研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2011年04月

研究マネジメント・トピックス目次(2011.4.24版)

このブログの「研究マネジメント・トピックス」というカテゴリでは、「ノート」に入れられなかったものの、重要だと思われる話題について本や記事の引用をベースに書いてきましたが、整理もかねて目次を作ってみました。記事に関連したリンクも別ページにまとめています。リンクの接続確認、新たなリンク追加も行なっています。以下がトピックスで取り上げた記事の簡単なまとめです。


研究・イノベーション総論についてのトピックス

「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想(2011.2.20)
この本では、イノベーションを生み出す方法が存在するとか、ひらめきやアイデアでイノベーションが成功する、といったような10の神話をとりあげ、それが誤りであることが述べられています。どの神話をどこまで信用しているかは人により異なるでしょうが、こういう神話が信じられていることは認識しておくべきでしょう。

「イノベーションの神話」参考リンク



研究・イノベーションの方針、着想、スタート段階についてのトピックス

リバース・イノベーション(2010.10.17)
GEの新たなイノベーション戦略とされているリバース・イノベーションについて考えてみました。元文献は、GE会長兼CEOImmelt氏、Dartmouth大学教授Govindarajan氏他共著、「GEリバース・イノベーション戦略」(ハーバード・ビジネス・レビュー日本版20101月号、英語版200910月号)です。リバース・イノベーションとは「新興国で開発し、これを先進国に展開する」というやり方ですが、新興国のニーズに合わせた開発を行なうことが特徴でしょう。破壊的イノベーションとの関連も重要だと思います。

リバース・イノベーション参考リンク


オープン・イノベーションは使えるか?(2011.1.10)
オープンイノベーションの難しさと可能性について考えました。外部のアイデアを有効に利用する、外部との連携を有効に活用するというオープンイノベーションの基本的な考え方は望ましいことであり、成果も期待できると思うのですが、実施にあたっては自前主義(NIHNot Invented Here-症候群)や社内の仕組みの不備などの困難があるため、オープンイノベーションに適した課題をうまく選択することが重要と思われます。オープンイノベーション成功の条件も考えてみました。

オープンイノベーション参考リンク


エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19)
イノベーション、研究開発の入り口において、真のニーズを探ることは非常に重要です。そのための手法としてエスノグラフィーに期待する考え方があります。人類学に学ぶ手法と言えばよいでしょうか、主に「行動観察」という手法で真のニーズに迫ることができる可能性は高いと思います。もちろん、これだけでイノベーションができるものでもありませんが、特に研究の着想や開始段階では考慮に値する手法と思われます。エスノグラフィーの得意なところ、苦手なところなど考えてみました。

エスノグラフィー参考リンク

「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」(2010.11.28)

イノベーティブな人材を育てる場として、東大「知の構造化センター」で実施される教育プログラム「東大i.school」で行なわれる活動を解説した本の内容紹介です。教育の場としてのi.shool、企業からみた意義なども考えてみました。i.schoolの活動ではエスノグラフィーも重視されているようです。

東大i.school参考リンク



研究・イノベーションの進め方に関するトピックス

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想(2011.3.21
この本では様々なイノベーション(技術には直接関係しないものが多いのですが)の事例と、知識創造理論からみた成功要因、イノベーションにおけるリーダーの役割について述べられています。この本の事例を題材に、難解な野中教授の知識創造理論の私なりの解釈も試みました。

「イノベーションの知恵」参考リンク


「技術経営の常識のウソ」感想(2011.4.17)
伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著による本「技術経営の常識のウソ」のポイントのまとめと感想を書きました。特に、オープンイノベーション、プロジェクトマネジメント手法、ステージゲート法などが批判的に評価されています。肯定的な側面とともに否定的な側面も評価し、そうした手法がどういう場合に適しているのかをしっかり認識する必要がある、ということだと思います。

「技術経営の常識のウソ」参考リンク


祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授(2010.10.11)
根岸教授の研究マネジメント手法について、根岸教授が1996年に発表された記事をもとに考えました。大学における基礎的な研究の進め方について述べられたものですが、特に探索的な研究を行なう場合には有用な示唆が含まれていると思います。

根岸英一教授参考リンク



研究・イノベーションの環境(仕組み、組織、人)に関わるトピックス

働きがいのある会社とは(Fortune誌「最も働きがいのある米国企業」No.1、SASの考え方)」(2011.1.30)
2010
年、2011年と2年連続して最も働きがいのある会社に選ばれたSASの考え方を探ります。誰もが持っているクリエイティビティを引き出す努力が必要、というSASCEOJim Goodnightの考え方に従い、社員を信頼する文化を作り、望ましい仕事環境の整備を行なっていて、それが働きがいを生んでいるようです。

働きがいのある職場参考リンク


イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」(2010.11.7)
東大i.schoolにも参加、エスノグラフィー活用でも有名なデザイン会社IDEOのトム・ケリー氏の著書の紹介です。「人類学者」「実験者」「花粉の運び手」の重要性が指摘されているようですが、イノベーションには様々な役割を担う人材が必要ということも重要なことだと思われます。

「イノベーションの達人」参考リンク


ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病(2010.9.26)
アメリカ、ナットアイランド下水処理場で、優秀で自律的かつ献身的なチームが重大な過失を犯してしまった事例の紹介です。組織の優秀さに安住せず、トップマネジメントが適切に関与(管理強化という意味ではありません)していないとこのような失敗が起こりうる、ということには注意すべきでしょう。

ナットアイランド症候群参考リンク


コア・リジディティ(2010.9.5)
Leonard
による組織の硬直性についての考察の紹介です。コア・ケイパビリティを持つようになると、それがコア・リジディティに変質し、組織の柔軟性が失われ、新しいことへの挑戦が難しくなるといいます。こうした傾向を認識しておくこと、積極的に変化を起こすことが重要かもしれません。

コア・リジディティ参考リンク


リーダーがつまずく原因(2010.7.19)
McCallによる「脱線した経営幹部」についての分析の紹介です。強みが弱みになること、インセンシティビティ(無神経さ)、成功を重ねると傲慢になること、不運への対処の失敗など、成功を維持できなかったリーダーの特徴が示されています。優秀なリーダーに特有の資質というものがあるのではなく、経験からの学習によりリーダーは育成できるというのは重要な指摘と思われます。

リーダーがつまずく原因参考リンク 




 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

「技術経営の常識のウソ」感想

伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著による「技術経営の常識のウソ」[文献1]のポイントのまとめと感想です。題名はやや刺激的ですが、技術経営の分野でよく言われることや手法が批判的に検証されており、本書の目的のひとつは、「技術経営の『常識』の中には、じつは正しくないこと、一面的なものがかなりあり、(中略)それを鵜のみにして信じないほうがいいという警告を発すること」とされていて[文献1p.1]、重要な指摘も含まれているように思いました。

 

どのような「常識」がやり玉に上がっているのか、以下で見てみましょう。各章でおおむねひとつの「常識」がとりあげられています。カッコ内はその章の執筆者です。

総論:「日本の技術経営の常識のウソ」(伊丹敬之)

必ずしも正しいとは言えない「常識」が信じられてしまう原因は、表面の一面的な真実にとらわれて、それ以外の多面的な影響について目がいかないためではないか、さらに、そのような多様な現実を考えられない原因には、1)特に外国からの理論や指摘について論理的なチェックをせずについ真似てしまうという途上国メンタリティ、2)手際のよい解決策を求めたがること、3)組織の中の人間の力学(理論どおりにかならずしも行かないなど)についての理解が不足していること、があるのではないかと述べています。

I部:アメリカ信仰からの脱却

1章:「クローズド・オープン・イノベーションのすすめ」(西野和美)

オープン・イノベーションの考え方の問題点が述べられています。自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、「アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題」が考慮すべき重要な点だとしています[文献1p.38]。そして、ある程度限定されたメンバーとの間で協働するクローズド・オープン・イノベーションが提案されています。

2章:「プロジェクト型組織マネジメントが技術蓄積を妨げる」(土田憲司)

プロジェクトマネジメントすなわち、「有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって行なう活動」をきちんと行なうための手法や思想を、企業組織のマネジメントにまで拡大適用する問題点として、技術蓄積を妨げることが指摘されています。具体的には、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています[文献1p.68-69]

3章:「ステージゲート・プロセスの作用と反作用」(金子浩明)

「研究から開発に至る活動をいくつかの『ステージ』に区切り、ステージの間に『ゲート』(関所)を設けて研究テーマをふるいにかけて、有望なテーマを絞り込んでいく」[文献1p.85]というステージゲート法の問題点が指摘されます。この方法には、時間を要する夢のあるテーマが排除される、その結果研究の視野が狭くなる、ゲートでの審査で真実が報告されなくなる、失敗からの学習の機会が減る、責任の所在があいまいになる、などの問題点があるとされています[文献1p.98-106]

II部:日本の強みを正当に評価する

4章:「三つのデザイン・ドリブン・イノベーション」(佐々木圭吾・近藤禎男)

デザインが社会を魅了してイノベーションが生まれるという常識に対して、デザインが駆動力となるイノベーションも存在するという指摘です[文献1p.3]

5章:「IT分野の日本発ラディカル・イノベーション」(石谷康人)

日本は革新的なラディカル・イノベーションに弱く、インクレメンタル・イノベーションの国である[文献1p.146]という常識に対し、日本におけるラディカル・イノベーションの事例を挙げて反論がなされています。

6章:「技術ベース経営による飛び石事業展開」(石原正彦)

日本企業は既存事業から距離のある事業展開が苦手である、という常識に対して、多角化、買収をうまく進めている日本企業の例が紹介され、技術的強みを正しく認識することの重要性が述べられます。

III部:生産関連の技術蓄積を活かす

7章:「バイオ医薬品産業の競争構造の転換」(片岡之郎)

日本は創薬力がなくバイオ医薬の競合で劣位に甘んじている[文献1p.238]という常識に対して、そういわれる原因を考察し、生産技術の活用で競争力が回復できる可能性について述べられます。

8章:「磨き抜かれた生産技術こそ、先端市場進出には必要」(渡邊惠子)

先端技術がイノベーションのカギである、という常識に対し、生産技術あってこそ先端技術が実用化可能である、という反論がなされています。コア技術とは、やっている技術分野のことではなく、何ができるか、という視点で考えるべきだ、生産技術とは単なるアイデアではなく蓄積が重要ということと理解しました。

9章:「間欠的に必要な技術の伝承」(石村英治・後藤泰彦)

間欠的にしか必要とされない業務を取り上げ、アウトソーシングにより効率化が行えるという常識に対して、その弊害を指摘し、技術蓄積を維持することの重要性が指摘されています。

 

以上のような内容ですが、13章が具体的なマネジメント手法の批判的評価、49章が日本企業の特質や技術経営に関する考え方に対して別の観点を提示するもの、という構成になっています。研究開発をどのように進めればよいか、という観点から特に13章の内容が興味深く感じられましたので、以下で少し考察してみます。

 

オープン・イノベーションについては、別稿でも考えてみましたが、この考え方を単に適用するだけで研究がうまく進められる、というものではない、という指摘については私も同感です。他社(部外者)とのうまい協働関係を構築してイノベーションを起こすことの効果と重要性については異論はありませんが、具体的にどう進めるかの工夫が必要ということでしょう。オープン・イノベーションというお題目だけで研究がうまく進められるわけでもないはずですので、それをひとつの手法、考え方として、あとはどう上手く実行するかが企業には求められているのだと思います。

 

プロジェクトマネジメントの技術経営への適用については、研究の内容によってはそれが適している場合もあると思います。しかし、明確な要求、達成可能な目標、計画が可能、業務の分担が可能、数値による管理ができる、などプロジェクトマネジメントに適した課題に取り組んでいることが前提となるでしょう。それ以外の場合や暗黙知を取り扱う場合には適用が困難であることを認識する必要があるのではないでしょうか。基本的には探索性の高い研究開発には向いていない方法のはずです。

 

ステージゲート法については、似たような管理手法はどの会社でも採用していると思うのですが、私自身、その有効性について確信が持てていませんでした。もちろん、メリットもあり、本書では、1)プロジェクトの中止がしやすい、2)研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、3)研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、4)製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということを挙げています[文献1p.94-95]。しかし「ステージゲートは、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれている」[文献1p.101]、というのは重要な指摘だと思われます。

 

私にとっては以上のような指摘は非常に理解しやすいものなのですが、現実にはこうした手法の持つ落とし穴にはまってしまう場合もあるように思います。ある手法の持つ得失を明らかにし、どういう場合に適しているのかを明確にすることは、一見もっともらしいこうした手法が見境なくはびこることを防ぐ上で非常に意義のあることでしょう。もちろん、実際の研究の場面においては、とりあえずその理論を信じて行動してみるということも必要ですので、欠点があるからといってその手法の適用をためらうことも生産的とは思われません。手法の適用限界は常に認識し、試行は試行として条件つきで採用し、悪影響の発生については注意深く検証することが本来必要なのではないでしょうか。そうした行動は困難を伴うでしょうが、本書のような批判的なアプローチから得られる指摘を認識しておくことで悪影響の発生が未然に予測できるので、手法の効果的な適用が可能になるのではないかと思います。

 

なお、この本にはどうしたらよいか、という提言も数多く含まれています。ひとつの仮説として受け止めればそれもまた参考になるかもしれません。

 

若干気になったのは、こうした手法はアメリカ発であることがそもそも問題である、と受け取れるような記載がある点でした。総論では「たしかに、どこの国の企業経営であれ、いいものからは学ぶべきである」[文献1p.9]と述べられていますので、単純に国の違いを好悪の判断根拠にしているとは思われませんが、環境の違いを考慮するのに「国」という単位を用いることはそれほど重要なことではないように思います。日本であれ、アメリカであれ、ほかのどの国であれ、ある手法がうまく適用できている場合とそうでない場合があり、どの国にも事業をうまく行なえている組織とそうでない組織がある、というのは当然のことではないでしょうか。環境や文化の違いは当然考慮すべきことであって、国の違いをこえてそこに存在する本質を理解しようとすることこそが真に重要なことなのではないかと思います。また、こうした「常識」を信じてしまう背景に途上国メンタリティがあるという意見もその通りなのかもしれませんが、単なるヒューリスティクスの結果ではないか、とも思いました。

 

以上、私が興味を持った部分の紹介が主になってしまいましたが、個人的には、取り上げられている「常識」についてのモヤモヤが少し晴れたかな、と思えた点、読んでみて有意義でした。

 

 

文献1:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.

http://www.amazon.co.jp/%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%B5%8C%E5%96%B6%E3%81%AE%E5%B8%B8%E8%AD%98%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%BD-%E4%BC%8A%E4%B8%B9-%E6%95%AC%E4%B9%8B/dp/453213398X


参考リンク<2011.8.14追加> 

理科大MOT、西野氏インタビューなど。 

 

プレイングマネジャーの功罪

なるべく多くの仕事を、なるべく少ないマンパワーで行なおう、すなわち業務の労働生産性を向上させようとするとき、あるいは、マネジャー専従者を置く余裕のない組織では、しばしば「プレイングマネジャー」の設置が検討されます。今回はその功罪について考えてみたいと思います。

 

「プレイングマネジャー」とは、言うまでもなく、マネジャーでありながら第一線の業務も行なう人のことです。マネジャーとしての仕事量が一人分のマンパワーに満たないと想定される、とか、第一線業務において活躍している人にマネジャーもやらせたいがその人が第一線業務から離れてしまうと組織の能力が落ちることが危惧されるといったことが、プレイングマネジャーを置く具体的な理由として挙げられるでしょう。さらに、研究開発の分野では、ある専門分野を担当する人の数が少なかったり、かけがえのない研究能力を持つ研究者に、マネジャーになってからもその能力の発揮、専門能力のさらなる深化を求めたりするため、プレイングマネジャー制がより魅力的に見える面もあるかもしれません。また、職位と待遇が密接に結びついている処遇制度を採用している場合には、処遇のためにマネジャー職を兼務させるということもあると思います。

 

確かに、実務に優れた人がマネジャーになると、マネジャーとしての指示や指導に説得力が増すという効果が期待できます。加えて、指導の一環として「やってみせる」ということができる点はプレイングマネジャーを置く長所と言えるかもしれません。しかし、こうした長所や表面的な必要性だけを根拠にプレイングマネジャーを置くことは安易すぎるようにも思われます。

 

苅田和房氏は、「プレイングマネージャーが成功する条件」として次のポイントを挙げています[文献1]

1.既にプレーヤーとして超一流であること(トップセールスを目指す意識だけではNG!)

2.あくまでもマネジメントが本務であり適時にのみプレーすること(本末転倒はダメ!)

3.兼務はごく限られた一時期(過渡期のみ)であること

つまり、上記の条件以外ではよい結果が期待できないということと考えられます。

 

こうした否定的な意見の背景には、プレイングマネジャー制度が持つ次のような問題点の認識があると思われます。

・実務とマネジメントはスキルが異なる。両方をうまくこなせる保証はない。

・実務とマネジメントの時間配分が難しい。どちらかがおろそかになる可能性大。

・特に、実務担当者がプレイングマネジャーに登用された場合、つい慣れた実務に注力してしまいがち。

・業務がうまくいかない場合の原因がわかりにくい。

 

以上の指摘は、プレイヤーとしての仕事とマネジャーとしての仕事の両立が困難である、という点が主です。しかし、より悪いケースつまり、プレイングマネジャー制が害悪を及ぼす場合もあるのではないでしょうか。例えば、プレイングマネジャーと組織のメンバーとが競争関係にあり、組織内の資源配分が成果に影響するような場合、プレイングマネジャーが自分の成果を挙げようとして資源配分を調整すると、それが他の組織メンバーの業績を下げるように作用する場合があるように思われます。

 

例えば、研究組織が同じような技術分野の人からなっている場合(機能組織)では、その組織では一般に複数のプロジェクトが実施されます。従ってその複数のプロジェクトにどのように資源を配分するかを決めなければなりません。多くの場合、プロジェクト毎に予算は決められるのですが、研究者および研究補助者のマンパワーや、実験装置の占有率といった資源の配分についてはマネジャーの裁量に任されることが多いと思います。このような場合には同じ組織の中で資源配分における競争が発生します。さらに、報告の機会やプロジェクト継続/中止の判断、実用化、商品化の優先順位などもプロジェクト間での競争となる場合があるでしょう。タスクフォースなど、ある目的のために編成されている組織であっても、実際には業務を細分化して分担している場合が多いですから、このような場合には同じプロジェクト内であっても資源の奪い合いが発生する可能性があります。

 

この状態で、ひとりのプレイヤーとしてプレイングマネジャーも他の組織メンバーとの間で成果の評価を競わなければならなくなったとすると、プレイングマネジャーの資源配分が自分のプロジェクト、業務分担に有利になるように偏ったものとなることがあります。特に研究の場合、細かく確認をしようとするときりがないですし、興味も際限なく深まってしまうことがあり、どこまでで終わりとするかの見極めが困難になることがあります。そのような状況では、自分が実務を持っていると、それを冷静に判断して処理することができなくなったとしても無理のないことではないでしょうか。このような資源配分の歪みが発生すると、プレイングマネジャー本人は満足かもしれませんが、他のメンバーへの資源配分が十分に行なわれないためにその成果が不十分となり、組織としての成果の最大化が損なわれてしまうでしょう。

 

こうした点は、例えばセールス業務における部内での競争とは異なるのではないでしょうか。セールスなどの業務ではもとより資源配分には大きな差がないかもしれませんし、仮に資源配分の差があり、その影響で成果にばらつきが出たとしても、個人プレーの成果の合計としての組織の成果はそう違わないものとなるのではないでしょうか。組織内で競争することで、かえって組織全体の意欲が向上する可能性もあるでしょう。しかし、研究の場合には成果は単なる足し算ではありませんので、競争によって資源配分に歪みが生じれば組織の業績が落ちてしまうこともありえます。プレイングマネジャー制度により、組織全体を公平に見ることができなくなり、そのような問題を生む可能性がある、と言ってもよいと思います。

 

そうだとすると、研究開発においてプレイングマネジャーが成功するための条件としては、上述の問題点の克服に加えて、次の2点も必要になってくるでしょう。

・組織内での競争(特にマネジャーとメンバーの競争)が組織全体の業績にプラスに作用する場合

・マネジャーに与えられた資源配分の自由度が小さいか、または資源配分の成果への寄与が小さい場合

 

結局のところ、プレイングマネジャーという制度を活用することはそれほど容易なことではないと思われます。もちろん、研究に限ったことではないはずですが、研究の場合、プレイングマネジャー制が魅力的に見える分、余計に注意しなければならないのではないでしょうか。

 

本来、上記の注意点は、プレイングマネジャー制についてだけでなく、マネジャーが第一線の業務に手を出す場合に常に言えることのはずです。当然のことではあるのですが、マネジャーとしては自分が関わるプロジェクトを遂行しつつも、全体を見る目を忘れないことを肝に銘ずるべきでしょう。

 

 

文献1:苅田和房、「名監督は名選手にあらず ~真のマネージャー/リーダーへの道~」

http://www.jagat.or.jp/event/kosyu/leader/kiji0510_3.htm


参考リンク
 

 

 

ロボットに研究ができるなら

「研究するロボット」という記事が日経サイエンス誌に掲載されています[文献1]。元の記事はScientific American[文献2]に掲載されたものですが、その元になった論文は2009年にScience誌[文献3]、2004年にNature誌[文献4]に掲載されたもので、その都度内容が紹介されています[文献5-7]。

 

さて、このロボット(名前は「アダム」)は、あらかじめ教えこまれた科学的な事実に基づき、「酵母の遺伝子とその機能について仮説を立て、それを検証する実験を設計し、実行できる」[文献1]そうです。つまり、単に実験作業をプログラミングされているのではなく、酵母の中にある酵素をコードしている遺伝子を決定するために、自分で20にものぼる仮説を立て、効率的に検証する実験計画を組み、多数の実験を行なって正しい仮説を選び出し、新規な発見を成し遂げたといいます。もちろん、知識や推論の方法は人間が与えているのですが、細かい手順の指示は必要としない、まさに知能をもったロボットと言えるもののようです。

 

もちろん、アダムはあらゆる研究ができるわけではありません。今回の報告もロボットに向いた研究課題と実験方法が選ばれた上で成し遂げられた成果ですし、自分で考えたとは言っても人の関与が全くないわけではありません。しかし、仮説を設定する段階で人間を頼る必要がない、という点では研究していると言えなくもないわけで、ちょうど「研究助手」や研究修行中の(人間の)研究者が行なうレベルの研究がうまくできたということは言えるでしょう。

 

ただ、アダムはロボットでも研究ができることを証明してみせるための試作機の要素も強いようですので、こうしたロボットを広く実用化するためにはまだまだ多くの課題があると考えられます。特許上の問題(ロボットが行なった発明は誰がしたことになるかという問題や、法律上特許はとれない可能性もあるそうです)の指摘もあります[文献8]。しかし、近年の人工知能の進歩を見れば、いつかは自分で考えるロボットが現れても不思議はないというのは多くの方が予想していたことではないでしょうか。今回の成果の実証によって、将来もっと優れた研究者ロボットが現れる可能性も示されたことになると思いますし、何といっても多数の同じような実験を辛抱強く行なえるというのは機械ならではの強みですから、著者も述べているように「科学者がロボット科学者と一緒に働いて双方の強みと弱みを対比することで、どちらか単独の場合よりも多くのことを達成できるだろう」ということは認めざるを得ないでしょう。うまく使えば人類の役に立つロボットとして期待できるはずだと思われます。

 

さて、このような形でロボットが考えて研究をしてくれるようになると人間の研究者は何をすべきなのでしょうか。ロボットに任せられるのはどんなことで、人でなければの(あるいは、ロボットに最も任せにくい)活動はどんなことなのでしょうか。このような問題は研究活動の本質を理解する意味で考えてみる価値があるでしょう。

 

まず言えるのが今回のような「研究助手」としての仕事はロボットでもかまわない、ということでしょう。2004年にこの論文が掲載されたNature誌のエディターは「科学者ロボットを恐れるな」と題して次のように述べています。「科学者ロボットの研究チームは、このような機械化は『優れた業績に向かって高いレベルの創造的な飛躍を行なう自由を科学者に与える』と主張している。そこにこそチャレンジがある。いまだに大学院生や博士研究員を、創造的能力に優れた明日の研究リーダーとして教育するのではなく、単純労働者として扱う研究責任者がいる。科学者ロボットはそんな態度を改めさせることに役立つことは期待できる。」[文献9]

 

では、それ以外の点で科学者ロボットでは達成できないこと、科学者ロボットの普及によって発生するだろうデメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。ざっと考えてみた範囲ですが、次のような問題点、疑問点が指摘できると思います。

・ロボットが実験をしてくれるようになると、研究対象の挙動や特性に対する感覚的なイメージを人間の研究者がつかみとる機会が失われる。→暗黙知の醸成に障害となる可能性がある。

測定される実験結果(多くは数値化されるでしょう)は、実験して起こったことの一部分でしかありません。自分で実験を行なえば、測定された結果に付随して(あるいは測定結果以外に)何が起こったかや、測定結果が本来的に持つバラツキの範囲についての感覚を身につけることができます。こうした暗黙知があってこそ、ロボットに何を計測させるかの指示が出せるのではないでしょうか。特に研究者を育成していく過程でこうした感覚を身につけさせることは重要と思われます。

・想定外の結果を実験の失敗やノイズとして捉えずに、そこから新たなひらめきを得ることが難しいのではないか。→セレンディピティーによる幸運をつかむことはできるのか?

・人間が自覚していないようなニーズを見つけることができるのか?。→エスノグラフィー的視点による観察から成果を得ることができるか?。

・ロボットは研究対象への興味や好奇心を持てるのか?。研究を行なうのはプログラムで指示されたからであって、何に興味を持つかまでロボット自身が決められるのか。

・ロボットは研究活動から楽しみや喜びを得ることができるのか?。発見の喜び、自分の予想が的中した喜びをロボットも感じるのか?。

 

このような点を考えると、ロボットに任せられる研究課題は上記のような問題点が少ないものにならざるを得ないように思われます。おそらく、上記の課題は下に行くほどロボットには困難となるのではないでしょうか。つまりそのような課題こそが、人間が行なうべきことであると言えるように思います。

 

もちろん、上記の問題は、人工知能のレベルアップや、上記の欠点を補うような新たな仕組み(例えば教育の方法など)によって克服されるかもしれません。ロボットに感情を持たせることも不可能ではないかもしれません。しかし、特に最後のポイントは人間にとっての研究の意義として最後まで残る重要な点だと思います。というのは、もしロボットが研究の喜びを感じるようになってしまえば、つまらない課題も認識できるようになってしまい、そういう研究はやってくれなくなるのではないでしょうか。人間としては、有意義な成果が期待できても予想される成果のわりに多大な労力を必要とする課題(つまり、面倒くさくて自分ではやりたくない課題)をロボットにやらせたいにもかかわらず、そういう課題がロボットに敬遠されてしまうということになると、目的が達成できなくなってしまうわけです。

 

ロボット技術の発達によってロボットに研究を手伝ってもらう機会が今後増えていくだろうことは、想像に難くありません。そうなると、研究活動から喜びを得る、ということこそが人間がやるべきことになってくるように思います(遠い将来の話かもしれませんが)。損得はロボットでも感じることができるはずです。ということは、研究という仕事を通じて損得抜きで研究者が喜びを得ることこそが機械にとって代替困難な、人間による研究の価値になるのではないかと思います。研究マネジメントを行なう上で、実は最も重要なことは、研究という行為や成果のもたらす満足感、自己実現や人類への貢献といった、研究による喜びが得られるようにすることなのではないでしょうか。研究するロボットの話とは離れてしまいますが、研究を支える人間の心理の基本にはそういう意欲があるように思います。

 

 

文献1:R.D.キング、「研究するロボット」、日経サイエンス2011年4月号、p.51.

最初の部分対訳:http://www.nikkei-science.com/english_read/bn201104.html

文献2:Ross D. King、「Rise of the Robo Scientists」、Scientific American、January 2011

抄録:http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=rise-of-the-robo-scientists

文献3:Ross D. King, Jem Rowland, Stephen G. Oliver, Michael Young, Wayne Aubrey, Emma Byrne, Maria Liakata, Magdalena Markham, Pinar Pir, Larisa N. Soldatova, Andrew Sparkes, Kenneth E. Whelan, Amanda Clare、「The Automation of Science」、Science、 vol. 324 No. 5923 (3 April) p. 85、2009.

抄録:http://www.sciencemag.org/content/324/5923/85.abstract

文献4:Ross D. King, Kenneth E. Whelan, Ffion M. Jones, Philip G. K. Reiser, Christopher H. Bryant, Stephen H. Muggleton, Douglas B. Kell & Stephen G. Oliver、「Functional genomic hypothesis generation and experimentation by a robot scientist」、Nature vol.427, (15 January 2004)、p.247.

抄録:http://www.nature.com/nature/journal/v427/n6971/full/nature02236.html

文献5:Kate Ravilious、「世界初、ロボット科学者が独力で新発見」、ナショナルジオグラフィックニュース、2009.4.3

http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=79820742&expand#title

文献6:科学ニュースあらかるとwebページ「『科学者ロボット』がデビューする」、2009.4.3

http://www.mypress.jp/v2_writers/beep/story/?story_id=1821935

文献7:NEDO海外レポート「英国、世界初の「ロボット科学者」が研究室で成功」、No.926, 2004. 3. 3

http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/926/926-17.pdf

<2011.8.14現在:上記記事はNEDOのページからは消えていますが以下にあります。→これも消えました>

http://lib.baidu.jp/view/53d39b8fcc22bcd126ff0c3c.html
文献8:Robert W. Stevenson, Joseph F. Murphy, and Thomas J. Clare、「Robot Inventors: Patently Impossible?」、Science, vol.324, No.5930 (22 May), p.1014 (2009).

文献9:Editorial、「Don't fear the Robot Scientist」、Nature vol.427, (15 January 2004)、p.181.

http://www.nature.com/nature/journal/v427/n6971/full/427181b.html

 

 

(参考)

中村正三郎のホットコーナー、「ロボット科学者」 ― 2011.3.31

http://iiyu.asablo.jp/blog/2011/03/31/5766353

開発されたロボット「アダム」とその後継ロボット「イブ」(マラリアなどに効果のある新薬を開発中)のビデオ

http://www.scientificamerican.com/jan2011/king


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