研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2013年03月

ネットワークの力(クリスタキス、ファウラー著「つながり」より)

科学技術の専門分野が深く、狭くなっていることはよく指摘されます。一方、求められる製品やサービスには、従来の延長線上にない特徴やカスタマイズが求められることが多いように思います。このような状況においてイノベーションを効果的に進めるためには、個人としての能力発揮だけでなく、多様な個人の協力や組織としての能力発揮が求められるのではないでしょうか。そこで、今回はChristakisFowler著、「つながり」[文献1]に基づいて、個人のつながりによって発生する社会的構造、ネットワークとその性質、重要性について考えてみたいと思います。

言うまでもなく、人は、ひとりでは生きていけません。従って人と人との関係が結ばれネットワークが発生します。しかし、それがどういうものかについては十分に理解されているとは言い難いのではないでしょうか。もちろんネットワークの科学は確立された理論ではありませんが、著者は序文「私たちはみんなつながっている」において、次のように述べています。「社会的ネットワークの形成と働きをともに律するいくつかの原理がある」、「ネットワークがどう機能するかを研究しようとすれば、それがどう組み立てられているかも理解する必要がある・・・たとえば、無条件にどんな人とも友人になることはできない。地理、社会経済的な地位、テクノロジー、さらには遺伝子によってさえ、人は一定の種類の社会関係を一定の数だけ持つよう制約されている。人びとを理解するためのカギは、彼らの間の絆を理解することである。」[p.5]。そうであれば、現状どこまでわかっているのか知っておくことも有意義でしょう。以下、その内容をまとめてみます。

第1章、真っ只中で

・「社会的ネットワークには2つの基本的性格がある」。「一つ目はつながり(Connection)である。・・・人びとをつなぐ絆には特定のパターン、つまりトポロジーが存在する」。「二つ目には、伝染(Contagion)が挙げられる。・・・(これは)絆を経て流れていくもの」[p.28-29]。

・「人間は絶え間なく、社会的ネットワークを念入りにつくったりつくり直したりしている[p.29]」。例えば、ホモフィリー(自分と似ている人びとと仲間になろうとする傾向)が認められる。また、「私たちは、ネットワーク上でどんな位置を占めるかによって影響を受ける[p.33]」。私たちの友人、友人の友人、友人の友人の友人が私たちに影響を及ぼす(三次の影響)[p.36-38,p.42-26]。「社会的ネットワークには、その内部の人びとにはコントロールも認識もされない特性や機能が備わっている」。「社会的ネットワークには創発性がある・・・創発性とは、部分が相互に作用し合いつながり合うことによって、全体が獲得する新しい特質のこと[p.41]」。

・「個人の行動や成果に社会的ネットワークが甚大な影響を及ぼす以上、人びとは自分自身の選択を完全にはコントロールしていないことになる[p.49]」。

第2章、あなたが笑えば世界も笑う

感情が伝染することがとりあげられています。

・「人びとは、数秒から数週間の時間枠で、他人が示す感情の状態に『感化』される[p.52]」。

・「人間の感情の発達、感情の表出、他人の感情を読み取る能力は、集団活動の円滑化に一役買ったが、それには3つの方法があった。つまり、個人間の絆を築きやすくすること、行動を一致させること、情報を伝えること[p.53-54]」。

・「長期的な幸福の50%は遺伝的な設定値に、10%は環境(たとえば、どこに住んでいるか、どれくらい金持ちか、どれくらい健康か)に、40%はどの人がどう考え、何をしようとするかに依存しているという[p.77]」。「友人の幸福は人に影響を及ぼすが、その影響は1年程度しか持たない[p.77]。

第3章、ともにいる者を愛す

パートナーの選択などを例に絆の形成、機能などが述べられます。

・「社会的ネットワークは2つの面から人間関係に重大な影響を及ぼす。第一に、社会的ネットワークのなかに占める私たちの位置の構造的特徴によって、私たちが他人の目に魅力的と映るかどうかが左右される。・・・第二に、社会的ネットワークは一定の認識を広め、魅力に対する姿勢を変化させることがある。[p.102

・「社会的ネットワークの主な機能は、ネットワーク内を流れているものを利用可能にしてくれること[p.119]」。

第4章、あなたも痛いが私も痛い

・「人から人に伝染するのは病原菌だけではない。行動も伝染する[p.136]」

・例えば肥満も伝染するが、「人から人へと広がるのは、社会科学者が規範と呼ぶもの、つまり、何が適切であるかに関して共有される期待値[p.144]」。

・「影響力を持つ人が力を発揮できるかどうかは、ひとえに、自分が属しているネットワークの正確な構造にかかっている[p.166]」。例えば、「健康体重を維持するよう働きかけるには、ネットワークの中心にいる人たちを標的にするのが有効な戦略と確認されている。この人たちが太り過ぎているかどうかは関係ない[p.167]。」

第5章、お金の行方

経済活動へのネットワークの影響が述べられます。

・「金融恐慌は感情や情報が人から人へと伝わった結果起こるのかもしれない」。「私たちはみな自分の頭で考えることができるのに、心が群衆から離れられず、ときにとんでもない事態に巻き込まれてしまう。社会的ネットワークのせいで事態がさらに悪化する恐れがあるのは、最初にパニックに陥った人が、ほかの多くの人に影響を及ぼす可能性があるから[p.176]」。

・「群衆の知恵が信頼できるかどうかは、人々が独立して同時に行動するのか、それとも相互に依存して連続的に行動するのかによって決まる[p.198]」。

・「ロジャーズの理論によると、テクノロジーが広がるスピードは最初のうちは遅いが、やがて速くなり、すべての人に行き渡る頃にはまた遅くなるという。だが、社会的ネットワークの構造を考慮に入れた最近の研究では、そう単純ではないことがわかっている[p.201]」。

・「イノベーションを普及させようとする際の基本的な考え方は、情報や影響力は密接で深いつながりを通じて広がる、というものだ。・・・しかし、この考え方は人間の社会的ネットワークの重要な特徴を見逃している」。強い絆に基づく構造は、「集団外の人と接触するには都合が悪い」[p.203

・「強い絆が集団内の人びとを結びつけるとすれば、弱い絆は集団同士を結びつけてより大きな共同体をつくりだす[p.203]」。「弱い絆は新しい情報の宝庫である。・・・弱い絆をたくさん持っている人は、情報やコネを与える代わりに、アドバイスやチャンスをもらえる場合が多いことになる[204-205]。」「強い絆と弱い絆を合わせ持つことが重要なのであり、最適なバランスを見つけるのがカギ[p.209]」

・スモールワールドネットワークの重要な特徴は、「平均的な経路が短いこと・・・と推移性(transitivity)が高いことだ(ある人の友人の大半はたがいに友人である)[p.210]」。「スモールワールドの特性を最大限に示したネットワークが、最高の成功を収めていた[p.210-211]。」

・「科学的発見に関する以前の見方では、すぐれた業績の説明として個人の天賦の才が協調されたものだった。だが、20世紀のあいだに発見やイノベーションは個人ではなくグループによる協力の賜物という側面が大きくなってきた。言うまでもなく、イノベーションは他人からのインプットがなければめったに起こらない[p.211]」。

・ユヌスによる「グラミン銀行はグループ内に強い絆を育て、メンバー間の信頼を確固たるものとする。それから、グループをほかのグループのメンバーともっと弱い絆で結びつける。これによって、問題が起きたときに創造的な解決策を見いだす能力を最大限に引き出す[p.218]」

第6章、政治的につながって

・人が投票する理由は、「人はつながっており、つながっているからこそ投票するのが合理的」だから。[p.245

・「オンラインの社会的ネットワークも似た者同士の集まりであり、・・・政治に関する情報は、異なる意見を交換するためではなく、既存の意見を強化するために使われている[p.261]」

第7章、人間が持って生まれたもの

・「人間は集団のなかで生きるのみならず、ネットワークの中で生きている」、「つながりを築きたいという願望には遺伝子がかかわる部分もある」[p.271]。

・ハウアートによれば、「フリーライダーの監視と処罰が可能で集団への帰属傾向が多様な世界では、協力関係が頻繁に築かれる」[p.277]。

・著者らが提案する「ホモ・ディクティアス(ラテン語で『人間』を意味するhomoと、ギリシャ語で『網』を意味するdictyからの造語)、すなわち『ネットワーク人』は人間の本質に関する一つの見方であり、利他精神と処罰感情、欲求と反感がどこから生まれるかを解き明かそうとするものだ。こうした視点をとれば、人間の動機を純粋な利己主義から切り離すことができる。私たちは他人とつながっているがゆえに、また他人を思いやるよう進化してきたがゆえに、行動を選択するにあたって他人の幸せを考慮するのだ[p.278-279]。

・「宗教の重要な機能は、社会的つながりを安定させること[p.307]」

第8章、おびただしいつながり

・「オンラインでの生活が現実の人間同士の交流を模倣し、拡張する[p.322]」。

・「インターネットによって、新たな社会形態が可能となる。それは次の4つの点で、既存の社会的ネットワークにおける人間の交流を根本から変えるものだ」。1大きさ、2連帯性(情報共有、協力)、3特殊性(絆の独自性)、4仮想性。[p.340

・「ネットワークは、人類全体を個々人の総和をはるかに超えたものとするのに役立つ。よって、新たなつながり方を発明すれば、自然の定めを実現する私たちの力が増すのは間違いない。[p.354

第9章、全体は偉大なり

・「人間がつくりだすネットワークは、それ自体、生命を持っている。成長し、変化し、再生し、生き延び、そして死ぬ。さまざまなものがそのなかを流れ、移動している。社会的ネットワークは、いわば人間のつくる超個体(superorganism)であり、独自の解剖学的形態と生理――構造と機能――を持っている。[p.357]」

・「社会の不平等に立ち向かうには、肌の色や懐具合よりもつながりが重要であると認識しなければならない。」「貧困を減らすには・・・困窮者が社会のほかの構成員と新たな関係を築くのを助けるべきなのだ。」[p.372

・「個人主義と全体主義は人間のあり方に光を当てたが、本質的なことを見過ごしている。・・・社会的ネットワークの科学は人間社会を理解するまったく新しい方法を提示する。なぜ新しいかといえば、この方法が個人と集団を対象とし、いかにして前者が後者になるかを解明しようとするからだ。人と人のつながりから生じる現象は、個人のなかには存在しないし、一人ひとりの欲求と行動に還元できないものだ。[p.374]」

――

研究開発やノベーションにおける協力の問題については今まで何回かとりあげてきましたが、人と人との関係を考える際には、本書に述べられたようなネットワークの視点は重要であると思います。例えば、研究組織のあるべき姿やあるべきマネジメントを考えるならば、組織を構成する研究者の間を情報や感情、行動がどう伝わっていくかを知っておく必要があるでしょう。つながりの構造という点では、組織内および外部とどのようにつながっているべきか、リーダーはどの位置を占め、個々の研究者とどうつながるべきか、などは考えておかなければならないと思います。さらに、そのつながりにどのような情報を流すのかも考えなければなりません。このようなつながりをマネジメントする立場からは、例えば不適切な成果主義やセクショナリズムに重要なつながりの一部を断ち切る作用があるかもしれないことは考慮しておくべきでしょう。また、上下のつながりを重視したピラミッド型組織や、単なる分野横断的プロジェクトチームで、目指すイノベーションが達成できるのかも考え直してみる必要がありそうです。

加えて、ネットワーク構造への考慮は、研究開発成果を社会、市場に適用、普及させる場合にも重要になると考えられます。顧客のネットワークのどの部分にアプローチすべきか、普及を早めるにはどのポイントにどのような情報をどうやって伝えればよいのか、など、ネットワーク科学の知見を生かせる場面があるのではないでしょうか。もちろん、ネットワークの特性については研究途上であり、直ちに成果を実践に適用できるものではないかもしれませんが、市場から得られる組織の動きや情報の流れを、ネットワークという視点で捉えてみる必要があるのではないかと思います。今後、どのような研究成果が得られるのか、期待して注目していきたいと思います。

 

文献1Nicholas A. Christakis, James H. Fowler, 2009, ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー著、鬼澤忍訳、「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」、講談社、2010.

原著表題 Connected: The Surprising Power of Our Social Networks and How They Shape Our Lives -- How Your Friends' Friends' Friends Affect Everything You Feel, Think, and Do”

原著webページ:http://connectedthebook.com/

 

ノート改訂版:はじめに

このブログを始めて3年が経ちました。ブログを始めた理由については最初の記事で書いたとおり、メーカーの研究所に勤務する私が研究チームを率いていくうえで、チームと研究プロセスのマネジメントをどのように行えばよいのかに興味を持ち、まずは研究マネジメントに関する基本的な知識をまとめてみようと思ったのがそもそものきっかけです。その後、仕事が変わり、直接研究マネジメントを行なう立場ではなくなりましたが、マネジメントに関する知識をまとめて発表することで、それを後輩に役立ててもらえるかもしれないという思いと、さらに、自分でも研究マネジメントについてより深く知りたいという気持ちもあって、このブログをつづけてきました。

3年の間に多少知識が増えたこともあって、マネジメントについての考え方も少し変わってきたように思います。そこで、この機に今までノートとして発表してきた、研究マネジメントの基礎知識に関する記事の改訂を行なうことにしました。書いた内容を見直し、新たに得られた重要な知識を古い記事に追加することが改訂の主目的ですが、従来の知識や理論のまとめに加えて、私なりの考察も書いてみたいと思います。企業において実際に使う立場から研究マネジメントに関する知識のまとめを試みるという本ブログの基本的な立場は変えませんので、考察も場合によっては偏った、不十分なものになってしまうかもしれませんが、ひとつの考え方としてお受け取りいただければありがたいです。

なお、前回書いた全14回の構成および各記事のテーマは変えません。他の話題の合間に月1回程度の頻度でノート改訂版記事を書いていきたいと思います。

ノート(研究マネージャー基礎知識)改訂版の全体構成

研究開発活動の流れに沿って、以下の3つの部分に分けます。

I、研究テーマ(どんな研究に取り組むか)を決めるには何に注意してどのように行なうべきか

II、具体的な研究の進め方はどうあるべきか:研究に携わる人をどう扱い、どのような組織で、どのように運営管理すればよいのか

III、研究成果をどう活用し、発展させ、事業につなげるか

なお、ノート記事では、科学と技術の違いや、基礎研究と応用研究の違い、科学的発見から応用研究を経て実機化に至るプロセスの議論は省略します。研究マネジメントを体系的に考えるなら、これらの議論は必要かもしれませんが、現代の企業において研究を実践する立場から見ると単なる分類や形式的なプロセスの知識はあまり役に立たないように思います。実践的な立場をはっきりさせる意味もあって、使えない(ように思われる)議論にはあえて触れないことにしました。

技術マネジメントについては、丹羽氏によれば、

・「技術戦略を効果的に構築しようと…(中略)…いろいろな領域で多大な努力が傾けられている。しかし、概してそれらはまだ手探りの試行錯誤の状態にある。」[文献1p.iii]

・「技術経営分野の個別の領域での議論や著作はあるものの、全体が見通せる体系を提示した書籍は見当たらない」[文献1、p.iv]

とのことであり、近著でも、

・「高度技術社会に入り技術経営学が新しい経営学として必要とされているのにもかかわらず、技術経営学はその確立が途上であり、また、そのためもあって企業での応用展開も十分に進んでいない」[文献2、p.6

と述べられています。であれば、形式にとらわれる必要もないだろう、というのが私の思いでもあります。従って、本ブログの記事でも、例えば、基礎研究と応用研究の違い、技術(者)と研究(者)との違いなどの細かい点にはあまりこだわらずに大雑把な意味で使うことにしたいと思います。

しかし、研究開発とイノベーションの違いについては区別しておきたいと思います。イノベーションとは、研究開発などによって得られる技術的、科学的成果や様々なアイデアを社会に適用して新たな変化をもたらすもの、というのが私の考えですが、現代においては、研究開発とイノベーションは異なる意味を持っていると思います。例えば、いわゆる漸進的なイノベーションにおいては、研究開発の成果が比較的容易に社会に変化をもたらすことが多いですが、破壊的イノベーションやラディカルイノベーションでは、研究開発の成果がただちに社会の変化に結び付くとは限らず、技術以外の要因が深く関わってくることが多いのではないでしょうか。極端な場合には、新たな技術を必要としないイノベーションもあり得るでしょう。従って、技術はイノベーションの一構成要素と認識すべきであり、いわゆる研究開発もイノベーションにおいて行われる行為のひとつと考えたほうがよいのではないかと思います。

次回以降、各トピックスについて以前のノート記事の改訂をしていきたいと思いますが、その前に、ノート全体の総括の意味も含めて、最初の「考察」として研究マネジメントにおいて最も重視すべきことについて考えておきたいと思います。

考察:研究マネジメントにおいて最も重視すべきことは?

研究マネジメントにおいて最も重視すべきことは何でしょうか。現時点では、私は

・研究開発やイノベーションに携わる人が継続的に意欲を持ち続けられること

がその答えなのではないかと考えています。

ここで、研究開発やイノベーションに携わる人とは、技術的な開発を行なう研究者はもとより、研究開発成果を活用して(あるいは、用いなくてもよいですが)社会に影響を与えるイノベーションを創出することや、イノベーションのビジネスモデルを支えるすべての人を意味します。例えば経営層や、開発品を生産する工場の技術者や管理者、製品を販売する人々なども含みます。イノベーションを推進していくべき人々の意欲が高まりその意欲が維持できれば、彼らのより多くの能力の発揮が期待できます。それによってイノベーション成功の確率が高まるのではないかと思うのです。

なぜこのように考えるか、の理由には、現代のイノベーションにおける次のような背景があります。

・単純な思いつきでは成功しにくくなり、長期にわたる関係者の努力が必要とされること。

・専門分野が深く、狭くなっていること、複数の要素を組み合わせて新しいものを生む傾向が強まっていること、技術やアイデアをビジネスモデルの形に総合しないと社会の変化をもたらし得ないことのため、イノベーション実現には多くの人の協力と協働が必要とされること。

・時代の変化が速く、激しくなっているため、当初の計画を実行するだけでは不十分な場合が多く、計画変更ができる体制でなければならないこと。

つまりは、単に既定の方針を遂行する以上に、個人や組織に対する要求が高まっていると言えるでしょう。こうした背景のため、多くの関係者の高度でかつ継続的な能力の発揮が望まれ、そのためには意欲の維持が必要である、と考えることもできます。

具体的に、そうした意欲維持のためには、例えば、

・関係者の意思(価値観)統一、目標共有によって、誤解や不信に基づく意欲低下を防ぐこと

・意欲をもって挑戦できる課題を設定すること

・継続的に能力を発揮できる環境、協力的な環境を整備して意欲低下を防ぐこと

などが重要な課題となるでしょう。もちろん場合によっては、短期的な収益目標やインセンティブによって意欲を高めることは可能かもしれませんが、意欲が長期的に維持されること、さらに、多くの人に有効な方法でなければおそらく複雑で高度な課題には対応できないのではないかと思われます。

研究開発をどのように進め、イノベーションにつなげていけばよいかの具体的な方法については、各論の部で考えていきたいと思いますが、あらゆる課題に適用可能な定式化されたハウツーのようなものは確立されていないと考えるべきでしょう。イノベーションの課題が時代とともに変化することを考えれば、ひょっとすると決定版のような方法はそもそもあり得ないのかもしれません。であれば、理想の研究マネジメントの方法を追い求めるよりも、様々な方法について、その方法により関係者の意欲が高まるかどうかを判断基準として好悪を判断し、状況に応じてマネジメントをおこなっていくことの方が現実的なのではないでしょうか。例えば、収益をあげることを目的とするなら、イノベーションに関わる人々の収益に対する意欲を高め、能力を発揮できる環境を作ることができればよいわけです。もしある方策が、収益に結び付かなかったとすれば、その活動への意欲が低下し、その結果その活動は淘汰され、収益が上がる方向に進むのではないでしょうか。同様に成功の見込みが薄く、意義も小さなテーマではそれに対する多くの意欲は期待できないでしょう。意欲を管理することでこうしたテーマの淘汰も行なえると思います。すなわち、意欲の維持を基本に運営管理することで、進むべき方向は自ずと明らかとなり、結果も自ずとついてくるように思います。そもそも意欲を高めることは、個人および集団の高度な能力の発揮につながることが期待できます。さらに意欲の発揮度を基準に様々な施策の有効性を評価すれば臨機応変な施策の取捨選択が可能になるのではないでしょうか。このような理由から、複雑かつ不確実性の高い研究のマネジメントにおいて、最も重視すべきは「意欲の管理」なのではないか、というのが現在の私の仮説です。



文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2:丹羽清(編)、「技術経営の実践的研究」、東京大学出版会、2013.

ノート目次へのリンク







 


 


 

ビジネスモデル・ジェネレーション(オスターワルダー、ピニュール著)より

イノベーションの実現のためには技術だけでなく(場合によっては特異な技術がなくても)、収益を生み出すビジネスモデルが必要という認識はかなり広まってきたように思います。では、どうしたらよいビジネスモデルを生みだせるのでしょうか。今回はオスターワルダー、ピニュール著、「ビジネスモデル・ジェネレーション」[文献1]に基づいてその方法をまとめたいと思います。

本書によれば、「ビジネルモデルイノベーションとは、企業、顧客、そして社会のために、価値を生み出すこと」[p.5]とされ、著者らは「ビジネスモデルのイノベーションについてビジョナリー、イノベーター、挑戦者のために、実用的なガイドを作ろうと考えた」[p.5]としています。そのため本書は、テクニック紹介や事例が中心の内容となっていますが、本書に示された方法は、様々なビジネスモデルの事例分析にも裏付けられた応用範囲の広い方法のように思われました。以下、本書の構成にそって内容の要点をまとめます。

1、Canvasキャンバス:ビジネスモデルを記述、分析、デザインするツール

以下の9つの構築ブロックからなり、それぞれの要素を図にまとめて関係を視覚化することが推奨されています。

・顧客セグメント(Customer Segments: CS):誰のために価値を創造するのか、最も重要な顧客は誰かを決める。

・価値提案(Value Propositions: VP):どんな価値を提供するか、どんな問題解決を手助けするか、どんなニーズを満たすか、どんな製品とサービスを提供するか。

・チャネル(Channels: CH):顧客とどのようにコミュニケーションし、価値を届けるか。製品やサービスの、認知、評価、購入、提供、アフターサービスの方法も含めて考える。

・顧客との関係(Customer Relationships: CR):顧客はどんな関係を期待しているか。顧客とのどんな関係(獲得、維持、販売拡大)を期待するか。

・収益の流れ(Revenue Streams: R$):顧客はどんな価値にお金を払うか。どのように払うか。一見客による取引収益か、既存顧客の継続支払いか。価格メカニズムは。

・リソース(Key Resources: KR):価値を提案するのに必要なリソースは何か。

・主要活動(Key Activities: KA):価値提案に必要な主要活動は何か。

・パートナー(Key Partners: KP):主要なパートナー、サプライヤー。役割分担。

・コスト構造(Cost Structures: C$):運営にかかるすべてのコスト。コスト主導か価値主導か。

2、Patternsパターン:重要な5つのビジネスモデルパターンを取り上げて分析。パターンはこれに限られず、他のコンセプトに基づく新しいパターンも当然生まれてくると予想。

・アンバンドルビジネスモデル(Un-Bundling Business Models):3つの異なるビジネスタイプ(製品イノベーション、カスタマーリレーションシップマネジメント、インフラ管理)は異なる要素で動くため、対立やトレードオフが発生する。それをバラバラにするビジネスモデル。

・ロングテール(The Long Tail):他品種少量販売モデル。低い在庫コストとしっかりとしたプラットフォームが必要。

・マルチサイドプラットフォーム(Multi-Sided Platforms):複数の顧客グループをつなぎあわせる。他の顧客グループが同時に存在する場合にのみ価値が生まれる。例えば広告に基づくフリービジネスモデルなど。

・ビジネスモデルとしてのフリー戦略(FREE as a Business Model):少なくともひとつの顧客セグメントは無料オファーの恩恵を継続的に受けられる。広告に基づくフリー、フリーミアム(高度なサービスが有料、有料ユーザーが無料ユーザーを支える)、オープンソース(Linux活用など)、保険モデル、エサと釣り針(低価格や無料の導入提案による関連商品やサービスの継続購入)など。

・オープンビジネスモデル(Open Business Model):パートナーとの組織的コラボレーションにより価値を創造。P&Gのコネクトアンドディベロップメント、グラクソ・スミスクラインのパテントプール、コネクターとしてのInnoCentiveなど。

3、Designデザイン:ビジネスモデルをデザインするのに役立つテクニックを紹介。

・顧客インサイト:顧客の深い理解が必要。顧客の分類、環境や行動、関心、願望を理解するのに役立つ「共感マップ」(顧客が見るもの、聞くもの、感じること、行動、顧客の得るもの、痛みを分析)が有効。

・アイデア創造:ビジネスモデルのオプションを作る。一般的アプローチは、1)多様なメンバーによるチームづくり、2)顧客や技術、既存モデルの調査分析においてプロジェクトに熱中する、3)ビジネスモデルのアイデア出し(ブレインストーミングなど)、4)基準に基づくアイデアの絞り込み、5)プロトタイピング。

・ビジュアルシンキング:ビジネスモデルは様々な構築ブロックの相互関係によって成り立つため、図解しないと理解が難しい。ポストイットや絵を活用。

・プロトタイピング:ビジネスモデルを単に表現するものとしてだけではなく、ビジネスモデルの別の方向を探るのに役立つ思考ツールとして重要。ラフなアイデアを検討し、短時間のうちに破棄し、さまざまな可能性を試してみることがデザイン精神の特徴。

・ストーリーテリング:人はなじみのないモデルには抵抗を示すのが普通なので、具体的にわかりやすくビジネスモデルを説明するストーリーテリングによって、見慣れないものへの不信感を一時留保させる。アイデアを刺激したり、変化を正当化する効果もある。

・シナリオ:異なる顧客設定によるシナリオや、未来の競争環境を説明するシナリオを活用する。

4、Strategy戦略:ビジネスモデルのレンズを通じた戦略の再解釈。ビジネスモデルに対して建設的な質問を投げかけ、ビジネスモデルが機能する環境なのかを戦略的に調査する。以下の4つの戦略領域を検討。

・ビジネスモデル環境:1)市場における圧力(市場分析)、2)産業における圧力(競争分析)、3)重要なトレンド(未来予測)、4)マクロ経済の圧力を検討。

・ビジネスモデル評価:大局的な観点からのビジネスモデル評価と、SWOT分析による各構築ブロックの評価(それぞれの構築ブロック(Canvasの9つのブロック)についての、強み、弱み、機会、脅威の評価)を行なう。

・ブルーオーシャン戦略におけるビジネスモデル:1)どの要素を取り除くか、2)どの要素を減らすか、3)どの要素を増やすか、4)どの要素を付け加えるか、の視点で検討する。

・複数のビジネスモデル運営:特に既存のビジネスモデルを持つ企業において、新しいモデルをどう実行するかが問題になる。統合するか、分離するかは、1)衝突の深刻さ、2)戦略的類似性、3)リスクに基づいて考慮すべき。

5、Processプロセス:汎用的なビジネスモデルデザインのプロセスを提示。ビジネスモデルイノベーションの目的は、1)未解決のニーズを満たす、2)新技術、製品、サービスを導入する、3)市場を改善、変革する、4)新しい市場を作り出す。既存企業に特有の動機は、1)既存ビジネスモデルの危機、2)環境変化に対応した調整、改善、防御、3)新技術、製品、サービス導入、4)未来に備えたビジネスモデルの模索、テスト。デザインのプロセスは次の5つのフェーズからなる。

・リソースの結集:目的を決め、初期アイデアのテスト、計画立案、チーム結成を行なう。初期アイデアの過剰評価、既得権益との調整に注意。トップマネジメントの関与が望ましい。

・理解:環境調査、顧客の研究、専門家へのインタビュー、先行例の調査、アイデアと選択肢の収集を行なう。調査しすぎによる「分析への麻痺」に注意(進捗報告を怠らないように)。

・デザイン:ブレインストーミング、プロトタイプ、テストによりビジネスモデルの選択肢を考え、評価し、最善のものを選択する。大胆なアイデアを排除、抑圧しないように、アイデアに簡単に惚れこまないように、短期的な視野にならないよう注意。

・実行する:プロトタイプを実際に実行する。不確実性の管理、スポンサーの支援、新しいビジネスモデルに適した組織構造、コミュニケーション(社内キャンペーンなどが有効)に注意。

・管理する:ビジネスモデルを市場の反応に合わせて調整する。既存モデルの再考は継続的な活動となる。ビジネスモデルの寿命が急速に短くなっている現在の傾向、ビジネスモデルの連携、ポートフォリオ管理、環境変化、初心に帰ることを忘れないように注意。

なお、著者は、ビジネスモデルに合わせた報酬体系や、起業家メカニズム(裁量権の増大と、積極的で信頼のおける、前例にとらわれない人の活用)も指摘しています。

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おそらく本書の意義の第一は、上記のような考え方の枠組みを提示したことだと思います。もちろん、この方法が新たなビジネスモデルの創造のための唯一絶対のアプローチとは言えませんが、ビジネスモデルを考える際に考慮すべきポイントをまとめている点は実務家にとって非常に役立つのではないでしょうか。例えば本ブログでとりあげたジョンソンのビジネスモデルの考え方とも重なる部分があり、比較的偏りのない考え方がまとめられているように思います。さらに、現時点での重要なビジネスの考え方も考慮されていますし、最近話題の新しいビジネスモデルの分析が事例として取り上げられている点も考えるヒントとなるでしょう。まずは、議論や検討の出発点として本書の方法を取り入れてみる意義は大きいのではないでしょうか。

本書の9つの構築ブロックのうち、研究開発に特に関係が深いのは、価値提案(VP)とコスト構造(C$)でしょう。技術者としてはとかくイノベーションの技術的側面ばかりに注目しがちですが、本来は他の構築ブロックとの関係も意識して研究を進めるべきであるはずです。本書の方法によるビジネスモデルの整理により、業務の位置づけと連携のポイントがはっきりするのではないでしょうか。ビジネスモデルの要素間の相互関係を認識しやすくするツールとして、研究者にとってもCanvasは有用なように思います。さらに、このようなビジネスモデルの整理は、社内外の様々な部署やトップマネジメントとの意思疎通の際のプラットフォームとしても重要でしょう。ビジネスモデルというものを、単なる業務の進め方としてではなく、イノベーションの源としてとらえ、よりよいビジネスモデルを生み出せるようになることが今後実務家に求められていくことのように思います。実務家がこれをうまく使えるかどうかが、ビジネスモデルイノベーションの成功のカギなのかもしれません。


文献1:Alexander Osterwalder, Yves Pigneur、アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール著、小山龍介訳、「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書 ビジョナリー、イノベーターと挑戦者のためのハンドブック」、翔泳社、2012.

本書webページ:http://www.shoeisha.co.jp/biz/bmg/

原著表題”Business Model Generation, A Handbook for Visionaries, Game Changers, and Challenters”

(参考)

ビジネスモデルジェネレーションwebページ(Canvasのシートがあります)

http://www.businessmodelgeneration.com/

小山龍介氏(訳者)による解説

http://www.shoeisha.co.jp/biz/bmg/detail/37

参考リンク<2013.7.21追加>



 

 

 

科学の話題・目次(2013.3.10版)

「科学の話題」というカテゴリーでは、社会や企業活動、研究開発と関係のありそうな科学の話題について書いています。今までの記事の目次を再整理し、リンクの接続確認や追加を行ないました。大雑把な話題ごとにまとめています。なお、容量の関係から、目次は表題とリンクのみとし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割しています。前回目次(2012.9.2)はこちら。

その1・・・要約入りはこちら

科学研究の動向

「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2012より2012.2.5)、参考リンク

「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2011より2011.2.6)、参考リンクは上と同じ

論文から見た各国の科学力比較2011.1.16)、参考リンク

科学と社会

科学と倫理(今道友信著「エコエティカ」より)2013.1.27)、参考リンク

「もうダマされないための『科学』講義」-科学でダマし、ダマされる状況について考える2012.1.22)、参考リンク

科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション2011.7.18)、参考リンク

技術で仕事はどう変わる?2011.8.21)、参考リンク

理系と文系、とイノベーション2011.5.1)、参考リンク

「科学嫌いが日本を滅ぼす」(竹内薫著)感想2012.10.21)、参考リンク

「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)2011.2.27)、参考リンク

「不完全な時代――科学と感情の間で」感想2012.3.4)、参考リンク

「科学との正しい付き合い方」感想 (科学者とそれ以外の人との付き合い方?について)2010.11.21)、参考リンク

動的平衡2010.10.31)、参考リンク

研究開発事例

1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」2011.12.25)、参考リンク

2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)2010.12.5)、参考リンクは上と同じ

研究マネジメント事例

祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授2010.10.11)、参考リンク

iPS細胞研究に見る研究の進め方雑感2011.12.11)、参考リンク

MITメディアラボの研究マネジメント考2012.12.31)、参考リンク

研究の方法

シチズンサイエンス考2012.7.1)、参考リンク

ロボットに研究ができるなら2011.4.3)、参考リンク

その2・・・要約入りはこちら

科学哲学関連

「理性の限界」「知性の限界」2011.9.19)、参考リンク

「感性の限界」(高橋昌一郎著)より2012.11.11)、参考リンクは上と同じ

科学哲学の使い方(「理系人に役立つ科学哲学」感想)2011.10.10)、参考リンク

「なぜ科学を語ってすれ違うのか」に学ぶ2011.11.6)、参考リンク

「テクノロジーとイノベーション」感想2012.4.1)、参考リンク

判断、予測、複雑系周辺

いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)2012.7.29)、参考リンク

科学的判断の受け入れ(「代替医療のトリック」感想)2012.9.23)、参考リンク

多様性の意義(スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」より)2013.2.24)、参考リンク

複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)2012.6.10)、参考リンク

関連記事

意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)2012.10.28)、参考リンク

複雑系経営(?)の効果2012.5.6)、参考リンク

ヒトの行動、社会、進化

「ヒトは環境を壊す動物である」感想2010.12.26)、参考リンク

「利他学」(小田亮著)より2012.12.2)、参考リンク

進化心理学からの示唆(「友達の数は何人?」ロビン・ダンバー著)より2012.8.26)、参考リンク

「働かないアリに意義がある」感想2012.4.22)、参考リンク

利他性と協力2012.5.13)、参考リンク




 

 

 

協力と支援(シャイン著「人を助けるとはどういうことか」より)

現代の研究開発においては、個人の能力のみならず、他者との「協力」が必要不可欠といってよいでしょう。しかし、そもそも「協力」とはどういう行為なのでしょうか。どうやったら協力がうまく進められるのでしょうか。一般には、「協力」とは、力を合わせて何かを行なうことなのでしょうが、その中には、自分ひとりではできないことを誰かに助けてもらうこと、すなわち「支援」という関係も含まれるように思います。そこで、今回は、「支援」について、シャイン著、「人を助けるとはどういうことか」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

本書について著者は、「支援とは複雑な現象だ。役に立つ支援と、役に立たない支援とがある。本書はこの両者の違いを明らかにする目的で書かれている。[p.22]」として、支援に関係する感情的なダイナミクスや効果的な支援の方法を解説しています。著者によれば、「成果をあげるチームとは、各メンバーが自分の役割を適切に果たすことによって、ほかのメンバーを助けているチームだと定義できるだろう。・・・チームワークの本質とは、すべてのメンバーにおける相互の支援を発達させ、持続させるということだ。[p.177]」とのことですので、「支援」を考えることは「協力」や「チーム」を考えることにもつながるのではないでしょうか。以下、本書の構成に従って、その内容をまとめてみます。

1、人を助けるとはどういうことかWhat Is Help?

支援にはさまざまな形がある。支援に対する報酬のやりとりを含むもの(公式、準公式)や、「マナーや、礼儀正しい態度というルール、倫理や道徳にかなったと行動と考えるものの一部」(非公式)であることもある。いずれにせよ人間関係が関与し、文化的なルールも影響する。[p.22-33

2、経済と演劇Economics and Theater: The Essence of Relationships):人間関係における究極のルール

人生の早い時期に学ぶ2つの文化的原則として、1)相互関係を公平で適正なものにすること(「人はあらゆる人間関係で返礼を期待している[p.36]」、2)自分の役割を演じなければならないこと、がある。社会的経済学(「人間関係、集団などにおけるより広義の交換、たとえば、いたわりと感謝、貢献と面子の交換などを含む[p.253監訳者解説]」)の立場からは、支援もやりとりされるもののひとつと理解される。

3、成功する支援関係とは?(The Inequalities and Ambiguities of the Helping Relationship

「支援する状況とは本質的に不釣り合いで、役割が曖昧なものである。感情的、社会的に見れば、支援を求めた場合、人は『一段低い位置(One Down)』に身を置くことになる。[p.64]」。それにより、助けを求める側には「感情的な反応を引き起こす、落ち着かなくて不安な状況が生まれる[p.76]」。その結果、例えば不信(真の問題を隠すこともある)、安堵と過剰依存、支援の代わりに注目などを求める、憤慨したり防衛的になる、過去の経験に基づいて結果を判断する、などの問題が発生する。支援者の側には、一段高い位置にいることによって、時期尚早に知恵を与える、圧力をかける、依存に応えてしまう、権力を持つ、距離を置きすぎる、過去の経験に基づいて結果を判断する、などの問題が発生する。[p.70-85

4、支援の種類Helping as Theater: Three Kinds of Helping Roles

支援者が選べる役割は次の3つ[p.98]。

1)情報やサービスを提供する専門家

2)診断して、処方箋を出す医師

3)公平な関係を築き、どんな支援が必要か明らかにするプロセス・コンサルタント

「初めのうちはクライアントも支援者も、現状についてさまざまな点で無知であるし、互いの関係は不平衡な状態だ。・・・プロセス・コンサルタントの役割から始めれば、均衡した立場を実現するのがきわめて容易だろう。・・・ある程度の信頼が築かれて初めて、正確な情報が得られるようになり、その結果、専門家や医師の役割に移行できる[p.112-113]」。状況に内在する無知を取り除くこと、初期段階における立場上の格差を縮めること、認識された問題にとって、さらにどんな役割をとるのが最適かを見極めること、が実行されなければならない[p.113]。

5、控えめな問いかけHumble Inquiry: The Key to Building and Maintaining the Helping Relationship):支援関係を築き維持するための鍵

次のような控えめな質問のプロセスにより、支援関係における問題をはらんだダイナミクスを改善できる。1)クライアントに主導権を握らせ続け、自分のために問題を能動的に解決する立場を取り戻せるようにする、2)ある程度まで自分のジレンマを自力で解決できるという自信を与える、3)クライアントと支援者が協力できるように、なるべく多くのデータを明らかにする。次の4レベルの質問が可能。[p.141-142

1)純粋な問いかけ――クライアントの話だけに集中する

2)診断的な問いかけ――感情や、原因分析、行動の代替案を引き出す

3)対決的な問いかけ――現状について支援者自身の見解をもたらす

4)プロセス指向型の問いかけ――クライアントに支援者との即座の相互関係に専念させる

「重要なのは、その関係においてクライアントがもはや一段低い位置にいることを感じていないという、支援者の評価」

6、「問いかけ」を活用するApplying the Inquiry Process

6つの事例解説。

7、チームワークの本質とは?(Teamwork as Perpetual Reciprocal Helping

「チームワークの本質とは、すべてのメンバーにおける相互の支援を発展させ、持続させるということだ。[p.177]」。初めのうち、リーダーはプロセス・コンサルタントとして機能しなければならない。そしてメンバーが次の問題について安心感が得られるような状況を作りだすべきである。1)自分の役割は何か、自分はどんな人間になればよいのか、2)どれくらいのコントロール、影響を及ぼすことになるのか、3)自分の目標、要求を果たすことができるか、4)グループの人々はどれくらい親しくなるか[p.180]。「一般的にフィードバックは、求められたものでない場合は有益とは言えない[p.195]。」「フィードバックは次のような条件で、最良の状態で働くだろう。強要されるのではなく、自ら求めたもので、具体的かつ明確であり、共通の目的に適合していて、評価的なものというよりは説明的なものである場合、ということだ[p.198]。」「フィードバックを容易にする学習環境を作り出すため、控えめなリーダーシップが求められる。リーダーは地位や役割の問題を解決するためにグループからの助力を受け入れねばならない。このプロセスが機能し続けるように、正規のリーダーやグループの全メンバーは、互いの面目を保つという規範に敬意を払うべきである。[p.205]」

8、支援するリーダーと組織というクライアントHelping Leaders and Organizational Clients

「成果をあげるチームワークの核が支援であるように、変革のマネジメントでも支援は重要なプロセス[p.210]。」「リーダーシップの重要な側面は、支援を受け入れる能力と、組織のほかの人間に支援を与える能力である[p.228]」。「リーダーシップを定義する一つの方法は、目標設定のプロセスと、そうした目標を達成するために他人(部下)を支援することの両方だと言える[p.228]」。

9、支援関係における7つの原則とコツPrinciples and Tips

最後に、本書の副題にもある7つの原則をまとめておきます。

原則1、与える側も受け入れる側も用意ができているとき、効果的な支援が生じる:自分の感情と意図をよく調べる。相互依存についての文化的ルールは明確である。努力が受け入れられなくても腹を立てない。

原則2、支援関係が公平なものだと見なされたとき、効果的な支援が生まれる:支援を求める人は気まずい思いをしている。本当の望みは何か、どうすれば最高の支援ができるかを尋ねる。フィードバックの機会を探す。

原則3、支援者が適切な支援の役割を果たしているとき、支援は効果的に行われる:どんな形の支援か。演じている役割が役に立つか。

原則4、あなたの言動のすべてが、人間関係の将来を決定づける介入である:あらゆる行動がメッセージを伝えている。フィードバックは記述的に、判断は最小限に。励ましは最小限に。修正は最小限に。

原則5、効果的な支援は純粋な問いかけとともに始まる:経験に基づく偏見や予想、期待はできるだけ止める。鍵となるのは『自分の無知に気づく』こと。

原則6、問題を抱えている当事者(オーナー)はクライアントである:話の内容に惹かれないように(プロセス・コンサルタントが難しくなる)。クライアントに選択肢を与える。

原則7、すべての答えを得ることはできない:問題を分かち合うように。

なお、本書には監訳者の金井壽宏氏による詳細な解説がついています。「人を助けるにはどうしたらいいのか。プロセス・コンサルテーションと呼ばれる支援の方法は、この問いへのシャイン先生一流の持論[p.252]」ということであり、その思想の背景なども述べられていて、この方法が単に経験のみに基づくハウツーではないことがわかり参考になります。

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「支援する人」というと、企業の実務的には、コンサルタントなどが思い浮かびます。実際、本書もコンサルタントの活動を念頭に置いた部分が多いように思いますが、本書にも書かれているとおり、支援のプロセスは広い範囲の人間関係において発生していると考えるべきでしょう。研究開発においても、例えば、生産現場の支援を研究部隊が行なうこともあるでしょう。さらに、ラボでの研究成果を実機に展開しようとする場合にも、支援あるいは協力という関係が発生すると思います。研究ではなくても業務プロセスの改善なども、支援と言えるでしょう。しか実際には、そうした改善の実用化がうまく進まない事例(理屈で考えれば優れた方法であっても)はよく耳にします。また、導入したもののしばらくすると捨てられてしまうことも起こります。そんな時、支援(技術や情報の提供も含む)を行なう側、受ける側の心理的側面を重視した本書の視点はかなり役に立つと言えるのではないでしょうか。

技術者は、人ではなくモノや情報を扱うことが多い仕事ですし、また、論理に頼る判断を重視することが多いこともあって、本書の「4、支援の種類」で述べられた支援者のうち専門家や医師に近い役割をつい演じてしまいがちだと思います。確かに、少ない労力で支援しようとすれば、最初に結論を強制することが有効という考え方もあるでしょうが、それが受け入れられ継続的に使用されるのか、ということまで考えると著者の言うプロセス・コンサルテーションの意味をよく考える必要があるのではないでしょうか。技術も、一般の支援と同じく、それを受け入れて使うのは「人」ですし、使い続けることに意味があることも多いわけですから、研究の普及、技術移転という観点からも著者の言う「支援」の観点は重要でしょう。研究組織のマネジメントにおいて、協力やチームワークだけでなく、様々な状況に応用できる考え方であるような気がします。


文献1:Edgar H. Schein, 2009、エドガー・H・シャイン著、金井真弓訳、「人を助けるとはどういうことか 本当の協力関係をつくる7つの原則」、英治出版、20092011第2版、訳文一部修正)

原著表題”HELPING, How to Offer, Give, and Receive Help, Understanding Effective Dynamics in One-to-One, Group, and Organizational Relationships”


参考リンク<2013.8.18追加>

 

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