研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2013年02月

多様性の意義(スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」より)

研究開発をはじめ創造的活動には、「多様性」が必要、とよく言われます。三人寄れば文殊の知恵ということわざを引くまでもなく、知識の組み合わせが問題解決に役立つこと、発想の源になりうることは多くの方が認めるところでしょう。加えて最近では、群衆の予測が専門家よりも正確である、ということからも多様性が注目されているようです。

しかし一方で、現実の企業経営や組織運営においては「均一性」の方が重要視される場合や、「選択と集中」という考え方により多様性が軽視される場合もあるように思います。そこで、今回は、スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」[文献1]に基づいて、多様性の意義や役割、多様性をどう使えばよいのかなどについて考えてみたいと思います。

著者は、「多様性はより良い結果をもたらす」という「多様性予想」について、「この予想が例外なく成り立つのでないことは明らかだ。」といい、「多様性を定義して、それが恩恵をもたらすと思われる課題を特定しなければならない。」として、「いつ、そしてなぜ多様性が恩恵をもたらすかを理解することが、本書の目的である」[p.26]としています。多様性について真剣に考えるなら、まさにこの点を知っておく必要があるでしょう。以下、特に上記の点について、本書の構成に沿って内容をまとめてみたいと思います。

パート1:ツールボックスを分析する

著者は「“多様性”という言葉を認識的な多様性という意味で使う[p.29]」とし、まず、第1~4章で述べられる4つの枠組みで多様性を分析して、これらをひとまとめにした「ツールボックス」の多様性がどのように恩恵を生むのかを説明しています。

第1章:多様な観点Perspective、世界を表現する方法[p.46])

観点とは、「状況や問題を表現する方法」[p.29]であって、「多様な観点を持つというのは、ありうる事柄の集合をそれぞれ異なる形で捉えている、あるいは心に描いている」という意味[p.29]。観点によって知識が体系づけられ、「正しい観点は、難しい問題を単純にしてくれる[p.78]」(当然、問題を難しくしてしまう観点もありうる)。

第2章:ヒューリスティックHeuristics、向上させるための手法やツール[p.46])

ヒューリスティック(発見的方法[p.30])とは、「問題の解を見つけるために使う思考ツール[p.82]」。「一つの観点が与えられたとして、ヒューリスティックは、新たな解をどこで探せばいいのか、どんな行動を取ればいいのかを教えてくれる[p.82]。例えば、トポロジカル・ヒューリスティック(観点の構造に基づいて近くの解を探索する)、グラジエント・ヒューリスティック(価値関数の傾きが最大の方向へ移動する)、エラー許容ヒューリスティック(ランダムにトライする、初めのうちはあまり大きくないエラーを受け入れて探索する)、ポピュレーション・ヒューリスティック(別の解の一部を流用する、進化のメカニズムのように複数の解を同時に探索してよいものを残す)などがある[p.91-104]。

第3章:解釈Interpretation、カテゴリーを作る方法[p.46])

「“解釈”は、人々が出来事や結果や状況を分類するときに使う、それぞれ異なるカテゴリーに重点を置いている[p.30]」。「一つの観点からいくつかの次元を無視したり(投影解釈)、観点を塊に分割(塊解釈:似たような物事、状況、問題、出来事のカテゴリーを作る)したりすることで我々は解釈を作る[p.118,126]」。「世界を同じ形で見ていても、その分け方が異なっていることがある。それがたくさんの多様性を生み出す。」「こうした多様な解釈のおかげでわれわれは、それぞれ異なる推論を導き、それぞれ異なる予測を立てることができる」[p.126-127]。

第4章:予測モデルPrediction Methods、相関と因果関係に関する推論[p.46])

「予測モデルはその解釈のもと、ある場面で起こると考えられる事柄を描き出す[p.129]」。「予測モデルとは、一つの解釈と、それによって作られる集合やカテゴリー一つ一つに対する予測を合わせたもの」。「予測モデルは思考で、ヒューリスティックは行動」[p.132

第5章:物差しとツールボックス

「観点、解釈、ヒューリスティック、予測モデルを組み合わせれば、”認識的なツールボックス”ができる[p.31]。「ツールボックスの枠組みは、知能を捉える上でIQのスコアに代わる解釈となる[p.170]。」

パート2:多様性の恩恵

第6章:多様性と問題解決

多様性が一様性に勝る定理:「集団に含まれるソルバーが多様、すなわちローカル・オプティマムに何らかの違いがあれば、平均すると多様なソルバーの集団が一様なソルバーの集団より良い出来を示す[p.204]」。「最初のソルバーがグローバル・オプティマムを見つけられなくても、他のソルバーがその解を向上させるかもしれない。向上させることが可能だというこの特徴が、多様性が一様性に勝る理由[p.201]」。「一様な集団はたった一人の人を含んでいるのと変わらない[p.200]」

多様性が能力に勝る定理:以下の「条件1から4が満たされれば、ランダムに選ばれたソルバーの集団は個人で最高のソルバーからなる集団より良い出来を示す。[p.206-211

条件1、問題が難しい:どのソルバーも個人で必ずグローバル・オプティマム(全体の最適解)を見つけられることはない。

条件2、微積分条件:すべてのソルバーのローカル・オプティマム(局所最適解)をリストに書き出すことができる。すなわち、すべてのソルバーが賢い。(微積分を知っている人ならピークを見つけることができる、という意味)

条件3、多様性条件:グローバル・オプティマム以外のすべての解が、最低一人のソルバーにとってローカル・オプティマムでない。(ローカル・オプティマムから向上法を見つけられるソルバーがいる、という意味。人々が多様でなければならない、ということ。)

条件4、大勢のソルバー候補からかなりの大きさの集団を選ぶ:ソルバーの母集団は大きくなければならず、一緒に取り組むソルバーの集団にはある程度の人数のソルバーが含まれていなければならない。

「この定理は・・・論理的な真実[p.211]。「問題解決においては多様性が個人の能力と同じく、あるいはそれ以上に重要」、「多様性の恩恵は個人の中にも当てはまる」、「ツールは多様でなければならないが、多様すぎて互いに組み合わせられないようではいけない」、「最もふさわしいのは、多様性が多様であること、すなわち多様な人もいれば専門化した人もいて、それでも全員が数多くのツールを持っていること」、「多様な観点とヒューリスティックは、楽しさの原動力にもなる」[p.224-225

第7章:情報寄せ集めモデル(集団による予測)

情報寄せ集めモデルでは、「人々は答えをある程度の確率で知っているか、答えの一部分を知っているか、あるいは答えのおおざっぱなシグナルを受け取ると仮定する。[p.233]」。しかし「予測モデルを寄せ集めるのは、情報を寄せ集めるのとは違う[p.33]」。

第8章:多様性と予測

多様性予測定理:予測モデルの集団において、集団的誤差=平均個人誤差-予測多様性[p.265]。

「個人の能力(右辺第1項)と集団の多様性(第2項)は、集団の予測能力に等しく寄与する。[p.266]」

群衆が平均を負かす則:多様な予測モデルの集まりがあるとして、その集団的予測は個人的予測の平均より正確である[p.267

「群衆が賢いためには、そのメンバー一人ひとりが賢いか、あるいは集団として多様でなければならない。[p.295]」。確実に群衆が専門家より高度な予測ができるのは「群衆が考慮して専門家が無視した属性や変数の一つが予想外の値を取った場合[p.295]。(それ以外の場合にも起こりうる)

パート3:多様な価値

第9章:多様な好み

「好みの多様性はツールボックスの多様性とは違う。[p.34]」「基本的好み(結果に関する好み)が多様だからといって、必ずしも手段的好み(行動や方針に関する好み)も多様とは限らない[p.300]」。好みの多様性が問題になるのは、基本的な好み。手段的好みは役に立つ[p.301

第10章:好みの寄せ集め

「多様な好みは、うんざりするほど多くの問題を生み出す。・・・”集団的な好みは存在しないかもしれない”、”強制的でない投票プロセスではどんな選択にも行き着きうる”、”人々は選択プロセスを操作しようとする動機を持つかもしれない”、”共通の資源(公共財)の供給が少なくなるかもしれない”」[p.320

第11章:ツールボックスと好みの相互作用

「多様な観点には影の面があって、考えうる選択肢を数多く発見させてしまう」。「考え得る選択肢が多いと合意する確率は低くなる」。一方、「多様な好みを持つ人々の集団は、意見を一つにした人々の集団よりも問題解決に優れていることが多い。意見の違いはつばぜり合いを生むだけでなく、ときに争いを好むものの効果的なチームを作る」[p.35

パート4:多様性は恩恵をもたらすか?

「本書が示す中心的な主張は3つある。(1)多様な観点とツールは、人々の集団により多くのすぐれた解を見つけさせ、全体的な生産性に寄与する。(2)多様な予測モデルは、人々の群衆に価値を正確に予測させる。(3)多様な基本的好みは、選択のプロセスをくじかせる。」「これら3つの主張を裏付ける大量の証拠がある。」[p.36

第12章:認識的な多様性の原因

何が認識的な多様性をもたらすか。「多様な訓練、経験、アイデンティティーによって、我々は違う風に考えるようになる。そして異なる認識的ツールを持つようになる。[p.383]」

第13章:経験的証拠

「多様性の正味の恩恵=多様なツールの恩恵の合計-多様性のコスト」[p.401]。

「アイデンティティーの多様なグループやチームは、グループのダイナミクスに伴う問題を起こして出来を損なうことも多い。・・・コミュニケーションの問題や基本的好みの多様性の持つ負の面が現れ、それが操作や偽りをもたらしうる場合、グループは生産的でなくなる[p.401]。」「多様なグループの方が出来のばらつきが大きい[p.401」]、「アイデンティティーの多様性が恩恵を生むのは、それが認識的な多様性と相関しているか、認識的な多様性を引き起こす場合だけ[p.403]」「多様なグループが良い出来を示すには、自分のアイデンティティーが認められていて、自分の寄与も受け入れられていると人々が感じなければならない[p.404]」、「人類の歴史を通じた経済成長、現在の国家や都市の生産性、小さなグループの出来、いずれを見ても認識的多様性が集団の出来を向上させるという結論に達せざるを得ない[p.412]」、「多様性の恩恵は確かに存在する。それは大きくはない。大きいと期待すべきではない。しかしそれは現実のもので、時とともに高めていけば、我々ははるかに幸せになれるだろう。」[p.413

パート5:積極的になる

第14章:実り多いロジック

「多様な観点と多様なヒューリスティックは、一つ一つ連続的に組み合わされて適用される。・・・1+1が2より大きくなることも多い。・・・多様性は超加算的[p.418]」。「(基本的好みの多様性が)問題を引き起こすのは選択においてだけである。グループが問題解決や予測をおこなっているときは、それが実際に恩恵をもたらすかもしれない[p.430]」。「多様性を追求する際には、多様性と能力のバランスを取ることを忘れてはいけない。・・・能力は多様性と同じく重要だ[p.444]」。

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このように見てくると、どんな多様性が、どんな状況で、どのように重要なのかはがわかってくるように思います。例えば、研究開発については、問題が難しく、微積分条件が満足されている場合が多いでしょうから、問題解決のメカニズムから考えて、単独で解決に至るよりも多様なソルバーがいる方が好ましいと言えるでしょう。ただし、多様なグループでは出来のばらつきが大きいということは、マネジメントのやり方が重要、ということになるのではないかと思います。例えば、本書の指摘に基づけば、ツールの多様さを重視すること、独自性とメンバーの寄与を尊重し、コミュニケーションを大切にすることが必要と言えるのではないでしょうか。また、選択と集中については、目標を絞ることで本質的な好みは均一にし、手段的な多様性(ツールの多様性)を維持すべきなのだろうと思います。さらに、オープンイノベーションの進め方についても(本書でもイノセンティブ社の例が挙げられていますが)、どのようなパートナーとどのように協力するかについての示唆が得られるように思います。単なる下請けではなく、多様性をもたらすパートナーとしての関係をつくるべき、と言えるのではないでしょうか。

今後、研究開発が取り組むべき課題はますます複雑化し、一人の天才によって成し遂げられるような課題ではなくなるでしょう。好むと好まざるとにかかわらず、多様な環境が求められるようになっていくのではないでしょうか。多様性が効果を発揮するメカニズムをよく理解することで、複雑な課題に対する効果的なマネジメントが可能になるのではないかと思います。

 


文献1:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009

原著表題:”The Difference, How the Power of Diversity Creates Better Groups, Firms, Schools, and Societies

参考リンク

 


「社会技術論」(堀井秀之著)より

企業における技術やイノベーションの位置づけはまず収益源、というのが普通でしょう。しかし、社会に対する影響も当然考慮する必要があります。できれば技術で社会をよりよくしたいですし、社会に対して損害を与えるような技術は使うわけにはいきません。今回は、社会をよくするためにどう技術を用いるべきなのか、『社会技術』による社会問題の解決とはどういうことなのか、堀井秀之著「社会技術論」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

著者は、「『社会技術』とは社会問題を解決し、社会を円滑に運営するための広い意味での技術」とし、「ここで技術とは、工学的な技術だけでなく、法・経済制度、教育、社会規範など、すべての社会システムを含んだものを意味する[p.1]」として、社会問題に対する解決策のデザインや、問題解決策の立案を支援する手法を解説しています。イノベーションは技術だけではないということはよく指摘されますし、問題解決手法は企業の研究開発にとっても役立つと考えられますので、本稿では、その手法の要点をまとめ、さらにイノベーション教育事例として本書で取り上げられている東大i.school(著者がエグゼクティブディレクターを務める教育活動)の最近の成果についてもあわせて考えたいと思います。

社会技術の特徴

・「社会技術の特長は、科学技術と社会制度をうまく組み合わせて社会問題を解決する点にある。・・・科学技術の成果を社会問題の解決に活用することは、革新的な問題解決を生み出す可能性につながる。しかし、科学技術のみで社会問題を解決できるわけではない。」[p.27

・「社会技術研究の特徴の1つは俯瞰的アプローチ」にあり、「詳しくみてみると問題解決に有効な3つの観点に分けることができる」[p.16-18

1)問題を全体的にとらえる:問題の政治的、経済的側面など特定の視点に限らない。

2)問題解決に用いる知識として、活用できる知識を総動員する:特定の学問領域における知識に限らない。

3)問題解決策として、特定の問題分野における対策に限ることなく、分野を超えた知を活用する。

問題解決策の設計

「思いつきで問題解決策を生み出すのではなく、体系的に有効な問題解決策をつくり出すためには、問題解決策の設計方法を確立することが必要」[p.27]。なお、この時、原問題と既存の解決策の問題とを区別する必要があることが指摘されています[p.60]。具体的には以下のように進めることになります。

1)問題の分析:「問題解決策の設計プロセスにおいて、最初に行うことは、問題の分析である。対象とする社会問題は・・・複雑であり、さまざまな観点からの分析が必要」[p.55]。具体的には以下の順で分析が行われます。

1-1)問題の全体像の把握:対象となる問題にかかわる情報を収集、分類して情報を構造化する。KJ法が活用できる。[p.61

1-2)価値分析:人により問題とするポイントが異なることがある。「問題認識にかかわる個々の主張を分析し、その元となっている価値基準を明確にしたうえで、問題にかかわるすべての価値基準をリストアップして整理する」[p.58]。「根拠が正しいかどうか、論拠が妥当であるかどうか、根拠・論拠・主張のつながりが妥当であるかどうか」について慎重に吟味する。[p.66

1-3)因果分析:「問題にかかわる事象をリストアップし、その因果関係を明らかにする。[p.72]」

1-4)着目すべき問題点の抽出:「『着目すべき』というのは、問題解決策を立案する者の主観的な価値判断」。「問題にかかわる価値基準が複数ある場合、どの価値基準を重視するかによって、何が問題であるかは変わりうる」。「『着目すべき問題点』に正解はない。可能な限り情報を網羅し、その情報から着目すべき問題点を抽出するプロセスを明示化し、誰にでもその過程を検証できるようにすることが重要」[p.77]。

2)問題解決策の立案:次の手法を活用できる。

・システム設計:「まず、システムが果たすべき機能(目標)を明確にする。その機能を分解し、それらのサブシステムが果たすべき機能をリストアップする。・・・次に、分解された機能を果たす要素を決定する。最後に、システム全体が機能するように要素、サブシステムの統合方法を決定する。」[p.81

・解決策発想支援:アブダクションを活用する。「アブダクションとは、与えられた結果に対して、その結果をもたらす原因を明らかにする推論[p.45]」。「与えられた目的を達成する手段を求める推論もアブダクション[p.45]」。「既存の問題解決策の分析を行い、その結果を分類・整理」して、「手段に関する情報を活用可能な形にする」。「アナロジーと分野を超えた知の活用が重要なポイント」[p.87]。そのためには、個別知識の上位概念化によって類似性を見いだせるようにするとよい[p.48]。具体的な発想支援法としては、解決策診断カルテ(既存の解決策を、上位概念化した原因と解決手段に基づいて整理したもの[p.97])と、問題解決マトリクス(多数の事例の原因と手段の関係をまとめたもの[p.105])が挙げられており、これにより、類似事例を見つけ、アナロジーを機能しやすくする。

3)問題解決策の影響分析:「立案された解決策によってどのような変化が生まれるのか、そしてその変化は問題の解決につながっているのか、新たな問題が発生していないか、といった検討を行う。[p.112]」そのための手法としては、シナリオとして記述すること、関係者へのインタビューなどがある。そしてその結果は、解決策の修正にフィードバックされる。

つまり、解決すべき問題点の本質を見極め、様々な知識を活用して解決策を発案すること、これが社会技術における問題解決策の設計(デザイン)、ということになるでしょう。一見すると当たり前の方法のようにも思われますが、では具体的に、例えば問題点の本質を見極めるにはどうすればよいか、と考えてみると、著者の具体策の提案の意味が理解できるように思います。著者自身、これが絶対的に正しい方法といっているわけではなく、例えば問題の分析についても、「問題分析には『こうしなければならない』というような決定的な方法が存在するわけではない。問題の特性に応じて有効となる分析方法は異なるため、問題ごとに最適な分析方法を選ぶことが必要となる。」「しかし、容易ではない問題分析も、適切なプロセスに従い、しかるべき方法に則って行えば、比較的妥当な分析となる」[p.57]と述べ、また、問題解決策の立案については、「問題解決策の立案は元来創造的な活動である。創造的な活動自身を方法論化することは難しいが、それを支援する方法論を構築することは可能である。」[p.79]としていますが、まさにその通りでしょう。著者の手法はひとつの例として受け取り、あとは各自でそれを磨き上げていけばよいのではないかと思います。ただ、上記の手法には、考慮すべき重要なポイントがまとめられていますので、検討に抜けがないかをチェックする目的にはすぐにでも使えるのではないでしょうか。また、設計の考え方やその根拠を整理して形にすることは、プロジェクトや解決策の内容を周囲に説明して合意を得る上で有効だと思います。大きな社会問題への対応となれば、多くの関係者を説得し協力を得ることは不可避でしょう。その時に、整理された設計書があれば大きな力になると思われます。

ただ、企業における研究開発に活用する観点からは、以下の点が若干気になりました。

・本書の前提として、問題はすでに想定されている?:本書の狙いは社会問題の解決であるためか、ある問題が存在することが前提になっているように思われます。一般のイノベーションにおいては、問題の認識からスタートしないイノベーションもあるでしょう。いわゆるシーズ指向のイノベーションや、創発やセレンディピティーに基づくイノベーションもありますし、新市場創造型のイノベーションの一部も、問題点の解決以外のところが起点になっているように思われます。

・設計の段階での想定外にどう対応するか:人間の特性を考えると、分析における見落としやヒューマンエラーのために想定の誤りが発生する可能性があるでしょうし、外部要因の想定外の変化によって状況が変化することもあるでしょう。そんな場合の対応も考えておく必要があるように思われます。問題を全体的に捉えることが必要としても、すべてのことを考えるのは現実的ではありませんし、複雑系の関与する現象については、本質的に因果関係を明確にできない場合があるかもしれません。さらに人間の行動には理性的でない場合もあることにも注意が必要と思われます。

・実行段階の問題:本書は「設計」に主眼がおかれていますので、実行段階の問題についてはあまり言及されていないようですが、設計どおりに実行しても期待した成果が得られない場合もあると思われます。完璧な設計を目指すより、試行錯誤しながら漸進的に研究を進める戦略もあり得ますので、そのような課題にはこの手法は向いていないかもしれません(ただし、検討すべきことをわかったうえであえて検討しないで進めることと、検討すべきことを自覚せずに無謀な挑戦をすることとは異なりますので、本書の指摘の重要性は変わらないと思います)。

・時間やマンパワーの制約:多くの事象を検討すればよいことはわかっていてもそれができない制約がある場合もあります。どこまで検討すべきかの指針も考えるべきかもしれません。

・実際にこの手法が有効であるという検証は可能なのか?

おそらく、今後の手法の改善によりこのような点は解決されていくのではないかと思いますが、改善のヒントがi.schoolのアプローチに含まれているように思います。著者は、イノベーション教育の一環としてi.schoolを推進しており、その内容については別稿でも紹介しましたが、その後の進展について興味深い指摘がありましたので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。i.schoolでどんな教育が行われているのかについては別稿をご参照いただければ幸いです。

i.schoolの進展

i.schoolの目的として、著者は「1)創造性を求められる課題を与えられたとき、最適なワークショッププロセスを設計できるようになること、2)新しくてインパクトを生み出すモノやコトを創る成功体験を積み重ねること」[p.172]を挙げています。i.schoolは問題点の認識から解決策の策定までをイノベーションワークショップという形で実習するという教育プログラムが基本のようですが、ある課題に対し、1)理解(Understanding、調査、観察、分析)、2)創出(Creating、課題解決、アイディア出し)、3)実現(Realizing、例えば事業計画にするなど)、というプロセスで検討が進められていきます。2009年以来様々なワークショップが開催され、その中からイノベーションの進め方、アイディアの抽出過程についていくつかの知見が得られているようです。

例えば、新しさを生み出す有効なメカニズムとして1)他者を理解する、2)未来を洞察する、3)概念を明確にする、4)思考パターンをシフトさせる、5)価値基準をシフトさせる、6)新しい組み合わせを見つける、7)想定外の使い途から目的を発見する、8)ちゃぶ台返し(一旦白紙にもどしてやり直す)が挙げられています。[p.186-187]。また、アイディア出しに有効な方法として1)グループワークのなかで他者との会話を禁止して個人の思考に集中させる機会をつくること、2)目的と手段をある程度一緒に考えること、3)生みだされるアイディアに関連した情況を心的イメージとして思い描くこと、4)自分に対する問いを明確化させること(何を考えようとしているかを見失うことを防ぐ)、が挙げられています。このような知見は、企業における実際の研究の場面でも経験的に有効だと思われるものもあり、i.schoolのプロジェクトの中から、イノベーションの効果的な進め方に関するこのような知見が得られてくることは非常に貴重だと思います。

個人的には、i.schoolの教育としての最も重要な意義は、学生にイノベーションを体験させること(著者が挙げたワークショップの目的で言えば、「参加者が新しいアイディアを生み出すことができるという自信をもてるようにすること」[p.191])であると考えます。しかしそれ以上に、研究の進め方の実験を行い、有効な進め方に関する知見が得られるならば、それを社会技術の設計に反映させることも期待できるのではないでしょうか。著者も「イノベーションの生まれる確率を高めるために、ワークショッププロセスの方法論を精緻化することが重要である。」[p.207]と指摘していますので、より広範なイノベーションの場面に有効な社会技術の設計方法の進化に資するようなアイディアが生まれてくることを期待したいと思います。社会技術に限らず、イノベーションを生む方法論、デザインについて、社会全体としてもっと検討していく必要があるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:堀井秀之、「社会技術論 問題解決のデザイン」、東京大学出版会、2012.

参考リンク<2013.7.21追加>


 

 

マネジメントについての考察など・目次(2013.2.11版)

「マネジメントについての考察など」というカテゴリーでは研究マネジメントに関する私見などを書かせていただいています。今まで書いた記事の目次を再整理し、リンクの接続確認や追加をしました(前回の目次は2012.8.5、その前は2012.1.3)。なお、容量の関係から、目次は表題とリンク(+参考情報)のみとし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割しています。

その1・・・要約入りはこちら

研究総論

技術の的、研究の役割2010.7.25

苦しいときの術開発頼み2011.9.4

研究とアイデア

創造性を引出すしくみ2010.10.24

アイデアの扱い方と知の呪縛(「アイデアのちから」より)2012.7.16)、参考リンク

キュレーションと研究開発(勝見明著「キュレーションの力」感想)2012.3.11)、参考リンク

研究の管理

研究の管理と評価再考2010.8.1)、参考リンク

数値目標の功罪2012.5.20)、参考リンク

研究者と金銭的報奨2010.9.12)、参考リンク

研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか2010.10.3

モチベーションは管理できる?2011.1.23

報連相と研究開発2011.10.2

技術者流出考2012.10.8)、参考リンク

研究と人の問題

研究者の齢限界?2010.12.12)、参考リンク

競争心と究開発2011.3.6)、参考リンク

研究開発とフラトレーション:ルーチンワークの罠2011.5.8)、参考リンク

幸福感と成果2012.9.9)、参考リンク

成功体験の意味2012.12.9

人事のプロへの期待(八木洋介、金井壽宏著、「戦略人事のビジョン」より)2012.11.18)、参考リンク

変化の方法(チップ&ダン・ハース著「スイッチ!」より)2013.1.6)、参考リンク

その2・・・要約入りはこちら

研究と組織の問題

プレイングマネジャーの功罪2011.4.10)、参考リンク

研究組織におけるコミュニケーションの難しさ2011.11.13)、参考リンク

研究における企画という仕事2012.2.12

部下を守る?組織を守る?技術を守る?2012.4.30)、参考リンク

研究者の主体性2012.6.24)、参考リンク

研究とプレッシャー2013.2.3):チームへの影響

研究の進め方

魔の川、死の谷、ダーウィンの海を越える2012.1.15)、参考リンク

技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗2010.11.14

研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠について」2011.2.13)、参考リンク

思考停止をもたらすもの2011.7.31)、参考リンク

研究開発と会議2011.10.23

協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ2011.12.18)、参考リンク

正しい現場主義と研究開発2012.4.8

試行錯誤のプロ2012.8.12

研究における判断と説得

イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)」2011.1.3)、参考リンク

意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)2012.10.28)、参考リンク

ビジネス書の間違い?-『なぜビジネス書は間違うのか』2010.8.11):Rosenzweig著、参考リンク

研究開発事例

2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)2010.12.5)、考リンク

1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」2011.12.25)、参考リンク(上と同じ)


 

研究とプレッシャー

よい仕事をするためにはある程度のプレッシャーが必要である、という意見はよく耳にします。確かに、重要な仕事を担うというプレッシャーや、目標達成のプレッシャーは、意欲と緊張感を高め、よい成果に結び付くことが多いといってよいでしょう。しかし、反面、プレッシャーが強いストレスとなり、パフォーマンスを低下させ、ひどい場合には心身の健康を損なう場合があるのも事実です。

こうしたプレッシャーの作用は研究開発においても同じですので、プレッシャーのもとで、その効果を有効に引き出して研究成果を挙げるには、まずはプレッシャーにより生じるストレスを好ましいレベルに制御することが必要といえるでしょう。しかし、実際にはその制御はそれほど容易ではありません。一般に、ストレスの原因(ストレッサー)への対処はコーピングと呼ばれ、コーピングにはストレッサーから逃避したり、あきらめて我慢したりするような「消極的コーピング」と、自分で問題解決をしたり、誰かに援助を求めて問題解決しようとする積極的コーピングがあるとのことですが(早稲田大学、小杉教授による)[文献1]、ストレスの感受性やコーピングのやり方には個人差がありますし、業務の特性も考慮すると結局のところ、質的、量的にどのようなプレッシャーが好ましいかは個別に判断しなければならないように思います。

加えて、企業における最近の研究活動では個人プレーよりも、チームでの活動が求められる場面が増えています。そのような場合には、上記のような個人へのプレッシャーやストレスへの対応に加えて、チームとしてプレッシャーやストレスをどう扱うかも考えておく必要があるでしょう。研究のミドルマネジャーとしては、自分に課せられたプレッシャーをどう扱うか、他人にどのようなプレッシャーを与えるべきかだけでなく、チーム(組織)に対するプレッシャーの作用と制御の方法についても知っておく必要があるのではないでしょうか。そこで今回は、Gardnerによる論文「メンバーのプレッシャーを克服させる法」[文献2]に基づいて、プレッシャーがチームに与える影響、個人へのプレッシャーとチームへのプレッシャーの作用の違いについて考えてみたいと思います。

プレッシャーがチームに与える悪影響

Gardnerは、コンサルティング会社や監査法人の約100チームについて、プレッシャーの増加によって人々の行動が変わる様子や任務の最終的な成功を調査し、「成果プレッシャーのパラドックス(performance pressure paradox)」としてチームへのプレッシャーの悪影響を次のようなパターンにまとめています。

1)仕事の完了を急ぐうちに、チームは重要な情報を締め出す方向でコンセンサスを形成する:「選択すべきはリスクの少ないオプション」であり、「プロジェクトをつつがなく進めようとしているにすぎない」という状態に陥る。「イノベーションやひらめきを求める当初の熱意は、緻密な専門性があるか、万全の準備ができているか(注:きちんとした根拠があるか、という意味と思われます)といった懸念に取って代わられる。」

2)皆が無意識のうちに権威に寄り添う:「プレッシャーが高まると、チーム・メンバーの一人ひとりがみずからチーム・リーダーに権限を譲り、そうしない者は・・・同僚にたしなめられる。リーダーはメンバーに意見を求めなくなり、みずからの仕事・・・を増やすことがある。」

3)皆が特化された専門性(注:専門的知識に基づくユニークな意見、という意味と思われます)よりも共通の知識を重んじる:「集団にありがちなこの傾向は、成果プレッシャーが高まると大いに増幅される」。

このような傾向は、コンサルタントに限らず、研究のようにチームで協力して創造的に仕事に取り組む場合には起こりうる問題と言えるのではないでしょうか。チームとして仕事をする場合には、自分の意見を殺してでもチームの方針に合わせなければいけない場合は当然あります。ただ、その方向が1)低リスク志向、2)権威志向(メンバーの自主性の減殺、リーダーの暴走)、3)重要な意見よりも合意されやすい意見への依存、になってしまう場合には注意が必要、ということだと思います。確かにこのような方向性は、プロジェクトを形どおり進めることに役立つという側面もあるかもしれません。しかし、成果を得なければ、進めなければ、というプレッシャーによってプロジェクトの特徴や意味が失われ凡庸な成果に満足してしまったり、プロジェクトがあらぬ方向に進んでいるのにそれを矯正できない事態が起こるとすれば、本末転倒ということになるでしょう。チームへのプレッシャーにより、このような行動が生まれる可能性があることはよく認識しておく必要があるのではないでしょうか。

このようなチームへのプレッシャーの悪影響は、プレッシャーがもたらす個人への悪影響と同様、ストレッサーからの逃避やあきらめの感情により、安易な解決策を求めてしまうことが原因で発生すると解釈することもできると思います。ただし、チームへのプレッシャーの場合は、外部からのプレッシャーにより、チーム内部にプレッシャー源が発生してしまうこと(多くの場合、チームのマネジャーが新たなプレッシャー源になってしまう)には注意が必要でしょう。つまり、チームのマネジャーは外部からのプレッシャーを良いものにも悪いものにもしてしまう可能性がある、ということになります。実際、Gardnerの論文でも、チームのマネジャーが、マネジャーにかけられたプレッシャーをチームに反映させる際にチームに悪影響を及ぼした事例が紹介されています。現実には多くの場合、マネジャーは第一線の知識においてメンバーより劣る場合が多く、より高位のマネジャーは専門性においてさらに劣るものです。そのような場合に、チームが事なかれ主義に陥り、マネジャーに安易に服従してしまうことは大きな損失につながると考えられます。さらに、こうしたチームの行動は、一見既定の方針やマネジャーの指示に従って成果を挙げているように見えるため、チームの意欲の減退を察知することが難しい可能性があるでしょう(自分の意欲の減退には比較的すぐ気がつくものですが、チームの意欲減退は、かなり症状が進行してからでないと気がつかない可能性があります)。要するに、チームに対するプレッシャーを考える場合には、個人の場合におけるコーピング以上の対応が求められるといってもいいのではないでしょうか。

解決策(Gardnerによる)

Gardnerは、上記の悪影響に対して次のような解決策を提示しています。コンサルタント業における対処法が中心ですが、研究チームのマネジメントにも応用できそうな指摘もあると思います。

1)クライアントに詳しい人材をチームに加える:クライアント企業から橋渡し役のメンバーを迎えることもよい。

2)皆がどのような貢献ができるかを最初から知っておく:だれがチームに貢献できる知識を持っているかを基準に、チームメンバーがお互いのことを知る機会を持つ。既定路線の見直しにも役立つ。

3)皆が実際に貢献しているかを確認する:プロジェクトの性質が変わっていないか、特定の専門知識が、思ったほど重要でなかったのではないか、なども問う。

4)軌道修正の時間をとる:進め方を見直すには、人事部などの外部のアドバイザーなど中立的な当事者の介入が有効。

5)独創的な意見がチームに受け入れられるようにする:アイデアをより汎用的な形で提供することも有効。

ちなみに著者はプレッシャーを減らせと言っているわけではありません。「いちばん大事な時に成功を収め、いざという時に最善の仕事をするというチャンスこそ、人々が積極的に関与し、一生懸命に働き、障害にめげず努力しようとする、基本的な動機になるのである。そのような前向きの意志を妨げる要因をもっと理解すれば、失敗が許されないプロジェクトに取り組んでいるチームにとって、最後まで最善の仕事をやり遂げるために必要な武器を手に入れることができる。」と述べています。

まさに、研究開発においても、このような考え方は重要だと思います。研究の不確実性を考慮すると、プレッシャーから逃れることは不可避です。さらに、研究成果に対する期待が大きければなおのこと、いろいろなプレッシャーがかかってくるでしょう。そんな時、そのプレッシャーがうまくコントロールできなければ、よい成果は期待できないかもしれない。とすると、まさにそのコントロールが研究マネジャーに求められているのだと思います。安易な安全策に逃げたり、既定の路線にこだわったりして研究の価値を損なわないようにすること、専門性や第一線のデータに基づく重要な意見が軽視されたり、行なうべき軌道修正が無視されたりすることがないようにすること、チームメンバーの意欲が損なわれることのないようにし、チームリーダー自身にかけられたプレッシャーによりチームが進むべき方向を誤らせないようにすることなどに注意が必要でしょう。加えて、プレッシャーに対するチームの反応はプレッシャーに対する個人の反応よりもおそらく複雑で、かつ、その反応は見落としやすいことにも注意しながら、プレッシャーを効果的に活用していきたいものだと思います。


文献1:川上真史氏インタビュー(岩崎義人氏構成)、「「成果主義」と「ストレス」と「人事コンサルタント」」、日本の人事部webページより、2005.6.27

https://jinjibu.jp/article/detl/attnrept/727/

文献2:Heidi K. Gardner、ハイディ・K・ガードナー著、編集部訳、「メンバーのプレッシャーを克服させる法 大事な時に限って、萎縮してしまう」、Diamond Harvard Business Review, 2012年9月号、p.84

原著:Heidi K. Gardner , Coming Through When It Matters Most, Harvard Business Review, Apr. 2012.

http://hbr.org/2012/04/coming-through-when-it-matters-most/ar/1



参考リンク<2013.8.18追加> 

 

 

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