研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2012年02月

知的な失敗

不確実な対象を扱う研究開発(ノート2)では、「失敗」すなわち行動の結果が期待(予想)どおりにならないことがつきものです。今回は、マグレイス氏による論文「『知的失敗』の戦略」[文献1]に基づいて、「失敗」について考えてみたいと思います。

原著論文の題名は「Failing by Design」すなわち、「計画的に(by design)失敗する」、というような意味合いでしょうか。ちなみに、著者は「発見志向計画法」の提唱者であり、Christensenも取り上げている「創発的戦略」[文献2, p.277]についての研究も行なっている方です。著者はこの論文で、「不確実性の高い環境では、失敗は避けられないし、うまく管理すれば非常に役立つこともある」と述べ、「失敗から目をそらすのに代わる策は『知的な失敗(intelligent failure)』(Sitkinによる造語(1992))を設計することとしています。まずは論文のポイントをまとめてみます。

著者は、失敗は次のような点で役に立つと述べています。

・たくさん試せば成功する確率は上がる(当然、失敗も増えるはずですが、要は数多くの失敗をしないと成功できないということでしょう)。

・何が有効でないかを学べる(試行錯誤の結果として)。

・失敗により注目を集め対応の必要性をアピールできる結果、資源配分を受けやすくなる。

・不適格なリーダーの退任のきっかけになる。

・失敗経験により直観を磨きスキルを高めることができる。

やや皮肉っぽい項目もありますが、失敗が避けられないものだとすれば、失敗を気にして目をそらすだけでなく、できるだけうまく失敗し、失敗を利用するということも重要ということでしょう。

著者はそのために必要なこととして、以下に示す「失敗を生かすための7つの原則」を提示しています。

1、プロジェクトの開始前に成功と失敗を定義する。

プロジェクトに関わる人たちの間で、何をもって成功(失敗)とするか、何を期待(目的)とするかについての共通理解を持つことが必要。

2、前提を知識に変える。

先が読めない課題に取り組んでいる場合、最初に置いた前提(仮定-原著ではassumption)はほぼ確実に間違っていることを認識する必要があり、試行することが、よりよい前提を導き出す唯一の方法。

成功の基準となるものが、単なる期待なのか、ある前提のもとでの予想なのか、できるはずと思いこんでしまったことなのかははっきりさせておかないと、失敗から正しく教訓を学ぶことはできないでしょうし、チーム内での秩序が乱れることもある、ということのようです。

3、迅速であれ、失敗は早々にせよ。

早い段階や小さい段階での失敗には、試行の候補を絞り込む、退却が容易であるというメリットがある。失敗は人々のやる気を削いでしまうが、別のもっとおもしろみのあるプロジェクトに移るのであればポジティブに受け入れられる。

プロジェクトの要素のすべてを早い段階でチェックすること、プロトタイピングなども重要かもしれません。

4、被害を食い止め、損失を抑える

失敗がもたらす被害を小さく抑えるように試行を設計すべき。プロジェクトを中止する「撤退のステップ」を整備しておくことは有効。

5、不確定要素を制限する。

現在備わっている能力から遠く離れた分野では、試行から学ぶことは難しい。近い分野での試行の失敗からは学べることも多いし、成功の確率も高くなるはず。

6、知的な失敗を称える文化を育む。

失敗に終わっても罰しない環境をつくる。うまくいかないかもしれないことに取り組む意欲を大切にする(リスクをいとわない文化をつくる)。工場で効果を発揮するシックス・シグマなどの活動は研究所には向かないかもしれない。リーダーは失敗やそこから学んだことについて、進んで話をすべき。

7、学んだことを書きとめ、共有する。

どのような前提(仮説)が基になっているか、何が起こったのか、それは前提に対して何を意味しているのか、次回は何を行なうべきかを特定し、その教訓を共有することが重要。

以上が概要です。失敗を容認しなければならないこと、失敗した時の痛手は小さくなるようにすべきこと、失敗から学ぶ必要があることについて異論のある方はあまりいないと思いますが、上記の指摘は興味深い点があるものの個別の議論になっているようにも思われます。そこで、失敗への対応について私見もまじえて整理してみたいと思います。

失敗は研究開発にとって不可避のものであることは間違いないと言ってよいでしょう。ただし、研究活動を含む行動には、情報を得るための行動と、期待を実現させようとするための行動の2種類があることは認識しておく必要があります。前者は情報を得ることが目的ですから、期待通りの結果が得られなくても情報さえ得られれば成功ですが、後者は、期待通りにならなければ失敗ということになります。どんな場合でも行動をすれば何らかの情報が得られると考えると、問題になりやすいのは後者でしょう。となると、失敗しやすい行動において、期待することを実現させたい場合には、以下の2通りの対応が考えられると思います。

・失敗を少なくする(成功確率を上げる)

・失敗による損失を少なくする(あるいは、多くを学ぶようにする)

失敗を少なくするためには、予測の精度を上げるための情報を集めることが必要でしょう。その情報には当然、実際に行動して失敗することから得られる情報も含まれます。著者が指摘する、失敗を称えリスクテークを奨励する(上記6)、失敗から学んだことを伝える(上記7)は、行動を通じて情報を集め、生かすための方策と考えられます。また、失敗を未然に防ぐ(成功確率を上げる)ために、行動の目的が不明確であったり不統一なために起こる失敗を防止すること(上記1)や、不確定要素を制限する(上記5)という提案もなされています。

失敗による損失を少なくすることについては、著者らは、早い段階での失敗(上記3)と、被害を小さくすること(上記4)を提案しています。これは、言い換えれば小さい投資で早く結果がでるように行動(試行)をあらかじめ設計しておくことを奨励していると理解できるでしょう。さらに、プロジェクトからの撤退のステップを用意して撤退をしやすくしておくこと、多くのプロジェクトを用意して別のもっと面白いプロジェクトへの乗り換えを提案していることは重要ではないかと思います。要は、資源の投入を小さくし、失敗による損失を小さくすれば、相対的に失敗から得られるものの価値は高まるということです。

失敗から多くを学ぶことについて著者は、失敗から正しい教訓を導くために前提(仮定)を明確にしておくこと(上記2)、学びやすい分野に取り組むこと(上記5)を挙げています。エジソンは「私は失敗したことがない。うまくいかない10000通りの方法を見つけただけだ。」と言ったとされますが、うまくいかない方法を知識にするためにはただやみくもな試行をするだけではダメで、どういう前提でどういう仮定に基づいて試行(実行)したかをはじめとして、うまくいかない条件や原因を明確にして記録(記憶)しなければならない、ということも言っているように思います。著者が指摘する「前提を明確にする」ということは、正しい教訓を導き出す方法として重要ということなのではないでしょうか。実際に期待どおりのことが起こらなかった場合、その現実からつい目を背けたくなるものですが、その失敗を生かすためには前提や仮定のどれが違っていたのかを明確にする必要があるでしょう。そのためにはチェックすべき前提や仮定を最初から明確にしておくことは結果の迅速な判断、対処のために有効であると考えられます。こうした前提を整理しておけば、学ぶべきところの少ない単純ミスも早期に見分けられるかもしれません。ただし、最初の前提や仮定以外の因子が原因で失敗することも往々にしてありますので、最初に考えていた項目に囚われすぎてしまうことは問題だと思います。

なお、失敗から学ぶというと、次に同じような失敗をしないために失敗の原因を明確にし、教訓を得て将来に生かすという考え方がまず思い浮かぶのではないでしょうか。つまり

期待:Aという行動→Bという結果

失敗:Aという行動→Bという結果にならない

という失敗に対して、行動の中身や前提、考え方を見直してBという結果が得られるように行動を修正する、ということが行なわれると思います。しかし、実際には

失敗′:Aという行動→Cという結果

となる場合もあります。これも失敗には違いありませんが、こうした結果からは、単なる同じ失敗を繰り返さないための教訓以上のことが学べる場合があります。セレンディピティーによって失敗から新たな発見をする場合や、顧客の反応に学んで新たなマーケットを創造する場合(新市場型破壊的イノベーションなど)も、この種の失敗から学ぶことができる場合であって、こうした可能性も忘れてはいけないと思います。

いずれにしても、先が読めず変化が激しい世界では新たなことへの挑戦は必須です。この論文でも述べられていますが、まず失敗のリスクをとり、新しいことに挑戦することが必要です。Merckでは失敗した取り組みから早期に手を引いた研究者にストックオプションで報償する制度があるそうですし[文献3p.266,文献4]、「大失敗賞」という表彰を行なっている会社もあるそうです[文献5]。失敗に寛容であるためには、失敗というものの性質、失敗のもたらす影響、失敗から学べることについての理解が不可欠であるわけですが、失敗から得られるものの価値を高いものにすることで失敗に寛容なチャレンジングな環境が実現できるかもしれません。容易なことではないかもしれませんが、リスクをとることを促し、その結果として発生する失敗のマネジメントをうまく行なうことが、イノベーションの能力を高める上で重要なポイントのひとつなのではないかと思います。



文献1:リタ・ギュンター・マグレイス著、スコフィールド素子訳、「マイクロソフト、3Mが実践する『知的失敗』の戦略」、Diamond Harvard Business Review20117月号、p.24.

要約のみ:http://www.dhbr.net/magazine/article/201107_s02.html<2013.1.13リンク切れ>

原著は、Rita Gunther McGrath, “Failing by Design”, Harvard Business Review, Apr. 2011.

最初の部分のみ(登録すれば全文閲覧可):http://hbr.org/2011/04/failing-by-design/ar/1

文献2Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献3Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献4Arlene Weintraub, “Is Merck's Medicine Working?”, Businessweek, 2007.7.30.

http://www.businessweek.com/magazine/content/07_31/b4044063.htm

文献5:茂木俊輔、「太陽パーツ-大失敗賞 『前向きな大失敗に金一封』社員を明るくする表彰制度」、FoleAug.2010p.28.

https://www.forum-m.jp/ssldocs/members/fole/pdf/2010/1008/fole1008_7.pdf




参考リンク<2012.7.8追加>
 


 

科学の話題・目次(2012.2.19版)

「科学の話題」というカテゴリーでは、社会や企業活動、研究開発と関係のありそうな科学の話題について書いています。基本的に新しい記事が上になっていますが、関連のある記事はまとめてみました。リンクの確認、追加などしています。前回目次(2011.8.14版)はこちら


GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2012より2012.2.5

2011年につづいて行なわれたGEによる経営者のイノベーション意識の調査結果です。2012年は日本の意識の特異性が気になりました。世界からは高く評価されているのに、自らの能力には自信がなく、手詰まりのように見えます。

「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査より(2011.2.6)

GEが実施したイノベーション推進要素、課題認識に関する世界規模のアンケート結果です。GEは、イノベーションは経済的な利益を生むものから人々の暮らしを改善するものに変わりつつある、と結論づけているようですが、どうでしょうか。

GEグローバル・イノベーション・バロメーター参考リンク

「もうダマされないための『科学』講義」-科学でダマし、ダマされる状況について考える2012.1.22

菊池誠、松永和紀、伊勢田哲治、平川秀幸著、飯田泰之+SYNODOS編、「もうダマされないための『科学』講義」に基づいて、科学コミュニケーションの問題を考えました。科学についての理解を深めるために研究マネジメントの知識も活用可能であるように思われます。

「もうダマされないための『科学』講義」参考リンク

科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション(2011.7.18)

3.11震災は、科学と社会の関わり方の見直しを我々に迫っていると思います。民間企業においても、その企業の収益源となっている科学と社会の関係の重要性は言うまでもないでしょう。どのように関わるべきなのかを考えてみました。

1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」(2011.12.25

2010年に発表されたTime誌のベスト50発明が1年後にどうなっているかを調べてみました。実用化に近い発明はほとんど検討が継続しているようですが、アイデアに近いものはその後の発展がないものもあるようです。

2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号) (2011.12.5)

Time誌に発表された2010年のベスト50発明について、ニーズ志向かシーズ志向か、破壊的イノベーションの可能性について評価を試みました。

Time誌ベスト50発明参考リンク

iPS細胞研究に見る研究の進め方雑感2011.12.11

朝日新聞大阪本社科学医療グループ著「iPS細胞とはなにか 万能細胞研究の現在」の中から、研究の進め方の部分について考えてみました。期待は大きいものの不確実性の高いこのプロジェクトがどのように花開くのか、マネジメントの観点からも注目していきたいと思います。

iPS細胞研究に見る研究の進め方雑感 参考リンク

「理性の限界」「知性の限界」(2011.9.19

高橋昌一郎著「理性の限界」、「知性の限界」の簡単なまとめと、科学哲学の有用性について考えました。科学的に「正しい」ことにとらわれるよりも、科学哲学をうまく使うことが実務者には求められているのだと思います。

「理性の限界」「知性の限界」参考リンク

科学哲学の使い方(「理系人に役立つ科学哲学」感想)(2011.10.10

森田邦久著「理系人に役立つ科学哲学」の簡単なまとめと感想です。我々に判断の際の考え方、基準を与えてくれることが、科学哲学の最も「役に立つ」ところなのではないかと思います。

「なぜ科学を語ってすれ違うのか」に学ぶ2011.11.6

ジェームズ・ロバート・ブラウン著「なぜ科学を語ってすれ違うのか」を参考に、「科学」をめぐる人々の理解の違いについて考えてみました。この本では知の欺瞞で有名なソーカル事件を題材に、科学に対する様々な考え方が解説されますが、こうした違いを超えた理解のために科学哲学が有用なのではないかと思います。

「なぜ科学を語ってすれ違うのか」参考リンク

技術で仕事はどう変わる?(2011.8.21

新井紀子著「コンピュータが仕事を奪う」を参考に、コンピュータが人間の仕事を奪う可能性と、人間の仕事がどう変わっていくかを考えてみました。技術は人間に労働観の見直しを迫っているかもしれませんが、仕事の内容が変わっても仕事がなくなるわけではないと思います。

技術で仕事はどう変わる? 参考リンク

理系と文系、とイノベーション(2011.5.1)

理系と文系という区分のしかたは面白いとらえかたではあるのですが、重要なことは、違う発想や知識を持った人とどうつきあっていくかではないでしょうか。これからのイノベーションも、いかに違う発想を生かすかがカギになるかもしれません。

理系と文系参考リンク

ロボットに研究ができるなら(2011.4.3)

ロボット技術の発達によって、ロボットが研究作業の一部を担うようになるのは時代の流れでしょう。では、人間は何をすべきなのか。ロボットに研究の楽しみがわかるのでしょうか?。

研究ロボット参考リンク

「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)
(2011.2.27)

エコに優れた企業とは、どんな企業なのでしょうか。ひとつ評価の考え方としてニューズウィークのランキングを紹介、考察してみました。

エコ企業参考リンク

「ヒトは環境を壊す動物である」感想(2010.12.26)

小田亮著「ヒトは環境を壊す動物である」の感想です。進化によって人間が獲得した認知能力では、地球温暖化などの環境問題に対応するのは難しい、という視点が新鮮に感じました。

論文から見た各国の科学力比較(2011.1.16)

世界各国の論文数シェアと被引用数シェアの比較です。中国の論文数の伸びが顕著ですが、韓国、インドなども存在感を増しているようです。

論文による科学力評価参考リンク



「科学との正しい付き合い方」感想 (科学者とそれ以外の人との付き合い方?について) (2010.11.21)

内田麻理香著「科学との正しい付き合い方」の感想です。科学を扱う人とそれ以外の人とのコミュニケーションの問題などが主題ですが、ついでに事業仕分けにおける科学研究費の問題についても考えてみました。

「科学との正しい付き合い方」参考リンク

動的平衡(2010.10.31)

福岡伸一著「動的平衡」の感想です。動的平衡という考え方はマネジメントにおけるアナロジーとしても面白いと思いますし、読み物としても面白いのですが、若干の疑問も感じました。

動的平衡参考リンク

祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授(2010.10.11)

根岸教授の研究マネジメント手法について、根岸教授が1996年に発表された記事をもとに考えました。大学における基礎的な研究の進め方について述べられたものですが、特に探索的な研究を行なう場合には有用な示唆が含まれていると思います。

根岸英一教授参考リンク

研究における企画という仕事

研究開発組織に「企画」と名のつく部署を設けておられる企業は多いと思います。企業における研究開発では、研究者が行なう実際の研究活動の他に、様々な補助的業務が必要です。例えば、研究組織の運営、テーマやプロジェクトの選定と見直し、予算配分、人員配置、環境整備、制度(しくみ)整備、教育と育成、労務、安全、設備、法規制などへの対応、情報の管理と収集、資料整備、研究成果蓄積、市場や環境動向の調査、標準化(公的規格対応なども含む)、品質管理、外部対応(社内外)、対外交渉、宣伝広報、知的財産の管理と活用、等々の業務を行なう必要があります。これらは、「総務」、「管理」、「人事」などの部門が担当したり、一部は研究以外の製造部門や本社部門が担当したり、さらに外注したりして対応することもありますが、「研究に関して何かを企て計画する」ことに関わる業務の遂行は「企画」担当者の分担になることが多いと思います。

具体的には、研究グループを超えた研究部門全体の計画と管理、グループ間の調整、研究成果の公平な立場での評価や、経営層と研究グループの橋渡し(経営戦略の徹底、成果のPR、他部署との連携など)など、研究グループの外側の立場から研究活動に付随して発生する業務を担当することが求められるようです。もちろんこれらは必要な業務でしょうが、「企画」として行なうべき機能と担当者の能力を十分に発揮できているか、より多くの研究成果の獲得につなげられているかは考え直してみる価値があるのではないでしょうか。研究開発の成功事例ケーススタディーなどを見ても、研究リーダーや、経営者個人の研究成功への寄与が取り上げられることはあっても、「企画」という組織の活躍はあまり表に出てこないように思いますし、経営層の考えを最前線に伝える、あるいは最前線の情報を整理加工して経営層に伝えるだけの窓口的業務に終始している場合もあるように思います。そこで、本稿では、「企画」という部署にいる人々が研究の成功のために何ができるか、何を行なうべきなのかについて考えてみたいと思います。

私が「企画」部門に期待することを一言で述べれば、「研究者の能力を超える分野を分担することによって、研究を成功に導くこと」となります。現在の技術的課題の解決のためには、深い専門性が求められるにもかかわらず、研究の成功はひとつの分野の知識のみでは困難なことが多いでしょう。あるいは、広い分野にわたるある程度以上の深さの技術やアイデアが求められるようになっている場合もあると思います。いずれにしても個人の力に頼ることは無理になってきたといえるのではないでしょうか。つまり、研究者の能力を超える部分を誰かがうまく補うような体制で臨む必要がある時代になってきていると思います。その部分を担える部隊があるとすれば、それは「企画」ではないかと思うのです。

これは、研究の成功において、ひとつの技術の卓越性が競争要因になる時代から、技術の組み合わせ、あるいは技術を収益に結びつける力そのものが競争要因になる時代に変わってきているともいえるかもしれません。結局のところ、どんな技術もビジネスモデルとして完成させて初めて成功といえるわけで、技術も含むビジネスモデル全体としての優位性が競争要因になってきたというではないでしょうか。

イノベーションにコラボレーションが求められるようになっている背景には、このような状況が存在すると考えられます。コラボレーションの例としては、野中氏らによる組織的知識創造や、チェスブロウの提唱したオープンイノベーションが挙げられますが、組織的知識創造の場合には「場」という仕組みを作ることとその効果的運営手腕が求められますし、オープンイノベーションについても協働相手の情報収集からその能力の評価、協働の仕組みづくりと管理など、第一線の研究者にとっては本来の研究業務の傍らで実施するには荷が重い課題が存在すると言えるでしょう。さらにビジネスモデルの組上げ、ということになると経営上の知識も必要となり、研究者にとってはますます困難な課題になってしまうと思われます。

もちろん、こうしたことが得意な研究者もいるでしょう。また、研究者にこうした知識や考え方を教育してビジネスセンスをもった研究者を育成すべきだという考え方もあるでしょう。しかし、こうしたことが得意な人、興味がある人を研究の「企画」担当として、専任でそうした業務を行なわせることも有効ではないでしょうか。具体的には、次のような仕事の内容が考えられると思います。

・研究成果、要素技術の将来のビジネス展開の可能性評価

・研究をビジネスにつなげる仕組み(ビジネスモデル)構築と推進の支援

・社内外の保有技術や知識と活用可能性に関する情報収集と評価

・社内の各部署、社外との連携、協働の推進

・社内情報(ニーズ、シーズ)にもとづくイノベーションアイデアの抽出

・社内外技術、情報の融合によるイノベーションアイデアの提案

・協働、組織的知識創造のための「場」づくり

・研究環境の整備

このような業務に必要な資質としては次のようなものが挙げられるでしょう。

・技術内容についてのおよその理解ができること

・好奇心が旺盛で、様々な技術を受け入れることができること

・イノベーションの本質(どのように進み、成功あるいは失敗に至るか)についてのイメージを理解していること

・ビジネス実現のために柔軟な判断(妥協、変更も含めて)ができること

このような業務は、基本的にボトムアップのプロジェクトにおいて特に求められるでしょう。開発プロジェクトとして社内で承認されトップダウンのプロジェクトになったものは、しかるべきプロジェクトマネジャーが任命されて、そこに推進体制が形成されるでしょうから「企画」の出番はないかもしれません。しかしアイデアを抽出し、実現性のあるビジネスモデルの形に仕上げるまでの作業、そのための情報収集と環境整備を行なう必要がある場合、そうした作業を担当する部署が必要になってくると思います。

ただし注意しなければいけないのは、「企画」の担当者の立場です。基本的に研究者や第一線社員の立場に立ち、イノベーション実現を支援する立場から行動できることが特に重要だと思います。場合によっては黒子の役割に徹することも必要かもしれません。ボトムアップのアイデアを出させて、それを審査して合否を決定するような立場であってはアイデアの抽出と育成は困難でしょう。

このような研究を補助する仕事の役割については、今まであまり取り上げられていないように思います。実際には、このようなことに積極的な企業もあるのかもしれませんが、一般には「企画」の仕事というと、研究テーマの採否や予算配分の決定、進捗管理と中止や変更の判断、といった具合に経営側の下請けとして、研究者に対峙する立場になるのが普通であるように思われます。しかし、それでは研究者の能力や資質に研究の成否を押し付けているだけで、企画専門の立場として研究者の能力を補ってイノベーションの実現に向かって協力していくことは難しいのではないでしょうか。従来の企画の仕事が不要だとは言いませんが、いわゆる「管理」は「企画」の本質ではないと思います。まして、研究幹部と研究員の単なる橋渡しのような業務、さらに幹部の秘書のような業務は「企画」に本来求められている業務とは言えないでしょう。研究コーディネーター、メンターなどといった呼び名も考えられるかもしれませんが、創造力を発揮しながら研究を育てる専門職の確立が必要なのではないでしょうか。イノベーションの進め方が多様化している現在、研究者を支えるこのような役割から生み出されるイノベーションもあるように思うのですがいかがでしょう。

「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2012より

2011年にひきつづき、今年も「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」という調査結果が発表されました[文献1-4]。この調査は、「21世紀に求められるイノベーションの創造・推進に関して、自国および他国のイノベーションに対する認識や、イノベーションを推進するために必要な要素などについて、世界的・国別的な意識を明らかにすることを目的に、GEStrategyOne社に委託して行なったものです。(2011年発表の結果についての本ブログ記事はこちら

調査は、2011年1015日から20111115日にかけて、世界22カ国の2800人の経営幹部(米国300人、ブラジル200人、カナダ100人、メキシコ100人、中国200人、インド200人、シンガポール100人、オーストラリア100人、韓国100人、日本100人、ドイツ100人、スウェーデン100人、英国100人、フランス100人、ポーランド100人、ロシア200人、イスラエル100人、トルコ100人、サウジアラビア100人、UAE100人、アルジェリア100人、南アフリカ100人)に対し、電話による聞き取り調査で行なわれています。ちなみに、昨年の調査では、12ヶ国、1000人への調査でしたので、規模が拡大しています。今年新たに加わった国は、カナダ、メキシコ、シンガポール、英国、フランス、ポーランド、ロシア、トルコ、アルジェリア、南アフリカであり、調査対象の偏りはかなり改善されたと言ってよいと思われます。

GE(アメリカ)による調査結果のまとめは以下の通りです。

9割の経営幹部が、経済危機がイノベーション能力に悪影響を及ぼしたと認識。

・イノベーションは、経済発展、雇用、生活水準向上の主要な原動力になる。

・イノベーション環境がよいと感じている国ほど経済は好調。

21世紀の新たなイノベーションモデルが確認された。

・アメリカ、日本、ドイツ、中国がイノベーティブな国と認識されている。

これに対し、GE日本のまとめは以下のとおりです。

・世界のイノベーションランキング、日本は2年連続第3位

・イノベーションに対しては悲観的な国、日本-日本の自己評価にギャップあり

・イノベーションに必要な要素は「パートナーシップ」と86%の経営幹部が回答

・日本企業がイノベーションに求める2大要素:創造力ある人材、パートナーシップ

・世界と比べて日本は大企業志向:協働相手に大企業を求める企業が3割

・今後のイノベーションに期待する業界:エネルギー、ヘルスケア、通信

21世紀のイノベーションの方向性:従来とは異なるオープン・イノベーション

以上の結果のうち、イノベーションの重要性についての指摘は昨年の結果と大きな違いはないように思いますが、今年はパートナーシップ、オープンイノベーションという方向性がより明確に示されています。さらに、イノベーションの方向性について、74%の回答者がローカリゼーションの重要性を指摘しているとされる点も、興味深いと言えるでしょう。もちろん、こうしたアンケートの結果は、世間で流行している考え方の追認であったり、GEの戦略や思想の影響を受けたものになったりする可能性があることは認識しておかなければなりませんが、世界の経営者がイノベーションをどうとらえているかについての示唆を与えてくれる意義は大きいと思います。

今回の調査で私にとって興味深かったのが日本の回答の特殊性です。まず、イノベーションの分野で最も評価されている国についての、世界の評価のランキングを見てみましょう(GE日本発表資料による。トップ3を挙げた回答結果の集計)。1位:アメリカ(65%)、2位:ドイツ(48%)、3位:日本(45%)、4位:中国(38%)、5位:韓国(13%)、6位:インド(12%)、7位:イギリス(9%)、8位:フランス(7%)、9位:スウェーデン(5%)、10位:ブラジル(4%)、イスラエル(4%)、となっています。順位と、支持率には昨年と大きな違いはありません。ところが、日本からの回答結果だけを集計すると、この数値が大きく変わるところがあります。日本の回答結果では、アメリカ(83%)、ドイツ(40%)、日本(28%)、中国(19%)、韓国(22%)、インド(16%)となっており、世界の評価結果にくらべて、アメリカ(+18%)と韓国(+9%)は高く、日本(-17%)と中国(-19%)が低い、という結果になっています。つまり、日本は世界では高く評価されているにもかかわらず、日本は自らの地位をそれほどには評価していない、ということになります。

さらに、いくつかの点で、日本の考え方が他の国と極端に異なっている点が示されています。評価の上位6ヶ国について、以下の調査項目の順位(全22ヶ国中)を見てみます。

自国のイノベーション環境に満足している順位:アメリカ12位、ドイツ15位、日本22位、中国5位、韓国9位、インド10

イノベーティブな市場として他国からよい評判を得ていると思う度合い:アメリカ6位、ドイツ2位、日本18位、中国17位、韓国16位、インド4

イノベーションが生活改善に寄与すると考える(イノベーション楽天主義)順位:アメリカ13位、ドイツ16位、日本22位、中国20位、韓国21位、インド17

中堅・小企業、個人のイノベーション能力への期待:アメリカ4位、ドイツ19位、日本21位、中国22位、韓国17位、インド12

イノベーションの現地化(ローカリゼーション)の必要性:アメリカ17位、ドイツ10位、日本22位、中国8位、韓国3位、インド9

それぞれの国のイノベーションやビジネスに対する考え方が現れているようでなかなか興味深いですが、日本についてみると、かなり極端な位置にある項目が多いことがわかります。大雑把にまとめてしまうなら、イノベーションの分野で世界からは高く評価(3位)されているにもかかわらず、自国に対する評価は低く、自国のイノベーション環境には不満で、イノベーションは生活改善には役に立たないと考えているということになります。特に、イノベーションが雇用市場に寄与すると考える割合が日本では27%と、世界平均の81%と比較して極端に低く、日本でビジネスを拡大することそのものが疑問視されているような結果になっています。イノベーションの方法については、「過去に行なわれたやり方とは完全に異なるやり方で行なわれる」という回答が世界で80%、日本でも64%あるにもかかわらず、日本は大企業志向(中小、個人、ベンチャーなどに期待しない)で、現地化にも積極的でない、つまり、自ら新しいイノベーションの方法を採用しようとしていない、という風にも見えます。

その背景を私の独断で推測させていただくなら、日本経済の低迷により従来のやり方に自信を失い、どうしていいかわからない状態にある、ということになるのではないでしょうか。日本の技術力はまだまだ高いレベルにあると思いたくても、技術の基盤はアメリカに支配され、韓国には抜かれつつある現状(だから、アメリカと韓国を高く評価)を見ると技術に頼るやり方でうまくいくとは思えず、加えて、日本のビジネス環境、イノベーション環境も厳しく、魅力的な市場でもないため、このままでは、現在の地位を確保することは難しいのではないか(自国を低く評価)、しかし、今までそれなりにうまくいってきた大企業中心のイノベーションのやり方を捨てる勇気もない、という感じになっているように思います。

しかし、日本に対する世界の評価はまだかなり高いのです。従来のやり方が通用しなくなっていることで自信を失っている気持ちはわからなくもないですが、何もせずにこのまま評価下落を受け入れてしまうのか、少なくとも今受けている高い評価を利用して何か新しい方向を見出そうとすべきなのかは考えてみる必要があるはずです。もちろん、現在の自分たちの能力を正しく評価し、改めるべきところをきちんと認識することは非常に重要ですが、必要以上に自らの能力を卑下する必要はないでしょう。このアンケートに回答した経営層の皆さんは自信を失っているのかもしれませんが、この調査結果は見ようによっては希望を与えてくれるようにも思います。

確かに日本のイノベーションに対する考え方や環境は特殊なのかもしれません。しかし、日本の考え方が世界の考え方から離れていること自体が即問題とは言えないはずです。多数意見から離れていることは自らを見直すよい機会にはなりますが、自分たちを多数意見に合わせるべきだということにはならないでしょう。GEも、「万能なアプローチはない(No One-Size-Fits-All Approach)」と結論づけているように、日本には日本にあった方法があるかもしれません。真に重要なことは、日本の何がよくて世界第3位の評価を受け、何が悪くて1位2位にはなれず、現在自信を失っているのかをもう一度考え直してみることではないでしょうか。確かにパートナーシップは重要な考え方かもしれませんが、それを安直に受け入れれば成功が保証されるわけでもないはずです。それよりも、日本企業の成功と不調の本質についてきちんと理解した上で、世界の経営者がパートナーシップに抵抗感を持たなくなっている傾向を上手く利用して、過去の蓄積を生かした有利な立場を獲得すべきなのではないでしょうか。どうしたらよいのか、簡単に答えの出せる問題でないことはわかっているつもりですが、日本の経営者の皆さんも悲観ばかりしていないで、ぜひ希望を示していただきたいと思います。



文献1GE日本のWebサイト、プレスリリースより、「GE、イノベーションに関する世界意識調査 『日本の21世紀型ビジネスモデルは新しいコラボレーション志向』」、2012.1.26

http://www.genewscenter.com/content/detailEmail.aspx?NewsAreaID=2&ReleaseID=13826&AddPreview=False

文献2GEWebサイトより、「GE Global Innovation Barometer」<2013.3.9現在以下のサイトでは2013年調査結果が表示されます>

http://www.ge.com/innovationbarometer/

文献3GEWebサイトより、「GE “GLOBAL INNOVATION BAROMETER” EXAMINES STATE OF BUSINESS INNOVATION IN A VOLATILE GLOBAL ECONOMY」、2012.1.18

http://www.genewscenter.com/Press-Releases/GE-GLOBAL-INNOVATION-BAROMETER-EXAMINES-STATE-OF-BUSINESS-INNOVATION-IN-A-VOLATILE-GLOBAL-ECONOMY-35cf.aspx

文献4GEWebサイトより、GE Report、「Innovation and Growth “Inextricably Linked,” GE’s New Global Innovation Barometer Finds」、2012.1.17

http://www.gereports.com/innovation-and-growth-inextricably-linked/ 


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