研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2011年09月

ポジティブ心理学の可能性

仕事に対するモチベーションを高め、なるべくよい成果を得るためにはどうしたらよいか、という観点からポジティブ心理学の活用が注目されているようです。ポジティブ心理学とは、「よい人生」について科学的に探究し、その実現に向けて心理学的介入を試みていく学問[文献1]、とのことですが、「よい人生」には仕事における充実と成果の獲得も含まれると考えると、マネジメントにとっても重要な考え方ではないかと思われます。

そもそも、ポジティブ心理学という概念は、1998年にアメリカの心理学者セリグマンによって提唱されたもので、従来の心理学が精神的な病理や組織のネガティブな面(不健全、非効率、摩擦、硬直など)に注目していたのに対して、普通に健全である状態から生き生きとした生き方、組織であれば繁栄を目指す心理学とのことです。心理学の一分野として科学的なアプローチにより研究されているものですが、歴史が浅いこともあって、「幸せの心理学」や「ポジティブシンキング」のような皮相的な捉え方や、自己啓発との混同、安易な商業主義的利用など、本質から逸脱した受け止められ方をされることもあるようです[文献1]。そこで本稿では、ポジティブ心理学の権威とされるピーターソンによる「ポジティブ・サイコロジー」[文献2]に主に基づいて、概略のまとめを試みてみます。

まず、ポジティブな感情すなわち、喜び、興味、満足感、愛情などの感情がよい結果につながることから確認しておきたいと思います。ポジティブ感情には人間の注意力、認識力、行動力の幅を拡げる効果があるのに加え、身体的、知的、社会的資源を形成する力があるという「拡張-形成理論」はフレデリクソンにより導かれたとされ、実際にポジティブ感情が年収や寿命も延ばすという報告もなされているそうです[文献1]。つまり、「ポジティブ心理学において関心対象となっているテーマが、人々をよりよい気分にするためだけではなく、より創造的で健康にするためにも重要である」[文献2p.409]わけで、ポジティブ感情には単なる「幸せ」(この言葉自体広い意味がありますが)につながるもの以上の力があると考えてよいのでしょう。なぜそうなのでしょうか。心理学者たちは、「より高次の感情が安全信号を出し、後々によい結果を生むために利用できる心理的スキルを構築し、強固にする機会を与える可能性があるから」[文献2p.63]としています。つまり、後々役立つ感情こそがポジティブ感情なのであって、人はそれを好ましいと感じるようになっている(進化した)ということでしょう。そうであれば、ポジティブ感情がよい人生に結び付いたとしても不思議はないと考えられます。

心理学者たちは、次のことを、よい人生を構成する要素として認めています[文献2p.402-404]

・ネガティブ感情よりもポジティブ感情を多く持っている

・現在の生き方に満足している

・未来に対して希望を持っている

・過去に対して感謝している

・自分が得意なことが分かっている

・自分の才能や強みを生かして、充実感ややりがいのあることを追求している

・他人との密接な関係を持っている

・集団や組織に対して意味のある関わり方をしている

・安全と健康はよい人生を送るのに必要な環境を整えるもの

しかし、反面、「いい人であること」が人生において何かを達成することの障壁となる可能性があることも指摘しています。いくつかの構成要素には最適な度合いがある、ということかもしれません[文献2p.403-404]

上に挙げたよい人生を構成する要素はポジティブ心理学の課題や成果のリストとも言えるわけで、ピーターソンはポジティブ心理学を以下の3つの関連するテーマに分類し、それぞれについて関連する事項とともに解説しています。[文献2p.24]

a)ポジティブな主観的経験(幸福感、快感、満足感、充足感)

b)ポジティブな個人的特性(強みとしての徳性、才能、興味、価値観)

c)ポジティブな制度(家族、学校、職場、共同体、社会)

ここで「ポジティブな制度はポジティブな特性の発達および発現を促進し、それがまた同様にポジティブな主観的経験を促進する」という関係があるとされます。以下、この分類にしたがって重要と思われる記載をまとめます。

a)のポジティブな主観的経験については、第3章、第4章で述べられています。

・快感には質的な因子と量的な因子がある。[文献2p.64]

・過去の快感について考えるとき、人間の記憶は直接の経験における強烈さに加えて、その経験がどう完結したかによって左右される(ピーク・エンド理論)[文献2p.65]

・快感の予測は不正確(経済学者が言う期待効用も含めて)である。その原因としては、単純接触効果(頻繁に接触することで好きになる)、所有効果(当初は欲しいものでもなかったのに、自分に与えられたものを好きになる)、不安な気持ち、よい気持ちともに自分たちが予期していたほど長くは続かない、などによる。[文献2p.67-70]

・ポジティブ感情は瞬間的な気持ちのよさに比べて持続性があり、複雑[文献2p.62]

・ポジティブ情動は、ポジティブな気持ちを経験する能力(ミールの快楽的能力)であり遺伝的な影響がある[文献2p.80-84]

・フローとは、高度に没頭する活動に伴う精神的な状態を表し(チクセントミハイによる)、最大限の能力で機能するときの経験である。フローが起こりやすいのは、スキルとチャレンジする課題とが最適な均衡状態にあるとき[文献2p.86-89]。フローを生み出す活動に従事することがエンゲージメント[文献2p.106]

・エウダイモニア(アリストテレスによる)とは、内なる自己(ダイモン)に忠実であることであり、真の幸せとは、自分の美徳を見つけ、それを育み、その美徳に従って生きることで生み出される。人生の満足度を予測するものとしてエウダイモニアは快感に勝る[文献2p.104-105]

・主観的ウェル・ビーイングとは、ポジティブ感情の比較的高いレベルのもの、ネガティブ感情の比較的低いレベルのもの、自分の人生がよい人生であるという全体的な判断[文献2p.114]

・幸せに関する決定因子のなかで頑健(ロバスト)なものは、たくさんの友人、結婚、外向性、感謝などの社会的または対人的因子。良好な社会的関係が究極の幸せのための必要条件らしい。[文献2p.121-122]

・幸せ=セットポイント(遺伝的に決定されたそれ以上向上することができない値)+生活環境+意思に基づく活動[文献2p.127-128]、と考えられている。

b)のポジティブな個人的特性については、第5章~第9章で述べられています。

・ポリアンナの原則とは、思考において広範囲にわたってポジティブなものを選択する性向。気持ちのよさが思考において優位を占めるということ。[文献2p.147-148]

・選択的注意とは、うまくいっていることよりもうまくいっていないこと、またはうまくいかなかったかもしれないことを、より強く意識すること[文献2p.149]

・楽観性とは、望ましい未来、好都合な未来、または喜ばしい未来が訪れるとする期待感と結びついた気分や態度。ただし、非現実的な楽観性には問題があり、「悲観的な見方が役立つときには、それに耐えうるだけの勇気を持つ必要がある」。また、「もろもろの出来事を統制しようとして、その実現のための手段も持たずに絶えず努力を続ける人は、どんなに一生懸命でも、ものごとを達成するには客観的に見て限界がある」「楽観性が社会的美徳として存続するのであれば、世間の人々はこうした見解が価値ある報酬を生み出せるようにするための因果関係の仕組みを作るべき」。[文献2p.160-163175]

・スナイダーの考え方による希望とは、目標は達成できる、という人々の期待感である。発動因子(目標は達成できるという誰かの決意)と通路因子(目標を達成するのに効を奏する手段を見つけることができるという個人の信念)からなる。[文献2p.156]

・強みとしての特性は、知恵(創造性、好奇心、向学心、柔軟性、大局観)、勇気(誠実さ、勇敢さ、忍耐力、熱意)、人間性(親切心、愛情、社会的知能-他人や自分の気持ちに神経が行き届き、何をすべきか、何が人を動かすかを知っている)、正義(公平さ、リーダーシップ、チームワーク)、節制(寛容さ、謙虚さ、思慮深さ、自己調整-自分の気持ちや行為を統制できる)、超越性(審美眼、感謝、希望、ユーモア、宗教性)が普遍的な認識として挙げられる。[文献2p.183-190]

・強みをどう発揮するかは価値観に影響される。「よい行いかどうかを決定するのはその行いの目的」であって、価値観とは「ある目標が他の目標よりも好ましいという揺るぎない信念」[文献2p.208-213]。価値観を形成するものは、報酬と罰、社会的な学習、影響力を持つ他者の言動の模倣(モデリング)、何が正しいかを自分に問いそれに対する答えを選ぶこと、などの考え方がある[文献2p.232]

・シュワルツによれば次のような異なる価値観が区別される。達成(例:野心、個人的成功)、慈善(例:ゆるし、他人の福祉)、適合(例:礼儀正しさ、社会規範への服従)、快楽主義(例:食べ物、セックス、余暇)、権力(例:地位、富)、治安(例:法と秩序、社会の安定)、自己主導性(例:自由、自立した思考と行動)、刺激(例:多様性、興奮、新規なもの)、伝統(例:信仰心、文化への敬意)、普遍性(例:社会的正義、平等、環境保全)。異なる価値観はトレードオフの関係にあることがある[文献2p.227-232]

・選択のパラドックスとは、「人が何かを欲するとき、もっと多くのものがあるともっといいわけだが、増大した選択肢は必ずしも人をもっと幸せにはしてくれない」こと。選択に伴う報酬を最大限に得ようとする人をマキシマイザー、適当に満足できる程度の選択をする人をサティスファイサーと呼び、マキシマイザーは自分の決断にあまり満足しない。[文献2p.209-213]

・自分が興味を持っている仕事、自分が得意とする仕事には最善をつくしやすく、成果も得られ、向上も望める、というのは極めて常識的なことであるが、これは、「弱点を修正する」アプローチとは相容れない[文献2p.247]

・興味と能力は達成のための重要な要素である。達成者の調査から浮かび上がった達成に必要な特徴は次のとおり。博学(ただし、2つ以上の分野で卓越している例は極めて珍しい)、勤勉さ(長い時間を費やす)、良き助言者、適切な時に適切な場所に居合わせること、卓越性(自分がやっていることの重要性および自分自身の自律性を信じること)、である[文献2p.276-277]

・楽観主義者が悲観主義者よりも健康であるという事実は、楽観主義者は自分がもっと健康になれるようなことを行なうから[文献2p.294]

・精神的健康の観点からは、心的外傷やストレスからの回復力、復元力(レジリエンス)の強い人とポジティブな傾向との間に相関がある[文献2p.298-300]

・「最も有用なポジティブ心理学的介入は、特定の課題を個々人の特徴と適合させる介入である可能性がある」[文献2p.408]

c)のポジティブな制度については第10章、第11章で述べられます。

・ポジティブ心理学にとって「他者は大切」である。[文献2p.312]

・ポジティブな対人関係はウェル・ビーイングに強力な影響を及ぼすことがわかりつつある。人間関係によって得られるものと費やすもののバランスで関係の維持を判断する公平理論には限界があり、愛着による結びつきの重要性が指摘されている。[文献2p.321-324]

・遺伝学者とジャーナリストを対象とした調査から次のことが示唆される。職業における抽象的価値観と人々が実際に仕事で行なっていることとが緊密に連携しているとき(連携一致)、各専門家たちは自分の最高の状態で自由に機能することができ、士気が高まり、その専門領域が活気づく。こうした連携一致を妨げる要因としては、例えば遺伝子工学のような技術が予期しなかった問題を生む場合や、利益動機が侵入する場合、職業が担う課題のレベルを下げる場合、が指摘される。[文献2p.390-392]

・「よい組織というのは、成員たちを現状よりも元気にすることのできる場所なのではないか。目覚めていない強みとしての特性を前面に打ち出すか、さもなければ新しい強みを作って、組織にとって重要とみなされる局面でそのような力を発揮できるようにするのだ。ポジティブ心理学が目指すべき未来の価値ある目標とは、制度的慣行をどのようにしたらうまく進められるかに注目することによって、組織の全成員たちが自分の道徳的な強みを発揮して、個人の充実感を図ることを可能にすることであろう。」[文献2p.389]

以上、羅列的になってしまいましたが、「よい成果」に結び付くと思われることについてのポジティブ心理学からの示唆をまとめてみました(すべてをまとめきれていない点はご容赦ください)。ポジティブ心理学の可能性については、金井氏も指摘していますが[文献4p.66]、マネジメントの世界で議論されるモチベーションの基礎をなす理論として非常に重要なものではないかと思われます。特に、研究開発のように、不確実で心理的負荷の大きい仕事をうまく進めるためには有意義な考え方であると感じましたし、実用的にも役に立ちそうな指摘が多いと思われました。

ただ、ポジティブ心理学自体は、まだ確立された理論体系ではなく、今後も新たな知見や考え方が提出され、変容していくものと考えられます。セリグマンも最近では、従来の「Authentic Happiness理論」を捨て、positive emotion, engagement, positive relationships, meaning, accomplishmentを増やすことでflourishing(元気でいること、活躍すること、繁栄すること、という理解でいいでしょうか?)を増大させるという「Well-Being理論」に変わってきているようですが[文献3]、その可能性には大きな期待ができるのではないでしょうか。今後の展開に注目していきたいと思います。



文献1:宇野カオリ、「世界が沸騰!年収が増える『ポジティブ心理学』入門」、PRESIDENT online2009.11.2

http://www.president.co.jp/pre/backnumber/2009/20091102/12570/12576/

文献2Peterson, C., 2006、クリストファー・ピーターソン著、宇野カオリ訳、「実践入門 ポジティブ・サイコロジー 『よい生き方』を科学的に考える方法」、春秋社、2010.

文献3 Seligman, M.E.P.、「What is Well-Being?」、ペンシルバニア大学ポジティブ・サイコロジーセンターwebページより、April 2011<2014.8.3現在リンク切れです>

http://www.authentichappiness.sas.upenn.edu/newsletter.aspx?id=1533

文献4:金井壽宏、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.

参考リンク

 

「理性の限界」「知性の限界」

高橋昌一郎著、「理性の限界」[文献1]、「知性の限界」[文献2]の感想と考えたことを書いておきたいと思います。

科学を仕事にしている科学者や技術者であっても、科学哲学についてしっかりとした知識を持っている人はそれほど多くないでしょう。かく言う私もほとんど知識がありませんでした。哲学的なことは知らなくても日々の仕事はこなせますし、専門分野の仕事で忙しいなか、哲学からはどうしても遠ざかってしまいます。しかし、科学と社会の関わり方の見直しが迫られ、科学者や技術者の考え方に疑問が呈せられている昨今の状況では、科学の本質や科学的思考そのものについての先人の考え方を知り、自分なりの考えも持っておくことが必要なのではないでしょうか。企業活動の面からも、技術的に優れたものが市場にすんなりとは受け入れられないという現実は、技術者も科学技術の世界に閉じこもっているだけではいけない時代になっていることの現れかもしれないと考えると、実学の面でも科学哲学を知ることの意義は大きくなってきているように思います。

例えば、次のような疑問にはどう答えるべきなのでしょうか。

・合理的な意思決定はどのようになされるべきか

・「正しい」判断とは何か

・科学的な判断は「正しい」のか、どこまで「正しい」と言えるのか

・「正しい」とする根拠は人によって異なるのではないか(特に、科学技術者の世界と一般社会との差)

・技術者は何を判断のよりどころとすべきなのか

いずれも明快な答えはないかもしれません。しかし、現状でどこまでわかっているのかを知っておくことは重要でしょう。ノート2で不確実性について考えた時に、実現不可能な目標を設定してしまうことの危険性を指摘しましたが、科学や科学的思考に限界があるならその限界は知っておくべきだと思います。

今回取り上げた2冊の本は、哲学と論理学の入門書と言えると思いますが、近代科学の影響を受けた現代の哲学や科学そのもの、科学的思考についての様々な考え方とその限界がわかりやすく解説されています。その中から特に興味深く感じられた点を以下にまとめてみます(すべての内容には触れていない点および、かなり強引に要約している点はご容赦ください)。

「理性の限界」では3つの「限界」が解説されています。以下の点が特に重要と感じました。

第1章:選択の限界

・アロウの不可能性定理:2つの個人選好の条件と4つの社会条件で定義される完全民主主義モデルにおいては、その条件すべてを満足する社会的決定方式は存在しない[文献1p.67-72]

・さらにゲーム理論、ナッシュ均衡についても述べられています。

第2章:科学の限界

・ハイゼンベルクの不確定性原理:ミクロの世界では「粒子の位置と運動量をhという数値(プランク定数)よりも高い精度で測定できない」[文献1p.138]

・ある時点で宇宙のすべての原子の位置と速度を認識する「ラプラスの悪魔」は原理的に存在しない[文献1p.141]

・ポパーの進化論的科学論:「環境に適応できない生物が自然淘汰されるのと同じように、『古い』科学理論も観測や実験データによって排除されていく」[文献1p.166]

・クーンのパラダイム論:「科学者集団が共有する『科学的認識』を総称して『パラダイム』と呼び、「古い科学理論が新しい科学理論へ移行するのは、通常科学においては、それが、より多くのパズルを発見し解決するために便利な『道具』であると科学者集団が『合意』した場合にすぎない」、つまり、新たな科学理論が真理に接近するとは限らない[文献1p.168-172]

・ファイヤアーベントの方法論的虚無主義:「単に科学理論ばかりでなく、あらゆる知識について、優劣を論じるような合理的基準が存在しない」、つまり選択の基準は『何でもかまわない』[文献1p.176-177]

第3章:知識の限界

・ゲーデルの不完全性定理:「数学の世界には、公理系では『汲みつくせない』真理が存在する」[文献1p.219]。「ゲーデルは、一般の数学システムSに対して、真であるにもかかわらず、そのシステムでは証明できないゲーデル命題GSの内部に構成する方法を示した」[文献1p.226]。「論理学から全数学を導出できない」[文献2p.54]

「知性の限界」も3つの章からなります。

第1章:言語の限界

・サピア・ウォーフの仮説:「思考は言語に依存する」[文献2p.74]

・ハンソンの観察の理論負荷性:「『観察』は、常に一定の『理論』を背負っている」[文献2p.93]

・クワインの理論の決定不全性:「観察可能なすべてのデータが与えられたとしても、そのデータと合致する理論は、一意的に定まらない」[文献2p.95]

第2章:予測の限界

・ポパーの反証主義:「理論は、決して経験的に実証されない(帰納法によって理論を導くことの否定)」「『反証』される危険性のある予測こそが『科学的』な仮説」「反証可能でなければ科学でない」「反証主義は、『科学がどのように実行されるべきか』を示すものであって、『科学がどのように実行されているか』を示すものではない」[文献2p.133-139]

・複雑系、バタフライ効果:初期値に対する鋭敏な経路依存性をもつ系がある。「複雑系においては、ある特定の原因を与えたとき、それがどのような結果を導くのか、少なくとも従来の考え方では、まったく予測不可能」[文献2p.173]。これまでの科学は、系を構成する要素の法則を明らかにして、それらを足し合わせれば系全体の動きを予測できるとする『要素還元主義』に基づいていたが、複雑系では予測不可能な運動が内部に発生するため、系全体の動きを予測できない[文献2p.184-185]

第3章:思考の限界

・人間原理(宇宙が存在する理由)、神の存在証明などについて。ファイヤアーベントの主張は「既成の方法論に拘らない」こと[文献2p.218]

こうしてみると、科学や技術の本質に関する問題は、すでにあらかた考察されているように思われます。そして、その結果、「XXができない」とか、「XXとは限らない」というような結論が多いことは興味深いと思いました。経済学者のセンによれば、「理性の限界を認識せずに既存の合理性ばかりを追い求めている人を『合理的な愚か者』と呼ぶ」[文献1p.260]、とのことですが、理性の限界を知ることは、「正しい」判断ができるようになることよりも、「誤らない」ことができるようになる、ということなのかもしれません。大胆に敷衍してしまえば、「正しい」と結論づけることや、正しいという理由で他者を理論的に説得することは容易なことではないのだから、「正しい」という考えにとらわれすぎないこと、理論的な根拠に頼り過ぎないことが実践面では重要なのかもしれないと思いました。

加えて、科学者が日ごろ自明のことと考えていることも、見方を変えれば、あるいは突き詰めて考えれば危うさを孕んでいる、ということも示唆されると思います。科学者が「正しい」と考えることも、所詮は「反証されていないだけ」かもしれず、また、そのような科学者の「正しい」という認識が、科学に携わっていない人を含む社会の認識と一致するとは限らないとも言えるのではないでしょうか。技術者にはデータの解釈においても、誰かとの議論においても自分の考える「正しさ」にこだわりすぎない柔軟性が求められているのかもしれません。

では、我々は何をよりどころに意思決定をすればよいのでしょうか。おそらく、理論的に正しいと思われる考えをつきつめていけばよい、ということではないと思います。最も現実的な答えは、正しいことではなく、間違ってはいないと思われることをデータで示すことではないでしょうか。徹底的に考えて計画を立てたとしても、それが正しく、うまくいくという保証はありません。そんな計画よりも、仮説を検証しながら進むという方法が現実的でしょう。結果よければすべてよし、です。もちろん、既存の論理で片がつく問題もあるでしょうが、企業の研究においては、最終的には何らかの物やサービスを提供することによって実証してみせることが必須になります。理論は研究のプロセスにおいて、効率を上げ、選択肢を広げ、高い目標の設定に寄与する役割を担うものと理解することもできるのではないでしょうか。

さらに他者を説得する場合に、科学に関する認識が人によって違うことを知っておくことは重要でしょう。製品を消費者に受け入れてもらいたい場合や、自説を受け入れてもらいたい場合に、自説の「正しさ」で説得しようとしても効果がないかもしれません。科学的データや理論に対する相手の理解のしかたを知っておけば、「正しさ」を主張するより、「間違っていない」ことをデータで示すアプローチの方がよいという可能性もあるでしょう。そういう意味で、より間違いのなさそうな仮説をデータから拾い出し、主張するというのが「現場主義」の本質という気もします。

深淵な科学哲学に触れた結果が現場主義では結論として情けないような気もしますが、ファイヤアーベントによれば、「あらゆる知識について、優劣を論じるような合理的基準が存在しない」そうですから、最初から無理して自分の理解を超える結論を受け入れる必要もないでしょう。加えて言えば、ファイヤアーベントの「何でもよい」という考え方は実務的にはかなり示唆に富んだ指摘ではないかと思われます。「何でもよい」を受け入れなければ、様々な考え方との相互理解はできないかもしれませんし、権威主義を離れた「何でもよい」という考え方から新たな発想が生まれてくるかもしれません。その時に、データという拠りどころを求めていくのが技術者の仕事かもしれない、とも思いました。

様々な考え方に触れることは、なるべく間違いのない(予想が当たる)推論をするためには重要でしょう。発想の源としても、論理的な考え方の実例としても、思考の訓練としても論理学や哲学の知識は有用なことは言うまでもありません。それに加えて、科学哲学が予想以上に「使えそう」と思わせてくれたことは貴重だったと思います。



文献1:高橋昌一郎、「理性の限界」、講談社、2008.

文献2:高橋昌一郎、「知性の限界」、講談社、2010.

参考リンク<2012.2.19追加>


 

 

参考書・文献・読書録まとめ(2011.9.11版)その2

Nonaka, I., Takeuchi, H.、「知識創造企業」、1995

 ノート6「研究部門が実施したいテーマ」(2010.4.24):暗黙知、ミドルアップダウンマネジメント

 ノート7「研究者の活性化」(2010.5.1):知識創造のための条件づくり

 ノート8「研究者の適性と最適配置」(2010.5.8):研究における多様性

 ノート9「研究組織の構造」(2010.5.15):知識創造のための条件、ミドルアップダウン

 ノート10「研究組織の望ましい特性と運営」(2010.5.22):組織的知識創造促進要件、多様性、自律性

 ノート14「研究成果の転用」(2010.6.19):知識変換、組織的知識創造

 「創造性を引き出すしくみ」(2010.10.24):知識変換、SECIモデル、ナレッジ・クリエイティング・クルー

野中郁次郎、勝見明、「イノベーションの知恵」、2010

 「『イノベーションの知恵』感想」(2011.3.21):この本のまとめ、イノベーションケーススタディ

三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、2004

 ノート7「研究者の活性化」(2010.5.1):モチベーション

 ノート8「研究者の適性と最適配置」(2010.5.8):研究における多様性

 ノート10「研究組織の望ましい特性と運営」(2010.5.22):野中による「場」のコンセプト、コミュニケーション

 ノート11「研究組織運営におけるリーダーの役割」(2010.5.29):ゲートキーパー

 「技術者が問題社員になるとき」(2011.7.24):技術者の二重のロイヤリティ

開本浩矢、「研究開発の組織行動」、2006

 ノート7「研究者の活性化」(2010.5.1):モチベーション、エンパワーメント

 ノート11「研究組織運営におけるリーダーの役割」(2010.5.29):リーダーシップ 、ゲートキーパー

 「モチベーションは管理できる?」(2011.1.23):モチベーション、エンパワーメント

Kelly, T., Littman, J.、「イノベーションの達人!」、2005

 ノート8「研究者の適性と最適配置」(2010.5.8):役割を演じる

  「イノベーションに必要な人材」(2010.11.7):この本のまとめ、創造性を高めるIDEO戦略

 「技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗」(2010.11.14):T型人間

 「エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19):「人類学者」の重要性

McCall, Jr. M.W.、「ハイ・フライヤー」、1998

 ノート11「研究組織運営におけるリーダーの役割」(2010.5.29):経験によるリーダーシップ育成、ロールモデル

 「リーダーがつまずく原因」(2010.7.19):脱線する経営幹部の特徴

Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R.、「イノベーションマネジメント」、2006

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):イノベーションは管理できる

 「研究の管理と評価再考」(2010.8.1):この本のまとめ、インクリメンタル・イノベーション、ラディカル・イノベーション、インセンティブ

 「研究者と金銭的報奨」(2010.9.12):適度なインセンティブはプラスだが過剰になると業績低下を招く

Dixon, N.M.、「ナレッジ・マナジメント5つの方法」、2000

 ノート14「研究成果の転用」(2010.6.19):知識蓄積がうまくいかない理由

Rosenzweig, P.、「なぜビジネス書は間違うのか」、2007

 「ビジネス書の間違い?」(2010.8.11):この本のまとめ、ハロー効果

Levy, P.F.、「模範的チームはなぜ失敗したか」、Diamond Harvard Business Review, Feb.2010, p.154, (2010).

 「ナットアイランド症候群」(2010.9.26):上記文献のまとめ、自律的組織の暴走

福谷正信、「研究開発技術者の人事管理」、2007

 「研究者と金銭的報奨再考」(2010.10.3):民間企業技術者アンケート、昇進を望まない

 「研究者の年齢限界?」(2010.12.12):年齢限界に関する調査、アンケート結果

根岸英一、「発見の条件」、有機合成化学協会誌、vol.54No.1p.1(1996).

 「祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授」(2010.10.11):上記文献まとめ、発見を導くマネジメント

Immelt, J.R., Govindarajan, V., Trimble, C.、「GEリバース・イノベーション戦略」、Diamond Harvard Business Review, Jan.2010, p.123, (2010).

 「リバース・イノベーション」(2010.10.17):上記文献まとめ

福岡伸一、「動的平衡」、2009.

 「動的平衡」(2010.10.31):この本の感想

福岡伸一、「生物と無生物のあいだ」、講談社、2007.

 「動的平衡」(2010.10.31):動的平衡の説明はこの本が詳しい

内田麻理香、「科学との正しい付き合い方 疑うことから始めよう」、2010

 「『科学との正しい付き合い方』感想(2010.11.21):この本の感想


東京大学i.school編、「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」、2010

 「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」(2010.11.28):この本のまとめi.schoolの特徴

 「エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19):人間中心のイノベーション

内田賢、「研究者と年齢的限界」、組織行動研究 (Keio studies on organizational behavior and human performance). No.26 (1996. 3) ,p.67- 75.

 「研究者の年齢限界?」(2010.12.12):上記文献のまとめ要約

上木貴博、「エスノグラフィー 人類学に学ぶ現場主義」、日経ビジネス、2010.12.6号、p.78.

 「エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19):上記記事の簡単なまとめ、活用事例

橋本紀子、「『エスノグラフィ』という手法」、RANDOM誌、vol.53p.1(2007).

 「エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19):上記論文の簡単なまとめ、心脳マーケティング(ザルトマン)

小田亮、「ヒトは環境を壊す動物である」、2004

 「『ヒトは環境を壊す動物である』感想」(2010.12.26):この本の簡単なまとめ、身の丈を超える環境問題

菊池聡、「超常現象をなぜ信じるのか」、1998

 「イノベーションとあいまいな意思決定」(2011.1.):ヒューリスティクス、認知的保守性、認知的一貫性

文部科学省「科学技術要覧平成22年版」

 「論文から見た各国の科学力比較」(2011.1.16):論文数、被引用数シェア

Goodnight, J.、「クリエイティビティを引き出す」、Diamond Harvard Business ReviewSep., 2006, p.3.

 「働きがいのある会社とは」(2011.1.30):上記記事の簡単なまとめ、SASの特徴

ハイケ・ブルッフ、ヨッヘン・I・メンジス、「社員を追い詰める『加速の罠』」、Diamond Harvard Business Review, Dec. 2010, p.76.

 「研究開発におけるスピードと俊敏さ」(2011.2.13):上記文献の要約

レスリー・A・パルロー、ジェシカ・L・ポーター、「プロフェッショナルこそ計画的に休まなければならない」、Diamond Harvard Business Review, Mar. 2010, p.102.

 「研究開発におけるスピードと俊敏さ」(2011.2.13):休みをとらせることで仕事の質が上がる

Berkun, S.、「イノベーションの神話」、2007

 「イノベーションの神話」のまとめと感想(2011.2.20):この本のまとめ、イノベーションの現実


大竹文雄、「競争と公平感-市場経済の本当のメリット」、2010

 「競争心と研究開発」(2011.3.6):この本の簡単な紹介、競争心に影響する因子、経済成長への影響

サジュ=ニコル・A・ジョニ、デイモン・ベイヤー、「あえて戦うべき時、協調や譲歩は本当のチームワークではない」、Diamond Harvard Business ReviewMar. 2010, p.40.

 「競争心と研究開発」(2011.3.6):GE前会長ウェルチ氏の後継者選び事例


伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、2010

 「『技術経営の常識のウソ』感想」(2011.4.17):この本の要約とオープンイノベーション批判、プロジェクトマネジメント批判、ステージゲート法批判

竹内薫、「理系バカと文系バカ」、2009

 「理系と文系、とイノベーション」(2011.5.1):この本の簡単な紹介と感想、行動と思考の問題点

田嶋清一、「自分と向き合う心理学」、2007

 「研究開発とフラストレーション」(2011.5.8):意外感としてのフラストレーション

ジェフリー・H・ダイアー、ハル・B・グレガーセン、クレイトン・M・クリステンセン、「イノベーターのDNA」、Diamond Harvard Business ReviewApr. 2010p.36.

 「イノベーターのDNA」(2011.5.15):上記文献のまとめ、創造性あふれるリーダーの特徴

平川秀幸、「科学は誰のものか 社会の側から問い直す」、2010

 「科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション」(2011.7.18):科学と社会の相互作用、ガバナンス

鬼塚俊宏、先読み!人気のビジネス洋書、「卓越した知識・技術を持つ米国版「オタリーマン」を企業で活かす『ギークを指導すること~テクノロジーをもたらす従業員を管理・指導する方法~』 Leading Geeks : How to Manage and Lead People Who Deliver Technology――ポール・グレン著」、DIAMOND online2011.6.10

 「技術者が問題社員になるとき」(2011.7.24):上記抄録にもとづくまとめ、ギーク

DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部編訳、「いかに『問題社員』を管理するか」、2005

 「技術者が問題社員になるとき」(2011.7.24):技術者(ギーク)と問題社員の類似

沼上幹、「やらせメール ご無体な命令が思考を止める」、朝日新聞、2011.7.15.

 「思考停止をもたらすもの」(2011.7.31):トップの指示の無反省な実行

新井紀子、「コンピュータが仕事を奪う」、2010

 「技術で仕事はどう変わる?」(2011.8.21):コンピューターにできることできないこと

平川克美、「移行期的混乱-経済成長神話の終わり」、2010

 「技術で仕事はどう変わる?」(2011.8.21):人口減少の影響

金井壽宏、「危機の時代の[やる気]学」、2009

 「モチベーション再考」(2011.8.28):代表的モチベーション理論



その1へ

参考書・文献・読書録まとめ(2011.9.11版)その1

今までいろいろな参考書、文献から引用したり内容の紹介をさせていただいたりしてきましたが、かなり深く紹介したもの、断片的な紹介にとどまるものなど様々で、発表した記事とのつながりがわかりにくくなってきましたので、その参考書・文献のどんな点に興味をもって記事を書いたかを整理しておきたいと思います。ごく簡単にしか触れていないものは除いていますので、私が印象深く思った参考文献のリストということもいえるかもしれません。ご参考になれば幸いです(というより本音は自分のための整理で恐縮です)。ほぼ登場順ですが、関連のある文献はまとめています。

リストの形式は以下のとおりです。

文献名(翻訳書は訳者を省略、原著の発表年または論文等の掲載書誌事項を付記)

 紹介・引用した記事題名(投稿日):そのトピックス(太字は比較的詳しい引用・まとめ)

丹羽清、「技術経営論」、2006

 はじめまして(2010.3.21):技術経営は未確立

 ノート1「どんな研究が必要なのか」(2010.3.22):イノベーション定義

 ノート2「研究の不確実性をどう考えるか」(2010.3.27):セレンディピティー

 ノート3「研究と競争相手」(2010.4.3):技術の普遍性

 ノート5「研究部門に求められるテーマ」(2010.4.17):オープンイノベーション批判

 ノート6「研究部門が実施したいテーマ」(2010.4.24):カップリングモデル

 ノート8「研究者の適性と最適配置」(2010.5.8):研究者の個性

 ノート9「研究組織の構造」(2010.5.15):事業志向組織とマトリックス組織、トップダウンとボトムアップ

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):評価強調の危険性

 ノート14「研究成果の転用」(2010.6.19):特許戦略、ナレッジマネジメントの行き詰まり

 「オープン・イノベーションは使えるか?」(2011.1.10):オープンイノベーションの難しさ

 「理系と文系、とイノベーション」(2011.5.1):考え方の違い

丹羽清、「イノベーション実践論」、2010

 ノート11「研究組織運営におけるリーダーの役割」(2010.5.29):異端技術者の活用

 ノート14「研究成果の転用」(2010.6.19):総合力発揮の方法

 「オープン・イノベーションは使えるか?」(2011.1.10):オープンイノベーションの難しさ

後藤晃、「イノベーションと日本経済」、2000

 ノート1「どんな研究が必要なのか」(2010.3.22):イノベーション定義

Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K.、「イノベーションの経営学」、2001

 ノート1「どんな研究が必要なのか」(2010.3.22):イノベーション、イノベーションマネジメント

 ノート3「研究と競争相手」(2010.4.3):ポーターの競争の枠組み

 ノート5「研究部門に求められるテーマ」(2010.4.17):技術が企業に与える信用

 ノート6「研究部門が実施したいテーマ」(2010.4.24):テクノロジー・プッシュ、ニーズ・プルの調和

 ノート8「研究者の適性と最適配置」(2010.5.8):異質な人材

 ノート9「研究組織の構造」(2010.5.15):最適な組織特性は存在しない、ネットワーク組織

 ノート10「研究組織の望ましい特性と運営」(2010.5.22):イノベーションに重要な組織構造以外の要素

 ノート11「研究組織運営におけるリーダーの役割」(2010.5.29):ゲートキーパー

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):様々な評価法が必要

Christensen, C.M.、「イノベーションのジレンマ」、1997

 ノート4「企業の収益源となる研究テーマの設定」(2010.4.10):イノベーションのジレンマ

 ノート9「研究組織の構造」(2010.5.15):破壊的技術は小規模な組織に任せる

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):最初の戦略は間違っている

 「リバース・イノベーション」(2010.10.17):破壊的技術はそれを求める顧客を持つ組織に任せる

 「科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション」(2011.7.18):ニーズを超えた技術の発展

 「苦しいときの技術開発頼み」(2011.9.4):製品品質向上が企業の地位を脅かす

Christensen, C.M, Raynor, M.E.、「イノベーションへの解」、2003

 ノート1「どんな研究が必要なのか」(2010.3.22):技術だけでは成功できない

 ノート2「研究の不確実性をどう考えるか」(2010.3.27):創発的プロセス主導が望ましい

 ノート4「企業の収益源となる研究テーマの設定」(2010.4.10):破壊的、持続的イノベーション、ローエンド破壊、新市場型破壊

 ノート11「研究組織運営におけるリーダーの役割」(2010.5.29):経験から学ぶリーダー

 「リバース・イノベーション」(2010.10.17):ローエンド破壊、価値基準、上級役員の役割

 「エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19):片づけるべき用事

Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A.、「明日は誰のものか」、2004

 ノート4「企業の収益源となる研究テーマの設定」(2010.4.10):破壊的、持続的イノベーション、ローエンド破壊、新市場型破壊

Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J.、「イノベーションへの解実践編」、2008

 ノート4「企業の収益源となる研究テーマの設定」(2010.4.10):破壊的、持続的イノベーション、資源の80%は持続的改良に配分すべき

 ノート5「研究部門に求められるテーマ」(2010.4.17):安定した中核事業がイノベーションの前提

 ノート9「研究組織の構造」(2010.5.15):研究組織を支える組織

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):最初の戦略は間違っている、創発的戦略

 ノート14「研究成果の転用」(2010.6.19):古いアイデアの活用

 「リバース・イノベーション」(2010.10.17):組織の自律性、チームと他組織インターフェースの管理

 「エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19):片づけるべき用事

 「研究開発におけるスピードと俊敏さ」(2011.2.13):間違った方向に全速力で走る危険性

Collins, J.C., Porras, J.I.、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、1994

 ノート10「研究組織の望ましい特性と運営」(2010.5.22):ビジョンの重要性

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):大量のものを試し、うまくいったものを残す

Collins, J.、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、2001

 ノート1「どんな研究が必要なのか」(2010.3.22):技術が飛躍や没落の原因ではない

 ノート8「研究者の適性と最適配置」(2010.5.8):人を選んでから目的を考える

 ノート10「研究組織の望ましい特性と運営」(2010.5.22):針鼠の概念

Collins, J.、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、2009

 「ビジョナリーカンパニー3 衰退の五段階」(2010.9.20):この本のまとめRozenzweigの批判評価

 「技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗」(2010.11.14):イノベーションに注力しすぎて失敗した例

 「苦しいときの技術開発頼み」(2011.9.4):一発逆転の追求

Roberts R.M.、「セレンディピティー」、1989

 ノート2「研究の不確実性をどう考えるか」(2010.3.27):セレンディピティー

 ノート5「研究部門に求められるテーマ」(2010.4.17):幸運は待ち受ける心構え(パスツール)

 ノート6「研究部門が実施したいテーマ」(2010.4.24):真のセレンディピティー、擬セレンディピティー

 「研究者の年齢限界?」(2010.12.12):大きな科学的発見をした時の年齢

Shapiro, G.、「創造的発見と偶然」、1986

 ノート2「研究の不確実性をどう考えるか」(2010.3.27):セレンディピティー


Rogers, E.M.、「イノベーションの普及」、2003

 ノート2「研究の不確実性をどう考えるか」(2010.3.27):技術とは不確実性を減じるための計画

 ノート10「研究組織の望ましい特性と運営」(2010.5.22):グラノベッターによる弱い絆

 ノート13「研究成果の活用」(2010.6.12):イノベーション普及学まとめ

 「創造性を引き出すしくみ」(2010.10.24):情報交流における同類性と異類性

Kim, W.C., Mauborgne, R.、「ブルー・オーシャン戦略」、2005

 ノート4「企業の収益源となる研究テーマの設定」(2010.4.10):ブルー・オーシャン戦略

 ノート10「研究組織の望ましい特性と運営」(2010.5.22):公正なプロセス

Moore, G.A.、「ライフサイクルイノベーション」、2005

 ノート4「企業の収益源となる研究テーマの設定」(2010.4.10):状況に応じたイノベーション戦略

 ノート5「研究部門に求められるテーマ」(2010.4.17):アウトソーシングによる優位性

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):状況に応じたイノベーション管理

Chesbrough, H.、「Open Innovation」、2003

 ノート5「研究部門に求められるテーマ」(2010.4.17):オープンイノベーション

 「オープン・イノベーションは使えるか?」(2011.1.10):オープンイノベーション

Leonard-Barton, D.、「知識の源泉」、1995

 ノート6「研究部門が実施したいテーマ」(2010.4.24):レディネス・ギャップ

 ノート8「研究者の適性と最適配置」(2010.5.8):創造的摩擦、研究者の個性

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):消耗する心のエネルギー

 「コア・リジディティ」(2010.9.5):コア・リジディティの特徴、問題点、脱出

 「技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗」(2010.11.14):的を撃ちすぎる失敗

Leonard, D., Swap, W.、「『経験知』を伝える技術」、2005

 ノート5「研究部門に求められるテーマ」(2010.4.17):10年ルール

 ノート12「研究プロジェクトの運営管理」(2010.6.5):スピードは学習を妨げる

 ノート14「研究成果の転用」(2010.6.19):人脈、少数意見や反対意見の活用

 「技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗」(2010.11.14):ディープスマート

Polanyi, M.、「暗黙知の次元」、1966

 ノート6「研究部門が実施したいテーマ」(2010.4.24):形式知と暗黙知

その2へ

苦しいときの技術開発頼み

現在日本が直面している経済的な閉塞状況、エネルギーや地球環境といった問題の解決のために、技術開発に期待する声をよく耳にします。もちろん技術開発、イノベーションは必要でしょう。しかし、「これからの時代、技術開発しかない」、という言い方には技術者として危ういものを感じることがあります。「神頼み」されているような。そこで今回は、「神頼み」ではない技術への期待のしかたについて考えてみたいと思います。

「神頼み」も技術開発への期待も、現在実現できていない願望を実現してほしい(したい)、という点では同じでしょう。しかし、「神頼み」には以下の特徴があります。

・頼む側はほとんどリスクをとらない

・頼む側の関与がほとんどない、つまり丸投げ

・実現できるという根拠がない

・実現への道筋を問わない、つまり結果だけに関心がある

・他の選択肢を考慮することを自ら放棄することがある(もう後は神に祈るしかない)

これは、技術に関する頼む側の以下の心理が影響していると考えられます。

・技術のことはよくわからないから自分は何もできないので頼むしかない。

・技術を使ってどんなことが可能なのか正確にはわからないのでとりあえず願望を述べる。

・日本には技術力がある、ものづくり力がある、現場の能力が優れている、改善が得意などと言われているし、今までに様々な社会問題を解決し新市場を開発してきた実績があるので、課題を与えれば解決できるに違いない。

たしかに、このような考え方にはやむを得ない面もあります。しかし、その陰には、希望実現を他人まかせにして積極的に関わろうとせず、自らは責任を逃れ、ひどい場合には技術者に責任を押し付ける、といった気持もあるのではないでしょうか。「技術開発しかない」という発想にはそのような危うさが感じられるのです。もちろん、技術者とて頼られて悪い気はしませんし、技術者には与えられた役割を責任をもって実行する責任があります。しかし、どちらがよいとか悪いとかではなく、頼む側も引き受ける側も目的に向かって協力するような進め方でなければ、現実問題として望みを達成できる確率は大きくできないのではないかと思われます。

つまり、本当に技術開発に期待をするというなら、最低限、次の点を考えておく必要があるのではないでしょうか。

・目標を掲げるだけでなく、どう実行するかも考える

・実行に必要な資源を確保する

・実行する上で何が障害になるかを想定して、障害を取り除く、リスクを下げる努力をする

・実行に必要な体制をつくる

・技術開発を担当する者にモチベーションを与え、阻害要因を取り除く

要するに、頼む側も何らかの関与が必要だということです。いずれも当たり前のことと思われるかもしれませんが、実際にはできていないことの方が多いのではないでしょうか。もちろん、これらを頼む側で考えて準備をすべきとまでは言いません。しかし、頼む側と頼まれる技術者側がきちんと議論をして、ある程度双方の考え方の方向性を合わせておいた方が、成果が得られる確率が上がるのではないかと思うのです。

例えば、日本の技術力を日本の経済発展に生かしたいと言うなら、技術力を持った企業や個人が日本で活躍、成功できるような体制づくりが必要でしょう。掛け声だけで、あとは他人任せでは、結局は任された人の判断になってしまいます。日本での技術開発が有利でなければ外国に出ていくなり、日本での開発を減速させるなり、といった判断をする人が現われてもどうすることもできないでしょう。これは、日本が持っているといわれる「技術力」を活かすことについても同じで、いくら「技術力を生かして」と言われても、暗黙知という形で蓄積された技術力を維持する価値と意欲を技術者自身が見いだせなければその技術は廃れていくか、どこかに流出していくことになるでしょう。

自然エネルギーの普及が必要なのであれば、今まで普及を妨げてきた要因は何なのか、企業が開発に積極的に取り組むようにするためにはどうすべきなのか、いつごろまでに何をしたいのか、といった点を明確にし、希望の実現に向けたお膳立てをする必要があります。夢や希望を語ることとそれを実現させようとすることの違いは、夢や希望を実現可能と思われる課題にいかに分解して実行させられるかにあるでしょう。実際にはその過程で試行錯誤が必要な場合もあるでしょうし、具体的な進め方を技術者に丸投げせざるをえない場合もあるかもしれませんが、丸投げしたリスクを頼む側がしっかり認識し責任を持つように関与しなければ、プロジェクトの軌道修正などが行なえず、一か八かの本当の神頼みになってしまうのではないでしょうか。


こうした頼む側と受ける側の関係は、企業の戦略に関しても同じです。競争の激化や市場の変化によって利益が出にくくなっている時、起死回生の新製品、高収益品を狙って技術開発に賭けたくなる気持ちはよくわかります。しかし、こうした狙いが気持ちだけのものであれば、成功は危ういと言わざるをえないでしょう。例えば、Collins著「ビジョナリーカンパニー3、衰退の五段階」では、企業の衰退がかなり進行した第4段階において、「一発逆転の追求」にすがろうとする傾向が見られるが、その効果はあまり期待できないことを述べています[文献1]。また、Christensenは技術開発による製品の品質向上自体が、その企業の地位を脅かす場合があることをイノベーションのジレンマとして指摘しました[文献2ノート4で紹介しました]。つまり、技術開発に期待するだけではなく、それをどう成功させて、収益に結びつけるかといった戦略が重要であると言えるでしょう。その戦略が「技術開発は研究所の仕事なんだから頑張れ」というだけだとしたら、神頼みに近いと言わざるを得ないのではないでしょうか。確かに、企業の場合、仕事や給料の確保、社内での承認、愛社精神といったモチベーションの基本(マズローの欠乏動機に相当-拙稿「モチベーション再考」ご参照ください)はすでに確保されている場合が多いと思われますし、社内での分業や協力、暗黙知の継承といった体制もできているでしょう。その点では、企業内においてはある程度の「丸投げ」は許されると考えられます。しかし、課題が困難であるほど、これらの基本だけに頼る進め方では心もとないはずです。

さらにもう一つの問題は、「技術開発しかない」の「しか」という考え方です。この言葉によって、自ら発想を制限してしまい、思考停止に陥る場合があるのではないでしょうか。他の手段が思いつかないということと、他の手段がないことは異なることは言うまでもありません。技術についてはよくわからないから任せる「しか」ない、と考えるのは、他の選択肢を探る努力を怠けて楽をしたいという気持ちの表れかもしれず、場合によっては問題の解決を技術に押し付けているだけかもしれません。もし、問題の本質が技術にないとしたら、「しか」という発想をすることで、他の手段を考える可能性を自ら否定し、問題の解決を不可能にしていることになるでしょう。

このような思考停止は、実は、日本の技術力の過大評価にもつながります。今まで成功してきたやり方が今後も通用する、という保証はありません。高い目標を掲げることは技術の進歩によい影響を与える場合が多いことは事実でしょうが、その目標がいつも達成できるとは限りません。技術力で劣っていた日本が、技術先進国に追いつけた(あるいは追い越せた)ことも事実かもしれませんが、そういう事実がある以上、今後他国に追いつかれない、という保証はありません。過去の成功体験が今後も続くことを無批判に信じているとすれば、これはやはり思考停止と言わざるをえないでしょう。

技術者にとって、「技術開発に期待する」と言われること自体は嬉しいものです。それでモチベーションが上がることも事実です。しかし、「期待している」という裏付けが感じられない場合にはそのモチベーションを維持することは容易なことではありません。そうしたモチベーションが裏切り続けられれば、何をやっても無駄だという感覚(学習性無力感)が生まれてしまう可能性もあります。研究開発が未知のことへの挑戦であり、未来のことは神のみぞ知る、であったとしても、やっていることの実態が神頼みと思考停止であるならば、成果を得られる確率は高くはならないでしょう。結局のところ、過去の実績を大切にし、情報収集を怠らず、うまく実行して改善を積み重ね、時に大きな進歩を達成すること全体をきちんと考え、成功する可能性の高い方向への行動を促すことが、苦しい時にこそ求められる神頼みではない技術への期待の方法、ということなのだと思います。



文献1Collins, J., 2009、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、日経BP社、2010.

文献2Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

 

 

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