5、ドイツ53.5、中国31.8です。これは上記トップ10の取り組み内容にも示されているとおり、日本の企業は環境対策について長期的な政策を掲げていることが大きいように思います。

 

「評判スコア」は全体評価に占める割合は小さいのですが、国別平均をみると、ドイツ69.0、イギリス64.1、フランス61.6、日本59.1、アメリカ59.0、中国19.7と、ヨーロッパ企業の評価が高く、日本はそれほどでもない、という傾向が見てとれます。これは単に調査がアメリカで行われていることを反映しているだけかもしれませんが、日本が掲げているような長期的なCO2排出削減のような取り組みが評判にはつながらない、ということなのかもしれません。

 

なお、研究開発の観点から気付いた点としては、トップ10企業での取り組みの中に省エネや省資源が多く、夢のような研究開発がほとんどない点が挙げられるでしょう。欧米企業では今まであまり積極的に省エネに取り組んでこなかったために省エネの余地があることはよく指摘されますが、近年のエネルギー価格の高騰によってコスト削減における省エネの重要度が増しているために省エネのメリットが増大していることも影響しているように思われます。さらに、「実現可能と予想できる」ことに取り組もうとしていることが現れているのかもしれません。もちろん、高い目標を掲げることは意義深いことではありますが、それが実現不可能に思われる場合には目標達成の意欲を持ち続けることは難しくなりますので、現実的な施策が重視されているのかもしれません。

 

しかし、省エネについていえば、銀行・保険業での10%省エネと、そもそもエネルギーを大量に使う業界での10%の省エネでは社会へのインパクトが大きく異なります。単に省エネしやすい企業が上位にランキングされているだけ、という解釈もできるかもしれません。そもそも、このようなランキングには、他社との比較を行なう材料を提供することの他に、努力をした企業を上位にランクして称え、下位の企業に対しては努力を促す(上位の企業に対しては地位を維持する努力を促す)、という意味があると思います。もし、単に表面的な環境に優しいイメージの企業が評価されているようであればやや問題でしょう。地球環境という見地からは、エネルギー消費の多い下位企業がエネルギー消費やCO2の排出削減に取り組まなければ十分な効果は期待できないでしょう。そのような取り組みが評価されるシステムになっているのかどうか、メーカーの立場としてはやや気になります。

 

そもそも、種々雑多、複雑な要因を含む特性を、ひとつの指標にまとめて評価することは容易なことではありません。このような評価を試みること自体は、評価対象についての認識を深め、社会に意義を認知される上で大きな意義のあることだとは思いますが、個々の順位や点数が独り歩きしたり、目的や前提を見失ったような使われ方をしたりすることには注意が必要だと思います。調査結果から意味のある指針を抽出することこそがデータの受け取り方として重要なのではないでしょうか。この記事とは直接関係ありませんが、物事を数字で評価することの難しさや注意すべき点などについても再認識させられました。

 

 

文献1:「世界最強ランキング エコ企業100」、ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、p.40.

文献2:「Green Rankings2010 Full Methodology」、NewsweekOctober 18, 2010.

http://www.newsweek.com/2010/10/18/green-rankings-2010-full-methodology.html

文献3:「Green Rankings: Global Companies」、NewsweekOctober 18, 2010.

http://www.newsweek.com/content/newsweek/2010/10/18/green-rankings-global-companies.html

こちらには「環境影響スコア」、「グリーン政策スコア」、「評判スコア」、「グリーンスコア」のすべてが載っています(調査方法は世界100社の場合と少し異なるようですが、アメリカ500社の評価結果もあります)。
<2011.8.14追記:現在のリンク先はこちら>

http://www.thedailybeast.com/newsweek/2010/10/18/green-rankings-global-companies.html

参考リンク<2012.2.19追加>
2011ランキング(2011.10.16発表)へのリンクもあります(2010とはかなり順位が異なります)
→コメント欄に上位順位のみ簡単に書きました。


「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想

イノベーションの神話」(Scott Berkun著、村上雅章訳)[文献1]の感想を書いておきたいと思います。この本ではイノベーションにまつわる10の神話が取り上げられ、その正体が暴かれ神秘性が取り除かれていきますが、その目的は「イノベーションがどのように生み出されるかを明確にすることで、あなたの住んでいる世界への理解を深め、あなた自身がイノベーションを起こそうとする際の過ちを避ける」[文献1p.xvi]ことであると著者は記しています。

 

その内容に加えて、私にとって興味深かったのは、この本に関するネット上での評判が大きく分かれている点でした。絶賛するものもあれば、当たり前のことしか書かれていないという評価もあり、今回はなぜこのような違いが現れるのかも含めて本書の内容について考えてみたいと思います。まずは、内容を簡単に(研究マネジメントに役立ちそうなところはやや詳しく)まとめます。本書では、多くの事例に基づいて説明がなされていますので、ご興味のある方はぜひ本書をご参照ください。

 

1章 ひらめきの神話The myth of epiphany

「素晴らしいアイデアというものは、真のイノベーションというプロセスのごく一部」「(ひらめきは)コントロールすることなどできない」「素晴らしいアイデアを見つけ出すには努力が必要ですが、そのアイデアをうまく利用して世の中を良くするためにはさらに大きな努力が必要」[文献115-17]としています。要するにひらめきやアイデアだけでイノベーションが実現できるわけではない、ということです。

 

2章 神話:私たちはイノベーションの歴史を理解しているWe understand the history of innovation

イノベーションが起きて技術や世の中が変化していくのは、そうなる必然があったと考えるのは誤りと言っています。「ドミナントデザイン(支配的なデザイン)というものは、必ずしもあらかじめ決定されていたから出現するというわけではなく、ある特定のタイミングにおける技術とマーケットとの間の相互作用の結果として出現する(アッターバック)」「私たちにとって最善の策だったということにもならない」「イノベーションを追求し、勝利を得たものは、その当時において最もポジティブな関心を引くことができたというだけのこと」[文献133-34]

 

3章 神話:イノベーションを生み出す方法が存在するThere is a method for innovation

イノベーションを生み出すシナリオのようなものが存在するわけではないことが述べられています。「新しいことを行なう際にリスクをゼロにする方法などない」ので、「投資が報われる保証はない」[文献1p.42]わけです。しかし、過去の多くの成功と失敗の経験を見れば以下のようないくつかのヒントは得られるとも述べています。

イノベーションの種になりうるもの1)特定の進路に向かって努力する、2)進路を変えながら努力する、3)好奇心、4)富と財産(金銭的欲求が原動力になる)、5)必要性、6)組み合わせ

イノベーションのためには次のような難関を克服する必要がある1)アイデアの発見、2)解決策の探究(アイデアの実現)、3)スポンサーと資金の調達、4)大量生産、5)潜在顧客へのアプローチ、6)競争相手の打倒、7)タイミング、8)足下を明るくしておくこと(成功までの資源を確保するということ)

イノベーション成功に至る道を見つけるためには1)自らを知る(私たちは、自分たちが思っているほど論理的ではない)、2)集中的に、しかし一歩下がって確認する(よりよい道を見つけられるように前提を見直す意志も持つ)、3)規模を大きくしていく(最初から大きすぎる目標を狙わない)、4)幸運と先駆者の功績を認める[文献1p.44-57]

 

4章 神話:人は新しいアイデアを好むPeople love new ideas

「たいていの場合、人々はあなたのアイデアに対して、あなたほどには興味を抱かない」「革新的なアイデアは、それがもたらすメリットのせいで却下されることなど滅多になく、人々がそれをどう感じるのかということによって却下される」[文献1p.66-70]。さらにイノベーションの採用に関して、ロジャーズによるイノベーション普及速度を決定する5因子について解説しています(これについてはノート13で詳しく述べましたのでそちらをご参照ください)。

 

5章 神話:たった一人の発案者The lone inventor

「偉大なるイノベーション、そしてビジネスは、複数のクリエイターが一つの目的に向かって力を合わせることによって生み出されている」[文献1p.88]。発案者を一人にしておいた方がわかりやすいため、このような誤解が生まれるとしています。

 

6章 神話:優れたアイデアは見つけづらいGood ideas are hard to find

多くの場合、アイデアが必要とされる時に時間をかけて探さない(つまり探し方が悪い)ことがアイデアが見つからない理由だとしています。「アイデアというものは育まれることで成長していくものであり、製造されるものではない」「口に出されたそばから否定されることがなければ、必ず見つけやすくなるはず」「優れたアイデアを得る最善の方法は、多くのアイデアを得ることだ(ライナス・ポーリング)」[文献1p.97-99]

 

7章 神話:上司はイノベーションについてあなたより詳しいYour boss knows more about innovation than you

「訓練や経験というものは、すでにあるものを守る上で有効となりますが、イノベーションに対する逆風になる」「(決定権を持つからといって)権威者が優れた決断を下せるだけの知識や経験を持ち合わせていることにはならない」[文献1p.110-111]

マネジャーが乗り越えるべき5つの難関1)アイデアの寿命(マネジャーは生まれたばかりのアイデアを育むために時間と予算を投資し、メンバーに精神的な余裕を与え、アイデアの展開や仕上げ、新たなアイデアへの再生をサポートする必要がある)、2)環境(才能ある人々が最高の仕事を行える場所を作り出す)、3)保護(援護射撃する、攻撃からイノベーションを守る盾になる、無理強いにならないように後押しする)、4)実行(アイデアを世の中にもたらすには多くの作業が必要でありその作業こそが難関、理想と現実のバランスをとる)、5)説得(成功と失敗を分けるものはほとんどの場合粘り強さである、関係者の説得はイノベーションのあらゆる局面を活性化する)[文献1p.115-123]

 

8章 神話:最も優れたアイデアが勝ち残るThe best ideas win

「イノベーションは、専門家の観点からみた優秀さと、さまざまな副次的なファクターが絡み合って生み出される採用の容易さというものの間にあるスイートスポットで生み出される」[文献1p.143]

副次的なファクター1)文化(既存の価値観との整合性)、2)ドミナントデザイン(ドミナントデザインが浸透すると他の方法へ移行するコストが上がる)、3)遺産と伝統(人はある信条に馴染んでしまうと、その信条が優れているかのように思いがち)、4)政治:誰が利益を得るのか?、5)経済(導入コストとメリットのバランス)、6)良いもの:この主観的な概念(イノベーターは大衆が必要としていないものを生み出してしまうこともある)、7)短期的思考と長期的思考(アイデアの良さはその影響が及ぶ期間をどのくらい先まで考慮するかで変わる)[文献1p.132-135]

 

9章 神話:解決策こそが重要であるProblems and solutions

「問題は解決することよりも発見することの方が重要」[文献1p.146]。解決すべき問題、解決可能な問題の適切な選択も重要。「セレンディピティーは花形であるものの、チャンスに遭遇した時に何を行うのかが重要なのであって、チャンスとの遭遇自体が重要なわけではない」[文献1p.156]

 

10章 神話:イノベーションは常に良いものをもたらすInnovation is always good

「イノベーションの意味と影響を見極めるということは、イノベーション自体を生み出すという作業よりもずっと複雑」「すべてのイノベーションには良い面と悪い面の双方が存在している」「最善のイノベーション哲学は、変化と伝統の双方を受け入れ、絶対的な判断が存在するという落とし穴に落ちないようにすること」[文献1p.161-171]

 

以上が否定されてしまった「神話」ということになります。はっきり言って、ある程度の経験を持つ研究者であれば、著者がこの10の神話を否定していることについて異論のある人はほとんどいないでしょう。従って、「当たり前のことしか書かれていない」という感想を持たれる方がいるのも非常によくわかります。しかし、言われてそうだと同意することと、これらのことを「重要なこと」として認識していることは異なりますし、個人によって重要だと思うポイントも違うでしょうから、このような形にまとめることやまとまったものを読むことの意義は大きいのではないでしょうか。また、上に挙げたような指摘は、イノベーションマネジメントを考える際の枠組みとしても利用可能でしょう。

 

しかし、この神話を真実だと思っている人がいるもの確かではないでしょうか。本書の中でも触れられていますが、こうした神話を肯定してしまえば物事がわかりやすくなる、という面もあるでしょうし、必ずしも厳密に書かれていない科学読み物や偉人伝ではこうした神話の普及を助長するような書き方をしているものもあると思います。そうした知識がベースになっている方(例えば、研究開発の実務経験の少ない若手の研究者や技術者、いわゆる事務系の仕事をされている方々も該当するかもしれません)にとっては本書の指摘は新鮮に感じられるだろうと思いますし、そうした人にとってこそ、神話の秘密を暴いてみせることは必要なのだと思います。

 

まさにこの点こそ、著者が本書を書こうとした理由ではないでしょうか。この本の評判がよいということはすなわち、この神話を信じている人が多いということの裏付けかもしれません。研究開発を行なう上ではいろいろな方との協働が必要になります。もし、研究開発やイノベーションについて、現実とは異なる考え方がはびこっているとしたら、それは意志疎通、相互理解の妨げになるでしょう。イノベーションをうまく進めるために協働している仲間のなかに、イノベーションの実態に対する誤解を持っている人がいるかもしれないこと、こんな風に誤解されている可能性があることは、研究者も十分に認識しておいて損にはならないと思います。

 

私の経験で恐縮ですが、人事部門の人と雑談していた時に、「『実験』という言葉は何か、遊んでいるような語感があるね」と言われて驚いたことがあります。研究者にとっては「本当の実験というものは、未知の変数が少なくとも一つあり、実験によってその変数がどう変動するのかということを観察するために行うもの」[文献1p.41]なわけで、しかも企業の研究者は必要があって実験をしているのが当然なのですが、そうは思われていない可能性もあるわけです。知らない人にとっては、実験というのは夏休みの自由研究の延長であったり、高校の化学の先生が教室で、あるいはでんじろう先生がテレビで見せてくれるようなスペクタクルであって、ことによると昭和のコメディーで白衣を着た科学者風の人が薬品を混ぜて爆発させて煤だらけの顔になる、といったようなイメージなのかもしれないと思いました。そんな細かなことまで考えると、イノベーションの実態とイメージ(神話)の乖離は本書の内容以上に大きいものなのかもしれません。本書の内容が研究者にとっては当たり前のようなことであっても、この神話を信じている方が多い限り、この本の存在意義は大きいということでもあるでしょう。研究開発の成功物語はもちろん重要ではありますが、イノベーションの本質と実態を明らかにし、誤解を解くことも、それを知っているものの努めかもしれません。

 

 

文献1Scott Berkun2007、村上雅章訳、「イノベーションの神話」、オライリー・ジャパン、2007.

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%A5%9E%E8%A9%B1-Scott-Berkun/dp/4873113458

 

(参考)

・この本の原著はScott Berkun、「The Myths of Innovation」、O’Reilly2007.です。なお、2010年にペーパーバック化された時に、以下の4章が追加されています(ネットで目次を見ただけなので内容まで確認できていなくて申し訳ないですが、適当に訳してみました)。

 11章 Epilogue: Beyond hype and history(エピローグ:でっちあげと歴史を超えて)

 12章 Creative thinking hacks(創造的思考のための小技)

 13章 How to pitch an idea(アイデアの伝え方)

 14章 How to stay motivated(モチベーションを維持する方法)

・著者は元Microsoftの技術者で、現在は執筆、講演などの活動をされている方だそうです。

著者webページはこちら↓。ブログやエッセイなど盛りだくさんです。

http://www.scottberkun.com/

 

参考リンク<2011.8.14追加>
著者ビデオ、講演メモなど。
 

 

 

研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠」について

現在のビジネス環境においては、業務のスピードを上げて競争に打ち勝つ必要がある、ということがよく言われます。一般論としては、「遅い」よりは「早い」方がよい、と言えるかもしれませんが、研究開発においてもそうなのでしょうか。今回は、研究開発におけるスピードの問題を考えてみたいと思います。

 

スピードを上げる、というと、一般的には「仕事を速く進めて、早く結果を出す」ということになると思いますが、ノート12では研究の運営に関してはそのようなやり方は好ましくない、とする考え方を紹介しました。例えば、Anthonyらはチームが間違った方向に全速力で走る危険性を指摘し、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない、という示唆をしています[文献1p.234,261]。また、Leonardは知識マネジメントの観点から、「スピードは学習を妨げる」とし[文献2p.299]、消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある、とも述べています[文献3p.159]

 

実はスピードを上げることの効果に疑問を呈する指摘は一般的な業務についてもなされていることを最近知りました。例えば、BruchMengesは、スピードや仕事の負荷を上げることによる社員の消耗について、「加速の罠」と呼び、会社業績の悪化につながるものとしています[文献4]。このような状態に陥る傾向は、会社の急成長や危機的な状況への対応などに社員が高いモチベーションで臨んだ後に、その状態を日常的に要求したような場合に発生するようで、結果的に社員がいくら頑張ってもエネルギーが失われ、成果も落ち込むと言っています。まずはその内容を見てみましょう。

 

---「社員を追い詰める『加速の罠』」(ハイケ・ブルッフ、ヨッヘン・I・メンジス)[文献4]の要点---

著者らの調査では約半数の企業が何らかの形でこの罠にはまっているといい、ABBやルフトハンザ航空などで業務遂行に問題が生じていたそうです。

 

過度に加速している企業の3つのパターン

・多すぎる仕事を抱えて社員に過度な負荷がかかる:時間も資源も不十分

・多業務負荷:仕事の種類が多すぎる→仕事の焦点が絞れなくなる

・常に変化を求める習慣:恒常的負荷がかかることで一息つける希望がなくなり手抜きするようになる

 

加速の罠から脱却する方法

・プロジェクトの中止:例えば社員にどのプロジェクトを中止すべきかの提案を求める

・戦略を明確にする:戦略に従ったプロジェクト継続、中止の判断を行なう

・プロジェクト中止方法の確立:中止のためのシステマティックな方法を定める

・危機の終結を宣言する:緊急措置の解除、恒常的負荷の軽減

目標の数を制限し、必要に応じて間引くことを奨励し、残された目標に集中することの価値を認識させる、ということを強調したうえで、さらに重要なこととして「スピード重視文化の修正」が必要であると指摘しています。

 

スピード重視の文化を見直す方法

・負荷の高いプロジェクトは期間を限定して集中する

・休息期間の導入:例えばリストラ後に1年間一切の変革を導入しないと発表する、など

・減速の期間を設ける

・成功を振り返り、達成したことに誇りを持てる時間を設ける

・幹部が自分自身リフレッシュするための時間をとる

・過重労働に陥っている部下や同僚がいないかを注意するように社員に呼び掛ける

 

以上のような内容が述べられています。もちろん、仕事の状況によっては社員に過大な目標の達成を強いざるをえない場合もあり、その時には社員も高いモチベーションで目標に応えることもあるでしょうが、それを恒常化してはいけないということ、つまり、著者の言葉を借りれば「企業のエネルギー水準を持続可能な状態に保つよう努める」ということがポイントになると思われます。

---(要約ここまで)---

 

ちなみに、著者はBruch氏がスイスのザンクト・ガレン大学、Menges氏がケンブリッジ大学の所属です。長期の休暇を取得することを重視するヨーロッパでこういう問題が指摘されることは、そうした文化に由来するところがあるかもしれません。しかし、ヨーロッパであればこそ、アメリカのように疲れを知らぬスーパービジネスマンがもてはやされる国では無視されてしまいがちなこうした問題が顕在化したとも考えられると思います。もっとも、アメリカのボストンコンサルティンググループでの実験でも、強制的に休みを取らせることでかえって仕事の質があがった、という報告もあります[文献5]ので、私は文化の違いを超えた普遍的な問題ではないかと思っています。結局のところ、社員の能力をできる限り引き出したいとしても、あまりに過大な負担を求めすぎれば社員の消耗によって成果が落ち込む可能性があることを認識すべきなのでしょう。

 

上記のような問題点があるとすると研究開発におけるスピードはどのように考えるべきでしょうか。純粋科学研究はさておき企業における研究開発において業務遂行のスピードが問題になるのは、目標がはっきりしていて不確実性が低く、競争相手や市場や事業環境の動向が比較的明確な場合だと思います。すなわち、あるスケジュールに従って目標を速く達成することが成功に結び付く可能性が高く、しかもやればできると予想されている課題に取り組んでいて、いつまでにというスケジュールが立てやすい場合(あるいは競争相手のポジションがある程度わかる場合)であると言えるわけで、例えばキャッチアップ型の研究開発などは上記の条件に該当するでしょう。やり方がわかっていて必要なデータをとる、あるいは特許を取得するために実験する、などの場合も当てはまるでしょう。しかし、上記の条件を満たさない場合や、何のためにスピードを上げるのかが明確ではない場合には、Bruchらの指摘する問題が発生することを覚悟してまでスピードを上げることは得策ではないと言えるのではないでしょうか。

 

実際、研究開発が失敗する理由としては、戦略の誤りであったり、事業環境の読み間違いであったり、不確実性の予測不足であったり、という業務のスピードとは関連しない場合も多いように思います。事業環境を読み間違って製品の市場投入が早すぎた、という失敗もありうるでしょう。プロジェクトのネックになっているポイントを明らかにしないままで何でもかんでもスピードを求めて社員に負荷をかけるのは「加速の罠」にはまってしまった行動と言えるでしょう。

 

そう考えると、研究プロジェクト全体としての成果を挙げるために本当に必要なのはスピードではないと思えてきます。考えてみれば、スピードには「速度」という意味の他に「俊敏さ」というニュアンスも含まれるように思います。つまり、不確実性の高い研究開発を成功させるために真に有効なのは、状況の変化に機敏に対応して、戦略やスケジュールを変更したり、場合によってはプロジェクトを速やかに中止したりすることなのであって、単に与えられたスケジュールの実行速度を上げるだけでは不十分どころか逆効果を生む場合もあるということではないでしょうか。もちろん、早くできることをあえてゆっくりやる必要はありません。スピードを上げるという本来の意味は、単に仕事の速度を上げると考えるのではなく、速くすべきことは速く、ゆっくりでよいことはゆっくり、というように状況に応じてメリハリをつけた俊敏な動きをする、と解釈するべきなのではないかと思います。

 

もちろん、俊敏さも度を越せば社員の負荷は上がるでしょう。しかし、幹部が方針を決め、実行速度を上げるように指示することとは違って、俊敏さには幹部の方針変更も必要とされるため、幹部にもそれ相応の負荷がかかるでしょう。そうであれば、少なくとも「ほとんどの企業が加速の罠にはまっている事実に気がつかない」[文献4]という事態にはならないと思われます。変化の速い時代に対応するために先を読むことの重要性が指摘されることも多いようですが、予言者でもない者が未来予測を的中させられるわけはないことを謙虚に認識し、時代の変化への対応は俊敏性を向上させることで行なう、とした方が現実的なのではないでしょうか。

 

なお、上記の記事には研究開発にとってもう一つ重要な示唆があります。「加速の罠」の本質を考えてみるとスピードの問題だけでなく社員に負荷をかけ続けることの問題を指摘しています。確かに負荷によって人間は大きな力を発揮することができますし、負荷が成長を促すことも事実でしょうが、特に不確実な研究に従事する場合には、精神的な負荷が大きくなりやすいものです。もちろん、研究に対する意欲は、研究課題自体に対する興味や研究の面白みに支えられている面もありますので、不確実な目標に対してもモチベーションを維持しつづけることができることがありますが、研究グループの全員がそうした意欲を持ち続けることができるかどうかには十分に注意が必要でしょう。また、プロジェクトに関係するメンバーが増えるほど、全員の意欲の維持は難しくなると考えられますので、プロジェクトへの参加意識を高めるとともに、プロジェクトが進むほど、特に後から参加したメンバーに過剰な負荷を与えていないかどうかには注意すべきだと思います。えてしてリーダーばかりがはりきって、部下がついていけないことがありますが、このような意欲の不均等も考慮すべきと言えるでしょう。

 

Bruchらは「エネルギー水準を持続可能な状態に保つよう努める」ことの重要性を指摘しています。専門性を必要とする研究開発分野においては長期にわたる業務経験の蓄積が不可欠ですので、短期的な集中とともに、継続的に努力できるかどうかも重要になると思われます。そのような負荷に耐えうる人材を選抜して採用する、ということもひとつの選択肢ではありますが、そのような能力と専門能力を併せ持つ稀有な人材を探すよりも、「持続可能な成長を求める」ことの方が現実的かもしれない、という気もします。

 

プロジェクトの状況の変化に応じた機敏な戦略の見直しは、確かに容易なことではないかもしれません。しかし、やめるべきものを確実にやめる、あるいは仕事に緩急をつけるなどの対応をとることは、担当者の自主性にまかせていてはうまくいかないように思われます。これはやはりマネジャーの重要な仕事のひとつなのではないでしょうか。

 

 

文献1Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献2Leonard, D., Swap, W., 2005、ドロシー・レナード、ウォルター・スワップ著、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献3Leonard-Barton, D., 1995、ドロシー・レオナルド著、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献4:ハイケ・ブルッフ、ヨッヘン・I・メンジス、「社員を追い詰める『加速の罠』」、Diamond Harvard Business Review, Dec. 2010, p.76. 要約はこちら↓

http://www.dhbr.net/magazine/article/201012_s06.html

英語版記事サイト、「The Acceleration Trapby Heike Bruch and Jochen I. Mengesはこちら↓

http://hbr.org/2010/04/the-acceleration-trap/ar/1

(定期購読されていない方は最初だけ)

文献5:レスリー・A・パルロー、ジェシカ・L・ポーター、「プロフェッショナルこそ計画的に休まなければならない」、Diamond Harvard Business Review, Mar. 2010, p.102. 要約はこちら↓

http://www.dhbr.net/magazine/article/201003_s07.html

英語版記事サイト、「Making Time Off Predictable—and Requiredby Leslie A. Perlow and Jessica L. Porterはこちら↓

http://hbr.org/2009/10/making-time-off-predictable-and-required/ar/1

(定期購読されていない方は最初だけ)


参考リンク 

 

「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2011より

2011126日に「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」という調査結果が発表されました[文献12]。この調査は、イノベーションを推進する要素と妨げる要素を明らかにすること、および、イノベーションにまつわる課題がどのように認識されているのかを分析することを目的にGEStrategyOne社に委託して行なったもので、その結果は1/26-30に開催されたダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)でも報告されたようです。

 

調査は、20101210日から2011114日にかけて、世界12カ国の総勢1000人の経営幹部(オーストラリア100人、ブラジル100人、中国100人、ドイツ100人、インド100人、イスラエル100人、日本50人、韓国50人、サウジアラビア50人、UAE50人、スウェーデン100人、米国100人)に対し、電話による聞き取り調査で行なわれています。

 

結果の詳細はGEのサイト[文献1-3]をご参照いただきたいと思いますが、この調査により明らかになったイノベーションに対する経営幹部の認識は以下の3点にまとめられています[文献1の記述を少し変えています]

・イノベーションの新たなフロンティアは、創造性(Creativity)、地域性(Localization)、連携(Integration)によって開拓されていく

・最も重要なイノベーションはヒューマンニーズへの取り組みになるだろう

・最も技術革新力のある(Innovativeな)国は、アメリカ、ドイツ、日本(この順で)

また、以下のことも指摘されています。

・回答者の95%が、国家経済の競争力強化にはイノベーションが最も重要であると認識

・回答者の88%が、国内で雇用を創出する最良の方法はイノベーションであると認識

 

以上の結果自体は、特に驚くような内容ではないでしょう。「地域性」というのは「リバース・イノベーション」、「連携」というのは「オープン・イノベーション」、「ヒューマンニーズ」というのは「人間中心のイノベーション」という、それぞれ今流行りのイノベーションの考え方に関連していると考えられますので、単にそうした流行に沿った考え方をする人が多いことが確認されただけ、と見ることもできるように思います。

 

しかし、公開されている多くのデータの中には、興味深いものもあります。特に、技術革新力が高いとされる国の順位と、イノベーション楽天主義(Innovation Optimism) のパラドックスとされた調査結果が面白いと思いました[文献4]。次のような内容です。

 

技術革新力の順位:

これはイノベーションの分野で世界をリードする国(leading innovation champions)を3つ挙げてもらう方法で調査されています。結果は次のとおりです。

1位:アメリカ(67%)、2位:ドイツ(44%)、3位:日本(43%)、4位:中国(35%)、5位:韓国(15%)、6位:インド(12%)、7位:スウェーデン(8%)、8位:イギリス(7%)、9位:イスラエル(6%)、10位:フランス(4%)などとなっています。上述のように調査対象の国と対象者の人数に偏りがありますので、その影響も受けた結果であることは考慮しなければなりませんが、上位3位までの評価は順当ではないかと思います。中国の評価が思ったより高い、という印象ですがいかがでしょうか。なお、「技術革新力」という訳はGE日本の発表に従っていますが、設問の「leading innovation champions」とは少し意味合いが違うかもしれません。

 

イノベーション楽天主義(Innovation Optimism):

これは、各国の回答者に対し、イノベーションが自国の市民生活の改善に寄与すると思うかを尋ねたものですが、調査対象12ヶ国で、そう思うとする回答の割合は以下の通りです。

1位:サウジアラビア(88%)、2位:UAE86%)、3位:フラジル(82%)、4位:インド(79%)、5位:アメリカ(77%)、6位:イスラエル(77%)、7位:オーストラリア(75%)、8位:スウェーデン(73%)、9位:ドイツ(72%)、10位:中国(68%)、11位:韓国(64%)、12位:日本(58%)

大雑把に、市民生活の改善の余地が大きいと考えられる国が上位に来ていることは理解しやすいですが、技術革新力が高いと外国から評価されている日本が最下位、ということは、日本の経営者たちは自分たちの技術が日本の生活改善に役立たない、と考えていることになります。

 

GE日本の分析では、イノベーションの効果に楽天的でない国にはイノベーションを妨げる障害があることを指摘しています[文献1]。また、GE日本のサイトでは、こうした評価について日本のデータも提供していますが[文献5]、このデータでは、イノベーションの国内環境について、世界平均と比較して日本では否定的な回答が多いことがはっきりと示されています。例えば以下のような結果があります。

・イノベーションに対する国の支援が効率的に行われていない:日本86%、世界平均54

・イノベーションを推進する企業の支援について、国や公的機関は適切な予算分配をしていない:日本80%、世界平均48

・イノベーションが日常生活に価値をもたらすと、国民が認めていない:日本74%、世界平均31

・社会全体がイノベーションの(技術革新を起こす)過程の一部としてリスクの存在を受け入れていない:日本74%、世界平均40

・社会全体がイノベーションに好意的でない;イノベーションに対する「欲」が若者世代に存在しない:日本62%、世界平均21

・産官学の連携がイノベーション支援に効果的だとは思えない:日本72%、世界平均24

(正確には以上の回答結果はすべて、肯定的な問い(例えば、「イノベーションに対する国の支援が効率的に行われている」)に対する否定的な回答「そう思わない」「どちらかと言えばそう思わない」の合計です)

 

つまり、技術的には十分に優れているのに、環境が悪いためにそれがうまく活用できていない、と経営者が考えている、というようなアンケート結果になっています。確かに、イノベーションの環境が整わないことでイノベーションに期待できないという要素もあるかもしれません。しかし、今以上に何の生活改善を望めばよいのか、とか、持てる技術をどう使えばよいのかわからない、技術はあってもそれを活用して売り上げを伸ばすことは困難、といったような無力感のようなものもあるのではないでしょうか。さらに、環境上の問題以上にChristensenがイノベーションのジレンマとして指摘したような技術進歩が本来的に持つ問題もあるのではないかと思います。Christensenは、技術の進歩が消費者のニーズを上回ってしまう場合があることを指摘していますが(ノート4)、そのような状況では現状以上の技術進歩は現在の延長線上での市民生活の向上には役立ちにくくなってしまうわけで、日本ではそのような状況が顕在化しているのかもしれません。それでもおそらく、アメリカやドイツにはまだ漠然とした技術への期待や夢のようなものが残っているのに対し、日本では自らのやり方に自信を失った結果、技術を活用しようという意欲を失い過度に悲観的になっているような気もします。

 

今回の調査結果についてGECMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)兼シニア・バイス・プレジデント、ベス・コムストック氏は、「今までイノベーションは経済的な利益を生みだすものと思われていましたが、今回の調査では、それが、人々の暮らしを改善するものでもあるというように、優先順位が世界的に変化してきていることが明らかになりました」と述べています[文献1]。さらに、「今回の調査から、イノベーションにまつわるルールが変化しつつあること、また、企業が競争力を保ち、成長を継続して、経済に貢献するためには、その変化に合わせて戦略を進化させなければならないことが明らかになりました。」とも述べています[文献1]。本当にそうだとすれば、日本の経営者はイノベーションによって利益を出すという古いやり方にばかりにとらわれているために、さらに、イノベーションを企業の利益増大以外の目的に使うようなシステムや知恵が整っていないがために、技術があっても使い道を考えだすことができず、そうした考え方がイノベーションの将来を悲観的に捉える原因になっているのかもしれないと思います。

 

もちろん、この調査結果の解釈にはGEの意志が入っていると考えるべきであって、世界の真の姿を探ろうとする、あるいは真実を証明するための調査ではないと思います。しかし、少なくともGEはこのように考えてイノベーションを進めていこうとしている、ということは明確なのではないでしょうか。GEの意図の通りになるかどうかはわかりませんが、ひとつの仮説、意志表示として非常に興味深いと思います。

 

 

文献1GE日本のWebサイト、プレスリリースより、「日本の技術革新力、米独に次いで世界3位、『GEグローバル・イノベーション・バロメーター』世界調査」、2011.1.28

http://www.genewscenter.com/content/detailEmail.aspx?ReleaseID=11850&NewsAreaID=2&changeCurrentLocale=5

文献2GEWebサイト、Press Releasesより、「“GE Global Innovation Barometer” Identifies New Expectations and Parameters for Innovation in the 21st Century」、2011.1.26

http://www.genewscenter.com/Press-Releases/-GE-Global-Innovation-Barometer-Identifies-New-Expectations-and-Parameters-for-Innovation-in-the-21st-Century-2e34.aspx

(文献1の日本語プレスリリースには、文献2を元に作成された、と書かれていますが、単なる訳ではなく内容が少し異なります。上記サイト中には、関連情報、データへのリンクもあります。)

文献3GE ReportsWebサイトより、「GE Global Innovation Barometer: Partners & Localization Are Key

http://www.gereports.com/ge-global-innovation-barometer-partners-localization-are-key/

文献4GE ReportsWebサイトより、「WEF Survey: The Innovation Optimism Paradox

http://www.gereports.com/wef-survey-the-innovation-optimism-paradox/

文献5GE日本のWebサイトより、「GEグローバル・イノベーション・バロメーター世界調査、日本のデータ」

http://www.genewscenter.com/ImageLibrary/DownloadMedia.ashx?MediaDetailsID=3629


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<2012.2.5表題修正:「2011」を追加しました>

 

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