研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2011年05月

休載のお知らせ

このところ、毎週末に更新してきましたが、諸般の事情によりまして、記事の投稿が困難になってしまいました。しばらくの間、新規投稿はお休みさせていただきたいと思います。
再開の節には、またよろしくおつきあいのほど、お願いいたします。

マネジメントについての考察など・目次(2011.5.22版)

「マネジメントについての考察など」というカテゴリーでは、私の考えを主に書いています。今まで書いた記事について要約入り目次を作りました。

 

研究総論

技術の目的、研究の役割(2010.7.25

技術の目的を広くとらえれば、未来予測の根拠を示すことではないか、研究部門の役割は未来予測のための具体的手段を提供することではないか、ということを述べました。基礎研究、開発研究、理系、文系といった分け方をせずとも、研究の役割は未来予測への貢献と言えるのではないかと思っています。

 

研究とアイデア

創造性を引き出すしくみ(2010.10.24

野中郁次郎教授の組織的知識創造理論、SECIモデル、ナレッジ・クリエイティング・クルーについての簡単なまとめを書きました。最も重要なポイントは、創造のためには知識の出会いが必要、仕組みづくりだけでなく「かき混ぜる」継続的な努力が必要、というのが私の理解です。

関連記事:「「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想」(2011.3.21知識創造ケーススタディ。

 

研究の管理

研究の管理と評価再考(2010.8.1

Davilaによるイノベーション管理手法について。独創性の高い研究の分野では、研究を細かく管理しないほうがよいという考え方に対し、Davillaのように、研究を管理する効果的な手法があるという立場の意見もあります。ラディカル・イノベーション、インクリメンタル・イノベーションそれぞれの目標設定の方法、インセンティブの考え方など、Davillaの意見をベースに「使えるかもしれない」考え方をまとめてみました。

 

研究者と金銭的報奨(2010.9.12

研究者に対するインセンティブとして、金銭的報奨は無視できないものです(もちろん衛生要因としても)。成果主義について、最近はその効果が疑問視され、マイナス側面も指摘されることが多いですが、成果を挙げた人に報奨を与えるという考え方自体は誤っているとは思いません(おそらく与え方と報奨の内容に問題があるのではないかと思います)。大きな成果を挙げた人には大きな報奨を、そのかわり失敗に対しては報奨をあまり減らさないという報奨体系がよいのではないか、というのが私の提案です。

 

研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか(2010.10.3

成果に対する報奨としての給与、ポストの問題を考えました。名選手かならずしも名監督ならず、の例えもありますし、マネジャーへの昇進を望まない研究者がいるという調査結果もありますので、成果に対してポストで報いることはあまり適当なこととは思えません。ポストに対する給与は「期待料」と考えるべきで、給与とポストの分離が必要ではないかと思います。

 

モチベーションは管理できる?(2011.1.23

モチベーションをなるべく高く維持したいとすれば、モチベーションの現状レベルを知ることは有効でしょう。しかし、モチベーションの測定はそれほど容易ではないと思われます。特に感情や気分に左右されるモチベーションについて、開本の心的活力の要素に基づいて、モチベーションの高さの度合いによってどのような行動が見られるかを考えてみました。

 

研究と人の問題

研究者の年齢限界?(2010.12.12

科学者が大きな発見をした時の年齢を調べてみると、その発見は必ずしも若い時になされたものではないことがわかります。つまり、よく言われる3540歳ぐらいが研究者の能力のピークである、という説は単なる誤解ではないか、というのが私の考えです。

研究者の年齢限界?参考リンク

 

競争心と研究開発(2011.3.6

研究を進める上で競争心が強い方がいいのか悪いのかについて考えてみました。競争心、競争的環境には利点も欠点もあるので、利点を引き出し、欠点を軽減するマネジメントが重要、ということになると思います。例えば、対立的な競争環境を避け、自発的に競争に参加するような方向づけが効果的なのではないかと思います。

競争心と研究開発の参考リンク

 

研究開発とフラストレーション:ルーチンワークの罠(2011.5.8

研究開発から生まれる成果は不確実なものですので、研究が意外な結果を生むことはよくあります。この意外性が人の心にフラストレーションを生み出し、非合理的行動を誘発する場合があること、フラストレーションを避けようとしてルーチンワークのような意外性の低い仕事を好んでしまう可能性について考えました。失敗への寛容さ、心の負担を減らすビジョン、研究者の選好に合わせた業務設定などが重要だと思われます。

 

研究と組織の問題

プレイングマネジャーの功罪(2011.4.10

マネジャーをしながら第一線の仕事をするプレイングマネジャーという役割は一見魅力的ですが、研究の場合には、組織内資源配分の歪みを生む可能性があり、その運用にあたっては注意が必要と考えられます。

 

研究の進め方

技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗(2010.11.14

新技術の追求と既存技術の維持のバランスが崩れてしまうと、業績に悪影響を与えてしまう可能性について考えました。このバランスの維持は、既存の収益基盤を持つ組織においては特に重要と思われます。専門性の育成には時間がかかること、暗黙知も含めた技術の伝承ができないと既存分野での優位性を失うことを考えると、既存技術の維持もイノベーションには必須の要素であると考えられます。

 

研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠について」(2011.2.13

研究においてスピードを上げることは必ずしもよいことばかりとは言えないと思います。スピードを上げれば、全速力で失敗に向かってしまう可能性もありますし、社員の負荷が重くなることで業績が悪化する「加速の罠」と呼ばれる事態も起こりえます。研究には「スピード」よりも「俊敏さ」の方が重要ではないかと思います。

 

研究における判断と説得

イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)」(2011.1.3

意志決定や情報の受容の過程では、ふつう、すべての情報が吟味されるわけではありません。簡便な問題解決法と呼ばれる「ヒューリスティクス」が用いられることが多いでしょう。情報の認識段階と、判断の確認段階にわけて簡便な判断の方法の例を考えてみました。他者の意志決定に影響を及ぼす場面でも使えるのではないかと思います。

ヒューリスティクス参考リンク

 

研究開発事例

2010年のベスト50発明(「Time2010.11.22号)(2010.12.5

Time誌に発表された2010年のベスト50発明について、ニーズ志向かシーズ志向か、破壊的イノベーションの可能性についての評価を試みました。

Time誌ベスト50発明参考リンク

 

イノベーターのDNA


ダイアー、グレガーセン、クリステンセン著の論文「イノベーターのDNA[文献1]について考えてみたいと思います。この論文では、イノベーティブな企業を立ち上げた、あるいは新製品を開発した3500人超の調査に加えて、マイケル・デル、ジェフ・ベゾスなどのイノベーティブな著名起業家25人の日常習慣調査によって、最も創造性あふれるビジネス・リーダーの特徴が明らかになったとされています。

その特徴とは次の5つの「発見力(Discovery skill)」です。

1、関連づける力(Associating

「異分野から生じた、一見無関係に思える疑問や問題、アイデアをうまく結びつける能力」のことで、そこから新たなアイデアを生むことも含まれます。

2、質問力(Questioning

『適切な答えを見つけ出すことよりも、適切な質問を投げかけることが重要』(ドラッカー)であって、質問力の高い人は、例えば、『なぜか』『なぜだめなのか』『もし~だったら』と問う、前提を覆そうとする、正反対の2つのアイデアを頭のなかに浮かべる、あえて異議を唱える、制約を受け入れることで型破りな洞察を導き出すとされています。

3、観察力(Observing

「一般的な現象、とりわけ潜在顧客の行動を詳しく調べることで、非凡なビジネス・アイデアを生み出す」「注意深く、意識的かつ継続的に、顧客やサプライヤー、他社のちょっとした行動をつぶさに観察し、新しいやり方のヒントを見つける」とのことです。

4、実験力(Experimenting

「どんな洞察が得られるのか、インタラクティブな実験を設計して、予想外の反応を起こそうとする」ということとともに、単に、「試作品をつくったり、パイロット版を販売してみたりと、積極的に新しいアイデアを試す」ことも含め、実験を重視し、学習のためには失敗してもかまわないと考える傾向を指摘しています。

5、人脈力(Networking

「自分の知識の幅を広げるために、自分とは異なるアイデアや視点の持ち主たちに会う」「自社以外で生み出された発見や進歩を自分たちの仕事に取り入れる」という志向であって、単に求める資源にアクセスするため、自分や自社を売り込むため、あるいはキャリアアップのための人脈づくりではないとしています。

そして、このうち、1の関連づける力が新たな洞察を生むための基幹であって、他の4つの発見力は関連づける力を強化し、新たな洞察を生む一助となる、というのが基本的な考え方のようです。実際原論文では、1、が「Thinking」の、2~5が「Doing」カテゴリーに入っていて役割が区別されているように思われます。

さらに、こうした能力について、「イノベーション思考が生まれつき備わっている人もいるが、実践を通じて開発・強化することが可能」と主張しています。「DNA」という例えからは持って生まれた資質が重要という印象を受けてしまいがちですが、研究によれば、創造的思考力の1/3は遺伝で決まり、2/3は学習によって習得可能であって、イノベーション能力は「まず必要な能力を理解し、練習し、実験し、最後におのれの想像力に自信を持つことによって得られる」としています。具体的には、イノベーション能力の獲得のためには質問力が重要で、問いかけによって他の発見力も活性化されるとし、その他にも、観察すること(ただし、その判断は保留する)、ノートや写真を撮る、仮説を立て検証を行なう、新たな知識に触れる、実験を制度化する、失敗を通じて学習することの価値を公言する、多様な人たちとアイデアの交換をする、などの方法が示されています。

以上が論文の概要ですが、いかがでしょうか。実を言うと、私には5つの発見力についてはそれほど目新しいことではないと感じました。例えば、関連付ける力は、Schumpeterのいう、「非連続変化は新結合の遂行によって起きる」[文献2p.113]という考え方からその重要性は示されているでしょうし、質問力であげられた「なぜか」「もしそうだとしたら」などの問いの例は、技術者ならごく普通に行なうことです。Kellyがあげているイノベーションに必要な人材の中には、人類学者、実験者、花粉の運び手、という概念がありますが、それらはこの論文の3、4、1にそれぞれ対応するでしょう。観察力は、エスノグラフィーの活用としても重視されていますし、人脈力はまさにオープンイノベーションがやろうとしていることと深く関連していると思われます。もちろん、イノベーターの調査を行なって傾向を実証したことは意義あることでしょうが、イノベーションで優れた実績を挙げた人々がこれらの特徴を持っていること自体はごく当たり前のことのように思いました。また、こうした特性が学習によって身につけられるという主張については、残念ながらこの論文では根拠が示されてはいません(主張は正しいと思いますが)。

しかし、この論文は2009年のマッキンゼー賞銀賞論文[文献3]に選ばれています。もちろん賞を取ったという理由で内容を評価することは正しい判断ではありませんが、自分の理解を見直すきっかけにはなります。さらに著者も、優れたイノベーターに特徴的に見られる能力を調査し、比較的当たり前の結果を得ただけであれば大きな意義はないことは認識していると思います。加えて、Christensenが前著でイノベーションのリーダーはある特定の資質を持った人ではなく、経験から学べる人であり、学習によってマネジメント能力が形成される、と主張している[文献4p.218]ことと、この論文の主張がどうつながるかがよく理解できません。そこで、もう少し、著者の意図を推測してみると次のようなことが言えるのではないかと思います。

・5つの発見力について、著者らは、「関連づける力」が基幹能力として重要であると提言している。

・これらの能力を同時に保有することが重要である可能性がある(これは私の解釈です)。

・イノベーターに必要な特徴は育成することができ、その育成の方法として、4つの行動(5つの発見力の2~5)を行なうことを提言している。つまり、この論文で挙げられた5つの発見力は、単にイノベーターが持つ重要な資質を列挙したものではなく、イノベーターとしての能力を育成し、発揮させるために重要な能力、行動パターンとして示されたものと理解できる。

特に、最後のポイントについては、よく読むと論文中でも言及されており、論文の最後では「アップルのスローガン”Think Different”は心に響くものだが、それだけでは足りない。イノベーターたる者、他人と違うように考えるには、常日頃から他人と違うように行動しなければならない」と述べられています。実はこの部分について、Dyerは「イノベーターのDNA」について語ったビデオのなかで、「You have to act different to think different, and what we’ve tried to do is to show you exactly how you act different in order to be able to think different and be creative and innovative.[資料5]つまり、「think differentをするためには、行動を変えるべきであり、think differentできるようになり創造的でイノベーティブになるために、どのように行動を変えればよいかを提示しようとした」、と述べています。おそらく著者らはある程度の確信をもって、質問力、観察力、実験力、人脈力を磨くことでイノベーティブになれるということを提言しているのだと思います。ここが本論文の最も重要な点なのではないでしょうか。

こうした考え方であればChristensenの前著の主張とも一致すると考えられますし、それなりに有意義な提言を含んでいると理解できると思われます。もちろん、この論文だけではこうした提言が有効であると主張するには明らかに根拠不足です。優れたイノベーターがその能力をどうやって身につけたかのプロセスを明らかにし、それが生まれつきの才能ではなくこの論文で述べられているような行動をすることで身につけたものであることを納得させるような調査結果が示されない限り、十分に納得できるものではありません。ただ、上記のように理解すると少なくとも仮説としては示唆に富んでいるように思えます。この論文の内容は本にまとめられ、この7月に刊行予定、とのことですので、そこで語られる内容がどのようなものになるのかが興味のあるところです。


文献1:ジェフリー・H・ダイアー、ハル・B・グレガーセン、クレイトン・M・クリステンセン著、関美和訳、「イノベーターのDNA」、Diamond Harvard Business ReviewApr. 2010p.36.

原著論文:Jeffrey H. Dyer, Hal B. Gregersen, Clayton M. Christensen, ”The Innovator’s DNA”, Harvard Business Review, Dec. 2009, p.61.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3:(文献1の抄録)Diamond Harvard Business ReviewSep. 2010p.20.

文献4Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

資料5BYU professor Jeff Dyer studies 5 skills for business innovation - BYU News

http://www.youtube.com/watch?v=RYuO-LSURvI&feature=bzb302&hd=1


(参考)

Innovator’s DNAに関するwebページ。インタビュー等へのリンクあり。

http://www.innovatorsdna.com/


参考リンク

 

 

研究開発とフラストレーション:ルーチンワークの罠

研究開発は未知のことへの挑戦である以上、その成果は不確実なものです。従って、その遂行には不安が伴うと言ってよいでしょう。今回は研究開発の過程で生まれるフラストレーションについて考えてみます。

フラストレーションは、一般には「欲求不満」と理解され、自分の望みがかなえられないとき、葛藤があるときに感じるものとされますが、これを「意外感」として捉える考え方があります[文献1]。すなわち、「『意外感としてのフラストレーション』とは、ある見通しが外れたことによる、『こんなはずじゃなかったのにという受け入れにくい気持ち』であり、また見通しが外れたことによって、ある不確かさが生じますが、その『不確かさに揺さぶられ自分を見失うことによる苦しみ』」であって、これが「非合理的行動に結びつきやすい」という考え方です[文献1p.21-24]

研究開発においては、もちろん研究がうまくいかない場合にフラストレーションが発生します。これは欲求不満によるフラストレーションと解釈することも可能でしょうが、実は、研究が予想外にうまくいった場合にもフラストレーションが発生します。例えば、ある研究段階がうまくいってしまうと、その次にまた新たな挑戦をしなければならない場合とか、ある計画を組んで実験している時に予想外に早くうまくいってしまうと計画が狂ってしまったり余計な仕事が発生してしまうような場合、成功により自説を曲げなければいけない可能性がある場合、成功してしまうと仕事が終わってしまい慣れた仕事を失ってしまう場合など、うまくいったこと自体は喜ばしいと感じつつも、フラストレーションを感じる場合があり得ます。さらに、何よりも、予想が外れるということ自体に恐怖心を持つ人もいるでしょう。このような場合には、フラストレーションの原因は欲求不満というよりも、意外感と捉えた方がしっくりくるように思うのです。

このようなフラストレーションは、意外な失敗をする場合でも成功をする場合でも、研究活動自体が持つ不確実性によって発生すると考えられます。では、このようなフラストレーションによってどのような非合理的行動を起こす可能性があるでしょうか。まず思いつくのが、意外なことを起こりにくくすることでフラストレーションを回避しようとすることです。例えば、次のような行動が考えられます。

・意外なことが起こりにくいような題材を選ぶ。つまり成功確率が高い(思った結果がでやすい)課題を好み、チャレンジングな課題を避ける。

・大きな進歩が期待できるような方法ではなく、漸進的な方法を好む。

・要求、指示されたことに優先的に対応する。

・ルーチンワーク(同じ手法を用いて、似たような結果や、少しだけ進歩した知見が得られるような研究)を好む。

これは成功確率を上げるという点では一見望ましい場合もあると考えられますが、研究と意外感が表裏一体のものであることを考えると、こうした行動は研究することの意味を喪失させかねない行動ではないでしょうか。研究の管理を厳しくすると不確実性の高い課題への挑戦が減ってしまうことはよく指摘されまずが、それはこうした傾向の現れと考えることができるでしょう。

より具体的な非合理的行動としては例えば次のようなものがありうるでしょう。

・本来の仕事をさておいて、顧客からのクレームにばかり熱心に対応してしまう

・なぜうまくいかなかったかの原因を必要以上に追究する

・報告書を過度に丁寧に書く、報告のプレゼンに必要以上に凝る

・再現性確認や手法の確立に過度に熱心

・緊急性に関わらず上司の指示にはすぐに対応する

これらの行動は、周りからは勤勉に仕事をしているように見えます。加えて、予想されるような成果が確実に得られることが多いので、仕事をしている方もそれなりに達成感がある場合があります。本人も上司も仕事をまじめにやっていると思えてしまう...。しかし、研究の最も重要な点である未知への挑戦は忌避され、新しいことを実現する目的のためには優先順位も低く、場合によっては不必要な仕事に逃げていると言えるのではないでしょうか。これらは、自分の行動によって意外感が生まれる事態を避けたいという衝動からルーチンワークに逃げ込んでいる、という意味で、「ルーチンワークの罠」とでも呼べるような行動であって、研究が本来的に持つフラストレーションによって引き起こされる非合理的行動のひとつと言えるのではないかと思います。もちろん、単調なルーチンワークがフラストレーションの源になることも事実でしょう。しかし、例えば結果のわかっているゲームを繰り返して高得点を狙うことが意外に楽しかったりするように、ルーチンワークには奇妙な魅力がある場合もあると思います。そこに問題が感じられるのです。

もちろん、こうした研究活動ならではのフラストレーションに加えて、研究活動以外の仕事でも感じられるようなフラストレーションも当然存在します。仕事の環境や自分の望みと現実のミスマッチ(やりたい仕事ができない、思うように評価されない、仕事環境が合わない、など)によるフラストレーションにより、仕事への意欲が低下する、感情的な行動をとることなど、職場全体にも悪影響を及ぼすような非合理的行動をとる可能性もありますので、実際にはそうしたフラストレーションへの注意もあわせて必要となることは言うまでもありません(例えば、SASはそうしたフラストレーションの発生を徹底的に抑止しようとしていると考えられると思います)。

ただし、フラストレーションに負けてこうした非合理的行動をとってしまう背景には個人の性格も影響するでしょう。研究者の適性として「不安に耐えられること」を指摘する人がいますが、これはこうしたフラストレーションに対して、非合理的な行動を起こしにくい人である、と言えるでしょう。ノート8では研究者・技術者のパターンを、2つの軸すなわち、未知のことが好きか既存のことが好きか、頭を使うのが好きか身体を使うのが好きか、という分け方で分類してみました。この分類で考えれば、研究開発が本来的に持つ不確実性によって生まれるフラストレーションを強く感じる人は「既存のことが好き」なタイプではないかと思われます。また、身体(や手)を動かすのが非常に好きな人、頭を使うのが非常に好きな人もそれぞれそういう特徴をもつルーチンワークに逃げ込むことで不確実性が生むフラストレーションを緩和しようとするかもしれません。さらに、他の要因として、いわゆるせっかちな(時間割引率の高い)人はこうしたフラストレーションを強く感じて非合理的行動に走りやすいかもしれません。

研究者の能力をできるだけ発揮させようとすれば、研究に伴うフラストレーションはなるべく軽減させるべきではないでしょうか。もちろん、フラストレーションが向上心の原動力となる、という考え方もあるでしょう。しかし、田嶋氏は「『現実の自分』から、(中略)『もっとましなはずの私』とか『もっとできるはずの私』という、必ずしも根拠のない架空のセルフ・イメージ、つまり「理想の自分」のほうへ目をそらすことによって自己嫌悪が成り立ちます」「自己嫌悪の構造は、基本的にフラストレーション《意外感:(中略)》の構造と共通」「向上心にあふれた人がのびのび向上しているかというと、そうでもなく、むしろプレッシャーにおしつぶされていることが多いように見えます。なぜなら、向上心の名の下に行われていることが、実は自己嫌悪だからです。」[文献1p.179-184]と述べています。私もフラストレーションに強い人、フラストレーションを向上心にうまく転換できる人の存在は否定するわけではありませんが、なるべく多くの人の能力をできるだけ発揮させることを考えると、フラストレーションのコントロールが必要なのではないかと思うのです。向上心を持たせることはフラストレーションに頼らずとも可能なのではないでしょうか。目標を高く置くことと、それによりフラストレーションを発生させてしまうことは別物なのではないか、研究の不確実性がフラストレーションを生みやすいとしても、それがフラストレーションを生まないようにマネジメントすることは可能なのではないか、と思います。

具体的には、『こんなはずじゃなかったのにという受け入れにくい気持ち』を生まないように、失敗や期待外れを受け入れる(寛容になる、活用しようとする)こと、『不確かさに揺さぶられ自分を見失うことによる苦しみ』を生まないように、目前の事実に揺さぶられても心の動揺を防げるようなビジョンをしっかりと持っておくこと、などが有効なように思います。加えて、研究者の選好に合わせて仕事内容や分担を調整することも、現実と気持ちのミスマッチによるフラストレーションを防ぐ上で有効でしょう。もちろん、Maslowのいう生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求やHerzbergのいう衛生要因に対する欲求(ノート7)が満たされないことによるフラストレーションの発生を防ぐこと、つまり、仕事の環境を整えることも行なわなければならないでしょう。

ルーチンワークの罠に陥らないようにするためには、正しい仕事の進め方を明確にし、それを教育することも効果的かもしれません。しかし、非合理的行動がフラストレーションによって引き起こされる可能性があることをよく理解した上で、その兆候に注意し、非合理的行動の原因を作らない、ないしは取り除くことも重要なのではないでしょうか。それが効率的な研究開発実現のためのマネジメントを行なう上で、注意すべきポイントのひとつではないかと思います。



文献1:田嶋清一、「自分と向き合う心理学」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2007.

(なお、フラストレーションを意外感と捉える考え方は必ずしも一般的な考え方ではないようです。研究開発における非合理的行動の原因としては他の捉え方もあるであろう点は付記しておきます。)

参考リンク

 

 

理系と文系、とイノベーション

最近、「理系」や「理系と文系」が話題になることが多いように思います。若者の理科系離れや日本の将来(技術立国、グローバル化云々)、さらに至近では震災の対応といったことなど、科学や技術とそれを扱う「理系」と呼ばれる人が注目される機会が増えていることの現れかもしれません。

私も「理系」と呼ばれる人々の中に入っているわけですが、私にとって興味深いのが、「理系はいかにダメか、理系のダメなところは何か」という取り上げ方が増えているように思われる点です。もちろん、自虐的な取り上げ方も含めて本気でダメだとは言っていないのかもしれませんが、理系の人自身が気付いていない見方はそれ自体面白いですし、なによりダメなところの指摘こそ指摘される側にとって役に立つことでもあるわけで(その指摘が的を射たものであることが前提ですが)、面と向かって非難されるのでない限り興味の持てる話題であることは確かです。



そんななかで、特に面白いと感じたのが以下の本です。

・よしたに、「理系の人々」、中経出版、2008.(続編「理系の人々2」もあります)

・竹内薫、「理系バカと文系バカ」、PHP研究所、2009.



「理系の人々」はマンガですが、理系の人の思考、行動のおかしな点(もちろん、理系でない人の基準で)の指摘がなかなか鋭いです。科学者を茶化したマンガは外国には結構あるのに、日本では少なくて残念に思っていましたが、外国のものとはタイプが少し違うものの本質を衝いている題材も多くて、楽しめます。



「理系バカと文系バカ」は、「理系の人々」でとりあげられているようなことも含めて、理系の思考、行動の問題点がより系統的にとりあげられています。著書では「文系」の問題点についてもとりあげられていますが、ここでは「理系」の問題点(=理系バカ)としてとりあげられている10のポイントを見てみましょう[文献1p.68-69]

1、できれば他人と深く関わらないで生きてゆきたい(コミュニケーションが苦手)

2、新型、最新テクノロジーの商品を買うために徹夜してでも並ぶ(メカが好き)

3、相手が関心のないことを延々と話す-女性との会話も下手(サービス精神が少ない)

4、独善的で、いつのまにか相手を怒らせている(人間の感情を度外視して真実を求めてしまう傾向、討議下手、自分の中に絶対基準がありその基準に合わないものに過剰反応する)

5、「もっとわかりやすく説明して」と、よく言われる(正確な説明と丁寧な説明を混同する、比喩を使わない)

6、分からないことは、何でもネットで検索してしまえ(調べる工程やデータ集め自体が快感)

7、感動するポイントが人とズレている(技術や理論に感動する)

8、文系より理系の方が人間として「上」だと信じている(理系であるだけの理由で根拠のない優越感を持つ、いわゆる専門バカ)

9、UFOや心霊現象について語ることは犯罪に近いと思う(科学者が認めないことは犯罪だと思う)

10、意外とオカルトにハマりやすい(科学で分からないことも多いことを把握していない理系が、科学で説明できないことに出会うとショックを受けて騙されてしまうことがある)



もちろんすべての理系の人が上記の傾向を持つわけではないでしょう(私自身、当てはまることとそうでないことがあります)。文系の人より、上記の傾向を持った人の割合が多い、ぐらいのことだとは思います。しかし、ここで指摘されたような、理系の人にありがちな嗜好、信条、考え方、行動パターンというものは確かに存在すると思いますし、このような傾向の背景には、それらを生んだ原因も確かに存在すると思います。例えば、理系と文系では、失敗の概念が異なる(理系にとって失敗は当然のことであり、失敗の反省にはそれを将来の糧として生かすことも含まれる)[文献1p.106]、仕事に関する時間感覚が異なる(理系の場合時間感覚は研究対象の性質に影響される)[文献1p.111]、理系は実験設備に金がかかる(これが日本で理系と文系を分かつようになった本当の理由だそうです)[文献1p.130]、取り扱う法則が異なる(文系は人間の法則、理系は宇宙の法則)[文献1p.176]、発想の柔軟さ(筆者によれば理系の方が柔軟な発想が必要)[文献1p.184]、数字の裏側を読む(筆者によれば理系の方が数字の裏側を読めるという)[文献1p.195]、などがこの本で指摘されています。



このような指摘は、例えば、丹羽氏も「理系と文系の人たちの考え方の違いの基本は、学生時代に訓練された学問の思考方法の違いが原因と思われる(理系はあるものを構成する下位の要素との間の因果関係を追究、文系はあるものがどういう意味、役割・手段を担っているかを洞察する)」と指摘しています[文献2p.235]。また、伊丹氏は「多くの技術者にとって人間の力学などは『面倒くさいもの』である。」「そんな不確定な話がいやだから技術者になった人が多い。」「技術の現場だと、仕事に没頭することで複雑な人間関係に揉まれることを避けることができる。」「人間の力学を深く考えようとすると、しばしば技術者として受けてきたトレーニングが邪魔をする」と指摘しています。その結果、「政治力学を避けられる仕組み(例えばステージゲート法など)を考えたくなる人がでてくる」「しかし政治力学を避けるのは、問題から逃げることと同じになりかねない」[文献3p.13-14]、と述べています。



要するに、こうした理系、文系の行動や考え方の違いは、本人の嗜好や能力に加えて、教育や経験、取り扱う対象の性質などが影響して生まれたものと考えられるということでしょう。言い換えれば、理系だから、あるいは文系だから、というステレオタイプ的な見方ではなく、どんな嗜好を持ち、どんな教育を受け、どんな経験をしたかでその人の思考や行動が影響を受けるということが本質なのでしょう。さらに言えば、個人の行動や考え方は、その個人の選好(つまりは好き嫌い、趣味)とヒューリスティクス(判断や意志決定にあたってその根拠を論理的、厳密に検討せず、確実とは限らない根拠にもとづいて判断、意志決定を行なう)によって決まる要素が大きいと言えるのではないでしょうか。論理的な判断を重視する理系の人であっても、なにがしかのヒューリスティクスは利用しているはずですし、心理バイアスは誰でも持っているはずです。選好には生まれつきのものもあるかもしれませんが、知識や経験、教育がヒューリスティクスの部分に影響して、考え方や行動が決まることがあるのではないでしょうか。実際、技術者の世界にも様々な考え方をする人がいます。理系学科の出身であっても必ずしも論理的な思考をする人ばかりではなく、自らの狭い経験のみにこだわって独善的なところだけ理系らしさを顕にする人もおり、出身の学科や専門だけでタイプ分けできるものでないことは多くの理系の人々が感じていることでしょう。



では、こうした考え方や行動パターンの違いはイノベーションを進める上でどのように関わってくるのでしょうか。まず、確認しておきたいのが、イノベーションはもはや技術の世界だけのものではない、という点です。よい技術さえできればそれが広く使われ、企業の収益にも結び付く、という考え方が通用しにくくなっているというのは、最近では一般的な考え方だと思われます。原因は競争の激化であったり、技術の進歩自体であったりと様々に考えられるとしても、文系の人々も様々な形でイノベーションに関わらざるを得ないというのが一般的な認識でしょう。すなわち、イノベーションの実現のためには、理系文系を問わず考え方の異なる多くの人の協力を得ることが必要になってきていると言えるのではないでしょうか。どうしたらそんな様々な人々との協力関係を築くことができるのかは現代のイノベーションにとって重要な課題であり、おそらくその答えは、様々な人の考え方や行動を知り、それに応じた対応をしなければならないということだと思います。理系・文系というステレオタイプ的な見方はそうした考え方や行動の一つのパターンと言えるかもしれませんが、より重要なことはそれをヒントに他者に対する理解を深め、意志疎通を密にし、協働する関係をつくりあげることのように思います。



そのために具体的にどうするべきか、について竹内氏は文系学科も理系学科も満遍なく学ぶ「文理融合型」を勧めています[文献1、p.208]。しかし、専門性も深め、同時に他の分野の知識も身につける余裕のある人はどのくらいいるのでしょう。そこでまずは次のことを心がけるべきではないかと思います。

・自分と異なる考え方、判断基準を持つ人がいることを認識する。

・つまり、自分の意見を自分の方法で説明したのでは相手に伝わらない可能性があることを自覚する。

・自分の意見を相手に理解してもらいたいなら、相手の考え方、判断基準の背景を推測してみる(理系的、文系的と割り切れるかもしれません)。特に、相手の考え方を支配しているヒューリスティクスの中身を考えてみる(要するに、相手が何を疑い、何を疑わないかを想定してみる)。

・その推定をもとにして相手に受け入れられるような説得の方法を探ってみる。(その結果、自分の考え方を変えるか、変えないかは目的と想定される結果に応じて判断せざるを得ませんが。)



さらに、文理両道とは言わないまでもそれに少しでも近づくためには、以下のことが必要ではないかと思います。

・自分と異なる意見の存在を楽しむ、自分にない発想を大切にする



人が何を正しいと思うかは究極、各自の判断に基づいているでしょう。相手の考えを正しくない、と主張するだけでは、相手を言い負かすことはできても相手の納得と協力は得られないのではないでしょうか。理系、文系という区別をするかどうかはさておいて、考え方の異なる人々との協働を成功させるためにはどうしたらよいのか、「文系・理系」ブームがヒントを与えてくれているように思います。



文献1:竹内薫、「理系バカと文系バカ」、PHP研究所、2009.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.


(参考)

リクナビNextTech総研webページ:「理系の人々」最新作が時々掲載されています。

http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s01100.jsp

よしたにオフィシャルブログ「大宇宙ひとりぼっち」

http://ameblo.jp/yoshitani

竹内薫Official Site

http://www.kaoru.to/

あらたにすwebページ「著者に聞く<『理系バカと文系バカ』 竹内薫さん>」<2013.3.10現在つながりません>

http://allatanys.jp/S001/ex40130.html

小飼弾氏ブログ、404 Blog Not Found、「理系バカよりなのには訳がある -書評- 理系バカと文系バカ」:理系と文系についての多くのコメントへのリンクがあり、参考になります。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51205044.html

参考リンク


 

 

 

 

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