研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2012年01月

フロネシス(賢慮)と研究開発

暗黙知、形式知の変換による知識創造理論を提唱した野中郁次郎氏、竹内弘高氏が最近取り上げているフロネシス(賢慮)という考え方について、両著者による論文「賢慮のリーダー」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

この論文において著者らが目標としているのは、「企業が社会と衝突するのではなく、共生するために、どうすればリーダーが体系的な決定を下せるようになるのか」を探ることです。そして、その研究の結果、「形式知と暗黙知の概念を使うだけでは十分に説明できない」、「CEOは『実践知』という、忘れ去られることが多い第三の知識も利用しなければならない」という結論に至ったとしています。ここで、実践知とは、「経験から得られる暗黙知で、価値観や道徳についての思慮分別を持つことにより、現実の具体的な文脈や状況において最善の判断を下し、行動することを可能にする」もの、言い換えれば「実践知は、倫理的に健全な判断を可能にする経験的知識」であって、その実践知の起源が、アリストテレスが分類した三つの知識の一つ、フロネシス(賢慮とも訳される)という概念にある、と述べています。

つまり、知識を用いて何かを成し遂げようとする場合でもまずは正しく判断することが重要で、実践知はそれを可能にするものということでしょう。そして、こうした能力は特にリーダーに求められているというのが著者らの主張と考えられます。ということは、実践知とは、知識というより、能力や信念、思考や行動のパターンといったものに近く、しかし、学んだり育成したりすることができるという意味では知識とも言える、ということになると思います。著者らは、この実践知においては「共通善」が重要な役割を担うとしており、「未来の創造とは、企業の境界を超える、共通善の追求でなければならない」、「意思決定が自社だけでなく社会にも有益かどうか」、「企業は、経済価値と共に社会価値を創出しなければ、長く生き残れない」、「いかなる企業も、顧客に価値を提供し、ライバルが創造できない未来を創造し、共通善を維持することができなければ、長く生き残れないだろう」と述べています。つまり、知識創造を含めた企業活動の全体を統括するのが共通善に支えられた実践知である、と言っているように思います。

著者らは、その実践知を持つ賢慮のリーダーには次の6つの能力が必要であるとしています。

1、善を判断できる:著者らは「賢慮のリーダーは、何が善かという道徳的認識力を発揮し、どんな状況にあってもそれに基づいて行動する」「経営者は、利益や競争優位性のためではなく、共通善のために判断を下さなければならない」とし、基盤となる価値観を持つことが必要としています。そして、善いことの判断力を養う方法として次の4つを挙げています。すなわち、1)経験(特に逆境や失敗の経験)、2)日常の経験から得られた原則を書き留め、共有する、3)卓越性の追求、4)判断力は一般教養に精通することで養うことができる、です。

2、本質を把握できる:「賢慮のリーダーは判断を下す前に、状況の背後にある物事を素早く察知し、将来の展望や結果に対するビジョンを生き生きと示し、そのビジョンを実現するのに必要な行動を決定する。実践知によって、本質を見極め、人々、物事、出来事の性質や意義を直観的に理解する」とされます。そのためには、「細部への目配りと粘り強さが必要」で「細部から普遍的な真実を把握することも重要」「主観的な直観と客観的な知識との間のたえざる相互作用が必要」であり、問題の本質を把握する能力を養うため次の3つの行為を習慣化しなければならないとしています。それは、1)問題や状況の根本が何なのかを徹底的に問う、2)「木」と「森」を同時に見る、3)仮説を立てて検証する、です。

3、場をつくる:「賢慮のリーダーは、経営幹部や社員が互いに学び合う機会をたえず創出する」「フォーマルおよびインフォーマルな場(共有された文脈)をたえず創出する」。

4、本質を伝える:「賢慮のリーダーは、だれにでもわかる方法でコミュニケーションできなければならない」「ストーリーやメタファー(隠喩)など、比喩的な表現を使う必要がある」「それによって、ベースとなる文脈や体験の異なる人々同士でも、物事を直観的に把握できるようになる」。当然ですが、「レトリック(言語表現の技術)も大切」とのことです。

5、政治力を行使する:「賢慮のリーダーは人々を結束させ、行動に駆り立てなければならない」「人材を動員するためには、経営幹部は状況に応じたすべての手段を-マキャベリ的な権謀術数さえも-利用しなければならない」。さらに、「人間はもともと論理的であると同時に感情的でもある」などの「人間性のあらゆる矛盾を理解し、状況に応じてそれらを統合しようとする」「優れた知性とは二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を十分に発揮できる能力(フィッツジェラルド)」という点も指摘しています。

6、実践知を育む:「実践知は組織内にできる限り分散させなければならないし、あらゆる層の社員が訓練によって使えるようにならなければならない」「自立分散型リーダーシップの育成は、賢慮のリーダーの最大の責務の一つ」。ソフトウェア開発で採用されているスクラムアプローチも構造的な選択肢の一つであり、また、手本となる人物から実践知を学ぶこと、メンターによる指導、徒弟制も有効であるとしています。

このようなリーダー像をまとめて、著者らは、「CEOは理想主義的な実用主義者(アイデアリスティック・プラグマティスト)にならなければならない」と述べています。「理想主義者でなければ、新しい未来は作れない」が、それと同時に、「現実を直視し、状況の本質をつかみ、それがもっと大きな文脈とどう関わるのかを思い巡らして、共通善を実現するために何をしなければならないかをその時その場ですぐに判断する」ことが求められる、としています。

リーダーに要求されるこのような能力の内容については、特に目新しいものではない、という意見もあるでしょう。しかし、最近の経営環境の変化を受けて、これからの時代のリーダーに必要な能力として、上記の点をことさら強調している点は重要であると思います。著者らは、こうした能力を持つ経営幹部の事例を挙げているのみですが、企業経営の困難度が増している現在において、こうした能力の欠如が原因で経営が失敗したと思われる例を探すことはそれほど難しくないように思います。例えば、次のような問いを考えてみると、上記の能力のどれが欠けても企業の永続には問題があるだろうことは容易に理解できるのではないでしょうか(それぞれ上記1~6に対応しています)。

1、不祥事を起こしたり社会の信頼を失ったりした企業に「共通善」の認識があったか

2、本質を軽視して目先の利益や指標にとらわれて失敗していないか

3、知識創造の基盤となる相互交流の制度(場)を整備、維持しているか

4、経営層の考え方が社員に浸透しているか

5、相反する目標を認識した上で、社員の行動を束ねられているか

6、知識、能力の育成はできているか

研究開発のリーダーについても同様のことが言えると思います。上記の考え方を研究の場面に適用すると以下のような示唆が得られるでしょう。

1、共通善に反する研究は、仮に研究自体がうまくいったとしても社会との関わりにおいて問題を起こす可能性がある。

2、本質(たとえば、Christensenの指摘する「片づけるべき用事」、エスノグラフィーでとらえようとする真のニーズなど)を考慮した研究が重要。本質を忘れた改良はオーバースペック製品や、使われない製品を生む。

3、知識創造の場を整備し維持する必要がある。

4、企業戦略の方向を理解して研究の方向を決定できているか。

5、社内の協力体制はできているか。矛盾するような目標に対して安易に妥協していないか。

6、技術やノウハウ、技術的優位性、よき伝統の継承はできているか。

こうしてみると、当たり前の指摘とはいいながら、重要なチェックポイントを示しているように思います。特に、科学技術への信頼が失われ、研究の不確実性が高まるなかで、新興国からの技術的な追い上げを受けている研究環境にあっては、研究開発にこそこうしたフロネシスにもとづく実践知が求められていると言えるのではないでしょうか。確かに著者らの主張は技術者の感覚からすれば実証性が不足していてそのまま受け入れにくいと思われるところもあり、観念的な概念はわかりにくい点もあるのは事実ですが、貴重なヒントを与えてくれていることは確かだと思います。

著者らは、「『断絶』が繰り返される時代にあって、組織を賢く統率する能力は消え失せたに等しい」「多くの経営者が、新しい技術、人口動態の変化、消費動向などに対応できるように自社を素早く改革するのは難しいと感じている」「人々は産業界に価値観や道徳が明らかに欠けていることに腹を立てている。ビジネス・スクールや企業、CEOの経営者育成法にはどこか誤りがある」という問題意識に基づいているようですが、これはそのまま科学の世界、研究開発の世界にも言えることなのではないでしょうか。何を読み取るかは我々次第なのでしょう。


文献1:野中郁次郎、竹内弘高、「『実践知』を身につけよ 賢慮のリーダー」、Diamond Harvard Business Review20119月号、p.10.

参考リンク<2012.7.8追加>

 

「もうダマされないための『科学』講義」-科学でダマし、ダマされる状況について考える

菊池誠、松永和紀、伊勢田哲治、平川秀幸著、飯田泰之+SYNODOS編、「もうダマされないための『科学』講義」[文献1]を読んでみました。3.11震災が社会に与えた影響のひとつとして、「科学」と「科学を扱う人々」への信頼が損なわれたことが挙げられることが多いと思います。しかし、それ以前に、我々(科学に携わる人もそれ以外の人も含めて)が科学をどう捉えていたのか、科学的という名のもとに科学に誤ったイメージをもっていたのではないか、ということも見直すべきではないかと思います。特に、科学技術を「商売」のタネにしている人々(企業も含めて)の中には、故意に、あるいは意図せずに科学をタネに「ダマす」ことを行なっている場合もあることは否定できません。今一度、科学に対する信頼の問題を考えなおす必要があるのではないでしょうか。

本書では、5人の著者による以下の4つの章+付録で、科学と社会の関係をめぐる話題が取り上げられています。

第1章:科学と科学ではないもの(菊池誠)

第2章:科学の拡大と科学哲学の使い道(伊勢田哲治)

第3章:報道はどのように科学をゆがめるのか(松永和紀)

第4章:3・11以降の科学技術コミュニケーションの課題-日本版「信頼の危機」とその応答(平川秀幸)

付録:放射性物質をめぐるあやしい情報と不安につけこむ人たち(片瀬久美子)

以下、それぞれの章の内容から気付いた点をまとめたいと思います。

第1章では、「ニセ科学が批判される理由は、単にそれが間違っているからではない。ニセ科学を選択すること自体が、さまざまな社会的損失を招くためだ」という荻上チキ氏のコメント[文献1p.16]につづいて、「科学らしさ」を装う「ニセ科学」の問題が取り上げられています。著者は科学と非科学の間にはグレーゾーンがあることを認めた上で、その区別について「はっきりとした線が引けないのだから、否定もできないはずだ」という「強い相対主義」には否定的です。以下、ニセ科学、科学的考え方についての、ケーススタディに基づいた著者の指摘、見解を示します(要約していますので正確な表現は原著をご参照ください)。

・科学的な間違いはニセ科学ではない。間違いを否定すると科学が進歩しない。

・メカニズムがわからなくとも再現性のある科学的事実はニセ科学とは呼ばない。

・とっくに否定された学説を科学的根拠として使うのは問題。

・ニセ科学は、否定的な証拠がどれほど出てきてもその説を撤回しない。

・希望をかなえてしまう説が科学的根拠と解釈されてしまい、科学の使い方を歪める場合がある。

・ニセ科学は単純明快で世界をわかりやすく説明することがある(ゼロリスク思考など)。

・個人的な体験は、その個人には「事実」なので否定できないが、他人と共有できるものが客観的事実であって、科学は客観的事実を扱うもの。

・科学的な説明では、他の知識との整合性が重要。

・「頭で理解する」と「気持ちで納得する」は異なる。「理屈と気持ちのあいだに折り合いがつけられればよい」のだが、それは難しいことで、「理屈がわかれば、不安は感じないはずだ」と考えるのは間違い。

・科学に対する興味を惹くことを狙って科学を魔法のように伝えることはニセ科学を科学に見せることに加担しているかもしれない。

第2章では、科学と科学ではないものの区別(境界設定問題)について述べられます。境界設定問題についてはポパーの反証可能性の議論が有名ですが、近年の科学の領域拡大を考えるとこの基準のみで考えることには無理があるようです。特に、ギボンズとザイマンによって提案された「モード1科学」「モード2科学」という領域の区分によれば、世界の解明を目的とする(従来型の)科学である「モード1」から、より超領域的であり、問題解決を主な目的とする「モード2」に領域が拡大することによって、従来のモード1科学における価値観が通用しなくなっているといいます。従来の価値観とは、CUDOSと呼ばれていて、共有主義(Communalism、発見を共有する)、普遍主義(Universalism、研究内容で判断し、えこひいきしない)、利害の超越(Disinterestedness、自らの利害関係を他人の研究の評価に持ちこまない)、組織的懐疑主義(Organized Skepticism、他人の結果には懐疑的な気持ちで吟味する)のことで、この価値観がモード2科学には通用しないということです。モード2科学とは、具体的には、工学や社会科学も含まれ、問題解決を目的とするということですから、まさに企業の研究が行なっていることとも重なり、それが従来の科学の価値観とは相容れない場合があることは我々も思い当たります。これに加えて、モード2科学では順応的管理(前もって計画を立てることができないので、実際にモニタリングしながら計画を変えていく)も重要になってくるためいよいよ従来の科学の価値観が用いにくくなるということです。そこで、著者の提案する科学の定義は次のようになります[文献1p.97]

所与の制約条件の下で、もっとも信頼できる手法を用いて情報を生産するような集団的知的営み

(a)その探求の目的に由来する制約

(b)その研究対象について現在利用可能な研究手法に由来する制約

ここで重要なのが「信頼性」であって、信頼性を確保するために有効な手段があるのにそうした手段を取り入れないのは疑似科学的と言える、というように「態度」に注目した点が特徴になっています。この定義はモード1にもモード2にも適用可能なものですが、科学に携わる者の中でもこの区別がはっきりとしていない場合があるように思いました。モード2科学というのは、ローカルな知と呼ばれる、実際の経験の中で見出されてきた知(必ずしも科学的な検証を経ていないもの)も含まれる場合があります。一般の人々が接する科学は多くの場合、様々な分野が複合したものであり、特定の問題解決のためのもの、つまりモード2科学であることを考えると、その内容だけでは疑似科学との区別がつきにくくなっていることは十分に考えられると思います。

第3章では、報道によってゆがめられる科学の姿が示されます。科学に関連したニュースがマスメディアで取り上げられる際の問題点として著者は以下の点を指摘しています。

・科学を伝えることの難しさ:報道には専門的知識が必要。さらに、科学の不確実性に対する根本的な無理解が社会にあるため、問題が起こると誰かの糾弾に走ったり、科学不信に陥る。これは高校までの教育によって、明確な答えがあるのが科学、というイメージが植え付けられていて、不確実性を持つ科学を学ぶ機会がないことも一因と考えられる。

・警鐘、極端には商品価値がある:多少証拠があやふやであっても、危険性のあるものについて警鐘を鳴らすことは市民が歓迎しているため、マスメディアはこうしたニュースを流す。さらに、警鐘を鳴らす行為は、記者やキャスターの正義感を満足させる。しかし、こうしたニュースのその後について、危険性がないと後で分かったような場合でもそのニュースは流されない。これはその後のニュースには商品価値がないためである。こうして最初の報道の誤った記憶が残ってしまう。

つまり、情報の取り上げ方に偏りがあるため、マスメディアの報道自体にバイアスがかかっていて信頼できない場合があり、その結果、科学自体、科学政策、企業への信頼が損なわれることがあるわけです。科学にダマされない、というよりも、科学報道にダマされないことが大切、ということでしょう。

第4章では、科学技術コミュニケーションの課題が述べられます。3.11震災を契機に、科学技術コミュニケーションの問題が指摘されているのは事実でしょう。特に、今までのような、一般市民の科学技術に対する理解を高めるようなコミュニケーションの方向ではいけないのではないか、という認識の変化は重要かもしれません。欠如モデルと呼ばれる「科学技術に対して不安や抵抗感を感じるのは、科学の正しい理解が欠けているから」という考え方は「政府や企業の言うこと、彼らと結びついた科学者の言うことは信用できない」という不信感の前では説得力がない、というのは真実だと思います。さらに、3.11以降は、「トランスサイエンス的問題」への対応も特徴とされています。これは、「科学で答えが出せない問題、あるいは出そうとしてはならない問題」のことです。このような信頼の危機を乗り越えるために、著者は次の提案をしています。

・トランスサイエンス・コミュニケーションの促進

・知識ソースの多元性の確保

・政治的意思決定との接続

・社会的対話の醸成

付録では、放射性物質をめぐるあやしい情報について、事例をもとに、「デマはどのようにして生まれるのか、デマのパターン」「不安に付け込む人たち(煽りジャーナリズム、あやしい商売)」が紹介されます。

企業の立場からニセ科学、疑似科学の問題を考えると、モード2科学で何らかの問題解決を行なっている場合にはニセ科学、疑似科学の影響が入り込んでくる可能性が確かにあると思います。積極的にニセ科学を乱用して消費者をダマすことは論外としても、問題解決を優先するモード2科学にはグレーゾーンの技術が侵入してくることはあるでしょうし、開発スピードを優先するあまり科学的検証が遅れる場合もあるでしょう。重要なことは、まず、科学でダマしたりダマされたりしないように、極力「科学的」な態度で対象を扱うことであり、少なくとも「科学にみせかける」ようなことは慎むべきでしょう。そうは言っても、マイナスイオンブームのようなことが起きた時にそれに逆らうことはかなり難しいかもしれませんが...

より本質的なのは科学や、科学の使い方に対する信用を企業としてどう確保するべきか、ということだと思います。企業として科学に関する情報をうまく社会に発信できているかについては十分に注意する必要があるでしょうし、その前提として、社内のサイエンスコミュニケーションの基盤を整備する必要がある場合もあるように思います。技術に基盤をおく会社であっても、社内のすべての人がバイアスのない科学的な思考をできるとは限りません。社内で科学的な態度が重視されていないとすれば、社内でもダマし、ダマされている場合もあるかもしれません。

社会全体における科学の信頼回復のためには、やはりサイエンスコミュニケーションは重要だと思います。本書第4章の提案をはじめ、様々な考え方があると思いますが、技術マネジメントの観点からは次のような指摘ができるように思われます。

・ゲートキーパーの役割:ゲートキーパーの役割の一つに、外部の情報をグループ内に伝えることがあります。具体的には、情報収集、グループ内部に理解されるような言語への翻訳、グループ内への情報伝達、という役割を担う必要があるとされています[文献2p.69]。社会におけるサイエンスコミュニケーションについても、科学者側と一般人側をつなぐようなゲートキーパーを置くことはできないでしょうか。マスメディアがその役割を担えるのであれば望ましいのではないかと思います。

・イノベーション普及においては、科学的情報のコミュニケーションを担う役割としてチェンジエージェントが重視されます。Rogersによれば、チェンジエージェントの成功は、1、チェンジエージェントのクライアントとの接触努力の度合い、2、チェンジエージェント主導よりはクライアント主導、3、クライアントのニーズと両立している度合い、4、クライアントへの感情移入、5、クライアントとの同類性、6、クライアントの目から見た信頼性、7、チェンジエージェントがオピニオンリーダーとともに活動する度合い、8、クライアントがイノベーションを評価する能力の増加、によってコミュニケーションの成功が高まるといいます[文献3p.382]。一般に、コミュニケーションにおいては、情報源の人物が能力信頼性(情報源の人物が知的で熟達していると知覚される度合い)と、無難信頼性(情報源の人物が信頼しうると知覚される度合い)の両方をバランスよく持つことが重要とされますが、チェンジエージェントのクライアントとの異類性ギャップを補うために、能力信頼性には劣るが無難信頼性に独自の優位性をもつ補助者を活用することも有効とされます。このようなイノベーション普及学におけるチェンジエージェントとクライアントの関係を、科学情報の発信者と受け手に読みかえると、そのままサイエンスコミュニケーションの活性化に関するヒントになるのではないでしょうか。現状では、国民に信頼されている人物を探すこと自体が困難なのかもしれませんが、流す情報を信頼してもらいたければ、まず信頼されている人物を通じてその情報を伝えてもらう、ということはごく自然なことのように思われます。これは双方向の議論の場合にも有効でしょう。

本書編者の飯田泰之氏によれば「人は”自分が信じたいと思うこと”を信じる」[文献1p.11]といいます。科学が信用を失った現在の状況は、科学的情報の遮断によって下手をするとダマされやすい人々をつくり出してしまうかもしれないと思います。多くの人々が、「自分が信じたいと思うこと」を自分で考えることができるような教育、情報の提供、コミュニケーションの努力が必要なのではないでしょうか。科学に携わるものとして決して上から目線ではなく、個人の考え方を大切にしながら科学的な事実を納得してもらう努力をしていかなければならないのだと思います。


文献1:菊池誠、松永和紀、伊勢田哲治、平川秀幸著、飯田泰之+SYNODOS編、「もうダマされないための『科学』講義」、光文社、2011.

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

参考リンク<2012.2.18追加>



 

魔の川、死の谷、ダーウィンの海を越える

研究開発の前に立ちはだかるといわれる次の3種類の壁についての私の理解を以前にご紹介しました。
魔の川:アイデア・基礎研究から実用化を目指した研究までの間の壁

死の谷:実用化研究から製品化までの間の壁

ダーウィンの海:製品が市場による淘汰を受けて生き残る際の壁

すべての研究開発がこの3つの壁を越えていく必要がある、というわけではありません。しかし、研究開発を実用化する上での困難なポイントをうまく説明する考え方として私は気にいっています。この背景には、研究の実用化が「基礎研究」→「応用(開発)研究」→「設計・製造」→「販売」といういわゆるリニアモデルに従って進む、という考え方がありますが、リニアモデルのような単純なモデルに従って研究が進む場合はほとんどないことが現在では広く認識されています(いまだにこういう考え方をする方がいるのは事実ですが)。ただ、実際には、研究開発をはじめとする新しいことへの挑戦が、多くの場合、「アイデア」→「アイデアが機能することの確認」→「機能を商品にするための工夫(製品化)」→「商品を安定的に提供(製造)する」→「販売・安定供給・品質保証・市場競争」といったプロセス、もっと単純には「アイデア」→「検証」→「実用化」→「競争」というプロセスを経て成果に結び付く場合が多いことも事実のように思います。要するにこの過程では、研究の実用化はひとつの工程が完了して次の工程に移る、という動きをするのではなく、いろいろな工程を行ったり来たりしながら製品に使われる技術やノウハウが完成に近づいていく、ということがポイントなのだろうと思います。製品化や製造の段階で、基礎に立ちかえる必要がでてくる場合もあるでしょうし、製造の研究や、供給や販売の段階でもその中でアイデア→確認→実用化というプロセスが要求されるということもあるでしょう。またプロセスの一部が省略されることもあるかもしれません。このように、ミクロなリニアモデルが変形しつつ複雑にからみあったものが研究開発プロセスではないかと思っています。

先に述べた「魔の川」はおよそ基礎研究から機能の確認の段階に、「死の谷」は、製品化、製造研究の段階に、「ダーウィンの海」は市場における競争の段階に相当すると考えられますが、実際には、これを順番にクリアしていくというよりも、こうした障害は研究開発のあらゆる場面で姿を現してくるということになるのではないでしょうか。そこで、以下では、それぞれの障害をのりこえるために何が重要かについて考えてみたいと思います。

「魔の川」を越えるためには、アイデアが思ったとおりに機能することを確認することが必要です。テストの結果によってはアイデアの見直しも求められる場合もあるでしょうから、アイデア自体を発想し、磨き上げることもこの段階に含めてもよいと思われます。すると、この段階で必要なことは、

・アイデアを出すこと

・よりよいアイデアを試験のために選抜すること

・アイデアが機能することをなるべく確実に、簡単に、速やかに確認すること

が重要になるでしょう。この段階を担当する研究者に求められることは、発想力、科学力(選抜の精度を上げる)、実験技術(確認技術)ということになると思われます。

「死の谷」を越えるためには、消費者にとって魅力的で品質の安定した製品が、現実的な価格で製造できることが必要でしょう。魔の川を越えてきたアイデアに対し、他の要素技術や既存の技術、あらたなアイデア(それ自体、別の魔の川を越える必要があるかもしれません)などを組み合わせて「製品」と言えるものに形作る必要があるでしょう。そうするとこの段階で必要なのは、

・組み合わせること

・改良すること

・少なくともプロトタイプの段階まで形にすること

・試作品の問題点を予知すること

・場合によってはあきらめる、やりなおす決断をすること(研究のリスクを低減するため)

ということになると思われます。もちろん科学的知識と能力は重要ですが、深い知識に加えて広い知識、こだわることと妥協することのバランス、製作技術(製品を作る技術)、製品の社会への影響を予測する能力、そして決断する力が求められるように思います。

「ダーウィンの海」では市場による淘汰が重要な因子になります。従って、ここで必要なことは競争に勝つことと言えるでしょう。

・類似製品に比べた優位性、消費者に対する魅力を獲得すること

・既存製品にとってかわること

・競争の少ない世界に進出すること

・競争のない世界、収益性の高いシステムを構築すること

が必要になると考えられます。要するにここでは、技術以外の部門をも結集する能力、ビジネスモデルを構築する能力、社会(消費者)の反応を正しくつかむ能力が重要になると考えられます。もちろんこの段階でも改良、決断の能力は重要ですが、技術以外の面まで判断の領域を広げる必要がある点が重要と思われます。

このように考えると、大雑把には、「魔の川」には科学技術力が、「死の谷」にはものづくり力、組み合わせ力が、「ダーウィンの海」にはビジネスモデルが大きな影響を与えると考えられると思います。もちろん、それぞれの段階でもアイデア→確認→実用化という小さなプロセスがあり、研究のフェーズも行ったり来たりしますので、上記の要因だけ、ということはないはずですが、ごく単純化すれば以上のような考え方になるのではないかと思います。少なくとも、例えば、いくら科学技術力に自信があるからといって、ダーウィンの海を越えるのに科学力だけに頼るわけにはいかないだろうこと、同様にものづくり力だけですべての障害をクリアできると思うことには危険が伴うように思います。さらに、オープンイノベーションによって、社外の能力を有効活用しようと思えば、どの障害を越えるためにどのような能力を持つ社外の資源を活用すればよいかの指針も得ることができるのではないか、とも思います。

今回の考察は私自身の考えの整理が若干不十分なまま書かせていただきました。研究のフェーズによってマネジメントすべき能力がどう変わるかについて考えることがありましたので、それを整理しておきたいという気持ちもあり、あえて書き残させていただいたものです。今後、さらに追加することや、考えが変わってしまうこともあるかもしれませんが、現在進行形の思いつきとして読んでいただければ幸いです。


参考リンク<2012.8.5追加>

「ホワイトスペース戦略」-ビジネスモデルイノベーションの方法

すぐれた技術だけでイノベーションを成功に導くことができないことはよく指摘されます。マーク・ジョンソン著「ホワイトスペース戦略」[文献1]ではイノベーションにおけるビジネスモデルの重要性と、ビジネスモデルイノベーションのノウハウが述べられており、技術とイノベーションの問題を考える上で参考になると思われますので、今回はその紹介をさせていただきたいと思います。なお、邦題からはキム、モボルニュによる「ブルーオーシャン戦略」[文献2]の二番煎じのような印象を受けてしまいますが、原著の題名は「Seizing the White Space, Business Model Innovation for Growth and Renewal」で、述べられている内容も視点も全く異なっています。ちなみに著者は、Innosight社(破壊的イノベーションの提唱者Christensen氏が共同設立者になっているコンサルタント会社)の会長ですので、イノベーションのジレンマ、破壊的イノベーションの考え方の影響を受けていることは予備知識として持っていると理解がスムーズかもしれません。実際、その考え方を発展させた内容になっていました。

さて、昨年(2011年)は、スティーブ・ジョブズ氏によるアップルの飛躍について多くの記事が発表されました。本書では、アップルの復活について、iPodiTunesストアにより、「新しい形で顧客に価値を提供」し、この「ビジネスモデル・イノベーションの成功により、アップルは息を吹き返した」[文献1p.39]と分析しています。MacintoshにしてもiPodにしても、アップルとジョブズ氏は製品に使われている技術を一から開発したのではないことはよく指摘されますが、その成功の秘訣は単によい製品を開発して販売しただけではなかったことは多くの人の認めるところでしょう。

本書の目的は、このような「ビジネスモデル・イノベーションを無計画・無秩序なプロセスではなく、計画的で予測可能なプロセスに変える手助けをすることにある」[文献1p.47]としています。つまり、ジョブズ氏のような天才がおそらくは意図せずに成し遂げたようなビジネスモデル・イノベーションを「マネジメント可能なものに、つまり理解可能で再現可能なプロセスに」[文献1p.260]しようとするものです。以下、その主張を見てみましょう。

まず、「ホワイトスペース」について、本書では「その企業の既存のビジネスモデルが活動の対象としていない領域」であって「新しいビジネスモデルを確立しないと生かせない領域」であるとしています[文献1p.28]。そして「ホワイトスペースで成功するためには、これまでとは異なる新しいスキル、新しい強み、新しいビジネスの手法が求められる。自社のビジネスの最も中核をなす部分を革新し、自社が実践している『ビジネスの理論』にイノベーションを起こす必要がある。そのプロセスが『ビジネスモデル・イノベーション』である」[文献1p.36]としています。しかしそのビジネスモデルイノベーションが難しいのは、そもそもビジネスモデルとは何かを正しく理解している人がきわめて少ないことが理由だと著者は指摘したうえで[文献1p.46]、ビジネスモデルの基本要素として次の4つのポイントを挙げています。


ビジネスモデルの基本要素[文献1p.52-85]

・顧客価値提案:一定の金銭的対価と引き換えに、顧客がそれまでより有効に、あるいは確実に、便利に、安価に、重要な懸案を解決したり、課題を成し遂げたりするのを助ける商品やサービスの提供。

・利益方程式:企業がどのように自社と株主のために価値をつくり出すかという青写真。収益モデル、コスト構造、商品やサービス一単位あたりの目標利益率、経営資源の回転率の四つの変数で構成される。

・主要経営資源:顧客価値提案を実現するために必要な人材、テクノロジー、商品、施設・設備、納入業者、流通経路、資金、ブランドなど。

・主要業務プロセス:持続可能、再現可能、拡張可能、管理可能な形で顧客価値提案を実現するための手段。

その上で、これらの要素をまとめあげ、システムのバランスを保つために、ビジネスのルール、行動規範、評価基準が必要とされます。

ここで、顧客価値提案の目指すべきものは、顧客にとって重要な未解決のジョブとされます。これは、Christensenによって「片づけるべき用事」とされているもので、顧客は「特定のジョブを成し遂げるためにその商品を『雇って』いる」[文献1p.55]というレビットの考え方に基づいていて、「顧客がどのような商品を買いたがるかを推測するのではなく、顧客がどのようなジョブを成し遂げたいと思っているかを考えるべきだ」ということが重要なポイントになります。このようなジョブを見極めるためには顧客の行動観察(エスノグラフィー手法と理解できます)が活用可能であることはChristensenも指摘していますが、この要素をビジネスモデルイノベーションを考える上での第一に持ってきたことが著者の考え方の特徴と言えるでしょう。

つづいて、どのようなホワイトスペースに、どんな場合に進出する必要があるかについて述べられます。

・内なるホワイトスペース(既存の市場を変革する):既存の市場(既存の顧客)のニーズが変化し、競争の基準(機能性、信頼性、利便性、価格)が変化した場合、特に利便性と価格のニーズが変化した場合。[文献1、第3]

・かなたのホワイトスペース(新しい市場をつくる):現在の顧客ではない層(=非消費者)を対象に新しい市場をつくりだす場合。[文献1、第4]

・はざまのホワイトスペース(市場の地殻変動-原著の表現はIndustry Discontinuity-に対処する):市場、テクノロジー、政府の政策に予測不能あるいは劇的な変化が起こる場合。[文献1、第5]

具体的なビジネスモデルイノベーションの進め方として提示される内容は次のとおりです。

・第1ステップ:未解決の重要なジョブを抱える現実の顧客のニーズを満足させる方法を考える。顧客のジョブの発見には、顧客の希望を調査するよりは解決したい課題を調査することが重要。この時、機能面だけでなく、情緒的、社会的な面も考慮する。[文献1、第6]

・第2ステップ:顧客のジョブを解決しながら利益をあげる青写真を描く(ビジネスモデルの枠組みを活用)。顧客価値提案として、何をどのように売るかを考える。売る方法については、顧客が商品やサービスを手に入れる方法、料金を支払う方法を考え、顧客価値提案の実現によって力強い成長が生まれるという筋書きを描けるかを確認する。利益方程式の設計は、試行錯誤を含む仮説のマネジメントが必要であることを意識し、成長を実現させるための財務シナリオを複数描けるかを確認する。[文献1、第6]

・第3ステップ:顧客価値提案と利益方程式を現実化するためにどのような経営資源、業務プロセスを準備すべきかを明らかにする。ビジネスモデルを実際に導入しながら仮説を検証して修正していく。収益性の確認のため、早期に安価に頻繁にテストをおこない、利益をあげることは過度に急がない。ビジネスモデルの育成期に既存事業の干渉を許さないようにする。既存企業の場合、既存の組織と統合するか分離するかを慎重に判断する。[文献1、第7]

特に既存企業特有の課題として、イノベーションに対する既存のビジネスモデルの抵抗があることを認識しておくべきであって、既存のルール、行動規範、評価基準が新事業への進出を阻むことがある点には注意が必要としています[文献1、第8]。思うに、既存企業でのビジネスモデルイノベーションや、新事業への進出を目指したM&Aがなかなかうまくいかないのはこれが一因ということなのでしょう。

本書では、上記以外にも考え方の指針や、ビジネスモデルの類型[文献1p.138,198]に加え多くの事例が紹介されていますので、具体的な戦略を考える場合には参考になると思われます。上記の考え方はごくあたりまえのことである、という意見もあると思いますが、本書の重要な点はビジネスモデルを議論する際に役立つ枠組みを提案していることではないでしょうか。実際、今自分の働いている会社、競合の会社がどんなビジネスモデルで収益を挙げているのかを上記の基準でしっかりと認識できているかというと、意外にわかっていないかもしれません。持続的イノベーションなら今までのビジネスモデルを暗黙の前提として引き継げばよいかもしれませんが、新事業を考えるならどんなビジネスモデルを想定するのかをはっきりさせる必要があるはずです。ただし、著者は「本書で示したものが唯一絶対の枠組みだと言うつもりはない。自社のホワイトスペースについて理解を深めるための一つの有益なレンズとして使ってほしい」[文献1p.263]と述べていますので、これもまた仮説のひとつと理解すべきでしょうが、少なくともビジネスモデルをいい加減にしたままで新事業を考えてはいけないということは著者の重要な主張のひとつと言えるでしょう。

最初に述べたとおり、本書は基本的に破壊的イノベーションの考え方に基づいて書かれています。片づけるべき用事(ジョブ)、非消費者を対象とした新市場創造、最初は小さく始めること、既存事業との分離、仮説のマネジメントなどの考え方は破壊的イノベーションを成功に導く要因として過去に発表されたものです。ホワイトスペースへの進出と破壊的イノベーションは同義ではありませんが、破壊的イノベーションの中にはビジネスモデルイノベーションがかなり含まれていて、具体的な進め方には共通する要素がかなりある、というのが著者の考え方であって、その具体的な枠組みを本書で提供していると言う意味で、本書は破壊的イノベーションの思想を発展させたものと言えるように思います。

イノベーションというととかく技術的要因が注目されがちですが、少なくとも企業にとって収益を挙げることを前提として考えるならば、ビジネスモデルイノベーションの寄与は無視できない時代になっているように思います。これはおそらく、従来であればイノベーションにおける技術の寄与が大きかったため、ビジネスモデルにはあまり工夫しなくてもよかったということが背景にあるでしょう。本書の考え方でいえば今までは商品の機能性や信頼性が問題になっていたということになります。しかし、機能性や信頼性が顧客のジョブに対して十分な程度にまで進歩し、その技術を手に入れることも容易になってくると、技術の寄与の重要性が相対的に低下してくることは考えられます。Christensenが、根本的な問題が優れたアイデアの不足であることはほとんどない[文献3p.19]と述べていることもビジネスモデルイノベーションの重要性を示唆しているのではないでしょうか。もちろん、本書でもテクノロジーの変化がホワイトスペースを生むことは指摘されていますし、ビジネスモデルを試してみて、その不具合を技術的に改良していく必要がある場面もあるはずですので、技術を持つことが不要ということにはならないでしょう。そうすると、ビジネスモデルイノベーションにおける技術の役割は、技術が必要とされる場面でのイノベーションの実現可能性の拡大、技術改良の能力を確保しておくことになるのかもしれません。技術者としては技術で勝負をしたいという気持ちになるのはわからなくもありませんが、技術開発の成果を収益に結びつけたいならば、ビジネスモデルまで考慮する必要がある、そんな時代になっていることは自覚しておくべきであろうと思われます。


文献1Mark W. Johnson, 2010、マーク・ジョンソン著、池村千秋訳、「ホワイトスペース戦略 ビジネスモデルの<空白>をねらえ」、阪急コミュニケーションズ、2011.

原著のwebページ

http://www.seizingthewhitespace.com/

文献2Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する」、ランダムハウス講談社、2005.

文献3Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

参考リンク<2012.7.8追加>


 

 

マネジメントについての考察など・目次(2012.1.3版)

「マネジメントについての考察など」というカテゴリーでは研究マネジメントに関する私見を書かせていただいています。今まで書いた記事の目次を再整理しました。リンクのあるものは接続確認や追加をしています。(前回の目次は2011.5.22版)


研究総論

技術の目的、研究の役割(2010.7.25)

技術の目的を広くとらえれば、未来予測の根拠を示すことではないか、研究部門の役割は未来予測のための具体的手段を提供することではないか、ということを述べました。基礎研究、開発研究、理系、文系といった分け方をせずとも、研究の役割は未来予測への貢献と言えるのではないかと思っています。

苦しいときの技術開発頼み(2011.9.4

技術開発に期待する、ということは技術開発部隊への仕事の丸投げではないはずです。資源を確保し、体制をつくり、どのように進めるかなどの関与が必要でしょう。根拠のない希望的観測に基づいて技術開発に期待するだけでは「神頼み」と同じではないでしょうか。


研究とアイデア

創造性を引き出すしくみ(2010.10.24)

野中郁次郎教授の組織的知識創造理論、SECIモデル、ナレッジ・クリエイティング・クルーについての簡単なまとめを書きました。最も重要なポイントは、創造のためには知識の出会いが必要、仕組みづくりだけでなく「かき混ぜる」継続的な努力が必要、というのが私の理解です。

関連記事:「「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想」(2011.3.21)知識創造ケーススタディ。


研究の管理

研究の管理と評価再考(2010.8.1)

Davilaによるイノベーション管理手法について。独創性の高い研究の分野では、研究を細かく管理しないほうがよいという考え方に対し、Davillaのように、研究を管理する効果的な手法があるという立場の意見もあります。ラディカル・イノベーション、インクリメンタル・イノベーションそれぞれの目標設定の方法、インセンティブの考え方など、Davillaの意見をベースに「使えるかもしれない」考え方をまとめてみました。

研究の管理と評価再考 参考リンク


研究者と金銭的報奨(2010.9.12)

研究者に対するインセンティブとして、金銭的報奨は無視できないものです(もちろん衛生要因としても)。成果主義について、最近はその効果が疑問視され、マイナス側面も指摘されることが多いですが、成果を挙げた人に報奨を与えるという考え方自体は誤っているとは思いません(おそらく与え方と報奨の内容に問題があるのではないかと思います)。大きな成果を挙げた人には大きな報奨を、そのかわり失敗に対しては報奨をあまり減らさないという報奨体系がよいのではないか、というのが私の提案です。


研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか(2010.10.3)

成果に対する報奨としての給与、ポストの問題を考えました。名選手かならずしも名監督ならず、の例えもありますし、マネジャーへの昇進を望まない研究者がいるという調査結果もありますので、成果に対してポストで報いることはあまり適当なこととは思えません。ポストに対する給与は「期待料」と考えるべきで、給与とポストの分離が必要ではないかと思います。


モチベーションは管理できる?(2011.1.23)

モチベーションをなるべく高く維持したいとすれば、モチベーションの現状レベルを知ることは有効でしょう。しかし、モチベーションの測定はそれほど容易ではないと思われます。特に感情や気分に左右されるモチベーションについて、開本の心的活力の要素に基づいて、モチベーションの高さの度合いによってどのような行動が見られるかを考えてみました。

報連相と研究開発(2011.10.2

研究開発における報連相は、上司と部下の意志疎通よりも、グループ全体での情報共有やグループ全体で考えることを重視すべきなのではないかと思います。


研究と人の問題

研究者の年齢限界?(2010.12.12)

科学者が大きな発見をした時の年齢を調べてみると、その発見は必ずしも若い時になされたものではないことがわかります。つまり、よく言われる35~40歳ぐらいが研究者の能力のピークである、という説は単なる誤解ではないか、というのが私の考えです。

研究者の年齢限界?参考リンク


競争心と研究開発(2011.3.6)

研究を進める上で競争心が強い方がいいのか悪いのかについて考えてみました。競争心、競争的環境には利点も欠点もあるので、利点を引き出し、欠点を軽減するマネジメントが重要、ということになると思います。例えば、対立的な競争環境を避け、自発的に競争に参加するような方向づけが効果的なのではないかと思います。

競争心と研究開発の参考リンク


研究開発とフラストレーション:ルーチンワークの罠(2011.5.8)

研究開発から生まれる成果は不確実なものですので、研究が意外な結果を生むことはよくあります。この意外性が人の心にフラストレーションを生み出し、非合理的行動を誘発する場合があること、フラストレーションを避けようとしてルーチンワークのような意外性の低い仕事を好んでしまう可能性について考えました。失敗への寛容さ、心の負担を減らすビジョン、研究者の選好に合わせた業務設定などが重要だと思われます。

研究開発とフラストレーション:ルーチンワークの罠 参考リンク

研究と組織の問題

プレイングマネジャーの功罪(2011.4.10)

マネジャーをしながら第一線の仕事をするプレイングマネジャーという役割は一見魅力的ですが、研究の場合には、組織内資源配分の歪みを生む可能性があり、その運用にあたっては注意が必要と考えられます。

プレイングマネジャーの功罪 参考リンク

研究組織におけるコミュニケーションの難しさ(2011.11.13

組織におけるコミュニケーショは、タテ方向とヨコ方向で阻害要因が異なるのではないでしょうか。組織構造と運営の工夫によってそうした阻害を軽減できるのではないか、特にタテ方向(上司と部下)の阻害要因をどう軽減できるかについて考えてみました。

研究組織におけるコミュニケーションの難しさ 参考リンク

研究の進め方

技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗(2010.11.14)

新技術の追求と既存技術の維持のバランスが崩れてしまうと、業績に悪影響を与えてしまう可能性について考えました。このバランスの維持は、既存の収益基盤を持つ組織においては特に重要と思われます。専門性の育成には時間がかかること、暗黙知も含めた技術の伝承ができないと既存分野での優位性を失うことを考えると、既存技術の維持もイノベーションには必須の要素であると考えられます。


研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠について」(2011.2.13)

研究においてスピードを上げることは必ずしもよいことばかりとは言えないと思います。スピードを上げれば、全速力で失敗に向かってしまう可能性もありますし、社員の負荷が重くなることで業績が悪化する「加速の罠」と呼ばれる事態も起こりえます。研究には「スピード」よりも「俊敏さ」の方が重要ではないかと思います。

研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠について」 参考リンク

思考停止をもたらすもの(2011.7.31

研究開発にとって「考える」ことは重要です。しかし、人間を機械のように扱ったり、選択肢の過度の絞り込みを行なえば考える習慣が失われるでしょう。また、考えたことを行動に移す裁量権が失われれば考える意欲が低下するでしょう。「考える」ことを促すマネジマントが必要だと思います。

思考停止をもたらすもの参考リンク

研究開発と会議(2011.10.23

会議というと非効率なマネジメントの温床のように取り上げられることが多いと思いますが、人が集まって議論するということが無駄なのではなく、要は、いかに有意義な進め方をするかが重要と考えられます。会議の目的をはっきりさせ、目的達成のため、参加者の役に立つためにどうするべきかを考えて進めることが重要ではないでしょうか。

協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ(2011.12.18

研究においては競争とともに協力も重要でしょう。効率化の追求と協力関係の構築は相容れない可能性があることを認識し、必要な場合に協力行動が起こるような環境づくりは組織的に研究を行ない成果を挙げるうえで重要なことと考えます。

協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ 参考リンク

研究における判断と説得

イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)」(2011.1.3)

意志決定や情報の受容の過程では、ふつう、すべての情報が吟味されるわけではありません。簡便な問題解決法と呼ばれる「ヒューリスティクス」が用いられることが多いでしょう。情報の認識段階と、判断の確認段階にわけて簡便な判断の方法の例を考えてみました。他者の意志決定に影響を及ぼす場面でも使えるのではないかと思います。

ヒューリスティクス参考リンク


研究開発事例

2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)(2010.12.5)

Time誌に発表された2010年のベスト50発明について、ニーズ志向かシーズ志向か、破壊的イノベーションの可能性についての評価を試みました。
この発明の1年度の調査もしてみました:1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」(2011.12.25)

Time誌ベスト50発明参考リンク




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