研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2013年01月

科学と倫理(今道友信著「エコエティカ」より)

社会は科学をどう扱うべきなのか。逆に科学技術者は社会に対してどう関わればよいのか。自分たちが持つ技術をどう社会に提供し、どのような見返りが期待でき、またその見返りを受け取ることが社会的に許されるのか。3.11震災や日本経済の不調を背景に、こうした問題に対してもやもやとした感情を抱いている科学技術者は多いと思います。

こうした問題を考える役割を科学哲学や科学技術社会論(STS)に期待したいところですが、実際には、原発問題の扱いひとつとっても社会全体の合意形成にそれらの考え方が有効に機能しているようには思えません。反原発、原発維持派、それぞれの主張はそれなりに論理的に筋が通っているように思われ、感情面も含めた指摘についても双方の主張とも理解できる点があり、つまるところ個人の見解は各自の「勘」や「好み」に頼ることになっているように思います。

では、「倫理学」はこのような科学と社会の問題についてどのように考え、どのような示唆を与えてくれるのでしょうか。今回は、今道友信著「エコエティカ 生圏倫理学入門」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

エコエティカとは

著者が提唱する「エコエティカ(eco-ethica)とは、「『人類の生息圏の規模で考える倫理』ということで、科学技術の連関から成る社会という新しい環境の中で、人間の直面するさまざまな新しい問題を含めて、人間の生き方を考え直そうとする新しい哲学の一部門」[p.17]とのことです。ここで、確認しておかなければならないことは、本書で考察されているのが、いわゆる科学者倫理や、医療従事者に求められる生命倫理のような職業倫理ではないということです。著者は、職業倫理は、「倫理意識を伴う服務規律のようなもの」[p.8]と述べ、これに対してエコエティカは、そうした規律や規定の「考え方の根拠にもなるような基本的な倫理学の体系」[p.8]としています。

こうした倫理学が求められる背景には、「自然が環境であった人間における環境と、技術が環境となった場合の人間の環境とは相違している面があるのではないか[p.34]」という考え方があり、例えば、技術が「不特定多数の人びととの見えざる関係を結ばしめる[p.37]」ようになると、従来の「人の関係の学[p.34]」、特に「対面倫理学――顔と顔とを面しあっている倫理学――[p.37]」が変容を迫られる、ということがあります。さらに、「今や人間が自然に対して、どういう態度をとらなければならないかという倫理的問いがある・・・。つまり、倫理学は、対人倫理だけではなく、対物倫理に拡張されなくてはなりません[p.43]」ということもあるようです。おそらくエコエティカの真価は、科学技術を含む現代社会の変化に応じて従来の倫理学を見直す点なのだろうと思います。私見ですが、そうしてはじめて、使える倫理学が得られるということもあるのではないでしょうか。

倫理学における変化

倫理、というと人類にとって永遠不変のもののように考えがちかもしれませんが、実際は環境によってその形を変化させているもののようです。著者は、「倫理学の体系をもっとも具体的に示現するのは、その体系がどういう徳目の秩序を内含しているか[p.80]」であるとし、徳目がどのように変化してきたかの実例を挙げています。例えば、勇気、忠、謙遜という徳目も、時代とともにその意味が変わっている[p.90-102]ようですし、責任という徳目に至っては、18世紀になって初めて現れた概念だそうです(著者は産業革命との関連を指摘しています)[p.102-109]。

現れつつある徳目の例

さらに著者は、現在実際にできつつある徳目の例として、1)異邦人愛(フィロクセニア)、2)定刻性(几帳面、時間を守る)、3)国際性、4)語学と機器の習得、5)気分転換(エウトラペリア、機知、自己統禦の徳目の一つとして、芸術や創造力のひろがりの中に、機械のしがらみや人間組織のからくりに閉鎖された自己を解放させること)を挙げています[p.110-120]。これらは実際、科学技術の進歩によって、人間の知覚、行動範囲が広がり、機械が身近で不可欠なものになることで発生してきた徳目であることは容易に想像できるでしょう。

科学技術が倫理に及ぼす影響

著者は、科学技術がどのように倫理に影響を及ぼすかについて以下のような指摘をしています。

・内面消去:「内面を消していって、外側の技能だけで人を評価」「外側の技能が優れていなければ親切とか愛が実現できない」[p.132-133]。(例えば、愛があっても技術がなければ病気は治せない)

・人格消去:「機能の面で人間が機械に置き換えられるなら機械にしてもかまわない」「人間が部品となって機能面だけ使われている」[p.134](人間の部品化)

・部品化による信号的反応:機械が「人に正確迅速な反応を強いる」[p.135]。これにより「決断を考えさせる訓練の習慣を奪う」[p.135]

・信号的反応であれば、人間は動物と同じ[p.137]

・人間の物体化としての自己疎外:他者との交流もなく、機械部品のようになっている[p.139]

・行為の論理構造の変化:従来の考え方(アリストテレス)では、「まず行為はあることが望ましいと思い、それを欲しいために、それが目的として立てられます。そして今度は、その目的としてのそれを実現可能にする手段を探します。[p.142]」となる。技術環境の世界では、「目的が自明的に望まれているのではなくて、社会に強力な手段Pが自明的にそなわっている」「強力な手段としての力Pから、どういう目的が達成されるかという考えが出てきます[p.144-145]」。このような強力な手段から目的を考える場合には、決断の主体が団体になるという特徴がある。[p.147]

・新しい形の技術的抽象:技術的抽象とは、「経過を捨象し、結果を抽象する[p.151]」。つまり、経過である時間と労力を省いていくことが特徴。これに対し、「人間実存の本質は意識」[p.193]であり、「意識は・・・時間の中で自己を育てていくもの」[p.194]。「技術が時間を圧縮してゆくことは、つまり、時間的存在たる人間の本質である意識を圧縮することにつながりはしないか。これが大きな問題[p.194]」。さらに「忍耐のような徳が失われてゆく[p.195]」ことにもなります。

科学と人間の関わりに関する著者の指摘

以上のような理解に基づき、著者は次のような指摘をしています。

・科学技術と人間の自己規正:まず、「このままの形で科学技術が自己展開すれば・・・を考えてゆくと、百年先の人類に対して、われわれはこれでよいのか、と思わざるをえません。」そして「科学技術の自己規正のないかぎりは、人類は全自然の死滅の方向を促進させている[p.153-154]」という危惧が著者にはあるようです。そして、「科学技術の自己規正が、人類の生き残りのために必要」「そこから、倫理学が人間の生き残りの社会工学のように考えられてくるとすれば、それは、倫理学のような善や美という価値を求める学問でさえ、現実効果のみの技術に変質されてしまうほど、科学技術的考え方になっている」「ただ生き残るのではなく、やはり、人間の品位をもって生き残る、つまりよく生きることが何といっても必要」「科学技術の自己規正も、・・・人間の自己規正として考えられなくてはならない」[p.154-155]

・「金銭と権力とを持つ者が、どのような犯罪的な企てを救命という美辞のもとに行なうようになるかわからない、というのであれば、生命の尊厳の前に人間の尊厳を守ることを考えなくてはなりません。」「そういう犯罪が生起するかもしれないことは、人間を知るものは考慮に入れなくてはなりません」[p.157]

・「何か企業をするときに、利得や利益のことをまず考えるというのは、新しい考えではなくて古い考え、・・・そういう考え方を捨てることができるときにのみ、人間は原子力を使っていいと思うのです。[p.161]」「人間が過失的な存在であるということ、人間が不完全な、そして自己弁護的な存在であること、それを忘れて、不十分な構えのまま、利益まで得よう、と考えることは非道であります。[p.164]」「人類の禁欲が不可能だとしても、人類の恣意が無条件に認められるような力の論理を捨てなければなりません。・・・語られたことは、また科学技術全般について言えることではないかと思うのです。科学技術は自然を利用し、人間を助けてきたと同時に、自然を怖ろしくし、人間を無考えにしてしまいました。どうしても、自然に対する人間の態度を考えてゆかなくてはならない段階にきました。[p.166]

・「人間は本質的には自然である。・・・意識という時間性を強調しなければならない存在です。時間性を強調するとは、自然の『待つ姿勢』にまねることになります。それは時熟への忍耐と待機の自覚を養います。[p.196]

・「どんなに人間として自己を誇っても、人間の自己というのは、個だけではどうにもならない存在なのです。・・・エコエティカの個人主義とは、他の個人を自己と同じく重視する徳目です。[p.202]

・「技術連関の中では、どんなに弱いものも、同じような結果を出し得る可能性があるために、すべての人が能力においても平等だと思うようになってきました。人格の平等と能力の不平等はエコエティカの根本テーゼのひとつです。[p.206]」「われわれは謙虚に自然を見て、自然の中では協力するときには、どんなに協力しなければならないか、それから競争というものがどんなに必要かということを習うべきでありましょう。[p.206-207]

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このような著者の考え方に接すると、科学技術を扱う上で、科学技術が人間の本質に与える影響を考慮しなければならないことを再認識させられます。ただし、著者はどのような技術が倫理的によいものか、悪いものかが判断できるような簡便な判断基準を示しているわけではありません。具体的にはわずかに、原子力と臓器移植の問題について深い懸念を述べているのみです。おそらくそれぞれの分野の専門家から見れば技術的主張に不十分な点はあるかもしれませんが、少なくとも人間の思想の理解において技術者が及びもつかないレベルにある著者の指摘は無視できないはずです。少なくとも、本書発刊の1990年以降、著者が指摘するような原子力利用の不備について改善の努力をしていれば、3・11のような事故が防げた可能性があったかもしれないということは言えるのではないでしょうか。もちろん、著者の懸念が現実のものになったからといって、著者の推論が正しかったという証明にはなりませんが、倫理的な考え方に謙虚に耳を傾ける必要はあったのだろうと思います。

さらに、技術者や企業人はともするとメリットとデメリットをはかりにかけて判断することをしがちですが、それとは異なる倫理的判断基準の存在も念頭に置く必要がある、ということも言えると思います。これは、科学技術だけでなく経営学の分野においても言えることでしょう。本書で指摘された団体の倫理の役割なども、将来重要になってくるかもしれません。技術者としては、人間が人間らしくよく生きる、ということ自体が自然を損なう可能性(まぎれもなく科学技術があるからそういうことができる、ということだと思いますが)までも考えてしまいますが、著者が提示した倫理的な視点の重要性はそのような場合でも変わらないと思います。

本書を読んで改めて感じることは、技術者も倫理のことを少しは知り、哲学者にも現代社会の問題に積極的に関わる著者のような行動が求められているのではないか、ということです。人間の倫理観を変えるのには時間が必要でしょうから、それを一気に変えることはできないでしょうし、個々の倫理観の強さにも差があり、このような倫理的な取り組みを社会に反映させるには努力も必要だと思います。時間をかけて少しずつ社会を変えていく営みこそが、科学技術のみでは達成不可能な、人間的な営みなのかもしれません。もちろん容易なことではないでしょうが、少しでも社会問題の解決に寄与する倫理の確立に期待し、技術の役割に対する考え方も見直してみたいと思います。


文献1:今道友信、「エコエティカ 生圏倫理学入門」、講談社、1990.

参考リンク



 

 

 

「ビジョナリーカンパニー4」(コリンズ、ハンセン著)より

Collinsらによるビジョナリーカンパニーシリーズといえば、世界的に著名なベストセラーですが、今回はその最新刊(2012年邦訳刊行)の「ビジョナリーカンパニー4 自分の意思で偉大になる」(コリンズ、ハンセン著)[文献1]を取り上げたいと思います。著者らはこのシリーズで、「永続する偉大な企業を構築するという問題[p.317]」をテーマとして継続して取り上げていますが、本書では、「不確実な時代に突入しても躍進する企業が存在するのはなぜか。不確実な時代どころか、カオス(混沌・無秩序)の時代に直面しても成長し続ける企業が存在するのはなぜか。[p.19]」という疑問がテーマとしてとりあげられ、似たような環境にありながら、躍進した企業と躍進できなかった企業を分析することにより、上記の疑問に答えようとしています。

本書の特徴は不確実性や運などが考慮されていることでしょう。これらをどう扱うかは研究マネジメントにとって不可避的に重要ですし、加えて、「技術そのものが偉大な企業への飛躍や企業の没落の主因になることはない」[文献2、p.253]という著者の見解が、今回の研究によって変化するのかどうかも興味のある点でした。

本書で取り上げられている勝者は、次の3つの条件に当てはまる企業であり、著者らは、これらの企業が、業界の株価指数を少なくとも10倍以上上回る株価パフォーマンスを挙げたことに基づいて「10X(十倍)型企業(10X company)」と呼んでいます。その3つの条件とは、「(1)経営基盤が脆弱な状況でスタートした、(2)不安定な環境下で目覚ましい成長を遂げ、偉大な企業になった、(3)不安定な環境を特徴づけるのは、制御不能で猛スピード、しかも破壊的な威力を持って押し寄せる嵐[p.20]」です。そして、その企業をリードする人物を「10X型リーダー(10Xer、テンエクサー)」と呼んで、躍進できなかった企業(比較対象企業)との比較により浮かび上がった、10X型企業やリーダーの特徴が述べられています。以下、本書の内容に沿って、特に研究開発に関連しそうなところを中心に著者の主張をまとめたいと思います。

10X型リーダー[第2章]

・「生真面目で洞察力に優れる10X型リーダーは、不平を言わずに『不可抗力に必ず直面する』『正確に先行きを予測できない』『何事も確実ではない』という現実を受け入れる。しかしながら、運や混乱など外部要因によって成否が決まるという考えははなから否定する。[p.79]」

・以下の主要行動パターンを備えている。[p.79-80

1)狂信的規律(fanatic discipline):価値観、目標、評価基準、方法をはじめ、徹底した「行動の一貫性」を示す。この規律は、組織の統制や権力への追従、官僚的規制の順守とは異なり、精神的な独立性を求められる。

2)実証的創造力(empirical creativity):他人や社会通念、権威筋、職場の同僚ではなく、科学的に実証できる根拠を頼りにする。観察、実験を重ね具体的事実と向き合う。実証的なデータ分析をバネにして断固たる行動に出る。

3)建設的パラノイア(productive paranoia):最悪の状況を想定して日ごろから準備を怠らず、有事対応策を練り、衝撃緩和の仕組みをつくり、安全余裕率を高める。

・上記1)~3)を活性化させるのが、やる気を起こす原動力「レベルファイブ(第5水準)野心」。エゴを自己利益の拡大ではなく大義などの大目標達成に振り向ける。

20マイル行進[第3章][p.98-100,p.126-129

「10X型企業は、われわれが『20マイル行進』と呼ぶモデルを体現している。長期にわたって並外れた一貫性を保ちながら、工程表に従って着々と進むのだ。[p.93]」。これが狂信的規律の重要ポイント。(何があっても1日20マイル進む、というイメージ)

・良い20マイル行進の特徴は、1)明確な工程表(超えなければならない最低限のハードルを明示)、2)自制心(魅力的なチャンスや有利な状況が訪れたときにも行進の上限を定める)、3)企業ごとの独自仕様、4)自力達成型(他力本願、運まかせではない)、5)ゴールディロックス時間(無理がかからないほどゆっくり進むが、厳しさを伴うほど速く進む)、6)企業が自らに課す規律(自主的に考える)、7)並はずれた一貫性

・20マイル行進は自信を生み出す。20マイル行進を怠ると、無防備な状態で大混乱の状況に放り込まれかねない。

・成長の極大化追求と10X型成功は逆相関。10X型企業はいたずらに成長を追い求めない。

銃撃に続いて大砲発射[第4章][p.177-180

実証的創造力を支える考え方。

・「銃弾は『低コスト』『低リスク』『低ディストラクション(気の散ること)』の3条件を満たす実証的テスト(実験)。」「実証的な有効性を確認したうえで大砲を発射し、そこに経営資源を集中させる。このように大きな賭けに出ることで大きな成果を狙う。」

・「10X型企業は標的に命中しない銃弾を大量に撃つ。どの銃弾が命中するのか、命中した銃弾のうちどれが成功するのか、事前に分からないから」

・銃撃により命中精度を調整して大砲を放つ。大砲を放たなければ平凡な結果しか出せない。

・規律が創造力を阻害してはならないし、創造力が規律を阻害してもならない。創造力と規律を融合すると、並外れた一貫性を持ってイノベーションを展開できる。

イノベーションについて

・10X型企業は比較対象企業よりもイノベーション志向であるとは限らない。

・どんな環境下でも、脱落せずに競争し続けるために最低限達成しなければならない「イノベーションの閾値」がある。いったん閾値を超えれば、それ以上のイノベーションにこだわってもあまり意味がない。

・10X型リーダーが変化や出来事を予測できるわけではない。10X型リーダーは予言者ではなく、実証主義者。

死線を避けるリーダーシップ[第5章][p.216-220

建設的パラノイアを支える。

・前もって突発的出来事と悪運に備えるために、十分な手元資金を積み上げ「バッファー」を用意する。

・リスクを抑える。リスクには「死線リスク(企業をつぶすほど)」「非対称リスク(潜在的損失が潜在的利益よりも大きいリスク)」「制御不能リスク(自力で管理・抑制できない不可抗力)」がある。

・危機を察知すると直ちにズームアウトし、危機がやってくるスピード、計画変更の必要性を自問、続いてズームインし、目標達成を目指して全エネルギーを注ぎ込む。

・10X型リーダーは、状況悪化を常に心配する建設的パラノイア。一攫千金を狙って大きなリスクを取ろうとする起業家とはまったく異なる。

・10X型リーダーはスピードに特別な思い入れを持っていない。変化や脅威を早期に認識し、リスク許容度が変わるまでにどのぐらい時間があるか、に基づいて限られた時間内で用心深く厳格な判断を下す[p.199-200]。そうすることで性急に決断する場合よりも良い結果を出せる。

具体的で整然とした一貫レシピ[第6章][p.258-261

10X型企業は、狂信的規律で永続性のある実践法、業務改善法を守り容易には変更しない。著者らはこれを「SMaC(具体的でありSpecific、整然としてMethodicaland一貫しているConsistentの頭文字から)」と呼び、「確かなSMaCレシピは、戦略上の概念を現実の世界へ適用するための業務手順」であり、「SMaC実践法は何十年にもわたって有効であり、広範な状況下で適用できる[p.226]」「着実な成功を可能にする基盤になる[p.258]」としています。

・レシピ内容は明確・具体的。「何をやるべきか」「何をやってはならないのか」について明示しており、会社全体が業務改善に取り組めるように作られている。

・比較対象企業の多くも全盛期には確かなレシピを持っているものの、創造力を働かせて一貫してレシピを厳守する規律を欠く。荒々しい環境下に放り込まれると、しばしば衝動的に反応してレシピから外れる。10X型企業はレシピをたまにしか変更しない。

・レシピは一部材料だけを変更して残りはそのままにしておく形で修正できる。劇的に変化しながらも並はずれた一貫性を維持する。変更する正攻法は、実証的創造力(銃撃に続いて大砲発射)を働かせること、建設的パラノイア(ズームアウトに続くズームインを行なう)になること。

運の利益率[第7章]

・良い悪いにかかわらず、運は必ず訪れるが、10X型企業が比較対象企業よりも幸運に恵まれているわけではなく、同じように不運にも襲われている。1回だけの突出した「運スパイク」では10X型成功のすべてを説明できない。

・「10X型成功者は自分の運を最大限に生かす[p.289]」。つまりROL(リターン・オン・ラック、運の利益率)が高い。一方、比較対象企業ではROLが低い。「幸運不足で失敗したのではなく、やるべきことをきちんと遂行できずに失敗した[294]」。10X型リーダーのなかには、不運なのに、それを(教訓として)生かして高リターンを得たものがいる。

・運の非対称性:一度だけ途方もない幸運に恵まれたとしても、それだけで偉大な企業を築けるわけではない。しかし、一度だけ途方もない不運に遭遇し、死線へたたきつけられたら偉大な企業を目指す旅は終わる。[p.303

・本書で示された、リーダーシップ概念はすべて高いROL達成に直結する。

以上が、著者らの考え方のポイントですが、企業が置かれた経営環境も考慮した上での結論は、「偉大さを決定づけるのは環境ではなく、何にもまして自分自身の意志と規律である。[p.316]」、「企業が真に偉大になるかどうか決定づけるカギは人間の手の中にある。[p.317]」です。そして著者は、「(われわれには)自分の意志で偉大になる自由がある。[p.318]」という、本書の表題で本書を締めくくっています。

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以上のように、本書は経営全般についての示唆を与えてくれるものですが、今回は、不確実性や運の問題にも取り組んでおり、研究開発マネジメントの立場からも極めて示唆に富むものと言えるでしょう。以下、特に研究開発の視点から興味深く思われた点を書いておきたいと思います。

不確実性の取り扱いについて

研究開発は分野にもよりますが、ある程度の技術蓄積が求められるため、長期的な視野に立ったマネジメントが必要になると考えられます。従って、本書で示された長期にわたる運、不運を乗り越えた成功を目指すことは、特に研究にとって意義深いことなのではないでしょうか。本書に示された個別の指摘については、似たようなことがすでに指摘されていたりもしますが、10X企業において実際にその役割が確認された意味は大きいですし、独特な考え方も示されているように思いました。例えば、20マイル行進で述べられている、好調な時に進捗を自制する必要があるという考え方は興味深いと思います。銃撃に続いて大砲発射というやり方は比較的当たり前のように思われますが、飛躍のためにはその両者が必要なことは認識を新たにすべきでしょうし、人によってどちらかの視点が抜けていたり、志向が偏ってしまったりすることもあるかもしれませんので、このような整理は使えるのではないかと思いました。また、スピードが速ければよいとは限らないことを、リスク許容度の変化速度と関連づける視点も興味深いと思います。運の取り扱いについては、ROLの最大化、死線リスクの抑止が特に重要ではないかと思います。不確実性の取り扱いについて事前準備が有効であることはわかっていても、研究開発ではすべての準備をすることが不可能なため、ともすると準備を怠りがちになることがありますので、そういう視点も忘れてはいけないと思います。いずれにしろ、具体的なマネジメントの取り組み方については、使える指摘が多いと感じました。

イノベーションの役割について

企業の長期的な成功にとって、イノベーションが決定的な要因ではないことは、以前から著者が指摘していますが、本書によって、その理解が深められたと思います。まず、成功に必要な最低限のイノベーションレベル(閾値)があることが示され、イノベーションは不要である、という考え方ではないことが明確になりました。また、閾値以上のイノベーションにこだわる必要がない、というのはChristensenによるイノベーションのジレンマの指摘とも重なるところがあります。結局のところ、イノベーション自体ではなく、イノベーションをどう使うかが成功の決定的な要因、と考えれば偉大な企業におけるイノベーションの役割がはっきりするのではないでしょうか。

以前、著者の手法に対するRosenzweigの批判と、ビジョナリーカンパニー3における著者の反論を取り上げたことがありますが、著者の主張は完璧な理論、論証とは言えなくても、著者の手法を前提として理解すれば、実用的に十分に重要な示唆が得られると思います。さらに、実用的な意義もさることながら、不確実性の取り扱いと不確実性を伴う環境の企業業績への影響についての考え方が示され、イノベーションの本質の理解がさらに深まったという点で本書の意義は大きいと思います。



文献1:Collins, J., Hansen, M. T., 2011、ジム・コリンズ、モートン・T・ハンセン著、牧野洋訳、「ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる」、日経BP社、2012.

原著:Jim Collins, Morten T. Hansen, “Great by Choice: Uncertainty, Chaos, and Luck--Why Some Thrive Despite Them All”, HarperBusiness, 2011.

文献2:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則」、日経BP社、2001.



(参考)

Jim Collinswebページ

http://www.jimcollins.com/

Morten T. Hansenwebページ

http://www.mortenhansen.com/

牧野洋、「コリンズとドラッカー 2人を取材した唯一の日本人が語るその思想と人物」、日経ビジネスオンライン、2012.8.24

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120822/235899/?mlp


参考リンク<2013.7.21追加>

 


 


 

研究マネジメント・トピックス目次(2013.1.14版)

このブログの「研究マネジメント・トピックス」というカテゴリでは、「ノート」には入れられなかった研究マネジメントに関する話題について、本や記事の引用をベースに書いています。その目次を整理しなおしました(前回整理20127月、前々回201112月)。容量の関係から、目次は表題とリンクのみとし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割しています。それぞれリンクの接続確認、気付いた新たなリンク追加も行ないました。

要約入り目次はこちら:の1の2


(その1)

研究・イノベーション総論についてのトピックス

「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想2011.2.20)、参考リンク

Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2011年)2011.11.27)、参考リンク

「イノベーションとは何か」(池田信夫著)より2012.7.22)、参考リンク

「知識創造経営のプリンシプル」(野中郁次郎、紺野登著)より2012.12.24)、参考リンク

研究・イノベーションの方針、着想、スタート段階についてのトピックス

リバース・イノベーション(DHBR2010年論文より)2010.10.17)、参考リンク

「リバース・イノベーション」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より2012.11.25)、参考リンクは上記と同じ

オープン・イノベーションは使えるか?2011.1.10)、参考リンク

エスノグラフィーとイノベーション2010.12.19)、参考リンク

「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」2010.11.28)、参考リンク

「ホワイトスペース戦略」-ビジネスモデルイノベーションの方法2012.1.9)、参考リンク

イノベーションをビジネスへ(マリンズ、コミサー著「プランB」より)2012.6.17)、参考リンク

複雑系経営(?)の効果2012.5.6)、参考リンク

研究・イノベーションの進め方に関するトピックス

「流れを経営する」を読む2012.3.25)、参考リンク

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想2011.3.21)、参考リンク

アジャイル、スクラム、研究開発2012.5.27)、参考リンク

「技術経営の常識のウソ」感想2011.4.17)、参考リンク

祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授2010.10.11)、参考リンク

P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー2011.11.20参考リンク

知的な失敗2012.2.26)、参考リンク

「エスケープ・ベロシティ」(ジェフリー・ムーア著)感想2012.8.19)、参考リンク

「製品開発をめぐる6つの誤解」(トムク、ライナーセンの論文より)2012.10.14)、参考リンク

「イノベーション5つの原則」(カールソン、ウィルモット著)より2012.11.4参考リンク

(その2)

研究・イノベーションの環境(仕組み、組織、人)に関わるトピックス

働きがいのある会社とは(Fortune誌「最も働きがいのある米国企業2011」No.1、SASの考え方)2011.1.30)、参考リンク

イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」2010.11.7)、参考リンク

ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病2010.9.26)、参考リンク

コア・リジディティ2010.9.5)、参考リンク

リーダーがつまずく原因2010.7.19)、参考リンク

イノベーターのDNA2011.5.15)、参考リンク

イノベーションのDNA2012.4.15)、参考リンクは上記と同じ

技術者が問題社員になるとき2011.7.24)、参考リンク

モチベーション再考2011.8.28)、参考リンク

ポジティブ心理学の可能性2011.9.25)、参考リンク

事業創造人材とは2011.10.16)、参考リンク

フロネシス(賢慮)と研究開発2012.1.29)、参考リンク

橋渡し役の重要性2012.9.17参考リンク



 

変化の方法(チップ&ダン・ハース著「スイッチ!」より)


新年は何かを変える決意をするのによいきっかけになります。しかし、その決意のみで物事が変えられるほど世の中は甘くありません。イノベーションにおいても新しいことを実現するために社内外の人々に変化してもらわなければならないことが多いわけですが、それには困難がつきまといます。今回は、チップ・ハース、ダン・ハース著「スイッチ!」[文献1]に基づいて、変化を生み出す方法について考えてみたいと思います。

著者は、「何かを変えるには、行動を変えなければならない[p.11]」とし、「変化が成功するときには、一定のパターンがある(中略)。変化に成功する人は、明確な方向性を持ち、十分なやる気を持ち、それを支える環境がある。」[p.342]と言っています。これだけでは当たり前の話ですが、本書では、具体的にどうすれば変化できる(させられる)のか、なぜそうなのかがいくつもの事例や心理学上の知見に基づいて解説されています。特に、著者が「私たちは、権限や予算がそれほどない人にも役立つフレームワークを考案したつもりだ。[p.29]」として、CEOや政治家のように権力的な方法を用いることができない場合にも使える方法を提案している点、ふつうの研究者、技術者にとっても参考になる内容と感じました。

行動を変えるためのフレームワーク

著者はまず、「心理学の一般的な見解によると、脳ではつねにふたつのシステムが独立して働いている。ひとつ目は(中略)『感情』だ。苦痛や快楽を感じる人間の本能的な部分だ。ふたつ目は、『理性』だ。(中略)じっくりと考え、分析を行ない、未来に目を向ける部分だ。」[p.14]とし、ジョナサン・ハイトの著書に基づいて、感情を「象(エレファント)」、理性を「象使い(ライダー)」に喩えています[p.14]。そして、「何かを変えたいなら、象と象使いの両方に訴えかけるべきだ。(中略)象使いにだけ訴えかけて象に訴えかけなければ、チーム・メンバーは頭では理解できても、やる気を出さないだろう。象にだけ訴えかけて象使いに訴えかけなければ、熱意はあっても、方向性が定まらないだろう。[p.16]」とし、さらに人間の行動に影響する「環境」の要因を加えて、「理性(象使い)に訴えかけ、感情(象)を揺さぶり、環境(道筋)を整えるという3つのシンプルな条件を満たすだけで、誰もが思うよりも簡単に変化を引き起こすことができる[p.357、訳者あとがき]」という考え方をフレームワークにまとめています。

変化にまつわる心理的な要因

まずは、フレームワークの基礎となる人間の心理的傾向についてまとめておきたいと思います。著者は様々な心理的要因が行動の変化にどう影響するかを本書の全体にわたって解説していますが、ここではそのうちの主なものをピックアップしてまとめます。

・「自動化された行動を変えるには、象使いによる細心の管理が必要」、「自己管理が心身を消耗することが証明されている」、「セルフコントロールを消耗しているとき、(中略)大きな変化を引き起こすのに必要な心の筋肉そのものを消耗している」[p.20-21

・「象使いは頭でっかちで、分析好きで、頭を空回りさせがち」、「抵抗しているように見えても、実は戸惑っている場合が多い」[p.25

・「困難な状況に直面すると、象使いはそこかしこに問題を見つける。そして多くの場合は『分析麻痺(アナリシス・パラリシス)』に襲われてしまう。はっきりと方向が定まるまで、象使いはずっと頭を空回りさせつづけるのだ。変化を先に進めるには、象使いに方向を教える必要があるのはそのためだ。」[p.49

・「全般的に、私たちはもともとネガティブな面に着目する傾向にある。[p.67]」(「問題への注目」)

・「象使いは、問題を分析するとき、その大きさに見合う解決策を探そうとする。」「(実際には問題は)小さな解決策の積み重ねによって解決されることが多い。[p.64]」

・「象使いは選択肢を与えられるほど疲労していく。」「選択肢が増えると、それがどんなによい選択肢でも、私たちは凍りつき、最初の計画に戻ってしまう。『意志決定の麻痺(ディシジョン・パラリシス)』[p.72-73

・「変化に失敗するのは、たいてい理解不足が原因ではない」「変化すべき理由を非のうちどころがないくらい合理的に説明しても、人々は行動を変えない。」[p.155

・肯定的幻想:「人は誰でも自己評価が下手」「事実をもっとも楽観的に解釈する傾向がある」「人々はほかの人よりも正確に自己評価できると主張する」。しかし、この「肯定的幻想によって、自分がどこにいるのか、どう行動しているのかをきちんと理解しづらくなる」[p.156-158]。「自分は平均以上のリーダー、運転者、パートナー、チーム・プレーヤーだと思いこむのは、そういった単語を自分に都合よく解釈しているからだ。幻想を生み出しているのは、『リーダー』や「チーム・プレーヤー』といった単語のあいまいさだ。[p.162

・「恐怖は強力なやる気の源になる」「すばやく具体的な行動が必要なら、ネガティブな感情が役立つ場合もある」。「ネガティブな感情が思考を狭めるのとは対照的に、ポジティブな感情には思考や行動の幅を『広げて養う』効果がある(フレデリクソンによる)」「『興味』というポジティブな感情は、好奇心の幅を広げる。個人的な目標を実現したときにわき上がる『自信』というポジティブな感情は、将来の活動の幅を広げ、さらに大きな目標を追い求めるきっかけになる。」「大規模であいまいな問題を解決するには、柔軟な心、創造性、希望をはぐくむ必要がある。」[p.165-169

・「人は選択を下すとき、意思決定のふたつの基本モデルのいずれかに頼る傾向がある(マーチによる)。」「それは『結果』モデルと『アイデンティティ』モデル」、結果モデルは費用と便益を評価する合理的で分析的なアプローチ。アイデンティティモデルは1)自分は何者か、2)自分はどのような状況に置かれているか、3)自分と同じ状況にいる人々ならどう行動するか、に基づく。「アイデンティティは、人々の意思決定において中心的な役割を果たすので、アイデンティティをおびやかす変革活動はたいてい失敗に終わる(相手の行動を変えるために直観的に『見返り』をつけようとするのが愚かなのはそのためだ)」[p.207-208

・「こちこちマインドセット」の持ち主は、自分の能力が基本的に不変だと信じ、挑戦を避けようとする。「しなやかマインドセット」の持ち主は、能力は筋肉と同じで練習すれば鍛えられると信じている。「自分の可能性を最大限に引き出したいなら、しなやかマインドセットを持つべき」[p.220-222]。

・人は他者の行動のもとになる環境的要因を無視する傾向がある(ロスによる)『根本的な帰属の誤り』。人々の行動を『置かれている状況』ではなく『人間性』に帰属させる傾向がある」[p.242

行動を変えるフレームワーク

著者は以下の3つのステップと具体的なテクニックを示しています。

象使いに方向を教える(理性への働きかけ)

・ブライト・スポットを手本にする:「真実だが役に立たない」知識よりも、お手本となる成功例(ブライト・スポット)を探す[p.41-48]。「解決志向短期療法(SFBT)」では問題の根源を探るより問題の解決策に着目する[p.51-59]、「アプリシェイティブ・インクワイアリー(AI)」では、失敗ではなく成功の分析に力を注ぐ[p.378]。

・大事な一歩の台本を書く:「全体像で考えず、具体的な行動を考える[p.347]」。「変化を成功させるには、あいまいな目標を具体的な行動に置き換えることが必要[p.77]」。「あいまいさは象使いを疲れさせる[p.76]」。

・目的地を指し示す:「目的地はどこか、そこへ向かうメリットは何かを理解すれば、変化はラクになる。[p.347]」「目標には感情的な要素を盛り込むべき(コリンズ、ポラス)[p.105]」、「魅力的な目的地を描くことで、(中略)分析に迷い込んでしまうという弱点を正すことができる。[p.111]」、「SMART(具体的Specific、測定可能Measurable、実行可能Actionable、重要Relevant、適時的Timely)な目標が効果を発揮するのは、変化の場面というよりも安定した状況だ。(中略)心に響く目標を探す際には、SMARTな目標はあてにならない。(中略)経済的な目標はそれほど変革の成功にはつながらない。[p.112-113]」

象にやる気を与える(感情への働きかけ)

・感情を芽生えさせる:知識だけでは変化を引き起こすには不十分。[p.347]。「変化は『分析し、考えて、変化する』の順序ではなく『見て、感じて、変化する』の順序で起こる(コッター、コーエン)。」、「なんらかの感情を芽生えさせる証拠を突きつけられたとき、変化が起こる。感情のレベルであなたを揺さぶる何かだ。」[p.147

・変化を細かくする:「思っていたよりもゴールラインの近くにいると感じさせるのが、行動を促すひとつの手」[p.175]、「進歩の感覚は重要だ。象は簡単にやる気を失うからだ。」[p.177]、「象は短期的な見返りのないものごとをするのを嫌がる」[p.179]、「絶対に実現できるくらいまで変化を小さくしよう」[p.184]、「初期の成功をつくり上げるということは、実際には希望をつくりあげているということにほかならない」[p.193]、「小さな成功によって、困難が和らぎ(”これはどうってことない”)、要求が抑えられ(”これだけやればいい”)、能力レベルの認識が向上する(”これならできる”)(中略)この3つの要素すべてが変化をラクにし、持続的にする(ワイクによる)」[p.197

・人を育てる:アイデンティティを養い、しなやかマインドセットを育む[p.347]、「アイデンティティに従って生きたいという願いが、自分自身を変える意欲につながる」「新しいアイデンティティの向上心としなやかマインドセットの粘り強さを組み合わせれば、驚くべき偉業を実現できる」「やる気は感情から生まれる。」「やる気は自信からも生まれる。」[p.236-237]。「失敗が変化に必要な一部だとすれば、失敗のとらえ方は重要」「失敗を覚悟させる必要性」がある。「しなやかマインドセットは、失敗に目を向けさせ、さらには失敗を自分から求めるよう勧めている。これは究極の楽観主義だ。しなやかマインドセットは敗北主義を防ぐのだ。失敗を変化のプロセスの自然な要素と位置付けている。つまずくことを失敗ではなく学習ととらえてこそ、人はがんばりぬくことができる。」[p.227-229

道筋を定める(環境を整える)

・環境を変える:環境が変われば行動も変わる。[p.348]。「人間の根本的な性格を変えるよりは、状況を変える方が簡単」[p.243]、「環境を変えるというのは、適切な行動を取りやすくし、不適切な行動を取りにくくするということ」[p.246]、「自分自身の行動を変えるときは、自分にセルフコントロールを課すよりも、環境を変えるほうがかならずうまくいく」[p.258

・習慣を生み出す:行動が習慣になれば、象使いの負担はなくなる[p.348]。「環境は習慣を強化(阻害)することで、私たちに知らず知らずのうちに影響を与える」[p.278]、「要するに習慣が行動の自動運転だから」[p.278]。「自分がしなければと思っていることに関しては、アクション・トリガー(心理的な計画)はやる気を生み出す大きなパワーとなる」、「アクション・トリガーの価値は、意思決定の“事前装填(プリロード)”にある(ゴルヴィツァーによる)」[p.281]、「意思決定の事前装填により象使いのセルフコントロールを温存している」[p.282]「アクション・トリガーには『にわか習慣(インスタント・ハビット)』を生み出す役割がある(ゴルヴィツァーによる)[p.284]」。「チェックリストはいわば過信に対する保険」[p.298]、「チェックリストは、大失敗の確率を抑える。」[p.299

・仲間を集める:行動は伝染する[p.348]。「人は仲間がそうしているのを見て、同じことをする」[p.304]、「意識的がどうかにかかわらず、私たちが他人の行動をまねるのは明らかだ。不慣れな場面にいるときは、特に他人の行動を観察しようとする。そして、変化の場面とは、当然ながら不慣れなものだ。[p.305]」、「誰かに行動を変えてほしいが、相手は変化に抵抗している。そこで、変えようとしている人々に対して影響力を持つ他者の支持を集める。つまり文化を変えるということだ。そして、多くの場合、文化は組織の変化を成功させる要となる。」[p.324

以上が、著書による変化のためのフレームワークです。ただ、著者は、「フレームワークをシンプルで実用的にする[p.29]」ことを狙ったため、「このフレームワークは完全無比ではない[p.29]」と言っていますので、著者の意見を鵜呑みにするわけにはいきませんが、「私たちは変化をラクに起こせると約束するつもりはない。しかし、少なくともよりラクにすることはできる。本書の目的は、数十年間の科学研究に支えられたフレームワークをお教えすることだ。[p.30]」という著者の意図はうまくいっているのではないでしょうか。

研究開発の立場から考えると、例えば、研究部隊が獲得した成果を実用化する場合や、顧客に受け入れてもらう場合などに、関係者に変化を受け入れてもらう必要がありますが、それは容易ではありません。著者は「コッターとコーエンは、分析的手法が有効なのは、『変数が既知であり、想定条件が少なく、将来が不透明でない』場合だと述べている。しかし、大規模な変化の場面ではそうはいかない。変化の場面では、たいてい変数が不明で、将来は不透明だ。変化がもたらす不安のせいで、象はなかなか動こうとしない。そして、分析的な言葉をいくら並べても、象の腰を上げさせることはできない」[p.145-146]と述べています。この変化の場面はまさに研究開発の状況と一致しますので、変化することのメリットを研究者が力説して関係者を説得しようとしても、それは変化を促すには的外れであることは肝に銘ずるべきでしょう。研究者はつい理性に頼りがちですが、それでは変化は起こせないということです。周囲を変えたいと願うなら、本書に示されたフレームワークとその背景にある人間の心理的な傾向は心にとめておくべきなのではないでしょうか。


文献1:Chip Heath, Dan Heath, 2010、チップ・ハース、ダン・ハース著、千葉敏生訳、「スイッチ! 『変われない』を変える方法」、早川書房、2010.

原著表題「Switch, How to Change Things When Change Is Hard

http://www.heathbrothers.com/switch/

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