研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2012年07月

いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)

判断すること、予測することは、研究開発のあらゆる場面で求められます。研究開発部隊に求められるのは技術的な判断であることが多いでしょうが、研究開発をビジネスとして成功させるためには、経営や人間の行動に関する分野での判断や予測も求められ、その結果が研究の成功を左右する場合もあるはずです。

ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」[文献1]では、社会科学の分野で下される判断や推論、予測について述べられています。人間が関与する判断は、科学的な判断に比べて困難なこと、我々が常識的に行なう判断が誤っている場合が多いこと、正しい判断が難しいのは、判断する人間の問題とともに、その事象にもっともらしい原因を求めること自体が不可能な場合があることなどが、事例とともに解説されていて、なかなか有意義な指摘が多いと思いました。この「偶然の科学」という題は、成功や失敗の原因として偶然の要素が大きく、特定の原因を想定すること自体が間違っている場合がある(例えばアップルの成功やソニーのベータやMDでの失敗など)という著者の考え方に基づいたものと思われますが、実際に述べられた内容はもっと広く、どうして人間は偶然と判断すべきことを必然と考えてしまうのか、そのような判断の問題点と、それにどう対処したらよいのかも含まれています。ちなみに原著の表題は、「Everything Is Obvious* *Once You Know the Answer: How Common Sense Fails Us」ですから、「すべては明白――答えを知ってしまえば:いかに常識が役に立たないか」という感じでしょうか。以下にその要点をまとめてみます。

実社会を常識によって解釈する場合の問題点

本書の第一部では、実社会を常識によって解釈する場合の推論の問題点について述べられています。

・個人の行動についての問題:「人の行動を考えるとき、自分の知っているインセンティブや動機や信念といった要因に注目する。」しかし、「これは氷山のほんの一角しかとらえていない。」[p.31]。「われわれの行動にきわめて現実的、具体的な影響を与えるにもかかわらず、もっぱらわれわれの意識しないところで働く関係要因は実に数多くある。心理学者はこうした効果をたいへん多く確認しているので――事前刺激、フレーミング、アンカリング、可用性、動機づけられた推論、損失回避など――それらのすべてがどう組み合わさっているのかはとらえがたい[p.48]」。すなわち、個人の行動の原因を推定すること自体が困難であり、与えられた条件から行動の結果を予測することも困難、ということになります。

・集団の行動についての問題:「人は互いに感化する生き物」、「個々の要素に分解するだけでは理解できなくなるという意味で、『創発的』な集団行動を生む。」[文献1、p.32]。これはミクロ-マクロ問題(ミクロの分析からマクロの状態を推定することができない)に通じる。「社会的影響を人間の意思決定にもちこむと、不均衡性だけでなく予測不可能性も増す」「個人が他人の行動から影響を受けるとき、似たような集団であってもやがて大きく異なる行動をとりうる。」「ある集団内の個人を知り尽くしていても――つまり好き嫌い、経験、傾向、信念、希望、夢を知り尽くしていても――集団の行動をたいして予測することはできない[p.87-90]」。つまり、集団の行動には本来的に予測できないランダムな性格を持つということでしょう。さらに、少数の重要な人物や有力者が変化をもたらすという考え方について「重要な条件はひと握りの影響力の強い個人とはまったく関係がない。むしろ、必要数の影響されやすい人々が存在し、この人々がほかの影響されやすい人に影響を与えるかどうかにかかっている[p.109]」ことがネットワークの研究から実証されており、インフルエンサーやスーパースプレッダーのような存在は確認できていないとのことです。その結果、きちんとした因果関係の説明ができず、「Xが成功したのは、XがXという特質を持っていたからだ[p.69]」というような循環論法に陥りがちであるといいます。

・歴史から学んでいないこと:「事が起こったあとになって『はじめからわかっていたのに』と思う傾向(あと知恵バイアス)[p.125]」がある。「説明しようとする出来事は興味を引かれるものに限られる。」[p.33]「われわれは実際に起こった事柄を必然としてとらえる傾向がある(遅い決定論)[p.125]。これは、「起こらなかった事柄に対してわれわれがしかるべき注意を払わない[p.126]」というサンプリングバイアスに通じる。「遅い決定論とサンプリングバイアスはともに、『前後即因果の誤謬』(連続して起こることから因果関係を推論してしまう)と呼ばれる欠点をもたらす。[p.132]」

このように、人間は社会のできごとについて因果関係を求めようとするものの、その因果関係の根拠は確実なものではなく、上記のような誤りに満ちているわけで、その結果、例えば、偶然でしかないことに必然を感じてしまうことが人間の問題点だというわけです。もちろん、日々の用事に取り組む際に常識を用いることは問題を引き起こさないかもしれませんが、「こうした誤りが重要な影響を及ぼすようになるのは、政府の政策や企業の戦略やマーケティングキャンペーンの土台となる計画を、常識に基づいて立てるときである。」[p.175-176]ということになってしまいます。ではどうすればよいのか。著者は常識の問題点をクリアする「反常識」の利用を提案し、第2部でその内容を解説しています。

反常識の活用

まず、著者は、何が予測できるのかについて次のように述べています。「いくらか単純化して言うと、複雑な社会システムで起こる出来事には、なんらかの安定した過去のパターンに一致するものと、そうでないものの二種類があり、信頼性のある予測を立てられるのは前者だけである。しかし、過去の動きについてのじゅうぶんなデータを集められれば、確率の予測はそれなりにできるし、それは多くの目的に役立てられる。」[p.179-180]「複雑なシステムでは、何が起こるかを正確に予測することには厳しい限界がある。だがその半面、できることの限界近くまではわりあい簡単な方法でたどり着けるように思える。」[p.188]

そして、「計画という思想全体を考え直し、(多様な)未来の予想にさほど重きを置かず、現在への対応にもっと重きを置く[p.205]」方法が効果的とし、これを測定-対応アプローチと呼んでいます。ミンツバーグは「従来の戦略計画では、計画者はどうしても未来の予測を立てなければならず、誤りを犯しやすくなるという問題を熟考し、計画者は長期的な戦略動向を予測することよりも、現場の変化に対応することを優先すべきだとすすめた」[p.207](創発的戦略)、とのことですが、基本的な考え方は同じでしょう。ただし、著者によれば、「『予測とコントロール』から『測定と対応』への変化は、テクノロジーにかかわるのではなく心理にもかかわっている。未来を予測する自分たちの能力はあてにならないと認めてはじめて、われわれは未来を見出す方法を受け入れられる。」[p.216]ということですので、まずは自らの能力の限界を受け入れる必要があるのでしょう。さらに、著者は測定だけでなく実験することの重要性も指摘し[p.217]、「常識にあまり頼らず、測定可能なものにもっと頼らなければならないと覚えておくことならできる[p.234]」とし、ZARAの戦略、すなわち売れる衣料品を予測するのではなく、実際に何が売れたかを測定した結果に基づいて、柔軟かつ迅速に生産する方法を例として挙げています。

さらに、著者は、複雑なシステムで発生する、因果関係の明確でない、偶然に支配されるような現象の扱い方について、政治哲学者ロールズの主張「公正な社会とはこうした偶然の不利な効果が最小化される社会[p.261]」を紹介し、偶然の結果に基づく過大な報酬や、処罰の問題にも触れています。これらの問題も、単なる常識に基づく判断ではなく、因果関係をきちんと理解すること(因果関係の有無も含めて)によって社会全体の考え方が変わる可能性もあると思います。著者は社会科学にこのようは役割を果たさせるために、科学的なアプローチの重要性を指摘し、ネット技術が社会科学における仮説検証の能力を高めることにつながるのではないかと予測しているようです。実験による検証という、技術系では当然の手法がネットの活用により社会科学でも可能になるとすれば、社会やマネジメントに対する我々の理解も大きく進歩するのではないでしょうか。

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技術者としては、仮説をきちんと検証すること、正しい推論を行なうことは基本です。しかし、技術者とて人間ですから、人間の持つ心理バイアスの影響も受けてしまいます。また、複雑系においては、効果的な推論が行なえない場合があることもよく指摘されます。本書の指摘を通じて、判断や推論、予測に関する注意点を再認識させられたことは重要でした。ただ、本書で偶然とされた事象については、必然と考えることはできないとしても、100%偶然と考えてよいのかどうかには疑問があります。また、発生した事象からは、仮説やアイデアを得ることもできると思います。著者もそうした可能性は否定していないと思いますので、それを理解した上でこの考え方を利用すればよいのでしょう。研究開発にとっては、測定-対応戦略は非常に理解しやすく、経験的にも有効で効果的なアプローチだと思いますが、そのようなアプローチを嫌うマネジャーがいることも事実です。本書で述べられたことが、ネットという新たな環境で立証され、多くの人の認識になることを期待したいと思います。



文献1:Duncan J. Watts, 2011、ダンカン・ワッツ著、青木創訳、「偶然の科学」、早川書房、2012.

原著HPhttp://everythingisobvious.com/


参考リンク<2012.9.2追加>



 


 

「イノベーションとは何か」(池田信夫著)より

どうやったらイノベーションの成功確率を上げることができるのか。この問題は当ブログにおける重要なテーマのひとつです。イノベーションを成功に導く万能の処方箋などない、ということは残念ながらどうやら確からしいことのようですが、成功の確率を上げることならば可能ではないでしょうか。池田信夫著、「イノベーションとは何か」[文献1]では、イノベーショをどう捉えるべきかとともに、どう進めるべきかが議論されていますので、今回はその内容について考えてみます。

著者は「イノベーションは経営学では非常に多く言及されながら、理論は無に等しく、経済学では対象外にされたエアポケットのような状態にある。しかし、イノベーションが成長にとってもっとも重要だとすれば、その法則を理論的に分析することは経営者だけではなく政策担当者にとっても必要だろう」[文献1、p.2]と述べ、最近のイノベーション事例を中心に、イノベーションの本質やその進め方について議論を行なっています。中にはかなり大胆な説も含まれているように思いますが、仮説とわかった上でいろいろな考え方に触れることは実務上も決してマイナスにはならないと思いますので、以下に要点をまとめてみたいと思います。

著者は、本書の柱となる仮説として、以下の10項目を挙げています[文献1、p.3](著者ブログ[文献2]とは若干異なっています。)。(以下の引用ページは文献1)

1、技術革新はイノベーションの必要条件ではない

「重要なのは技術ではなくビジネスモデルである。」、「新しい事業を起こそうとする場合、まず何を売ればもうかるかというアイディアがあり、その上で収益を上げる方法を考え、技術はそれに適したものを選ぶ(あるいは開発する)。イノベーションの本質は技術ではなく、このビジネスモデルにある。」ちなみに、イノベーションを技術革新と訳したのは誤訳であって、innovateという英語は単に「新しくする」という意味でしかない、とのことです。[p.15-17

2、イノベーションは新しいフレーミングである

「顧客の要望を聞くマーケティングで成功した商品はほとんどない。[p.14]」、「重要なのは仮説を立て、市場の見方(フレーミング)を変えること[p.3]」、「必要なのは、既存の組織の中で『発想を転換する』ことではなく、まったく別のフレーミングをする変人が、最後まで自分の思い込みを実行できる環境をつくること[p.34]」、ただし「何がよいフレームかを決める論理はない[p.69]」。

3、どうすればイノベーションに成功するかはわからないが、失敗には法則性がある

「大企業が役員の合意でイノベーションを生み出すことはできない[p.3]」、「日本企業は、内部のコンセンサスには非常に時間をかけ、いったん合意すると一糸乱れず団結して行動するため、内部で合意しやすい持続的イノベーションには強いが、反対の多い破壊的イノベーションは苦手[p.70]」、「コンセンサスで決めると、リスクを避けて無難な製品ができることが多い[p.108]」、「大事なのは、大企業を呪縛しているコンセンサスを断ち切り、個が自立すること[p.215]」、「特許のノルマでイノベーションが生まれることもない。[p.3]」

4、プラットフォーム競争で勝つのは安くてよい商品とは限らない

「フレームは言語と同じく、多数派であるがゆえに多数派になるという同語反復的な性格をもつから、すぐれた技術が標準的なプラットフォームになるとは限らない[p.69]」、「ビジネスが成功するかどうかも、商品のよしあしではなく、多くの顧客の共感を得るかどうかで決まる。製造業においては、その手段はよいものを安くつくることだけだったが、サービス業では要素技術がすぐれていることは決定的な要因とはならない[p.70]」、「プラットフォーム競争で勝つために必要なのは、従来の製造業のようにいい商品を安くつくることではなく、決定的な多数派になること[p.70]」、「技術競争は「標準化」ではなく進化的な生存競争だから、すぐれた規格が競争に勝つとは限らない。むしろ新しい「突然変異」を拡大する多数派工作が重要[p.3]」、「新しい規格の性能がいいことをいくら宣伝しても、シェアに差がある限り既存の規格をくつがえすことは絶対的に難しい。このように局所最適に閉じ込められている状態を脱却して大域的最適化を実現する手法として、突然変異がある。少数派であっても強い支持者をもつ突然変異が生き残る確率が十分高ければ、すぐれた技術が長期的均衡になる。重要なのはイノベーションを起こすだけではなく、それを持続させて多数派になるまで頑張るコミットメントの強さ。製造業では突然変異を減らす品質管理が大事だが、情報産業ではイノベーションが大事なので、なるべくシステムを撹乱してノイズや突然変異を増やし、淘汰圧を弱める工夫が必要」[p.72-3

5、「ものづくり」にこだわる限り、イノベーションは生まれない

「イノベーションの意味も、製造業とソフトウェアではまったく違う。ソフトウェアのイノベーションのコストは低いが、多くの人々に共有されないと意味がないので、プラットフォーム競争が重要。製造業とソフトウェア産業は、まったく違う産業といってもよく、前者で高い効率性を発揮した日本の企業が後者で惨敗したのは不思議ではない。[p.102]」「ソフトウェア企業はハリウッドのスタジオや日本の芸能プロダクションのような専門家集団になる。その中心はエンジニアやプロデューサーのようなクリエイターで、ホワイトカラーはスターをサポートする芸能マネジャーのような存在[p.104]」

6、イノベーションにはオーナー企業が有利である

「事業部制のような複合型組織は、規模の経済の大きい製造業では有効だが、ソフトウェアを中心とする情報産業ではオーナー企業が有利である。[p.3]」、「これは最先端のビジネスでは、品質の高さよりデザインの独創性や統一性が重要になっているから[p.115]」、「重要なのは古典的意味での所有権ではなく、コンセプト」、「情報の非対称性を情報共有で解決することによってモラル・ハザードを防ぎ、モチベーションを高めることができる。[p.115-7]」

7、知的財産権の強化はイノベーションを阻害する

「特許や著作権がイノベーションに与える影響は、中立かマイナスという実証研究が多い。いま以上の権利強化は法務コストを増加させ、イノベーションを窒息させる[p.4]」、「『知的財産権』は累積的なイノベーションを阻害して新しい企業の参入を困難にする[p.183]」、「競争的な市場ほどイノベーションを刺激する[p.183]」

8、銀行の融資によってイノベーションは生まれない

「ハイリスクの事業を行なうには、株式などのエクイティによって資金調達する必要がある。銀行の融資や個人保証は危険である[p.4]」。「銀行による融資は、リスクの大きなベンチャーには向いていない。研究開発はすぐに成果が出ないので、キャッシュフローだけを見て融資すると、将来性のあるベンチャーが開発を終えないうちに会社を閉鎖する結果になる。このような場合には、目先の利益が出なくても長期的に投資できるエクイティ(株式や転換社債など自己資本になる資金)によるファイナンスが向いている。[p.140]」

9、政府がイノベーションを生み出すことはできないが、阻害する効果は大きい

「政府はターゲティング政策からは手を引き、インフラ輸出などの重商主義的な政策もやめるべきだ[p.4]」、「日本経済の長期的な成長力(潜在成長率)を引き上げるためには、企業の国際競争力や収益性を高める必要があるが、それを特定産業を保護するターゲティング政策によって実現することはできない。政府が補助金で『育成』しても、企業が自力で競争できる力をつけない限り、成長を長期的に維持することはできない。[p.199]」、「政府が大企業に補助金を出して技術開発を行なうメリットがあるのは、高度成長期の製造業のように市場や技術のフレームが長期にわたって安定していて設備投資にともなう規模だけが問題であるような場合に限られる[p.206]」、「情報産業では供給側の設備の規模よりも需要やイノベーションの不確実性が問題になる[p.206]」、「こういう場合には、あらかじめ特定の目標を設定して大規模な投資を行なうよりも、多くの『実験』に分散投資し、事後的に見直して失敗したプロジェクトから撤退するオプションを広げることが重要[p.206]」

10、過剰なコンセンサスを断ち切ることが重要だ

「イノベーションを高めるには、組織のガバナンスを改める必要がある。特に日本的コンセンサスを脱却し、突然変異を生み出すために、資本市場を利用して組織を再編することが役に立つ。[p.4]」、「大事なのは、大企業を呪縛しているコンセンサスを断ち切り、個が自立すること[p.215]」、「日本で企業やイノベーションが起こりにくい最大の原因は、資金ではない。ボトルネックは、資金ではなく人材である。[p.217]」、「変人が労働市場で生き延びる確率を高める必要がある[p.218]」、「どこの国でも、人々の中には安定を求める面と自由を求める面があり、特に若者の自由を求めるエネルギーを大事にする必要がある[p.221]」

以上、著者の主張を、引用を中心にまとめてみました。基本的な考え方は、イノベーションの方向性は衆議で決められるものではなく、予測しにくい不確実なものであり、特異的な人によって牽引されるものであって、技術の優秀さよりもビジネスモデルが重要、ということだと思います。もちろん、著者が考察している事例はその多くが、IT分野のものですので、あらゆる分野のイノベーションに適用できるものとは限らない点には注意が必要ですが、これからのイノベーションにおけるIT、ソフト技術、サービス業の重要性を考えると、著者の指摘を軽視するわけにはいかないでしょう。個人的には完全に同意できる意見ばかりではありませんでしたが(理解不足の点はさておいて、分野や状況が変われば評価が異なることはあって当然だと考えます)、興味深い指摘は多いと感じました。

おそらく、著者も確立された定説を講義しているつもりはなく、現状考えられうるなるべくベストな仮説に近づこうとしている面もあるのでしょう。そういう立場であっても、イノベーションの全体像につい取り上げ、現在におけるイノベーションの意味も含めて論じ、仮説を提示したことは十分に価値のあることだと思います。技術の世界でも、未知の領域に踏み込んでいく場合には、多少のリスクは覚悟の上で大胆な仮説を提示しなければならないこともありますので、著者の意見も仮説として一旦受け入れてみることは技術者としてそれほど違和感のあることではありません。何より、技術者の実感として、研究開発、イノベーションの進め方について、過去の方法が効果を挙げにくくなっていると感じることがあります。本書の内容を所与のものとして受け入れるのではなく、本書の内容から何を読み取るかを考え、今後にどう生かしていくかを考えることが、イノベーションとは何かを理解し、イノベーションを成功させるために必要なことなのではないかと感じました。



文献1:池田信夫、「イノベーションとは何か」、東洋経済新報社、2011.

文献2:池田信夫blog part2、「イノベーションとは何か」、2011.9.22

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51743471.html


参考リンク<2013.1.14追加>



 


 

アイデアの扱い方と知の呪縛(「アイデアのちから」より)

研究開発において、アイデアが重要であることは言うまでもありませんが、どんなアイデアが成功するのかはなかなか見通すことができません。ならば、アイデアをたくさん出してどんどん試せば成功に近づくはず、という考え方があります。確かにこの考え方には一理あります。しかし、アイデアをビジネスとして現実のものとするためには、試行による選別だけでよいのでしょうか。アイデアをどう扱うかは結果に影響しないのでしょうか。今回は、チップ・ハース、ダン・ハース著「アイデアのちから」[文献1]に基づいてアイデアの扱い方について考えてみたいと思います。

この本の原著の表題は、「Made to Stick, Why Some Ideas Survive and Others Die」、「Stick」すなわち「記憶に焼きつく」アイデアとはどのようなものなのか、どうすればアイデアが記憶に焼きつくようになるかが述べられています。著者らによれば、「ここで言う「記憶に焼きつく」とは、理解され、記憶に残り、持続的な影響力をもつ、つまり相手の意見や行動を変えることだ。」[文献1、p.15]とのことですので、要するにどうすれば使えるアイデアが得られるのかが示されているといってよいでしょう。本書でとりあげられているアイデアは必ずしも技術的なものというわけではありませんが、どんなアイデアであってもアイデアを実用化するためには周囲の人に働きかけ、その人の行動を変化させる必要があるわけで、そのノウハウが示されている点、なかなか参考になる本だと感じました。

記憶に焼きつくアイデアの6原則[文献1、p.23,331,341]

著者は、「しかるべき洞察と適切なメッセージさえあれば、誰でもアイデアを記憶に焼きつけることができる」[文献1、p.340]と述べています。そして、記憶に焼きつくアイデアに共通する特徴として以下の6つの原則を挙げています。

1、単純明快である(Simple):核となる最も重要な部分を見極め、簡潔に伝える。聴き手の理解と行動を促す上で役に立つ。既存イメージの活用、例え、創造的類推が使える。

2、意外性がある(Unexpected):関心をつかみ、つなぎとめるために意外性を使う。驚き、興味、好奇心(疑問を解消し、曖昧な状況をはっきりさせようとする知的欲求)が使える。

3、具体的である(Concrete):アイデアを理解し記憶してもらうには、人間の行動や五感を通じて説明をする必要があり、あまりに曖昧なものは意味をなさない。記憶に焼きつきやすいアイデアは具体的イメージを備えている。共通理解により協調を促す。

4、信頼性がある(Credible):権威を使えない場合、アイデア自体に信頼性がなければならず、そのためにはアイデアを相手に検証してもらうことが有効。説得力のある細部の利用、数字に実感をわかせる、信頼性を感じさせる事例が使える。

5、感情に訴える(Emotional):行動を起こさせるには心にかけてもらう必要がある。そのためには感情に訴えると効果的。抽象的なものではなく人間に何かを感じる。自己利益(特に、マズローの欲求段階の高位の感情)、アイデンティティに訴えるなど。

6、物語性がある(Story):物語は、行動のしかたを教える(シミュレーション)、行動を起こすエネルギーを与える(励ます)。

以上の頭文字をとると、SUCCESs、と覚えやすくなっています。もちろん、この原則をよく理解するためには本書に示された豊富な具体例と組み合わせることが必要だと思いますが、示唆に富んだ原則と言えるでしょう。

しかし、アイデアをこのような形にするためには克服すべき点があります。著者は、「知の呪縛」として、「いったん何かを知ってしまったら、それを知らない状態がどんなものか、うまく想像できなくなる」[文献1、p.31]と指摘し、知の呪縛によってアイデアを人に伝えることが難しくなってしまうと述べています。さらに、「メッセージを相手に届けるプロセスには二つの段階がある。「答え」の段階と「他者に伝える」段階だ。「答え」の段階では、専門知識を駆使して人に伝えたいアイデアに到達する。」「問題は、「答え」の段階では強みになったものが、「他者に伝える」段階では裏目に出ることだ。「答え」を出すには専門知識が必要だが、専門知識は「知の呪縛」と切っても切り離せない。」[文献1、p.330]、とも述べています。

つまり、技術者は専門家である故に、そのアイデアは人に伝わりにくい、というわけです。技術者は専門知識を用いて「答え」を出すことが求められているため、「答え」を出すことにとらわれていて、「伝える」ことが軽視されることも多いでしょう。しかし、アイデアをビジネスとして成功させたいならば、他人(協力者、顧客)に対して、うまく伝える必要があることは言うまでもありません。そうすると、「伝える」ことも科学者、技術者の本来の仕事であって、科学者、技術者に求められる「説明責任」とは、単にアイデアを説明すればよいというものではなく、必要に応じて記憶に焼きつくような説明をする、ということまで含んでいると考えるべきなのでしょう。その結果、最初のアイデアは形が変わってしまうかもしれませんが、それでよいはずです。最初のアイデアと自分のやり方にこだわるあまり、人の記憶に焼きつかず、行動を引き起こすことができないとしたらそのアイデアは無意味なわけですから、積極的に「アイデアを変える、育てる」ことも必要なのではないでしょうか。結局、「説明責任」はアイデアを出した人やアイデアの実現に携わっている人の義務ではなく、その人自身の利益にもなることなのだろうと思います。

一方、アイデアをうまく伝えるテクニックがあるとする本書の考え方によれば、必ずしも優れた内容のアイデアでなくても、人に影響を与えうる、ということにもなります。技術者としてはつい、よいアイデアはうまく伝わると思ってしまいがちですが、実際はそうではありません。都市伝説やデマが伝わりやすいということは、伝わりやすさとアイデアの質(正しさとか妥当性とか可能性とか)は関係ないということにもなるでしょう。さらに、自分がよいと思っているアイデアは、相手も同じようによいと思うだろうと想像してしまうことは、「知の呪縛」の別の症状と言えるかもしれません。

さらに、アイデアを受け取る立場からは、自分自身が、たいした価値もないのに記憶に焼きつく特徴を備えたアイデアに影響されていないかどうかにも注意が必要でしょう。もし、本来ならば採用されるべきアイデアが、ただ記憶に焼きつくだけのアイデアに負けて採用されなかったとすれば、アイデアの提案者にとって残念なだけでなく、誤った判断をしたことにもなってしまいます。

研究開発のマネジャーには、自部署のアイデアをうまく育て、社内外の他者を動かしてアイデアを実現させることが求められます。一方、第一線から集めたアイデアを評価し、篩にかけることもしなければなりません。従って、本書に示された、記憶に焼きつくメカニズムは、アイデアの発信者としても受信者としてもその作用をよく認識しておく必要があるでしょう。研究を成功させるためにアイデアの数を揃えることが無意味だとは思いませんが、最も重要な核となる部分を明確にし、その部分に問題があれば改良するなりそのアイデアは捨ててしまうなりした上で、他者に影響力を及ぼすようにアイデアを育てることが必要ということではないでしょうか。幸い、研究マネジャーは、第一線研究者から少し距離を置く存在ですので「知の呪縛」にとらわれない発想が幾分かはしやすいのではないかと思います。アイデアを出すことはもちろん重要ですが、アイデアを育てることこそ研究マネジャーならではの仕事、ということかもしれません。


文献1:Chip Heath, Dan Heath, 2007、チップ・ハース、ダン・ハース著、飯岡美紀訳、「アイデアのちから」、日経BP社、2008.

原著の題は、”Made to Stick, Why Some Ideas Survive and Others Die”

著者webページhttp://www.heathbrothers.com/



参考リンク<2012.8.5追加>
 

 

研究マネジメント・トピックス目次(2012.7.8版)その1

このブログの「研究マネジメント・トピックス」というカテゴリでは、「ノート」には入れられなかったけれども重要と思われる話題について、本や記事の引用をベースに書いています。その目次を整理しなおしました(前回整理は2011年12月)。リンクの接続確認、新たなリンク追加も行なっています。


研究・イノベーション総論についてのトピックス

「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想(2011.2.20)
この本では、イノベーションを生み出す方法が存在するとか、ひらめきやアイデアでイノベーションが成功する、といったような10の神話をとりあげ、それが誤りであることが述べられています。どの神話をどこまで信用しているかは人により異なるでしょうが、こういう神話が信じられていることは認識しておくべきでしょう。

「イノベーションの神話」参考リンク


Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2011年)(2011.11.27)

2年に一度発表される経営思想家ランキングの2011年の結果です。1位がクリステンセン、2位がキム&モボルニュ、3位がゴビンダラジャン、とイノベーションに関わる思想家が上位にきているところが要注目と思います。

Tinkers50参考リンク


研究・イノベーションの方針、着想、スタート段階についてのトピックス

リバース・イノベーション(2010.10.17)
GEの新たなイノベーション戦略とされているリバース・イノベーションについて考えてみました。元文献は、GE会長兼CEOのImmelt氏、Dartmouth大学教授Govindarajan氏他共著、「GEリバース・イノベーション戦略」(ハーバード・ビジネス・レビュー日本版2010年1月号、英語版2009年10月号)です。リバース・イノベーションとは「新興国で開発し、これを先進国に展開する」というやり方ですが、新興国のニーズに合わせた開発を行なうことが特徴でしょう。破壊的イノベーションとの関連も重要だと思います。

リバース・イノベーション参考リンク

オープン・イノベーションは使えるか?(2011.1.10)
オープンイノベーションの難しさと可能性について考えました。外部のアイデアを有効に利用する、外部との連携を有効に活用するというオープンイノベーションの基本的な考え方は望ましいことであり、成果も期待できると思うのですが、実施にあたっては自前主義(NIH-Not Invented Here-症候群)や社内の仕組みの不備などの困難があるため、オープンイノベーションに適した課題をうまく選択することが重要と思われます。オープンイノベーション成功の条件も考えてみました。

オープンイノベーション参考リンク

エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19)
イノベーション、研究開発の入り口において、真のニーズを探ることは非常に重要です。そのための手法としてエスノグラフィーに期待する考え方があります。人類学に学ぶ手法と言えばよいでしょうか、主に「行動観察」という手法で真のニーズに迫ることができる可能性は高いと思います。もちろん、これだけでイノベーションができるものでもありませんが、特に研究の着想や開始段階では考慮に値する手法と思われます。エスノグラフィーの得意なところ、苦手なところなど考えてみました。

エスノグラフィー参考リンク

「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」(2010.11.28)

イノベーティブな人材を育てる場として、東大「知の構造化センター」で実施される教育プログラム「東大i.school」で行なわれる活動を解説した本の内容紹介です。教育の場としてのi.shool、企業からみた意義なども考えてみました。i.schoolの活動ではエスノグラフィーも重視されているようです。

東大i.school参考リンク

「ホワイトスペース戦略」-ビジネスモデルイノベーションの方法(2012.1.9)

イノベーションを成功させるためには、新しいビジネスモデルの確立が求められる場合があります。ホワイトスペースとはそのような領域を指し、ジョンソン著「ホワイトスペース戦略」では新たなビジネスモデルを構築しようとする場合の枠組みを提供しています。

ホワイトスペース戦略参考リンク

イノベーションをビジネスへ(マリンズ、コミサー著「プランB」より)(2012.6.17)
この本でも、イノベーションをビジネスとして成功させるためのアプローチが述べられています。どちらかというと起業に焦点を当てたまとめ方のように思われますが、最初の計画がうまくいかないとき、それをどのように変えていったらよいか、その際の注意点などが述べられています。
プランB参考リンク

複雑系経営(?)の効果(2012.5.6)
関連する複数の要因が組み合わさって予測困難な結果を生み出す複雑系の現象をどう扱うべきか、経営の立場から述べられた文献に基づいて考えました。複雑系が不確実性を生む原因の一部であることはよく認識しておくべきだと思われます。

複雑系経営参考リンク


研究・イノベーションの進め方に関するトピックス

「流れを経営する」を読む(2012.3.25)

野中郁次郎他著「流れを経営する」のまとめです。SECIモデルや、「場」、「フロネシス」、「実践知」といった野中氏の知識創造理論は特に全体像がわかりにくい、という印象でしたが、この本ではその理論が集大成のような形で述べられており、かなりわかりやすく、使いやすくなっていると思います。

流れを経営する参考リンク

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想(2011.3.21
この本では様々なイノベーション(技術には直接関係しないものが多いのですが)の事例と、知識創造理論からみた成功要因、イノベーションにおけるリーダーの役割について述べられています。この本の事例を題材に、難解な野中教授の知識創造理論の私なりの解釈も試みました。

「イノベーションの知恵」参考リンク

アジャイル、スクラム、研究開発(2012.5.27)

ソフト開発の手法であるアジャイル、スクラムについて考えました。基本思想には野中氏の知識創造理論が影響を与えているようですが、複雑で不確実性の高いプロジェクトの進め方に関するヒントを与えてくれるように思います。

アジャイル、スクラム参考リンク

「技術経営の常識のウソ」感想(2011.4.17)
伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著による本「技術経営の常識のウソ」のポイントのまとめと感想を書きました。特に、オープンイノベーション、プロジェクトマネジメント手法、ステージゲート法などが批判的に評価されています。肯定的な側面とともに否定的な側面も評価し、そうした手法がどういう場合に適しているのかをしっかり認識する必要がある、ということだと思います。

「技術経営の常識のウソ」参考リンク

祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授(2010.10.11)
根岸教授の研究マネジメント手法について、根岸教授が1996年に発表された記事をもとに考えました。大学における基礎的な研究の進め方について述べられたものですが、特に探索的な研究を行なう場合には有用な示唆が含まれていると思います。

根岸英一教授参考リンク


P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー(2011.11.20)

ブラウン、アンソニーによるHBR論文「P&Gニュー・グロース・ファクトリー」をもとに、P&Gのイノベーションの進め方を考えました。オープンイノベーション、破壊的イノベーション、エスノグラフィーなど、なんでも取り入れて、それらを改良発展させて成果につなげているところがすごいと思います。

P&Gニュー・グロース・ファクトリー参考リンク

知的な失敗(2012.2.26)

不確実なプロジェクトには失敗がつきものですが、失敗から学び、失敗を避けることをいかにうまく行なうかは重要でしょう。そうした「知的な失敗」の方法について述べたマグレイスの文献について考えてみました。

知的な失敗参考リンク



以下の記事は研究マネジメント・トピックス目次(2012.7.8版)その2をご参照ください(容量制約のため)。
研究・イノベーションの環境(仕組み、組織、人)に関わるトピックス

働きがいのある会社とは(Fortune誌「最も働きがいのある米国企業2011No.1SASの考え方)」(2011.1.30

イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」(2010.11.7

ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病(2010.9.26

コア・リジディティ(2010.9.5

リーダーがつまずく原因(2010.7.19

イノベーターのDNA2011.5.15

イノベーションのDNA2012.4.15

技術者が問題社員になるとき(2011.7.24

モチベーション再考(2011.8.28

ポジティブ心理学の可能性(2011.9.25

事業創造人材とは(2011.10.16

フロネシス(賢慮)と研究開発(2012.1.29






研究マネジメント・トピックス目次(2012.7.8版)その2

研究・イノベーションの環境(仕組み、組織、人)に関わるトピックス

働きがいのある会社とは(Fortune誌「最も働きがいのある米国企業」No.1、SASの考え方)」(2011.1.30)
2010
年、2011年と2年連続して最も働きがいのある会社に選ばれたSASの考え方を探ります。誰もが持っているクリエイティビティを引き出す努力が必要、というSAS社CEOのJim Goodnightの考え方に従い、社員を信頼する文化を作り、望ましい仕事環境の整備を行なっていて、それが働きがいを生んでいるようです。

働きがいのある職場参考リンク

イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」(2010.11.7)
東大i.schoolにも参加、エスノグラフィー活用でも有名なデザイン会社IDEOのトム・ケリー氏の著書の紹介です。「人類学者」「実験者」「花粉の運び手」の重要性が指摘されているようですが、イノベーションには様々な役割を担う人材が必要ということも重要なことだと思われます。

「イノベーションの達人」参考リンク

ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病(2010.9.26)
アメリカ、ナットアイランド下水処理場で、優秀で自律的かつ献身的なチームが重大な過失を犯してしまった事例の紹介です。組織の優秀さに安住せず、トップマネジメントが適切に関与(管理強化という意味ではありません)していないとこのような失敗が起こりうる、ということには注意すべきでしょう。

ナットアイランド症候群参考リンク

コア・リジディティ(2010.9.5)
Leonard
による組織の硬直性についての考察の紹介です。コア・ケイパビリティを持つようになると、それがコア・リジディティに変質し、組織の柔軟性が失われ、新しいことへの挑戦が難しくなるといいます。こうした傾向を認識しておくこと、積極的に変化を起こすことが重要かもしれません。

コア・リジディティ参考リンク

リーダーがつまずく原因(2010.7.19)
McCallによる「脱線した経営幹部」についての分析の紹介です。強みが弱みになること、インセンシティビティ(無神経さ)、成功を重ねると傲慢になること、不運への対処の失敗など、成功を維持できなかったリーダーの特徴が示されています。優秀なリーダーに特有の資質というものがあるのではなく、経験からの学習によりリーダーは育成できるというのは重要な指摘と思われます。

リーダーがつまずく原因参考リンク

イノベーターのDNA(2011.5.15)

ダイアー、グレガーセン、クリステンセンによるHBR論文「イノベーターのDNA」に基づいて、創造性あふれるビジネスリーダーの特徴について考えました。イノベーターがもつ重要な資質を明らかに、その能力は育成できる、と主張しているようです。

イノベーターのDNA、イノベーションのDNA参考リンク

イノベーションのDNA(2012.4.15)

ダイアー、グレガーセン、クリステンセン著「イノベーションのDNA」(上記文献に基づいた本)のまとめです。本稿では、上記文献に述べられていない点、発見力だけでなく実行力の問題、組織としてのイノベーション能力の発揮の問題を中心に述べました。

参考リンクは上記参照

技術者が問題社員になるとき(2011.7.24)

P. Glen著「Leading Geeks」に述べられたギーク(高度な技術知識を持つ従業員)の特徴と、それがいわゆる「問題社員」とされる人々の特徴と似ていることについて考えてみました。問題社員は作られているのかもしれません。

技術者が問題社員になるとき参考リンク

モチベーション再考(2011.8.28)

金井壽宏著「危機の時代の[やる気]学」に基づいて、モチベーション理論の追加整理を行ないました。夢・希望系の要因を総動員し、持論に働きかける、というアプローチが有効のように思われます。

モチベーション再考参考リンク


ポジティブ心理学の可能性(2011.9.25)

モチベーションを高め、成果をあげる考え方として注目されているポジティブ心理学について、ピーターソンの「実践入門ポジティブサイコロジー」に基づいて考えました。研究者の能力を発揮させるための心理学的基盤として重要だと思います。

ポジティブ心理学参考リンク


事業創造人材とは(2011.10.16)

リクルートワークス研究所が発表した「事業創造人材の創造」について考えました。世の中を変えようとする「青臭い」部分と、成果を追求する「腹黒い」部分を併せ持つことが重要、という指摘がなされていますが、環境を整えることによってそうした人でなくてもイノベーションを起こせるようになるのではないか、と思います。

事業創造人材参考リンク

フロネシス(賢慮)と研究開発(2012.1.29)
野中氏、竹内氏の論文「賢慮のリーダー」について考えました。リーダーには正しく判断するための実践知が求められ、それを支えるのが共通善であり、リーダーは理想主義的な実用主義者であるべき、という主張には説得力があると思います。
フロネシス参考リンク







以下の記事は研究マネジメント・トピックス目次(2012.7.8版)その1をご参照ください(容量制約のため)。

研究・イノベーション総論についてのトピックス

「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想(2011.2.20

Thinkers50 -経営思想家ベスト502011年)(2011.11.27

研究・イノベーションの方針、着想、スタート段階についてのトピックス

リバース・イノベーション(2010.10.17

オープン・イノベーションは使えるか?(2011.1.10

「エスノグラフィーとイノベーション」(2010.12.19

「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」(2010.11.28

「ホワイトスペース戦略」-ビジネスモデルイノベーションの方法(2012.1.9

イノベーションをビジネスへ(マリンズ、コミサー著「プランB」より)(2012.6.17

複雑系経営(?)の効果(2012.5.6

研究・イノベーションの進め方に関するトピックス

「流れを経営する」を読む(2012.3.25

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想(2011.3.21

アジャイル、スクラム、研究開発(2012.5.27

「技術経営の常識のウソ」感想(2011.4.17

祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授(2010.10.11

P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー(2011.11.20

知的な失敗(2012.2.26




シチズンサイエンス考

シチズンサイエンスとは、アマチュアまたは非職業的な科学者によって、その一部または全部が行なわれる科学研究のこととされています(wikipedia[文献1])。具体的には、データの系統的収集や分析、技術開発、自然現象のテスト、これらの活動の普及などが行なわれていて、近年のインターネット環境の発展とともにこうした活動は活発化しているとのことです。今回は、シチズンサイエンスについて考えてみたいと思います。

シチズンサイエンスの形態[文献1](文献1の「Citizen scientist」=「市民科学者」としています)

・プロの研究者が解析するためのデータ集めに市民科学者が協力する。

・プロの研究者が集めたデータを市民科学者が解析する。

・市民科学者が研究センターにおける支援をしたり探検に同行したりする。

・市民科学者同士がコンペで成果を競い合う。

・市民科学者が装置を作ってデータを取ったり、大きなプロジェクトの一部を担ったりする。

・市民科学者が、プロの研究者が訪れないような分野を探検する。

こうした市民科学者の活動は古くからありました(そもそも職業科学者が生まれる20世紀より前の科学研究の担い手は市民科学者であったと考えることもできます)。ただ、近年のネット環境の発展と普及が、科学研究への市民科学者の新たな参加方法を編み出していることも指摘されています。例えば、個人所有のコンピュータの余剰能力を活用してデータ解析を手伝うRosetta@home(タンパク質の折りたたみ構造を解析する)や、SETI@home(地球外生命体からの信号を探索する)など、分散コンピューティングやボランティアコンピューティングと呼ばれる活動があります。また、Stardust@homeNASAの探査機が彗星の尾から採取を試みた粒子を発見する)やGalaxy Zoo(銀河の写真を見てその形態を分類する)、oldweather(第一次世界大戦中の英海軍船舶の航海日誌から当時の天気を抽出する)など、参加者の判断や技能が問われるようなプロジェクトもあります。[文献2、文献3]

このようなシチズンサイエンスの活動は、今までのやり方では作業にかかる負荷が大きくて実施できなかった研究対象について、その制約を緩和できる手法として重要な意義を持つと言えるでしょう。特に、比較的単純ではあるが処理に手間のかかるデータ採取、解析が必要な研究においては、今後適用例が増えていくのではないでしょうか。

研究マネジメント面の意義

シチズンサイエンスを研究やビジネスのマネジメントの観点から見ると、いくつかのビジネス手法との共通点があることがわかります。外部との協働で研究を進めることはオープンイノベーションにほかなりませんし、作業の一部をネット経由で外注することはクラウドソーシングとして知られた手法です。実際に、アマゾンのmturkなどは、単純な作業を安価に外注することが可能な仕組みを提供しており、パターン認識など、機械では困難だが人間にとっては単純な作業でデータを作ったり集めたりすることが効率的にできることが知られています[例えば文献4、p.110]。


しかし、シチズンサイエンスの場合、参加者は金銭的報酬を求めているわけではなく、参加者の作業への動機づけは金銭的報酬以外のインセンティブによってなされている点がひとつの特徴になっていると思います。参加者は、自分の保有している資源(人間としての能力、コンピュータなど)を社会に有用な目的のために役立てたいという気持ちはもちろんのこと、自分の楽しみ(ひまつぶし、ゲーム感覚の遊び、発見の喜び、最先端の科学やきれいな銀河の写真、昔の航海日誌などに触れる楽しみなど)によっても動機づけられています。例えば、遊びの要素として、こなした作業の量や、成果の質に応じてプロジェクト内でのステータスが上がったり、成績優秀者として順位づけられて称賛されたりする仕組みが作られているものもあります。また、プロジェクト内で同じ興味を持つ人同士や専門の研究者との交流ができるフォーラムが設けられているものもあり、ネット環境の利用による非物質的な魅力が参加者のモチベーションを高める一要素になっていると思います。

このような「遊び」の要素の導入は、プロジェクト運営上のテクニックという面もあるかもしれませんが、実は研究の本質にもつながるものだと思います。未知のことを知る、同じ興味(専門)を持つ人同士で議論や交流をする、成果を挙げたことが社会から評価される、などのことは通常の研究活動においても行なわれていることであって、それが研究者のモチベーションの維持に貢献している側面は無視できません。シチズンサイエンスでもそうした体験をネット上で提供していると考えられます。専門的な知識を要する研究活動は市民には困難であっても、研究の手伝いをすることで充実感や達成感を得られる仕組みが構築できている点は、研究活動における金銭的報酬以外のインセンティブの重要性を示す例として示唆に富んでいると思われます。

さらにシチズンサイエンスにおける協力の仕組みは、オープンイノベーションの進め方についての示唆も与えてくれています。オープンイノベーションの場合、協働する研究者(組織)の間での作業の分担と成果の配分を調整する必要がある点が運営上の課題であるという意見があります。これに対し、シチズンサイエンスでは、市民科学者が行なう作業の範囲を限定的に設定し、その作業に与えられる報酬(成果配分)も金銭的なものではなく「楽しみ」とすることで、協力者も納得した上で意欲的に作業に取り組んでもらえるようになっており、上記のオープンイノベーションの課題をうまく解決していると言えるのではないでしょうか。ビジネスにおいては金銭的報酬抜きの協力関係を構築することは難しいかもしれませんが、少なくともモチベーションが金銭的報酬によるものだけではないことはオープンイノベーションを考える上でも認識しておくべきことであると思われます。

科学と社会の関わりにおける意義

シチズンサイエンスは、科学コミュニケーション、STS(科学技術社会論)の面でも以下のような示唆を含んでいると思います。

・シチズンサイエンスは、市民にとって科学を身近なものとして感じるきっかけになる。

・その活動を通じて、市民が科学者の活動に触れることができる。

・その活動において、市民がデータの扱い方、データの重要性を体験、実感できる。

つまり、科学者との共同作業を通じて、科学者の考え方、仕事の実態に触れるきっかけになるのではないか、ということです。市民を科学と対峙する存在としてとらえるのではなく、お互いに理解し、協働していくきっかけとしての意義がシチズンサイエンスにはあるのではないでしょうか。科学者が市民を啓蒙するのではなく、科学者が市民を重要なパートナーとして見ること、市民の側からも楽しみとしての協働を通じて科学的な考え方に触れることは、科学コミュニケーションの促進に役立つのではないかと考えます。楽しみながら交流することを特徴とし、その作業には遊びに近い要素が含まれているものであっても、そのデータを使う研究は遊びではありません。このようなシチズンサイエンスを進めることは、市民が本物の研究を身近に体験し、学ぶよい機会となり、社会と科学の垣根を低くすることにつながるのではないかと思います。

技術者の立場からみてもシチズンサイエンスが取り上げているテーマにはなかなか興味深いものがあります。加えて、シチズンサイエンスには、単なる研究補助や市民の趣味以上の意義もあるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:Wikipedia, “Citizen science”, 2012.7.1アクセス

http://en.wikipedia.org/wiki/Citizen_science

文献2:Eric Hand, “People power”, Nature, vol.466, No.7307, 2010.8.5, p.685.

http://www.nature.com/news/2010/100804/pdf/466685a.pdf

文献3:Kalee Thompson(K.トンプソン)、編集部訳、「ネットでシチズン・サイエンス」、日経サイエンス、2012年5月号、p.98.

文献4:新井紀子、「コンピュータが仕事を奪う」、日本経済新聞出版社、2010.

参考リンク


 

 

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