研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2012年10月

意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)

人は誰しも「正しい判断、正しい意思決定」をしたい、と思っているでしょう。しかしそれが容易ではないことも確かです。研究開発における意思決定については以前にも書きましたが(イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?))、今回は、意思決定において起こりやすい「間違い」に焦点を当てて考えてみたいと思います。

マイケル・モーブッサン著「まさか!? 自信がある人ほど陥る意思決定の8つの罠」[文献1]には、つい見過ごしてしまいがちな意思決定の危うさの例が述べられています。原題は「Think twice, harnessing the power of counterintuition」なので、「考えなおせ。直観に反する力を利用する」というところでしょうか。以下、本書の構成に沿って、意思決定上陥りやすい問題点について考えてみたいと思います(各章の要約はp.17-18による)。

第1章、自分だけはうまくいく?:人は他人の経験に目を向けず、個々の問題をそれぞれ独自の事象として考える傾向がある。

・「客観的な視点よりも、主観的な視点を優先させてしまう」[p.26]。これは、「自分は優秀であるとする幻想」、自分の未来は他人よりも明るいと考える「楽観主義の幻想」、本当はコントロールできないことをコントロールできるように考える「コントロールの幻想」による[p.27-29]。さらに、「自分の状況は特殊であると考える傾向、自分の考えに固執する傾向がある」[p.43]といいます。

第2章、他の選択肢が見えなくなる:代替案を用意しておくべき時に、私たちの心は選択肢を減らそうとする。

・係留(アンカリング)と調整のヒューリスティック(カーネマンによる)とは、「人が直感的に意思決定する際に、無意識に示唆された参照点を出発点とし、それに調整を加えて何らかの推定に至るプロセス」であり、「アンカリングは意思決定に影響する、印象に残っている特定の特徴や情報の断片」のこと[p.75]。

・「人は起こり得る可能性のある事柄を十分には考慮しない」、「トンネルビジョン(視野が狭くなること)になってしまう」[p.48]。「私たちは、可能性を考えるにあたってあらゆる知識を活用」し、「それぞれを自分の思考モデルに当てはめる」。「自分が導き出した一連の仮説から推論し、相互に矛盾しない選択肢だけを考慮の対象とする」。「思考モデルとは、外の世界の現実を自分の内側に描写したもので」、「細部よりもその情報がすばやく自分に到達することを重視した、不完全な描写」であって、「いったん思考モデルが形成されてしまえば、厄介な意思決定のプロセスはもう使わなくなる。」(ジョンソン-レアードによる)[p.48-59

・「アンカーに基づいて考えはじめ」、「いったん自分が妥当だと思う回答や許容範囲内の回答にたどり着いた時点で、調整をやめてしまう。」[p.51

・典型的ヒューリスティックとは、「外見の特徴など典型的と思われるものを基準に意思決定する」こと[p.75]。例えば、見かけで判断するなど。

・利用可能性ヒューリスティックとは、「思い浮かべやすい、想起しやすいものを基準に意思決定する」こと[p.75]。例えば、直近の経験や記憶に影響されるなど。

・「私たちは、無意識に物事にパターンを見出そうとする。」「ありもしないパターンを無理に見つけだそうとしてしまう」[p.56-57]。

・「認知的不協和とは、内に対しても外に対しても矛盾しない状態でありたいという人間の持って生まれた性質から来ている。」「この不快感を軽減させようと、自身の行動を正当化する。」[p.57-58

・「確証バイアスとは、個人が自分の都合のよいように、それに反する考え方や不利な証拠を除外する時に起こる。」「一貫性があると、人は問題を考えることを止めることができ、(中略)自分の行動を変えなくて済む」[p.61]。

・「一つのことに注意を払うということは、他の事柄に注意を払えないことであり、無分別な行動を引き起こす理由となる。」[p.63

・「ストレス反応があると短期的に得になることを追求できるが、長期的に何がいいのかを考えられない」(サポルスキーによる)[p.66]。

・「インセンティブによって、他の選択肢や可能性を考えられなくなってしまう」[p.67]。

第3章、専門家の意見は鵜呑みにするな:専門家は非常に狭い分野についてよく知っていて、自分たちの主張や予測を正当化するのが得意だが、現在ではコンピュータや集団の知恵により問題を効率的に解決できるようになっている。

・「ある程度法則に基づいて結果が限られた範囲に分布する」ような場合には「コンピュータのデータを使えばよい。」「確率によって、結果は幅広く取り得るものなら(中略)専門家よりも集合知の方が優位」。「専門家の機能が十分に果たされる領域は、法則に基づいていて、取り得る結果が広い範囲にわたるような問題」[p.83-85]。要するに専門家が常によい予測ができるとは限らないということでしょう。

・集合知により、群衆が当たる予測をするためには、多様性、情報の集約、インセンティブによる必要な人の参加が重要。「多様性があると、集団の間違いを減少させる。」[p.93

第4章、あなたも周りの状況に影響されている:私たちの意思決定は周囲の状況に大きく影響されている。

・「人間は周囲の答えに影響されてしまう」。周りに屈してしまう人の特徴は、判断力の屈折(自分が間違っていて、周りが正しいと決め込んでしまう)、行動の屈折(多数に迎合するために、自らの知識を抑え込んでしまう)、知覚の屈折(多数の意見によって、自分の視点が覆されてしまっていることに気がついていない)。(アッシュによる)[p.107-108

・プライミング効果とは、「論理的な意味においてまったく無関係に見えるようなものでも、私たちの知覚を通して入ってくる情報は関連づけられ、意思決定に影響する」こと(例えば、ドイツ音楽がかかっている売り場ではドイツワインの売り上げが上がるなど)。「プライミングが機能するためには、プライミング対象と、そこにいる人の目的がつながっていなければならない」[p.115-117

・「自分は最良の選択肢を自分で選んでいると思っているが、実際は選択肢がどう設定されるかに大きく影響されている。実際はほとんどの人が単に選択肢をデフォルトのままにしている」[p.118

・「多くの決断において、私たちが思う以上に感情が重要な役割を演じている(ザイアンスによる)[p.120]。「ある結果が強く感情的な意味を持たない時、人は確率に重きを置きすぎる傾向がある」「対照的に、結果が鮮烈である場合は、確率に対してはほとんど注意は払われず、結果に対してのみ注目が集まる。」[p.121

・「人は多くの場合、ある人の行動はその人の性質がもたらしたものだと考えてしまい、状況の影響力を考慮しない」(「根本的な帰属の誤り」)[p.123]。

・「規則に従うということで自分の行動を正当化する」「人は長い期間特定の配役を演じるように言われると、配役から抜け出せないような役者となってしまうリスクがある。」[p.124

・惰性、あるいは変化への抵抗によって、人は古い問題に対して新しい視点でみようとしなくなる。[p.125

第5章、“木を見て森を見ず”に陥らない:ミクロの行動を集めることで、マクロの行動を理解しようとすると失敗する。

・「複雑適応系では、部分を研究することでは全体を理解することなどできない」「本当はそこに因果関係がないにもかかわらず、因果関係を知りたいと思う気持ちだけで物事を見ると、因果関係を説明できないシステムを目の前にした時、とんでもないことが起こる。」[p.139]「複雑で高度にインタラクティブなシステムを前にして、人間の判断のプロセスや、直感そのものに頼ると意思決定を誤ってしまう(フォレスターによる)」[p.150

第6章、正解は、時と場合による:状況を把握せずに、システムの特徴(属性)をもとに因果関係を予測することには要注意。

・「人はよく一つの状況から得た教訓や経験を、異なる状況にも当てはめようとする。しかし、ある状況にあてはまる判断は、たいていの場合別の状況ではまったく当てはまらない」[p.158]。「『成功の鍵』や『勝利の方程式』などの言葉を目にしても鵜呑みにせず、それが果たして本質を突いているかどうか、まず検討すべき」[p.161

・相関関係と因果関係の違い:XYを引き起こすという主張をするためには、次の3条件が必要。Yの前にXが起こること、XYはそれぞれ2つ以上の側面がありXYは関数の関係でなければならない、XYの両方を引き起こす要因Zがあってはいけない[p.169]。

・「多面的な状況では『最善』のやり方がない」[p.174

・「私たちの大半は、一つの成功したやり方をその次の状況に適用することによって、また成功すると思いたい。」「しかし、多くの場合ではそうはいかない。なぜならば、状況を考慮せずに属性や性質だけで意思決定してしまうから。」「多くの場合の正解は『状況による』なのだ。」[p.176

第7章、突然、襲ってくる大規模な変化の危険性:相転移(フェーズの変化)が起こる時には因果関係を見出すことが難しいので、最終的な結果を予測することはほぼ不可能。

・突然襲ってくる大規模な変化としては、システムの変化を促進する正のフィードバック[p.180]による発散現象や、相転移[p.182]などのような現象が挙げられる。これらにはクリティカルポイントがあるが、その予測は非常に難しい[p.200]。

第8章、運と実力を見極める:運と実力の役割、「平均回帰」を考慮する必要がある。

・平均回帰性とは、「平均を逸脱する結果の後には、平均により近い結果がでる、というもの」[p.206]。「結果には、不変の実力による部分と、一次的な運による部分がある。ある期間での極端な結果は非常に幸運、もしくは不運であった結果であり、時間とともに運の影響が強くなくなってくることで、結果も極端ではなくなる傾向を見せる」[p.214

・ハロー効果とは「一般的な印象に基づいて特定のことを結論づけてしまうような人間の傾向のこと」[p.216]。

・「人は小さなサンプル・サイズから根拠のない結論を推測する傾向がある(カーネマン、トベルスキーによる)」[p.222

上記のような事例のそれぞれについて、著者は各章の終りに対策を述べていますが、全体のまとめとして、次の点をアドバイスしています[p.231-242]。ただし、「すべての意思決定に対して本書で述べた思考のプロセスを当てはめる必要はない。」「たいていの場合は何をしたらよいのかは明らかであることが多い。本書の価値は、その意思決定の影響が大きい場合や、自分にとって自然な意思決定プロセスが、最適とは言えない選択につながる時に発揮される。」とのことです。

・注意力を高める:意思決定の過ちはたくさんの人に共通に起こる。

・他人の立場に身を置いて考える

・運と実力の役割を理解すること

・フィードバックを得ること

・チェックリストを作成する

・決断する前にはよく検討しよう

・どんなに気をつけても、予測できないことがあることを知る

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本書に述べられた意思決定における罠を考えてみると、次のような要素があるのではないかと思います。

1、無意識の思考特性に依存するもの(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)

2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)

3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)

中にはこれらが複合しているものもあると思いますが、それぞれの要素については対応の心構えが違うように思います。1、に対しては、人間がそういう思考をしやすいことを認識し、そうした兆候が見られたら考えを修正していくことが重要でしょう。2、については、論理的な思考方法を学ぶことで、正しい判断に近づく可能性があります。3、については人が予測できない課題があることを認識し、そうした場面に遭遇した時の悪影響を極力軽減するような準備が必要、ということではないでしょうか。ただし、このような点に注意し、様々な可能性を考えておくことには労力がかかりますので、これをどこまで実践するかは、その努力と意思決定の誤りによるリスクのバランスを考慮しなければなりません。研究開発のように不確実な課題に挑む場合には、十分な検討を行なうことができずに先に進まなければならない場合もありますし、時間的制約のためにあいまいな意思決定をしなければならないこともあると思います。なるべく正しい判断ができるよう心がけることはもちろん重要ですが、正しいという保証のない意思決定をする時こそ、そこにどんな罠がひそんでいるかを知っておくことは重要と考えます。


文献1:Mauboussin, Michael J, 2009、マイケル・J・モーブッサン著、関谷英里子訳、「まさか!? 自信がある人ほど陥る意思決定の8つの罠」、ダイヤモンド社、2010.


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「科学嫌いが日本を滅ぼす」(竹内薫著)感想

現在、日本に充満している閉塞感を打破するために日本企業はどう行動すればよいのか。特に、科学者や技術者にとっては、科学技術をどう成果に繋げていけばよいのか、解決すべき問題は何なのかを考え、行動することは大きな課題といえるのではないでしょうか。竹内薫著、「科学嫌いが日本を滅ぼす」[文献1]では、こうした問題点を認識し科学と社会との関係を考える上でのヒントになる話題が取り上げられていますので、私なりの視点でのまとめと感想を述べさせていただきたいと思います。

まず、著者が「科学嫌いが日本を滅ぼす」と考えている理由を見てみましょう。「科学技術への関心の低さ、そして、もの作りの基本である物理学の履修率低下(現在の高校生の物理学の履修率は3割以下だそうです)(中略)その先に必然的に待ち受けているのは、日本の国力の低下であろう。誰もが科学技術にそっぽを向いている状況では、当然のことながら、エンジニアとして活動する人の母集団が小さくなる。本来、日本のもの作りを支えるはずだった優秀な人材の多くが、金融やサービス業などに流れてしまい、もの作りがダメになる。それが世界的な趨勢であれば、しかたないかもしれないが、欧米諸国では、科学技術の凋落は見られないし、お隣の韓国や中国にいたっては、国をあげて製造業をもり立てている状況だ。日本だけが競争から退場しつつあるのだ[p.12]」。「一般の人々は科学に(あまり)興味を示さず、また、科学者の多くも啓蒙活動を小馬鹿にしていて、健全なコミュニケーションが失われている。科学関連予算は減り続け、モノ作りの力は弱まっている。社会全体として、いざという時にも、科学的かつ合理的な判断よりも扇情的な発言ばかりがちやほやされる。」「自分の中で、『日本の科学はこのままでいいのか?』という強い疑念が生じてきた」[p.215]と述べています。

本書の表題が「科学嫌いが日本を滅ぼす」、となっているのはこうした背景からのようです。ただ、実際にはこの主張が系統的に議論されているわけではなく、本書副題の「『ネイチャー』『サイエンス』に何を学ぶか」についての具体的なエピソードが以下の構成に従ってとりあげられています。

I部:ネイチャーvsサイエンス:世界をリードしている(とされる)両科学誌の歴史とエピソード

II部:科学誌の事件簿:二重らせんスキャンダル、ES細胞スキャンダル、PCR法の開発者マリス博士のエピソード、遺骨鑑定問題、疑似科学

III部:日本の科学を考える:はやぶさ、英語、ノーベル賞とイグ・ノーベル賞、原発事故

特別鼎談:中川貴雄氏×中垣俊之氏×竹内薫氏

著者は、「『ネイチャー』と『サイエンス』という2大科学誌を分析することにより、日本の科学の「あるべき姿」を描き出そう、と考えた」[p.12]といわれています。そこで以下では、本書のエピソードから私なりに受け取った、科学のあるべき姿をまとめてみたいと思います。

科学界と科学者の実態

・「この2誌に論文が掲載されるかどうかが、科学界における立身出世の分かれ目になってしまった観もある」「権威ある科学雑誌に自らの業績を喧伝することが予算獲得において死活的に重要」[p.37](実際には、科学の分野によってどの雑誌が評価されるかは異なりますが、「ネイチャー」と「サイエンス」が比較的評価の高い雑誌であることには異論がありませんし、評価の高い雑誌への論文掲載が科学者の評価につながることは事実といってよいでしょう。)

・ただし、両誌に限らず掲載論文の質を高めるために採用されているピアレビューにも問題はあり、「科学者も人の子なのだ。やっかみもあれば意地もある。」「科学誌に残る大発見の論文の多くは、現代科学の根幹であるピアレビューを経ていない。」(多くかどうかは議論のあるところだと思いますが。)、「科学を進展させるためにピアレビューは進化した。だが、しょせんは人間がつくった制度である。過信は禁物だし、例外を認めることも忘れてはならない。」[p.38-39]とのことです。

・ネイチャーは商業誌、サイエンスは会員誌[p.48]。この違いは掲載内容にも影響する。

・賞の選考(成果の評価について):「科学者は自らの文化圏に影響されず、客観的かつ論理的に思考すると思われがちだが、そんなことはない」[p.163-164

・純粋な営みと思われている科学の世界にも、スパイ合戦、業績の横取りがある[p.89](ワトソン、クリック、ウィルキンスらによる二重らせんスキャンダル)

・「学校の勉強は、科学系の科目に限らず、本来は楽しく知識を身につけることに意味があったはずだ。でも、それは『理想論』にすぎない。」「人は誰しも競争を強いられるプレッシャーの大きな状況で、不正行為へと駆り立てられる場合がある」[p.91](黄禹錫(ファンウソク)元教授による研究論文ねつ造事件)。

・著者の実例:依頼されて書いた解説記事が著者の知らないうちに疑似科学系の本に掲載され、科学者のキャリアを失う[p.125]。

・寛容の精神:「最初から決めつけるのではなく、虚心坦懐に論文を読み、新たな可能性があるのなら、周囲の反対を押し切ってでも掲載に踏み切る」[p.128]。

科学に対する政治の対応

・横田めぐみさん遺骨鑑定問題:「横田めぐみさんの遺骨が偽物」との日本政府発表に対して、ネイチャー誌がDNA鑑定結果に疑問を提示、「問題は科学にあるのではなく、(日本)政府がそもそも科学の問題をいじくり回している点にある」と論評。著者の見解は、「『遺骨』が横田めぐみさんのものであることはDNA鑑定で証明できなかった、というのが現時点での『科学的真実』であることは明白だ。『遺骨』は横田めぐみさん以外の別人のものであることがDNA鑑定で証明された、という日本政府の公式見解は著しく科学的妥当性を欠く。」[p.108-116

・「日本の科学界は、お役所と同じで、縦割りの弊害が目に余る。学際分野も冷遇されている。日本の科学を横断するボトムアップの組織が必要なのだ。科学技術立国・日本における、科学の人気のなさ、科学振興のお粗末さは、大いなるパラドックスといわねばなるまい。」[p.76

・「はやぶさ」予算の2009年事業仕分けでの大幅縮小:「短期的な視野しかもたずに、世界から見れば『宝物』の科学技術を平気でドブに捨てるのが、日本政府の過去の政策パターン」、「この恐るべき政策パターンは、明治時代に欧米から『百科の学』として科学を『輸入』してしまったことに起因するように思われる。自ら生んだ文化でないから、自信が持てず、長期的な視野で育て上げる甲斐性がない」、「技術の継承ができなければ、宝物は失われ、技術者もノウハウも他国に奪われる運命となる。」[p.132-134

・「日本の強みは、常に、安くて品質のいい製品を作ることだった。結局のところ、それが日本の科学技術の本質であり、武器なのだ。この原点を思いだせば、まだまだ日本は世界と伍して戦うことができる。」「日本のお家芸を政府が潰してはならない。今こそ、短絡的な科学技術の仕分けを見直し、科学者・技術者のやる気を喚起し、明るい日本の未来を創造してもらいたいものだ。」[p.144

科学に対する人々のとらえかた

・『生高物低』『化高地低』:「生物や化学ばかりに人気が集中し、物理や地学を履修する生徒がどんどん減っている現象。」[p.56

・「アメリカの平均的な科学リテラシーは高くないかもしれないが、一般の人々は科学が好きだし、信頼し、尊敬している。日本との決定的な差である。」[p.140

・「もしかしたら、今の日本で科学に人気がない理由は、あまりにも周囲の評価を気にしすぎて、科学の原点である、素朴な疑問の追究やワクワクドキドキ感をどこかに置き忘れてしまったからかもしれない。」[p.169

・原発事故への対応:「今回の原発事故による『恐怖』の大半は、『何が起こっているか分からない』という不安から来るものだ。マスコミの役割は、正確な情報を伝えパニックを防ぐことなのに、不正確な情報とデマをばらまいた『マスコミ』が少なくなかった。」[p.175]。「現実的に考えれば、想定というのは、必ず、どこかで線を引かざるを得ないものなのだ。」「その線を引く作業を一部の専門家に丸投げするのではなく、正しい科学的知見をもとに、社会全体で議論して決めていくべきだと思うのだ。」[p.181]、「この40年、原子力が『タブー』であり続けた」「まともな議論は阻害されてきた」[p.183

・「新聞やニュースを見ていると、科学が社会に対して何をしてきたかとか、何をしてくれるのかとか、そういった論調ばかり。問いの立て方からして、どうも科学が社会の『外』にある感じ」[p.206、鼎談参加の中垣氏の意見]。

・「今一番怖いのは、科学技術による失敗を恐れて、日本人が新しいことに挑戦するのをやめてしまうことです。」「日本の科学技術が、国内だけでなく世界全体の進歩に貢献するということが、世界で尊敬される国であるためにはとても大切」[p.216、鼎談参加の中川氏の意見]

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著者の考え方には当然異論もあるでしょう。頭から科学の必要性を信じない人もいるでしょうし、震災による原発事故を契機に科学技術の受け入れに批判的になっている人も増えていると思います。もちろん、科学技術自体が持つ危うさを再認識し、科学技術マネジメントの失敗については反省する必要はありますが、こうした科学批判の根底にあるのは科学および科学者への信頼感の喪失ではないでしょうか。EU主席科学顧問のアン・グローバー氏は、「欧州では科学者の信頼度が高い。(中略)日本で科学者が信頼されていないと聞き、とても残念です。日本の市民にお勧めしたいのは、科学者を観察し、何を言うか聞き、徹底的に問いただすことです。なぜそう主張するのかを聞けば、科学者は説明するでしょうし、説明すべきです。逆にお聞きしたい。科学者が信用できないなら、いったい誰を信用するのですか?」、と述べています。加えて、科学者が信頼を取り戻す方法として、間違いを認めること、正直さ、透明性の重要性も指摘しています[文献2]。

科学がどういう力によって動いているのか、科学における真実とはどういうものなのか、科学界に参加している科学者はどのように考え、行動するのか、科学者という職業はどのようなものなのか、科学や科学者を利用する人たちはどのように考え、行動するのか。こうしたことは、科学的知識とは別に、科学という営みに関わる問題だと思います。科学の本質を知ることとは、科学を単なる勉強の知識としてとらえるだけでなく、本書にかかれた科学の裏話、科学にまつわる周囲の状況をも知ることなのではないでしょうか。科学を知るというと、今まではどうしても科学的知識の方にばかり注意が行ってしまい、知っている人が知らない人を啓蒙するという進め方や、教える立場と教わる立場があることなどが科学に対する抵抗感を作っていたように思います。もし、このような形で教わった知識に欠陥があることがわかったとすると、今までの信頼が裏切られたように感じてしまうのは無理のないところでしょう。しかし、実際には、科学というのはもっと不確かなものであり、科学者も完璧な人間ではなく、科学的成果も極めて人間臭い営みから生み出される(当然、無謬ではあり得ないし、不正なども存在しうる)ものです。それを正直に明らかにすることが科学と科学者の信頼を回復するために必要なことなのではないでしょうか。本書で紹介されたようなエピソードは、実は、こうした科学の実態の理解を深める上で、役に立つものなのではないかと思います。

こうした科学の真の姿を明らかにすることは、ひょっとすると日本人の科学観を根底から見直すことになるのかもしれません。ですが、残念ながら、日本の科学ジャーナリズムはこうした科学と社会との橋渡しをするには、まだ力不足なのだろうと思います。であれば、その役割を担うのは、科学者自身、技術者自身ということになるでしょう。企業の研究者として、自らの成果を社会に売り込むためにはもちろんのことですが、科学者、技術者が社会との関係をうまく作り上げていくことは今後ますます求められるようになるのだと思います。



文献1:竹内薫著、「科学嫌いが日本を滅ぼす 『ネイチャー』『サイエンス』に何を学ぶか」、新潮社、2011.

文献2:高橋真理子、「科学者は信頼できるか、アン・グローバーさんインタビュー」、朝日新聞、2012.8.2

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「製品開発をめぐる6つの誤解」(トムク、ライナーセンの論文より)

研究開発の進め方は、その前提やおかれた状況に応じて変えるべきである、ということは本ブログでも何度か触れました。しかし、「状況に応じて変える」ということはそう易しいことではありません。「技術」といってもその意味する範囲は広いので、技術や研究開発のことをある程度わかっているマネジャーでも、自らの経験や信念、先入観にこだわって判断を誤ることがあります。ステファン・トムク、ドナルド・ライナーセン著、「製品開発をめぐる6つの誤解」[文献1]では、製品開発(product development)と製造(manufacturing)を同じように扱うことによる誤りが述べられており、技術を知っていることの落とし穴を自覚する上で役に立つように思いましたので、その内容をまとめてみたいと思います。

著者らはまず、製品開発と製造は「根本から異なる。モノの製造では繰り返し作業が多く、活動は適度に予測がつき、一つの仕掛品が同時にいくつもの場所に存在することはありえない。これに対して製品開発では、独特の作業が多く、製品仕様は猫の目のように変わる。くわえて、コンピュータを使った先進的な設計やシミュレーションが普及し、製品自体にソフトウェアを組み込む例が多いなどの事情により、成果物はモノではなく情報なので、同時に複数の場所に存在しうる」と述べ、そうした製品開発をめぐる誤解を6つ示しています。

製品開発をめぐる6つの誤解

誤解1、リソースの稼働率を上げれば成果が上がる(High utilization of resources will improve performance.

著者らはリソースとして人材を主に考えているようです。「製品開発要員を手いっぱいの状態にすると、開発のスピードと効率、成果物の品質はどうしても落ちてしまい、稼働率をぎりぎりまで高めると深刻な副作用が生まれる。」と指摘し、マネジャーが副作用を軽視する3つの理由を挙げています。

・製品開発に本来伴う非定形性を十分に考慮していない

特に、非定形業務では稼働率が向上するにつれて、所要時間が劇的に伸びてしまうことを待ち行列理論に基づいて指摘しています。

・処理待ち案件がどうコストに影響するかを理解していない

「処理待ちのコストとリソースを待機させておくコストを比べて、適正なバランスを探りだす必要がある。」

・製品開発では仕掛品はまず目に見えない

「製品開発プロセスの『在庫』は主として、設計資料、試験の手順と結果、試作品づくりの指示内容といった情報」であり、これらは目に見えにくく、「目視も測定もできない問題に対処するのは非常に難しい。」

そして、上記問題の解決策として「非定形な業務プロセスの稼働にゆとりを持たせる」ことを指摘し、例えば以下のような方策を提示しています。

・3Mの15%ルール、グーグルの20%ルールなどのようなゆとりをつくる(ただし、運用のハードルが高い)

・業績評価の仕組みを改める:稼働率ではなく迅速性重視

・一部のリソースを増強する

・進行中のプロジェクト数を一定以下に抑える:開発案件の厳選、優先順位づけ

・仕掛品の存在を見えやすくする

誤解2、バッチ・サイズを大きくすると費用対効果が向上する(Processing work in large batches improves the economics of the development process.

要するに、まとめて処理すれば効率が上がる、という考え方が問題というわけです。「バッチ・サイズの縮小はリーン生産の大原則」であり、「バッチ・サイズが小さいと仕掛品の数が減り、すぐにフィードバックが得られるため、サイクル・タイムの短縮、品質と効率の向上につながる」と述べています。

誤解3、我々のプランには問題はない このままやり通そう(Our development plan is great; we just need to stick to it.

「毎日のように新鮮なひらめきが生まれ、状況が休みなく変化する製品イノベーションの現場では」、「プランとのずれを最小限に抑えるために中間目標や進捗を守れているかどうかをステップごとに細かく把握しようとする」発想では、成果を損ないかねない。「絞り込みの過程でそれぞれの候補を検証、改善するなかでは、判断が二転三転する。」「顧客ニーズもまた、早い段階では見極めにくいおそれがある。」従って、「プランはあくまでも仮定に基づく叩き台と位置づけ、検証結果が生まれるたび、経済面の前提が変わるたび、事業機会の評価が改まるたびに、たえず手直ししていくべきである。」

誤解4、プロジェクトは早く始めれば完了も早い(The sooner the project is started, the sooner it will be finished.

「マネジャーは遊休時間を忌み嫌う。少しの時間も無駄にするまいとして新しいプロジェクトを立ち上げる風潮がある。」「このような発想の下、プロジェクトの数が多すぎて精力的に推進するのが無理な状態を生んでしまうと、リソースの効果を弱める」。つまり、早く始めてもそれに注力できない状況では、完了が早くなるとは限らないということでしょう。

誤解5、製品の機能を増やした方が顧客は喜ぶ(The more features we put into a product, the more customers will like it.

この項目は、製品開発と製造の違いに基づく誤解というより、製品開発者が陥りがちな誤解の指摘だと思います。イノベーションのジレンマでのChristensenの指摘と同様、「多くの企業は革新性を発揮しようとするあまり、顧客にとっての価値や使いやすさといった大切な点を十分に検討しないまま、余計な機能を可能な限り設けてしまう。」ということです。著者らは、実際には「機能は少ないほうがよい」にもかかわらず、それが難しいのは、以下の2つの点で特別な努力を要するためであるとしています。

・問題点を明らかにする:問題をどれだけ特定できるかが、本当に意味ある少数の機能に重点を絞れるかどうかを大きく左右する。

・見えなくしたり(隠したり)、省いたりすべきものを見極める:開発チームはともすると「注目を集めたいという誘惑にかられる。」「どの機能を省くべきかを判断するのは、どの機能を盛り込むかを決めるのとおなじくらい重要」。

著者らは、このような見極めのためには顧客についての洞察や試行が効果的としています。

誤解6、初回でうまくいけばより成果が上がる(We will be more successful if we get it right the first time.

「初回でうまくいくように」というより、「一発でうまくいくように」という方が技術者の感覚に近いと思います。著者は、「開発チームは一度の失敗も許されない状況で、・・・最もリスクの小さいソリューションを選びがち」になり、「失敗を避けようと・・・プロセスをひたすら前に進める」「予想外の結果が出ると、・・・落ち度と見なされる」と指摘しています。そして、「試行と改善を矢継ぎ早にこなして失敗からすぐに学べる限りは、『最初は失敗しても構わない』と考えるほうが、望ましい戦略かもしれない。」と述べ、「早いうちに失敗する」ことの価値を強調しています。ただし、「この種の環境を設けるのは容易ではない」とも述べています。もちろん、なるべく失敗を避けるような準備は必要ですが、失敗を恐れず、あるいは様子見、確認のために試行することが重要であるとしていることには私も同感です。

以上をまとめると「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務であるのに、それを製造と同じように扱っている」ことが根本の誤りであるということになりそうです(ちなみに、製品開発は情報を生み出す業務、という考え方は研究の本質を考える上で重要な視点だと思います)。このような指摘は、言われてみれば当たり前と思えるところもあるのですが、取り上げられた6つの誤解が著者らの多くの経験から引き出されたもの、という点で価値があると思います。自分では技術に詳しいと思っている人でもこのような誤解に陥る例があることは、技術者自らの考え方をチェックする上で有効でしょうし、製造経験の豊かな人がこのような誤解に基づいて開発の足を引っ張っているような場合に、どのように反論すべきかのヒントも与えてくれるように思います。

状況に応じて進め方を変えるというマネジメントの重要性は理解していても、それを実行することはそれほど容易なことではないと思います。その原因としては、まず何を変え、何を変えるべきでないかがはっきりわからないことが挙げられるでしょう。極言すれば絶対に変えてはいけないという普遍の原理はないのかもしれませんが、少なくともあまりコロコロと変えない方がよいものはあるように思います。しかし、常に正しいとは言い切れない原理(例えば製造のノウハウが製品開発に有用であると考えてしまうことなど)に安易に依存しているとすれば、それが間違っている可能性があることも認識しておくべきでしょう。本論文で述べられた「誤解」は、製造や開発というものがどう捉えられがちであり、どこに誤りの可能性があるかが示されている点、状況に応じたマネジメントを考える上で、示唆に富むものだと思います。



文献1:Stefan Thomke, Donald Reinertsen、ステファン・トムク、ドナルド・ライナーセン著、有賀裕子訳、「製品開発をめぐる6つの誤解 製造プロセスでの効率性は通用しない」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 8月号、p.76.

原題 Six Myths of Product Development”, Harvard Business Review, May, 2012.

参考リンク<2013.1.14>


 

技術者流出考

最近の日本企業の苦戦の一因として、日本企業を退職した技術者が新興国のライバル企業に転職し、ライバル企業の技術力を向上させるという、いわゆる「技術者流出」の問題が取り上げられることが増えているように思います。これを産業スパイのように見なしたり、技術者個人の愛社精神の欠如、自らを育ててくれた企業への恩を忘れた行為、果ては愛国心の欠如のように考える見方もあるようですが、はたしてそんな単純な問題なのでしょうか。

技術者の視点からみた技術者流出

このようなセンセーショナルな取り上げ方に対して、その実態はどうなっているかのきちんとしたデータは不足しているようです。残念ながら私自身にこのような経験はないのですが、先輩技術者の中には現役引退後に新興国で技術指導に携わっている人がいる、という話は聞いたことがありますので、それほど稀な事例ではないのだと思います。以下、推測の部分もありますが、技術者の立場から、新興国の競合企業への転職について考えてみたいと思います。

まず、どのような事情で転職に至るのかを考えてみましょう。次のようなパターンがあると思います。

1)自分のステップアップ、自分の希望の実現のために、自ら職を辞して転職する。

2)新興国の企業からの引き抜き、移籍の誘いに応じて転職する。

3)勤めていた企業からの退職(リストラに伴う早期退職を含む)をきっかけに転職する。

このうち、1)の自らの意思による転職例は従来から存在しています。この場合、ステップアップを目指した先進的な企業への転職か、現在の業務とのミスマッチが原因であることが多く、技術者流出の問題とはあまり関係がないように思います。これに対し、近年問題にされているのは、主に2)と3)だと思われますが、その背景には、日本企業に勤めることの魅力が低下し、相対的に移籍先の方が魅力的に見える状況とともに、特に3)については、技術者の意思に反して退職させられる場合や、自らの技術が評価されない部署に異動させられる場合などが転職のきっかけになっていることが多いように思われます。3)の事例については、企業が自社にとって不要と判断した人材が転職しているわけで、退職者の職業選択の自由を考えれば、正当な秘密保持契約や競業禁止契約のもとでは、放出した企業の責任をさしおいて技術者に技術流出のすべての責任を負わせることには無理があるように思います。また、例えば、日本にA社、B社という競合メーカーがあったとき、A社がある事業から撤退して放出した技術者が新興国企業に移ったとしても、A社に対して不利益を与えたことにはならないという状況もありうるでしょう。B社の競争力を低下させることにより、「日本」というくくりで見れば不利益になるとしても、もはやこれは一技術者の問題ではないはずです。

技術者とて、愛社精神や愛国心がないわけではありません。ですから、技術者の自制心や好意に訴えて転職を思いとどまらせようとすることが無力だとは思いませんが、それだけで技術流出を抑止できると考えることには無理があると思われます。自分を育ててくれた会社に恩義を感じていても、その会社にとって不要と判断されリストラや異動されたような場合には、自らを必要としている新興国企業から誘いがあれば心を動かされるのは自然な感情ではないでしょうか。特に、他社から誘いを受けるほどの優れた能力を持つ人材であれば、自らの育成にかかったコスト以上の成果を会社に還元した(つまり、恩には報いた)という自負もあるでしょう。また、専門技術者の中には自らの立場についてプロのスポーツ選手のような感覚を持っている人もいます。他企業への転職も、所属チームの移籍のようにとらえる人もいるでしょう。あるいは、スポーツの世界ではよく見られる、コーチや監督として他国チームの指導にあたるイメージの方が近いかもしれません。こうした環境では、好条件のオファーを断ること自体思い上がりと感じる人もいるでしょうし、そうしたオファーを受けることが技術者全体のステイタスを上げ、後輩のためになると考える人もいるでしょう。そもそも、技術流出というものは、その技術をもった人の大多数の転職を思いとどまらせたとしても、少数の誰かが技術を流出させてしまえば流出抑止の意味がなくなるという性格のものです。自分が行かなくでも他の誰かが行けば同じこと、と思えば、それも転職に応じる気持ちに影響するでしょう。技術者の気持ちに関する私の推測はこのあたりなのですが、実際にどれぐらいの人がどういう状況で新興国企業に移り、その技術力向上にどのぐらい貢献したのか、という具体的な状況がわからないのが残念です。少数の事例だけで作られた単なるイメージに踊らされているような気もしますので、やはりきちんとした調査を期待したいところです。そのためには、他社に転職した人や、転職後日本に戻ってきた人からの情報収集は必須でしょう。そういう人たちに報復的な行動をとったり、愛国心がないと非難したりするようでは、転職者の実態に目をつぶることにしかならない点で、問題の解決にはつながらないように思います。

技術者流出の背景

上記のように、技術者流出については技術者個人の行動が注目されがちですが、以下のような時代背景の影響による技術流出の増加も無視できないと思います。

・人材の流動化:転職への心理的バリアの低下

・実力主義、成果主義の普及:お金で意思決定することへの抵抗感の希薄化、例えば経営不振などで給料が下がった場合にそれが自分への低い評価と感じてしまうこと、評価されにくい要因(組織力、協力環境など)の軽視

・グローバリゼーション:企業の多国籍化(国単位での発想の希薄化)、国境を越えた人材の流動化、日本企業の新興国への進出と現地人材の採用、日本企業への外国企業の資本参加、日本企業における外国人の採用、外国企業の日本での合弁会社や研究所の設立と日本人技術者の雇用

・日本人技術者へのニーズの高まり:転職市場の活性化、求人増に伴いヘッドハンティングビジネスによる勧誘が活発化

・オープンイノベーション:社内外の協力によるイノベーションの活発化を通じた技術流出機会増

・暗黙知の重要性認知:新興企業では個人が持つ暗黙知の重要性への認識の高まり、日本企業では効率化重視による個人の暗黙知の軽視(マニュアル化、形式知化)

こうした背景の影響を認めるならば、技術者流出を食い止めようとすることは世の中の流れに逆らうことのようにも思われます。

技術者流出抑止の本質

もちろん、自社の優位を守るために技術流出を避けることは非常に重要です。退職者との秘密保持契約や競業禁止契約を確実に締結する意義があることには異論はありません。しかし、退職者への制約強化とその効果には限界があることに加え、時代の流れを考えると、技術流出は避けらないと理解すべきなのではないでしょうか。さらに、技術の特質として、最先端の技術を開発するよりも、既存技術に追いつくこと、すなわち、すでにできるとわかっていることを実現することのほうが容易です。この時、先行他社の技術を入手できれば追いつくことはさらに容易になりますが、それができなくても、うまくやりさえすればいずれ先行技術に追いつくことはまず間違いなく可能と言っていいでしょう。すなわち、技術流出を完全に抑止できたとしてもいずれ追い付かれる可能性があるわけです。とすると、技術流出を防ぐことの本質は、他社に追いつかれるまでの時間をできるだけひきのばすこと、すなわち時間稼ぎをすることである、ということになると考えられます。つまり、先行企業が本来考えるべきことは、その時間稼ぎをしている間に、優位を維持するために何ができるかを考えることではないでしょうか。

技術者流出対策

技術流出が避けられないものであれば、技術者流出対策として行なうべきことは、i)技術流出を極力遅らせ、優位維持のための時間稼ぎをする、ii)技術流出を前提にそれを利用した戦略を立てる、iii)時間稼ぎをしている間に優位構築のための行動を起こす、ことであると考えられます。

i)まず、技術者流出を遅らせる方法について考えてみましょう。もちろん、契約などで流出に制約を加えることは必要ですが、それに加えて以下のような方法が考えられます。

・技術者の安易なリストラを避ける:技術者のリストラが技術者流出を加速していることは間違いのないところだと思われます。従って、技術者のリストラをすることは自社の技術的優位の喪失につながりかねないことをまず認識すべきでしょう。加えて日本の他社のリストラが新興国企業を利する可能性についても注意しなければなりません。人員削減は経営上の必要に迫られて実施するわけですが、技術流出まで考慮すると、短期的な業績回復には効果があっても、長期的にはより困難な状況に陥る可能性があることも覚悟すべきです。やむなく人員削減が必要な場合には、自社におけるその人材の必要性とともに、競合他社にとっての必要性も加味して判断すべきでしょう。

・技術者の待遇改善:技術者の退職や転職に対する意欲を減ずる意味で重要です。日本では技術者に対する報酬がまだ低いという意見もありますので、報酬を上げることも当然考慮すべきでしょうが、それができればリストラの苦労はありませんし、金銭的報酬は、スカウト先がそれ以上の待遇を提示してきた場合には容易に無力化されてしまいます。金銭的報酬以外の報酬(名誉や、仕事のやりがい、仕事上の裁量、自由度、将来性なども含めて)も考慮する価値があると考えます。

・仕事環境の改善:仕事しやすい環境を与えることも重要です。一般に技術者は全く独力で仕事をしているわけではないので、技術者をサポートする環境が整っているかどうかは成果を上げる上で重要です。

・業務の分散:集団で協力して仕事を進める体制になっていれば、その中の少数の人が引き抜かれたとしても、その人が直ちに競合企業において力を発揮できる可能性が低くなります。また、協力的環境を作ることによって、転職した後でも元の仲間と敵対しなくない、という感情が生まれることも期待できます。なお、これに関連して、技術者の担当する業務を狭く限定することも考えられますが、その場合でも少数の重要人物には技術が集中しますし、個人の技術を限定することで全体の技術の社内伝承が難しくなる可能性がありますので、注意が必要です。

ii)次に考えるべきことは、技術流出を利用する戦略でしょう。

・戦略的技術開示:技術を出さないというだけでなく、分野によっては早いうちからの競合企業との連携を探り、自社および連携先に有利な方向に積極的な技術開示を行なうことが考えられます。

・コンサルタントビジネス:技術流出が避けられないものであるならば、積極的にそれを売り物にする戦略もあり得るでしょう。これも提携が前提となるかもしれませんが、コンサルタントにより余剰技術者の活用も図れますし、何より、出す情報をコントロールし、技術提供先のレベルを確認できる利点もあるのではないでしょうか。

iii)そして、最後には、こうした時間稼ぎを行なった上で、技術的に追いつかれるまでの間に何をするか、を考えておく必要があります。自社の技術をさらに高める努力をすることも選択肢でしょうが、その場合には技術レベルがニーズを超えた意味のないものになっていないか(いわゆるイノベーションのジレンマの状態)に十分な注意が必要です。新興国企業に対し、流出技術と同じ分野の高度化でリードを保とうとしてもそれには限界があります。となると、いままでの技術蓄積や残した経営資源を利用して、技術流出が起きた分野以外に注力する、ということが基本になるのでしょう。イノベーションにおいて技術は重要な役割を担うことが多いわけですが、技術的優位だけでビジネスが成功できるわけではないことは多くの事例で指摘されています。技術流出は脅威として警戒しつつも、他の技術やノウハウと組み合わせて総合的な優位を確立することを狙う価値はあるように思います。

結局、技術者流出に対抗するためには、自社の保有している技術の意味をよく理解し、何を極力秘匿し、何は開示してもよいのか(あるいは追随されると想定するのか)をはっきりと認識することがまず必要でしょう。重要な技術に対する国内企業の動向、新興国競合会社が何を求めているのかについて情報収集を怠らず、その将来を予測し、さらに、社内で有用な暗黙知を保有しているのは誰なのか、そして、技術者の考え方をよく理解することが重要でしょう。例えば、オープンイノベーションを活用したいなら、アイデア段階は広く外部の援助を求めたとしても、生産段階や他社との差別化を図る段階では極力自社にノウハウを蓄積するようにすべきかもしれません。さらにその上で、他社の追随を少しでも遅らせ、その間に何をするのかを考え、行動していく、ということになるのだと思います。本稿では「技術」について考えてみましたが、狭義の「技術」だけではなく「ノウハウ」全般の流出までを考えるべきことは明白だと思います。今まで以上に技術やノウハウの本質を知り、それを欲しがっている人、持っている人のことを理解し、うまくマネジメントすることが技術流出への本質的対策として求められているのだと思います。


参考資料

宇賀神幸司、吉野次郎、蛯谷敏、「特集 今どきの産業スパイ なぜ日本は技術を守れないのか」、日経ビジネス2012.7.9号、p.24.

伊藤正倫 、中川雅之、「『技術流出』 特効薬なきジレンマ」、日経ビジネスONLINE, 2012.5.23

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120518/232279/

山本雅暁、「日経記事;"()日本の人材 どう守る 電機の技術流出 教訓に"考察」、All About プロファイル、2012.5.13

http://profile.allabout.co.jp/w/c-74296/

熊野信一郎、「見えないノウハウ流出、帰国したがらない技術者」、日経ビジネスONLINE, 2012.8.6

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20120803/235307/

白木真紀、「韓国サムスンが日本人技術者引き抜き加速、人材戦略弱い国内勢」、ロイター、2012.4.23

http://jp.reuters.com/article/jpMobile/idJPTYE83M01520120423?pageNumber=3&virtualBrandChannel=0

テリー伊藤、「“日の丸”家電ピンチ!技術者の流出防げ」、zakzak, 2012.5.8

http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20120508/enn1205080728002-n1.htm

NHK「追跡!AtoZ」取材班、「技術立国・ニッポンに赤信号? リストラされた日本人技術者が作る『高品質のメイド・イン・チャイナ』」、Diamond Online, 2010.11.19

http://diamond.jp/articles/-/10139



参考リンク<2013.2.11追加> 

 

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