研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2011年08月

モチベーション再考

研究者のみならず、高いモチベーションを持ち、やる気に満ち溢れて仕事に取り組めば多くの成果が得られるだろうことは想像に難くありません。しかし、実際には、研究者をこのように「活性化」された状態にし、その状態を維持することはそれほど容易なことではありません。ノート7で、モチベーションに関わる基本的な事項をまとめましたが、多くの研究のごく一部の紹介しかできませんでしたし、こうした理論を実際に使うにはさらなる整理が必要と感じていました。

そこで、今回は、金井壽宏著、「危機の時代の[やる気]学」[文献1]に基づいて、モチベーションに関わる重要な考え方の追加整理を試みたいと思います。この本については、著者が「自分のモティベーションの持論を書いてみるということを主眼に、理論の紹介はやめて、ひたすらわかりやすさをめざした書籍にしました」[文献2]と述べている通り、モチベーションに関する学術的な本ではありませんが、実用的な面から示唆に富む点が多々あると感じましたので、本書の内容の重要ポイントをまとめてみることにしました。なお、筆者はモチベーションという言葉のかわりに「やる気」という言葉を使われていますが、ここでは厳密な定義にこだわることはせずに、同じような概念を指す言葉と理解しておきます。

筆者はまず、「やる気を生み、育てる要因は4つの系統に分かれる」と述べています。その4つとは、

1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)

2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)

3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)

4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)

です[文献1p.22]。そして、それぞれの系統の役割として、やらなければという緊張感(ズレ・緊張系)で、やる気が起こりアクションを開始→希望や期待、ビジョン(希望・元気印系)を持ってアクションを持続→ただし、やる気にはアップダウンがあり、それを自己調節するのに必要なのが持論(自論)、という流れを示しています。さらに、こうしたやる気を支えるための土台(心身の健康状態、プライベートの充実など)も必要であって、加えて、他者から受ける影響(関係系)によってやる気が影響を受けることを指摘しています。

何がやる気に影響するかについてはいろいろな要因が考えられるでしょう。危機感も、夢と希望も、個人の考え方もやる気の醸成に重要、ということは経験的にわかるのですが、そのどれが支配的なのか、それだけで万能なのか、といったことにはなかなか確信が持てないと思います。そこを整理するために、上記のようにそれぞれの因子と役割を関連づけることはひとつの考え方として面白いと思いました(人によっては、危機感だけで、あるいは夢や持論だけでやる気を生み、持続できている場合もあるようにも思いますが)。さらに、この考え方には「時間」の概念が含まれていることも重要だと思われます。モチベーションを持ち始めることと、それを持続させることは同じ因子の作用の結果ではない、というのは説得力に富む考え方ではないかと思いました。

その上で、筆者は主要な9つのモチベーション理論を上記の1と2に区分して、それをベースに自分に役立つ持論を作ることを推奨しています。その9つとは、以下の通りです[文献1p.157]

1)心配・欠乏系

・緊張感と未達成感-K.レビンの「ツァイガルニーク効果」

・ハングリー精神-A.H.マズローの欠乏動機

2)希望・元気印系

・目標-E.A.ロックの目標設定理論

・意味-V.フランクルの「ロゴセラピー」

・夢-生涯発達の心理学と中年齢で有名でD.レビンソンの理論

・希望-C.R.スナイダーの「希望尺度」

・楽しみ-M.チクセントミハイの「フロー経験」

・達成感-D.マクレランドの達成動機

・自己実現や個性化-A.H.マズローの自己実現の欲求と、C.G.ユングの個性化

さらに、1)と2)の系統をつなぐ概念として、2)から生じる「ズレ」や「乖離」が1)の緊張を生むこともあるとしています。

この中で著者が詳しく解説しているのが、マズローの自己実現と欠乏動機、マクレランドの達成動機、ロックの目標設定理論、スナイダーの希望尺度です。ノート7の内容と重なるところもありますが、興味深いコメントも書かれていますのでそれぞれを簡単にまとめます。

マズローの欲求階層説についてはノート7でも概要を述べましたが、著者は欠乏動機とされる生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、他者からの承認と自尊心の4つの欲求と、存在欲求とされる自己実現の欲求の間には大きな断絶があることを強調しています。そしてマズローの「自己実現は、動機づけの問題ではなく発達の問題だ」という言葉を引用し、下位の基本的な欲求が満たされている社会でないと自己実現の欲求までたどり着かないとして、自己実現が生じるためには、社会も相当よくないといけない、と述べています[文献1p.160-169]

マクレランドの達成動機の研究は、マレーの達成欲求(動機)の考え方に基づいており、その定義は「難しいことを成し遂げること、自然物、人間、思想に精通し、それらを処理し、組織化すること。これをできるだけ速やかに、できるだけ独力でやること。障害を克服し高い標準に達すること。自己を超克する、他人と競争し他人をしのぐこと。才能をうまく使って自尊心を高めること。」ということです。そしてマクレランドは達成動機が喚起されやすい状況の特徴として、

・成功裡に達成できるかどうかは、(運ではなく)努力と能力次第

・課題の困難度、あるいはリスクが中程度

・努力の結果、うまく目的が達成できたかどうかについて、曖昧さなく明瞭なフィードバックがある

・革新的で新規の解決が要求されそう

・未来志向で、将来の可能性を予想して先を見越した計画を立てることが要請される

を挙げています。しかし、マクレランドはそれだけではなく親和動機(他の人々と一緒に何かを成し遂げた、達成したときに感じる喜び、人と一緒に頑張ること、夢を育むこと、ときに依存すること、親密になれること)と、勢力動機(他の人々を通じてことを成し遂げたり、また、大きな絵(大義)を描いて人々を巻き込んでいく、影響力やパワーを求める)にも注目していることが重要としています[文献1、p.170-183]

目標を持つことがやる気を起こさせるために重要であることは、経験的にも理解しやすいものす。ロックはその目標のどのような点に注意すべきかを明らかにしたとされています。すなわち、

・目標の困難度:高い目標の方がよく、やりがいの基準ともなるが、納得のいかない目標を他者が設定する場合などは目標が高ければよいというものでもない。

・目標の具体性:具体的な目標の方が一般に効果が高い。

・目標へのコミットメントと目標の受容:特に他人が目標を設定する場合には、本人がそれを自分のものとしてかかわるかどうかが重要。

・集団目標と個人目標:集団の力を引き出すためには集団への目標設定が効果的だが、その場合でも個人の寄与の測定は必要。

が挙げられています。そしてこうした目標を設定することにより、実際に生産性向上などの効果が認められていると言います。加えて、先に挙げたやる気を生み、育てる4つの要因のすべてに関わる目標設定理論は、これらの要因の統合に寄与するのではないかと著者は期待しているようです[文献1、p.184-202]

スナイダーの希望の心理学について、希望のもたらすエネルギーは、目標を抱くこと、目標に向かう意志力を強めること、目標に至る経路が描けていることから生まれるパワーを活用することの相乗効果として説明されると述べています。この概念には、目標設定アプローチを超える視点も含まれているとのことです[文献1、p.203-205]

さらに、従来の理論に対する次のような興味深い指摘もあります。

Deciによる内発的動機づけと外発的動機づけの考え方に対し、その実態が相互に絡み合う場合が多いので、両者を対立的、二律背反的にとらえすぎることはよくないという批判が近年出てきているそうです[文献1、p.218-220]

・外発的報酬が悪影響をもたらす理由として、報酬が罰になること、人間関係を破壊すること、理由を無視すること、冒険に水をさすこと、興味を損なうこと、を挙げているコーンの説を紹介しています[文献1、p.238-253]

以上の筆者の指摘は研究開発におけるモチベーションの問題を考える上でも重要でしょう。ただし、研究開発には様々な職務、プロジェクトの形態が存在しますので、筆者の指摘だけですべての問題が解決できるとは言えないと思います。少なくとも研究の特性に合わせてやる気を出させる方法も工夫しないと効果が期待できないでしょう。例えば、開発目標やスケジュールがしっかりと与えられている場合や仕事の内容がはっきりしている場合には、多くのルーチンに近い業務と同様に、ほぼ上記のモチベーション理論は適用可能と思われます。しかし、不確実性の高い分野において容易に目標が決められず仕事が曖昧であったり、フレキシブルな対応が必要な場合には、上記の方法ではモチベーションを上げることは困難ではないでしょうか。ところが皮肉なことに、モチベーションが下がりやすい困難な研究テーマほど、研究員の高いコミットメントが求められ、高いモチベーションが求められます。では、どうすればよいのか、研究の特質に応じて著者の考え方からどんな示唆が得られるのかを考えてみます。

・長期的視点からの研究開発の場合、緊急性、危機感が得られにくいことがある→やる気を起こさせることが難しいことになる。

・研究開発期間が長期にわたる場合がある→やる気の維持に必要な、希望・元気印系、持論系、関係系の要因を考慮することが特に重要になると考えられる。

・研究課題への深いコミットが要求される場合→欠乏動機よりは自己実現を重視する必要がある。

・特に基礎的な研究の分野では達成動機によって動機づけられている場合が多いように思われる→その世界で意欲をさらに高めようとすれば、達成動機の要因のうち、課題の困難度、努力の効果、成果の認識しやすさといった点においてマネジメント上の配慮が必要と考えられる。

・目標設定については注意が必要→特に、研究部門に対して外部から目標が与えられる場合には、その目標が研究員に受容されるように、目標の内容の調整と、与え方の調整が必要になると考えられる。例えば、目標を与える人よりも与えられる研究員の方が技術に詳しいことは往々にしてあり、そのような状況では、いい加減な目標設定では到底本人が目標を受容することは不可能になる。本人ですら結果のわからないことに挑戦する仕事であれば、不用意な目標設定は、逆効果になる場合もあると思われる。

・目標に至る経路が明確にできない場合がある→希望の心理学の観点からは、やる気の低下を招く可能性があるので何らかの対応が必要。

つまり、研究開発の場合には、職務の性質上、外から動機づけることが困難な場合が多く、さらに、やる気を長期にわたって維持することが必要と言えるでしょう。別に、研究開発は難しいことをやっているから、あるいは研究者は専門性の高い仕事をしている人だからやる気の管理が難しいというつもりはありません。ただ、単に仕事の性質のせいで動機づけが難しいということが、モチベーション理論から必然的に導かれるように思えるのです。では、どうしたらよいのか、おそらく解決策も理論の中にあるのではないでしょうか。金井氏の考え方に従えば、夢・希望系の要因を総動員し、持論に働きかけて自分自身でやる気を調整できるようにもっていくべきだというのが一つの答えのように思います(やる気を起こさせる場合にも夢・希望系からのズレをきっかけとすべきかもしれません)。もちろん、この考え方は一つの仮説であって、これが常に正しいということではないかもしれません。しかし、やる気を生み、育てる4つの要因とその作用についての考え方を前提とし、さらに金井氏の重要視するモチベーションをコントロールする要因を考慮すると、研究者のやる気を引き出すための実践的指針が得られるように思いますが、いかがでしょうか。

文献1:金井壽宏著、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.

文献2:神戸大学大学院経営学研究科、教員の著書紹介のページより「危機の時代の「やる気」学」

http://www.b.kobe-u.ac.jp/resource/books/2009/crisis.html


 参考リンク


 

技術で仕事はどう変わる?

これからの時代、「仕事」というものはどう変わるのでしょうか。そして、技術はその変化にどのように関わるのでしょうか。新井紀子著「コンピュータが仕事を奪う」[文献1]を題材に、科学技術と仕事、労働の関わりを考えてみたいと思います。

「コンピュータが仕事を奪う」とはいかにもセンセーショナルですが、この2030年、コンピュータがいかに生活に浸透してきたかを思い返してみると、確かにそういう面もあると思います。著者はクルーグマンの著書を引用し「アメリカやヨーロッパで起こっている失業問題は、グローバル化によるものではなく、技術革新によるものだ」[文献1p.3]と述べています。今後さらにコンピュータが発展すれば、人間の仕事はもっと減ってしまうのではないかという不安に対し、この本では、コンピュータはどんな仕事を得意とし、どんな仕事は苦手なのか、コンピュータとの共存を前提として、人はどんな仕事をすべきなのか、といったことが述べられています。(実際にはそれだけではなく、コンピュータやそれを支える数学の考え方などについても、非常に興味深い内容が書かれていますので詳しくは本書をご参照ください。)

本書の内容のうち、「コンピュータが仕事を奪う」、すなわちコンピュータと「人間が頭を使う作業」との競合の観点から重要と思われる点をまとめると以下のようになると思います。

・コンピュータは人間の脳が行なうあらゆることを人間より効率的にこなせるわけではない。原理的に計算量が膨大になってしまってコンピュータでは現実的に答えを出せない問題が存在する。

・コンピュータはデータの意味を考えることが苦手。例えば、画像データからその画像に何が映っているかを判断したり、文章の前後関係を考慮して翻訳したりすることが苦手(ただし、膨大なデータの学習により推定の精度は上がっている)。さらに、意味のある課題の抽出、何をコンピュータに行なわせるかの判断、データを抽象化することなども苦手。
・コンピュータが苦手な作業は人間が行なったほうが効率よく正確、有用な結果が得られる場合がある。その作業が本来人間が行なうべき作業であれば仕事を奪われることにはならないが、コンピュータに学習させるために、コンピュータには作成困難なデータを人間が作ってあげるような仕事は、人間がコンピュータの下働きとして仕事をすることになる。ただし、このうち人間なら誰でもできるような作業は人間同士で仕事の奪い合いになるので賃金は下がらざるをえない。そして学習によってコンピュータの能力が向上すれば、それによっていずれ人間の仕事が奪われる可能性もある。

そして、筆者は次のように述べています。「コンピュータにはできない抽象化作業をし、その結果生じる低レベルの知的作業をコンピュータに代替させる方策を考えることが、ホワイトカラーに残される最も意味のある仕事」[文献1p.58]、「耳を澄まして、じっと見る。そして、起こっていることの意味を考える。それ以外に、結局のところ、コンピュータに勝つ方法はない」[文献1p.218]。

つまり、著者の見通しによれば、人間の活動すべてが機械やコンピュータに取って代わられるものではないが、機械でもできる仕事はどんどん増え、仕事を奪われてしまう人も増えるということになると思います。このような傾向は、コンピュータに限らず、他の技術の進歩によっても起こってきたことでしょう。主に産業革命以後、コンピュータも含む機械は、人の行なう単純作業の代替から始まって、現在はホワイトカラーの行なう頭脳労働の代替を行なうようになっていると考えられ、結局のところ、技術が人間の仕事を奪っている、と言わざるをえない状況だと思います。新技術の開発が、よりよいサービスの追求や効率向上を求めて行なわれる限り、技術の進歩が人間と機械の競争をもたらし、その結果人間の仕事が奪われていくというのは自然の成り行きなのでしょう。

人間であっても機械であっても同じ仕事を行なうなら効率的な方がよい、というこのような考え方の背景には、平川克美氏の言う、アメリカの労働観すなわち「ベンジャミン・フランクリンが説いた『労働とは時間であり、時間とは貨幣である』というプラグマチックな労働道徳」さらに言うなら「ハードワークも、倹約も、遊びも、勉強も、すべては金銭という尺度によって計量可能なものであるという金銭価値一元的な考え方」[文献2p.127]が影響しているように思われます。そうだとすれば効率向上を目的として技術を開発すること自体、人間以上の成果を期待しているわけで、目的からして人間の労働を失わせるものと言うことになるでしょう。

もちろん、機械にやってもらって嬉しい、という仕事もあるでしょう。しかし、その機械の能力を効率追求や人間以上の能力を求めて活用しようと思うことによって、必然的に人間が機械と仕事を取りあうという状況を生むことになるわけです。では、こうした技術は人間の敵なのでしょうか?。と考えると、仕事がどこから生まれるかについてもう少し考える必要があるように思われます。まずは以下の2つの要因を考慮する必要があるでしょう。

1)、仕事のニーズがあるか

2)、仕事のニーズがある時、誰が仕事を行なうのか(仕事をめぐる競争)

機械に仕事を奪われる、というのは、上記2)の競争に敗れる場合と考えられます。1)の仕事のニーズについては、新技術の開発によって古い技術のニーズがなくなったとしても、ほとんどの場合は、その古い技術が与える恩恵自体の本質的なニーズがなくなるわけではないことに注意が必要です。例えば、自動車の出現によって馬車のニーズがなくなったとしても、人がなるべく早く楽に移動したいという本質的なニーズは消えたわけではありません。その本質的なニーズは別の物によって満たされているわけで、要するに本質的なニーズを満たすための手段や行為者間での競争により、不利な方が仕事を失う、ということになります。

してみると、2)の競争が激化しても、1)の本質的なニーズが増える場合には、トータルの仕事が増える可能性があることになります。最も単純な状況としては、経済発展により様々なニーズ自体が増大している場合が挙げられるでしょう。科学技術の進歩は、仕事をめぐる機械と人間との競争を生むこと以外に、このようなニーズの創造に寄与できる一面も持っているはずです。そのニーズとしては必ずしも画期的なものでなくともよく、本質的なニーズ自体は従来のものと同じであっても、消費者がそれに対してより多くの対価を払う気になるようなものであればかまいません。本質的なニーズを満たす従来の手段にとってかわるような技術が生まれ従来の仕事が失われたとしても、新たな技術によってニーズが増大し、より多くの雇用が生まれるとすれば、技術が仕事を創造したことになるはずです。

もちろん、そんなうまい話は多くはないかもしれませんし、一旦創造できた仕事も時間がたてばさらなる技術の進歩によって機械に奪われていくものかもしれません。しかし、人間の仕事を代替すること以外に、仕事の創造を目指す、という方向も技術者の役割のひとつではないでしょうか。

例えば、コンピュータはゲーム産業という新たな仕事を創出しました。これは単に太古の昔から人間が行なってきた「楽しみ、暇つぶし」という本質的ニーズを機械が代替したものであるかもしれません。しかしコンピュータの発展なくしてはそれが大きな雇用を生むこともなかったはずです。もちろん、ゲーム産業によって従来の娯楽産業の雇用の一部が失われたかもしれませんが、それを補ってあまりあるニーズの創造ができたのではないでしょうか。

小飼弾氏は上記「コンピュータが仕事を奪う」の書評で、「職がなければ遊べばいいのに」として「不要不急の遊びが仕事化された」ことを指摘しています[文献3]。もちろん、労働を金銭価値に一元化する考え方からすれば、遊びを仕事化することに抵抗のある人もいるでしょう。しかし、お金につながらなければ仕事ではない、という考え方は変える必要があるのかもしれません。そもそも前出の平川氏は1960年代の日本には、「労働とは金銭に還元できるものであるというよりは、何ものにも還元できない生き方そのものの道徳律であったように見える」という労働観があったとしています[文献2p.129]。そして、「かつて金銭に還元されえないと思われた様々な人間活動(たとえば親切、もてなし、義務の遂行、贈与といったこと)が金銭で測られるように」なったとしています[文献2p.133]。平川氏は、仕事や労働を金銭価値に一元化して考えることの問題点を指摘しているわけで、遊びまで労働と同列に評価してよいかどうかについては述べていませんが、「お金につながらない」という意味では同じと考えてもよいのではないでしょうか。機械と人との仕事の奪いあいがこうした労働観と関係しているとすれば、遊びを仕事にすることも含めて労働観を変えないといけない世の中になったのかもしれません。機械に仕事を奪われた人間には時間が与えられます。今は仕事と金銭が密接に結びついているという考え方が支配的なので仕事がなくなると生活できないと思いがちですが、そうした価値観にとらわれるあまり、与えられた時間をどう使うかという発想が困難になっているのかもしれません。人間にとっての「仕事」の意味の見直し、意義の拡大が求められる世の中になっていくのではないか、という気もします。

例えば、営利の追求を第一目的としないソーシャルビジネスなども従来とは違った仕事の意義を提供しているといえるのではないでしょうか。してみると、研究開発という仕事も金銭価値に一元化して考えることは好ましくないかもしれません。研究課題として、すぐには役立つとは限らない「遊び」のようなものであってもよいかもしれませんし、金銭的見返りが期待できなくても、研究者の知識と経験を社会に贈与するような活動なども意義のあることとして認識すべきなのかもしれません。さらに、研究開発という行為そのものを金銭的価値基準から全く切り離して、知識や経験を持つ者の「義務」として捉えること、あるいは「遊び」として楽しむことも必要なのかもしれません。研究が金銭と結びついた労働行為として捉えられるようになったのは、比較的最近のことですから、それを再び金銭価値から分離することで、研究開発自体を従来にない価値を創造する新たな産業にできるのではないか、などとも思います。

平川氏は、我々が現在抱えている問題は、人口減少によって解決の方向に向かうとも示唆しています[文献2p.191]。長い目で見ればそうなのかもしれませんが、そうした問題の解決に技術が役に立つとすれば、研究開発の意義を金銭的利益以外の分野にも広げていく意義があるのではないでしょうか。そうすることで、技術の進歩によって人間の仕事を奪う以上に、より多くの新たな仕事を創造することができるような気もします。


文献1:新井紀子、「コンピュータが仕事を奪う」、日本経済新聞出版社、2010.

文献2:平川克美、「移行期的混乱-経済成長神話の終わり」、筑摩書房、2010.

文献3:小飼弾氏ブログ、「職がなければ遊べばいいのに - 書評 - コンピュータが仕事を奪う」、2011.1.7.

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51584549.html


(参考)以下の記事も参考にさせていただきました。

小島寛之氏ブログ記事、「新井紀子さんの新著『コンピュータが仕事を奪う』日本経済新聞出版社を読んだ。」2011.1.31

数学ライター、経済学者の視点からの内容紹介、書評です。筆者の目から見た重要ポイント、ナッシュ均衡などについても書かれていて興味深かったです。

http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20110131/1296458097

Seiichi Kasama氏ブログ記事「新井 紀子『コンピュータが仕事を奪う』」、2011.2.18

コンピュータによる人間の知的活動の置き換えについてのコメントなどがあります。考え得る選択肢の中から選び出す「注意」という視点が興味深かったです。

http://ser-lys.blogspot.com/2011/02/blog-post_18.html

mickmack氏ブログ記事、「コンピュータをぶっ壊せ:新井紀子『コンピュータが仕事を奪う』」2011.7.17

機械化と労働市場、コンピュータについてなどのコメントがあります。

http://d.hatena.ne.jp/mickmack/20110717/1310919724

新井紀子氏ブログ

http://researchmap.jp/arai_noriko/ブログ/

新井紀子氏ブログ記事、「『コンピュータが仕事を奪う』刊行」、2010.12.21

http://researchmap.jp/joex44zo6-78/#_78

参考リンク<2012.2.19追加>




 

 

 

 

 

科学の話題・目次(2011.8.14版)

「科学の話題」というカテゴリーでは、社会や企業活動、研究開発と関係のありそうな科学の話題について書いています。

科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション2011.7.18

3.11震災は、科学と社会の関わり方の見直しを我々に迫っていると思います。民間企業においても、その企業の収益源となっている科学と社会の関係の重要性は言うまでもないでしょう。どのように関わるべきなのかを考えてみました。

理系と文系、とイノベーション2011.5.1

理系と文系という区分のしかたは面白いとらえかたではあるのですが、重要なことは、違う発想や知識を持った人とどうつきあっていくかではないでしょうか。これからのイノベーションも、いかに違う発想を生かすかがカギになるかもしれません。

理系と文系参考リンク

ロボットに研究ができるなら2011.4.3

ロボット技術の発達によって、ロボットが研究作業の一部を担うようになるのは時代の流れでしょう。では、人間は何をすべきなのか。ロボットに研究の楽しみがわかるのでしょうか?。

研究ロボット参考リンク

「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)
2011.2.27

エコに優れた企業とは、どんな企業なのでしょうか。ひとつ評価の考え方としてニューズウィークのランキングを紹介、考察してみました。

エコ企業参考リンク

GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査より2011.2.6

GEが実施したイノベーション推進要素、課題認識に関する世界規模のアンケート結果です。GEは、イノベーションは経済的な利益を生むものから人々の暮らしを改善するものに変わりつつある、と結論づけているようですが、どうでしょうか。

GEグローバル・イノベーション・バロメーター参考リンク

論文から見た各国の科学力比較2011.1.16

世界各国の論文数シェアと被引用数シェアの比較です。中国の論文数の伸びが顕著ですが、韓国、インドなども存在感を増しているようです。

論文による科学力評価参考リンク

「ヒトは環境を壊す動物である」感想2010.12.26

小田亮著「ヒトは環境を壊す動物である」の感想です。進化によって人間が獲得した認知能力では、地球温暖化などの環境問題に対応するのは難しい、という視点が新鮮に感じました。

2010年のベスト50発明(「Time2010.11.22号) (2011.12.5

Time誌に発表された2010年のベスト50発明について、ニーズ志向かシーズ志向か、破壊的イノベーションの可能性について評価を試みました。

Time誌ベスト50発明参考リンク

「科学との正しい付き合い方」感想 (科学者とそれ以外の人との付き合い方?について) (2010.11.21

内田麻理香著「科学との正しい付き合い方」の感想です。科学を扱う人とそれ以外の人とのコミュニケーションの問題などが主題ですが、ついでに事業仕分けにおける科学研究費の問題についても考えてみました。

「科学との正しい付き合い方」参考リンク

動的平衡2010.10.31

福岡伸一著「動的平衡」の感想です。動的平衡という考え方はマネジメントにおけるアナロジーとしても面白いと思いますし、読み物としても面白いのですが、若干の疑問も感じました。

動的平衡参考リンク

祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授2010.10.11

根岸教授の研究マネジメント手法について、根岸教授が1996年に発表された記事をもとに考えました。大学における基礎的な研究の進め方について述べられたものですが、特に探索的な研究を行なう場合には有用な示唆が含まれていると思います。

根岸英一教授参考リンク

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