研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2013年09月

不確実な状況に対処する方法(ケイ著「想定外」より)

研究開発は不確実なものであること、従って、不確実性の存在を前提としたマネジメントが求められることについては本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート2試行錯誤のプロ、など)。しかし、明確な目標を設定し、その目標を達成するための方法を熟考して周到な計画を立て、計画どおり実行して当初の目標を達成しようとするマネジメントはいまだに人気があるように思います。

ジョン・ケイ著「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」[文献1]では、目標が当初の目論見どおりの方法で達成されるとは限らないこと、目標の設定によっては破滅的な結果に至る場合もあることなど、一般に「合理的」と言われるアプローチの問題点が指摘され、回り道的なアプローチの重要性が述べられています。ちなみに、本書の原題は、「Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly」であり、「想定外」とはややニュアンスが異なるように思いますが、Obliquity(回り道)についての厳密な議論をすることが目的ではないでしょうから、本書の主題は「簡単には思いつかない方法、試行錯誤的方法、そこからの学習を活かす方法」と考えておけばよいのではないかと思います。以下、3つの部分に分かれた本書の構成に従い、内容をまとめます。

第1部:回り道の世界

第1部では「回り道」の役割について述べられています。
第2章、幸福:なぜ、幸福を追求しない人のほうが幸福になるのか?(原著では、Happiness(米版はFulfillment - How the Happiest People Do Not Pursue Happinessなので少しニュアンスが違うと思います)
・「幸福は幸福の追求によっては達成されない。[原著p.12]、」「幸福とは、そこにあることに気づく類のものであり、どこかへ探しに行くものではない。[p.41]」。
第3章、利益追求のパラドクス:なぜ、利益を追求しない会社のほうが利益をあげるのか?The Profit Seeking Paradox - How the Most Profitable Companies Are Not the Most Profit Oriented
・「最も利益の出るビジネスは、最も利益を求めたわけではない[原著p.12]」。例えばICIでは「『社会的責任を持って化学を製品に取り入れる』という、回り道的なミッションのほうが、(「市場牽引」「世界最高のコスト体質」を目指す)新しい直接的なミッション以上に株主価値を創造していた[p.45]」。
第4章、ビジネスは芸術である:なぜ、お金を追求しない人のほうがお金持ちになるのか?The Art of the Deal - How the Wealthiest People Are Not the Most Materialistic
・「最も豊かな人は、富の追求を最も重要と考える人ではない[原著p.12]」。「ビジネスを成功へ導く動機は仕事に対する情熱であり、金銭に対する執着とはまったく別のものである[p.76]」。「金銭はステータスを表わすもの、賢明に働いてきた証明、あるいは権力やビジネスに対する情熱の副産物に過ぎない[p.77]」

・「利益を追うだけの企業文化では、従業員が経営方針に必ず従うとは限らないし、業績が悪化した場合には社会の共感が得られないのだ。[p.76]」。「富の獲得も幸福の実現と同じように、回り道をたどるものであり、極端に直接的なアプローチに走れば、その行き着く先は破産裁判所、もしくは刑事裁判所ということになる[p.78]」として、利益追求が破滅的な結果を招いたとされる例をあげています。
第5章、目的、目標、行動:なぜ、目的より先に手段がわかることがあるのか?Objectives, Goals and Actions – How the Means Help Us Discover the End
・「目標は多面性を持ち、ひと言では言い表せない。そして、目的、目標、行動は相互に関係しながら変化する。さらに、第三者や外部組織との接触により、世界は思いもかけない影響を蒙る。複雑過ぎて正確な分析も計測も不可能であり、問題が起きても、この不確実な世界ではその内容も完全には把握できない。したがってビジネスの環境において・・・、目的を明確に定義し、分析し、それを目標に置き換え、さらに具体的な行動に分解したうえで意思決定をするなど土台無理な話である。・・・正確な把握が不可能なこの世界で高い次元の目的を実現したければ、互いに矛盾し、同じ基準で測れない要素のバランスを図り続けるしかないのだ。それは、まさに回り道的なやり方である。[p.88-89]」
第6章、回り道のユビキタス:なぜ、生活のあらゆる面に回り道があるのか?The Ubiquity of Obliquity – How Obliquity is relevant to Many Aspects of Our Lives
・回り道的なやり方が有効な例をあげ、「回り道による解決は、一見問題を複雑にするが、結果としては単純化することになる[p.98]」。「答えが突然姿を現すという恩恵に浴せるのは、長い間、回り道をたどりながら考え続けた人間だけだろう[p.105]」、と述べています。

第2部、回り道の必要性:なぜ問題が直接的に解決できないことがよく起きるのか?
第2部では、多くの問題において、直接的アプローチが現実的でないことが述べられています。
第7章、「ごちゃまぜ検討」:なぜ、回り道のアプローチが成功するのか?Muddling Through – Why Oblique Approaches Succeed、注)Muddling Throughは「計画もなくなんとか切り抜ける」という意味ではないかと思います。本文中でリンドブロムが引用されていますので、インクリメンタリズム(漸増主義)に関係する考え方とすると「ごちゃまぜ検討」という言葉はそのように理解したほうがよいと思います。)
・「計画としても、ガイドラインとしても、根本から考えるやり方が『最良』ではある。しかし、このやり方は複雑な課題を解決する場合には使いものにならない。当事者は限られた範囲内での比較をくり返すしかないのである(リンドブロム)[p.109]」。これは「『回り道』と言ったほうが適切かと思う。回り道は、検証と発見のプロセスであり、その過程における失敗や成功、知識の獲得により、目標や目的、そして行動が再評価されていくことになる[p.114]」。「目的が単純明快で方針と実行計画が簡単に区別できる、他者の影響は限られ、予想が可能、オプションやリスクを特定する能力がある、課題の内容が理解できる、そして、理論化に自信を持っている。こんな場合なら直接的なアプローチが有効だろう[p.120]」。
第8章、多元論:なぜ、一つの問題に複数の回答が存在するのか?Pluralism – Why There Is Usually More Than One Answer to a Problem
・バーリンは「社会的、政治的な目標は多元的であり、どの目標も相容れず、同じ次元では測れないとした。・・・こうしたバーリンの考え方は、多元論であり、その骨子は『一つの問題に対し、複数の答えがあるという概念』に基づいている。・・・多元論は、その性格からして回り道を取らざるを得ず、その反対の一元論は直線的に進むことになる。[p.134-135]」
第9章、相互作用:なぜ、行動の成果がやり方に左右されるのか?Interaction – Why the Outcome of What We Do Depends on How We Do It
・「日常の課題では目的が曖昧であり、当事者が置かれる状況も複雑である。問題の把握が完璧になることはないし、環境の変化もとらえにくい。さらに重要なのは、当事者が動いた結果が問題の本質まで変えてしまうということだ。[p.152]」
・設定した目標が、必要なデータをねじ曲げてしまうことがある(グッドハートの法則)[p.152]。
第10章、複雑性:なぜ、直接的なやり方が複雑すぎるのか?Complexity – How the World Is Too Complex for Directness to be Direct
・「我々はその構造を不完全にしか理解できない複雑系を扱う。[原著p.13]」
・フランクリンの言い訳:「一度決めた内容がどんなものであれ、そこにそれなりの理由を後付けすることができる[p.163]」。正確な値を出すのが難しく可能な限りの推定値を出す場合、それは上層部の聞きたい数値に向けてゆがめられることがある。
第11章、不完全性:なぜ、われわれは問題の本質がわからないのか?Incompleteness – How We Rarely Know Enough About the Nature of Our Problems
・「将来、何が大切になるか。それはわれわれの知識の届く範囲の外にあり、未来にしか存在し得ない。直接的なアプローチは未来を予想する力を必要とするものであり、それはわれわれが保持する能力を超えたものである[p.187]」
12章、抽象化:なぜ抽象化は完璧にできないのか?Abstraction – Why Models are Imperfect Description of Reality
・「抽象化とは、説明の難しい複雑な問題を解決できそうな単純なものに置き換えるプロセスのことである。ただし、どの程度の単純化がよいかを決めるには、適切な判断力と経験を要する。われわれが行う抽象化には特殊なものが多いが、通常はどうしても当人の主観が反映されたものにならざるを得ない[p.188]」

第3部、回り道とつきあう:複雑な世界で問題を解決する方法
第3部では、問題解決と意思決定への回り道的アプローチについて述べられます。
第13章、歴史の揺らめく光:なぜ、結果から誤った意図を推測してしまうのか?The Flickering Lamp of History – How We Mistakenly Infer Design rom Outcome
・「ビジネスチャンスは偶然の産物なのだ。しかし、われわれはそこに経営者の強靭な意志や周到な計画の存在を考えたがる。つまり、回り道をたどっていたのに、直進路を進んで来たという理解をしたがる[p.205-206]」。「原因から結果に至る過程がわからない、あるいは理解できないという場合、結果と仮定の関係に誤った推測が入り込みやすい[p.211]」。「課題への対応は常にどちらか一方ということではなく、直接的なやり方から回り道なやり方に至るまで、・・・意思決定にもバラエティがある。[p.213]」
第14章、ストックデールの逆説:なぜ、われわれの選択肢は思ったより少ないのか?The Stockdale Paradox – How We Have Less Freedom of Choice Than We Think
・目的の曖昧さや環境の複雑さを知り、第三者の反応は予測が難しい状況では、「限られた範囲の選択肢しか持ち得ない[p.225]」
第15章、ハリネズミとキツネ:なぜ、優れた意思決定者は知識の限界を悟れるのか?The Hedgehog and The Fox – How Good Decision Makers Recognize the Limit of Their Knowledge
・「人間は大事を深く知るハリネズミか、小事を多く知るキツネかに大別できる。ハリネズミはゆっくりと直接的に動き、キツネは素早く、そして回り道的に動く。・・・(テトロックによれば)判断の正確さではキツネに軍配があがるが、大衆の人気はハリネズミに集まる。[230-231]」
第16章、盲目の時計職人:なぜ、環境に適応することが知能を超えた行為なのか?The Blind Watchmaker – How Adaptation Is Smarter Than We Are
・「意図のない進化、すなわちリチャード・ドーキンス・・・の言葉を借りれば『盲目の時計職人』が、人類の理解を超えた複雑なものを創りだすことができる[p.238]」。
・「ビジネスや政治、あるいは個人の生活においても、直接的には解決できない問題が存在する。目的は常に唯一ということはなく多様であり、同じ次元では比較できない目的や矛盾する目的が共存している。行動の結果は自然現象であれ、人為的なものであれ、相手の反応次第であり、予測もできない。われわれを取り巻くシステムは、複雑過ぎて人間の理解の範囲を超えているのだ。さらに、そうした問題、そしてその将来について必要な情報を手に入れることも不可能である。そんな環境下で満足のいく対応をするには、単に行動するしかない。『計画を実行する』では無理だろう。ベストな結果とは回り道によって得られるものであり、結局は同じことの繰り返しや環境への適応、つまり、実験と発見の連続するプロセスの帰結である[p.244]」。
第17章、ベッカムのようにボールを曲げろ!:なぜわれわれは語るより多くを知っているのか?Bend It Like Beckham – How We Know More Than We Can Tell
・「われわれは語る以上に知っている(ポランニー)。本能も直感も・・・研ぎ澄まされた技術と言うしかない[p.255]」。
第18章、デザインのない秩序:なぜ、目的を把握せずに複雑な結果が出せるのか?Order Without Design – How complex Outcomes Are Achieved Without Knowledge of an Overall Purpose
・「社会組織は環境適合のくり返しにより発生するもので、明確な精神の産物ではない[p.262]」

・「ビジネスは常に社会のニーズに応える必要があり、その前提において、短期的には遵法性、長期的には存在の継続が必要なのだ。つまり、利益の追求のみが企業の目的にはなり得ない[p.264]」
第19章、「いいだろう。自己矛盾をしようではないか」:なぜ、考えが不変であることより正しいことのほうが重要なのか?Very Well Then, I Contradict Myself – How It Is More Important To Be Right Than To Be Consistent
・「合理性の証明としての判断の不変性は、われわれが暮らすこの世界より、はるかに確実性のある世界の産物であるはずだ。・・・不確実な環境下では、常に一定なものなど結局は想像の産物[p.277]」。
第20章、大量破壊兵器はあったのか:なぜ、偽の合理性がすぐれた意思決定と混同されるのか?(Dodgy Dossiers – How Spurious Rationality Is Often Confused With Good Decision Making
・「合理性についての誤った理解があるために、優れた知見や技術が見過ごされ、われわれの日常は非合理性と誤った意思決定で埋まっているように思える[p.289]」

結論
第21章、回り道の実践:回り道的な意思決定のアドバンテージ

・「大概のケースにおいて、われわれは回り道的なやり方で問題を解決している。試行錯誤をくり返し、その都度学んだことを吸収して先に進む。・・・選択肢は限られ、関連情報は少ないどころか、どこで得られるかの指針もない。・・・世の中は、当然のことながら一定の変化をせず、最善とされた意思決定がそのままよい結果につながるとは限らないのだ。よい結果を招いた原因が、優れた決断や有能な意思決定者の存在を示唆するものでもない。最善の解決策が前もって存在するという考えには、大きな誤解があると言ってよいだろう。」[p.295
・「問題を解決する能力は、高い次元の目的について、さまざまな角度から何度も考えてみるところにある[p.296]」。「とにかく何かに手をつけてみることだ。目的や目標に関わる小さな課題を選んでみればよい。『取りかかる前に計画を作る』という言葉は順当に聞こえるが、そんなことはまずできないだろう。目的が定義されてはいないし、問題の内容も変化する。事態は複雑極まりないし、情報も不十分というのが実情ではないだろうか。[p.300]」。「回り道的なアプローチには、単純な事例一つではなく、複数のモデルや事象が判断の道具として活用されている。世界を単一モデルや事象に当てはめてしまい、実在する不確実性や複雑さが見落とされることなどはあってはならない。[p.301]」。「われわれの判断力は、訓練によって向上する[p.303]」。「高い次元の目的が明確で、実現に必要なシステムについても熟知しているなら、直接的なやり方で課題に取り組むとよいだろう。しかし、目的が明確なことはまずないし、それに関わる要因の相関性は予知しがたく、状況は複雑という場合が多いはずだ。さらに、問題が正確に把握されているとは限らず、環境の変化も読めないというのが実情ではないだろうか。そこで、回り道的なやり方が必要になるのである。[p.304]」
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著者が指摘する、不確実な状況における回り道的、試行錯誤的アプローチの重要性については、研究者は比較的こうしたアプローチに慣れていると思います。直接的なアプローチの問題点を感じている人も多いと思いますが、不確実なプロセスを深く理解することで、確実なプロセスつまり直接的アプローチが有効な状態にもっていきたいという願望も同時に持っているかもしれません。そうした願望を持つこと自体には問題はないと思いますが、直接的なアプローチを理想的なものとしてあらゆる場合に適用しようとすることには危険が伴う、ということはよく認識しておかなければならないでしょう。一元論的な世界観の危うさについての著者の指摘は重要だと思います。

とは言うものの、本書の議論は事例中心で、異なる解釈の余地もあるように思います。著者が自分の考えに合う事例を恣意的に列挙しているという反論もありうるでしょう。議論にもやや乱暴なところもあり、直ちにそのまま受け入れにくいという印象を持つ方もいると思います。しかし、確実でないからという理由だけで否定してしまうには、あまりに重要な指摘が含まれているように思いますがいかがでしょうか。実務的にも、どんな場合、どんな課題に対して直接的または回り道的アプローチが有効なのか、何を目的、目標にすべきか、などが提示されていて、よりよいマネジメントや意思決定を実現する上で参考になると思います。研究開発には試行錯誤的、回り道的アプローチが重要だと考えるなら、直接的なアプローチを重視する人に対しては、その問題点をきちんと指摘して納得してもらう必要があります。そうした議論の第一歩として、今後こうした議論が広まり、深まっていくことを期待したいと思います。


文献1:John Kay, 2010、青木高夫訳、「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012.
原著表題:Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly

参考リンク<2014.2.23追加>



「集合知とは何か」(西垣通著)より

多数の素人の意見の寄せ集めが、専門家の予測よりもよい答えを出すことがある、などの現象で注目される「集合知」については、以前にスコット・ペイジ著「多様な意見はなぜ正しいのか」という本を取り上げて考えてみました。今回は、西垣通著、「集合知とは何か」[文献1]に基づいて、さらに視点を広げて考えてみたいと思います。

著者はまず、3.11震災と原発事故を契機に、「『専門家の権威』にたいする一般の人々の信頼がゆらいで」いること、そのかわりに「一般の人々の意見をあつめる『集合知』」とりわけ、「『ネット集合知』への期待が高まっている」ことを指摘しています[p.ii]。その上で、「ただ、みんなの発言を機械的にあつめ、集計すればよいわけではないだろう。ネット集合知が有効性を発揮するための条件とは何か。客観的な知識命題と、主観的な利害や感情との調整はどうするのか。そんな具体的問題を考えていくと、われわれは厭でも『人間にとって、知とは何か』という、いっそう根源的な問題につきあたる。この難問を解くための第一歩として、本書を位置づけて」ほしいと述べています[p.iii]。以下、本書の要点をまとめましょう。

第1章、ネット集合知への期待
・著者は専門家が信頼を失った理由のひとつとして、「アカデミズムの質的な凋落」を指摘しています。その原因は2点、「過度の専門分化」と「学問研究への無制限な市場原理の導入(著者は、大学向け教育予算の大幅削減が狙いではないかとしています)」を挙げています。その結果、「専門知の普遍性が崩れ」、「専門家が一般のアマチュアと同じく、いわば主観的な知しか生みだせないならば、一般の人々の専門家にたいする無条件の信頼はゆらいでいかざるをえない。[p.16]」と分析しています。
・その状況にインターネットの発達が加わり、「従来、民主主義社会における一種の夢想でしかなかった『集合知(collective intelligence)』の実現が、にわかに現実味をおびてきた[p.19]」、としています。
・「集合知というのは、広義には、生命体の群れのなかに宿る知のことである」。「ただし、本書でとりあげる集合知はより狭く、人々のいわゆる『衆知』、とくにインターネットを利用して見ず知らずの他人同士が知恵をだしあって構築する知のことを意味する。」[p.19-20
・集合知が正しくなる条件:はっきりした正解が存在し、それを多数の人が予測する場合には、集合知が効果を発揮する可能性は高い。ポイントは、「集合知定理」であって、このときには、「推測方法の多様性」の増大が、精度のよい集合知の決め手になる。[p.192-193
・集合知定理[p.36-37]とは、集団誤差=平均個人誤差-分散値
 ここで、集団誤差=(集団内の個人の推測値の平均-真の値)2
  平均個人誤差=(集団内の個人の推測値-真の値)2の平均値
  分散値=(集団内の個人の推測値-集団内の個人の推測値の平均)2の平均値
 (ペイジ著「多様な意見はなぜ正しいのか」では、多様性予測定理として、集団的誤差=平均個人誤差-予測多様性、と表現されていたもの)
・一方、正解がなく、人々の意見や価値観が対立している問題については、集合知が有効かどうかはわからない。[p.43p.193

第2章、個人と社会が学ぶ
・「もし専門知にかわる集合知という新たな知の枠組みを本気でもとめるなら、単にネットから所与の知識命題をあつめてくればよいというわけにはいかない。誰しもが、知の構築という困難な作業と向き合わなくてはならなくなる[p.51-52]」。
・「所与の知とは『社会的に権威づけられた知』ということである。・・・人間社会が存続していくためには、社会集団の誰もがその妥当性を疑うことのない、何らかの所与の知が不可欠である。さもないと集団の秩序が失われ、人々の行動がたちまち紛糾し混乱してしまうからだ[p.52]」。「『所与の知識』は学校に通う年齢になってから勉強するものがほとんどだ。・・・だが、生きるための基本的な知識は、もっと幼いころ、母語習得とともに身につけることが多い。そこに生命的な知の原点がある。生命的な知とは、本来、本能的、身体的なものである。敵から逃げたり、エサを探したりするための知がもっとも基本的なものだ。つまり、知とは生物が生きるための実践的な価値とかかわっており、『真理』といった普遍的かつ超越的な価値を反映した天下りの知は、むしろ歴史的、文化的、宗教的な所産である。権威づけられた『所与の知識』も、その基盤は、いわば、人間が社会的にこしらえあげたものに他ならない。・・・現代の科学技術に支えられたいわゆる『客観世界』も、実は、われわれ人間が相互にコミュニケートしあいながら生きていくための便利な約束事、くらいに考えたほうがよいのだ。[p.74]」
・「ラディカル構成主義」によれば、「人間は世界についての知識を外部から獲得するのではなく、世界のイメージを『内部でみずから構成していく』ということになる。ラディカル構成主義において、人間の認知活動とは、外部の客観世界のありさまを直接見出すことではない。大事なのは、試行錯誤をつうじて周囲状況に『適応(fit)』することなのである。ここで『適応』というのは、何らかの行動をした結果を自分の世界イメージにフィードバックすることだ。自分の概念構造にもとづいて行動してみて、うまくいけばそれでよし、失敗したら概念構造を変更するのである。ポイントは、所与の概念構造への一致は要求されない、という点だ[p.76]」。
・「コンピュータとは論理実証主義の潮流をふまえ、『人間のかわりに正確に思考をおこなう機械』として半世紀あまり前に誕生した[p.60-61]」。「その後、21世紀にかけてIT業界では・・・『AI(Artificial Intelligence)からIA(Intelligence Amplifier)への転換』」が起こった。「人間の思考というものの理想型を『形式的ルールにもとづく論理命題の記号操作』とのみとらえ、それを実現する『汎用機械』としてコンピュータを位置づける、という20世紀的な考え方が大きな壁にぶつかった」という認識とともに、「コンピュータに問題解決を丸投げするのではなく、コンピュータの能力を上手につかって人間の知力を高め、問題を解決するという方向」に転換しつつある[p.69-71]。

第3章、主観知から出発しよう
・「クオリア(qualia)とは、・・・心のなかに生じる、一回かぎりの『感じ』のこと[p.79]」。「われわれの喜怒哀楽をともなう体験はみな、取り換えのきかない個別の身体をベースにしたクオリアから成り立っている。微妙で割り切りがたい感覚にもとづいて、主観的な世界イメージが構成されるのだ。・・・情報を共有するとか、心を開いて共感するとか言う。だが、それらはあくまでも、心がほんとうは閉じているという絶望的な事実をふまえた上での、一種の希望以上のものではない[p.82]」。
・ジェームズ=ランゲ説:「『自覚的な感情の体験より、末梢神経の生理学的反応が先行する』という理論。・・・生物進化史をふりかえれば、複雑な感情よりまず身体反応ありきという仮説は、まことに腑に落ちる[p.84]」
・「知というのは、根源的には、生命体が生きるための実践活動と切り離せない。・・・生命的な行動のルールは、遺伝的資質をふくめた自分の過去の身体的体験にもとづいて、時々刻々、自分で動的に作りださなくてはならない。だから生命体は、システム論的には自律システムなのである。コンピュータのように外部から静的な作動ルールをあたえられる他律システムとは成り立ちが違うのだ。・・・幼児の発達とは、外部の客観世界を正確に認知していくのではなく、環境世界に適応するように主観的な世界を内部構成していく過程に他ならない。それが知のベースであることは、現代人でも共通である。要するに、現実に地上に存在するのは、個々の人間の『主観世界』だけなのだ。・・・まずは、クオリアに彩られた生命的な主観世界から出発しなくてはならない。[p.198-199]」
・ポラニーの「暗黙知理論のすばらしさは、単に語れない知識の存在を指摘した点ではない。ある対象の意味を把握するには、それより下位の要素的な諸細目を身体で感知しつつ、対象を全体として包括的にとらえる作用が必要だという、生命的な認知のダイナミックスを指摘した点にある。[p.95]」
・「細胞は、外部から与えられる設計図なしに、自分と似た細胞を次々につくりだす。だから『オートポイエティック(自己創出的、Autopoietic)』な存在なのである。・・・自分で自分を創りだすとは、作動の仕方も自分で決めるということだ。だから生命体は『自律的(autonomous)』なシステムでもある。[p.100-101]」
・「心はもともと閉鎖系だ。知の原型は、主観的で身体的なクオリアをベースにして、一人称的なものとして形づくられる。その意味で閉じている知を、簡単につたえることなどできるはずはない。それなのに、社会のなかで『情報』が伝達され、それらを組み合わせて三人称的な『知識』が構成されていくのはなぜか。これは、個人と社会という2レベルのHACS(階層的自律コミュニケーション・システム、Hierarchical Autonomous Communication System)の関係を考えることで明確になる。[p.107]」
・「コミュニケーションとプロパゲーション(意味伝播)をつうじて、クオリアのような主観的な一人称の世界認識から、(疑似)客観的な三人称の知識が創出されていく。形づくられるのは、一種の社会的な『知識』であり、『意味』である。[p.110]」

第4章、システム環境ハイブリッドSEHSとは
・ウィーナーが提唱した「サイバネティクスとは本来、生命体が生きつづけるために、いかに電子機械を活用すればよいか、という実践知に他ならない。・・・つまり、サイバネティクスの狙いは、生命体を機械化することではなく、逆に機械を利用可能なかたちで生命体に組み込むことにあった。[p.114]」
・「ウィーナーのかかえていた問題点を見ぬき、生物の主観世界を考慮した革新的なサイバネティクスが・・・『二次サイバネティクス』と呼ばれている。『二次(second-order)』という用語は『サイバネティクスのサイバネティクス』、つまり『観察行為を観察する』という世界認識上の操作からきている。・・・ウィーナーの一次サイバネティクスは『観察されたシステム』を対象とするが、二次サイバネティクスは『観察するシステム』を対象とする、とよくいわれる。これは要するに、前者が機械のような入出力のある開放システムを対象とするのに対し、後者は生物のような再帰的・循環的な閉鎖システムを対象とする、ということだ。[p.116-117]」
・マーク・ハンセン、ブルース・クラークは、「二次サイバネティクスやオートポイエーシス理論や機能的文化社会理論など、閉鎖システムの議論をまとめて『ネオ・サイバネティクス』と命名し、21世紀をになう中心的な知の一つとして位置づけ[p.127]」ている。さらにハンセンは、「SEHS(システム環境ハイブリッド、System-Environment Hybrids)」を提唱。SEHSとは「高水準の包含性をもつ『暫定的な閉鎖システム』。[p.128]」
・「人間集団のなかに、ある種の不透明性や閉鎖性があるからこそ、われわれは生きていけるのである。情報の意味内容がそっくり他者に伝わらないというのは、本質的なことなのだ。[p.208]」

第5章、望ましい集合知を求めて
・一人称の主観知から三人称の客観知をいかに導けばよいのだろうか。・・・ネットを利用してクオリアの壁をのりこえ、真の客観知とはいわないまでも、何らかの有効な共通知が導出できるなら、それはネット集合知の名に値するだろう。ここで注目されるのは『二人称の知』である。・・・要するに二人のあいだの対話、問いと答えの繰り返しこそが、ボトムアップの集合知の基本単位となるのだ。それがコミュニケーションにもとづく三人称的な知識の長期的な意味伝播(プロパゲーション)につながる。[p.151-152]」
・「対話における不透明性(不確実性)に注目するのが二人称の心身問題[p.154]」。「二人称の心身問題について、非常に示唆にとんだ研究成果が情報学者西川アサキによって発表された。[p.155]」その「シミュレーション結果は、『オープン』な社会がかならずしも望ましくないことをしめしている。つまり、人間が自律性を失って開放システムに近づくと、社会がいわば透明になりすぎ、外部環境の変動にともなって、『絶対的リーダーへの一極集中/多極化/完全な無秩序』といった諸状態のあいだをぐるぐる彷徨することになりやすいのだ。・・・これに対して、人間(生命体)本来の閉鎖性が保たれていれば、それぞれが自律的で唯一の価値尺度は存在しないにもかかわらず、社会のなかに一種の『慣性力』がはたらいて安定したリーダーが生まれ、そのもとで一定の権威をもつ質疑応答がおこなわれる。たぶんこれは、実践的なネット集合知の生成につながるだろう。[p.176-177]
・「階層的な連合体としての情報社会において、ITはいかなる役割をもつべきなのだろうか。個人同士、社会集団同士をむすぶグローバルなネットはもちろん不可欠だが、それだけでは足りない。むしろ大切なのは、ローカルな社会集団内でのコミュニケーションの密度をあげ、活性化していくためのITだろう。言いかえると、社会集団の下位レベルにある暗黙知や感性的な深層をすくいあげ、明示化するような機能が、ITに期待されるのである。[p.209]」「切望されるのは、人間のコミュニケーションにおける身体的・暗黙知的な部分を照射し、人間集団を感性的な深層から活性化し、集団的な知としてまとめあげるためのマシンなのだ。[p.212]」

第6章、人間=機械複合系のつくる知
この章では、全体のまとめが述べられています。(本稿では各章の紹介に含めてまとめました)
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本書では、単にみんなの意見としての集合知の問題にとどまらず、IT技術の発達を前提とした「知」のあり方が議論されています。知とは何か、知を伝えること、知を学ぶこと、知を創造すること、とはどういうことなのか、本書の考え方が唯一絶対の客観的な真理というわけではありませんが、本書から得られる示唆について個人個人が自律的に考えてみる価値はあるのではないでしょうか。

本書の議論の実践面での適用範囲はかなり広いように思われます。例えば、野中氏による知識創造理論(SECIモデル)について、なぜそのようなモデルで組織的知識創造が進むのかに対するひとつの考え方を提供しているといえるのではないでしょうか。SECIモデルで考察される暗黙知は個人の心の中、閉鎖系に存在するものだとすれば、それを組織内に伝えることには困難が伴います。それを組織で活用するには、対話を通じて表出化し、他の知識との連結をはかり、そしてそれを自分の知識として内面化し、新たな暗黙知を創造することが必然的に求められるということ、すなわち、これは本書でいうところの階層的自律コミュニケーション・システムの作用として考えることができると思います。また、効率化を目指して人間を機械と同じように扱うことが知識創造にとって好ましくないことも理解できそうです。さらに、シミュレーションに基づいた組織の安定性についての考え方も興味深いと思います。すわなち「メンバーの多様な価値観を包摂し、リーダー(中枢)にたいする『ほどほど』の従属関係があるとき、世界の崩壊はおきにくい。逆に、メンバーに『できるだけ透明な情報伝達』と一元的な価値観とを強制する独裁社会のような場合には、多様性にもとづく知が生まれず、世界は不安定になってしまう。[p.177-178]」という洞察は、企業マネジメントの観点からも示唆に富んでいると言えるでしょう。集合知に限らず知の本質についての理解を深めることが、このような人間活動に対する理解につながるとすれば、それは実践的にも意味があるはずです。理系の研究者、技術者にとっても、知識を扱う専門家として、こうした知識の本質を知っておく必要があるのではないでしょうか。

文献1:西垣通、「集合知とは何か ネット時代の「知」のゆくえ」、中央公論新社、2013.

参考リンク<2014.3.23追加>


 

科学の話題・目次(2013.9.16版)

「科学の話題」というカテゴリーでは、社会や企業活動、研究開発と関係のありそうな科学の話題について書いています。この目次では記事表題とリンクをリストにし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割して別ページとしました。それぞれの「参考リンク」ページのリンクの接続確認、気付いた新たなリンク追加も行なっています(各ページでは内容変更があったもののみ更新日付を変えましたが、日付が変わっていないページでも接続確認はしています。)

その1・・・要約入りはこちら
科学研究の動向
「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2012より2012.2.5)、参考リンク
「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2011より
2011.2.6)、参考リンクは上と同じ
論文から見た各国の科学力比較
2011.1.16)、参考リンク

科学と社会
科学と倫理(今道友信著「エコエティカ」より)2013.1.27)、参考リンク
「もうダマされないための『科学』講義」-科学でダマし、ダマされる状況について考える
2012.1.22)、参考リンク
科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション
2011.7.18)、参考リンク
技術で仕事はどう変わる?
2011.8.21)、参考リンク
理系と文系、とイノベーション
2011.5.1)、参考リンク
「科学嫌いが日本を滅ぼす」(竹内薫著)感想
2012.10.21)、参考リンク
「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)
2011.2.27)、参考リンク
「不完全な時代――科学と感情の間で」感想
2012.3.4)、参考リンク
「科学との正しい付き合い方」感想 (科学者とそれ以外の人との付き合い方?について)
2010.11.21)、参考リンク
動的平衡
2010.10.31)、参考リンク

研究開発事例
1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」2011.12.25)、参考リンク
2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)
2010.12.5)、参考リンクは上と同じ

研究マネジメント事例
祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授2010.10.11)、参考リンク
iPS細胞研究に見る研究の進め方雑感
2011.12.11)、参考リンク
MITメディアラボの研究マネジメント考
2012.12.31)、参考リンク

研究の方法
シチズンサイエンス考2012.7.1)、参考リンク
ロボットに研究ができるなら
2011.4.3)、参考リンク
ビッグデータ考
2013.5.6)、参考リンク


その2・・・要約入りはこちら
科学哲学関連
「理性の限界」「知性の限界」2011.9.19)、参考リンク
「感性の限界」(高橋昌一郎著)より
2012.11.11)、参考リンクは上と同じ
科学哲学の使い方(「理系人に役立つ科学哲学」感想)
2011.10.10)、参考リンク
「なぜ科学を語ってすれ違うのか」に学ぶ
2011.11.6)、参考リンク
「テクノロジーとイノベーション」感想
2012.4.1)、参考リンク

判断、予測、行動経済学、複雑系周辺
いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)2012.7.29)、参考リンク
科学的判断の受け入れ(「代替医療のトリック」感想)
2012.9.23)、参考リンク
多様性の意義(スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」より)
2013.2.24)、参考リンク
複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)
2012.6.10)、参考リンク
ネットワークの力(クリスタキス、ファウラー著「つながり」より)
2013.3.31)、参考リンク
「ファスト&スロー」(カーネマン著)より
2013.7.7)、参考リンク
「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」(ダン・アリエリー著)より
2013.8.11)、参考リンク
関連記事
意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)
2012.10.28)、
参考リンク
複雑系経営(?)の効果2012.5.6)、参考リンク

ヒトの行動、社会、進化
「ヒトは環境を壊す動物である」感想2010.12.26)、参考リンク
「利他学」(小田亮著)より
2012.12.2)、参考リンク
進化心理学からの示唆(「友達の数は何人?」ロビン・ダンバー著)より
2012.8.26)、参考リンク
「働かないアリに意義がある」感想
2012.4.22)、参考リンク
利他性と協力
2012.5.13)、参考リンク
天才の創造性の源泉とその活用
2013.6.2)、参考リンク


「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

イノベーションを成功させるためには、アイデアだけではなくそのアイデアをどのように事業化するかも重要です。しかし、事業化段階において、どんな点に注意してどのように実行すればよいのかについてはそれほど明確ではありません。今回は、事業化に向けてのイノベーションの実行段階に焦点を当て、どのようにすれば障害を乗り越えられるかを述べた、ゴビンダラジャン、トリンブル著、「イノベーションを実行する」[文献1]の内容をまとめておきたいと思います。

本書の原題は「The Other Side of Innovation, Solving the Execution Challenge」です。著者らは、「確かにアイデアなしではイノベーションは始まらないが、『ビッグアイデア探し』の重要性はあまりにも強調されすぎている。だからわたしたちは・・・イノベーションの向こう側、つまり『実行』を取り上げることにした。[p.284]」と述べています。原題にあるthe other sideは、もう一つの側面(向こう側)、すなわち「アイデア」とは異なる側面=「実行」の側面、でありこれが主題ということでしょう。

本書のもう一つの特徴は、著者らが、いわゆる起業家ではなく大企業におけるイノベーションを想定している点です。著者は、「現実問題としては、多くのイノベーションはゼロからの起業家の手には届かないところにある。しっかりと確立した大企業にしか、取り組めないのだ・・・。わたしたちは、大企業こそ、人類が直面している・・・最大の、そして複雑な問題解決に最も貢献できると考えている。[p.295]」と述べています。これは、Christensenがイノベーションのジレンマで指摘した「実績ある企業の成功のかぎとなる意思決定プロセスと資源配分プロセスこそが、・・・破壊的イノベーションに直面したときに優良企業がつまずき、失敗する理由である[文献2、p.139-140]」、「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せる方法を選ぶべきである[文献2、p.192-193]という考え方に逆らうもののように思われます。しかし、著者らは、破壊的であるかどうかにかかわらず大企業にイノベーション実行上の問題点があるなら、その問題点が取り除かれれば小規模な組織でなくてもイノベーションが可能になる、と主張しているようにも思われます。以下、本書の内容をまとめます。

はじめに:イノベーションを実行する
・「イノベーションのほんとうの課題はアイデアの先にある。そこには――創意から影響力をもつ現実への――長く厳しい道程がある。[p.51]」
・「『パフォーマンス・エンジン』は強力で有能だ。生産性と効率を実現し、成長に導く力があるし、ある程度のイノベーションの能力もある。継続的な改善のプロセスや過去と類似商品の開発イニシアチブには取り組むことができる[p.51]」。ここで「パフォーマンス・エンジン」とは、「成長し成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる。組織は不可避的に、わたしたちが『パフォーマンス・エンジン』と呼ぶものに進化する[p.30]」、というものです。
・(パフォーマンス・エンジンの能力を)「超えた部分では、イノベーションと継続事業のあいだには基本的な矛盾があり、『パフォーマンス・エンジン』だけではイノベーションは不可能になる。[p.51]」
・「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[p.52]」
・「本書の基本的な処方箋:どのイノベーション・イニシアチブ(取り組み)にもそれ専用のモデルで編成されたチームと、綿密な学習プロセスを通じてのみ修正される計画が必要である。[p.52]」
・『パフォーマンス・エンジン』との緊張は避けられないにしても、イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[p.52]」

第1部:チームづくり
第1章、分業
:専任チーム(フルタイムでイノベーション・イニシアチブの実行に専念する)と共通スタッフ(「パフォーマンス・エンジン」の一部で、パートタイムで一部のイノベーション・イニシアチブの実行や支援にあたる)のあいだで、イノベーション・イニシアチブ実行の責任をどう分担するかを決める。
・「業務上の関係から生じる限界は、個人のスキルの組み合わせから生じる限界よりもずっと厳しい[p.70]」。「問題は、『パフォーマンス・エンジン』が継続事業をうまく維持したうえで、何ができるかということだ。・・・『パフォーマンス・エンジン』内部の作業編成がイノベーション・イニシアチブのある部分の必要性と矛盾するなら、その部分は専任チームに任せなければならない[p.61]」。「イノベーション・イニシアチブを支援する『パフォーマンス・エンジン』が取り組む仕事は、継続事業と並行して流れるものでなければならない・・・。それならイノベーション・イニシアチブの支援が追加されても、『パフォーマンス・エンジン』を流れる仕事の量が変化するだけですむ。[p.72]」
・「パフォーマンス・エンジン」の作業編成がイノベーション・イニシアチブの要求に適合するかどうかは、作業編成の3つの基本的側面(深さ、パワーバランス、作業リズム)から判断する。深さとは、例えば同じ部品を担当するなどの場合に密接に協力するなど、業務上の関係の深さのこと。パワーバランスとは、例えば権威や主導権を持つなどのこと。作業リズムは、開発期間、予算規模などのこと。[p.62-88

第2章、専任チームの人材集め:誰を専任チームに入れるか、またその役割と責任を決める。
・専任チームを結成するときのアドバイス:1)必要なスキルを明確にする、2)可能な限り最高の人材を採用する、3)専任チームの組織モデルを仕事の内容に合致させる。[p.93
・よくある7つの間違い
第1の罠、インサイダー重視のバイアス:プライド、なじみ、気楽さ、便利さ、報酬規定、社内の人間にチャンスを与えたいという思いなどから内部の人間をチームに入れたくなるが、スキル不足のリスク、組織の記憶に妨げられて失敗するリスクがある。組織の記憶とは、いわゆる、古いやり方、慣れ親しんだやり方、習慣やバイアス、行動パターン、思考パターンなど。「専任チームには内部の人間と外部の人間の両方が必要だし、『パフォーマンス・エンジン』との健全な共同事業が必要[p.103]」。ゼロベースの組織デザイン(専任チーム独特の役割と結びつくもの)が必要。[p.95-106
第2の罠、役割や責任について、それまでの規定を援用する:これを防ぐには、新しい肩書、過去の知識を一掃する業務分担、専用スペースなどが効果的。[p.106-108
第3の罠、パフォーマンス・エンジンのパワーセンターの支配を再強化する:力を持っている部署の影響力を変化させるために、外に見える形式的な手段などを用いるとよい。[p.108-109
第4の罠、それまでどおりの数値目標で業績評価を行う:「パフォーマンス・エンジンではとても意義のある数値目標でも、専任チームにも同じように意義があるという場合はごく少ない[p.109-110]」。
第5の罠、異なる社風の創造に失敗する:「イノベーション・リーダーは新たな価値観を表現する新しいストーリーを創造し、広めたほうがいい。」「専任チームは自分たちだけにイノベーションの気風があると主張してはいけない。」[p.111
第6の罠、できあがったプロセスを使う:「専任チームがパフォーマンス・エンジンをコピーすべきだという状況はありえない。[p.112]」
第7の罠、同質化圧力に負ける:「あらゆる手段で効率を最大化しようとするサポート機能のリーダーがいると、専任チームは組織の記憶を克服することがほぼ不可能になるだろう。こういう面では自分たちを例外扱いしてもらいたい、と強く主張しなくてはいけない。[p.112-113]」

第3章、共同事業のマネジメント:求められるものを明確にし、必ず起こる対立を調整する。
第1の課題、稀少なリソースの取り合い:リソース配分は、1つのプラン、1つのプロセスを通じて行う、共通スタッフに十分な支払いをする、配分されたリソースに支払いをする、パフォーマンス・エンジンの業績評価を、不確実なイノベーション・イニシアチブとできる限り切り離す、事前に緊急事態に備えて対策を考えておくことなどで回避できる。
第2の課題、共通スタッフの関心の分裂:「専任チームにとってはイノベーション・イニシアチブがすべてだが、共通スタップにとってはたくさんのことのなかの一つにすぎない。[p.142]」「イノベーション・イニシアチブがパフォーマンス・エンジンの立場や生き残りを脅かすと感じる理由があれば、共通スタッフのエネルギーを向けてもらうのは非常に困難だろう。・・・いままでのアセットを弱体化させるか、継続中のオペレーションを食い荒らすのではないか、とパフォーマンス・エンジンが不安を感じているときには、とりわけ難しい[p.144]。」こうした場合には上級エグゼクティブの積極的な関与が重要。
第3の課題、パートナーの不調和:「パフォーマンス・エンジンと共通スタッフが専任チームに不満を抱くのにはさまざまな理由がある。要するに、『あなたがたはわれわれとは違うから、われわれに優越感を抱いているように見えるから、もっと楽しそうだから、あなたがたにばかり日が当たるから、特別待遇をされているから、何より、われわれの縄張りに侵入しているから、気に入らない』というわけだ。[p.149]」これに対しては、責任分担の明確化、共通の価値観の強化、共通スタップの積極的協力が欠かせない役割はインサイダーのメンバーに任せる、専任チームを共通スタップの重要メンバーの近くに置く、協力できることの重要性を強調する、などが役に立つ。[p.149-150

第2部、規律ある実験
第4章、実験の整理と形式化:
実験から学習するための基本原則
・「わたしたちの目的にとっての学習とは、憶測に基づく予想を信頼できる予測に変えていくプロセス[p.171]」
・実験の形式化:「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[p.176]」という科学的手法を採用すべき。
・実験指針の10原則
原則1、プランニングへの重点投資:不確実性が増すほどプランニングの価値は減少すると考えがちだが、「予測の価値は正確性にあるのではなく、その後の結果の解釈の目安になれるかどうかにある。[p.181-182]。」
原則2、一から作り上げるプランとスコアカード:「イノベーション・イニシアチブは過去からの意図的な決別だ。標準的なプランニング・プロセスやコスト項目、業績評価の数値指標が当てはまることはめったにない。」[p.182-183
原則3、データと想定の議論:「大胆なイノベーション・イニシアチブは・・・10%がデータで90%は未知の世界かもしれない。このような状況でデータの話しかできないなら、大事なことの10%しか語れない。それよりも未知のことに目を向けて、予測のもとになっている想定の具体的な輪郭を明らかにして話し合う方がずっとうまくいくだろう[p.184]」
原則4、仮説を明確にし、文書化する:「土台となる仮説をきちんと明確な文書にしておかなくてはいけない。この原則を守っていないと、・・・何が起こったのか、それはなぜなのかについての説明をでっちあげてしまうかもしれない。・・・バイアスと政治的駆け引きが学習を排除してしまう。[p.185-186]」
原則5、わずかなコストで多くを学習する:「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[p.186]」
原則6、結果の検討は別の会議で:「イノベーションの検討と継続事業の検討を同じ会議で行うのは難しい。検討すべき内容がまるで違っているからだ。[p.187-188]」
原則7、プランを頻繁に見直す:「頻繁に見直すことが重要なのは、学習のペースはプランを見直して改訂するペースに制約されるから[p.189]」
原則8、趨勢を分析する:「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[p.189]」
原則9、予想の正式な見直し:イノベーションの場合、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[p.191
原則10、イノベーション・リーダーの評価は主観的に:「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[p.191-193

第5章、仮説のブレークダウン:
・「イノベーションの土台となる仮説は、行動と結果、その後の結果の因果関係に関する想定からできあがっている[p.231]」。「因果関係のマップを作ったら、それぞれのつながりを検討しよう。それぞれの想定はどこまで不確実か?想定が違っていた場合、どんな結果になるか?最も重要な未知数は何であるかを明らかにして、スピーディーに低コストでその未知数をつきとめる方法を見つけること[p.232]」

第6章、真実を見つける:「結果を解釈する際には、分析的で客観的な解釈ではなく、心地よくて都合がよい解釈に向けて組織から無数の圧力がかかる。これらの圧力を理解し、克服しなくてはならない。[p.167]」
・判断に影響する7つのバイアス
バイアス1、予測の過信:「失敗は予測の間違いではなく実行の欠陥にあると説明したがる傾向は、イノベーションにとって普遍的な、そして最も危険な敵であるとわたしたちは考えている[p.238]。」GEのような「強烈な業績重視の社風がプラスに働くのは、信頼できる予測が可能な環境だけである。・・・パフォーマンス・エンジンでは予測は正しいとみなされる。イノベーションでは予測は間違っているとみなさなくてはならない。[p.240]」「わたしたちは長年、計画に対する責任を厳しく問うことがイノベーションを妨げると繰り返してきた。[p.241]」「因果関係をたどっていくと、前例がはっきりせず、予測が信頼できないところにぶつかるだろう。そうなれば、結果責任はもうリーズナブルでも効果的でもない。責任のモードを結果から学習へと変える必要がある。リーダーは結果に基づいて評価されるのではなく、厳密な学習プロセスに従ったかどうかで評価されなければならない[p.249]」「イノベーション・イニシアチブは・・・会社の賭けであり、リーダーの第一の仕事は制御実験を行うことである[p.258-259]」。
バイアス2、エゴ・バイアス:「人は実験に成功したときには計画して実行した行動のおかげだと考え、失敗すると外部の影響のせいと考える傾向がある[p.261]
バイアス3、新近性バイアス:「実験の結論を出すときには直前の出来事に注目してしまい、実験の最初から終わりまでの出来事をトータルに検討するのを怠るという過ちを犯す傾向がある。[p.262]
バイアス4、慣れのバイアス:「慣れ親しんだ説明に流れる[p.262]
バイアス5、サイズのバイアス:「大きな結果は大きな行動によって生まれると頭から思いこむ[p.262]

バイアス6、単純性バイアス:「いちばんよくある――そして危険でもある――拙速な評価方法は、単純にパフォーマンス・エンジンの数値指標と基準をイノベーション・イニシアチブに適用することだろう[p.263]
バイアス7、政治的バイアス:社内の競争に基づくバイアス。

結論:前進、そして上昇
・「監督役のエグゼクティブの責任は、四つに分類できる。まずイノベーション・イニシアチブに良いスタートを切らせること、パフォーマンス・エンジンとの関係を監視すること、厳密な学習プロセスを進行させること、そしてイノベーション・イニシアチブの幕引きをすることだ。[p.269]
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本書の第一の意義は、既存事業を持つ企業が、事業化に向けてイノベーションを実行しようとする際に、社内の資源を有効に活用する上での障害と、その障害を乗り越えるためにはどうしたらよいかがまとめられていることでしょう。既存事業を営む企業が、破壊的イノベーションに対してうまく対応できないこと、自ら破壊的イノベーションに乗り出し難いことは、Christensenの指摘のとおりだと思いますが、本書の著者らにより、具体的に既存企業の何がイノベーションの障害になりうるかが明らかにされたことにより、その障害への対応が取れる可能性が示されたのではないでしょうか。もちろん、既存企業の社風や社内力学に基づく障害を克服することは容易ではないでしょうが、うまく実行さえできれば、既存企業の強みを生かしたイノベーションを生み出す可能性が示唆されていると思います。既存企業の強みと弱み(障害)を認識することで、イノベーションの特性に合わせて様々な実行上の選択肢を検討することができるようになると思います。

著者らの述べているイノベーションの障害とその回避策については、私の個人的経験に照らしても理解しやすいものです。もちろん、イノベーションを進める上での困難は、これだけにとどまりませんし、その回避策も著者らの提示した方法以外のやり方もありうるでしょう。イノベーションの内容や、その企業の状況に応じて、変えていく必要がある場合もあるでしょう。例えば、著者らはイノベーションにおける上級経営陣の積極的な支援を重要視していますが、そうした支援が得られない場合には、どうしたらよいのか、という疑問もわいてくるわけですが、そのような疑問に対しては、そうした障害を生み出すメカニズムについての著者らの示唆に基づいて、個別に対応を考えることが可能だと思います。それは我々に与えられた課題なのでしょう。

イノベーション成功の方法を探ることは本ブログの主題でもあります。そのためにどのような実行の方法をすべきかについては様々に考えてきましたが、その視点は研究グループをどう運営するか、という点にやや偏っていたかもしれません。著者らの指摘するような、イノベーションを達成する手段としての社内連携についても、しっかりと考慮する必要があることを認識させられた点、その内容に加えて有意義だったと思います。

文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2014.1.26追加>


ノート5改訂版:研究部門に求められるテーマ

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点
1.1
研究活動における基本的な注意点→ノート1~3

1.2
、研究テーマの設定
①企業収益に結び付くテーマ(事業的に成功が期待されるテーマ)→ノート4

②研究部門に求められるテーマ(企業が研究部門に求める活動と、それに付随する研究テーマ)
企業は研究部門にどのような役割を求めているのでしょうか。企業活動に貢献する研究を目指すならば、まずは企業が研究部門に期待している仕事を果たすことを考える必要があるでしょう。その中には、いわゆる研究活動すなわち、イノベーションにおける技術的要素の追究も含まれますが、実際には、イノベーションには直接結びつかない様々な仕事も研究部門には求められます。具体的には、生産現場の業務とは異質だが、ある程度の専門性を必要とする仕事が研究部門に任せられることが多く、こうした活動は研究者のマンパワーの中で無視できない比率を占めることがあります。研究活動への資源配分を考える上でも、このような活動を含めた、研究部門に求められている業務を整理しておきたいと思います。

研究部門に求められていることは業種や分野、さらには企業内における業務分担の考え方によって異なりますが、大きく分けると、頭を使うことと体を使うことに分けられます。さらに、取り組む課題によって、未知のこと(新規なこと、創造)と、既知のこと(応用など)とに分けられるでしょう。この視点に立って、業務を分類してみたものを下図に示します。

研究分類scan500


一般的な研究開発とはイメージが異なる業務も含まれていると思いますが、現実にはこのような業務を要求されることは例外的なことではありません。いずれも技術に関する情報を扱う仕事であり、こうした業務が必要とされているならば、技術にかかわるどこかの部署が担当する必要があるわけです。

一般には、研究の役割としては図の右側、新規なことへの挑戦が注目されます。しかし、左側も無視することはできません。既存のことを知っておくことは、新たな創造のための基盤となるとともに、既存の事業を有する企業にとってはその技術的基盤を確保する意味でも重要と考えられます。Anthonyらは「安定した中核事業の存在がイノベーションの前提条件」と述べています[文献1、p.29]。彼らは主に収益面で中核事業が安定することの重要性を強調していますが、中核事業を支える技術の面でも安定が損なわれてしまってはイノベーションの成功はおぼつかないでしょう。例えば、既存技術分野での過度な人員削減により、育成指導の弱体化や、業界、社会動向の監視不足が生じたり、人員削減のための機械化や設備の高度化により製造技術がブラックボックス化し、さらにはトラブル(非定常)経験が不足するなど、既存事業の技術基盤の弱体化を招く要因は存在します。イノベーションに注力しようとして、経営資源を既存分野から新規分野に振り向けようとしたとしても、既存分野に問題が発生すればその問題への対応は誰かがやらなければなりません。結局そうした対応に研究部隊のマンパワーを割かれてしまう可能性があることには十分な注意が必要でしょう。

なお、これら研究部隊に求められる様々な業務の一部を外部との連携で処理しようとする考え方もあります。外部の知識の有効活用を狙ったオープンイノベーション[文献2]、他社に対する優位性を生み出さない業務のアウトソーシングにより優位性を生む分野に社内資源を再配分すべきとする考え方[文献3]もこうした考え方に含まれると思われます。しかし、図の左側の業務であっても研究者、技術者を育成するという側面があるため、その部分まで外部との連携やアウトソーシングに頼ってよいかどうかには議論の余地があるでしょう。例えば、「エリクソン(Ericsson[1996])は、仕事に限らず熟達化における高いレベルの知識やスキルの獲得のために、およそ10年にわたる練習や経験が必要であるとして『10年ルール』を提起している[文献4、p.34]」とのことです。一般の企業では、10年間、教育のためだけに時間を費やすことは不可能でしょうから、既知のことに関わる業務を行ないながら経験を積むことは有効な育成の方法と言えるのではないでしょうか。また、左側あるいは下側の業務には新たなアイデアを生み、その可能性を正しく評価するための基盤としての重要性もあると思われます。ノート2で少し触れた(ノート6でより詳しく触れます)「セレンディピティー」についてRobertsはパスツールの言葉を引用し、「観察の場では、幸運は待ち受ける心構え次第である」と言っていますが[文献5、p.viii]、「観察の場」は上述の図の下の部分に、「心構え」は既存知識の充実という意味で図の左側の部分に相当すると考えられます。このような既存知識を含む社内の技術力の充実の必要性は、丹羽によるChesbroughのオープンイノベーションへの批判においても述べられていて、「結局のところ、強い知識と技術やマネジメント力も兼ね備わった企業が、外部の知識や技術を効果的に活用することができる」[文献6、p.79]としています。Mooreの主張するアウトソーシングによる資源の創出[文献3]は、経験を積んだ人材を競争力の発揮に活用する、という意味ならば有益と思われますが、技術力の蓄積を損なうようなアウトソーシングでは意味がないように思われます。

また、図の左側の業務は、一般にその業務の必要性がわかりやすい(例えば、どこかからの問い合わせに対応するとか、顧客からのクレームに対応するとか)ことに加えて、計画しやすく成果が目に見える形で出やすいため(つまり不確実性が低い)、ともするとそうした業務を優先してしまいがちになる場合があることにも注意が必要と思われます。新規なことへの挑戦を重視するならば、図の右側の業務への動機づけ、評価とのバランスも重視しておくべきでしょう。

要するに、研究部隊に求められる仕事の内容を理解し、そうした業務への資源配分のバランスをとることが重要、ということに帰着してしまうわけですが、現実的には、それぞれのプロジェクトや、その企業の置かれた状況に応じて臨機応変に、しかし片寄り過ぎないように資源配分を調整することはそう容易なことではないと思われます。それぞれの企業のマネジメント力が問われるといってもよいかもしれません。

もうひとつ、表に示した分類には現れない研究の役割として「宣伝」が挙げられます。ノーベル賞を受賞した田中耕一氏が、彼の所属する島津製作所の企業イメージアップに大きく貢献したことは比較的記憶に新しいところですが、そこまでの業績ではなくとも研究成果の社会へのアピールがうまくできれば宣伝効果は十分に期待できるのではないでしょうか。Tiddらはアライアンスのマネジメントにおいて、「ある技術、もしくはその技術のソースが企業に与える信用度は、企業の技術取得方法に影響を与える重要な要素」と述べています[文献7、p.272]。「宣伝」という側面での研究活動の寄与はもう少し認識されてもよいのではないかと思われます。

以上、企業が研究部門に求めている課題として、イノベーションへの直接の寄与だけではなく、それ以外の役割もよく認識しておく必要があることを述べました。こうした業務の位置づけや進むべき方向性を明確にし、必要な業務全体を考慮したテーマ設定、業務分担、資源配分を行なうことはトップマネジメントの課題であるのと同時に、第一線の研究マネジャーにとっても重要なことと思われます。

考察:イノベーションと既存事業とのバランス

要するに、研究開発だからといって、新しいこと、未知のことばかりに気をとられすぎてはいけない、ということだと思います。これは、上述したような、企業が研究部隊に求めている役割からも明らかだと思うのですが、最近では、Govindarajanらにより、既存事業を「パフォーマンスエンジン」ととらえ、イノベーションと既存事業とのバランスを重視したイノベーションの進め方が提案されています[文献8]。ここで「パフォーマンスエンジン」とは、「成長して成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる[文献8、p.30]」組織であって、これが既存事業において利益を生み出す原動力になっていると考えられるものです。パフォーマンスエンジン(既存事業)だけでは画期的なイノベーションは不可能だが、イノベーションとパフォーマンスエンジンとのバランスをとることにより、イノベーションを成功に導ける、というのがGovindarajanらの主張ですが、既存事業を運営する組織は、パフォーマンスエンジンに貢献するように形作られるということは忘れてはならないと思います。つまり、企業が研究部門に求めていることの一部は、既存事業に貢献するようにできている、ということで、イノベーションのためにそうした業務をどう扱うか、既存事業の一部としての活動と新規事業のためのイノベーション活動のバランスをどうとるかをよく考えなければならない、ということになるでしょう。本稿でとりあげた研究部門への様々な要求は、既存事業への貢献に主眼をおいたものか、あるいは新規事業のために必要な業務なのか、その比率は様々に異なると思います。とすれば、それらをひとまとめにして資源配分を考えるのではなく、研究部隊に対する様々な要求のそれぞれについて、何を重視するかを判断し、場合によっては、研究部隊を分割することも含めて考えなければならないのだと思います。そのためにも、研究部隊に要求される日々の業務について、まずはその意味と位置づけを研究員、研究マネジャーがしっかりと認識することが、イノベーションと既存事業のバランスをとるために役立つのではないかと思います。


文献1:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献2:Chesbrough, H., 2003、ヘンリー・チェスブロウ著、大前恵一朗訳、「Open Innovation」、産業能率大学出版部、2004.
文献3:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.
文献4:金井壽宏、楠見孝編、「実践知 エキスパートの知性」、有斐閣、2012.
文献5:Roberts R.M., 1989、R・M・ロバーツ安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.
文献6:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献7:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・パビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献8:Govindarajan, V., Trimble, C.、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.

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