研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2011年10月

ノート記事目次(2011.10.30改訂版)

ノート記事目次を再整理しました。今回は関連記事のアップデートと、関連リンクを少し探索してみました。旧バージョンの目次(2011.3.27)はこちらです。

はじめに2010.3.21
 注)現在は仕事が変わってしまいましたが当時の記事をそのままに残しています。
 

ノート1:どんな研究が必要なのか2010.3.22

 ポイント:企業にとってイノベーションは重要。技術はイノベーションの一要素。

 キーワード:創造的破壊、Shumpeter、アイデア、イノベーション

 関連記事:「「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想」(2011.2.20)イノベーションの全体に関わる考察がまとめられている本です。

  「科学技術と社会とのかかわり、これからのイノベーション」(2011.7.18)3.11震災を機に見直す科学と社会のかかわり方。
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ノート2:研究の不確実性をどう考えるか
2010.3.27

 ポイント:研究は不確実。その認識がマネジメントには必要。

 キーワード:意思決定理論、確定性、リスク、不確実性、錬金術、セレンディピティー、創発的プロセス、未来予測

 関連記事:「技術の目的、研究の役割」(2010.7.25)未来予測、不確実性の低減などを考察しました。
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ノート3:研究と競争相手
2010.4.3

 ポイント:競争相手の存在は忘れてはいけない。

 キーワード:技術の普遍性、競争、Porter
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ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定
2010.4.10

 ポイント:イノベーションの企業活動への影響認識が重要(特に破壊的イノベーション)。

 キーワード:破壊的イノベーション、持続的イノベーション、Christensen、ブルーオーシャン戦略、コンプレックスシステム、ボリュームオペレーション、コア

 関連記事:「コア・リジディティ」(2010.9.5Leonardによる硬直性についての考察。

  「リバース・イノベーション」(2010.10.17GEの新たなイノベーション戦略。

  「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」(2010.11.28)人間中心のイノベーションの試み。

  「エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19)真のニーズを探るアプローチ。
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ノート5:研究部門に求められるテーマ
2010.4.17

 ポイント:研究にはイノベーション以外にも様々な業務が求められる。

 キーワード:未知、既存、頭を使う、体を使う、中核事業の安定、オープンイノベーション、10年ルール、宣伝、信用度

 関連記事「技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗」(2010.11.14)既存事業も重要。

  「オープン・イノベーションは使えるか?」(2011.1.10)オープンイノベーションの難しさと可能性について。
  「苦しいときの技術開発頼み」(2011.9.4)研究開発に期待するとはどういうことか。
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ノート6:研究部門が実施したいテーマ
2010.4.24

 ポイント:シーズ志向、セレンディピティーの重要性。

 キーワード:シーズ志向、ニーズ志向、暗黙知、形式知、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、レディネスギャップ、偽セレンディピティー、真のセレンディピティー
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ノート7:研究者の活性化
2010.5.1

 ポイント:モチベーション理論、エンパワーメントのまとめ。

 キーワード:機能人、経済人、Maslow、欲求段階理論、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求、X理論、Y理論、動機づけ要因、衛生要因、内発的動機づけ、欲求説、過程説、期待理論、誘意性、達成動機理論、エンパワーメント

 関連記事:「研究者と金銭的報奨」(2010.9.12)研究者に対する金銭的報奨の与え方についての考察。

  「研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか」(2010.10.3)過去の成果に対する報奨vs将来の成果への期待料について。

  「モチベーションは管理できる?」(2011.1.23)モチベーションは何によってどう変わるのか。

  「働きがいのある会社とはFortune誌「最も働きがいのある米国企業」No.1SASの考え方)」(2011.1.30SASの考え方の紹介。

  「研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠」について」(2011.2.13)スピードは重要なのか?。
  「研究開発とフラストレーション:ルーチンワークの罠」(2011.5.8)研究の不確実性が生む非合理的行動。
  「モチベーション再考」(2011.8.28)金井壽宏著『危機の時代のやるき学』に基づくモチベーション理論まとめ。
  「ポジティブ心理学の可能性」(2011.9.25)ポジティブ心理学入門。
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ノート8:研究者の適性と最適配置
2010.5.8

 ポイント:研究に求められる様々な仕事と研究者の適性のマッチングが重要。

 キーワード:適性、認知スタイル、行動類型、人を選んでから目的を考える

 関連記事:「イノベーションに必要な人材-『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』」(2010.11.7)ケリー氏の著書紹介。

  「研究者の年齢限界?」(2010.12.12)年齢限界は個人差?。

  「競争心と研究開発」(2011.3.6)弊害のない競争心の発揮はできないのか?。
  「イノベーターのDNA」(2011.5.15)Dyerらによるイノベーターの特徴分析。
  「技術者が問題社員になるとき」(2011.7.24)ギーク(いわゆる専門家)を問題社員にしないためには。
  「事業創造人材とは」(2011.10.16)事業創造を得意とする「青黒い」人材とは。(石原、白石による)
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ノート9:研究組織の構造
2010.5.15

 ポイント:イノベーションのための組織は固定的、定型的でない方がよいのでは?。

 キーワード:機能組織、タスクフォース、階層性、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、ネットワーク組織、破壊的イノベーション、小さな組織
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ノート10:研究組織の望ましい特性と運営
2010.5.22

 ポイント:重要な要素は、ビジョン、多様性、コミュニケーション、自律性。

 キーワード:組織的知識創造、自律性、ゆらぎと創造的カオス、冗長性、最小有効多様性、ビジョン、針鼠の概念、コミュニケーション、弱い絆、公正なプロセス

 関連記事:「ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病」(2010.9.26
  「思考停止をもたらすもの」(2011.7.31)考える苦しさ、考えることと行動すること。
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ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割
2010.5.29

 ポイント:環境整備、仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、育成、ロールモデルが重要。

 キーワード:仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、ゲートキーパー、育成、経験、ロールモデル

 関連記事:「リーダーがつまずく原因」(2010.7.19McCallによる「脱線した経営幹部」について。
  「プレイングマネジャーの功罪」(2011.4.10)プレイングマネジャー制の危うさと有効活用。
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ノート12:研究プロジェクトの運営管理
2010.6.5

 ポイント:計画よりも上手く実行することが重要。定型的な運営は難しいのでは?。

 キーワード:計画、戦略、創発的戦略、評価、方向転換、変化のスピード、心のエネルギー

 関連記事:「研究の管理と評価再考」(2010.8.1Davilaによるイノベーション管理手法について。

  「祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授」(2010.10.11)根岸教授の研究マネジメント手法。
  「『技術経営の常識のウソ』感想」(2011.4.17)オープンイノベーション、プロジェクトマネジマント、ステージゲート法の注意点。
  「報連相と研究開発」(2011.10.2)研究開発における報連相の使い方。
  「研究開発と会議」(2011.10.23)研究開発における会議の使い方。
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ノート13:研究成果の活用
2010.6.12

 ポイント:技術的な価値だけでは技術は普及しない。受け入れられるプロセスの理解が必要。

 キーワード:イノベーション普及、相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性、再発明、持続可能性、採用、選択的エクスポージャー、ハウツー知識、原理的知識、採用者カテゴリー、イノベータ、初期採用者、ラガード、革新性、能力信頼性、無難信頼性

 関連記事:「イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)」(2011.1.3)成果の活用に限った内容ではありませんが、意志決定や説得の問題について。
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ノート14:研究成果の転用
2010.6.19

 ポイント:知識としての研究成果の活用も重要。知識創造、ナレッジマネジメントの可能性。

 キーワード:特許、組織的知識創造、知識変換、知識移転、ナレッジマネジメント

 関連記事:「創造性を引き出すしくみ」(2010.10.24)野中教授の知識創造理論(SECIモデル)と実践的な方法。

  「「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想」(2011.3.21)知識創造ケーススタディ。
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研究開発と会議

「会議」というと非効率なマネジメントの温床のように取り上げられることが多いと思いますが、そうでしょうか。結論から申し上げてしまうと、私は、要は「やり方」だと思っています。やり方次第で意味のあるものにも無駄なものにもなる、「会議」はそんなものだと思います。今回は、研究開発において会議を使いこなすためにはどんなことに注意すべきかを考えてみたいと思います。

会議にもいろいろな種類がありますので、ここでは以下の条件をすべて満たすものを「会議」と考えることにします。

・業務上の何らかの目的を持って、

・3人以上が参加し(少なくとも議事の間は拘束されて)、

・会話を通じて何らかの情報の授受が行なわれる

この定義では、いわゆる会議(ミーティング)から、ブレーンストーミング、報告会、研修会、勉強会、講演会、朝礼、挨拶式、式典、業務目的であればパーティーや懇親会なども、社内外を問わず含まれることになります。

こう考えると、複数の人間を拘束して会議を行なうコストに対して、情報授受や業務達成への貢献といったメリットが釣り合うかどうかが、会議の有効性を決めるポイントになると言えると思います。悪い会議の例として挙げられる、時間が長すぎる、参加者が多すぎる、といった点は、マンパワーというコストが浪費され過ぎていることが問題であり、目的がはっきりしない、会議の内容を業務にどう反映させるかがはっきりしない、授受される情報の質が低い(役に立たない)、会議という形式で伝達するのに適した情報でない、といった点は、得られるメリットが少ない、ということであると考えられます。

つまり、目的を決めて、どんな情報のやりとりを行ないたいかを決めれば(それを決めないのは論外ですが)、誰を参加させるべきか、どのぐらいの時間、どういう形式で行なうべきかはだいたい決まってしまうと言えるでしょう。あとは実施してみて、期待したメリットと実際に得られたメリットを比較して軌道修正していけば会議の効率化は可能なはずなのですが、研究開発における会議については若干注意すべき点があるように思いますので、以下にそのポイントをまとめておきたいと思います。

研究開発活動におけるミーティングの重要性については「報連相と研究開発」でも触れましたが、ミーティングは研究実行の時間を空費するとして嫌う研究マネジャーがいるのも事実です。研究マネジャーは研究員からのデータをもとに判断し指示を行なって研究グループ内や他部署との調整を行なう役割を担い、研究を実行するのは研究員、という分業が好ましいと思っている人は会議は無駄と思うかもしれません。実際このような分業は確かに効率的で、開発プロジェクトのように目標がはっきりしている場合や、研究グループ全体が研究マネジャーの方針に従って研究を進め、発生した問題は研究マネジャーと研究員の間で個別に解決可能な場合には有効な進め方です。私も、業務の性格によっては、ミーティングを必要としないこのような進め方を否定するものではありません。

しかし、組織的知識創造が必要とされる場合や、研究グループ内での情報交流が有効な場合、研究員同士の議論や交流が必要な場合、研究員の育成が必要でマネジャーと研究員の一対一のやりとりでは業務を通じた教育が不十分な場合、上司と部下という上下関係のマネジメントではうまくいかない場合(これには、部下が上下関係のマネジメントを好まない性格である場合も含まれます)のような場合には、ミーティングを通じたマネジメントが有効な場合が多いと考えられます。たしかに、ミーティングはマンパワーを消費するデメリットがあるのですが、上記のような場合にはデメリットを補うメリットが期待できるのではないでしょうか。もし、マネジャーの好み(ワンマンな性格、何でも指示したい性格、短期的な成果を求めすぎる性格など)に影響されて、会議を拒否しているとするなら、それは一種の損失と言えるでしょう。そもそも、研究開発行為には、ある程度の無駄や余裕が必要であることはよく指摘されます。「考える」行為は、一見無駄なように見えることがありますし、「育成」というのは成果を得るための一種の投資ですのですぐにリターンが得られるわけではないわけですが、それらを安易に切り捨てるような考え方にはやはり問題があると言わざるをえないと思います。つまり、ミーティングを重視することが基本であって、状況によってはミーティングを行なわない組織運営を選択してもよい、と理解すべきだと思います。

ミーティングを有効なものにしたいなら、具体的には次の点に注意が必要だと思います。まずは、研究グループ内で行なわれるミーティングを考えてみましょう。

・目的を明らかにすべき。上司から部下への伝達なのか、部下から上司への報告なのか、自分たちの成果についての情報共有なのか、社内外の情報の共有なのか、勉強のためなのか、アイデア出しのディスカッション(ブレーンストーミングなど)なのか、材料を与えて考える時間をとることが目的なのか。

 →その目的に応じて、参加者、時間、やり方を変えるべき。この時、参加者に目的を宣言して、進め方について意見を求めることは有効。

・上司から部下への情報伝達は有意義。ただし、要領よく。

 →文書によって伝達されたことであっても、言葉で再確認することは効果的。伝達の背景や上司の考え方、ポイントを伝えることができ、メンバーにとってもマネジャーにとっても自分の気付かなかった質問や意見を他のメンバーが言ってくれることがあり貴重。

 →人によって、文字によるコミュニケーション、言葉によるコミュニケーションのどちらが効果的かが異なる。

 →その場で部下の反応を観察し、意見を吸い上げることができる。

・部下から上司への報告だけなら、同席しているメンバーにとっては意味がない。会議で報告しなくてもよい。

 →他メンバーの報告結果によって、自分の仕事が影響を受ける、あるいは自分が他メンバーの仕事に関与する可能性がある、結果が参考になる、などのような報告なら有意義になる。

 →他メンバーの報告によって、メンバー間の健全な競争心を刺激することが可能。ただし、足の引っ張り合いにならないようなマネジャーのコントロールが必要。成果が上がったことをグループ全体のメリットにするような工夫が有効。

・議論の種になる話題提供は有意義。

 →上司から部下に対する話題提供、相談も可能。

 →部下がかかえる問題をメンバー全員で考え、アドバイスすることができる。

 →ミーティングの場に拘束することで、強制的に考えるための時間を作ることができる(人によっては考えることよりも実行することを好む人がいるので)。「考える」ことが目的の場合、時間的効率を多少犠牲にしてもよい。

 →組織的知識創造、新たなアイデアの創発の機会となる。創発、発見の楽しさを実感させる。

 →ベテランの過去の経験や知識を引き出す機会となる。

 →教育、指導、相互啓発の機会となる。

 →リーダーがゲートキーパーとなって、外部の情報を翻訳してグループに伝えることができる。

・情報共有によって、メンバーのプロジェクトへの参加意識を高めることができる。

・自らが得た結果についての会議資料を作ることは、データを整理して見直すよい機会になる(データをとりっぱなしで整理が苦手な人に対する指導になる)。ただし、元のデータを、どういう考えに基づいてどのように整理、解析したかも重要なので、なるべく一次データに近いデータの提出も義務づけるべき。異常値の取り扱いから学べることは多い。

このようなミーティングとは別の形態の会議としては、研究成果報告会が挙げられます。これは、研究グループよりもやや大きい組織単位での情報共有が主目的になると思われますのでそれに適した運営をすればよいのですが、場合によっては研究担当の経営幹部に対する報告の形式を取ることがあります。しかし、この類の報告会には無駄が多いというのが私の印象です。比較的大きな研究所の所長への報告会を例に考えると、専門的内容を所長が十分に理解できることは稀なので深い議論ができず、同席させられる同僚研究者にとってあまり参考にならない内容であることが多いものです。研究の進捗の幹部への報告だけなら研究リーダーからの個別の報告で十分でしょう。たしかに、成果をまとめること、プレゼンの練習にはなりますが、これは学会等への発表でも同じ効果が得られるはずです。幹部への業績アピールの機会であるという考え方もありますが、それだけであれば同席させられる人たちにとっては無駄でしょう。唯一メリットがあるとすれば、幹部の考え方を研究員に伝える機会になりうる、ということですが、それも報告会形式よりもうまいやり方があると思います。もし、報告会を有効に活用する可能性があるとすれば、幹部自身が、報告会参加者に自分のメッセージを伝える材料として題材を選び、しっかりとした意見を述べる場合だろうと思います。会議によるメリット、デメリットを考えると、特に参加者を拘束するデメリットが大きいと考えられるのですが、いかがでしょうか。

結局のところ、効果があると思われること、逆効果ないし効果がないと思われることを認識して、そのことを実行する価値があるかどうかを判断することが、会議であろうと何であろうと研究開発をうまく進めるために重要なことであると思われます。今までの慣習や一般論にはとらわれず、きちんと考えて無駄なものは切り捨て、有効な方法を創造していく柔軟性は大切にしなければならないと思います。



 

事業創造人材とは

企業においてイノベーションをなしとげ、新しい事業を立ち上げる人々は、どんな人たちなのでしょうか。最近ネットで取り上げられているリクルートワークス研究所レポート「事業創造人材の創造」の内容について考えてみたいと思います[文献1-5]

このレポートでは、「事業創造人材」すなわち「その企業でこれまでになかったやり方で、新しい事業を立ち上げるか、海外への進出を主導した人物」を調査して見出された特徴がまとめられています。既存企業の中で新規事業を創造した人物が調査対象ですので、ベンチャー起業家は対象となっていません。また、この調査では、新規事業を「顧客・市場の変化を手掛かりに、新しく社会が求めている『価値』が何であるのかを定義しなおし、それを提供し続けるために、どのようなデリバリーの仕組みを構築するか(すなわちマネタイズの方法)を新しく考えだすこと」と定義しており、新たな技術開発や発明は必須のものとはしていません。つまり、いわゆるイノベーションの事業化の段階に特化した調査と言えるでしょう。調査は15 人の事業創造経験者に対して行なわれ、インタビューと、事業に関する資料、対象者の発言や著作をもとにして、事業創造人材の特性を明らかにすることを試みています。イノベーションの実用化のためには事業化段階の努力も重要ですし、新技術が大きな役割を担わないイノベーションも存在しますので、いわゆる研究者が対象ではなくてもこうした調査の意義は大きいと思います。

早速、調査結果を見てみましょう。まず、著者らは、事業創造には、世の中や社会をどのように変えるかを明らかにする「Social Story」を語る「青臭い」部分と、どうやってその製品やサービスから利益を得るのかを明らかにする「Business Story」を語る「腹黒い」部分を併せ持つことが必要と述べています。著者らはこれを「青黒い」人材と称しています。

そして事業創造人材の特徴は次の5つの思考特性と、6つの行動特性で説明できるとしています。

思考特性(思想レベル)

1、より良い社会への信念:変えたい、変えるべき。よりよい社会のため、より顧客のため。どうなっているべきか。

2、経験に裏打ちされた自負:誰よりも経験豊か、考えている。正しい「有能感」。

思考特性(行動規範レベル)

3、強烈なゴール志向:なんとしても事業を成立させたい。必要なものと不要なものを冷静に判断し獲得または排除のために行動する。納得したらこだわることなく方向転換。

4、高速前進志向:大小の到達目標をセットし周囲と自分自身がいまやるべきことを明瞭にする。リスクを承知の上でまずは歩みを進める。

5、粘り強さ:批判、反対、圧力、妨害に屈しない。成功するまで行動しつづける。

行動特性(思想レベル)

1、常識の枠を超える:既存の前提に縛られず方法を考える。通例の制約から進んで逸脱する。別の側面から再定義し新たな機会を想定する。

行動特性(行動規範レベル)

2、手に入れる:必要な人を説得し、納得させ、味方にする。上長の役割や機能をうまく活用する。自分の能力の不足する部分で他者の能力活用に躊躇がない。既存事業で培われた組織能力を使って成長スピードを上げる。事業成長のために周囲の人間を育てる。

3、捨てる:目的合理的でない行動は切り捨てる。大局に関係ないことはメンツやプライドにこだわらず譲る。不要な雑音を無視しぶれない。

4、決める:要件を早く決め他者の迷いを払拭し行動スピードを上げる。自分が行なうこと、他者に任せることを明確に区別し守る。

5、宣言する:すべての要素が明らかになる前に何を選ぶか意思決定する。自分にできないこと、やらないことを周囲に知らせておく。アイデアやプランを早い段階でオープンにして育てる。

6、やめない:途中であきらめずに続けていれば失敗ではないと考える。途中に失敗があることは織り込み済みでいちいちへこたれない。

そして、このような行動特性のうち、「常識の枠を超える」「手に入れる」「捨てる」「決める」の4 要素については経験によって獲得し強化されることが明らかになったとしています。加えて、パーソナリティーの観点から事業創造人材には以下の特徴があることも指摘しています。

・際立った学習能力:ありふれた経験からでも優れた行動を学べる。

 →これは、業務の本質を身につけ「自負」といえるレベルまで高める能力と言えるかもしれません。

・跳ねっ返りな性格:信念につながる。つぶされない条件にもなる。

著者らは、このような性格を持っていることが前提となるため事業創造人材の意図的な育成は困難であり、事業創造人材に育ちうる人材を見つけておくことと、その跳ねっ返りの強さをつぶさないようにすることが人事上のポイントと述べています。

なお、これらの特徴を持つ人は、すぐれたリーダーというわけではないとも指摘しています。リーダーに必要とされる要素のうち、目標達成に強い関心を持ち、よい組織づくりや部下のマネジメント、メンテナンスには関心を示さない場合もみられるという点は注意が必要でしょう。著者らは、こうした事業創造人材の特徴を持った人は組織の数パーセントでかまわないとしていますが、要するに企業における事業創造の機会に十分なだけの数がいればよく、組織のマネジメントや立ち上げた事業を継続的にうまく運営していくためには必ずしもこうした人材でなくともよい、ということと考えられます。

調査結果は以上のような内容ですが、ここで挙げられた事業創造ができる人材の特徴は、だいたい経験的に納得できるようなものだと思います。いわゆる「やり手」といわれる人に対して多くの人が抱いている印象と近いのではないでしょうか。しかし、単なる「やり手」を超えて、事業創造を可能にする人材の場合には、自分個人の成果を求めることよりも、「青臭い」、社会のためを考える視点が必要とされる、ということと思われます。

ただ、この調査分析自体には、著者も認めるとおり[文献5]、いくつかの注意点があります。まず、サンプル数が少ないこと、業種に偏りがあること(今回調査は、電機メーカー、ネット関連、商社、広告のみ[文献4])の点で安易な一般化はできない可能性があります。また、今回は「事業創造」に成功した人の特性を調べていますので、逆に、このような特性を持った人であれば事業創造に成功できる、とは言えないことにも注意が必要でしょう(このような特性を持っているのに事業創造に失敗した人がいる可能性が検証されていない)。また、すべての人がここで挙げられたすべての特徴を備えているということもないと思われます(レポートでは、少なくとも過半数で認められた特性を抽出しているとのことです[文献4])。さらに、こうした特性の相対的な重要度についても残念ながらはっきりしません。仕事の種類や環境によってはマイナス面が現れてしまうような特性もあるのではないかと思われます。これらの問題点については、今後の研究に期待したいと思いますが、挙げられた特性はひとつの仮説として示唆に富んだものと言えると思いました。

もうひとつ興味深いと思われるのが、Dyerらによる「イノベーターのDNA[文献6]との比較です。Dyerらは25人の著名なイノベーターをはじめ3500人のイノベーティブな企業を立ち上げた、あるいは新製品を開発した人々の調査にもとづいて、彼らに特有な5つの能力として「関連づける力」「質問力」「観察力」「実験力」「人脈力」を挙げています。この調査対象は技術者よりであると思われる点で、白石、石原のレポートとは異なりますが、簡単に比較しておきたいと思います。興味深いのは、調査の目的は似ていると思われるのに、表面的な共通点が少ないことです。視点が違う、と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、Dyerによる5つの能力のうち、白石、石原のレポートで指摘されているのは、「質問力」として挙げられた「常識にあらがう質問」が「常識の枠を超える」に近いこと、「人脈力」が「手に入れる」に近いこと、「実験力」が「高速前進志向」ぐらいでしょうか。ただし、Dyerらは、5つの能力の説明で、イノベーターは現状を変えたいと強く願っている、リスク・テイキングをする、変化よりも安定を好む現状維持バイアスを回避する、と述べていますので、「より良い社会への信念」「高速前進志向」「捨てる」とは近い要素が含まれているのかもしれません。また、Dyerらが「きわめてイノベーティブな企業の経営陣は創造的な仕事を部下たちに任せたりしない。みずからやる。」としている点も類似の要素と言えるかもしれません。ただ、大きく違うのは、白石、石原のレポートで「腹黒い」とされるような点がDyerらの指摘にないことです。白石、石原のレポートでは結果的に成功したとは言っても、批判や圧力に屈しない、ルールや社内秩序を無視する、独断専行、使えない資源の切り捨て、うまく立ち回って意志を通す、など、目的のためには手段を選ばないともとれるような「腹黒い」行動の例も挙げられているように思います。「青臭い」部分はDyerでも白石・石原でも指摘されていますので、ひょっとすると、アメリカでは日本に比べて「腹黒く」なくても事業創造がやりやすい環境にある、ということかもしれません(あるいは、「腹黒い」ことは指摘するまでもない当たり前のことかもしれません)。ひょっとすると、日本ではチャレンジすること自体のハードルが高いため、「腹黒く」ないとそのハードルが越えにくいと考えることもできるのではないかとも思います。もし、そうだとすれば、チャレンジしやすい環境さえ整えれば、「腹黒い」特性は必要ない可能性もあるかもしれません。

研究開発から事業を興す場合には「モノ」の要素が入ってきますので、ここで挙げられたような「ヒト」の要素が強くかかわる事業創造とは状況が異なる場合があると思われます。研究開発の世界でもこうした事業創造人材は求められているのかもしれませんが、専門性の育成には長期的な視点が必要ですので、よい組織づくりや部下のマネジメント、メンテナンスといった観点も必要になるでしょう。従って、「青黒い」人材が技術的イノベーションでも力を発揮できるかどうかはわかりませんが、研究と事業化の間に横たわる死の谷やダーウィンの海を越えるためには、このような事業創造人材の手助けが必要になる場合はあると思います。研究の事業化の際には、研究者でなくともこうした「青黒い」人材に業務を任せるべきなのか、研究者の中にもおそらくいるであろう「青黒い」人材を探すべきなのか、それとも、イノベーションを後押しするようなシステムを作ることによって「青黒い」人材に頼らずとも事業化ができるようにすべきなのか、という点も考えてみる価値があるでしょう。また、事業創造人材の特徴は、事業化をどのように進めるべきかの指針やハウツーにもなるかもしれません。研究を研究で終わらせないためにどうしたらよいかの示唆も含んだレポートだったと思います。


文献1:白石久喜、石原直子編、「事業創造人材の創造」、リクルートワークス研究所、2011.6.1.

http://www.works-i.com/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=883&item_no=1&page_id=17&block_id=302

文献2:石原直子、「企業内イノベーションを起こす人々『事業創造人材』が持つ11特性とは」、DIAMOND Online2011.9.29.

http://diamond.jp/articles/-/14198

文献3:白石久喜、「事業創造人材=『青黒い人』を組織はいかにして創造するか」、DIAMOND Online2011.10.13.

http://diamond.jp/articles/-/14392

文献4:石原直子、白石久喜、「企業内事業創造人材の特性と成長(前編)―15 人の企業内事業創造者への定性的調査による―」、Works Review Vol.6, p.22、リクルートワークス研究所、2011.5.30.

http://www.works-i.com/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=854&item_no=1&page_id=17&block_id=302

文献5:白石久喜、石原直子、「企業内事業創造人材の特性と成長(後編)―15 人の企業内事業創造者への定性的調査による―」、Works Review Vol.6, p.34、リクルートワークス研究所、2011.5.30.

http://www.works-i.com/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=855&item_no=1&page_id=17&block_id=302

文献6:ジェフリー・H・ダイアー、ハル・B・グレガーセン、クレイトン・M・クリステンセン著、関美和訳、「イノベーターのDNA」、Diamond Harvard Business ReviewApr. 2010p.36.

文献1,4,5のリンクが変わっています。以下の参考リンクをご参照ください。<2014.8.3>
参考リンク

 

科学哲学の使い方(「理系人に役立つ科学哲学」感想)

森田邦久著、「理系人に役立つ科学哲学」[文献1]の感想です。以前に、科学哲学が予想以上に「使えそう」と書きましたが(「理性の限界」「知性の限界」-高橋昌一郎氏の著書の感想)、今回はその続きとして、上記の本のまとめを試みようと思います。

この本は、書名に「理系人に役立つ」と銘打たれているとおり、理系的なバックグラウンドのある人を対象読者としていることがひとつの特徴でしょう。確かに私のような、理系で、科学哲学に興味を持ち始めた人にはちょうどよい入門書といえると思います。それに加えて、「役立つ」ことを目指して書かれている点も特徴のように感じました。これは、知的興味だけでなく役に立つかどうかも重要な判断基準とする理系人の考え方を考慮した上でのことかもしれませんが、「哲学」は「役に立たないもの」という従来一般のイメージを覆すことも著者の意図にはあるような気もします。そこで、以下では、本書で解説された科学哲学全般にわたる内容の中から、科学を扱っている人に「役立つ」と感じた点を中心にまとめてみたいと思います。

本書は以下の12章からなっています。

I部:科学の基礎を哲学する

1章:科学と推論-科学で使う推論は問題だらけ?

・推論として「演繹」「枚挙的帰納法」「アブダクション」「アナロジー」「仮説演繹法」が紹介されているが、これらのうちで論理的に妥当な推論は「演繹」のみ。ただし、演繹的推論では知識が増えることはない。

・枚挙的帰納法とは、「いくつかのすでに観測された事例からまだ観測されていない事例や普遍的法則を導く推論」であるが、その推論は、「自然界で起こる現象には規則性がある(自然の一様性原理)」ことを前提にしている。

・アブダクション(最善の説明への推論)とは、「手持ちの法則(規則)と組み合わせればうまく観察事実が導き出せるような説明項を推論する」「いくつかの可能な説明のなかからもっともよいと思われる説明を選んでいる推論」。ここで「最善の説明」かどうかの基準のひとつとして、「科学においていくつも競合する理論的説明があるとき、もっとも単純で適用範囲が広いものが選ばれる傾向」が挙げられる。

・アナロジーは「ある対象の性質を、それと似た対象の性質から推論する」こと。

・仮説演繹法では、「まず、観察事例から、帰納的推論によって仮説を立てる。その後、そこから演繹的に、いままでまだ観察されていない事象を『予測』し、検証する」。このうち、観察結果から仮説を導く過程を「発見の文脈」とよび、その仮説から予測を導き観察によって検証する過程を「正当化の文脈」とよぶ。

2章:科学の条件-科学と非科学はどう分けられるのか?

・検証可能性基準とは、「意味のある命題(科学的な命題)は経験によって正しいことが証明できる可能性がなければならない」というもの。

・確証可能性基準とは、「意味のある命題(科学的な命題)は経験によって確からしさが増す可能性がなければならない」というもの(カルナップによる)。

・反証可能性基準とは、「科学的な命題は経験によってまちがっていることが証明される可能性がなければならない」というもの(ポパーによる)。このとき、まちがっている可能性が高い(反証可能性が高い)ほど情報としての価値が高い。反証された命題は捨て去られるか、修正されなければならないが、修正される場合、反証可能性が増大しないような修正は「アド・ホックな修正」としてしりぞけられる。

3章:科学と反証-科学理論は反証できない?

・全体論とは、「われわれの知識や信念の全体は相互につながりあった一つの構造体である」というもの(クワインによる)

・観察の理論負荷性とは、「なにを観察するか、また、観察された結果をどう解釈するかは、なんらかの理論に依存している」というもの(ハンソンによる)。ここから、「新しい発見は、適切な予期によってこそ可能である」とも言える。

4章:科学の発展-どんな科学理論が生き残るのか?

・パラダイムとは、「ある特定の理論だけではなく、明文化できないような研究活動上の指針や模範的な研究なども含めたもの」(クーンによる。クーンは後に「専門母体」と呼んだ)。このパラダイム間を比較するための共通の尺度の不在を「共約不可能性」といい、パラダイム間の優劣を決定する客観的基準はない、とされる。しかし、後に、「正確さ」「無矛盾性」「視野の広さ」「単純性」「豊饒性」という選択基準を認めた(ただし、異なるパラダイムのどちらが「真理」に近いか、ということは決定できない)。

・研究プログラムとは、「『堅い核』とよばれる命題を中心として構成される命題群であり、この堅い核は、補助仮説のつくる『防御帯』によって、どのようなことがあっても反証から保護される」というもの(ラカトシュによる)。そして、新しい予測を成功させることができるものは「前進的プログラム」、そのような性質のない疑似科学的なものは「退行的プログラム」とよばれる。どのプログラムを選ぶべきかは、『どちらのプログラムがより真であるか』ではなく、『どちらのプログラムにより発展性があるか』の観点で比較決定される。

・研究伝統とは、「やるべきこと」や「してはならないこと」のひとそろいの存在論的形而上学的命令(ラウダンによる)。ここには理論そのものは含まれない。競合する研究伝統があるとき、どちらを選択するべきかは、「どちらがより高い問題解決能力をもっているか」で合理的に決めることができる。

5章:科学と実在-原子って本当にあるの?

・科学理論には直接的に観察できない対象が多くあらわれる。この時、理論的対象が存在するとする立場を「科学的実在論」、存在しないとする立場を「科学的反実在論」という。

・奇跡論法とは、あるものが実在していないとすれば、実在しているとして説明可能な多くのことがあることが奇跡的である、だからあるものは実在する、と考える実在論の立場。

・介入実在論とは、「『それそのものを操作して予想どおりの結果を出せる』ような対象は実在しているとしてよい」、とするもの(ハッキングによる)。

II部:科学で使われる概念を見直す

6章:説明とはなにか-説明を説明するのは難しい?

DN理論:「科学的説明とは、ある特定の事実から、少なくとも一つの一般的法則を用いて『説明されるべき現象を記述した文』(これを『被説明項』という)を演繹的に導出すること」。(ヘンペルとオッペンハイムによる)

・説明の因果説:「説明とは推論ではなく説明されるべき現象の原因を示すもの」(サモンによる)

・説明の統合説:「ある原理や法則に、説明されるべき現象や法則が統合される。」「統合とは推論パターンを減らすこと。」(キッチャーによる)

・説明の用語論:「説明とは“なぜ疑問”への答えであり、答えるべき“なぜ疑問”の発せられた文脈が重視される」(フラーセンによる)

・一つの現象を説明するしかたは一とおりではない。説明を考えることは、その現象について新しい光を当てることになる。

7章:原因とはなにか-本当の原因はなに?

・因果の規則説:「原因が結果と時間的・空間的に連続、結果は原因のすぐ後に起こる、結果と似たタイプのできごとは、規則的に原因に似たタイプのできごとに引き続いて起こる」(ヒュームによる)。ここでは根拠となるのはこれまでの経験しかなく、原因と結果とのあいだに必然的な結びつきを認めない。

・反事実条件文による因果の分析:「できごとcができごとeの原因であるとは、できごとcとeが実際に生じ、かつ、できごとcが生じなかったならばできごとeは生じなかったであろうとき、そのときのみである」

・マーク伝達理論:「因果過程においては、なんらかの変化がくわえられたとき、それ以上の介入がなければその変化の跡、すなわちマークが伝達される」(サモンによる)

・保存量伝達理論:「因果関係とは保存量を伝達する過程である。二つの過程の交差は、それらのあいだで保存量の交換があるときに因果的相互作用といえる。」(ダウによる)

・介入理論:「二つの変数XとYがあるとき、ある特定の状況下で、ある介入IによってXを変化させたとき、つねにYがなんらかの変化をこうむるならば、XはYの原因だとする」(ウッドワードによる)

8章:法則とはなにか-法則はなぜ法則なのか?

・法則についての規則説:法則は必然的なものではないとする立場。「どのような時間・空間でも成り立つ規則」(普遍性がある)、「投射可能な(いままでの経験が未来にも通用すると推論できる)述語を用いる」(予測に使える)、「論理学の体系のように演繹体系をつくってみて、ある命題が公理もしくは定理になるのなら、その命題は法則とよべる」(法則の網の目説-法則どうしの論理的関連を重視する)

・法則に必然性があるとする立場では、介入によって変化しないものが法則であると考えることもできる。

・ある特定の条件を満たしたモデル(法則定立機構-法則が成り立つ前提をとしてのモデル)を考えたときに、そのモデルがもつ能力が法則であるとする考え方もある(カートライトによる)。

9章:確率とはなにか-確率は主観的なものか客観的なものか

・確率の応用により、理論の確証度の測定や科学と疑似科学の線引きに利用できるかもしれない。

10章:理論とはなにか-科学理論はウソをつく?

・理論は、現象と直接的に対応づけられるようなものではなく、世界を抽象化・理想化した「モデル」である。

III部:現代科学がかかえる哲学的問題を知る

11章:量子力学の哲学-ミクロの世界は非常識?

・波動関数の解釈、観測問題、不確定性関係の解釈など

12章:生物学の哲学-進化論は科学か?

・進化論、道徳、生命の哲学など

以上、科学を取り扱う際の様々な考え方が紹介されていますが、確実に正しいといえるのは演繹による推論だけであって、他はあくまでひとつの考え方にしかすぎません。また、すべてを統合するような考え方も「ない」ということのようです。さらに重要と思われるのは、正しいとされる演繹では知識が増えないということでしょう。研究を行なう場合でも、科学的な議論をする場合でも演繹以外の考え方を使うことは多いわけですが、多かれ少なかれ危うさを孕んだ議論のみが知識を増やす可能性を持つということです。従って、未知のことへの挑戦を行なうならば、正しいかどうかが危うい推論は必須、ということになります。

このように、確かなことがはっきりしないというのが結論では、科学哲学は「役に立たない」と感じられるかもしれません。しかし、これだけの考え方を並べてみると、自分の扱っている現象を理解、整理し、さらに異なる角度から見直すためにどのような考え方の選択肢があるのか、ということがわかるのではないかと思います。科学的な思考としてどのような方法をとるのが「正しい」か、ということは言えなくても、少なくとも、間違っている可能性の高い考え方を見分ける基準になるのではないでしょうか。さらに、これらの考え方のいくつかに当てはまるような考え方は、より確実な考え方に近い、とも言えるような気もします。このように、判断基準となりうる多くの考え方(しかも、ある程度の支持を得ている考え方)に触れられる点こそが、科学哲学の「役に立つ」ところ、といえるのではないかと思います。


例えば、科学的かもしれないあるアイデアを思いついたときに、そのアイデアがどのような危うさをもっているか、そのアイデアの確からしさや説得力を高めるには、どのようなサポート情報を集めればよいか、などについてのヒントが科学哲学の成果から得られるのではないかと思います。工場で不良品が発生したような場合、その原因をいい加減なものに求めていないか(例えば、天気のせいにするなど)、妙な先入観にとらわれていないか(観察結果自体やそこからの発想が、単なる経験や理論の盲信から生まれてはいないか)をチェックすることができるでしょう。さらに広げれば、例えば、超自然的な能力はあるのか、霊魂は実在するのか、マーフィーの法則は法則といえるのか、などについても考える拠りどころを与えてくれるような気がします。そんな荒唐無稽なところまで考える必要はないかもしれませんが、いい加減な理論や説明が「ビジネス」として成立している場合もありますし、もう少し科学に近い感じがするものは実際に多くのビジネスの手段として使われている場合もあるように思います。そうした考えを利用するのかどうかは、科学者、技術者の倫理の問題にも関係してくるはずです。

以前のブログでは、推論を行なう際の危うさと、そうした危うい推論を行なうメリットについての私なりの考え方を「ヒューリスティクス」という概念を利用してひとまとめにしてしまいました。しかし、その背景には科学哲学における多くの知恵の蓄積があったわけです。科学哲学に基づいて考えてみると、ヒューリスティクスとして取り上げた簡便な意思決定には、哲学的にそれなりの根拠のある考え方と、単に思考の節約を目的としたり心理的バイアスに影響されたりする考え方とがあり、それらは区別すべきだったようにも思われます。科学哲学はそのような考え方の線引きにも役立つかもしれません。科学哲学に触れたからといって、技術者の仕事は自らの考えの拠りどころをデータに求め、未来を予測することだという私の個人的な考え方の基本は変わるわけではありませんでしたが、その際の指針を与えてくれるものとして、やはり科学哲学は役に立つと思います。理系人だけではなく、一般の人にとっても役立つはず、と思うのですがいかがでしょうか(一般の人にとっては、科学に対する考え方の大きな見直しを迫ることになるかもしれませんが...)。



文献1:森田邦久、「理系人に役立つ科学哲学」、化学同人、2010.

参考リンク



 


 

報連相と研究開発

仕事を進める上で、「報連相」すなわち「報告・連絡・相談」が大切である、ということはよく言われます。報告・連絡・相談をセットにして強調するのは日本独自の考え方のようですが、この3つは仕事を進める上でどんな組織においても必要な行動といってよいと思われます。研究開発を行なう際にも、当然報連相は必要なのですが、研究において報連相がどうあるべきか、といった実務的なことは研究マネジメントの世界ではあまり話題にならないように思われます。そこで、今回は、研究開発という仕事の特性をふまえた上で、報連相はどうあるべきかを考えてみたいと思います。

一般的には報連相をうまく行なうことで以下のような効果が期待できると考えられます。

・第一線の情報がマネジャーに伝わりやすくなる。

・問題点に対する素早い対応、戦略変更が可能になる。

・チームワークが機能しやすくなる。総合力の発揮が促進される。

・相談を通じてタイムリーな指導、教育が可能になる。

・情報の共有化が進む→異なる見解の融合によって新たなアイデアが生まれる。

・報連相するためにデータをまとめたり、考えたりする機会となる。

・組織内の信頼関係が強化される。

しかし、やり方を誤ると次のような問題が発生することも指摘されます。

・報告(資料作成)に時間をとられ生産性が低下する。

・権限委譲が進まない。

・問題を報告した後、問題解決の責任の所在が不明確。

・報告に対して対応策が指示されると、報告者が自主的に起きたことの原因を探ったり、問題解決策を考えたりしなくなる。指示待ち思考になってしまう。

・報告内容にとらわれて観察にバイアスがかかる。

・報告を求めすぎると信頼関係が損なわれる。モチベーション低下を招く。

・報告を受ける上司がオーバーフローすると機能しなくなる。

・必ずしも能力に問題があるわけではないのに、報告を嫌う人がいる。

つまり、報連相はすればよいというものではなく、状況に応じてうまく行なうことが必要、ということになるはずです。大雑把に言って、報連相が有効に機能するのは、第一線のデータを中央に集めてそこで判断や指示を行なう場合、プロジェクトのように目標や工程がはっきりしていてそれを実行するような場合、急ぎの対応が必要な場合、各々が分担した業務間の調整が必要な場合、報連相を通じて上司が部下を教育する場合、情報共有を進めたい場合など、ということになるでしょう。こうした場合に、上記の効果と問題点のバランスを考慮して、問題が発生しないようなやり方をしなければいけないわけです。

研究開発の場合はどうでしょうか。納期の決まった開発プロジェクトなどの場合には、多少のリスクを負っても報連相を強化することが必要でしょう。しかし、未知への挑戦、急を要さない長期的なテーマ、探索的なテーマ、基礎研究に近いテーマなどを行なう場合には頻繁な報連相は不要と言えるのではないでしょうか。また、企業における研究開発の場合、部下の能力は様々です。特定の分野に限れば若くても研究マネジャーより詳しい研究員もいるでしょうし、専門職制度を設けている場合にはマネジャー以上の能力を持った第一線研究者がいる場合もあるでしょう。こうした専門家に対しては、過度の報連相の要求は信頼を損ないモチベーション低下につながりかねません。かといって、権限委譲して報告を受ける機会を減らせば、その業務に無関心と受け取られてモチベーションが下がることもあり、得失のバランスをうまく取ることが難しい場合があると思われます。これに対して、仕事を通じた教育を行なう場合には報連相は必須と言っていいでしょう。専門性の育成には時間がかかります(10年ルール-ノート5参照)ので、報連相が指導のための重要な機会であることに疑う余地はないと思われます。(この点、大学での研究では「指導」という要素が強いですから報連相は極めて重要なのではないかと考えられます。)

つまり、基本的には報連相は悪いことではないとしても、上述のような場合には、やり方の工夫が必要になるということでしょう。例えば、情報共有を活性化したいならば、部下から上司への直接報告ではなく、ミーティングなどでグループ全員に報告してもらうようなやり方がよいかもしれません。教育的要素を考慮するなら、メンターや教育係を決めて、マネジャーよりも先にまずそこに報告させることも有効でしょう。報告の頻度も、低すぎれば関心が低いと思われてしまいますし、報告間隔が空けばマネジャー側が以前の細かな経緯を忘れてしまったりします。逆に、頻度が高すぎれば部下の負荷が増え、マネジャー側も消化不良を起こす危険があります。さらには、マネジャーの対応にも配慮が必要でしょう。報告を受けても、それに対する反応が悪ければ報告する意欲は失われるでしょうし、報告を受ける側の反応によって報告内容が偏ってしまう恐れもあります(例えば、失敗やミスの報告に対して厳しく問い詰めれば、悪い事実の報告は上がってこなくなるでしょう)。報告を受け方にしても、報告されるのを待つのではなく、情報が必要ならば積極的に担当者に聞くようにしてもよいはずです。

結局のところ、研究開発における報連相は、業務の内容、報告者やマネジャーの状況、報連相に何を期待するかを考慮しないといけないということになります。プロジェクト進捗管理や分担業務間の調整が必要な場合などでは報連相が明らかに重要と考えられますので、そうではない状況での報連相の進め方、注意点などについて、以下に私の考えをまとめておきたいと思います。

創発のための報連相のあり方(私案)

・報連相の役割は、「情報共有」「創発」「教育」が特に重要。

・報告はマネジャーに個別に行なうよりも、グループ全体で内容を共有することが重要(とは言っても10人以上のグループでは難しいかも)。

 →組織的知識創造(共同化、表出化、連結化、内面化を通じた暗黙知と形式知の変換による知識創造-SECIモデル-「創造性を引き出すしくみ」参照)の機会となる。

 →議論を通じた教育の場となる。

 →研究者間の協力と競争のきっかけとなる。

・単なる進捗報告よりも、予想外の結果、問題のある結果の報告を強く求めるべき。

 →研究の方向の修正、異なる知識や考え方の結合による新たな発想、創発の源となる。

 →グループ全体で「考える」ことが促される。マネジャーによる解決策の提示は慎重に行なうべき。

 →マネジャーは、問題のある結果の報告が隠されがちになることを認識し、共に考える姿勢をとり、叱責は慎む。

・報告(ミーティング)頻度は、13週間に1回程度。それ以上では負荷が多いし、それ以下だと経緯を忘れてしまう。もし、それ以上の頻度で情報が必要であればマネジャーが個別にヒヤリングすればよい。

・報告(ミーティング)では、考える時間、議論する時間も十分確保するようにすべき。

といったところがポイントではないかと思います。もちろん、取り組む研究課題、状況によって効果的な方法は変わってくるはずですので、上記の方法はあくまで一例にしかすぎません。しかし、よい事実も悪い事実も含めて、極力一次情報に近いデータを集めて多面的に考えるようにすることは、新たな発見のための力になるはずです。報連相は業務の効率化、問題点の早期発見の観点から推奨されることが多いように思いますが、研究開発の場面では少し工夫が必要だと思っています。

 

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