研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2014年01月

研究マネジメント・トピックス目次(2014.1.26版)

このブログの「研究マネジメント・トピックス」というカテゴリでは、「ノート」には入れられなかった研究マネジメントに関する話題について、本や記事の引用をベースに書いています。ここでは表題とリンクをリストにし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割して別ページにしています。それぞれリンクの接続確認、気付いた新たなリンク追加も行なっています。
要約入り目次はこちら:その1その2

その1
研究・イノベーション総論についてのトピックス
「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想2011.2.20)、参考リンク
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2011年)
2011.11.27)、参考リンク
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2013年)2013.11.17)、参考リンクは上と同じ
「イノベーションとは何か」(池田信夫著)より
2012.7.22)、参考リンク
「知識創造経営のプリンシプル」(野中郁次郎、紺野登著)より2012.12.24)、参考リンク
「ビジョナリーカンパニー4」(コリンズ、ハンセン著)より
2013.1.20)、参考リンク
「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(入山章栄著)より2013.10.20)、参考リンク

研究・イノベーションの方針、着想、スタート段階についてのトピックス
破壊的イノベーションの現在(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号より)2013.8.4)、参考リンク
リバース・イノベーション(DHBR2010年論文より)
2010.10.17)、参考リンク
「リバース・イノベーション」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より
2012.11.25)、参考リンクは上記と同じ
オープン・イノベーションは使えるか?2011.1.10)、参考リンク
エスノグラフィーとイノベーション
2010.12.19)、参考リンク
「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」
2010.11.28)、参考リンク
「ホワイトスペース戦略」-ビジネスモデルイノベーションの方法
2012.1.9)、参考リンク
イノベーションをビジネスへ(マリンズ、コミサー著「プランB」より)
2012.6.17)、参考リンク
複雑系経営(?)の効果
2012.5.6)、参考リンク
ビジネスモデル・ジェネレーション(オスターワルダー、ピニュール著)より
2013.3.17)、参考リンク
戦略策定の科学的アプローチ
2013.6.30)、参考リンク

その2
研究・イノベーションの進め方に関するトピックス
「流れを経営する」を読む2012.3.25)、参考リンク
「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想
2011.3.21)、参考リンク
アジャイル、スクラム、研究開発
2012.5.27)、参考リンク
「技術経営の常識のウソ」感想
2011.4.17)、参考リンク
祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授
2010.10.11)、参考リンク
P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー
2011.11.20参考リンク
知的な失敗2012.2.26)、参考リンク
「エスケープ・ベロシティ」(ジェフリー・ムーア著)感想
2012.8.19)、参考リンク
「製品開発をめぐる6つの誤解」(トムク、ライナーセンの論文より)
2012.10.14)、参考リンク
「イノベーション5つの原則」(カールソン、ウィルモット著)より2012.11.4参考リンク
「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より2013.9.8)、参考リンク
ワイドレンズ」(アドナー著)にみる協働の方法
2014.1.19)、参考リンク
「社会技術論」(堀井秀之著)より
2013.2.17)、参考リンク
「技術経営の実践的研究」(丹羽清編)より
2013.4.29)、参考リンク
「ビジネスモデルイノベーション」(野中郁次郎、徳岡晃一郎編著)より
2013.5.26)、参考リンク
スタートアップ企業と既存企業におけるイノベーションの方法(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」より
)(2013.12.15)、参考リンク

研究・イノベーションの環境(仕組み、組織、人)に関わるトピックス
働きがいのある会社とは(Fortune誌「最も働きがいのある米国企業2011」No.1、SASの考え方)2011.1.30)、参考リンク
イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」
2010.11.7)、参考リンク
ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病
2010.9.26)、参考リンク
コア・リジディティ
2010.9.5)、参考リンク
リーダーがつまずく原因
2010.7.19)、参考リンク
イノベーターのDNA
2011.5.15)、参考リンク
イノベーションのDNA
2012.4.15)、参考リンクは上記と同じ
技術者が問題社員になるとき2011.7.24)、参考リンク
モチベーション再考
2011.8.28)、参考リンク
ポジティブ心理学の可能性
2011.9.25)、参考リンク
事業創造人材とは
2011.10.16)、参考リンク
フロネシス(賢慮)と研究開発
2012.1.29)、参考リンク
橋渡し役の重要性
2012.9.17参考リンク


「ワイドレンズ」(アドナー著)にみる協働の方法

いまや、一企業、一組織、一個人の力、あるいは製品の持つ特徴だけでイノベーションを成功に導くことは難しくなったと言われます。その結果ビジネスモデルの重要性が指摘され、協働、コラボレーションによってイノベーションを成功に導くこと、協働によって新たなイノベーションを創出することへの期待が高まっているようです。しかし、一方で協働によって成果を上げることはそれほど容易なことではない、という指摘もあります。おそらく、どのように協働を進めるべきか、どういうやり方が成功をもたらし、どんな点に注意しないと失敗してしまうのか、といった知識がまだまだ不足しているのではないでしょうか。

アドナー著「ワイドレンズ」[文献1]では、イノベーションにおける協働の問題を検討し、様々な利害関係者が錯綜する環境でのイノベーションの進め方についての方法論が提案されています。技術的に優れた製品やアイデアが市場で失敗してしまう原因については、ビジネスモデルがよくなかったとか、実行の方法に問題があった、ということがよく言われますが、具体的にそのどこが悪かったのか、どうすべきだったのか、といった問題に対するひとつの考え方が提示されているように思われますので、以下にその内容をまとめたいと思います。

ワイドレンズとは?
著者はまず、「本書の中核となるメッセージは、『どんなに素晴らしいイノベーションも自社だけではもはや成功することはできない』ということ[p.iii]」であり、「成功は自社の努力だけではなく、自社の周りを取り巻くイノベーション・エコシステム(生態系)を形作るパートナーたちの能力、やる気、可能性にもかかっている[p.vi]」と述べています。著者は、イノベーションの実行は重要な課題だが、実行にばかり注意を払う結果、「成功の鍵を握るエコシステムでのキープレーヤーを見逃す可能性が増える[p.vii]」といい、従来の考え方の「死角」であるこうした点に目を向ける視点を「ワイドレンズ」としてそのためのツールやフレームワークを解説しています。

I部、エコシステムの全体像を捉えるワイドレンズ
I部では、エコシステムが関わるイノベーションで注意すべき概念が整理されています。
第1章、すべて正しいことをしたのに、なぜ失敗するのか
・「エンドユーザーが価値の最終決定者だと考えられてきたが、価値に対する唯一の決定者ではない。企業とエンドユーザーとの間には、多くのパートナーが存在する。・・・パートナーが他のパートナーとどのように協力するかは、これまでに確立されたやり方に従う傾向がある。イノベーションがこれまでのやり方に収まる限り、これらのパートナーを気にかける必要はなく、成功は独立したイノベーションの基準で決まる。ところが、イノベーションが・・・パートナーのこれまでのやり方を変更する必要がある場合、パートナーの役割は重要になるが見落としやすく、失敗の決定要因になる。[p.21]」
・イノベーションの3つのリスク[p.21
1)実行リスク:要求された時間内で、仕様を満たすイノベーションを実現できるかどうかのリスク

(ちなみに、著者は、「これまでの戦略、マーケティング、オペレーションやプロジェクト管理のツールは、実行リスクの発見と管理には十分だと思われるので、本書では実行リスクには焦点を当てない[p.22]」としています。)
2)コーイノベーション・リスク:自身のイノベーションの商業的成功は他のイノベーションの商業化に依存するリスク
3)アダプションチェーン・リスク:パートナーがまずイノベーションを受け入れなければ、顧客が最終提供価値を評価することすらできないリスク

第2章、コーイノベーション・リスク
・「多くの企業がコーイノベーションを試みるが、約束を果たせず、失敗に終わっている。なぜか? それは、自分の成功がパートナーに依存してしまい、その結果、成功するかどうかがパートナー次第になってしまうからである。つまり、協力、協働に依存していると、遅延や妥協が発生しやすくなるのだ。・・・コーイノベーション・リスクは成功の確率を左右する。[p.24-25]」
・コーイノベーション・リスクはパートナーそれぞれが特定の時間の中でコミットメントを果たすことができるかどうかという複合的な確率で決まる・・・。コーイノベーションのロジックは平均ではなく掛け算だ。複合確率の特徴は、発生している出来事の本当の確率が平均値ではなく、潜在確率の積である、ということだ。・・・協働関係全体の中の弱い部分を強化するために資源を投下するほうが成功確率にはるかに大きな影響を与えうる。[p.34-37]」
・「コーイノベーション・リスクを理解することで、どのように機会と脅威の優先順位をつけるか、どのように市場参入のタイミングとポジショニングを検討するか、どのように製品・サービスをデザインし、リスクを緩和させるかのすべてが変わる[p.43]」

第3章、アダプションチェーン・リスク
・「エンドユーザーがイノベーションの提供する価値を評価する前に、まずパートナーがそのイノベーションを採用する必要があるというリスク」、すなわち「価値提供がエンドユーザーにたけではなく、パートナーが自分たちにとっても有益だと考えるかどうか?」が問題となる[p.44]。
・「エコシステムの一部である、それぞれすべての仲介者が、・・・プラスにならなければならない。誰か1人が反対するだけでチェーン自体が壊れてしまう。[p.51]」

II部、エコシステム内のポジションを決める
II部では、エコシステムを考慮した戦略立案のためのツール、考え方が述べられます。
第4章、エコシステムの全体像づくり
・「価値設計図は、本書でこれから議論するすべてのツールの核となる。価値設計図は、エコシステムとそこにおける依存関係を明確にする地図のようなものだ。[p.75-76]」
・価値設計図作成:エンドユーザー、実現のために必要なこと、必要なインプット、仲介者、補完者、リスク(コーイノベーション・リスク、アダプションチェーン・リスク、パートナーのやる気)、強く参加を希望していないパートナーに対するソリューションをはっきりさせ、定期的に更新する。[p.77-78
・「全体を通じて青信号の状態を作りあげる計画を立てたものこそが勝利を勝ち取る・・・。始める前にプロジェクトを取り巻く全体像を、たとえ描きづらくても価値設計図としてあえて描いてみることはどうしても必要[p.93]」。

第5章、役割と関係
・「エコシステム内のすべての参加者は、リーダーになるべきか、フォロワーになるべきか、自問しなければならない[p.111]」。「価値提供を成功させるためには、全員が勝たなければならない[p.112]」。「成功するエコシステムのリーダーは、エコシステムが確立されて動き出した後に最後のステージで莫大な報酬を獲得する。しかし、リーダーはまずエコシステムを構築し、他の全パートナーの参加を保証するために自らが犠牲になって投資する。[p.112]」
・リーダーシッププリズム(と呼ぶツール)は、「総コストと相対的な便益のロジックに基づいて、価値設計図内すべてのプレーヤーの期待差益を評価する。そして、どのプレーヤーがエコシステムに投資できるだけの十分な期待差益を持っているかを明確にする。それらの基準を満たすプレーヤーだけが、エコシステムのリーダーになる現実的なチャンスを持つ[p.113]」。「リーダーシップの試金石は、他の皆がついて行くことに合意することだ。他の皆も成功するときにのみ、リーダーシップは生じる。[p.133]」
・「フォロワーの利益のパイはリーダーのものより小さいかもしれないが、彼らが負うリスクもまたずっと小さい[p.129-130]」。「賢いフォロワーはウィン・ウィンの提案の詳細、つまり、『自社が成功するときにリーダーは利益を得るか?』『リーダーが成功するときに自社は利益を得るか?』を精査する。もし回答が2つとも明らかな『イエス』でなかれば、問題が起こると思ったほうがよい。」[p.131

第6章、適切な場所、適切なタイミング――先行者が勝つとは限らない
・「先行者優位性の追求は一般的には賞賛されているが、このロジックはイノベーション・エコシステムの複雑さの前には通用しないかもしれない。今までのように製品を市場に出せばよいという視点は、参入のタイミングという点で危険な死角を作る。[p.135]」
・「経営幹部が考えるべき決断点は、先行者として優位性を築くことができるかではなく、どのような状況であれば優位性が存在するかということだ。[p.146]」。先行者マトリックス[p.147]は、イノベーターの実行課題の高さ(課題が高い=模倣が困難)と、補完者のコーイノベーションの課題の高さによって、早期参入がどの程度優位であるかを示す(補完者の課題が低い場合に先行者は優位になる)。
・コーイノベーション・リスクが高い場合、待つことも必要になる。iPodは先行者ではなかったが、コーイノベーション・リスクが下がるまで待ち、その間に差別化を行ったことが成功要因と考えられる[p.154]。

III部、ゲームに勝つ
III部ではエコシステムを変え、利用する方法が述べられます。
第7章、ゲームを変える――エコシステムを自分に有利な形に再構築する
・「エコシステムの課題を解決するには、エコシステム流のやり方が必要だ。つまり、既存のピースを使ってパズルを再構成する方法を見つけることだ。・・・エコシステムを再構築することは、システムの要素間での相互作用のパターンの変更を伴う。[p.174]」
・再構成のためには、分離、結合、再配置、追加、削除によってボトルネックを取り除けるかを検討してみる価値がある。

第8章、成功のための順序づけ――連続するゲームに勝ちつづける
・製品イノベーションにおける標準的な開発の順序は、プロトタイプ→小規模テスト→大規模展開、となるが、エコシステムを巻き込んだイノベーションでは、最小限の要素によるエコシステム(MVE: Minimum Viable Ecosystem、商業的な価値を創造できる最小限の要素を組み合わせる)→段階的拡張(すでにあるMVEから利益を得ることができる新たな要素を付け加え、価値創造の可能性を増加させる)→エコシステムの継承と活用(エコシステムの成功要素を活用して次のエコシステムを構築する)、という方法が提案されています[p.192-193]。
・「MVEは早期に商業規模を達成することにフォーカスを当て、比較的浅い、幅広い展開をする。・・・顧客の基盤を確立することによって、MVEはパートナーのために需要の不確実さを削減し、・・・参加のハードルを下げ」る[p.202]。
・アップルのiPodからiPhoneiPadへの展開は段階的拡張、エコシステムの継承と活用の事例と考えられる。[p.206-222

エピローグ(原著webページより、ベタープレイスその後)
第7章で、エコシステムがうまく構築されている例としてとりあげられているベタープレイス(電気自動車プロジェクト)については、そのプロジェクトが失敗に終わりベタープレイスが2013526日に破産に至ったことと、その教訓が原著のwebページで解説されています[文献2]。それによれば、失敗の原因は、MVEを確立する前に、性急に世界展開を図ったこと(すなわち実行におけるミス)である、ということのようです。
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イノベーションにおける協働の重要性は多くの人が指摘するところです。エコシステムという考え方も、例えば野中氏らは知識創造経営のエコシステム[文献3、p.70]の重要性を述べていますし、オスターワルダーらによるビジネスモデルCanvasでも顧客に価値を届けるチャネルの重要性は指摘されています[文献4]。また、協働をうまく実現するための基盤としてエコシステムを考慮することは、win-winの重視や、近江商人の三方よし(売手よし、買手よし、世間よし)と同じ考え方である、という見方もあると思います。しかし、現実にはビジネス環境をエコシステムとして認識し、協働をうまく実現することはそれほど容易なことではないでしょう。本書にも、エコシステムへの配慮が不足したために失敗したと考えられる事例が多く挙げられていますが、本書に解説されている失敗事例も、エコシステム以外の情報を見る限りでは、それが失敗に終わることがなかなか予測しにくいのではないでしょうか。著者の指摘するように、我々の物の見方には死角が存在することは認めざるをえないように思います。

本書の意義は、従来の考え方ではとらえにくいエコシステムの作用をうまくとらえ、制御する方法を提示し、死角にうまく気づく方法を提供していることではないでしょうか。例えば、イノベーションのリスクに関して、性格の異なるコーイノベーションとアダプションチェーンの2側面からとらえるようにするだけで、協働を成功させるための方法がかなり明快になるのではないかと思います。もちろん、こうした捉え方の有効性については、さらなる検証が必要なのかもしれませんが、例えばiPod以降のアップルの成功をエコシステムの観点から説明できるとする考え方はかなり説得力があるように感じました。

本書に述べられた具体的手法についてはまだ粗削りで未完成な部分もあると思います。よいエコシステムの例として挙げられているベタープレイスの失敗を見ても、エコシステムの構築は容易なことではないのかもしれません。しかし、協働を設計するひとつの方法(仮説)としての価値は十分にあるのではないでしょうか。よいビジネスモデルの設計や、オープンイノベーションの成功のための基本的な考え方のひとつになりうるのかもしれません。


文献1:Ron Adner, 2012、ロン・アドナー著、清水勝彦監訳、「ワイドレンズ イノベーションを成功に導くエコシステム戦略」、東洋経済新報社、2013.
原著表題:The Wide Lens: A New Strategy for Innovation
文献2:原著webページ http://thewidelensbook.com/
 ベタープレイスの後日談(Epilogue Ch. 7 Better Place update
 http://thewidelensbook.com/epilogue.html
文献3:野中郁次郎、紺野登、「知識創造経営のプリンシプル 賢慮資本主義の実践論」、東洋経済新報社、2012.
文献4:Alexander Osterwalder, Yves Pigneur, 2010、アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール著、小山龍介訳、「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書 ビジョナリー、イノベーターと挑戦者のためのハンドブック」、翔泳社、2012.



ノート9改訂版:研究組織の構造

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題
研究開発を成功させ、イノベーションを実現するためには、研究組織とそのマネジメントはどうあるべきなのでしょうか。ノートにも引用しましたが、イノベーションにおいて、「組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]と考えられていることからも、組織とその運営はイノベーションの成果に大きく関わってくると考えられます。そこで、ここではイノベーションに関わる研究組織や環境の問題について、まずは組織の構造について考えてみたいと思います(組織運営の問題は次回ノート10で考察します)。

①研究組織の構造
研究活動にとってどのような構造の組織が望ましいかについて、Tiddは「最適な組織の特性に単一の<ベストな>解などない」と述べ、「組織構造と、イノベーティブな行動ルーティンとの間に、基本的な調和が存在する」ことが重要と述べています[文献2、p.380]。実際のところ、ノート5に述べたように、研究部隊に求められる業務は様々であり、研究開発のフェーズによっても行うべきことは変わってきますので、理想的には、業務内容に応じた最適な組織構造をとるべきだと言えるでしょう。しかし、ほとんどの企業の組織は固定的で、業務に応じて臨機応変に組織構造を変更することは容易ではないと考えられます。そこで、最初に研究組織の構造とその特質の関係をまとめてみたいと思います。

研究組織は一般に、類似する技術分野の人が集められている組織(技術志向、機能組織)と、ある目的(製品、プロジェクト)のために人が集められている組織(事業志向、タスクフォース)に大別できます。それぞれ、技術志向組織ではその技術分野の専門的知識を体系的に理解、発展、蓄積させるのに適しており、事業志向組織では様々な技術を事業目的のために統合し、活用するのに適していると考えられます。しかし、現在の多くのイノベーションではその両方の機能が要求されますので、個々の技術者は技術志向組織に属したまま、達成すべき目的のために臨時的に作られるプロジェクトチームのような事業志向組織にも同時に加わり活動する、というマトリックス組織が多く採用されているようです。しかし、この組織形態では、技術者にとっては2人のボスが存在することになり、WeberFayolなどにより古くから重視されてきた管理の原則のひとつである、管理の統一性(各人は1人の管理者から命令を受け取るべき)が損なわれるという問題点を抱えることとなり、実際の運用は容易ではないと言われています。[文献3、p.205-220]

技術志向と事業志向の両方が求められる課題に対してどちらを重視した組織構造とすべきかについては、必要とされる技術の専門性の深さと、その専門性の習得、育成にどのぐらいの時間が必要かがひとつの判断基準になるように思われます。ある目的の実現に必要な技術を自社内で育成する必要があり、その育成に長時間が必要な場合には、技術志向の組織を保有することは不可欠でしょう。だたし、そのような必要性が高まるほど、セクショナリズムが生まれる危険性が高く、異分野協働による知識創造が行なわれにくくなる危険性もあるため、そのような環境で事業志向の組織をうまく運用するためには、過度な技術志向組織への依存をなくし、他部署との協働や事業志向組織を優先するインセンティブを工夫することが必要となるでしょう。

それぞれの組織の形態については、階層性の問題も考慮が必要です。官僚制に代表されるピラミッド型の組織と、階層の少ないフラットな組織がよく対比されますが、管理することが重要な業務には上司の管理範囲が狭いピラミッド型の組織の方が優れるのに対し、意思決定における機動性という点ではフラットな組織の方が優れていると考えられます。従って、比較的定常的な業務ではピラミッド型、臨機応変な対応が必要な非定常業務ではフラット型が向いていると考えられますが、フラットな組織では組織が大きくなるとマネジャーが管理すべき範囲が広がるため、マネジャーの権限を第一線に委譲して自律性に任せるような運用をしないとかえって効率が落ちたり判断を誤ったりする場合もあるでしょう。

また、階層性の問題に関連して、トップダウン型、ボトムアップ型という2種類の仕事の進め方の違いもよく議論されます。丹羽は「技術の研究開発には発明・発見という人間個人の創造的働きが重要となる。このような働きを行なうには自主性を重視するボトムアップ的組織が効果的」とする一方、「技術開発には戦略性が重要であり、これには広い立場からのトップダウン的なアプローチが重要となる」と述べ、両者のジレンマの克服の重要性が指摘されています[文献3、p.215]。これに対し野中は、トップダウン組織はピラミッドのような形であり、トップ・マネージャーだけが有能で知識を作ることを許され、組織の第一線での暗黙知の成長を無視していると述べ、ボトムアップ組織はフラットで、トップは命令や指示をほとんど出さず、企業家精神を持った第一線ロアー社員をサポートし、知識は一人ひとり自立的に働くのを好むロアー社員によって作られるが、自律性が重視される結果、暗黙知を組織全体に広めて共有することを難しくしている、と述べ、どちらの経営プロセスも知識変換がうまいとはいえないとして、「ミドル・アップダウン」マネジメントを提案しています[文献1、p.186-189]。これは、ミドル・マネジャーが中心に位置し、組織の上の方にいるマネジャーと下の方にいる第一線社員を巻き込みながら、組織的に知識を創造していく形態[文献1、p.25]で、これは、ミドル・マネジャーが、トップが創りたいと願っているものと現実世界にあるものとの矛盾を解決[文献1、p.193]できる立場にいることを活用したものと考えることができます。さらに野中は、組織的知識創造をひき起こすための組織として、ハイパーテキスト型組織を提案しています。これは、階層組織とフラットなタスクフォース組織をもち、この組織で作られた知識を知識ベースとしてビジョン、組織文化、技術の中に再構成する、というもの[文献1、p.286]ですが、実務的な立場から見ると組織形態や運用の具体的なイメージが描きにくいように思われます。

ここまで述べた組織の構造は、主に、ある組織内の個人がどうつながっているかに焦点が当てられていました。これに対し、近年、ネットワーク組織が注目されています。これは、ある程度独立して自律性を持った複数の組織が協力して業務を進める形態で、社外組織も含めた協力関係により効率を上げ、経営資源制約の解決に寄与するものと期待されており、上述の技術志向、事業志向のジレンマを改善する可能性も期待できると思われます。ただし、ネットワーク上での意思決定、対立解消、情報交流、知識蓄積、動機づけなどの調整に多大な努力が必要[文献2p.382]で、そうした調整をつうじて協力関係をいかにうまく築けるかが課題とされているようです。このようなネットワークの考え方は、組織間のつながりだけでなく、個人と個人の間のつながり方のパターンとしても考えることができますが、ネットワークの中を流れる情報の伝わり方がネットワークの構造の影響を受けることが指摘されている[文献6]点にも注意が必要でしょう。

このような組織と組織のつながりを考慮することは、社外の知識の有効利用を目指したオープンイノベーションや、企業内における新規事業分野と既存事業分野の共同作業[文献7]の重要性の指摘を背景に、近年注目されているように思われます。研究に関して言えば、研究組織を支えたり管理したりする組織の意義も指摘され、例えば、イノベーションの課題に応じて、諮問委員会、社内起業ファンド、インキュベーターなどの組織を設けて総合的にイノベーションを推進すべきであるとする考え方も提案されています[文献5、p.308]。イノベーション成功のためには、研究グループの組織構造だけでなく研究グループをとりまく組織も含めて考えなければいけない、ということのようです。

研究組織に関する別の視点としては、組織の大きさも重要と考えられます。Christensenは、破壊的イノベーションの進め方について「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せるべき」[文献4、p.192]と述べています。もちろん、あらゆるイノベーションにこの考え方があてはまるわけではありませんが、最初から資源を大量に投入して大きな組織を作ればよいというものではないことは認識しておくべきでしょう。一方、組織内の冗長性の確保や、技術継承の観点から、有効に機能する組織の大きさの下限があるようにも思われます。

以上、イノベーション組織の構造に関しては、あらゆる研究の機能に適したベストな形態が存在するとは考えないほうがよさそうです。研究の仕事の中には古典的なトップダウンの官僚的組織でうまく進められるものもあるでしょう。しかし、イノベーションを阻害する環境要因としてKanterが挙げている内容、すなわち、統制的な垂直的関係の蔓延、水平的コミュニケーションの欠乏、限られた手段と資源、トップダウンの命令、形式的で限定的な改革方法、劣等感を助長するような文化、焦点の定まらないイノベーション活動、望ましくない会計上の慣行 [文献2、p.397]を考慮すると、少なくともトップダウン、官僚的組織は研究の実行過程においては最適の組織とは言えないように思われます。ただし、これらの問題点は、組織の構造だけでなく、その運用にもかかわってくる問題であり、結局のところ、それぞれの組織構造がもつ得失を考慮し、活動の目的にあわせて運用しやすい組織にしていくことが必要、ということではないでしょうか。

考察:研究活動に適した組織
ここまでは、組織の構造の特性に焦点をあてて検討しました。以下では、視点を変えて、研究活動において必要な活動にはどのような組織が適しているのかを考えてみたいと思います。
・専門性の育成、技術の伝承:専門性を深めるという目的には、上述のとおり、同じ分野の技術者が集まる技術志向組織が適していると言ってよいでしょう。技術者の視野が狭くなるという問題があるとはいえ、育成、指導という活動に関しては、教える者、教わる者という一種の上下関係が必要と考えられます。もちろん、完全に形式知化された内容であれば、OffJTや自学自習も可能でしょうが、暗黙知や、職場特有のノウハウの学習を伴う経験学習、職場学習[文献8]では、ある程度閉鎖的で固定的な上下関係、同僚との関係が不可欠と思われます。ただし、専門性を深めることよりも、多くの経験をすることが重要な状況では、事業志向的な組織がふさわしいと考えられますので、結局は両者のバランスをとりつつ運用していくことが求められるということでしょう。
・新たなアイデアの発想:「イノベーションは他人からのインプットがなければめったに起こらない[文献6、p.211]」と言われます。野中氏の知識創造理論(SECIモデル)でも異なる知識が相互作用する場の重要性は指摘されています[例えば文献1、9]。こうした目的のための組織構造としては、ネットワーク組織や、組織の壁を越えた事業志向組織、フラットな組織が適しているように思われますが、どのような組織構造であれコミュニケーションを活発にすることがまず必要でしょう。アメリカの研究機関SRIでは「ウォータリング・ホール」という横断的かつ協力的なミーティングによる価値創出の方法が確立されているようですが[文献10]、発想を促進する分野横断的な仕組みは他にも様々に提案されています。
・イノベーションの事業化:今や、研究部隊が生み出す成果のみで事業化が可能なのは、製品の改良や持続的イノベーションの分野に限られるように思います。より大きなイノベーションを目指す場合には、多くの部署との協働が不可欠と言っていいでしょう。ただし、協働する場合に、作業を分割して分担する場合と、分割しにくい作業を共同で進める場合が考えられます。分割して分担できる場合には、それぞれが果たすべき役割を技術志向の組織がそれぞれ担当することが可能ですが、作業を分割しにくい場合には、組織間や担当者間での密なコミュニケーションが必要になると考えられますので、事業志向の組織で対応することがふさわしいでしょう。これからのイノベーションでは、あらかじめ計画を立てておくことが困難な創発的なプロジェクトが増えていくと予想されますので、どちらの構造の組織で対応するにしても、全体の状況をチェックし臨機応変の対応をとるマネジメントと、密なコミュニケーションが求められると思います。SRIでは、コラボレーションの3つの基本要素として、戦略ビジョンの共有、スキルの相互補完、報酬の共有をあげ、それらをまとめる役割を担うのは「敬意のこもった継続的なコミュニケーション」[文献10、第12章]であると認識されているそうですが、協働をうまく実現するためには、このような考え方をもち実践していくことが求められているのかもしれません。少なくとも課題を必要な作業に分解してそれを既存の組織に割り当てればよい、といった単純な考え方では、プロジェクト全体の運営は難しいのではないかと思われます。

これらをまとめると、研究組織の構造は、研究に関わる活動のしやすさに影響を与えるが、組織構造のみで、イノベーションが実現できるわけではない、ということになると思います。組織構造に加えて、それをどう運用するかも重要、ということでしょう。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献4:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:Nicholas A. Christakis, James H. Fowler, 2009, ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー著、鬼澤忍訳、「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」、講談社、2010.
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献8:中原淳、「経営学習論 人材育成を科学する」、東京大学出版会、2012.
文献9:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献10:Carlosn, Curtis R., Wilmot, William W., 2006、カーティス・M・カールソン、ウィリアム・W・ウィルモット著、電通イノベーションプロジェクト訳、「イノベーション5つの原則 世界最高峰の研究機関SRIが生みだした実践理論」、ダイヤモンド社、2012.

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「イノベーション・オブ・ライフ」(クリステンセン著)とマネジメント理論

人の行動や思考を知り、予測することはマネジメントにとって重要です。従って、経営学でも人に関わる問題は様々に検討され、多くの知見が蓄積されていると言ってよいでしょう。でも、それは経営分野だけにしか使えない知見なのでしょうか。

クリステンセン、アルワース、ディロン著「イノベーション・オブ・ライフ」[文献1]では人生における様々な場面において、経営学の理論がよりよい人生を送るうえで役立つことが述べられています。もちろん、本書に示された考え方だけでよい人生が保証されるわけではありませんし、よりよい人生のためのハウツーを伝授するという類の本ではありませんが、経営学における人間理解を人生に活かすとしたらどんな点が役にたつのかという視点で考えてみることは無駄なことではないでしょうし、人生というケーススタディをとおして経営理論が身近なものとして理解しやすくなるという意味も感じられる本だと思いますので、今回はその内容をまとめてみたいと思います。

なお、筆頭著者のクリステンセン氏は、本ブログでもたびたび取り上げている「破壊的イノベーション」理論の提唱者です。邦訳表題に「イノベーション」が含まれているのもそのためでしょうが、原著の表題である「How Will You Measure Your Life?」は、「自分の人生を評価するものさしは何か?[p.8]」という問いかけであり、本書はそうした問題提起のための本としての意味があるように思われました。以下、本書の構成に沿ってポイントをまとめます。

序講:第1講
・理論とは:「人生の状況に応じて賢明な選択をする手助けとなるツール[p.11]」、「『何が、何を、なぜ引き起こすのか』を説明する、一般的な言明[p.14]」。
・「過去からはできる限りのことを学ぶべきだ。・・・だがそれでは、未来へ向けて船出するとき、どの情報や助言を受け入れ、どれを聞き流すべきかという、根本的な問題の解決にはならない。これに対して、確かな理論を使ってこれから起きることを予測できれば、成功するチャンスを格段に高められる。[p.19]」

第1部:幸せなキャリアを歩む
第2講:私たちを動かすもの
・誘因(インセンティブ)理論:エージェンシー理論とも呼ばれる。仕事に取り組ませるには例えば金銭的な報酬を与えればよい、という考え方。ただし、この理論には、お金で動機づけられない人々の存在といった強力なアノマリー(理論で説明できない事象)がある。
・二要因理論、別名動機づけ理論(モチベーション理論):「誘因は動機づけとは違う。真の動機づけとは、人に本心から何かをしたいと思わせること」。ハーズバーグの理論では、衛生要因(少しでも欠ければ不満につながる要因)と動機づけ要因(仕事への愛情を生み出す要因)を区別する。金銭的報酬は衛生要因。「問題が起きるのは、金銭がほかのどの要素よりも優先されるとき、つまり衛生要因は満たされているのに、さらに多くの金銭を得ることだけが目的になるとき」。「動機づけ理論は、ふだん自分に問いかけないような問題について考えよと、わたしたちを諭している。この仕事は、自分にとって意味があるだろうか?、成長する機会を与えてくれるだろうか?、何か新しいことを学べるだろうか?、だれかに評価され、何かを成し遂げる機械を与えてくれるだろうか?、責任を任されるだろうか?、これらがあなたを本当の意味で動機づける要因だ。これを正しく理解すれば、仕事の数値化しやすい側面にはそれほど意味を感じなくなるだろう。」[p.35-45
第3講
・意図的戦略(予期された機会から生まれる)と創発的戦略(予期されない機会から生まれる):ミンツバーグによる考え方。「的を絞った計画は、実は特定の状況でしか意味をなさない。・・・戦略がこの2つの異なる要素からできていること、そして状況によってどちらを選ぶべきかが決まることを、しっかり理解しよう。」[p.51-54
・発見志向計画法:マクミラン、マグラスによる。「意図的戦略や新たな創発的戦略が有効かどうかを考える際に、役に立つ」。「『これが成り立つためには、何が言えればいいのか?』と考えるとわかりやすい。」「プロジェクトが失敗する原因は、ほぼ例外なく、予測や決定のもとになった重要な仮定の一つ以上が間違っていることにある。」[p.59-61
・「創発的戦略と意図的戦略の概念を理解すれば、自分のキャリアでこれという仕事がまだ見つかっていない状況で、人生の向かう先がはっきり見えるようになるのをただ漫然と待っているのは、時間の無駄だとわかる。いやそれどころか、予期されない機会に心を閉ざしてしまうおそれがある。自分のキャリアについてまだ考えがまとまらないうちは、人生の窓を開け放しておこう。状況に応じて、さまざまな機会を試し、方向転換し、戦略を調整し続ければ、いつか衛生要因を満たすとともに動機づけ要因を与えてくれる仕事が見つかるはずだ。このときようやく、意図的戦略が意味をもってくる。[p.67-68]」
第4講
・「実際の戦略は、限られた資源を何に費やすかという、日々の無数の決定から生まれる。・・・資源配分の方法が、自分の決めた戦略を支えていなければ、その戦略をまったく実行していないのと同じだ。」[p.70
・「資源配分プロセスは、意識して管理しなければ、脳と心にもともと備わった『デフォルト』基準に沿って、勝手に資源をふり分けてしまう。」「達成動機の高い人たちが陥りやすい危険は、いますぐ目に見える成果を生む活動に、無意識のうちに資源を配分してしまうことだ。」[p.80-81

第2部、幸せな関係を築く
第5講

・「良い金、悪い金」の理論:「新規事業の初期段階では、投資家からの『良い金』は、『成長は気長に、しかし利益は性急に』、・・・間違った戦略を推進して多額の資金を無駄にしないよう、できるだけ早くできるだけ少ない資金で、実行可能な戦略をみつけることを要求する。」「初期段階の企業に・・・『早く大きく』成長することを求める資本は、ほぼ例外なく企業を崖に突っ込ませる」(『悪い金』)。「いったん実行可能な戦略が見つかれば、『成長は性急に、利益は気長に』だ。」[p.96-97
・既存企業の成長事業への投資で失敗する事例:「当初の計画がうまくいかない可能性がとても高いため、投資家は既存事業がまだ力強く成長している間に、次の成長の波に投資しなくてはならない。」、しかし、投資は先延ばしにされる。主力事業が成熟するとあわてて新規事業を始め「早く大きく」成長するように大きな資金を投入するが、間違った戦略を無謀かつ強引に推進して失敗する。[p.96-98]」
・「時間と労力の投資を、必要性に気づくまで後回しにしていたら、おそらくもう手遅れだろう」[p.108
第6講
・片づけるべき用事の理論:「製品・サービスを購入する直接の動機となるのは、実は自分の用事を片づけるために、その製品・サービスを雇いたいという思い[p.112]」。「間違った観点に立って開発されたせいで、失敗する製品が多い。顧客が本当に必要としているものではなく、顧客に売りたいものにしか目を向けないのだ。ここで欠けているのは共感、つまり顧客が解決しようとしている問題への深い理解だ。[p.110]」
・人生においても例えば「伴侶がどんな用事を片づけようとしているかを理解しようと心を砕く代わりに、伴侶が求めているものを、こうだと勝手に決めつけがちだ。[p.126]」
第7講
・企業の能力を決める要因:資源、プロセス、優先事項[p.141]。効率や利益を追うためのアウトソーシン
グで能力を失う場合がある。必要な能力を社内に残しておかなければ「未来を手放すことになる[p.144-145]」。
・子どもに資源を与えることで、プロセスを養う機会を損なっていないか?[p.147-150
第8講
・経験の学校のモデル(マッコール):「生まれつきの才能の有無は、仕事での成功を占う確実な指標ではないことがわかっている[p.162]。」「能力は、人生のさまざまな経験をとおして開発され、形成されていく。困難な仕事、指揮したプロジェクトの失敗、新規分野での任務――こうしたことのすべてが、経験の学校の『講座』になる。[p.164]」「マッコールのモデルはプロセス能力を測ろうとするものだ[p.164]。」(知識やスキルといった資源ではなく)
・「世の親は、よい学業成績やスポーツの実績など、子どもの経験を積み上げることにこだわる傾向がある。だが子どもが生きていくのに必要な力を養う講座をおろそかにするのは間違っている[p.178]」
第9講
・組織文化(シャイン):「文化とは、共通の目標に向かって力を合わせて取り組む方法である。その方法はきわめて頻繁に用いられ、きわめて高い成果を生むため、だれもそれ以外の方法で行おうとは思わなくなる。文化が形成されると、従業員は成功するために必要なことを、自律的に行うようになる。[p.185]」
・「文化は、自動操縦装置のようなものだ。文化が効果的に機能するには、自動操縦装置を適切にプログラミングする必要があることを、けっして忘れてはいけない。つまり家庭に求める文化を、自ら構築するということだ。[p.198]」

第3部、罪人にならない
第10講

・限界的思考の罠:「ファイナンスと経済学の基礎講座で教えられる原則」に、「投資の選択肢を評価するとき、埋没費用や固定費(すでに発生していて、どの選択肢を選んでも変化しない費用)は考慮に入れず、それぞれの投資に伴う限界費用と限界収入(新たに発生する追加費用と収入)をもとに意思決定」するという考え方がある[p.205]。「だがこれは危険な考え方だ。このような分析ではほぼ必ず、総費用よりも限界費用が低く、限界利益が高いことが導かれる。この原則は、将来必要となる能力を新たに構築するよりも、過去に成功するために構築した既存能力を活用するよう、企業にバイアスをかけるのだ。未来が過去とまったく同じになるとわかっていれば、このやり方で問題ない。だがいまとは違う未来が来るなら――ほぼ必ずそうなるのだが――このやり方は間違っている。[p.206]」「既存企業がこの理論に従って既存資産の活用を進めると、総費用をはるかに上回る代償を支払うことになる。なぜなら競争力を失う羽目に陥るからだ。[p.210]」
・「何かを『この一度だけ』行うことの限界費用は、ないに等しいように思われるが、必ずと言っていいほど、それをはるかに上回る総費用がかかる。[p.211]」「倫理的妥協が招く厄介な影響を免れる方法はひとつだけある。そもそも妥協を始めないことだ。[p.217]」
終講
・企業の目的が意味をもつためには、「自画像」(企業がいま進みつつある道を最後まで行ったとき、こんな企業になっていてほしいと思い描くイメージ)、「献身」(実現しようとしている自画像に対しての深い献身)、「尺度」(進捗を測るために用いる、一つまたは少数の尺度で、仕事と尺度を照らし合わせることで企業全体が一貫した方向に進む)が必要。「目的は、明確な意図をもって構想、選択し、追求するものだ。だが企業がいったん目的をもてば、そこに行き着くまでの方法は、一般に創発的であることが多い。[p.221-222]」
・「じっくり時間をかけて人生の目的について考えれば、あとでふり返ったとき、それが人生で発見した一番大切なことだったと必ず思うはずだ。[p.231]」
―――

人生に対するアドバイスとしての本書の価値は、読者それぞれで異なるでしょう。内容についても著者の宗教的信念に関わる部分も多いように思われますし、本書の主張をどう受け取るかは、個人のお考えに任せたいと思いますが、一点だけ、こういう考え方もありうることだけは、知っておいて無駄なことではないと思います。

マネジメントの観点からは、以下の点が重要だと思います。
・著者が選んだ経営理論:とりあげられている経営理論は、よりよい人生を築くために役立つということを主眼に選ばれているのかもしれませんが、数多くの経営理論のなかから、特に重要で、応用範囲が広い理論が選ばれているように思われます。例えばモチベーションの問題や戦略論などでも、本書で取り上げられた以外にも様々な考え方があります。その中からクリステンセンという経営学者のフィルターによって選び出された考え方が本書に述べられ、その活用のしかたのヒントも添えられているという点は、経営(や人間、組織の問題)を学ぼうとする上で、ひとつの道しるべになるように感じました。
・理論の使い方:「理論」というものの捉え方は人それぞれかもしれませんが、本書では、理論とは、未来予測、賢明な選択の助けとなるツールであって、何が、何を、なぜ引き起こしたかを説明するもの、という位置づけになっています。一般に理論には、その理論が導かれた前提、適用可能な前提というものが存在しますので、経営理論を人生の問題に安易に適用することには慎重であるべきで、本書の試みには無理があると考える人もいるでしょう(実際、経営理論と人生の問題との関係がわかりにくく感じられる部分もありました)。しかし、経営も人生も、人間の行動の予測という点では似たようなものだと考えれば、全く無効な考え方とは言えないのではないでしょうか。人生における賢明な選択の助けになることを優先して、厳密な論考ではなく理論からの暗示をあえて大胆に用いようとしている、ということなのかもしれません。経営においてはまだまだ経験主義に頼る人が多いように思いますので、こんな形でも「理論」を知り、使ってみることにもう少し積極的であってよいのかもしれないと感じました。

著者は、本書の読者として企業のマネジャーではなく、こらから社会で活躍を始める若い人々を想定していると思います。その点、若い人に薦められる本だということは間違いないと思うのですが、では、年輩者はどう読めばよいのでしょうか。おそらく、マネジャーとして若い人を指導し、若い人々を含むグループをリードしていく上で、若い人にどんなアドバイスができるのか、クリステンセン氏には及びもつかないとしても本書を参考に考えてみること、それが必要なのではないかと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, James Allworth, Karen Dillon, 2012、クレイトン・M・クリステンセン、ジェームズ・アルワース、カレン・ディロン著、櫻井祐子訳、「イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ」、翔泳社、2012.
原著表題:How Will You Measure Your Life?
原著webページ:http://www.measureyourlife.com/

参考リンク<2014.2.23追加>




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