研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2013年08月

「経営学習論」(中原淳著)より

研究者、技術者をうまく育てるにはどうすればよいのでしょうか。もちろん、「研究者など本人の努力で育つものだ」という考え方もあります。しかし、技術の発達に伴って専門性の獲得や熟達に長期間が必要とされるようになってきている一方、新人や中途採用者の早期戦力化も同時に求められるようになるなかでは、従来の育成の考え方が今後も最適かどうかは再考の必要があるでしょう。社員育成の巧拙が企業業績に影響することもありうるのではないでしょうか。

そもそも、人間は仕事や知識、スキル、組織のルール、仕事上のノウハウをどのように身につけ、組織や仕事に適応していくのでしょうか。効果的な育成を考える上で、こうした学習プロセスに関する知識は重要なはずです。今回は、中原淳著、「経営学習論」[文献1]に基づいて、学習、育成の問題を考えてみたいと思います。

著者は、経営学習(Management learning)を「“企業・組織に関係する人々の学習”を取り扱う学際的研究の総称」[p.39]と定義しています。そのうえで、「本書において筆者が試みたかったことは、経営と学習の双方に関連する『未開の大地』の存在を『公の眼前』に置くこと。また、それらの大地において日々生まれつつある、多種多様な個別の研究知見を紹介することを通して、『未開の大地のさらなる探検』へと、人々を誘うことにあった。」[p.239]と述べています。つまり、本書に書かれていることは、確立された定説のような知識ではない、ということでしょうが、組織における学習の諸側面、例えば、新規加入、熟達、経験による学習、コミュニケーションや支援、中途採用者の学習、職場外での学習、グローバル化の課題などについて多くの示唆に富む学説、知見が述べられているように思いました。以下、本書の内容のうち重要と思われるポイントをまとめます。

第2章、経験学習論をめぐる社会的背景

1990年代後半から2000年代にかけて、いわゆるポストバブルの時期に、「『それまで機能していたかのように見えた職場・実務現場における人材育成が機能不全に陥った』という認識が生まれ[p.18]」たとされています。そして、「多くの企業において人材育成の問題が横たわってくる主因はこの時期に日本企業が経験した急激な社会変動である、というのが筆者の見解である[p.20]」と述べています。具体的には次の変化による影響が指摘されています。

1)職場の社会的関係の消失:職場のスリム化とフラット化により「『教育係の機能を果たす人材』は職場から失われた[p.23]」

2)仕事の私事化、業務経験付与の偏り:「成果主義を背景に、個人が個人の業績だけを追求する風潮が生まれた結果(仕事の私事化)、職場の個人が他のメンバーの発達支援を担うという、いわゆる組織市民行動を担おうとしなくなった、・・・職場としての成果を出さなければならないために、個人の成長につながるような業務経験の付与に偏りが生じ、成長機会が阻害された[p.23]」。さらには、マネジャーのプレーヤー化による業務経験の偏りも指摘しています。

3)高度情報管理による学習機会喪失:業務のIT化は静かな職場をつくり、「潜在的な学習資源へのアクセシビリティを阻害する[p.31]」。ナレッジマネジメントによる「職場における知識共有」データベースを構築すると、「人は自らの手足を使って、経験したり、頭で思考したり、試行錯誤することをやめてしまう」ため、「学習は生起しない[p.31]」。個人情報保護法等の情報管理は、「内部統制の厳密な運用によって学習資源へのアクセシビリティが制限[p.36]」される事態を生む。

第3章、組織社会化

・「本書における組織社会化の定義としては、・・・高橋(1993)の定義『組織社会化とは、組織への参入者が組織の一員になるために、組織の規範・価値・行動様式を受け入れ、職務遂行に必要な技能を習得し、組織に適応していく過程』・・・を用いる[p.55]」。

・組織参入前の組織社会化:「組織社会化は組織に個人が参入する前においてもすでに始まっている場合がある[p.56]」(予期プロセス、予期的社会化)。「一般に人は組織に参入する前、組織に対して過大にポジティブな期待・・・を持ちたがる傾向がある。・・・このような『バラ色の期待』が過剰に高まりかつ現実の仕事・組織との乖離の存在は、・・・組織参入後の離職行動や生産性低下の大きな要因になることが知られている[p.57]」。「組織参入前に効果的な施策を展開することで、組織参入時のリアリティショックを軽減し、スムーズなトランジションを実現することが今後より一層求められるようになるだろう[p.60]」。

・組織参入後の新規参入者による組織社会化:「新規参入者とは『学習者』である。不断の情報探索・出来事解釈を通して、参入時の『不確実性』を減衰させ、積極的に自らを社会化しようとしている[p.66]」。

・組織参入後の組織による組織社会化:「組織は自らイニシアチブを持って、個人の知識・技能獲得、役割移行、円滑な組織適応を支援する[p.66-67]」。研修には「厳しさによる効果(タブラ・ラサ(白紙)効果-今までの価値観を壊す、ヨコとの連帯感醸成、自己効力感醸成、組織コミットメント醸成)」と「不変性による効果(共通体験、メンバーシップ獲得)」がある。OJTには「直接的な教育・指導を行う側面と責任と仕事の権限を委譲する、という2つの側面がある・・・。責任をともなうかたちで、業務付与、権限委譲を行うことが重要・・・。OJTは上司のみによって決定されるのではなく、職場における様々なメンバーによる積極的な働きかけによって可能になるという議論も生まれつつある。[p.75]」

第4章、経験学習

・「経験学習とは一般に『現場での業務経験の積み重ねと、その内省をともなった学習』のこと[p.45]」

・コルブの経験学習モデル:具体的経験→内省的観察(「ある個人がいったん実践・事業・仕事環境を離れ、自らの行為・経験・出来事の意味を、俯瞰的な観点、多様な観点から振り返ること、意味づけること[p.94]」)→抽象的概念化(「経験を一般化、概念化、抽象化し、他の状況でも応用可能な知識、ルール、スキーマ、ルーチンを自らつくりあげること[p.99]」)→能動的実験(経験を通して構築されたスキーマや理論が、アクションされ、そこから新たな経験や内省が生まれる)。

・「経験を蓄積し、折にふれ、その出来事・経験の意味を内省し、抽象的原則に自らまとめることが能力形成にとっては重要[p.120]」。「個人の資質が高くても、当人の所属する組織的風土にそれが適合するか否かが、現場における経験学習に影響を与える[p.122]」

・「部下の経験学習を促すために上司がなすべきことは、まず『仕事説明』を行うことである。仕事の前工程・後工程、また付与する仕事とプロジェクト全体の目的との関係などをしっかりと説明することが部下にストレッチの経験を与える。・・・そのうえで、現有能力を越えるストレッチの経験と定期的なモニタリングリフレクションが、部下の『能力向上』に資する可能性が高い[p.113]」。

第5章、職場学習

・「本書では、職場学習を『組織の目的達成・生産性向上に資する、職場に埋め込まれた様々なリソースによって生起する学習』と位置づける[p.131]」。

・「上司による『精神支援(精神的な安息を提供する)』と『内省支援(仕事のあり方を客観的に折りにふれて振り返らせることを可能にする)』、上位者・先輩によって担われる『内省支援』、同僚・同期によって担われる『業務支援(業務に関する助言指導を行う)』『内省支援』が、本人の『能力向上』に正の影響を与えている[p.133]」。

・「職場のマネジャーは、直接部下育成に関わるだけでなく、職場の互酬性規範を高め、様々な人々の部下育成支援を引き出すマネジメントを行う必要がある[p.138]」。「互酬性規範とは、一般に『もし、[職場メンバーの]AがBを助けたとしたら、AはBに限らず[職場の]他の人からも返報されるだろう』という社会的期待[p.137]」。

・「職場のなかで何気なく人々によってかわされている業務で成功した経験の語りも、失敗した経験の語りも、いずれも本人の学習にとってはポジティブな影響を持っており、さらには『信頼感』が相互に感じられる組織であればあるほど、その効果は高くなる[p.141]」。「そうしたコミュニケーションを通じた学習の『基盤』をなすのは、組織レベルの信頼である。[p.142]」

・「過剰な支援が今度は『依存』を生み出す可能性がある[p.145]」。「学習支援の観点からは支援と支援解除はセットで語られるべき問題である[p.146]」。

第6章、組織再社会化

・組織再社会化には、「組織内組織再社会化(組織内の変革、イノベーションによる事業の創造・再構築によって、組織内において個人に求められる特性が変化しうる場合におこる再社会化プロセス)」と、「組織間組織再社会化(前所属組織を去った個人が、新組織の一員となるために、新組織の規範・価値・行動様式を受け入れ、職務遂行に必要な技能を獲得し、新組織に適応していく過程)」の2つの視点がある[p.156-158]。

・「中途採用者は、“即戦力”としての社会的ラベルを付与され、周囲からの支援は受けにくい」。「中途採用者はかつていた組織において獲得したものの、現在の組織においては通用しない業務のやり方、知識、信念といったものを、同時に学習棄却する必要がある」[p.166]。「このようななかでは、上司がいかに中途採用者に対して関与し、彼らを支援するかが重要になる[p.181]。「中途採用者を含め、『多様性』のある人々をいかにマネジメントするのか、そのためにマネジャーの力量をいかに高めるかが、今後の人材マネジメント上の課題になると思われる[p.183]」。

第7章、越境学習

・「筆者は越境学習を『個人が所属する組織の境界を往還しつつ、自分の仕事・業務に関連する内容について学習・内省すること』と定義する。具体的には仕事内容に関連した勉強会や研究会など、組織を越えて開催されている学びの場に参加しつつ、学習することをさすものと考えればわかりやすい。[p.186]」

・「越境学習に人々の関心が集まる理由のひとつは、それが『企業の競争優位を支えるイノベーション』につながる可能性を有している、と見なされているからである[p.188]」。

・「組織内部において次に示すようなマネジメントが行われた際、イノベーションは促進されるとされていた。例えば、1)経営者・トップマネジメントが革新奨励を行ったり、賞賛したりすること、2)創造性や革新性を奨励する組織文化・組織構造をつくりあげること、3)スラック資源・自律性の高い業務スタイルなどを確立すること、4)リーダーによって組織内にあえて緊張や葛藤をもたらすこと(いわゆる『創造的カオス』『ゆらぎ』『ゆさぶり』『創造的摩擦』)、5)集団内の知識創造・コラボレーションを実現すること、などである[p.189]」。「これら組織内部のマネジメントによってイノベーションを促進しようとする考え方に共通する点としては、『日常の慣行軌道を越える(丹羽2010)ということにつきる。[p.190]』

・「一般的に人は同じ組織のなかに長くいると、『過剰適応の罠(組織に人が過剰に適応しだすことによるデメリット)』や『能動的惰性(過去の成功体験にしがみつき、それを永遠に繰り返そうとする個人の状態をさす)』にとらわれる可能性が高くなるといわれている。・・・組織社会化の諸力の影響が強ければ強いほど、個人は組織に慣れていく一方で、ともすれば組織に過剰適応を果たす。自己の組織の特殊性、ステレオタイプ、特有の思考形式を獲得し、次第に無自覚になり、『文化的無自覚性』の境地に至る。それが進行しだすと、今度は『能動的惰性』を獲得する。・・・能動的惰性を獲得してしまった個人が増えることによって組織は次第に硬直化し、イノベーションを生み出す素地が失われる。[p.190]」

・「越境学習の深層に横たわる主要なニーズのひとつは、『過剰適応』『文化的無自覚性』に自ら『裂け目』を入れることである。[p.190]」

・越境学習の実態把握により、「とかく、越境学習には『業績をあげられない人間』『会社へのコミットメントが低い人間』が行うものだという一般的イメージがつきまとっているが、そのイメージは再考の余地があることが示唆された[p.213]」。

第8章、今後の研究課題:グローバル化に対応した人材育成の模索

・外国人社員の育成と、日本人社員の海外勤務への適応(海外赴任時における事前準備不足や、帰国後の適応の問題など)が課題として提起されています。

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研究開発においても学習が重要であることは言うまでもありません。しかし、研究の場合、専門知識の獲得のための負荷が大きいため、いわゆる「勉強」に注意が向いてしまいがちだと思います。ところが実際には、研究成果を事業化するには、様々な経営上の課題も学習する必要があります。また、研究においても最先端レベルでは、自分で考え、判断し、行動する力を、経験を通して学んでいくことが求められるでしょう。もし、単なる上司と部下(師弟)の関係だけでそうした学習を進めなければならないとすれば、その効率は必ずしもよくないだろうことが本書から示唆され、よりよいマネジメントが求められていると思います。学習プロセスにおいては「内省」の重要性をよく認識しておく必要があるでしょう。例えば、データの扱い方を教える場合にしても、データを見て上司が判断することよりも、データの意味を部下に考えさせ、何を読み取るべきかを自分で判断できるように「内省支援する」ことが育成にはより効果的なのだろうと思います(私の個人的な経験からも、育成がうまくいき、よい成果が得られた時には、上司としてそのようなプロセスを取れていたように思います)。こうした学習プロセスの本質を理解し、よりよい手法を創造していくことは、競争優位の維持獲得を目指す企業、これからのマネジャーに求められる課題といえるのではないでしょうか。


文献1:中原淳、「経営学習論 人材育成を科学する」、東京大学出版会、(2012


(参考)中原淳氏ブログより、「拙著・新刊「経営学習論 - 人材育成を科学する」(東京大学出版会)、刊行のお知らせ : 人材育成 / 人材開発の基礎理論・概念をおさえる」、2012.4.1

http://www.nakahara-lab.net/blog/2012/08/_-_3.html

参考リンク<2014.2.23追加>


 

 

 

マネジメントについての考察など・目次(2013.8.18版)

「マネジメントについての考察など」というカテゴリーではマネジメント全般の話題や研究マネジメントに関する私見などを書かせていただいています。この目次では記事表題とリンクをリストにし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割して別ページになっています。それぞれの「参考リンク」ページのリンクの接続確認、気付いた新たなリンク追加も行ないました(各「参考リンク」ページでは内容変更があったもののみ更新日付を変えましたが、それ以外のページも接続確認はしています。)

その1・・・要約入りはこちら

研究総論

技術の的、研究の役割2010.7.25

苦しいときの術開発頼み2011.9.4

研究とアイデア

創造性を引出すしくみ2010.10.24

アイデアの扱い方と知の呪縛(「アイデアのちから」より)2012.7.16)、参考リンク

キュレーションと研究開発(勝見明著「キュレーションの力」感想)2012.3.11)、参考リンク

研究の管理

研究の管理と評価再考2010.8.1)、参考リンク

数値目標の功罪2012.5.20)、参考リンク

研究者と金銭的報奨2010.9.12)、参考リンク

研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか2010.10.3

モチベーションは管理できる?2011.1.23

報連相と研究開発2011.10.2

技術者流出考2012.10.8)、参考リンク

研究と人の問題

研究者の齢限界?2010.12.12)、参考リンク

競争心と究開発2011.3.6)、参考リンク

研究開発とフラトレーション:ルーチンワークの罠2011.5.8)、参考リンク

幸福感と成果2012.9.9)、参考リンク

成功体験の意味2012.12.9

人事のプロへの期待(八木洋介、金井壽宏著、「戦略人事のビジョン」より)2012.11.18)、参考リンク

変化の方法(チップ&ダン・ハース著「スイッチ!」より)2013.1.6)、参考リンク

エキスパートになる、育てる(金井壽宏/楠見孝編、「実践知」より)2013.7.15)、参考リンク

その2・・・要約入りはこちら

研究と組織の問題

プレイングマネジャーの功罪2011.4.10)、参考リンク

研究組織におけるコミュニケーションの難しさ2011.11.13

研究における企画という仕事2012.2.12

部下を守る?組織を守る?技術を守る?2012.4.30)、参考リンク

研究者の主体性2012.6.24)、参考リンク

研究とプレッシャー2013.2.3):チームへの影響、参考リンク

フューチャーセンターとは2013.6.9)、参考リンク

研究の進め方

魔の川、死の谷、ダーウィンの海を越える2012.1.15)、参考リンク

技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗2010.11.14

研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠について」2011.2.13)、参考リンク

思考停止をもたらすもの2011.7.31)、参考リンク

研究開発と会議2011.10.23

協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ2011.12.18)、参考リンク

正しい現場主義と研究開発2012.4.8

試行錯誤のプロ2012.8.12

協力と支援(シャイン著「人を助けるとはどういうことか」より)2013.3.3)、参考リンク

ファシリテーションの意義2013.4.14)、参考リンク

デザインとイノベーション(エスリンガー著「デザインイノベーション」より)2013.5.12)、参考リンク

研究における判断と説得

イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)」2011.1.3)、参考リンク

意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)2012.10.28)、参考リンク

ビジネス書の間違い?-『なぜビジネス書は間違うのか』2010.8.11):Rosenzweig著、参考リンク

研究開発事例

2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)2010.12.5)、参考リンク

1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」2011.12.25)、参考リンク(上と同じ)

 

 

「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」(ダン・アリエリー著)より

行動経済学の発展とともに、経済合理性だけで人間の意思決定と行動が理解できるものではないことは広く認識されるようになってきたと思います。本ブログでも、心理学と行動経済学の立場から意思決定について議論されているカーネマンの著書(「ファスト&スロー」)を紹介しましたが、今回はカーネマンがあまり議論していなかった「不正」の問題について、ダン・アリエリー著、「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

原著の表題は「The (Honest) Truth about Dishonesty, How We Lie to Everyone – Especially Ourselves」です。著者は序章で、次のように述べています。「この本の一番の目的は、不正行為を駆り立てると考えられているが・・・実はそうでないことが多い、合理的な費用便益の力と、重要でないと思われがちだが、実は重要なことの多い、不合理な力について調べることにある。・・・不正行為が起きるのは、一人の人が費用便益分析をして大金を盗むからとは限らない。むしろ多くの人が、現金や商品をちょっとだけくすねることを、心のなかでくり返し正当化する結果として起きることの方が多いのだ。この本では、わたしたちをこうしたずるに駆り立てる力について考えるとともに、正直さを保つためには何が必要かを、さらにくわしく調べていく。また何がきっかけで不正が醜い頭をもたげるのか、わたしたちが自分の利益のためにずるをしながら、自分に対する肯定的な見方をどうやって保つのかを説明する。わたしたちの行動のこの側面が、不正のほとんどを成り立たせているのだ[p.17]」。以下、その詳細を見ていきましょう。

第1章、シンプルな合理的犯罪モデル(SMORC)を検証する

SMORC (Simple Model of Rational Crime)とは、合理的経済学の立場からベッカーによって提唱された不正行為についての概念で、「3つの基本要素からなっている。(1)犯罪から得られる便益、(2)つかまる確率、そして(3)つかまった場合に予想される処罰だ。合理的な人間は、最初の要素(便益)と残りの2つの要素(費用)とを天秤にかけて、一つひとつの犯罪が実行に値するかしないかを判断できるというのだ。」[p.23

・不正が可能な状況において、不正を行なうかどうかを調べた実験によれば、多くの人がちょっとずつごまかしをする、ごまかしによる報酬が増えてもごまかしは増えない、ごまかしが見つかる確率が増えてもごまかしに大きな影響は与えない、という結果が得られた。すなわち、「不正が単に費用と便益を分析した結果行なわれるわけではない[p.36]」。「わたしたちは『そこそこ正直な人間』という自己イメージを保てる水準まで、ごまかしをするのだ。[p.32]」

・つじつま合わせ仮説:「わたしたちはほんのちょっとだけごまかしをする分には、ごまかしから利益を得ながら、自分をすばらしい人物だと思い続けることができるのだ。この両者のバランスをとろうとする行為こそが、自分を正当化するプロセスであり、わたしたちが『つじつま合わせ仮説』と名付けたものの根幹なのだ。[p.37]」

第2章、つじつま合わせ仮説Fun with the Fudge Factor):

・「『つじつま合わせ係数』と訳したfudge factorとは、科学で理論値と観測値との間にズレが見られるとき、つじつまを合わせるために導入される、補正項のこと[訳者あとがき、p.299]」。

・「不正の動機となるのは、主に個人のつじつま合わせ係数であって、SMORCではない・・・。犯罪を減らすには、人が自分の行動を正当化する、その方法を変えなくてはいけないことを、つじつま合わせ係数は教えてくれる。利己的な要求を正当化する能力が高まると、つじつま合わせ係数も大きくなり、その結果、不品行や不正行為をしても違和感を覚えにくくなる。また逆も言える。自分の行動を正当化する能力が低くなれば、つじつま合わせ係数は小さくなり、不品行やごまかしに違和感をもちやすくなる。[p.66]」

・不正をしやすいのは、例えば、不正行為とそれがもたらす結果の間の心理的距離が大きいとき。また、「鉛筆やトークンといった、金銭ではないものを前にすると、本物の現金を前にしたときより不正をしやすい[p.43]」。「道徳規範を思い出そうとするだけでも、道徳的な行動を促す効果があるようだ[p.51]」。「自分の行動が不正行為の実行から離れているときや、わかりにくいとき、また正当化しやすいとき、・・・不正をしやすいと感じる。・・・ルールに解釈の余地があるときや、判断があいまいなグレーな領域があるとき、自分の成績を自分で評価するときには、不正をしやすくなる[p.77-78]」。

第3章、自分の動機で目が曇るBlinded by Our Own Motivations):

・利益相反(conflicts of interests)は行動に影響を及ぼす。金銭的利益だけでなく、恩義を返したい、借りを返したいという感情も利益相反の原因となる。利益相反を避けるために行われる開示や公開主義は必ずしもよい結果を生むとは限らない。「わたしたちは自分の金銭的動機にどれほど目を曇らされているかを自覚する必要がある。利益相反のからむ状況には大きな不都合があることをわきまえ、また利益相反の費用が便益を上回るときには、慎重に排除しようとしなくてはならない。[p.108]」

第4章、なぜ疲れているとしくじるのかWhy We Blow It When We’re Tired):

・「消耗すると論理的思考力が多少低下すること、またそれとともに道徳的に行動する能力も衰えることがわかった。[p.121]」

第5章、なぜにせものを身につけるとごまかしをしたくなるのか(Why Wearing Fakes Makes Us Cheat More

・「にせものをそれと知りつつ身につけると、道徳的な抑制力がいくぶん弱まり、その結果不正の道に歩を進めやすくなる[p.142]」。「人は、偽造製品のせいで自分自身が不正直な行動をとるようになるだけでなく、他人のこともあまり正直でないと見なすようになる[p.151]」。「いったん自分の規範を破る(ダイエットでずるをしたり、金銭的報酬を得るためにごまかしをする)ようになると、自分の行動を抑えようという努力をずっと放棄しやすくなる[p.146]」、これが『どうにでもなれ』効果。「人は何かの『ふりをする』と、自分の行動と自己イメージ、それに周りの人たちに対する見方が変わる[p.152]」。

・「一つの反道徳的行為は、また別の行為につながる可能性が高く、一つの領域での反道徳的行為が、ほかの領域での道徳心に影響を与え得ることは明らかだ。これを踏まえて、不正行為の初期兆候に注目し、満開になる前、出芽期のうちに芽を摘むよう、全力を尽くさなくてはならない。[p.157]」

第6章、自分自身を欺くCheating Ourselves):

・「人は自分のはったりを自分で信じるようになることが多い[p.177]」。

・「自己欺瞞は、自信過剰や楽観主義に近いもので、・・・よい面もあれば悪い面もある。よい面としては、根拠のない自信のおかげで、ストレスにうまく対処できるようになり、全体的な健康感が高まる、困難な仕事や退屈な仕事にとりくむ根気がでてくる、まったく新しいことを試す意欲がわいてくる、といったことがあげられる。・・・悪い面としては、人生をあまりにも楽観視して甘い考えで行動していると、万事がうまくいくと誤って思いこみ、よりよい決定を積極的に下そうとしなくなるかもしれない。・・・過大な思いこみをもっていると、現実が押し寄せてきたとき、深く傷つくことになる。[p.179-180]」

第7章、創造性と不正――わたしたちはみな物語を語るCreativity and Dishonesty – We Are All Storytellers

・「創造性の高い人たちは不正をする度合いも高かった。だが知能と不正の間には、何の相関性もなかった[p.199]」。「創造性と不正の間の関連性は、自分が正しいことをしていなくても、『正しいことをしている』という物語を自分に言い聞かせる能力と関係があるように思われる。創造的な人ほど、自分の利己的な利益を正当化する、もっともらしい物語を考え出せるのだ。[p.194]」

・「わたしたちがいったん人やものに対していらだちを感じると、自分の反道徳的行動を正当化しやすくなる・・・この場合不正は、自分をいらだたせたそもそもの原因に対する代償を求める行為、つまり報復と化す[p.201]」。

第8章、感染症としての不正行為――不正菌に感染するしくみCheating as an Infection: How We Catch the Dishonesty Germ

・「ごまかしには感染性があり、周りの人の問題行動を目撃することで量が増える場合がある・・・ごまかしをする人が自分と同じ社会集団に属しているとき、わたしたちはその人を自分と重ね合わせ、ごまかしが社会的により受け入れられやすくなったと感じる。だがごまかしをする人がよそ者だと、自分の不品行を正当化しにくくなり、その不道徳な人物や、その人が属するほかの(ずっと道徳性の低い)外集団から距離を置きたいという願望から、かえって倫理性を高める[p.231-232]」。

第9章、協働して行なう不正行為――なぜ一人よりみんなの方がずるをしやすいのかCollaborative Cheating: Why Two Heads Aren’t Necessarily Better Than One):

・「利他性はごまかしを促し、直接の監視はごまかしを抑える効果があるが、協力者が交流を図る機会を与えられてから監視し合うような状況に置かれると、利他的なごまかしが監視効果を圧倒することがわかった[p.255]」。

・「協働は生活に欠かせない要素だ。しかし、協働が諸刃の剣だということもはっきりしている。協働は一方で楽しみや忠誠心、モチベーションを高める。だがその一方で、ごまかしの可能性も高めるのだ。・・・もちろん、集団で仕事をするのはやめ、協働を中止し、互いを思いやるべきでないなどとは言わない。だが協働と親近感の高まりに潜む代償は、肝に銘じる必要がある。[p.261]」

第10章、半・楽観的なエンディング――人はそれほどごまかしをしない!A Semioptimistic Ending: People Don’t Cheat Enough

・「ある種の要因(たとえば不正をして得られる金額や、つかまる確率など)が人におよぼす影響は、一般に考えられているよりずっと小さい。逆に、予想以上に大きな影響をおよぼす要因もある。道徳心を呼び起こすもの、現金からの距離、利益相反、消耗、偽造品、捏造した成績を思い出させるもの、創造性、他人の不正行為を目撃すること、チームメンバーへの思いやりなどがそうだ。[p.264-265]」

・「文化的文脈は、主に2つの方法で不正に影響をおよぼすことがある。一つは、特定の活動を道徳的領域のなかにひきずりこんだり、ひきずり出したりする方法。もう一つは、特定の領域で妥当と見なされているつじつま合わせ係数の大きさを変える方法だ。・・・一部の社会では眉をひそめられるごまかし(脱税や不倫、ソフトウェアの違法ダウンロード、車がいないときの信号無視など)が、ほかの文化では支障がないと思われていたり、武勇伝になることさえある。[p.270]」

・「自分の望ましいとは言えない行動が、本当は何によって引き起こされているのか、それをよりよく理解すれば、自分の行動をコントロールし、結果を改善する方法を見つけられるようになる。これが社会科学の真の目的なのだ。この探究の旅が今後ますます重要に、ますます興味深くなることを、わたしは確信している。[p.284]」

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本書で取り上げられた不正は、主に、だれもが手を染めてしまうようなちょっとした「ずる」であって、大きな不正ではありません(もちろん、ちょっとした不正が、大きな不正に繋がる可能性は大いにあるでしょうから、大きな不正に関係ない行動であるとは思いません)。企業における研究活動においても、このような「ずる」の可能性は日常的に発生します。例えば、本書にも指摘がありますが、実験データから異常値を除外する必要がある場合、あいまいな結果の解釈をする場合など、「ずる」をするつもりはなくても、恣意的な判断や、論証の手抜き(これは「ずる」と言えるでしょうが)が入り込んでくる可能性はあります(ヒューリスティックスはまさにそうした状況にあるともいえるかもしれません)。もちろん、そうした恣意的な判断の可能性をすべて考慮し検証した上で結論を導ければ理想的ですが、現実的には、ある程度の証拠に基づいて暫定的な結論を得て、それによって次のステップに進まなければならないこともあります。もちろん、そうした暫定的判断が後日覆されることはありえますので、誤りの可能性は推論に伴う「リスク」として、受け入れなければなりません。そんな時、どのような状況で、「ずる」をしがちになるのかがわかっていれば、暫定的な判断をし、それを評価し、結果を扱う上での誤りに気づきやすくなるわけで、それは実務的にも有用な知識と言えると思います。

本書の指摘で特に重要な点は、そのような「ずる」をするかしないかが、損得や、倫理観や論理以外の要因で決まることがある、ということではないでしょうか。おそらく、より心理的に本能に近い判断(カーネマンのいう「システム1」)に深く関わるものではないかという気がします。不正について深く考えることが倫理学の守備範囲だとすれば、論理的、哲学的に倫理を極めるアプローチに対して、人間の心理的作用を加味した本書のアプローチは、「行動倫理学」(経済学+心理学→行動経済学、というおおまかな理解のアナロジーによる思いつきの造語ですが)とでも呼べる考え方なのではないかと思います。道徳心が関わる意思決定のよりどころとなる理論が導かれるのではないか、という期待を込めて、今後の発展に注目していきたいと思います。

 

文献1:Dan Aariely, 2012、ダン・アリエリー著、櫻井祐子訳、「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」、早川書房、2012.

 

(参考)著者webページ

http://danariely.com/

破壊的イノベーションの現在(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号より)

破壊的技術、破壊的イノベーションの概念は、1995年の発表以後、現在に至るまで、イノベーションを考える上で重要な地位を占め続けているといってよいでしょう。その概要は、本ブログでもノート4で紹介しましたが、どんなイノベーションをどのように進めれば成功しやすくなるかについての見通しを与えてくれる点は、実務家にとって特に重要な考え方だと思います。

発表以後、時の経過とともに、破壊的イノベーションの理論を裏づける事例が増えていることは感じられますが、その理論や実践手法には変化や新展開はないのでしょうか。今回は、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューの「破壊的イノベーション」特集(2013年6月号)に掲載された記事に基づいて、最近の破壊的イノベーションの考え方の動向を探ってみたいと思います。

「破壊的イノベーションの時代を生き抜く 『拡張可能な中核能力』を見極めよ」(ベッセル、クリステンセン、原題:Surviving Disruption)[文献1]

主に既存ビジネスの立場から破壊的イノベーションへの対処法が述べられています。

・「経営者は、自分たちの既存ビジネスを破壊するイノベーションを開発するだけではなく、旧来の事業――もしかすると今後数十年、もしくはそれ以上の期間にわたって収益を生み続ける可能性もある――についても、今後の運命を考えなければならないのだ。本稿では、破壊の起きる道筋とそのスピードを一覧するための体系的な方法を紹介する。」「こちらに向かって飛んでくるミサイルがあなたを直撃するのか、かすめるのか、それとも完全に外れるかを判断するためには、次の3つの作業を行う必要がある。」

1)破壊者のビジネスモデルの強みを見極める:「拡張可能な中核能力」(extendable core)すなわち、破壊者がさらなる顧客を求めて高級市場に忍び寄っていく際にもパフォーマンスの優位性を失わずに提供できる破壊者のビジネスモデルが判断基準となる。

2)破壊者と比較して、あなたの既存ビジネスが相対的に優位な点を見極める:人々があなたの既存ビジネスに果たしてほしいと考えているタスクは何か、そして破壊者が拡張可能な中核能力を用いて既存ビジネスよりも優れた結果を出せるタスクは何かについての理解が深まると、あなたのビジネスが持つ相対的な優位性がはっきりする。

3)破壊者が将来、あなたの既存ビジネスの優位な点を模倣しようとしたときに、容易となる条件、またはそれを妨げる条件は何か考えておく:破壊者がその欠点を将来どの程度容易に克服できるかを考える。破壊的イノベーションが直面する障壁は、克服が簡単なものから難しいものへと順に並べると、①慣性の障壁(顧客の慣れ)、②技術適用の障壁(既存技術の応用で克服できる可能性がある)、③ビジネス生態系の障壁(業界全体の環境を変化させる必要がある)、④新技術の障壁(必要な技術がまだ存在しない)、⑤ビジネスモデルの障壁、となり、「破壊者の直面する障壁が高ければ高いほど、あるいは障壁の数が多ければ多いほど、顧客は既存ビジネスから離れようとしないはずだ」。

・「破壊者に直面したマネジャーたちは、その破壊者に奪われる可能性がなさそうな顧客に対しても、通常のライバルと競争する時と同様の方法で(つまり価格を引き下げたり、ライバルと似たような商品を開発することで)つなぎ止めようと必死になる。しかし、この種の対応は、破壊者が本来持つ優位性を見逃しているだけではなく、そんな手を打たなくても問題なく守れたはずの既存事業の優位性をも無視している。」

・「既存ビジネスの経営者は、向う見ずな価格競争に手を染めたり、貴重な経営資源や努力を勝ち目のない戦いに浪費したりする前に、全体像をしっかり見積もったうえで包括的な対応をすべきだ。すなわち、みずからの破壊的イノベーションをもって破壊者と対峙するだけでなく、既存ビジネスがこの先もなるべく健全に生き残れるような舵取りをする。それが自社の株主、従業員、そして顧客に対する義務である。」

「クリステンセンが再発見したイノベーションの本質 イノベーションは技術進歩ではない」(楠木建)[文献2]

・「1911年の『経済発展の理論』においてジョゼフ・シュンペーターが示したオリジナルの議論に戻れば、イノベーションという現象を特徴づけるのは『非連続的な変化』である。これを受けて、ピーター・F・ドラッカーは『価値次元の転換』にイノベーションの非連続性の正体を求めた。」「クリステンセンが提唱した『破壊的イノベーション』の概念は、非連続性と価値次元の転換に注目しているという意味で、言葉の正確な意味でのイノベーションである(これに対して『持続的イノベーション』はむしろ『技術進歩』であり、本来の定義からすれば、『イノベーション』ではない)。別の言い方をすれば、破壊的イノベーションは、概念それ自体としてはイノベーションの古典的な議論に立ち戻るものであり、そこに新しさはない。」

・イノベーションを起こすためにやってはいけないこと:1)顧客の声を聞くこと(顧客の要求を忠実に実現しようとすればするほど、既存の文脈に固く縛りつけられ、イノベーションから遠ざかってしまう)、2)技術進歩(クリステンセンの言う『持続的イノベーション』)を追うこと、3)競合他社のベンチマーキング、4)コンセンサスを求めること。

・「戦略を立てる時に、まずは詳細なリサーチから入ろうとするような人はイノベーションに向いていない。」「個人の思いつきと失敗を許容することができない企業は、イノベーションなどという言葉を忘れて、技術進歩を成し遂げるためにがむしゃらにがんばったほうがいい。」

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感想:実務者にとっては、破壊的イノベーションの考え方がイノベーション実現に使えそうなことが特に重要と感じます。

「破壊的イノベーター:キバ・システムズ アマゾンも認める新興企業」(マウンツ、原題:Kiva the Disrupter)[文献3]

・物流センターのピッキング作業をロボットで効率化するイノベーションを達成したキバ・システムズは2012年5月にアマゾンに7億7500万ドルで買収されています。顧客リスクの低減、トータルソリューションの提供などがイノベーション成功の鍵のようです。

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感想:キバのイノベーションは必ずしも破壊的イノベーションの典型例ではないと思いますが、イノベーションの成功例として示唆に富んでいると思います。

「破壊的イノベーションを越えるビッグバン型破壊 常識を越えたスピードで市場に浸透する」(ダウンズ、ヌネシュ、原題:Big-Bang disruption)[文献4]

・「いまや、製品ライン全体、つまり市場全体が一夜にして創造されたり、破壊されたりしている。破壊者は彗星のように現れて、瞬く間に至るところへ勢力を広げる。この破壊的な動きがいったん始まると、対応するのは容易ではない。筆者たちは競争のルールを一新するこのような企業を『ビッグバン型破壊者』と呼ぶ。

・ビッグバン型破壊者の3つの特徴:1)自由奔放な開発(低コストの実験、試行)、2)とめどない成長(ロジャーズが提唱した製品ライフサイクルには従わない、極めて急速な普及)、3)枠にとらわれない戦略(従来の戦略論が通用しない)

・ビッグバン型破壊を生き抜く4つの戦略:1)予兆をとらえる、2)進行を遅らせ、時間稼ぎをして勝利をもぎ取る、3)すぐに撤退できる態勢を整えておく、4)新しい種類の多角化を試みる(拡張や実験が容易でしかも速やかに拡縮できるプラットフォームを基に戦略を築く)

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感想:ここでのビッグバン型破壊とは、変化の速度が速く大きいイノベーションのことを指しているようです。著者らは変化の速さを非常に重視しているようですが、この記事の内容からだけでは、時間軸の進み方の違い以外は、クリステンセンの破壊的イノベーションや、ロジャーズのイノベーション普及の考え方の範囲に含まれる議論のように思われます。

「相反する2つの変革を同時に進める法 既存事業のテコ入れと将来の糧づくり」(ギルバート、アイリング、フォスター、原題:Two Routes to Resilience)[文献5]

・「市場の変化、革新的な技術、“破壊的”な新興企業に対応するために、あなたの会社もおそらく遅かれ早かれ、変革する必要があるだろう。・・・しかし我々の経験では、既存市場に合わせて構築された組織がそれをやってのけることは稀である。」「本格的な変革には2つの異なる動きを並行して取っていく必要がある。」

変革A:コア事業のポジショニングを見直し、現在のビジネスモデル市場に合わせなくてはならない。「変革Aの目的は、現在のビジネスモデルが“破壊”後の市場で維持できる最強の競争優位を探り当てることである。」「顧客が依然として求めていることをどのように行うか」を考える。

変革B:別個の“破壊的”な事業を創り、将来の成長の源泉となるイノベーションを生み出していかなくてはならない。「今日の環境のなかで顧客の満たされないニーズは何か」を考える。

・「両方の変革を有効に働かせるためのカギは、『ケイパビリティ(組織的な能力)の交換』と我々が呼ぶ方法だ。これは新たな組織内のプロセスを確立し、ミッションやオペレーションを変えずに同時進行の2つの変革を実施して厳選されたリソースを共有できるようにすることである。」

・ケイパビリティの交換は5つのステップで進められる。1)リーダーシップを確立する(組織の最高レベルでリソースを配分する)、2)2つの組織が共有できる、もしくは共有する必要があるリソースを特定する、3)交換担当チームを編成する(2つの変革に取り組んでいるメンバーから何人かを指名してチームをつくり、それぞれのリソースの割り振りを担当させる)、4)境界線を守る(それぞれが自社の将来はみずからの肩にかかっていると信じて業務に当たる、両者を仲裁する責任はトップにあり、第一の責任は、既存事業の人々が破壊的な新規事業に首を突っ込もうとすることに待ったをかけること、コア事業からリソースを奪わないこと)、5)新規事業の規模を拡大し売り込む(2つの組織を平等に扱うべきではない。A組織が再ポジショニング後に単独で採算が成立し続けるようにする、破壊的事業は将来の成長の源泉)

「陳腐化した技術を延命させる戦略 『前向きな退却』を選ぶ」(アドナー、スノー、原題:Bold Retreat, A New Strategy for Old Technologies)[文献6]

・優れた新技術によってこれまで築いてきた事業が脅威にさらされている時、あまりにも多くの企業は、その新技術への移行に必要な力を実際には持ち合わせていないとみずから認めることができず、大敗を喫す。これに対し、従来の技術の改良に励む方法もある。「しかし、このような最後のあがきは、審判が下る日を先送りするだけに終わる場合が多い。」「我々は、・・・新しい技術の出現に対して成熟技術に依存する企業が取りえる第三の選択肢に気がついた。つまり、古い技術に優位性があるニッチ市場に退却し、そこを守り通せばいいのである。」この戦略が『大胆な退却(Bold Retreat)』。

・「軍隊はずいぶん以前から、退却を正当でしかも責任感のある戦略上の選択肢であると認識してきた。だが、ビジネス界はそうではない。」「退却を検討する系統だったプロセスを準備していない企業は、愚かにも戦略上取りうる貴重な選択肢を排除してしまっているのだ。」

・大胆な退却の方法には、1)ニッチ市場への『避難』(自社の創出する価値のうち、新技術が対応していない要素に対応)、2)新規市場への『移動』(従来の顧客層が新たに抱えることになった問題や、新しい顧客層が従来から抱えていた問題を旧来技術で解決する)、がある。

・「どんな場合にも、退却は大胆でなくてはならない。退却を決断すべきタイミングは、技術をめぐる戦いに負け、自社の経営資源を使い果たす前である。・・・先手を打って退却すれば、壊滅的打撃をかわすことができるはずだ。」

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以上が特集記事の概要です(この他に、クリステンセンのイノベーションのジレンマの原論文があります)。もちろん、これらの記事で破壊的イノベーションの最新の動向が網羅されているわけではありませんが、いくつかの示唆が得られると思います。まず、注意しなければならないのが、「破壊的イノベーション」、「破壊的技術」という言葉が、単に大きな変化、急激な変化、既存企業やプロセスを機能させなくする技術やイノベーションの意味で用いられる場合があることでしょう。実務的観点からは、言葉の定義はどうでも、起こりうる現象の理解と予測が可能jになればよいのですが、「破壊」という言葉が、クリステンセンの提示した破壊的イノベーションの概念とは異なって使われる場合には、その主張の理解には注意が必要だと思います。

その上で、クリステンセンの破壊的イノベーションの概念について考えるとき、まず、その概念が現在に至るまで大きな修正を受けることなく生き残ってきていることが重要であると思われます。破壊的イノベーションの概念が単なる一時の流行で終わらなかったと言ってもよいでしょう。このことは、今や破壊者も、その攻撃を受ける側も、破壊のメカニズムを考慮した上で、戦略を立案しているだろうことを考えるとより重要と考えられます。すなわち、破壊者も破壊から身を守る側も戦略が進歩しているはずなのに、相変わらず破壊的イノベーションの事例が観察されるということは、この理論の強力さ、既存企業側としては破壊への抵抗の難しさを示しているとも考えられるのではないでしょうか。

破壊的イノベーションの概念、活用の進歩という観点から、実務面において今回の記事の中で意義深く感じられたのは、ベッセルとクリステンセンの論文、ギルバートらの論文、アドナーらの論文でした。破壊的イノベーションのメカニズムが確固たるものになったことに基づいて、では、どうすべきなのか、という提言が行われている点が最近の進歩ということになるのだと思います。破壊的イノベーションの影響力が確実なものとなり、メカニズムが広く知られることとなった現在、この概念を無視しては、破壊者としては破壊者同士の競合に敗れ、既存企業の側ではこの概念が生まれる以前のように、やすやすと破壊者の餌食になってしまうのではないか、という気がしましたがいかがでしょうか。


文献1:Maxwell Wessel, Clayton M. Christensen、マックスウェル・ベッセル、クレイトン・M・クリステンセン著、鈴木立哉訳、「破壊的イノベーションの時代を生き抜く 『拡張可能な中核能力』を見極めよ」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.32.

文献2:楠木建「クリステンセンが再発見したイノベーションの本質 イノベーションは技術進歩ではない」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.48.

文献3:Mick Mounz、ミック・マウンツ著、辻仁子訳、「破壊的イノベーター:キバ・システムズ アマゾンも認める新興企業」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.78.

文献4:Larry Downes, Paul F. Nunes、ラリー・ダウンズ、ポール・F・ヌネシュ著、有賀裕子訳、「破壊的イノベーションを越えるビッグバン型破壊 常識を越えたスピードで市場に浸透する」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.90.

文献5:Clark Gilbert, Matthew Eyring, Richard N. Foster、クラーク・ギルバート、マシュー・アイリング、リチャード・N・フォスター著、スコフィールド素子訳、「相反する2つの変革を同時に進める法 既存事業のテコ入れと将来の糧づくり」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.110.

文献6:Ron Adner, Daniel C. Snow、ロン・アドナー、ダニエル・C・スノー著、高橋由香理訳、「陳腐化した技術を延命させる戦略 『前向きな退却』を選ぶ」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.124.


(参考)

ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号:

http://www.diamond.co.jp/magazine/059690613.html

The Clayton Christensen Institute: http://www.christenseninstitute.org/

Clayton Christensen web page: http://www.claytonchristensen.com/

参考リンク<2014.1.26追加>


 

 

 

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