研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2013年12月

ノート記事目次(2013.12.29改訂版)

本ブログも3年目に入り、2013年3月より、2010年に書いたノート記事の改訂を進めています。改訂版では内容の見直しとともに、それぞれの記事に関連する考察も加えるようにしてみました。
本ブログのノート以外の関連記事も入れた目次は、容量の関係でその1その2に分割しています。参考リンクの内容も見直しています。
より新しい目次(2014.7.6)はこちら。<2014.7.12追加>
前回の目次(2013.6.23)はこちら

ノート記事改訂版(2013-
はじめに
2013.3.24):旧版(2010.3.21)はこちら
 本ブログの趣旨、ノート記事の全体構成などについて書きました。研究マネジメントにおいて最も重要なことは意欲の管理だと思います。

ノート1:どんな研究が必要なのか
2013.4.21)、旧版(2010.3.22)はこちら
 ポイント:企業にとってイノベーションは重要。技術はイノベーションの一要素。研究は情報を生んでいる。
 キーワード:創造的破壊、Shumpeter、アイデア、イノベーション
参考リンク

ノート2:研究の不確実性をどう考えるか
2013.5.19)、旧版(2010.3.27)はこちら
 ポイント:研究は不確実。その認識がマネジメントには必要。不確実性のマネジメントでは多様性、協力、知的相互作用、自律性)、リスク分散、柔軟性が鍵か。
 キーワード:意思決定理論、確定性、リスク、不確実性、錬金術、セレンディピティー、創発的プロセス、未来予測、複雑系
参考リンク

ノート3:研究と競争相手
2013.6.16)、旧版(2010.4.3)はこちら
 ポイント:競争相手の存在を忘れないようにすること、その動向を予測することの重要性。競争を避ける戦略。
 キーワード:技術の普遍性、競争、Porter、ブルーオーシャン戦略、不均等の意欲、セレンディピティー

参考リンク

ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定
2013.7.28)、旧版(2010.4.10)はこちら
 ポイント:イノベーションを事業として成功させるため、技術を成功するイノベーションに育てるためには、破壊的イノベーションのメカニズムを知ることが重要。そこから示唆される技術進歩のパターン、既存企業の行動パターンも理解しておくべき。
 キーワード:破壊的イノベーション、持続的イノベーション、Christensen、ブルーオーシャン戦略、コンプレックスシステム、ボリュームオペレーション、コア、リバースイノベーション
参考リンク

ノート5:研究部門に求められるテーマ
2013.9.1)、旧版(2010.4.17)はこちら
 ポイント:研究にはイノベーション以外にも様々な業務が求められる。新規事業と既存事業のバランスをとる上でも研究部門に求められる業務を認識する必要がある。
 キーワード:未知、既存、頭を使う、体を使う、中核事業の安定、オープンイノベーション、10年ルール、宣伝、信用度、既存事業とのバランス
参考リンク

ノート6:研究部門が実施したいテーマ
2013.10.6)、旧版(2010.4.24)はこちら
 ポイント:研究部門はシーズを育てる役割を担うが、ニーズも考慮する必要がある。セレンディピティーも重要。テーマの判断主体によるテーマ分類の提案。
 キーワード:シーズ志向、ニーズ志向、暗黙知、形式知、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、レディネスギャップ、偽セレンディピティー、真のセレンディピティー、テーマ分類
参考リンク

ノート7:研究者の活性化
2013.11.10)、旧版(2010.5.1)はこちら
 ポイント:モチベーション理論、エンパワーメントのまとめ。研究者の活性化における注意点。
 キーワード:機能人、経済人、Maslow、欲求段階理論、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求、X理論、Y理論、動機づけ要因、衛生要因、内発的動機づけ、欲求説、過程説、期待理論、誘意性、達成動機理論、エンパワーメント
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ノート8:研究者の適性と最適配置
2013.12.8)、旧版(2010.5.8)はこちら
 ポイント:研究に求められる様々な仕事と研究者の適性のマッチングが重要。研究への適性も考慮要。
 キーワード:適性、認知スタイル、行動類型、人を選んでから目的を考える、多様性、自律性
参考リンク

以下の記事は2010年掲載、今後順次改訂予定です。
ノート9:研究組織の構造
2010.5.15
 ポイント:イノベーションのための組織は固定的、定型的でない方がよいのでは?。
 キーワード:機能組織、タスクフォース、階層性、トップダウン、ボトムアップ、ミドルアップダウンマネジメント、ネットワーク組織、破壊的イノベーション、小さな組織
参考リンク

ノート10:研究組織の望ましい特性と運営
2010.5.22
 ポイント:重要な要素は、ビジョン、多様性、コミュニケーション、自律性。
 キーワード:組織的知識創造、自律性、ゆらぎと創造的カオス、冗長性、最小有効多様性、ビジョン、針鼠の概念、コミュニケーション、弱い絆、公正なプロセス
参考リンク

ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割
2010.5.29
 ポイント:環境整備、仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、育成、ロールモデルが重要。
 キーワード:仕事による動機づけ、多様性、コミュニケーション、ゲートキーパー、育成、経験、ロールモデル
参考リンク

ノート12:研究プロジェクトの運営管理
2010.6.5
 ポイント:計画よりも上手く実行することが重要。定型的な運営は難しいのでは?。
 キーワード:計画、戦略、創発的戦略、評価、方向転換、変化のスピード、心のエネルギー
参考リンク

ノート13:研究成果の活用
2010.6.12
 ポイント:技術的な価値だけでは技術は普及しない。受け入れられるプロセスの理解が必要。
 キーワード:イノベーション普及、相対的優位性、両立可能性、複雑性、試行可能性、観察可能性、再発明、持続可能性、採用、選択的エクスポージャー、ハウツー知識、原理的知識、採用者カテゴリー、イノベータ、初期採用者、ラガード、革新性、能力信頼性、無難信頼性
参考リンク

ノート14:研究成果の転用
2010.6.19
 ポイント:知識としての研究成果の活用も重要。知識創造、ナレッジマネジメントの可能性。
 キーワード:特許、組織的知識創造、知識変換、知識移転、ナレッジマネジメント
参考リンク



3年後のTime誌「2010年のベスト50発明」

発明や発見がどのように実用化されイノベーションを生むのか、そのプロセスの困難さは様々に指摘されていますが、どのくらいの割合で、どのような道筋をたどって成功(あるいは失敗)に至るのか、それまでにはどのくらいの時間がかかるのか、といった点については、それほど知られているわけではないように思います。本ブログでは、ひとつの試みとして、Time誌が2010年に選んだベスト50の発明が、発表1年後にどうなったか、追跡調査を行ないました。その続きとして、今回は発表後3年での状況を調べてみました。

調査の方法は前回同様Googleによる検索で何か新しい展開があったかどうかを確認し、その結果を発明ごとに前回と同じ分類(前回時点で発明がどの段階にあったか)によって分けてまとめました(今回は実用、製品化前提でない発明3件は除外しました)。以下、それぞれの発明についての2012-13年の動きをまとめます。

アイデア・基礎研究段階の発明(技術未完成または市場性不明確)
No.1
NeoNurture Incubator(古い車の部品を使って作った新生児保育器):webに情報あり。バングラデシュ、ネパール、インドで臨床試験中?。
No.3
First Synthetic Cell(初の人工合成細胞):Synthetic Genomics社で研究中。
No.12
Lab-Grown Lungs(実験室でラットの肺を幹細胞から再生):研究中(他の臓器も含めて)。
No.13
The Deceitful Robot(状況に応じて嘘がつけるロボット):研究中(Georgia Tech)。
No.14
Sarcasm Detection(皮肉を読み取れるソフトウェア):Time誌掲載のヘブライ大学の技術かどうかはわかりませんが、同種のソフトが実用化されたようです。SNS書き込みの解析に使える?。
No.15
BioCouture(バクテリアがつくるセルロース繊維生地):研究継続中。Webサイトあり。他の生物起源材料も研究中?。
No.18
The Straddling Bus(道路を走る車を跨いで走る立体バス):実用化に向けて中国で検討継続中?。3D Express Coach3D Fast Busとも。
No.37
3-D Bioprinter3Dプリンターで細胞を組み立てて臓器を作る):Time誌掲載のOrganovo社の製品が近々発売予定。薬効研究への貢献に期待。他社も参入。
No.40-41
Body Powered Devices (身体の動きからのエネルギー回収):研究、開発中。新情報なし。
No.42
Body Powered Devices (地下鉄からのエネルギー回収):パリで試行、ロンドンで計画中。
No.45
The Malaria-Proof Mosquito(遺伝子操作で生み出したマラリアを媒介しない蚊):研究室レベルでは新種誕生。
No.46
The Mosquito Laser(蚊を選択的に攻撃するレーザー):新情報なし。

基礎技術は確立され、製品化・実用化を目指す段階の発明(少なくとも使える試作品があり、用途も想像できるもの)
No.2
The (Almost) Waterless Washing Machine(ほとんど水を使わない洗濯機-ナイロンビーズで洗濯):Xeros社が開発、業務用に展開。
No.4
The X-51A WaveRider(超音速軍用機):開発中、2012.8月の試験は失敗、20135月の試験は成功。
No.7
Lifeguard Robot(水難救助ロボット):2012年に数ヶ所の海岸で試験。救助成功例もあり。
No.9
The English-Teaching Robot(ロボット英語教師):韓国で実用化。今後普及?。
No.16
Faster-Growing Salmon(遺伝子工学によって生まれた成長速度2倍の鮭):2013FDA認可。市販間近?。
No.17
Road-Embedded Rechargers(道路に埋め込まれ、電磁誘導で電気自動車に給電するシステム):韓国亀尾市の一般道でバス2台による実証試験中。
No.19
Edison2(超軽量自動車):20134月に重量635kgVLC4.0発表。
No.20
Antro Electric Car(軽量小型電気自動車、太陽電池、人力チャージつき):solo(自動車)は2012年生産開始予定だったが未発売、開発継続中。Webページあり。2013年に電動バイクMOVEO発表。
No.24
Amtrak’s Beef-Powered Train(列車燃料として牛脂からとったバイオディーゼル油を利用):2011年の実使用試験成功の後、新情報なし。
No.28
Super Super Soaker(水の噴流で爆弾を処理する装置):新情報なし
No.29
Martin Jetpack(一人用の飛行装置):開発継続中。2014年には市販可か。
No.31
Google’s Driverless Car(無人運転自動車):2012年公道走行試験(48万キロ以上)。
No.32
Deep Green Underwater Kite(水中に設置し海流で発電する凧のような装置):フルスケールの試験を予定(Minesto社)。
No.36
STS-111 Instant Infrastructure(無人飛行船):Argus Oneと改名、試験飛行実施、開発継続中。
No.38
Spray-On Fabric(スプレーで布地、衣服を作る):開発中。Webページあり(Fabrican社)。
No.39
Iron Man Suit(人のパワーを増強するロボットスーツ):XOS2、新情報なし。同様のアイデア多数。
No.43
Less Dangerous Explosives(安定性の高い爆発物-軍事目的):BAE Systems開発継続、改良品IMX-104あり。長期保存試験中。
No.44
Terrafugia Transition(空飛ぶ自動車):2013年一般向け公開飛行。垂直離着陸型も開発予定?。
No.47
Power Aware Cord(電流が多く流れるほど明るく光るコード):STATIC!。類似商品あり。

製品化・実用化済みの発明
No.5
Responsible Homeowner Reward Program(住宅ローン返済を滞らせなければ返済額を割り引くシステム):実施継続中。Webページあり。
No.6
Sony Alpha A55 Camera(半透過ミラーを使ったカメラ):販売中、上位機種α77、α99も発表。
No.10
Square(スマートフォンでクレジットカード決済ができるアタッチメント):日本でも展開中。
No.11
Bloom Box(燃料電池):事業継続中。導入実績あり。2013年ソフトバンクと提携。
No.21
Electric-Car Charging Stations(電気自動車充電設備):Timeで取り上げられたのはCoulomb Technology社で、その技術がチャージポイントネットワークに採用。販売中。
No.22
Sugru(接着性加工性耐久性に優れた粘土):市販されています。10g5000円ぐらい。
No.25
eLegs Exoskeleton(身障者用の歩行補助装置):現Ekso Bionics2012年販売開始。
No.26
Woolfiller(セーターの穴を補修する材料):販売中。Webページあり。
No.30
Better 3-D Glasses(3D眼鏡改良版):3Dシステムに合わせて各種市販中。
No.33
Looxcie(耳につけるビデオカメラ):市販中、様々な装着タイプあり。
No.34
iPad(アップルのタブレットPC):後継機多数。20136月までに累計15万台程度販売。
No.35
Flipboard(情報を整理して見せてくれるiPadアプリ):好評。Android版もリリース。
No.48
X-Flex Blast Protection(爆風を防げる壁紙):販売中。Webページあり。その後新情報なし。
No.49
EyeWriter(目の動きで文字入力ができる装置):実用化済み。改良品、Webページあり。
No.50
Kickstarter(ネットで資金調達できる仕組み):稼働中。201210月時点で73620プロジェクト、寄付総額3.81億ドル。

前回(1年後)の調査と比較すると、次のような違いがあるようです。
アイデア・基礎研究段階の発明:前回「新情報なし」であっても、追加的成果が発表されているものがかなりあります(1年後調査で「新情報なし」は8件、今回は2件)。おそらくこの段階の研究開発は時間がかかるため、1年後では発表できるほどの進捗はなかった、ということでしょう。3年間ではいくつかは開発を中止したものがあるのではないかと思っていましたが、Time誌に取り上げられるほどの発明となれば簡単には中止しない、という傾向も見られるように思います。ただし、3年という期間は、実用化判断には十分な期間ではないということも言えそうです。

製品化・実用化を目指す段階の発明:この段階でも「新情報なし」は3件と、前回の6件から減っています。アイデア段階の発明と同様に、新たな結果を得るための時間が必要なのでしょう。いくつかのプロジェクトでは実用化に向けての試験が進んでいるようですが、商品として地位を確立したものはまだなさそうで、この段階でも3年という期間では、実用化のための開発期間としては不十分ということでしょう。

製品化・実用化済みの発明:今回顕著なのは、社会に受け入れられた発明が増えていることです。前回調査では、明らかな成功事例はiPadとソニーのカメラ程度と思いますが、今回は、SquareFlipboardKickstarterなど好調な事例が出てきています。逆に、この段階の発明で、この3年間に消えてしまったものはあまりなさそうです(やや危うそうなものはありますが)。

全体をまとめると、Time誌で取り上げられ、話題になるような発明では、3年間で明らかにダメと結論づけられるような場合は少ないと言えそうです。ただ、有望そうなものとそうでないもの(時間がかかりそうなものも含めて)は徐々に明らかになってきているということは言えると思います。また、意外な方向に進んでいるものもあまりないようで、この時期には当初の狙いに沿って、がんばって開発を進めている、ということが伺えると思います。

Time
誌掲載の発明は、取り上げられるようになるまでに当然かなりの期間を費やしているものも多いと思いますので、最初の着想からの研究の進み方を推定することはできませんが、全体として、注目を受けた後3年程度では大きな動きを示すものはあまりないということは言えるかもしれません(ただし、実用化段階の発明のうち、特に優れたものは3年あれば、明確になるとは言えるかも)。もちろん、この追跡調査には、サンプルの問題、調査方法の問題がありますので、厳密な議論に耐えるものではありませんが、研究開発のタイムスケールに関するおおざっぱな傾向を考える上で、多少の示唆は得られるように思いますがいかがでしょうか。



スタートアップ企業と既存企業におけるイノベーションの方法(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」より)

既存企業と、いわゆるベンチャー企業やスタートアップ企業とでは、研究開発や新規事業立上のやり方は異なる、という一般的なイメージがあると思います。本ブログでは、主に既存企業における研究開発部門のミドルマネジャーにとって役に立ちそうなことを取り上げたいと思っていますので、今までベンチャーやスタートアップといった、いわゆる起業活動についてはあまり触れてきませんでした。しかし、最近は既存企業にとってもスタートアップから学ぶべきことがある、という見方があるようです。

今回は、ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」の中から興味深く感じられた3つの記事を取り上げて、スタートアップ企業と既存企業のイノベーションの方法について考えてみたいと思います。

「スタートアップ4.0 再び大企業の時代へ」(アンソニー、原題The New Corporate Garage)[文献1]
・イノベーションの世界における最近の変化とその背景:1)「若い企業は成功の手応えを感じるや否や、何十もの模倣者を相手に競争を強いられている」、2)「大企業は・・・起業家的行動を既存の能力に組み込もうとしている」、3)「大企業独自の強みを活かしたビジネスモデルを生み出すケースが増えている」。
・「大企業のなかの起業家精神を持つ個人が『カタリスト』(触媒)となって、自社のリソース、規模、強化された機動力を利用しつつ、少数の企業にしかできないやり方でグローバルな課題の解決策を開発している」。
・イノベーションの変遷
第1期:発明家が単独で発明する時代(1915年以前)
第2期:1970年ごろまで。「イノベーションが複雑化しコストがかさむようになると個人では手に負えなくなり、企業主導の取り組みが進められるようになった。・・・現在ほど企業内の官僚主義が厳格でなかったため、実験的な取り組みを喜んで受け入れる企業が多かった。・・・第2期の英雄たちは企業内研究所で働き、企業はイノベーションを利用する存在から生み出す存在へと進化した。」
第3期:1950年代末から60年代に種が蒔かれ最盛期は70年代、その後最近まで。「企業の大規模化と官僚化が進み、主流を外れた研究に取り組みにくくなり・・・イノベーターは会社を去り、志を同じくする『反逆児』たちと手を結んで、新しい会社を設立するようになった。・・・ベンチャー・キャピタルの支援を受けたスタートアップ企業が登場・・・資本市場が短期的な業績への期待を高めていくにつれ、大企業内のイノベーターは生きるのがますます難しくなった。この時代に生まれたテクノロジーと世界市場のグローバル化によって、変化のスピードは劇的に加速してきた。ある指標によると、過去50年間に企業の寿命は半分ほどになった。」
第4期:「息もつかせぬスピードと、それを可能にする状況や手段は、・・・企業内のカタリストが変革へのインパクトを持つ時代へと駆り立てた。第1期から第3期を代表する発明は技術的なブレークスルーが(すべてではないが)一般的だったが、第4期のイノベーションはビジネスモデルに関連している可能性が高い。・・・今日では、イノベーションがいままでになく容易になっている。・・・イノベーションの容易さとスピードがいまや起業家の助けとなるのと同時に、妨げにもなりうる。・・・現在、若い企業が成功を謳歌するのは驚くほど短期間であり、その後は模倣者よりも多くの資金を投じて、人材獲得競争を始めなければならない。・・・苛烈な競争環境の上に開発サイクルの短期化が重なり、スタートアップ企業が長続きする競争優位をつくり出すことはこれまでになく困難になっている。つまり、大企業を悩ませている資本市場の圧力を、同じように受けやすくなっているのだ。」
・第4期のイノベーションの(ひとつの)特徴:「第3期に見られたベンチャー・キャピタルの支援を受けたスタートアップ企業の起業家的アプローチを、第2期の企業内の研究所がかつて持っていた独自能力と組み合わせた。」
・大企業の優位性:グローバルなインフラ、ブランドの評判の高さ、パートナーとの関係、科学的知識、規制当局への対応経験、卓越したプロセス
・カタリストとは:「ミッションを重視するリーダーであり、従来なら自分の統制範囲外にある企業のリソースを手に入れて、目の前の課題に対処しようとする。彼らは社内外でネットワークや連携をつくり、大きな問題、多くの場合グローバルな問題を解決したいという願望に突き動かされる。」「今日では、イノベーションを柔軟性に富んだものにすれば、大規模な予算や部隊を持たなくとも、カタリストは大きな影響を及ぼすことができる。」「彼らは典型的なガレージ発の起業家に自分をだぶらせている。彼らのガレージには、たまたま素晴らしい道具が完備されていただけなのだ。」「カタリストに活躍してもらうには、企業はオープン・イノベーションを受け入れ、体系的にイノベーションに取り組み、意思決定の仕組みの簡素化や分散を図り、学習重視で失敗に寛容な環境をつくらなければならない。」「クリエイティブな人々をやる気にさせる方法は、自律性を持たせ、熟達度を高める機会を提供し、仕事に目的意識を植えつけることだとピンクは主張する。(注:ダニエル・ピンク「モチベーション3.0」)」
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感想:イノベーションのやり方が近年変わりつつあるという著者の主張は、まだ広く認められた考え方ではないかもしれませんが、ひとつの可能性を示した意見として傾聴に値するように思います。近年既存企業のイノベーションが苦戦し、ベンチャー企業が活躍しているのはなぜなのか、それを認識して、既存企業も改めるべきところを改め、自らの強みを活かすことで既存企業でもイノベーションが実現しやすくなるなら、その可能性を検討する価値はあると思います。

「リーン・スタートアップ:大企業での活かし方 GEも活用する事業開発の新たな手法」(ブランク、原題:Why the Lean Start-Up Changes Everything)[文献2]
・リーン・スタートアップ手法:「起業リスクの低減を可能にする」。「入念なプランニングよりも試行錯誤を、直観よりも顧客からのフィードバックを、さらには、最初に全体を設計する伝統的な手法よりも反復設計を重視する。」「『リーン』(贅肉が少ない)という呼称とは裏腹に、この手法により長期的に最も大きな恩恵を得るのは大企業だと考えられる。」
・従来の起業のやり方からの教訓:1)「大多数の事業計画は、顧客と最初に接点を持った時点で無用だと判明する」。2)「まったく未知数のものに5年間の予想を要求するのは、ベンチャー・キャピタリストと旧ソビエト連邦くらいである。そのような計画は普通は虚構であり、・・・頭をひねるだけ時間の無駄である」。3)スタートアップは大企業の小型版ではない。基本計画に沿って事業を展開していくわけではないのである。最終的に成功を手にするスタートアップは、失敗を次々と経験し、たえず顧客から学びながら、当初のアイデアの修正、開発サイクルの反復、改善を重ねていく」。
・リーン・スタートアップ手法の基本原則:
1、「計画立案と調査に何カ月も費やすのではなく、まずは未検証の仮説、要は『鋭い読み』をいくつも挙げればそれでよしとする。このため、複雑な事業計画を作成する代わりに、仮説の概略を『ビジネスモデル・キャンバス』というフレームワークにまとめる。一言で述べるなら、自社と顧客のためにどう価値を創造するかを図式化する」。(注:「ビジネスモデル・キャンバス」については本ブログ別稿「ビジネスモデル・ジェネレーション」をご参照ください。)
2、「リーン・スタートアップ手法を用いる起業は、仮説を検証するために、オフィスにこもらず積極的に街へ出ていく。これを『顧客開拓(カスタマー・ディベロップメント)』と呼ぶ。」「顧客開発をしながら有効なビジネスモデルを探す」。実用最小限の製品(MVP: minimum viable product)をつくり、顧客の反応をうかがう。顧客のフィードバックから、事業上の仮説が誤っていたと判明した場合、仮説を改めるか、もしくは新たな仮説を設けて軌道修正(ピボット:pivots)を行う。ビジネスモデルの有効性を検証できたら、実行段階に移り、製品を改良し、会社としての組織体制を整える。
3、「リーン・スタートアップ手法では、ソフトウェア業界に由来する『アジャイル開発』を、顧客開発と歩調を合わせながら進める。・・・開発サイクルを短い間隔で反復(イテレーション)しながら製品を少しずつ完成に近づけていくことにより、無駄な時間やリソースを省く」(注:「アジャイル開発」については本ブログ別稿「アジャイル、スクラム、研究開発」をご参照ください。)
・「リーン・スタートアップ手法が若いテクノロジー系ベンチャーだけのものではないことは、すでに明確になりつつある。企業はコスト低減による効率向上に過去20年を費やしてきた。だが、既存のビジネスモデルの改善に力を入れるだけでは、もはや十分ではない。ほとんどの大企業は、増大する一方の外的脅威に、たゆみないイノベーションによって対処する必要がある。生き残りと成長を確実にするには、新しいビジネスモデルを考案し続けることが欠かせない。そのためにはまったく新しい組織構造と技能が求められる。」「ここ3年間でゼネラル・エレクトリック(GE)、クアルコム、インテュイットなどの大企業が、リーン・スタートアップ手法の実践に乗り出した。」
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感想:スタートアップ企業には大企業とは異なる事業立上の方法が求められることは、当然だと思います。しかし、スタートアップで有効な方法の一部を取り入れて活用することは、既存企業にとっても無意味なことではないことは、この記事からも明らかなように思われます。複雑で不確実な市場に対応するために、創発的プロセスや試行錯誤が重視されることは、時代の流れではないでしょうか。それに対応した手法として、こうした考え方を知っておくことは重要でしょう。

BOP市場で社会起業を成功させる方法 想定外のリスクにどう対応するか」(トンプソン、マクミラン、原題:Making Social Ventures Work)[文献3]
・社会起業プロジェクトから得られた5つの教訓:
新興国、BOPなど不確実性の高い市場においては、「仮説志向計画法(discovery-driven planning)が必要であるが、それだけでは十分でない。アメリカとアフリカの数カ国で、社会の最下層向けベンチャーを興そうとするプロジェクトから得られた教訓を5つのガイドラインにまとめた。

1、大まかな活動範囲を決める:起業の障害、許容できる水準、事業の行動規則を想定し、「最低限許容できる成果に達するベンチャーのみに稀少な資源を配分する」。
2、社会的な力関係に注意を払う:「重要な利害関係者とそれぞれの役割、彼らが提供できる資源について詳しく把握」する。
3、仮説志向計画法を徹底させる:「当初から進化していく性質のプロジェクトであることを認識しておく。・・・最初のビジネスモデル、流通の仕組み、顧客に対する提供価値を詳しく定義しておかなければならない。・・・しかし、おそらくそれは間違いであることがわかるだろう。そこで、最初にそのベンチャー事業の仮説モデルを明確にし、可能な限り低コストでそれを立上げ、得られた事業データを使って継続的に前提を改め、最終的な解決策に至る方法を体系的に学習するという考え方を取る。・・・必ず仮説を文書化し、それを検証するための一連のチェックポイントを書き出しておかなくてはならない。」
4、撤退計画を立てる
5、意図せぬ結果を予測してみる:「よい意味でも悪い意味でも意図しなかった二次的影響が生じることを織り込んでおく」。
・「5つのガイドラインをまとめると、起業家や社会的事業だけでなく、画期的で収益性の高い市場を求めるあらゆる組織にとって、有効なフレームワークとなる」。「このガイドラインは事業の進化に伴い何度も立ち返る必要があるが、そこから規律が生まれ、目標の追求に際して限りある資源を確実に最大活用できるようになるだろう。」
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感想:ここでは、BOPにおける社会起業が取り上げられていますが、不確実なプロジェクトを扱うやり方として、仮説に基づいて実行した結果から学ぶ方法の有効性が示されていると思います。著者らによる仮説志向計画法は1995年にHBR誌で発表されていますが、それが広がり、洗練され、現在その真価を発揮しつつあるように思われます。

不確実性に対応するためには、事前に綿密な計画を立てるよりも、仮説に基づいて実行する過程から学んだことに基づいて計画を修正していくアプローチ、いわゆる創発的戦略が好ましいことは、広く認識されるようになってきていると思います。上記のマクミランの他にも、ミンツバーグやクリステンセン、ンダラジャンもそのように指摘していますし、実務家でもその考えに同意する人も多いのではないでしょうか。しかし、企業においては、なかなかそのような考え方が活用されているとは言えないように思います。おそらく、既存企業における「管理」の考え方になじみにくい、ルーチン化しにくい、定量化しにくい、不確実性を認めることは自らの能力不足を認める気がする、不安である、などの理由で容易には受け入れにくいのでしょう。しかし、上記のアンソニーの指摘にあるように、イノベーションの変遷に目を向け、最近の成功事例を真摯に分析すれば、創発的戦略の必要性は明白なものになりつつあるのではないでしょうか。ただ、実務的には、具体的な手法が未確立で利用しにくかったということはあったでしょう。これに対し、上記のブランクの記事にあるような具体的な手法が提案されているとすれば、使い難さも緩和されてきたと言えるかもしれません。既存企業のイノベーションの進め方にスタートアップのノウハウが取り入れられるようになり、起業家とのコラボレーションの可能性も高まるとすれば、最早、創発的戦略を実行する上での悩みは少なくなってきたように思います。あとは、既存企業が従来のやり方の呪縛から逃れ、新しいやり方を取り入れられるかどうかが、大きな課題になりつつあるのかもしれません。それができるかどうかが、これからの時代の企業の盛衰を決めるような気がしますが、いかがでしょうか。


文献1:Scott D. Anthony、スコット・D・アンソニー著、編集部訳、「スタートアップ4.0 再び大企業の時代へ」、Diamond Harvard Business Review, Aug. 2013, p.62.
文献2:Steve Blank、スティーブ・ブランク著、有賀裕子訳、「リーン・スタートアップ:大企業での活かし方 GEも活用する事業開発の新たな手法」、Diamond Harvard Business Review, Aug. 2013, p.40.
文献3:James D. Thompson, Ian C. MacMillan、ジェームズ・D・トンプソン、イアン・C・マクミラン著、スコフィールド素子訳、「BOP市場で社会起業を成功させる方法 想定外のリスクにどう対応するか」、Diamond Harvard Business Review, Aug. 2013, p.122.




ノート8改訂版:研究者の適性と最適配置

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
①研究者の活性化
ノート7

②研究者の適性と最適配置
人の問題といっても、第一線で研究を行なう研究グループのリーダーにとっては、人的資源はそれほど自由になるものではありません。ある程度まで与えられた資源の中でよりよい成果をあげることが求められます。そうした制約の中では、ノート7で述べた研究者の活性化が最も有効だと思いますが、どういう仕事を誰に任せるか、すなわちある業務に適性のある研究者にその業務を担当させることによって成果をあげやすくすることも重要です。研究者の適性と最適配置は、チームを編成する場合にも考慮すべきことと考えられますので、この問題を検討してみます。

まず、研究者個人の特質、適性について考えたいと思います。ただし、「適性」を、単に研究成果を挙げるかどうかという総合的な研究能力の観点で評価することは、少なくとも企業においてはあまり効果的とは思われません。というのは、実際の研究業務には性格の異なる様々な業務が含まれますし、多くの場合業務は組織として遂行していますので、成果が個人の能力や適性を正しく評価しているとは限らないからです。また、「成果」という一面的な評価尺度による評価では、研究者の評価が画一化してしまう危険もあり、研究にとって必要とされる多様性の維持を阻害しかねないという問題もあります。研究における多様性の重要さについては、例えば、野中は組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献1、p.118-123] [文献2、p.77]。また、Leonardは創造的摩擦の重要性を指摘しています[文献3、p.93]。さらに、Belbinの<アポロ計画>のチームに関する研究では、高い能力を持った同質の人材からなるチームは、平均的な能力の異質な人材からなるチームよりも、一貫して低い成果しか出せなかった、との調査結果[文献4、p.395による]もあり、複雑系の研究者であるPageも、「認識的多様性が集団の出来を向上させるという結論に達せざるを得ない[文献8、p.412]」と述べているように、多様性の重要性は多く指摘されることのようです。

加えて現実的には、何でもできる能力の高い人材ばかりで研究グループを編成することは困難といわざるをえません。従って、いわゆる「能力」よりも、どのような仕事に向いているか、どのような仕事が性に合っているかに基づいて職務配置を考え、適性のある職務に従事させることで研究者のモチベーションを高く維持し、成果を得やすくすることも考える必要があるはずです。多様な研究者をその適性に応じて使いこなすことこそ、研究のミドルマネジャーに求められていることだと思います。

では、どんな点に着目して研究者の個性を測ればよいのでしょうか。Leonardは問題解決におけるパーソナルな違いを生み出す三つのソースとして、専門性、認知スタイルの選好、ツールや方法論の選好を挙げています[文献3p.89]。認知スタイルの選好については、事実や歴史や経験を好む「知覚」的な志向と、メタファーや比喩や推論を好む「直観」的な志向の存在、また、判断型(選択肢を広げないで決定しようとする)と、認知型(より多くの選択肢やデータを探し、その間問題が曖昧であることを受け入れる)の存在、選択肢を増やすタイプの「発見する人」と、選択肢を減らそうとする「論破する人」の存在、正しいことを行なうことに気を使う「ヒッピー」と、ものごとを正しく行なうことに気を使う「オタク」の存在を指摘しており、さらに具体的に用いる道具やアプローチにも好みがあると述べています[文献3、p.99]。また、丹羽は研究開発を行なう人間には、計画は不得意だが実施は得意(キャッチアップ時代に求められる)、計画も実施も両方得意(過渡期に求められる)、計画は得意だが実施は不得意(フロントランナーに求められる)の3つのタイプがあると述べています[文献5、p.195]

このような選好やパーソナリティーの類型化、タイプ分けについては、診断テストのような手段で決定することが可能といわれています。しかしその結果を明示してしまうことには、その人に対して先入観をいだいたり、反対する人を排除するために使われたりする危険があることも指摘され、こうした多様性について容認することこそが重要なのであって、実務的には性格テストを実施しなくとも、空間の使い方(機能的に整理された部屋、子供のように散らかった部屋など)を見れば認知スタイルの選好がかなりわかる、という意見もあります[文献3、p.115]。では、これらの選好がわかったとしてどのように仕事の分担と結びつければよいのでしょうか。そこで、上記の類型を参考に、ノート5において挙げた研究部隊に求められる仕事の分類に合わせて、認知スタイルの選好によってもたらされる行動のパターンを考えてみました。

ノート5では、業務に求められる要素を2つの次元を用いて分類しました。ここでは、その次元のどちらに興味があるかという選好が行動に現われるとどのような類型が可能かについて考えてみます。
研究者類型

その結果を上図に示しますが、上記の次元で分類された4つの行動類型は、いずれも日頃の仕事の進め方を観察したり、今の趣味や子供の頃の趣味(その選好が今も継続していれば)を聞いたりすることで情報を得ることが可能と思われますので、個人的選好と仕事とのマッチングを図る上でのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

もちろん、業務分担を考えるにあたっては、個人的選好のみで判断することには問題があるでしょう。特に、その人にとって新しい経験を積ませることで成長を促す場合、経験から学ぶことを身につけさせたい場合などは、あえて選好と異なる業務を担当させる必要があるかもしれません。しかし、そうした場合にも、なぜその業務を担当させるのかをその人に納得させるために、選好と業務分担の判断についてきちんとコメントしておくことは重要ではないでしょうか。こうしたことが、自分の仕事の意味についての理解を深め、成長機会を感じることによりエンパワーメントにつながり、活性化にもつながるのではないかと考えます。

こうした適性の考え方に対し、Kelleyはイノベーションに必要な種々のキャラクターを考察し、それらは性格やタイプとは異なる「役割」と認識すべきであって、そうした役割は演じることができる、と述べています[文献6、p.19]。自らの適性と業務に必要な役割を考慮した上で、選好や適性をも固定的なものとは考えずに積極的にコントロールすることも必要なのかもしれません。

なお、上記の議論は研究メンバーをどのように選ぶかという問題に関しても適用可能と思われますが、メンバーを選ぶ際には「目的に合った人を選ぶ」のではなく「人を選んでから目的を考える」つまり、目的の変化にも十分対応可能な適切な人材を揃えることの方が必要である、という指摘[文献7、p.65]もあります。Collinsは「適切な人材」とは専門知識、学歴、業務経験よりも性格と基礎的能力によって決まる、と述べていますが、この考え方は目的にマッチした人材を集めようとするあまり、性格などの人間的な側面を軽視することに警鐘を鳴らしているのだと思います。「適切な人材」を選ぶことで人を管理する負荷が軽減されることはこの考え方の重要な点だと思いますので、長期的視点から人を採用する場合にはこうした点にも注意が必要でしょう。

以上、研究者の適性と最適配置の問題について考えてみました。適性について安易に決め付けることはもちろん好ましくないことですが、適性と業務のマッチングができれば、与えられた人的資源の効率的な活用という意味での大きな効果が期待できると思われます。研究のミドルマネジャーにとっては重要な検討課題と言えるのではないでしょうか。

考察:研究への適性
上記では、研究者がどんな研究活動に適性があるか、という観点から考えました。しかし、その前に、どういう人が研究者に向いているのか、ということも考える必要があるかもしれません。企業における研究者の場合には、学問的な最高レベルを目指すわけではありませんので、専門性を支えるある程度の能力は必要だとしても、いわゆる勉強における「頭の良さ」「成績優秀」ということはそれほどこだわる必要はないような気がします。逆に「頭が良い」からといってどんな研究にも適性があるとはいえない、というのが私の印象です。特定の研究には適性があっても、別の種類の研究には向いていない、ということもあるでしょうし、「研究」には適性がなくても、研究活動をしない「技術者」や「研究マネジャー」には向いている場合もありうると思います。企業の場合、技術者の育成の段階で研究の経験をさせることは無駄なことではありませんので、やらせてみて適性を判断する、というのが現実的だと思いますが、その際の適性判断のポイントとしては以下のような項目があると思います。

・不確実性に耐えられること:研究者は不安に耐える必要があり、技術者は不満に耐える必要があるということはよく言われますが、不確実なことにフラストレーションを強く感じる性格の場合には研究者に向いていないかもしれません(本ブログ「研究開発とフラストレーション」)。
・他者と協力できること、うまくコミュニケーションできること:技術自体や、技術をビジネスにつなげる方法が、複雑化、高度化していますので、これからの研究は、一人の能力や努力だけで成功を掴むことは困難になると予想されます。従って、他者との協力やコミュニケーションが苦手な人は、少なくとも企業の研究者には向いていないかもしれません。例えば競争心の強い人には、その競争心が協働の妨げにならないように育成する必要があるように思います(本ブログ「競争心と研究開発」)。
・失敗から学べること(本ブログ「知的な失敗」)
・自律的であること(本ブログ「研究者の主体性」)
・新しいことへの意欲:少なくともひとつの分野での深い知識と、様々な分野への理解を併せ持つ「T型人間」が望ましいという考え方があります[例えば文献6、p.85]

実際には、最初に述べた適性も含めて、これらは教育や経験によって培っていける部分もありますし、チームとして個人の欠点を補うことも可能だと思われます。ミドルマネジャーには、日々の研究を実施しながら研究者を育成していくことも求められますが、「適性」を意識した人材の最適配置とともに、よりよい組織運営や、研究者をどの方向に育成するかを考える場合にも、「適性」についての理解は有用なヒントを与えてくれるのではないかと思います。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献4:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献5:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献6:Kelly, T., Littman, J., 2005、鈴木主税訳、「イノベーションの達人!」、早川書房、2006.

文献7:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献8:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009

参考リンク

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チェックリストの力(ガワンデ著「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」より)

チェックリストというと、ある作業を正しく確実に行なうためにその手順や確認事項をまとめたもので、定型的な作業において比較的単純なミスを防ぐ効果があることは広く認められていると思います。しかし、臨機応変で柔軟な対応が求められる研究開発のような複雑な活動に対して、チェックリストが用いられることはあまりないのではないでしょうか。

はたして複雑な課題にはチェックリストは意味がないのでしょうか?。ガワンデは著書「アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法」[文献1]で、複雑な課題に対しても、いや、複雑な課題に対してこそチェックリストが効果を発揮することを述べています。本書では、外科医である著者が、手術の安全性を高めるという課題解決のため、飛行機の操縦や建設プロジェクトマネジメント、投資の世界での事例を参考に、効果的なチェックリストをつくり上げる過程を追いながら、複雑な課題に対してもなぜチェックリストが有効で、どんなチェックリストが効果を発揮するのかが語られています。以下、研究開発の場面でも役に立ちそうな点を中心に本書の内容をまとめてみたいと思います。

複雑な課題に対してチェックリストが必要、有効な理由
・「私たちは膨大な知識を蓄積してきた。・・・だが、ノウハウや知識を使いこなせていない場合も多く、防ぐことのできる失敗も頻繁に起きている。・・・知識の量と複雑性は、一個人が安全かつ確実に活用できる範囲を超えてしまったのだ。知識は私たちを助ける一方で、同時に重荷にもなっている。これが私たちが現在置かれている状況だ。ということは、これらの失敗を防ぐには別のやり方が必要なのだ。私たちの経験と知識を有効活用しつつ、人間の限界を補ってくれるようなやり方が。[p.22]」
・「現代は超専門家の時代なのだ。医者は特定の狭い分野で訓練に訓練を重ね、超専門家になる。超専門家たちは普通の専門家よりも細かい知識お持ち、より複雑な問題にも対応できる。だが、医療はあまりに高度化し、超専門家でさえも日常的なミスを完全に防ぐのは不可能になってきている。[p.38]」
・「ソフトウェア開発者、投資家、消防士、警察官、弁護士、医者、どれも複雑な仕事ばかりだ。一人の人間がそれらの仕事をするにあたって、二つの問題がある。一つめは人間の記憶力と注意力の危うさだ。我々は切羽詰まった状況では当たり前のことも忘れてしまいがちだ。・・・二つめは手順を省く誘惑だ。全ての手順が毎回必要とは限らない。・・・ずっとこの手順を省いてきたけれど一度も問題が起きたことはない、と言いたくなるかもしれない。だが、いつかきっと問題は起きる。[p.46]」
・「人間の記憶力や注意力には限界があるので、見逃しやミスはどうしても起きてしまう。[p.60]」
・「複雑な状況では、先が見えないので不安が募りがちだ。だが、建築業界の人々はコミュニケーションの力を信用している。たとえ経験豊富なエンジニアであろうと、一個人の力は当てにしない。彼らが信頼するのは集団の力だ。複数人を問題に取り掛からせ、チームとして判断してもらう。『人』は誤りやすい。だが、『人々』は誤りにくいのではないだろうか[p.78-79]」。「建設を任された専門家たちは個人の能力を過信せず、二種類のチェックリストを使う。単純な手順の間違いを防ぐチェックリストと、話し合いをさせることで予想外の困難も確実に全て解決させるためのチェックリストだ[p.82]」。「ミスを予防してリスクを減らすというのは合理的で、このようなチェックリストは単純な仕事にはとても効果的だ。しかし、・・・予想外の複雑な問題に対処するには、決定権を中央から末端に分散させるべきだ・・・各自が知識と経験を生かした対応ができるような権限を与えておく。その代わり、コミュニケーションは確実に取らせ、責任も負わせる[p.86]」。「本当に複雑な状況、つまり一個人で知るのは不可能な量の知識を必要とし、不確定要素が多い状況では、中央から全てを指示しようとすると必ず失敗する。・・・各自が柔軟に行動できる余地は与えるが、お互い協力しあい、共通のゴールへの進み具合を確かめあうといった制約も設ける。複雑な問題に対処するには自由と制約の適度な配合が欠かせない。建築業界の人々はこれを良く理解し、シンプルなチェックリストという具体的な形にした。・・・単純だが有用なものの見逃しを防ぐためのチェックリスト。そして、コミュニケーションを取らせ、チームとして協力させ、責任も取らせる一方で、各自が自由裁量で細かい問題や予定外の自体に対処できるようなチェックリスト。対照的な二つのチェックリストでバランスを取ったのだ。[p.92]」
・「良いチームを作るにあたっての一番の障壁は、・・・無関心だ。専門家たちが自分の持ち場のみに集中し、問題が起きても『それは私には関係ないね』という態度を取っていては、チームワークどころではない。[p.120]」
・著者は、航空業界の人は、プロフェッショナリズムに規律を加えたと述べています。「よくできた手順には絶対に従うこと。必ず他者と協力しあうこと。・・・医療では自主性こそがプロの証だと考えられているが、自主性は規律の対極にある。だが、大きな病院、何人もの医者、リスクの大きい治療法、そして一人ではとても習得しきれない膨大な量の知識を要する現代医療では、個人の判断に任せるのは愚策だ。・・・本当に必要なのは、絶対に協力しあうという決まりを作り、常にそれに忠実であることだ。[p.209-210]」

使える(効果的な)チェックリストとは
・「良いチェックリストもあれば悪いものもある。悪いチェックリストというのは曖昧でわかりにくい。長過ぎて使いにくく、実用に適さない。現場を知らないデスクワーカーによって作られる。彼らはチェックリストを使う人たちは馬鹿だと思いこんでいるから、全ての手順を細かく書き出そうとする。脳を活性化させるのではなく、眠らせてしまうようなチェックリストを作ってしまう。一方、良いチェックリストは明確だ。効率的で、的確で、どんなに厳しい状況でも簡単に使える。全てを説明しようとはせず、重要な手順だけを忘れないようにさせる。[p.139]」
・「チェックリストはパイロットから驚くほどの信頼を得ている。・・・良質のチェックリストを作り続けたから、チェックリストはパイロットの信頼を勝ち取れたのだ。[p.140-141]」
・飛行機操縦の場合、「チェックリストを作るにあたって決めなければならないポイントがいくつかある。まず、いつチェックを行うか、つまり一時停止点をはっきり決めないといけない。・・・『行動のち確認』のチェックリストにするか、『読むのち行動』のチェックリストにするのかも決めなければならない。・・・チェックリストは長すぎてはいけない。原則として項目の数は5個から9個にしておくと良い。人間の脳が一度に保持できるのもそれくらいだと言われている。・・・一つの一時停止点に60秒から90秒かかってしまうと、チェックリストはかえって邪魔になってしまうことが多い・・・ずるをしたり、手順を省いたりされやすくなる。・・・飛ばされがちだが致命的な手順に絞るべき・・・。チェックリストの文章はシンプルで明確でなくてはいけない。・・・見た目も実は重要だ。理想的には1ページに収まり、余計な装飾や色使いは避け、大文字と小文字を使い分けて読みやすくしてあるものが良い。・・・必ず実世界で試用する必要がある・・・どれだけ慎重に設計し、どれだけ検討を重ねても、現実は絶対に思った以上にややこしい。・・・チェックリストが安定して機能するまでテストを重ねる必要がある。[p.142-143]」
・「チェックリストはマニュアルではない。全ての手順を詳細に説明するものではない。チェックリストは熟練者を助けるためのシンプルで使いやすい道具なのだ。素早く使えて、実用的で、用途を絞ってあるという特性こそが肝要だ[p.149]」。飛行機のチェックリストでは、重要であってもプロのパイロットたちが忘れることがないような項目はチェックリストには入れられていないそうです[p.149]。

チェックリストの課題と著者の狙い
・「難しい問題を解決するには豪胆なエキスパートが必要だ、という思い込みがまだまだ残っている。そのような思想の対極にあるチェックリストやガイドラインは、なかなか受け入れられない[p.185]」。「チェックリストは手間がかかるし、面白くない。怠慢な私たちはチェックリストが嫌いなのだ。・・・私たちは、チェックリストを使うのは恥ずかしいことだと心の奥底で思っているのだ。本当に優秀な人はマニュアルやチェックリストなんて使わない、複雑で危険な状況も度胸と工夫で乗り切ってしまう、と思いこんでいるのだ。『優秀』という概念自体を変えていく必要があるのかもしれない。[p.198]」
・「私たちの目的はチェックリストを使ってもらうことではなく、チェックリストを通じてチームワークと規律の文化を醸成してもらうことだ。[p.183]」

・「数多くの分野が医療と似たような状況にある。教育、法律、行政、金融などでも日々の失敗を精査することはまずない。・・・誰しもが、細部の見逃し、知識の誤適用、凡ミスなどに悩まされている。でも多くの人々は、・・・ひたすら努力を重ねる以外の解決法はない、と思い込んでしまっている。・・・少し目を凝らせば、素晴らしい能力とやる気を持った者でさえも、同じミスを何度も何度も繰り返していることに気づくはずだ。・・・チェックリストを試してみて欲しい。[p.212-213]」
―――

マニュアル的、というと、定型的で融通が効かない行動を表わすのによく使われる言葉ですが、チェックリストにも同じようなイメージがあるかもしれません。しかし、本書では、よくできたチェックリストとマニュアルは違うものであること、そして、チェックリストは複雑な問題にも効果があることが示されています。特に、人間の能力の限界が問題となるような複雑な作業を行う場合に人間の手助けをしてくれ、またチームワークを強化して、助け合いによって問題への対応が改善されうることは、重要なポイントだと思います。機械やコンピュータの発達、知識の増加によって人間の仕事がどんどん複雑になっていくなか、チェックリストの価値を再評価する必要があるのではないかと思われます。

チェックリストの効能を私なりに整理すると、まず、重要なポイントを気づかせてくれること(忘れ防止)があるでしょう。これは一般的に理解されるチェックリストの意義といってよいと思いますが、本書ではよくあるチェックシートのような様式にはとらわれず、気づきを与えてくれるもの(例えば建設現場の工程表のようなものも含めて)として広くとらえる必要があることが示されていると思います。また、複雑で数多くのタスクをこなさなければならない状況において、致命的にもかかわらず忘れられやすい、つまり、確認の優先順位が高いことをチェックリストに記載すべきだ、という点も重要な考え方だと思います。同時に複数のタスクをこなさなければならない状況では、実は、どのタスクを行うべきか(優先順位づけ)で迷い、時間を食ってしまうことがあります。そんな時、少なくともやるべき重要なタスクの確認をチェックリストが助けてくれるとすれば、その他のタスクに注意を払う余裕ができることもありうるでしょう。さらに、チームで仕事を進める場合に、チームメンバーの当事者意識を高めること、共通認識を築くこと、意思疎通や提案を活発化させることも期待できるようです。

研究開発も、複雑で不確実な対象を扱っていますので、その仕事をマニュアル化したり、チェックリストを作ったりすることは困難、と思いがちですが、本書に述べられた良いチェックリストを作ることができれば、役に立つ場面もあるのではないでしょうか。研究開発というと、前例のないことに創造的に挑戦することが主な活動と考えられるかもしれませんが、実際のところ、ノート5に述べたように研究開発の業務には様々なものがあります。その一部にはチェックリストを用いることが効果的なものもあるはずです。そうしたことにチェックリストを使うだけでも意義は大きいのではないでしょうか。チェックリストは、それぞれの場面に応じて作っていく必要があることは著者も述べていますので、研究開発の場面でも使えるようなチェックリストができるかどうかは考えてみる価値があるでしょう。今まで抱いていたチェックリストに対する悪いイメージは、「悪いチェックリスト」のイメージだったかもしれません。本書では、良いチェックリストとはどのようなものかの例が示され、そのポイントは、「チェックリストを作成のためのチェックリスト」[p.239、著書webページにも英語版あり]にまとめられています。自らの業務にもチェックリスト活用の余地がないかを考えてみるのも面白いのではないでしょうか。


文献1:Atul Gawande, 2009、アトゥール・ガワンデ著、吉田竜訳、「アナタはなぜチェックリストを使わないのか? 重大な局面で“正しい決断”をする方法」、晋遊舎、2011.
原題:The Checklist Manifesto: How to Get Things Right
(参考)著書webページ
http://gawande.com/the-checklist-manifesto

参考リンク<2014.2.23追加>



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