研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2013年06月

戦略策定の科学的アプローチ

どんな研究に取り組み、どう研究を進めるか、戦略的な考え方は研究マネジメントにおいても重要です。しかし、従来の戦略立案手法は、研究の実務においては必ずしも使いやすいとはいえないと思います。それは、戦略の議論が、研究の不確実性や試行錯誤的、創発的アプローチとなじまないように思われることが主な理由ですが、今回は、アラン・ラフリー、ロジャー・マーティンらによる論文「独創的な戦略を科学的に策定する」[文献1]で提示されている戦略構築の新しい考え方をまとめておきたいと思います。

著者らはまず、「従来型の戦略立案は、実は科学的でない」と述べています。従来型の手法では、科学的手法の特徴である「厳密な分析」は確かに行なわれているが、科学的手法で欠かせない「斬新な仮説を設け、独自の検証方法を慎重に検討すること」がたいていはなされていないためで、戦略立案にこのような科学的手法を取り入れることが必要としています。加えて、本論文では具体的な進め方についても述べられていて、実践的にも役立つ内容になっていると思いました。これは、共著者のラフリーが前プロクター・アンド・ギャンブルの会長兼CEOであることにも関係があるかもしれませんが、従来の戦略論への批判の意味も含まれているのでしょう。以下、本論文の内容である戦略立案の7つのステップをまとめます。

ステップ1:問題点より選択肢に目を向けるMove from Issues to Choice

「従来の戦略立案は・・・問題点に焦点を当てがちだった。このようなやり方をしている限りは、打開策の洗い出しよりも、問題点を取り巻いているデータ調査を優先させてしまうという罠に陥るだろう。この罠を避けるシンプルな方法は、問題点の打開につながりそうな、2つの異なる選択肢を考えることだ。何らかの選択肢に着目すると、問題点の説明や分析よりも『次に何をすべきか』という探究心や情熱が生まれる。」「我々が提唱するシナリオ・ベースの(possibilities-based)手法は、『自分たちの組織は選択を迫られており、選択には帰結が伴う』という気づきから出発する。」

ステップ2:戦略シナリオを導き出すGenerate Strategic Possibilities

「選択に迫られていることに気づくと、考慮すべき多様なシナリオに目が向く。」「シナリオとは要するに、自社の成功プロセスを描いたバラ色のストーリーである。」「それは一貫した論理に沿うべきだが、・・・『うまくいくのではないか』と思えさえすれば、それでよい」。「戦略立案チームは、以下の3点を詳しく説明すべきだと我々は考える。①どのような優位性を手に入れる(あるいは活かす)のか、その優位性をどの対象に当てはめるのか、③対象領域で狙い通りの優位性を実現するために、バリューチェーン上のどの活動をテコにするのか、である。」「1つ確かなことは、複数のシナリオを想定しなくてはいけないということだ。さもないと『選択を迫られている』という意識が芽生えず、戦略立案のプロセスが始動しない。1つのシナリオを分析しただけでは、最適な行動は引き出せない。いや、それどころか何の行動も生まれないのだ。」「シナリオを抜き出す際には、現状と規定路線も検討すべきだ。」

「戦略シナリオを導き出すために、チームは専門分野や経歴を多様な人材で構成すべきである。」「シナリオをひねり出すには何より創造性が物を言う。・・・以下の3つの問いを探究することが有効ではないかと考えている。」

1)内から外への問い:自社の資産や能力、次に外部環境を探る。得意分野、評価されている分野。

2)外から内への問い:市場の隙間を探す。

3)遠く離れている外から内への問い:類推による推論(analogical reasoning)。どうすれば、この市場でグーグル、アップル、ウォルマートのような存在になれるか。

「検討を深める価値のあるシナリオだと(よいシナリオ群を想定できたかを)判断するには、以下の2つの条件が成り立つことが確認できれば十分だ。」

1)現状がすばらしいものに思えてはいけない。

2)多くのチーム・メンバーが不安になる(現状との乖離、実現性の面で)ようなシナリオも欠かせない(少なくとも1つは)。

ステップ3:成功への条件を明確にするSpecify the Conditions for Success

「それぞれのシナリオが魅力的な選択肢であるためには、外せない条件とは何か、を明確にすること。」「何が真かを議論することではない。」「『どの条件が真か』に焦点を当ててしまうと、検討中のシナリオに強い疑いを持つメンバーが、何とかゴミ箱行きにしようと、激しい批判を展開するだろう。」

条件リストアップのためのフレームワークとしては、業界(セグメンテーション、業界構造)、顧客価値(販売チャネル、消費者)、ビジネスモデル(ケイパビリティ、コスト)、競合、に着目するものが挙げられます。

ステップ3は、条件のリストアップ、リストの中身の取捨選択の2段階の議論で進めます。この時、検討メンバーに、『もし以上の条件がすべて満たされたら、このシナリオに賛同しますか?』と問いかけ、「どのような条件が成り立てば、検討対象のシナリオに、チーム全員の頭とハートで賛同するのかを探り出す」ことが必要とされています。リストの中身の取捨選択の段階では、「あってもよい条件」ではなく「必須の条件」を選び出さなければなりません。

ステップ4:難条件を見極めるIdentify the Barriers to Choice

それぞれのシナリオについて「最も成り立ちそうもない条件を抜き出す。」「『成り立たないのではないか』と強く懸念されるものが、大きい順に2つか3つ並んだら、理想的なアウトプットができあがったといえる。」「懸念を持つ人が一人でもいる限りは、その条件をリストに載せておくべきである。さもないと、その条件に懸念を持つ人は、最終分析を軽く扱うことになる。一人ひとりの懸念を聞き出して真剣に受け止めれば、全員が検討プロセスとその結果を信頼するはずだ。」

ステップ5:難条件の検証を準備するDesign Tests for the Barrier Conditions

「次はその難条件を打破できるかどうかを個々に検証する」。このとき、「検証方法の検討と実行は、検証対象の難条件に最も強く懸念を抱くメンバーを中心に進めるのが望ましい。そのような人物は一般に、だれよりも判断基準が厳しいから、検証の末に『この難条件は突破できる』と見なせば、他の全員も納得するはずである。」

ステップ6:検証作業を行うConduct the Tests

「懸念の大きな順、つまり『突破できそうもない』という見方が最も強い難条件から検証していく。」「最初の難条件を通過したら、続いて、次に懸念の大きい難条件の検証に移り、以後もこの作業を繰り返していく。」「最初の難条件を検証したところで懸念が正しいと判明したら、他の難条件について検証するまでもなく、シナリオをお蔵入りにできる。」検証にはコストと時間がかかるため、このようにすれば経営資源を節約できる。また、検証の過程で、高い成果につながる奇抜な戦略を生む可能性もある。

ステップ7:戦略を決めるMake the Choice

「シナリオ・ベースの手法では、結論を出すのはあまりに簡単で拍子抜けするほどである。分析に基づく検証結果を振り返り、深刻な隘路が最も少ないシナリオを選べば、それで完了である。」

シナリオ・ベースの戦略策定に必要な根本的発想転換

1)「『どうすべきか』という問いを封印して、代わりに『何ができるだろうか』という表現を用いなくてはいけない。」

2)「『正しいのは何か』から『何を正しいと考えなくてはいけないか』への発想転換を迫られる。」

3)「マネジャーも『何が正しい答えか』ではなく、『何が正しい問いか。優れた判断を下すには、具体的に何がわかっている必要があるか』に意識を向けなくてはならない。

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本論文に述べられた手法の特徴を一言で言うなら、仮説を立ててそれを検証するというプロセス(これが「科学的手法」の意味)を戦略策定に導入している点と言えると思います。これに対し、従来の方法では多くの場合、企業の進むべき方向は、経営幹部が調査分析や論理的推論、直感を基に(あるいはボトムアップのアイデアであっても幹部が判断して)決め、その実現に向かって社員が実行していくというアプローチになるでしょう(もちろん、修正することはあるでしょうが)。本論文のアプローチでは、より多くの要因が考慮されるため、決定までには時間がかかるかもしれませんが、決定の精度は向上するはずです。また、決定のタイミングを遅らせることによって、状況の変化にも対応しやすくなっていると言えるのではないでしょうか。特に、不確実性の高い状況での戦略策定においては、このような方法が適していると思われます。

さらにこの方法の副次的な特徴として、社内の意思統一がしやすくなり、協力体制を構築する効果もあると思います。本論文の方法では、戦略策定のプロセスにおいて、検討グループからの意見を吸い上げてそれを検討させ、成功への条件がクリアされればプロジェクトに反対できないようにしていますが、この方法により、社内の意見の対立や社内折衝が減らせ、また分担や協力がうまく行えるのであれば、戦略の方向性の決定に時間がかかることを補っても余りある効果が得られるように思います。

研究の立場からは、今までのトップダウンの戦略策定よりは明らかに仕事がしやすくなると言えるでしょう。研究者にとっては、自らが扱う仕事が不確実なものであるにもかかわらず、研究提案や方針説明の際は、内容を明確にすることが求められ、それがジレンマになっていた面があります。もちろん事前の分析や推論によって不確実性が解消できればそれにこしたことはないのですが、必ずしもそれが可能とは限りません。そんな時に必要以上の明確性(多くは希望的願望にすぎません)が求められると、研究者にとっても戦略を立案する立場の経営陣にとっても十分な納得感が得られなくなる場合があります。それに対し、本論文の方法なら不確実な状況が扱い易くなると思われますので、こうした提案の意味は大きいのではないでしょうか。もちろん、今回述べられた方法が唯一絶対の方法ではなく、今後様々に改善されていくとは思いますが、将来的にはこうした考え方が、不確実性の高いイノベーションを達成していくための標準的な方法になることも考えられると思います。こうした方法の有効性が実証されることを期待し、今後の発展にも注目していきたいと思います。


文献1:A.G. Lafley, Roger L. Martin, Jan W. Rivkin, Nicolai Siggelkow、アラン・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン、ジャン・W・リブキン、ニコライ・シゲルコ著、有賀裕子訳、「独創的な戦略を科学的に策定する あらゆる選択肢から検証する7つのステップ」、Diamond Harvard Business Review, Jan. 2013, p.80.

原題:Bringing Science to the Art of Strategy, Harvard Business Review, Sep. 2012.

参考リンク<2013.7.21追加>



 

 

 

ノート記事目次(2013.6.23改訂版)

本ブログも3年目に入り、ノート記事の改訂を進めています。改訂版ではそれぞれの記事に関連する考察も加えています。

関連記事も入れた目次は、容量の関係でその1その2に分割して別ページとしました。

前回の目次(2012.12.16)はこちら


ノート記事改訂版(2013-

はじめに2013.3.24):旧版(2010.3.21)はこちら

 本ブログの趣旨、ノート記事の全体構成などについて書きました。研究マネジメントにおいて最も重要なことは意欲の管理だと思います。


ノート1:どんな研究が必要なのか2013.4.21)、旧版(2010.3.22)はこちら

 ポイント:企業にとってイノベーションは重要。技術はイノベーションの一要素。研究は情報を生んでいる。

 キーワード:創造的破壊、Shumpeter、アイデア、イノベーション

参考リンク


ノート2:研究の不確実性をどう考えるか2013.5.19)、旧版(2010.3.27)はこちら

 ポイント:研究は不確実。その認識がマネジメントには必要。不確実性のマネジメントでは多様性、協力、知的相互作用、自律性)、リスク分散、柔軟性が鍵か。

 キーワード:意思決定理論、確定性、リスク、不確実性、錬金術、セレンディピティー、創発的プロセス、未来予測、複雑系

参考リンク


ノート3:研究と競争相手2013.6.16)、旧版(2010.4.3)はこちら

 ポイント:競争相手の存在を忘れないようにすること、その動向を予測することの重要性。競争を避ける戦略。

 キーワード:技術の普遍性、競争、Porter、ブルーオーシャン戦略、不均等の意欲、セレンディピティー

参考リンク


以下の記事は2010年掲載、今後順次改訂予定です。

ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定2010.4.10

 ポイント:イノベーションの企業活動への影響認識が重要(特に破壊的イノベーション)。

 キーワード:破壊的イノベーション、持続的イノベーション、Christensen、ブルーオーシャン戦略、コンプレックスシステム、ボリュームオペレーション、コア

参考リンク


ノート5:研究部門に求められるテーマ2010.4.17

 ポイント:研究にはイノベーション以外にも様々な業務が求められる。

 キーワード:未知、既存、頭を使う、体を使う、中核事業の安定、オープンイノベーション、10年ルール、宣伝、信用度

参考リンク


ノート6:研究部門が実施したいテーマ2010.4.24

 ポイント:シーズ志向、セレンディピティーの重要性。

 キーワード:シーズ志向、ニーズ志向、暗黙知、形式知、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、レディネスギャップ、偽セレンディピティー、真のセレンディピティー

参考リンク


ノート7:研究者の活性化2010.5.1

 ポイント:モチベーション理論、エンパワーメントのまとめ。

 キーワード:機能人、経済人、Maslow、欲求段階理論、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求、X理論、Y理論、動機づけ要因、衛生要因、内発的動機づけ、欲求説、過程説、期待理論、誘意性、達成動機理論、エンパワーメント

参考リンク


ノート8:研究者の適性と最適配置2010.5.8

 ポイント:研究に求められる様々な仕事と研究者の適性のマッチングが重要。

 キーワード:適性、認知スタイル、行動類型、人を選んでから目的を考える

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ノート9:研究組織の構造2010.5.15

 ポイント:イノベーションのための組織は固定的、定型的でない方がよいのでは?。

 キーワード:機能組織、タスクフォース、階層性、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、ネットワーク組織、破壊的イノベーション、小さな組織

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ノート10:研究組織の望ましい特性と運営2010.5.22

 ポイント:重要な要素は、ビジョン、多様性、コミュニケーション、自律性。

 キーワード:組織的知識創造、自律性、ゆらぎと創造的カオス、冗長性、最小有効多様性、ビジョン、針鼠の概念、コミュニケーション、弱い絆、公正なプロセス

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ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割2010.5.29

 ポイント:環境整備、仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、育成、ロールモデルが重要。

 キーワード:仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、ゲートキーパー、育成、経験、ロールモデル

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ノート12:研究プロジェクトの運営管理2010.6.5

 ポイント:計画よりも上手く実行することが重要。定型的な運営は難しいのでは?。

 キーワード:計画、戦略、創発的戦略、評価、方向転換、変化のスピード、心のエネルギー

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ノート13:研究成果の活用2010.6.12

 ポイント:技術的な価値だけでは技術は普及しない。受け入れられるプロセスの理解が必要。

 キーワード:イノベーション普及、相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性、再発明、持続可能性、採用、選択的エクスポージャー、ハウツー知識、原理的知識、採用者カテゴリー、イノベータ、初期採用者、ラガード、革新性、能力信頼性、無難信頼性

参考リンク


ノート14:研究成果の転用2010.6.19

 ポイント:知識としての研究成果の活用も重要。知識創造、ナレッジマネジメントの可能性。

 キーワード:特許、組織的知識創造、知識変換、知識移転、ナレッジマネジメント

参考リンク



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノート3改訂版:研究と競争相手

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

1.1研究活動における基本的な注意点

1)研究の必要性ノート1

2)研究の不確実性ノート2

3)研究と競争相手

研究を考える上で重要な基本的事項の3点目として、研究における競争相手の存在を挙げておきたいと思います。

企業活動においては他社との競争が日常的に発生しますので、本来は競争相手の動向に応じて自らの戦略を立てるべきであるはずです。しかし、研究開発を行なっているとつい競争相手への注意が疎かになることがあります。もちろんその結果として何ら問題が発生しなければかまわないわけですが、実際には不利益を生む場合もあります。

現代科学技術の特徴として丹羽は技術の普遍性を挙げています[文献1、p.11]。ここでいう普遍性とは、産業革命後、技術知識の体系化と公開化が進んだことにより、技術が広く世界中で高度に発展し普及するようになった[文献2、第3章(文献1、p.12]ことにより、技術が時間や空間の制約を超えて、世界万民に等しく開かれた状態となっていることを指しており、技術が普遍的であるということは、世界中の大学や企業研究所などで同じような技術の研究や開発が実施されている可能性が高いことを意味している[文献1p.12]、とされています。世界中で、というのはややおおげさなような気もしますが、少なくとも業界の先端に近い研究機関では、あちこちで同じような課題に取り組んでいることは実際によくあることで、似たような研究が似たような時期に独立に発表されるという例は、現代に限らず多く存在します。最近は世界全体の技術力の向上とともにコミュニケーションの発達もあって、このような競争状態はさらに起きやすくなっているのではないでしょうか。今回は、こうした状況下でイノベーションを進めるにあたってどのようなことに注意する必要があるかについて考えてみたいと思います。

例えば、何かのアイデアを思いついたとします。先行文献、特許を調べても同じアイデアは存在していないようです。この時、以下の3つの可能性が考えられるでしょう。

①今までにそのアイデアを思いついた人はいない(全く新規なアイデアである)

②今まさに他の研究グループで同じアイデアの研究が行なわれているが、まだ発表されていない。

③過去に同じアイデアを誰かが試してみたが、何らかの理由で発表されていない。

①の場合、非常に好ましいわけですが、残念ながら②と③でない、と断言することができないのが普通です。というのは、イノベーションが未知のことへの挑戦である以上、情報は十分には得られないのが普通だからです。(もちろん、①であったとしても、ノート2で述べたようにそれが好ましい結果につながるかどうかは不確実です。)

問題なのは②と③の場合で、②の場合には当然のことながら競争相手の動向に注意が必要になります(そのかわり、競争相手も狙っている、ということは①の場合よりも技術の成功確率は高いと考えられるかもしれません)。③の場合は、なぜ発表されていないかを考えてみる必要があります。可能性は2通り、誰かがそのアイデアを有効に活用しているがそれを秘密にしている場合と、試してみたがうまくいかなくてあきらめた場合となります。これらは至極当たり前のことなのですが、注意しなければならないのは、自分が思いついたアイデアについては、えてして①と思い込みがちなことで、その結果、開発に手をつけてから②か③であることがわかって開発戦略の見直しを迫られるということがあります。こうした見込み違いを完全に防止することは困難でしょうが、上記のような可能性があることを心がけておけば、的確な対応はしやすくなるものと思われます。

このような他社との「競争」の状態を理解するためには、ポーターの枠組みを利用するのが一般的な手法でしょう。競争を駆動する5つの力として、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況を考え、それらに基づく機会と脅威を考慮して戦略を構築する[文献3、(文献4、p.93]という考え方は重要なものではありますが、こうした分析を実行しようとすると、各々の力に関する情報が必要となります。しかし、イノベーションを扱う場合、それ自身が不確定、流動的であったり、情報が公表されていない場合があるため、ポーターの枠組みが十分に利用できないこともあると思われます。イノベーションにおける競争を考える場合には、戦略構築のための外部の情報が少ない状況での判断が求められるわけです。

ただし、確かな情報はなくとも、競争相手の動向はある程度は推定できます。具体的には以下の2つのポイントを考えてみればよいと思われます。

・あるアイデアに必要な技術要素、資源が他社、あるいは過去において入手可能か

・あるアイデアを実現しようとするニーズが他社、あるいは過去において存在するか(したか)

もし、上記の両方ともがYesならば、他社も現在または過去に同じアイデアについて研究している可能性があると考えた方がよいでしょう。資源があり、ニーズがあるのに何もしていないということは考えにくいです。言い換えれば、他社(過去)にない要素技術、資源を用いているもの、他社(過去)にはないニーズに基づいたアイデアは自分たちのオリジナル(つまり上記の①)である可能性が比較的高い、と言えるのではないでしょうか。上記の2つのポイントの答えももちろん推定の域を出ないわけですが、他社におけるアイデア実行の有無そのものを推定するよりは易しいと思います。

このような競争相手の動向は、予測しにくいという意味でノート2で述べたイノベーションの不確実性の一部と考えることもできます。しかし、心がけてさえいれば、競争相手に伴う不確実性は、物や現象に伴う不確実性よりも予想しやすいのではないでしょうか。

以上のような競争相手の存在可能性について注意を払い、その動向を予測していれば、他社に出し抜かれる可能性について備えることができるし、他社と同じ失敗を繰り返すことによる痛手を軽いものにできると思われます。イノベーション実現という未来予測を当てる確率を高めるために、競争相手の存在を考えておくことは、重要なチェックポイントのひとつになると考えられます。

考察:競争を避けるには

上記の議論では、競争相手(実際に競争状態にあるかどうかに関わらず、同じようなことを考えているライバルも含めて)の存在を忘れないようにすること、その動向を予測することの重要性を述べました。しかし、競争を避けることができればより戦略的には有利です。

競争を避けようとする考え方としては「ブルー・オーシャン戦略」[文献5]が挙げられます。ブルー・オーシャン戦略は必ずしも研究開発を対象にしたものではありませんが、1)市場の境界を引き直す、2)細かい数字は忘れ、森を見る、3)新たな需要を掘り起こす、4)正しい順序で戦略を考える、5)組織面のハードルを乗り越える、6)実行を見すえて戦略を立てる、という6つの原則[文献5、p.43]により、競争のない未知の市場空間を開拓することによって、競争を無意味にする[文献5、p.31]ことを目指しています。もちろん、研究においてもこの概念は役に立つとは思いますが、この戦略も上記のポーターの枠組みと同様、情報が少ない場合には効果が活用しにくいと思われます。さらにこうした戦略の発想では競争相手の未知の考え方というものが反映されにくいという問題点もあるでしょう。

そこで、競争を避ける方法、競争の少ないアイデアを得る方法を考えてみました。次のような方法であれば可能性がありそうに思いますが、いかがでしょうか。

・上記の、競争相手の動向を推定する方法を活用する:想定される競争相手が保有していないと考えられる技術要素、資源、競争相手が気づきにくいと考えられるニーズに基づくアイデアを採用する。

・非対称的モチベーション[文献6、p.42](不均等の意欲[文献7、p.114,501])を活用する:Christensenらによる破壊的イノベーションの理論において、不均等の意欲とは、「ある企業が、別の企業にはその気のないことをするときの状態[文献7、p.501]」とされています。破壊的イノベーションは、既存企業にとって魅力のない市場、気づかない市場に新興企業が参入することによって起こる場合がありますが、この時、既存企業は新市場に参入する意欲がないことによって、新興企業にとっては競争のない市場が生まれます。

・セレンディピティーを活用する:偶然が、自らと競争相手に同じタイミングで訪れる可能性は低いでしょう。従って、偶然によるセレンディピティーを活かすことができれば、競争相手との差別化が可能です。もちろん、偶然をコントロールすることはできませんが、偶然によるチャンスを生かす能力を磨くことによって、競争相手が保有しない技術要素を身につけられる可能性があります。

研究が本来的に持つ不確実性と、競争相手の存在を考えると、論理的な思考に基づいて立てた戦略が必ずしも有効であるとは限りません。もちろん、論理的な分析と思考が有効な場合もあり、そうした思考が状況の理解を深め、専門性を高めることにつながり、また新たなアイデアのヒントになることを考えると無駄とはいえませんが、自分が考えることは、たいてい競争相手も同じように考えているとすれば、論理的思考だけで競争相手より優位に立つことは難しいかもしれません。イノベーションの成功のためには、単に狙った技術を実現するだけではなく、競争相手より優れた価値を提供することが必要なことを考えると、まずは、競争相手の存在を認識し、その競争相手がどう動くかを予想し、それに対応した戦略を立てることが必要なように思われます。



文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2:Drucker, P.F., 1961、上田惇生編訳、「テクノロジストの条件」、ダイヤモンド社、2005.

文献3:Porter, M.E., 1980、土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳、「(新訂)競争の戦略」、ダイヤモンド社、1995.

文献4:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・パビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.

文献6:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献7:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、クレイトン・M・クリステンセン、スコット・D・アンソニー、エリック・A・ロス著、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.

参考リンク

ノート目次へのリンク



 


 

フューチャーセンターとは

近年の社会問題など、複雑な問題の解決やイノベーション実現の方法としてフューチャーセンターが注目されているようです。今回は、フューチャーセンターとは何か、その考え方からどんな示唆が得られるかについて、野村恭彦著「フューチャーセンターをつくろう」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。ちなみに、著者は、「本書は、フューチャーセンターの思想と、『場の主宰者としてのあり方』を理解し、その具体化のための『対話とイノベーションの方法論』を体得・実践していただくことを目的に書きました[p.14]」としていますので、マネジメントに役立ちそうな実践的方法論も併せてまとめてみます。

フューチャーセンターとは

・「フューチャーセンターという名前を最初に使ったのは、スウェーデンのレイフ・エドビンソン教授[p.18]」。エドビンソン教授は、「未来の知的資本を生み出す場」として「フューチャーセンター」を考え、今では、欧州を中心に40以上のフューチャーセンターが立ち上がっている[p.21]とのことです。ただ、世界各地のフューチャーセンターが主にパブリックセクターで広まったのに対し、日本では、企業を中心に拡がっている点、注目されているのだそうです[p.25]。

・より具体的には、「組織を超えて、多様なステークホルダーが集まり、未来志向で対話し、関係性をつくる。そこから創発されたアイデアに従い、協調的アクションを起こしていく。そのための「つねに開かれた場」が、フューチャーセンター[p.157]」。

・「フューチャーセンターは、『対話のための専用空間』でもあり、『人と人とのつながり』でもあり、『企業や社会の変革装置』でもあります。フューチャーセンターで行われる活動は、私たちが『人として』社会や市場経済と向き合い、協力し合って変化を起こしていくための、本質的な対話と協調です[p.11]」

・「知的資本経営では、『現在の収益は過去の知的資本が生み出したもの』と考えます。当然、長期的な成長を行うためには、『未来の知的資本を生み出す活動』が必要になります[p.19]」。「知的資本は、人的資本・構造的資本・関係性資本の三つからなるといわれています。未来の人的資本は、『人の成長』であり、未来の構造的資本は、『ビジネスモデルなどのアイデアの創出』、そして未来の関係性資本は、『新しい人と人とのつながり』を生み出すことになります。[p.22]」

・「フューチャーセンターは、未来の不確実性に立ち向かうための装置にほかならない[p.22]」

・企業がフューチャーセンターに取り組む理由

レベル1:企業の中に対話の文化を育みたい

レベル2:組織横断でスピーディに問題解決できるようにしたい

レベル3:社外ステークホルダーとともにイノベーションを起こしたい

「興味深いことに、どのレベルの問題意識から入っても、結局同じようにレベル1から順にレベル3まで辿っていくことになります。[p.34]」

・「イノベーションを起こすのは、容易ではありません。新たな価値の発見のみならず、それを提供できるように、社内変革も同時に実行しなければなりません。社会的価値の理想像を掲げ続けることで、社内の意識が変わります。これこそ、イノベーションをねらったプロジェクトを成功に導くための必要条件なのです。[p.49]」「フューチャーセンターは、『創造的(クリエイティブ)』な発想でセクターの壁を超え、『対話(ダイアログ)』によってセクター間の新たなつながりを生み出します。そのつながりのなかで、企業と社会起業家が手を取り合って、一緒に社会と市場を変革し、新たな産業を生み出していくのです。[p.51]」

フューチャーセンターでどうやってイノベーションを達成するか

・フューチャーセンターの6つの原則[p.60-66]

1)思いを持った人にとっての大切な問いから、すべてが始まる:情熱のない問いは、何の変化も起こさない。社会的な共通善が必要。問いの質を高めるためには、つねに社会全体のことを考えて行動する。

2)新たな可能性を描くために、多様な人たちの知恵が一つの場に集まる

3)集まった人たちの関係性を大切にすることで、効果的に自発性を引き出す:できるだけ少ない人数に分かれて「傾聴」することで確実に関係性が深まる。参加者全員が相互に話を聴くことで、全員のポジティブなパワーを引き出すことができる。

4)そこでの共通経験やアクティブな学習により、新たなよりよい実践が創発される:時には「実際にやってみること」が、思いもよらないグッド・アイデアを生み出してくれる。

5)あらゆるものをプロトタイピング(試作)する:仮説の段階でそのコンセプトの完成度を高めるよりも、とにかく目に見えるかたちに表現してみる。絵でも、コラージュでも、システム図でも、物語でも、何でもかまわない。

6)質の高い対話が、これからの方向性やステップ、効果的なアクションを明らかにする:アクションプランは「やらねばならないこと」であることが多く、往々にして、「なぜそれをやらねばならないのか」が共有されていない。質の高い対話が生みだすものは「一緒にやりたいこと」。お互いの状況を深く理解していれば、効果的なアクションをとることも難しくない。

フューチャーセンターの構成

・「フューチャーセンターには、ファシリテーター、方法論、空間、ホスピタリティの4つの要素が必要です。[p.160]」「ファシリテーターとしてのスキルを磨くには、通常の会議のファシリテーション、個人や組織の想いを引き出すコーチングなどの手法が役立ちます。[p.160-161]」、「フューチャーセンターを実現するうえでの切り札であり、またフューチャーセンターのユニークさでもあるのが、空間とホスピタリティです。創造的な空間、参加者をあたたかく迎える演出は、『いつもと違う対話とアクション』へと人を向かわせるパワーを持っています。[p.162]」

・フューチャーセンターの方法論[p.78-79]:

1)対話:相互理解・信頼の関係性を構築する、異質から気づきを得る、内省や志向を深める。たとえば、ワールドカフェ、OST、AI、フィッシュボウルなど。

2)未来思考:複数の未来シナリオを想定する、未来からバックキャストする。たとえば、未来スキャニング、シナリオプランニング、フューチャーサーチなど。

3)デザイン思考:体験から学ぶ、作りながら学ぶ、形にしてみることで改善し続ける。たとえば、ユーザー観察、ブレインストーミング、経験プロトタイピングなど。

・フューチャーセンター・ディレクター:「フューチャーセンター・ディレクターは、フューチャーセンターのミッション、扱う問題の領域を決めます[p.67]」。「フューチャーセンター・ディレクターは、強い『想い』を持っていなければなりませんし、また他人の『想い』を引き出し、『パワフルな問い』を立てられる人でなければなりません。・・・必要な特性をあげるならば、情熱、好奇心、共感力、それらを統合した人間的魅力でしょう[p.68]」。「あらゆるフューチャーセンター・ディレクターが、ファシリテーター、方法論、空間とホスピタリティのすべてに目を配り、調和された場づくりを指揮します[p.163]」

フューチャーセンター・セッションの実行

・フューチャーセンター・セッションとは、論理的分析だけでは解決できない複雑に絡み合った問題に対して、『対話』と『未来思考』と『デザイン思考』の力でブレークスルーする場[p.80]」

・フューチャーセンター・セッション設計の5ステップ[p.82]:

1)視野を広げてテーマを設定:従来の常識から離れる、過去、未来にスケールを広げて課題設定する。社会的なテーマに広げて課題設定する。

2)多様性を確保して人集め:ステークホルダー(専門家、生活者)に注目、専門性の違う人を選ぶ、横断的(企業、部門、チーム横断)に人を選ぶ。

3)非日常を演出:日常を持ちこまない、非日常の経験を演出する(目を見開かせる、思いがけないこと、くつろげる雰囲気、面白み・遊び)。

4)主体性を引き出す運営:テーマへの深い共感を得る、参加者が相互に認め合う雰囲気をつくる、一つの答えを出すことにこだわらない。

5)参加者全員の深い気づき:実行への期待を高める、議事録で感情を含めた物語を伝える、過去の対話に立ち戻れる仕掛けを用意する。

・「自らの視野と経験の拡大により、まったく異なる立場から発想できるようになります。異なる立場の人と共感し、異なる立場の人の行動を変えることで、イノベーションが生み出されます。[p.159]」

ファシリテーターに求められる能力

・「フューチャーセンター・セッションの成功のカギを握るのはファシリテーター[p.88]」

・求められる7つの仕掛け[p.90-92]:1)セッションに招待するゲストに「なぜあなたに来てほしいか」を事前に伝える、2)この人の情熱はすごい、この人の考え方に触れたいと思えるような、あこがれの人を招く、3)どんな参加者に対しても深い愛と傾聴で対応する、4)板書によるリ―タシップ、5)付箋を使って参加者の主体性を引き出す、6)セッション終盤に内容を整理して示す、7)セッション終了後、結果を整理してフィードバックし、参加者の貢献とセッションで得られた洞察の大きさを讃える。

・テンションのコントロール:「テンションはネガティブになると『緊張感』となり、ポジティブになると『張り』になります。」『緊張感』を下げ、『張り』を高めることに注意。[p.92-95]

フューチャーセンター設計ガイドライン

・設計ガイドラインは、フューチャーセンターの6原則に対応した、原則実現のためのノウハウやアイデアの方向性。[p.104-114]

1)信頼感:「テーマを提起する人が、この問題を語るにふさわしい人だと参加者の誰もが思えれば、セッションに対する信頼感は高まります。・・・もう一つの要素は、ファシリテーターの示す情熱です。ファシリテーター自身が『この場に集まった人たちには、この問題を解決する力がある』と信じ、そして『必ず創発を起こす』という強い意図を持っていることが、場に大きな影響を与えます。ファシリテーターの示す『場への信頼』が、参加者にとてつもなく大きな信頼感を与える」

2)多様性:「『多様であることをパワーに変えていく力』が必要」、「空間もファシリテーションも、『インクルーシブ(除外されてきた人々を包含する)』にデザインされている必要」がある。「『違いから学ぶ』ことを体感することも大事」、「階層を感じさせないこと、さらには階層間での学び合いを積極的に促すことが必要」

3)関係性:「関係性を大切にしていることを表現するためには、『お迎えの仕方』が大切」「問題解決より先に、人間関係を大切に」

4)全体性(共通体験、アクティブな学習):「そこに来た人たちが、お互いの間に壁を感じることなく、全体で一つの場をつくれるようデザインされるべき」、「少人数での対話の機会をつくることによって、逆に全体性が感じられる」

5)可視性(プロトタイピング):「一つの正しい答えを論理的に導くのではなく、たくさんの仮説を形にしていきます。」「現れたアイデア一つひとつをしっかりとつかみ取ることが大切」

6)安心感(質の高い会話):「自己との対話をしっかりと行うためには、安心な場が必要」、「他人が自分を攻めたり、揚げ足をとったりしない場なのだという安心感をしっかりと確認することに、大きな価値がある」

高質な「対話の場」(よい場)の条件[p.117-131]

・美しい場所、意味のある場所、外部に開かれている、おもてなし(ホスピタリティ)で参加者の期待感を高める、参加者全員を『唯一の特徴を持った人』として『主役』になってもらい、適切な『出番』を持ってもらう。

フューチャーセンターによる変革

・アクションにつながる要因[p.140-141]:1)課題提起者が本気であること、2)実行力を持った参加者がいること、3)ファシリテーターが強い意志を持って関わること

・日本企業のイノベーションプロセスの提案[p.144-145]:「未来シナリオは、日本企業に合ったやりかたです。なぜなら、シナリオプランニングは複数のシナリオを提示して、それらに備えるかたちでアクションを決める方法論なので、意思決定者にとっては、説明責任が果たせて安全だからです。」「つまり、日本企業のイノベーション・プロセスは、次のように考えればよいのです。まずデザイン思考のプロセスで洞察を得て、そこからたくさんのアイデアを出していきます。続いてそのアイデアをベースに、未来思考で複数のシナリオを作成して、全員のコンセンサスを得る。そしてさらに、対話の方法論によって意思決定者、協力者、顧客などを巻き込み、一緒にコンセプトをつくり上げていきます。合議制の日本型組織でも、これら3つの方法論を組み合わせれば、イノベーション・プロセスを回していくことができるでしょう。」

・「ビジョンや戦略で人を動かすのは難しいことですが、新しい人とのつながりは、一瞬にして人の行動を変えるのです。[p.156]」

―――

以上が、私が重要だと感じた点ですが、本書では必ずしも体系的にまとまった形で書かれているわけではないように思われました。おそらく、著者が「ぜひ一回、実際にご自分で開催してみてください。あるいは、他の人が主催するフューチャーセンター・セッションに参加してみてください[p.86]」と言っているように、体験してみることが必要なのかもしれません。また、フューチャーセンター活動はその歴史も浅いため、上記の方法で本当にうまくいくのかどうかが実績で証明されているわけでもなく、どんな場合に効果があるのかが明確になっているわけでもありません。しかし、現在の経営に行き詰まりを感じているのであれば、フューチャーセンターの不確実性を懸念して何もしないことよりも、可能性に賭けてみるという発想も必要ではないでしょうか。本書の考え方は確立された絶対的なものとしてではなく、一つのアプローチとしてまず使ってみることが重要なのだろうと思います。

加えて、マネジメント面での有意義な示唆も含んでいるように思います。特に、フューチャーセンターの考え方と、野中郁次郎氏らによる知識創造理論の関係が興味深く感じられました。フューチャーセンターには、「場」の創造、賢慮型リーダーシップ、共通善、組織的な知識創造、多様性の重視など、野中氏の理論でも重視される概念が活用されています。野中氏の理論は、使う立場からするとわかりにくい面がありますが、それに対して、本書に述べられたフューチャーセンターの考え方は、知識創造理論の一面を具体的に実践しやすい形に再創造しているとも考えられるように思います。

また、他者との協働によりイノベーションを達成する手法は、オープンイノベーションとも関連すると言えるでしょう。ただし、単に仕事の一部を他者に担当してもらう、というような相互補完的なオープンイノベーションでは、フューチャーセンターのような深いレベルでの協働はできないように思われます。オープンイノベーションの真価を発揮させるためには、単なる分業ではなく、フューチャーセンターの特徴である対話や信頼、主体性などを重視した協働を行う必要があるのかもしれません。

なお、本書では、フューチャーセンターの役割として、社会的な問題の解決が主眼となっているように思われます。企業にとっても、そうした社会的問題の解決に貢献することは意義深いことではありますが、企業の第一線の研究者、研究マネジャーにとっては、やや縁遠いようにも思われます。ただし、フューチャーセンターで用いられる手法は、企業内における研究マネジメントでも活用可能ですので、対話、多様性、信頼、主体的行動の促進、デザイン思考など、フューチャーセンターの考え方を支える基本思想の有効活用を心がけることは重要でしょう。

今後、フューチャーセンターの活動が活発になってくれば、様々な問題点も顕在化してくるかもしれません。実際には、本書に示されたフューチャーセンターの姿もひとつのプロトタイプとして考え、様々な場面でその方法論を進化、発展させていくことが必要になるのだと思います。しかしその過程では、当初想定していなかったようなフューチャーセンターの優れた点が創発してこないとも限りません。イノベーションに関わる一つの重要な動きとして今後も注目していきたいと思います。



文献1:野村恭彦、「フューチャーセンターをつくろう 対話をイノベーションにつなげる仕組み」、プレジデント社、2012.

(参考)野村恭彦、「フューチャーセンターをつくる!」、PRESIDENT Online2011.12.29-2012.4.19、全17回:本書のかなりの部分の内容が読めます。

http://president.jp/subcategory/%E3%83%95%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B%EF%BC%81


参考リンク<2013.8.18追加> 





 


 

天才の創造性の源泉とその活用

イノベーションにおいては、天才的な能力を持った人の存在が重要であると指摘されることがあります。たしかに、常人には見られないほどの優れた成果を挙げる人、優れた発想やビジネスセンス、リーダーシップを持つ人がいることには疑う余地はありませんし、そうした能力がイノベーション実現の鍵になる場合があることは事実でしょう。しかし、そうした高度な能力を持つ人がいなければイノベーションはできないのでしょうか。普通の人をうまくマネジメントすることでは優れた成果は期待できないのでしょうか。また、天才的な人の才能を活かすためにはどのようなマネジメントが必要なのでしょうか。

今回は、天才の創造性の源泉に関する最近の考え方をとりあげた記事[文献1-3]に基づいて、天才的な能力の活用について考えてみたいと思います。この記事では、特殊な才能を発揮する人の脳の作用に関する研究成果が紹介されていますが、特に認知的脱抑制が人間の創造性発揮に関連するとされている点は興味深く、示唆に富んでいると思いました。以下、まずはそれぞれの記事を簡単にまとめてみます。

「天才と変人-解き放たれた知性」、S・カーソン[文献1]

・「創造性に富む人に統合失調型に関わる特質が見られるだけでなく、創造性と統合失調型の組み合わせが家系の中で受け継がれる傾向がある」(プレントキー、ブロートによる、1989,97

・「統合失調型の人は、・・・要するに『変わっている』」

・著者の研究によれば「統合失調型パーソナリティーの顕在化自体が創造性を高めることはないことを示唆している。しかし、奇抜さの根底にあると思われるある種の認知的メカニズムが創造的な思考を高めるとも考えられる。」

・「認知的脱抑制とは、目前の目標や自らの生存とは直接関係しない情報を無視することができない状態を指す。私たちの脳には、精神的なフィルターが備わっていて、おかげで脳での大半の情報処理を意識せずにすんでいる。脳にはとてつもない量の信号が感覚器官を介して入ってくるので、これらすべてに注意を払っていては訳がわからなくなってしまうだろう。・・・だが、認知的フィルターがあるおかげで、このインプットされる情報のほとんどは意識に上ってこない。」

・「統合失調症の人と統合失調症患者はいずれも、こうした認知的フィルターの1つで『潜在抑制』と呼ばれるものの機能が低下していることが明らかになっている。潜在抑制の低下は、フィルターを通り抜けて意識に上る刺激の量を増やすようだ。また、これは突飛な思考や幻覚と関わりがある。」

・「ひらめきの瞬間には、認知的フィルターが一時的に弛緩しており、脳の中で棚上げされていた考えが突然前に出てきて意識に上って認識される。」

・「認知的抑制が弱まって、データを意識に上らせることが可能になり、さらに、斬新かつ独創的なやり方でそうしたデータが再処理され、再び組み合わされて創造的な発想が生まれるのだと考えられる。」

・「エキセントリックな人がみな創造的であるとは限らないのは明らかだ。過剰な情報を、圧倒されることなく処理し、頭の中で操作できる人がいるが、それを可能にしているのは、IQの高さやワーキングメモリー(作業記憶)の容量が大きいことなど、他の認知的因子である」

「創造性の起源」、D・K・シモントン[文献2]

・「20世紀後半、心理学者たちは、創造的な天才は、専門的な知識を身につけることによってのみ生まれるとする極端な後天性の立場に移っていた。・・・しかし、こうした見方ですべてを説明することはできない。第一に、天才はしばしば、他の専門家と比べて短時間で知識を習得する。・・・第二に、天才は、異例に幅広い関心や趣味を持っていたり、けた外れの多才さを発揮したりして、しばしば複数の専門領域に貢献する。・・・専門知識の習得過程を重視する理論は、様々な認知能力や人格特性の根底にある遺伝要素を過小評価している面もある。私は、最近のメタ解析において、創造性の差異の少なくとも20%は遺伝的要因によることを明らかにした。」

・「1960年に心理学者のキャンベル(Donald Campbell)が唱えた理論によれば、創造的思考は、『盲目的変異と選択的保持(blind variation and selective retention: BVSR)』と名付けたプロセスないし手続きを通して出現する。・・・BVSRのいう『盲目性』とは、最終的に役立つかどうかを考えずにともかくいろいろなアイデアを出すことだ。創造者はそのアイデアの価値を判断するため、考えつくたびにチェックするという、試行錯誤に取り組まなければならない。BVSR思考を特徴づける2つの現象は、無駄骨と後戻りだ。」

「既成概念をオフ-サヴァンに学ぶ独創のヒント」、A・W・スナイダー、S・エルウッド、R・P・チー[文献3]

・「人間の脳は思考と感覚を常にフィルターにかけて選別している。環境から受けた刺激のうち、意識に上るのはごく一部だ。・・・サヴァン症候群の人は脳の左半球の機能が障害される一方で右半球の働きがすぐれているようで、特定の限られた分野について優れた超人的能力を持つ。左脳と右脳のこのバランス関係のため、精神のフィルター効果が通常の人よりも弱くなっているのだと私たちは考えている。」

・「脳は情報を受動的に受け止めているのではない。生の体験についてどう考えるかを、過去の知識に照らして能動的に解釈している。・・・こうした思考様式は重要だ。人間が不完全な情報に基づいておよその結果を予測し、日々の行動を効率的にこなせるのは、そうした思考様式のおかげだ。・・・創造的な卓見には2つの認知スタイルが必要だと私たちは考えている。思考様式によるものと、フィルターなしに周囲の世界をありのままにとらえるスタイルの2つだ。通常は意識に上らない知覚の詳細にアクセスできるようにすれば、私たちの誰もが内に持っている天才を解き放てるかもしれない。」

・(子供の時に左側頭葉に受けたケガなどで)「後天的サヴァン症候群で自閉症患者に見られる特異な認知能力が突然出現するということは、私たちは誰もがこうした能力を潜在的に持っているのだが意識的に引き出せずにいる可能性を示している。」

・「私たちの究極の目標は、独創を邪魔する精神的な要素を回避する装置の開発だ。」

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これらの記事によれば、創造性の発揮や、天才に見られる奇矯なふるまいは、認知的脱抑制すなわち脳のフィルターを緩めることの関与により説明できる可能性があり、その作用は程度の差こそあれ、普通の人々にも影響する可能性がある、ということのようです。

仮にこうした知見が正しいとすると、創造性のマネジメントについて次のような示唆が得られるのではないかと思います。まず、天才あるいは天才的な独創性をもつ人々が「変わっている」ことを容認しなければいけないということが言えるでしょう。天才に必要な認知的脱抑制が、その副作用として変わった行動を引き起こすのであれば、変わっているという理由だけでその人を排除することは損失かもしれないことになります(もちろん、変わっている人が天才、ということではありません)。この点については文献1でも「創造的な思考の市場価値が高まる中、世の中の方が、エキセントリックな人に合わせて、彼らを受容するよう軌道修正を続けるかもしれない。」と述べています。

第二には、認知的脱抑制とそれにより入ってくる大量の情報をハンドリングできるようにトレーニングする、ないしはマネジメントすることで、個人の創造性を開発することが可能になるかもしれないことが示唆されると思います。文献1によれば、「従業員に創造性研修プログラムを定期的に受けさせている」企業も多いようですので、その研修方法に理論的な裏付けが得られれば、効率的に創造性を開発することができるかもしれません。また、IT技術の進歩が人間のワーキングメモリーの少なさを補ってくれるとしたら、創造性が発揮しやすくなるかもしれません。

第三の示唆としては、集団に対して認知的脱抑制を行なうことで、集団として創造性を発揮できるのではないかという点が挙げられると思います。例えば、ブレインストーミングによって、様々なアイデアを実現性を問わず議論の場に出させることは、集団における認知的脱抑制と言えないでしょうか。また、創発的戦略やプロトタイピングによる試行錯誤も、天才の創造力発揮プロセスの一部を担っていると言えないでしょうか。天才の創造性発揮プロセスを、普通の人々の集団に適用することによって、集団として創造的な成果を得られる可能性もあるように思います。

もちろん、創造性を発揮するプロセスの研究はまだ発展途上ですので、今回とりあげた記事もその内容を鵜呑みにすることはできないかもしれません。しかし、こうした心理学や脳科学の成果をとりいれたマネジメント手法を開発し、それをイノベーションの実現に生かすことも夢ではないかもしれない、と思います。今後の研究の発展に注目していきたいと思います。

 

文献1:Shelly Carson、S・カーソン著、編集部訳、「天才と変人 解き放たれた知性」、日経サイエンス、2013年6月号、p.32. 原題”The Unleashed Mind”, Scientific American Mind May/June 2011.

文献2:Dean Keith Simonton、D・K・シモントン著、編集部訳、「創造性の起源」、日経サイエンス、2013年6月号、p.40. 原題”The Science of Genius”, Scientific American Mind November/December 2012.

文献3:Allan W. Snyder, Sophie Ellwood, Richard P. Chi、A・W・スナイダー、S・エルウッド、R・P・チー著、編集部訳、「既成概念をオフ サヴァンに学ぶ独創のヒント」、日経サイエンス、2013年6月号、p.54. 原題”Switching on Creativity”, Scientific American Mind November/December 2012.

(参考)日経サイエンス  20136月号 特集:天才脳の秘密

http://www.nikkei-science.com/201306_030.html

日本経済新聞webページ、「天才と変人の関係 脳の「フィルター装置」が独創性を左右?」、2013.4.25

http://www.nikkei.com/article/DGXBZO54282560T20C13A4000000/

 

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