研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2013年11月

「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)感想

技術は、人間社会にどのような影響を及ぼすのか。技術者としては、技術の進歩は社会や経済の発展を促し人間の幸福に貢献するもの、と思いたいところですが、本当にそうなのかはよく考える必要があるのではないでしょうか。ブリニョルフソン、マカフィー著「機械との競争」[文献1]では、技術の進歩による仕事の喪失の問題が検討されています。自動化や省力化による合理化は、企業収益の向上を図る上で重要な研究テーマのひとつですが、とりもなおさずそれは人間の仕事を奪うことにつながりますので、今回は著者らの見解について考えてみたいと思います。

アメリカの雇用情勢
著者らは、アメリカの統計に基づいて、「過去10年間の労働年齢世帯の収入に注目すると、・・・世帯所得の中央値が10年ベースで減少した[p.68]」と述べ、さらに「雇用の数すなわち求人数も低迷して・・・この10年間は、大恐慌以来初めて、雇用の創出がほぼゼロを記録した[p.71]」と述べています。一方、「過去10年間のアメリカの労働生産性は、・・・平均して年2.5%と、1960年代以降最高の数字を達成[p.64]」し、「同時期の国民一人当たりのGDPは堅調に増えている[p.68]」ことを紹介し、「経済史をひもとくと、企業が成長し、利益を生み、機械や設備を購入するときには、労働者も雇うものと決まっている。だがアメリカ企業は大不況が終わっても雇用を再開しなかった[p.11]」として、失業が問題になっていることを指摘しています。(本書では、2007~9年の景気後退を大不況(Great Recession)と呼んでいます。)

失業の原因
こうした失業の原因については、
・景気循環説:「景気の回復が不十分で新規雇用にいたらないだけ[p.12]」
・停滞説:「イノベーションを生み出す能力や生産性を高める能力の長期的な低迷[p.13]」、「アメリカが停滞したわけではないが、インドや中国など他国が追いついてきた[p.16]」
・『雇用の喪失』説:「技術の進歩が滞っているのではなく、速すぎる[p.16]」、「最も重要な生産要素としての人間の役割は減っていく運命にある[p.17]」、「この重大な変化をもたらしたのは、コンピュータである[p.17]」
という説明があると述べています。そして、著者らは、この「雇用の喪失」説こそが失業の原因であり、「多くの労働者がテクノロジーとの競争に負けている[p.20-21]」と主張、その背景は、ムーアの法則に示されるような技術の指数関数的な発達と、そうした指数関数的な成長は、その初期には兆候がつかみにくいものだ、ということを指摘しています。

テクノロジー失業の影響
以下の3通りの勝ち組と負け組が発生するとしています。
・スキルの高い労働者対スキルの低い労働者:「高いスキルを持つ労働者に対する相対的な需要が高まる一方で、スキルの低い労働者に対する需要は減少し、場合によっては途絶える[p.79]」
・スーパースター対ふつうの人:「デジタル技術は市場の規模を大きく拡大すると同時に、情報財のみならずビジネスプロセスの複製も容易にした。その結果、たった一人の人間の才能や知見や意思決定が、一国の市場を支配することも可能になっている。いや、それどころではない。グローバル市場を支配することもありうる。・・・圧倒的な利益を手にするのは各分野のスーパースター企業[p.85]」
・資本家対労働者:「テクノロジーが生産プロセスにおける人的労働の相対的位置づけを押し下げるとすれば、生産されたモノとサービスから得られる収入について、資本財の所有者はより多くを手にすることが可能になる。・・・大不況の終結以来、設備およびソフトウェアへの投資は26%の大幅増を記録している一方で、賃金はおおむね横這いとなっている。しかも最近のデータを見ると、GDPに占める資本家の利益の割合が増えてきた[p.90-91]」
ただし、この「3つのトレンドは、今後加速するだけでなく、変化すると考えられる。・・・スキルと賃金の関係が、最近になってU字曲線を描き始めたという。つまり、ここ10年間、需要が最も落ち込んでいるのは、スキル分布の中間層なのである。最もスキルの高い労働者が高い報酬を得る一方で、意外なことに、最もスキルの低い労働者は、中間的なスキルの労働者ほど需要減に悩まされていない。・・・体の動きと知覚とをうまく組み合わせる必要のある肉体労働は、基本的な情報処理よりはるかに自動化しにくいことが過去25年間に判明している。この現象は『モラベックのパラドックス』として知られる。[p.99-100]」とも述べています。

では、どうしたらよいのか
・「コンピュータが今後も引き続き進化することを考えれば、この競争に勝つことはまず不可能であろう。だが、コンピュータを敵に回すのではなく味方につけ、コンピュータとともに競争していくすべを学ぶことは可能である。[p.25]」
・例えば、1997年にコンピュータがチェスの世界チャンピオンを破ったことが話題になったが、現在世界最強のプレーヤーは2人のアマチュアプレーヤーと3台のコンピュータで編成されたチームである。[p.109-110
・「進歩し続けるテクノロジーと人間のスキルを存分に活用できるような新しい組織構造、プロセス、ビジネスモデルを開発していかなければならない[p.112]」。例えば、マイクロマルチナショナル企業(10人程度の従業員で全世界を相手に製品を売る企業)なども可能性がある[p.116](ハル・バリアンによる)。ハイパースペシャリゼーション(マイクロマーケットのマイクロエキスパート、トップエキスパート)かもしれない(トーマス・マローンによる)[p.121]。
・教育も、変革が必要。「ジョン・マエダは、イノベーション力を高めるためには、これからはSTEM(科学、技術、工学、数学)ではなくSTEAM(+アート)だと言った[p.127]」。「ソフトなスキルの中でも、リーダーシップ、チーム作り、創造性などの重要性は高まる一方である。これらは機械による自動化が最もむずかしく、しかも起業家精神にあふれたダイナミックな経済では最も重要の高いスキルだ。大学を出たら毎日上司にやることを指示されるような従来型の仕事に就こうなどと考えていると、いつの間にか機械との競争に巻き込まれていることに気づくだろう。上司のことこまかな指示に忠実に従うことにかけては、機械の方がはるかに得意であることを、ゆめ忘れてはいけない[p.127]。
・所得の再配分については、「不平等の物質的なコストは改善されるだろうし、それ自体は悪いことではないけれども、経済が直面している問題の根本原因はすこしも解決されない。再配分すれば失業者の生産性が上向くわけではないのだ。それに仕事というものには、得られるお金以上の価値がある。またどんな人も、何かしら世の中の役に立つ仕事がしたいと考えており、そうした心理的価値も重要である。自分から休暇をとるのと失業して暇なのとがまったくちがうことは、改めて言うまでもあるまい。[p.129-130]」
・著者はコンピュータとネットワークが、蒸気機関、電気に次ぐ第3の産業革命を導くとしています。「過去の2回の革命と同じく、今回の革命も完全に終わるまでには数十年を要するだろう。・・・混乱や歪みは起きるだろうし、それを乗り越えるのはたしかに容易ではあるまい。だが、変化の大半はよいものであり、人類も世界もデジタルフロンティアでゆたかになると私たちは確信している[p.154-155]」、と述べ、楽観的な見通しで本書を締めくくっています。
―――

本書の解説者である小峰隆夫氏は全体を次のようにまとめています。「コンピュータの発展は、『人間しかできない』という仕事をどんどん狭めつつある。しかし、『時間』という要素を無視すれば、このことは一方では、人間にしかできない仕事の価値を高め、他方では、単純な労働の需要を増やす。前者の仕事をする人は高所得を得て、それを使うから、経済は拡大し、それによって新たな雇用が生まれる。こうして、労働の形態と構成は変化するが、雇用の総量が減ることはない。これは従来型の主張そのものである。しかし、コンピュータが人間の労働力を置き換えるスピードがあまりにも速すぎると、こうした調整メカニズムが作用する余裕がないため、現実に機械によって雇用が奪われてしまう。これは可能性の話ではなく、リーマンショック後の大不況からの回復局面で、投資が増えている割には一向に雇用が増えない原因である。これが本書の主張である。[p.168]」

機械が人間の仕事を奪いつつあることは多くの人が感じていることではないかと思います。様々な企業が省力化に熱意を持って取り組んでいることを考えると、その成果として人間の仕事が減っていくことはごく自然の成り行きとして理解できます。本書の意義は、その原因とメカニズムを上記のようにまとめ、こうした視点があまり理解されていないことに警告を発していることでしょう。もちろん、様々な現象の真の原因をつきとめることはそう易しいことではありません。景気循環説や停滞説の方が真実に近いと考える人も多いかもしれませんが、ひとつの考え方としてまずは著者の意見が真実かもしれないと認識して、その影響を考えてみることが重要なのではないかと思われます。

その際、以下のような点が考える材料になるのではないでしょうか。
・技術は今後も指数関数的に発達するのか。なぜそうなるのか。
・これに対して、仕事の需要はどのように伸びていくのか。限界効用が逓減していくとすれば、仕事の需要は、少なくとも指数関数的には伸びないのではないか?。
・さらに、人間の欲求は無限に広がっていくものなのか?。イノベーションのジレンマなどで指摘されるとおり、技術分野を限定すると、技術の進歩が需要をこえてしまう現象が見られるが、それが人間生活のほとんどの分野で起きてしまうことはないのか?。
・機械によって人間の仕事を置き換える場合にも、新しい仕事を創造する場合にも、追加的な資源やエネルギーが要求されることがある。そうした制約は仕事の形態にどう影響するのか?。
こうしたことが明らかになれば、機械によって本当に仕事が奪われるのか、それは一時的なもので、いずれ新たな仕事が生まれて、失業が解消していくことになるのかが予想しやすくなってくると思います。

過去の産業革命のように、新たな仕事が生まれて失業が解消すればすばらしいことですが、そうならずに人間の仕事の機械への置き換えがさらに進み、仕事の需要が回復しない場合には、どうなるのでしょうか。
・仕事の需要が伸びない場合、余剰の労働力はどうなるのか。失業という形ではなく、休暇増(例えば週休3日?)やワークシェアリングのような制度が進んでいくのか?。
・仕事に代わる活動として、ボランティアや営利目的でない活動、趣味や遊びといった活動が増えていくのか?。
希望的な見通しを述べた著者には申し訳ありませんが、このような場合もありうるように思われます。

そんな将来のために、技術者としては、どのような研究開発の方向性を想定しておくべきでしょうか。
・著者の提案する、機械と人間の協力の方向は、重要な指摘だと思います。そのためには、もっと人間の特性や、人間が本当に求めていることへの理解を深めることが重要になってくると思います。
・また、利益、効率や生産性の向上だけでなく、人間生活の質の向上、精神的な豊かさの追求、「遊び」の充実など、機械によって代替しにくい活動を開発していく必要があるのかもしれません。
そんな感想を持ちました。

著者も将来に対する提言を行なっていますが、それが本当に効果を発揮するかどうかは、失業の原因を探る以上の大問題ではないかと思います。本書は問題提起の書であるとすれば、本当に重要なのは、そうした提言よりも、著者が提示した将来の仕事のありかたを考える材料ではないでしょうか。仕事というものは、本来、誰かの何らかの欲望をかなえることで対価(非金銭的対価も含めて)を得る活動であると考えると、技術の発達がきっかけとなって、仕事のあり方そのものも問われるようになるのではないか、という気がしました。技術の社会への影響を考える上で、決して軽んじてはいけない視点だと思います。


文献1:Erik Brynjolfsson, Andrew McAfee, 2011、エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著、村井章子訳、「機械との競争」、日経BP社、2013.
原題:Race Against The Machine: How the Digital Revolution is Accelerating Innovation, Driving Productivity, and Irreversibly Transforming Employment and the Economy
(参考)著書webページ
http://raceagainstthemachine.com/
(著者)TEDトーク
http://www.ted.com/talks/lang/ja/erik_brynjolfsson_the_key_to_growth_race_em_with_em_the_machines.html

参考リンク<2014.3.23追加>


Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2013年)

Thinkers50は、2年に一度発表される存命中の経営思想家のランキングです。本ブログでも2011リストを紹介しましたが、先日2013年の調査結果が発表されました[文献1]。評価項目は、アイデアの妥当性、研究の厳密さ、アイデアのプレゼンテーション、アイデアの普及、国際的展望、アイデアの独創性、アイデアのインパクト、アイデアの実用性、ビジネスセンス、影響力で、前回同様webサイトでの投票と、Stuart CrainerDes Dearloveをリーダーとするアドバイザーチームの意見によって順位が決定されています。

学問的な観点からの経営学者の評価ではありませんが、実務家から見た評価や最新の考え方の動向を知る上で参考になるのではないかと思います。前のブログ記事同様、独断ですが、イノベーションに関する貢献が大きいと考えられる思想家に、◎(極めて重要)、○(重要)をつけてみました。以下のコメントは、主にThinkers50webページの紹介に基づいていますが、若干追記させていただいたところがあります。ベスト50のリストは以下のとおりです。

Thinkers502013年の結果(カッコ内は2011年の順位)
1、Clayton Christensen(1):◎、「破壊的イノベーション」理論の提唱者。2011年につづく連続第1位。2012年刊の「イノベーション・オブ・ライフ」は、Thinkers50 Best Book Award候補。
2、W. Chan Kim & Renée Mauborgne(2):○、「ブルーオーシャン戦略」の提唱者。現在はINSEAD Blue Ocean Strategy Instituteをマレーシア、南ア等に展開。Thinkers50 Global Solutions Award候補者。
3、Roger Martin(6):○、インテグレーティブシンキングで有名。A.G.Lafleyとの共著「Playing to Win(邦訳、P&G式『勝つために戦う』戦略)(2013)」がThinkers50 Book Award受賞。
4、Don Tapscott(9):○、デジタルネイティブ、ウィキノミクスで有名。ビジネスや社会への技術の影響、イノベーション、メディア、国際化などに関する権威の一人。Thinkers50 Global Solutions Award受賞。

5、Vijay Govindarajan(3):◎、近著「リバースイノベーション」については本ブログでも取り上げました。Thinkers50 Innovation Award候補者。
6、Rita McGrath(19):○、「仮説のマネジメント」「仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning)」で有名。Strategy Award受賞。近著「The End of Competitive Advantage (2013)」がBook Award候補。
7、Michael Porter(5):5つの力のフレームワークで有名。2005年のThinkers50トップ。最近では、shared valueの概念を提唱、企業は株主だけでなく社会にとっての価値創造も行なうべきと主張。
8、Linda Hill(16):○、ハーバードビジネススクール教授。Thinkers50 Leadership Award候補者。管理職、リーダーシップを研究。近著は「Collective Genius: The Art and Practice of Leading Innovation」。
9、Herminia Ibarra(28):「キャリア・チェンジ」で有名。Thinkers50 Leadership Award受賞。
10、Marshall Goldsmith(7):エグゼクティブコーチ、360度フィードバック、MOJOで有名。
11、Pankaj Ghemawat(27):Global Connectedness Indexにより、Global Solutions Award候補者に選出。
12、Jim Collins(4):○、「ビジョナリーカンパニー」シリーズの著者。最新の著作「Great by Choiceビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる)」がBook Award候補。
13、Daniel Pink(29):「ハイ・コンセプト」「モチベーション3.0」で有名。新著「To Sell is Human(人を動かす、新たな3原則)(2012)」がBook Award候補。
14、Lynda Gratton(12):ロンドンビジネススクール教授。新著は新しい働き方を提示した2011年発表の「The Shift(ワーク・シフト)」。Global Solutions Award候補者。
15、Amy Edmondson(35):チームワークを研究。新著は「Teaming」(2012)。Leadership Award候補者。ハーバードビジネススクール教授。
16、Sylvia Ann Hewlett(11): Center for Work-Life Policy(非営利シンクタンク)代表。新著は「Forget a Mentor, Find a Sponsor」(2013)。
17、Richard D’Aveni(21):戦略論が専門。ハイパーコンペティションやコモディティ化などを検討。Strategy Awardの候補者。新著「Strategic Capitalism (2012)」がBook Award候補。
18、Marcus Buckingham(8):自分の強みを発揮する、という考え方で有名。新著は「Stand Out」。
19、Gary Hamel(15):プラハラードとの共著「コア・コンピタンス経営」で有名。
20、Nirmalya Kumar(26):ロンドンビジネススクール教授(マーケティング)から最近タタグループへ。
21、Nitin Nohria(13):ハーバードビジネススクール学部長。リーダーシップの研究者。
22、Teresa Amabile(18):○、ハーバードビジネススクール教授。創造性、モチベーションなどを研究。
23、Richard Rumelt(20):経営戦略論、多角化戦略、RBVResource Based View)で有名。Strategy Award候補者。新著は「良い戦略、悪い戦略」(2012年)。
24、Jeffrey Pfeffer(22):「権力」「事実に基づく経営」などが有名。
25、Richard Florida(-):○、「The Rise of the Creative Class」著者。トロント大学。
26、A.G. Lafley(-):○、P&GCEOを2010年に引退、R.Martinとの共著「Playing to Win(邦訳、P&G式『勝つために戦う』戦略」がThinkers50 Book Award受賞。2013年5月にP&Gに復帰。
27、Stewart Friedman(45):リーダーシップ、work/lifeの統合などの専門家。Leadership Award候補者。新著は「Baby Bust: New Choices for Men and Women in Work and Family (2013)」。
28、Morten Hansen(-):○、J.Collinsとの共著「Great by Choiceビジョナリー・カンパニー4 自分の意志で偉大になる)」がBook Award候補。UCBerkeleyおよびINSEAD教授。ボストンコンサルティング出身。
29、Tammy Erickson(33):職場における世代ギャップ、世代交代、労働力変化を研究。
30、David Ulrich(23):人事、人材育成戦略が専門。新著は「The Why of Work (2011)」。
31、Liu Chuanzhi(-):LENOVOの創業者。Leadership Award候補者。
32、John Kotter(34):変革のマネジメント、リーダーシップ論で有名。
33、Chip Heath & Dan Heath(-):本ブログでも「アイデアのちから」「スイッチ!」を取り上げました。
34、Sheryl Sandberg(-):FacebookCOO。「Lean In」でBook Award候補。
35、Umair Haque(49):コンサルタント。「The New Capitalist Manifesto (2011)」の著者。
36、Daniel Goleman(39):心の知能指数EQ(原著ではEIEmotional Intelligence)で有名。
37、Henry Chesbrough(38):◎、「オープンイノベーション」提唱。Innovation Awardの候補者。
38、Rosabeth Moss Kanter(25):企業変革、リーダーシップ、responsible capitalismなどを研究。
39、Julian Birkinshaw(-):ロンドンビジネススクール教授。HamelManagement Innovation Lab設立。
40、Subir Chowdhury(50):The Economics of Qualityの考え方でBreakthrough Idea Award候補。
41、Fons Trompenaars(42):異文化間グローバル人材戦略を研究。
42、Chris Zook(-):Bain & Coパートナー。新著「Repeatability (2012)」などで単純化の重要性を指摘。
43、Sydney Finkelstein(-):なぜ有能な経営者が失敗するかなどを研究。
44、Anil Gupta(-):H.Wangとの共著「Getting China and India Right」でGlobal Solutions Award候補。
45、Andrew Kakabadse(44):企業トップ層、取締役会、ガバナンス等を研究。Leadership Award候補。
46、Rakesh Khurana(41):リーダーシップ、CEO、カリスマなどを研究。
47、Celia De Anca(-):イスラム圏を含むグローバル化を研究。Global Solutions Award候補。
48、Liz Wiseman(-):Oracleの前役員。近著は「Multipliers」など。Leadership Award候補。
49、Doug Ready(-):International Consortium for Executive development Research創立者。
50、Wang Shi(-):中国の世界最大の住宅デベロッパーVanke(万科)創設者。

なお、野中郁次郎氏が、Lifetime Achievement Awardを受賞されました。また、今回から、Hall of Fameが設けられ、そこに選出されるとリストには載らなくなりました。今回発表されたHall of Fameメンバーは、Chris ArgyrisWarren BennisHoward GardnerCharles HandyRobert Kaplan and David NortonPhilip KotlerHenry Mintzberg、野中郁次郎、大前研一、Tom Petersです。Hall of Fameメンバー以外で、前回リストに選出されながら、今回選に漏れた人々の中には、Malcolm GladwellSeth GodinAdrian SlywotzkyStephen Coveyなどが含まれています。今回は実証的、実践的な思想家が高く評価されたということかもしれません。

今回の傾向として、前回よりもさらにイノベーションの重要性が評価されている印象を受けました。上位ランクの思想家にイノベーションを研究対象にしている人が多く選ばれたことは、その表れのように思われます。また、新興国を含めたグローバル化が注目されていることも今回の特徴でしょう。新興国への注目は前回リストでも見られましたが、今回は、中国の思想家が2人リスト入りしています。どちらも思想家というより、経営者としての実践面での評価が大きかったと思われますが、経営思想のグローバル化が今後も進んでいくことを示唆しているのかもしれません。これに対して、日本の思想家がHall of Fameの2名しかリストアップされていない、というのはやや寂しく感じられます。もちろん、思想が注目されることと、実践面で成功することは同一ではないとは思いますが、日本での成果を世界につなげていくことも期待したいところです。

なお、Innovation Awardの受賞者と候補者リストは以下のとおりです。上記の50名のリストには入っていない人もいますが、研究開発を考える上で要注目だと思います。
受賞者:
Navi Radjouthe Centre for India & Global Businessの前所長、Jaideep PrabhuSimone Ahujaとの共著「Jugaad Innovation: Think Frugal, Be Flexible, Generate Breakthrough Growth (2012)」、Prasad Kaipaとの共著「From Smart to Wise (2013)」が注目されています。
候補者:
Ron Adner:「The Wide Lens: A New Strategy for Innovation (2012)」著者。
Henry Chesbrough(上記参照)
Vijay Govindarajan(上記参照)
Hal GregersenChristensenとの共著「Innovator’s DNA: Mastering the Five Skills of Disruptive Innovators (2011)」著者。
Matt Kingdon:「The Science of Serendipity: How to Unlock the Promise of Innovation in Large Organizations (2012)」著者。
Kai-Fu Lee:北京のベンチャーキャピタリスト。「Making a World of Difference (2011)」著者。
Alexander Osterwalder & Yves Pigneur:「Business Model Generation: A Handbook for Visionaries, Gamechangers and Challengers (2010)」著者。


文献1:「The Thinkers50webページ
http://www.thinkers50.com/




ノート7改訂版:研究者の活性化

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6

2、研究の進め方についての検討課題
ここからは具体的な研究の進め方を検討したいと思います。研究の分野やタイプによって研究の進め方は異なるのが普通ですが、多くの場合に共通する注意点や知っておくべき知識はあるでしょう。研究にまつわる人の問題、組織の問題、運営管理の問題などは、いずれも経営学上の大問題でしょうが、研究グループのマネージャーとして研究者を率いて研究を行なう立場と、経営者の立場とではその重要性は若干異なると思われます。以下では、研究グループのマネージャーとして、与えられた資源を有効に使い、どのようにマネジメントを行なうべきかという視点から、重要と考えられる課題についてまとめてみたいと思います。

2.1
、研究を行なう人の問題
まず研究を行なう人々をどのようにマネジメントしていくかについて考えます。研究者個人のマネジメントと研究者集団のマネジメントの2つの側面を検討する必要がありますが、野中らも指摘するとおり、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]と考えられますので、ここでは、まず研究者個人に焦点を当てて考え、研究者の集団としてのマネジメントは後ほど、組織運営に関する話題を取り上げる際に考えてみたいと思います。

①研究者の活性化
研究成果を高めることを研究マネジメントのひとつの目標とする場合、個々の研究者を活性化し、持っている力を十分に発揮させることは重要です。もちろん、それだけで研究成果が上がるわけではないですが、外的環境(研究組織、マネジメント体制、資源など)が同じ条件であれば、研究者が活性化されている方が成果が期待できるはずです。

従業員からより多くの成果を引き出す方法として、古くは伝統的管理論、すなわち従業員を命令を受けて作業を行なう機械のようにみなす考え方(機能人仮説)や、経済的刺激によって意欲が高まるという考え方(経済人仮説)に基づく方法が効果的という考え方がありました。しかし、その後の人間関係論の発展とともに、従業員の人間性が重視され、動機付け要因が注目されるようになります。実務的には、その後提唱されたコンティンジェンシー理論に基づいて、状況に応じた管理をすべきであるという考え方が最も受け入れやすいように思いますが、現在に至ってもまだ伝統的管理論に基づいたマネジメントを信奉する人がかなりいるのではないでしょうか。

現代の多くの研究課題は、結果の予測が困難な不確実な課題であり、臨機応変の対応が迫られることを考えると、伝統的管理論に基づくマネジメントでは限界があるように思われます。そこで、ここでは、研究者の活性化、モチベーションに関わる基本的な事項を、三崎[文献2]、開本[文献3]の著作に基づいて概括してみたいと思います。

人間がどんな欲求に基づいて行動するのかについては、Maslowの欲求階層理論が有名です。これは、「人間の欲求は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし」、「人間は原則的に、まず低次の基本的欲求によって動機付けられ、低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない」「ただし、最上位の自己実現欲求は際限なく追い求められる」というもので、非常に理解、納得しやすく実践的にも有用なモデルです。このような欲求についての考え方はその後さらに発展し、例えば、McGregorは、上記の低次の欲求を強く持つ組織成員のモデルをX理論、高次欲求を強く持つ組織成員のモデルをY理論とし、Y理論に基づいた管理の重要性を指摘しています。また、Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています。さらに、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています[主に文献2、p.111-114]

上記の動機づけに関する考え方は欲求説(need theory)と呼ばれますが、これに対して、モチベーションが生じる心理的メカニズムに着目した過程説(process theory)と呼ばれる考え方があります。これはLawlerの期待理論に代表されるもので、「人の行動は、その行動が報酬につながる期待と報酬の魅力度によって規定される」というものです。ここでは欲求と密接に結びついた報酬の魅力度(誘意性Valence)に加えて、それが得られる期待も考慮に入れているわけですが、この期待については、努力が業績に結びつく期待(EP期待)と業績が報酬に結びつく期待(PO期待)に分けて考えることができるとされています。Lawlerは、これらの積としてモチベーションをモデル化しており、単純な積の形に表現するのはやや乱暴なモデルだと思われるものの、例えば、成果から得られる報酬が期待でき、それが魅力的であっても、成果が得られる可能性が低ければモチベーションがあがらないだろう、という心理的側面をうまく表現できているように思います。ただし、研究者のモチベーションに関しては、成果が得られる期待(EP期待)が高すぎても(つまり、課題が簡単すぎても)モチベーションは上がらないという考え方(Atkinsonの達成動機理論)のように達成感が重要な因子として作用するという考え方もあるようです[主に文献3、p.39-41]。(なお、達成動機の研究にはMcClellandも多方面からアプローチしています[文献4、p.154]。)

さらにエンパワーメントという考え方があります。これは開本によれば、「高いエネルギーに関わる心的活力」「モチベーションが短期的な、瞬間的な概念であるのに対し、エンパワーメントは、より長期的なスパンでとらえるべき概念」[文献3p.57,59]とのことです。欲求や期待以外に人間の行動に影響を与える因子、特に周囲の状況や感情的な側面、モチベーションの維持に影響を与える因子も考慮の対象になっている点が特徴のように思われます。エンパワーメントに影響する項目としては、個人の目標の集団にとっての意味、集団にとって必要な人材であることの認識、自分が有能であるという認識、自信、影響力、自己の適性や嗜好との合致、無力感、情報へのアクセス、行動に際しての自律性、権限委譲、自己決定、仕事自体の組織や社会への貢献、上司の能力と態度、メンター、支援、周囲の反応、チームとしての能力、成長機会、などが挙げられています[文献3p.57-75171]

このように、人の動機については様々な要因が影響することが示されており、上記以外にも、Lockeの目標設定理論、Snyderの希望の心理学、Csikszentmihalyiのフロー経験、Seligmanのポジティブ心理学なども重要な考え方と言えると思います[文献4]。ただし、すべてを統一的に理解でき、かつ実践の役にも立つような包括的な理論は未確立のようですので、結局のところ、人を思い通りに動機づけ活性化する簡便な方法はない、と考えるべきだと思われます。

そんな中で、金井は、やる気を生み、育てる要因を次の4つの系統に整理しています[文献4、p.22]。
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
そして、それぞれの系統の役割として、やらなければという緊張感(ズレ・緊張系)で、やる気が起こりアクションを開始→希望や期待、ビジョン(希望・元気印系)を持ってアクションを持続→ただし、やる気にはアップダウンがあり、それを自己調節するのに必要なのが持論(自論)、という流れを示しています。さらに、こうしたやる気を支えるための土台(心身の健康状態、プライベートの充実など)も必要であって、加えて、他者から受ける影響(関係系)によってやる気が影響を受けることも指摘しています。この考え方は単なる動機づけだけではなく、やる気の持続や調節への影響も考慮されている点で、様々な動機づけ理論を状況に応じて使う上で参考になる考え方だと思います。

以上、研究者の活性化に関わる因子について、おおまかにまとめました。動機づけややる気の研究には多くの蓄積があり、実用的には、それらからの重要な示唆を認識した上で、状況に応じて使いこなしていくことが求められる、ということでしょう。
―――

考察:研究者の活性化における注意点
不確実な課題に挑戦し、予想外の発見に至るために決められた課題を逸脱しなければならないこともある研究開発活動において、以上のモチベーション理論に基づいて「研究者はこうマネジメントすべきだ」という実務的な回答を得ることは不可能のように思われます。しかし、少なくとも以下の点には留意するべきでしょう。
・欲求には低次のものと高次のものがあり、低次の欲求は満たされることによって動機付けの力を失うことがあるが、高次の欲求は動機付けの力を失いにくいと考えられる。
・欲求には、それが充足されないと不満を感じる種類のもの(衛生要因)と、動機付け要因となりうるものがある。
このことに加え、結果が予想しにくく努力が報われない可能性のある研究開発活動の特徴を考慮すると、強い動機づけが継続的に確保されるようなマネジメントが効果的なのではないかと考えられます。すなわち、衛生要因となりうる待遇などの外的要因は確保した上で、低次の欲求を刺激することよりも、高次の欲求しかも内発的な動機に焦点をあてたマネジメントを行なう必要があるということになるのでしょう。さらに、研究者の個性、考え方や欲求、取り組むべき課題の多様性を考えると、特定の動機づけの考え方にあまり固執せずに柔軟なマネジメントを行う必要があると思われます。加えて、これからの時代には、個人の活性化を主対象とした上記のようなモチベーションの議論だけでなく、コラボレーションを推進するために、個人の意欲を維持しながら組織としての能力を最大限発揮するような活性化の方法を考えていかなければならないかもしれません。

このノートの改訂版「はじめに」では、研究マネジメントにおいて最も重視すべきこととして「研究開発やイノベーションに携わる人が継続的に意欲を持ちつづけられること」をあげました。そのための基礎として、動機づけ、モチベーションの知識はひとつの拠りどころとなると思います。どんな場合にでも役立つ人材活性化の方法のようなものはないかもしれませんが、モチベーションに影響する様々な因子を理解した上で、研究者のモチベーションの状態を見ながら(例えば、本ブログ別稿「モチベーション管理る?」に書いた試案のような方法はどうでしょうか)、臨機応変かつ総合的に活性化のためのマネジメントを行なっていくことが求められるように思います。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎著、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献3:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献4:金井壽宏、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.
 →文献4については本ブログ別稿「モチベーション再考」で少し詳しく取り上げています。

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目的工学とは

「目的工学」という考え方が提唱されています。その背景には、企業経営や社会において「目的」という概念をもっと重視すべきだという考え方があるようです。この考え方はイノベーションにも深く関わるようですので、今回は、紺野登著、「利益や売り上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか」[文献1]に基づいて、本書で説明される目的工学(Purpose Engineering)の考え方について考察してみたいと思います。

著者は、「はじめに――『目的工学研究所設立趣意書』に代えて」において、「21世紀は『目的(パーパス)の時代』になる。[p.1]」と予言しています。そして、「目的工学研究所の信じるところ」として、よい目的は、知識社会、知識経済を動かす触媒である、共通善に向けて進化・深化する、失望や諦めを希望に変えることができる。目的工学は、そのための方法論である、目的群と手段の調整、試行錯誤によって最大の効果を生み出す、現状打破や改革を起こす手段である、究極の目的である『幸福』に貢献することを目的とする、と述べています。[p.7-8

本書では、第1章~第7章で、「目的」の重要性と関連する要素が事例に基づいて考察され、最後の第8章が目的工学の具体的な実践の方法を述べた総括編となっています。以下、その要点をまとめます。

第1章、利益や売り上げは「ビジネスの目的」ではありません

・「目的と目標は別物。・・・目標は目的ではなく、むしろ目的を実現するための手段であり、マイルストーン[p.25-26]」。「目的は大目的と小目的の2階建てになっています・・・小目的は、一般的に大目的を実現するうえでクリアすべきものであり、多くの場合、複数存在します[p.39]」。「売上げや利益、株主価値といった財務業績にかまけている企業より、顧客やコミュニティを第一に考えて行動している企業のほうが持続可能性が高いと報告する研究は少なくありません[p.39]」。
・「人間には、だれにでも『だれかの役に立ちたい』『社会に貢献したい』という欲求が存在する[p.33]」。
・「われわれ目的工学研究所の結論はこうです。よい目的が、よい会社、よい組織、よい事業、よりリーダー、よい人間関係をつくる。その結果、よりよい未来が生まれてくる[p.43]」。

第2章、イノベーションは「よい目的」から生まれてくる
・「共通善としての目的を追求することで、利益も生みだされる・・・顧客にとっての社会的価値を実現すること以上の高みを目指すものであり、資本主義の次なるあり方を示唆しています[p.53]」。
・「現実世界の戦略は、不測の事態、事業環境の変化、社内外の事情など、さまざまな出来事が錯綜するなか、試行錯誤を通じて、再発見・再検討・再創造(これを『創発』といいます)されるもの・・・このミンツバーグの考え方は、戦略プランニングに対して『戦略クラフティング』と呼ばれています。実は、よい目的づくりも、よい戦略同様、クラフティングを通じて練り上げられていきます。[p.59-60]」
・最近の途上国でのイノベーションでは、共通善に基づき、クラフティングのアプローチによって実現された例がある。
・「失われた10年、いや20年は、何も政治家や政府の無策だけが原因ではありません。企業本来の目的をないがしろにして、計画と統制によって人々を利潤の極大化に駆り立てたことも、あらためて冷静に省みるべき原因です。その第一歩が『企業の目的』『ビジネスの目的』を問い直すことなのです[p.87]」。

第3章、コラボレーション、コラボレーション、コラボレーション
・「マイケル・シュレーグ氏によれば、人間同士のコミュニケーションから生まれてくる創造性こそ、コラボレーションに期待されていることにほかならないそうです。これこそ、分業とコラボレーションの決定的な違いです[p.90]」。「現在のように、既存の秩序が緩み、新たな秩序とせめぎ合う転換期においては、・・・常識やアンシャン・レジームにとらわれない視点や発想が新たな道を拓きます。その際、重要になるのが、組織の枠や業種を超えてさまざまな人たちが集まる、学際的な異分野コラボレーションです。集合知やオープン・イノベーションが注目されていますが、つまるところ、一人の天才的ひらめきよりも、大人数で知恵や意見を持ち寄ったほうが、よりユニークで、よりインパクトの大きいアイデアやイノベーションを、より短い時間に生み出せるという認識です[p.91]」。
・「コラボレーションには、創造性やイノベーションが期待されているわけですが、その前提条件となるのが、さまざまな『目的群を調整する』ことです。すなわち、それぞれ中身や方向性の異なる目的の持ち主たちを、より上位の目的によって包み込み、大目的へと向かわせるのです[p.99]」。

第4章、「コトづくり」をデザインする
・最近は、「ある目的を実現するために、あるべきコトを構想し、これをビジネスモデルに具体化し、ここにふさわしいモノ(手段)・・・を探したり、時にはすでにある資産を再活用すること」が求められている。「既存の資産や外部の知を、新しい視点やビジネスモデルで組み替えていくこと。これもイノベーションと言えるのです。[p.130-131]」
・「異分野コラボレーションを実現し、イノベーションの確率を高めるには、・・・『デザイン思考』が欠かせません。・・・頭のなかで処理される思考プロセスにとどまらず、さまざまな人や場所、モノとの相互作用など、身体的で実践的なプロセスを通じて、ダイナミックに知を形成するというものです。[p.144]」

第5章、さまざまな人材をつなげる組織
・「真のコラボレーションを実現し、それによって、これまでとは一味違うアイデアやユニークなイノベーションを生み出すには、各人が拠って立つ専門領域やシステム、コミュニティにおいて、自分と他者を分かつ『境界線』を越えて行動したり、新たな関係性を見出したりする必要があります。このような行動や行為を後押しする仕掛け、言い換えれば、相互作用やイノベーションを創発させる媒介のことを、『バウンダリー・オブジェクト』と言います。・・・場所(環境や空間)を変えることは、必然的に境界線を越えることになるわけですから、バウンダリー・オブジェクトの一種といえます。」[p.164-165
・「日本では、長らくイノベーションとはまれに起きるような技術革新だととらえられてきました。しかし近年それは従来とは異なる新たなアイデアややり方であり、ビジネスモデルを含んだ、持続的な価値の創出として理解され始めています[p.174]」。

第6章、「アポロ計画」に目的工学を学ぶ
・「売上げや利益などの数値目標が、職種や価値観が異なる人たちを一つに束ねる求心力になりえないことは、だれもがうすうす気づいているはずです。そして、実際そうです。そのためには、こうした経済的利益を超えた、高次元の目的が必要になります。[p.203]」

・「大目的がいかに社会的あるいは利他的なものであっても、メンバーや関係者の小目的はたいていバラバラです。そして、このように異なる目的群の調整が成功のカギを握っている以上、こうしたオーケストレーションのスキルと能力が不可欠です。ところが、ひとたび走り始めると、肝心の目的は脇に置かれ、予算やスケジュールの管理や経済的成功にかまけてしまうという例が少なくありません[p.205-206]」。

第7章、目的第一のマネジメント
・「トリニトロンと新幹線、そしてアポロ計画――。これらのプロジェクトをなぜ再評価するのか、その理由は、現在のように、何が正解かがはっきりせず、ブレークスルーを起こさない限り、先に進めない状況において、どのようにチームをまとめ上げ、どのようにプロジェクトを成功に導くのか、そのためのヒントが多数隠されていることです。・・・『部分の総和以上の力』を生み出す・・・マネジメントやリーダーシップの手本なのです。そして、人々の力を最大限引き出し、組織力として発揮させるには、それぞれの目的をオーケストレーションすることが欠かせません。[p.227]」

第8章、目的工学はこうして実践する[総括編]
・目的工学の2つの側面:1)目的に基づく経営、2)目的のマネジメント[p.232-238
・目的工学の基本哲学:アリストテレスの目的論。世界が運動し変化する4つの原因は、1)質科因(素材となるもの)、2)形相因(あり方を定めるもの、たとえば基本的デザインやビジネスモデル)、3)作用因(現実に作用するもの、たとえば技術やツール)、4)目的因(存在理由、たとえば究極の顧客価値や目的)。

・目的の種類とレベル:大目的(最終的には共通善の追求につながる)、駆動目標(中目的)(プロジェクトを駆動させる具体的な概念やスローガン、ミッション)、小目的(参加者の思いが結びつけられる技術上の目的、個人的な目的など)、タスク目標(個別具体的な達成目標)[p.242-248
・目的群の調整:大目的(共通善に向けて調整、小目的を調整する不動の軸になる、末端のだれかの発見から生まれることもある、リソースを限定しないことが重要)、駆動目標(中目標)(人々を奮い立たせる深みとメッセージ性が求められる)、小目的(個々人の思いや背景に根差した目的、より大きな目標に引き上げる)、タスク目標(技術に目的を与えるのは人間なので、技術を一人歩きさせてはいけない)[p.248-255
・実践的三段論法:実践的推論とは、目的と目的を実現する手段に基づいて、この行為を行なうべきであると考えて、目的と手段の関係を追求していく。手段を出発点として目的を選択する方法もある。[p.255-263
・プロジェクトマネジメント:①利他的あるいは社会的な問題意識で、究極的には共通善を目指したビジョンや大目的につながる主観に基づいてプロジェクトを立ち上げる、②自由度の高い(自律的な)チームの結成、③大目的を掲げるプロジェクト・オーナー、手段(技術)を担うプロジェクト・マネジャー、駆動目標や小目的を調整する現場のプロジェクト・リーダー、進捗を評価しその結果をフィードバックするアセッサーが必要、④当事者間で物語(ナラティブ)を共有する、⑤調整のための「場」を意識する(様々なレベルの目的を調整する場を活用する、⑥デザイン思考(大目的を追求しながら、みんなが達成できる駆動目標(中目標)を決め、それを軸にして場をつくり、リソースを集め、状況に応じて柔軟にプロジェクトを運営していく)[p.263-271
・仮説→総合→分析のプロセスを繰り返しながらデザイン思考でプロジェクトをクラフティングする。最初に計画を決定して実行するPDCAとは異なる。プロジェクト・オーナーによるおおまかな方向づけ→プロジェクト・マネジャーやリーダーによる全体の調整→アセッサーによる進捗の評価というプロセスと言い換えられる。[p.271
・よい目的のつくりかた:これまでになかった状態を創造する、卓越した理想状態にする、美徳に関する目的を考える[p.282]。
・場のつくりかた:場とは、「共有された動的な文脈、あるいは意味空間」。経験共有、対話、体系構築、実践と身体知化が行なわれる。フューチャーセンター(企業、政府や自治体などが、未来に関わる戦略や政策の実践を目的に据え、当事者やステークホルダーが議論や対話を通じて、新しいアイデアや解決策を発見・共有し、相互協力の下に実践する場)に期待できる。[p.283-291
・オープンな関係性づくり:個人と社会、企業と社会などのよりオープンな関係性、必要な能力や有形・無形の資産、さまざまなパートナーが有機的に結び付いたビジネス生態系(エコシステム)をデザインする。[p.292
・成果の評価:目的と手段の関係は状況に応じて変化するというダイナミックな前提に基づき、プロジェクトの要所要所でフィードバックを行い、改善や向上、メンバーの成長を促すツールとして形成的評価(進行中に行う評価)を活用する。[p.296
・リーダーに求められる能力:世のなかや関係者の多様な小目的群を調整し、大目的に根差しながら中目的に向けて実践するための知力――。とりわけ不確実で複雑な環境にわれわれが置かれた時、仮説を立て、社会と関わりながら行動を起こしていく、最初の実践的ステップに挑戦する意志力――。世界と真摯に向き合う態度が不可欠であり、トライアル・アンド・エラーの行動力が重要になる。[p.302
―――

このような目的工学の考え方は、企業戦略が壁に突き当たり、新しいイノベーションが求められている日本の状況では極めて魅力的な考え方のように思われます。特に、事業環境の不確実性が高まっていること、個人の価値観が多様化するなか、コラボレーションが求められていることが背景のポイントなのでしょう。不確実性に対しては、ポーターの競争戦略論のような計画重視の取り組みではなく、ミンツバーグのような試行錯誤を許容した戦略クラフティングが必要であり、コラボレーション実現のためには、共通善に基づくよい目的(個々人の多様な目的を調整できる)が必要である、ということと理解しました。

ただ、そうした考え方がどこまで正しく、どこまで期待してよいのかは、本書からははっきりわかりませんでした。特に技術者は、ある考え方に接した時に、「本当にそうか?」「なぜそうなるのか?」と考える人が多いと思います。成功事例の分析から、本書でいう目的工学的な傾向が導かれ、それがアリストテレスやドラッカーの哲学に合致するものだったとしても、それが「都合のよいところだけをつなぎ合わせたものではないのか?」「成功した後からそれが良かったとわかるような後知恵的な考え方ではないのか?」といった疑問を感じてしまいます。例えば、よい目的に基づいて始めたプロジェクトなのに失敗に終わった例はないのか、よい目的に基づいていないのに成功した例はないのか、目的自体よりも目的の実現方法の巧拙の方が重要なのではないか、といった疑問がすぐに思い浮かぶでしょう。ソビエトの共産主義や、日本の大東亜共栄圏の発想も、その時代においてはよい目的であったのではないか(そうでなければ、あれだけ多くの人を動かす力はなかったと思います)、新幹線がよい目的を持ったプロジェクトだったとしても、移動時間を短縮する意味では同じような意義があったコンコルドはどこが悪かったと考えるべきなのか、興味がある点です。

現実問題として、企業には利益や売り上げを第一に考える人はまだ多くいます。また、試行錯誤を嫌う計画重視の人々もいます。アリストテレスやドラッカーよりも自らの経験や、英雄伝が好きな人もいますし、人間は経済合理性のみに従って行動すると信じている人もいます。こうした懐疑的な人々をいかに動かせるか、それが現在の目的工学の課題のひとつのように思います。本書の目的工学の考え方でも行動のための作業仮説の意義は大きいと思いますが、さらなる発展のためには多くの人に受け入れられるようにすることも必要ではないかと思います。

肝心の大目的の設定のしかたについても、共通善や社会的意義の重要性はわかりますが、実際には、「できそうだ」という見込みを発案者が感じることも必要だと思います。本書に述べられた実践方法の各論はなかなか示唆に富むものではありますが、まだ体系的な方法にはなっていないように思います。今後、真に有効な手法を確立していく必要もあるでしょう。もちろんこれは、著者が「今回の出版は、試論として目的工学の可能性を世に問うものです[p.308]」と述べていることに対して、過剰な要求だとは思いますが、これからの社会や企業経営を変える可能性が感じられる目的工学への期待を込めて、より説得力を持った思想に仕上げ、効果的な手法をクラフティングしていっていただければと思います。実務家としても目的工学の発展に寄与できるかもしれないことは考えておいてよいかもしれません。

文献1:紺野登+目的工学研究所著、「利益や売り上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか ドラッカー、松下幸之助、稲森和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則」、ダイヤモンド社、2013.

参考リンク<2014.2.23追加>



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