研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2014年05月

「GIVE & TAKE」(グラント著)より

ごく単純に考えれば、物事の損得は、支出と収入つまりギブとテイクのバランスで決まると言っていいでしょう。しかし、あらゆることを損得で考えてよいのか、特に人間関係の損得はどう考えるべきなのかという問題はそれほど単純ではないように思います。グラント著、「GIVE & TAKE」[文献1]では、望ましいギブアンドテイクの関係、特にギブを優先することの重要性が述べられていますので、今回はその内容をまとめておきたいと思います。

ギバー、テイカー、マッチャー
・「過去30年以上にわたり実施された一連の研究で社会科学者は、相互関係、すなわちギブ・アンド・テイクの関係において、どのくらい与え、どのくらい受け取るのが望ましいと考えるかは、人によってまったく異なることを発見した。[p.27]」
テイカー:常に与えるより多くを受け取ろうとする
ギバー:ギブ・アンド・テイクの関係を相手の利益になるようにもっていき、受け取る以上に与えようとする
マッチャー:与えることと受け取ることのバランスをとろうとする
・「もっとも成功する人ともっとも成功しない人がギバーである一方で、テイカーとマッチャーはおそらく、ほどほどの成功にとどまるのだろう。[p.31-32]」、「ギバーは『お人好しで、他人にいいように使われる人』と思われがちだが、実は意外にも成功者が多い。[p.35]」

・テイカーは、富(金銭、物質的な財産)、権力(支配的な地位、他人の支配)、快楽(人生を楽しむ)、勝利(他人より勝る)、という価値を好むのに対し、ギバーは、援助(他人の幸福のために働く)、責任(信頼性)、社会主義(恵まれない人びとを気づかう)、同情(他人の必要性に応える)という価値を優先する[p.52-53]」

ギバーの才能1:「ゆるいつながり」という人脈づくり
・「ギバーもテイカーも幅広い人脈をつくれるかもしれないが、ギバーは、そのネットワークを通じてはるかに長続きする価値をつくる[p.67]」。
・「実際、ほとんどの人はマッチャーなのだ。マッチャーの中心的価値観とは、公平性、平等、ギブ・アンド・テイクの関係なのである。テイカーがこの原則を破ると、そのネットワークにいるマッチャーは、正義にもとる行動を見逃さない。[p.71]」、「マッチャーは、自分の利益を犠牲にしてでも、利己的に振る舞うテイカーに仕返しをしようとするが、寛大に振る舞うギバーにはきちんと報いようとする[p.95]」
・「テイカーとマッチャーはしばしば先を見越して、近々助けてもらいたいと思っている人に親切にする[p.87]」
・「休眠状態のつながりのほうが、より多くの新しい情報をもたらす[p.98]」、「休眠状態にあるつながりの価値は、ネットワークのなかではなおざりにされている。このメリットを活かしている点で、ギバーはテイカーやマッチャーよりはるかに優位に立っている。・・・テイカーにとっては、休眠状態のつながりに再接続することは難しい。・・・テイカーの自分勝手な振る舞いが原因でそもそもつながりが休眠したのなら、関係を復活させるのはどだい無理な話だろう。マッチャーはテイカーよりずっと簡単にまた連絡をとることができるが、ギブ・アンド・テイクの関係が前提なので、助けを求めることに居心地の悪さを覚える。[p.100]」
・「リフキン(筆者注:代表的ギバーとして登場します)は、助けた人たちのうち何人が自分にお返しをしてくれるだろうか、とは考えない。テイカーは、自分を偉く見せて、有力者にとり入るためにネットワークを広げ、一方マッチャーは、人に親切にしてもらうためにネットワークを広げる。それに対しリフキンは、「与えるチャンス」を生みだすためにネットワークを広げている・・・。助けてもらったことに恩を感じると、人はその恩をほかの誰かに『送る』ようになる(『恩送り(pay forward)。[p.105-106]」
SNSなどで「密接に結びついた社会は、人間関係や個人の評判をより見えやすくしている。これはつまり、テイカーである代償も、ギバーである利益もどちらも増幅するということだ。・・・ほとんどの人がマッチャーとして『公正の原則』を破ったテイカーを懲らしめ、ギバーの寛大さに報いる。[p.112]」

ギバーの才能2:利益の『パイ』を大きく増やす働き方
・「天才はテイカーになる傾向があり、自分の利益を大きくするために、ほかの人から『知力、エネルギー、能力を奪う』。それに対し、天才を育てる人はギバーになる傾向がある。彼らは自分の『知力を使って』、ほかの人々の『知性や能力を増幅して、ひらめきを引き起こし、アイデアを生み出し、問題を解決させる』[p.116]」
・「成功したギバーは、自分だけでなくグループ全員が得をするように、パイ(総額)を大きくする。[p.132]」
・「安心感のある環境では、人はより学習意欲が高まり、より新しいことにチャレンジできるようになるという。そしてこのような環境をつくり出すことができるのが、ギバーなのである。ある調査では、見返りをいっさい期待せずにアイデアを分かち合うエンジニアは、安心して情報交換できるような雰囲気を職場に生み出すので、イノベーションにおいて主要な役割を果たすことがわかっている。[p.145]」
・責任のバイアス:「相手の努力に対して自分の貢献を高く見積もることをいう。テイカーが犯しやすい誤りで、自分自身をよく見せたいという思いが原因の一端にある。[p.141]」、「『責任のバイアス』は、協力関係が失敗する大きな原因[p.143]」

ギバーの才能3:可能性を掘り出し、精鋭たちを育てる
・自己成就予言:他人から期待されると、それに沿った行動をとって期待どおりの結果を実現すること[p.166
・「テイカーはほかの人の意図を常に疑ってかかるので、自分に害を与えないか、絶えず警戒しているという。こうした人の可能性を信じようとしない態度は、悪循環を生み、同僚や部下のやる気と成長を妨げる。・・・それに比べれば、マッチャーのほうがずっと『自己成就予言』を引き起こす力が備わっている。ギブ・アンド・テイクの関係を尊重しているので、同僚や部下が高い潜在能力を示せば、それにふさわしい対応をする。そして将来性のある同僚や直属の部下に目をかけ、励まし、育てようとする。ただ、マッチャーの欠点は、相手が高い能力を示すまで待っていることだ。危険を冒したくないので、見込みがあるというはっきりした証拠を手にするまでは、助けを差し控えることが多い。・・・ギバーは、可能性の片鱗が見え隠れするまで待ったりはしない。他人の意図を疑わず、楽観的に解釈するので、すべての人のなかに可能性を見出そうとする[p.169-170]」
・立場固定:最初の決断を正当化しようとすること[p.188
・「テイカーは・・・うまくいっていない投資に責任を感じ、自分のプライドやメンツを守るためにさらなる投資をしようとするのだ。・・・ギバーは同僚と会社を守ることを第一に考えるので、進んで失敗を認め、柔軟に意思決定しようとする[p.190-191]」、「長い目で見てよりよい選択をするためなら、さしあたって自分のプライドや評判が打撃を受けてもかまわないと考える[p.194]」、「テイカーが、自分こそが一番かしこい人間になろうとやっきになるのに対し、ギバーは、たとえ自分の信念が脅かされようと、他人の専門知識を柔軟に受け入れる。[p.200]」

ギバーの才能4:「強いリーダーシップ」より「影響力」
・「研究から、人に影響を与えるための2つの基本的なアプローチは、優位と信望であることがわかっている。・・・優位を確立するために、テイカーは強気なコミュニケーションをする。・・・彼らは確かに、優位を得る点では、ギバーよりもはるかに優れている。しかし、・・・疑い深くなっている人に対して優位に立とうとすればするほど、相手は抵抗するものだ。受容的な人びとに対してでさえ、優位に立つことはゼロサムゲームである。自分が権力と権限を手に入れれば入れるほど、相手の権力と権限は小さくなるからだ。・・・それに対して、信望はゼロサムではない。尊敬と賞賛はいくらでも与えることができるからだ。・・・では、信望とは、どのようにすれば集められるのか。テイカーの強気なコミュニケーション法の対極にあるのが、『ゆるいコミュニケーション法』である。ゆるいコミュニケーションをする人は、強引な話し方はせず、不明な点があれば明らかにし、人のアドバイスを喜んで受け入れる。[p.212-213]」
・「テイカーは、弱みをさらけ出せば、自分の優位と権限を危うくすることになると心配する。かたやギバーは、それよりずっと楽に自分の弱さを表に出す。それはギバーが、人に力を振るうことにではなく、人を助けることに関心があるからで、だから、自分の弱点をさらすことを恐れないのだ。弱さを見せることで、ギバーは信望を集めているのである。ただし、・・・弱みを見せても効果があるのは、周囲の人びとに有能だとみとめられている場合にかぎる[p.217]」。
・「控えめに話さないほうがいい立場が一つだけある。それはリーダーシップを担っている場合だ[p.238]」
・アドバイスを求めること(アドバイス・シーキング)は、「自分に権威がない場合に人に影響をおよぼすための、驚くほど効果的な方法であることがわかっている[p.242]」、「人は自分の時間、エネルギー、知識や情報を投資して誰かを助けると、相手がそれに値する人だと必死で信じようとする。・・・人間というのはアドバイスを求められるのが大好きなのだ。[p.246-247]」

ギバーが気をつけるべきこと(成功するギバーと失敗に終わるギバーの違い)
・「テイカーが『利己的』で、成功できないギバーが『自己犠牲的』なら、成功するギバーは『他者志向的』といっていいだろう。・・・他者への関心に自己への関心がかなり結びつけば、ギバーは燃え尽きたりやけどしたりすることが少なくなり、成功しやすくなる。[p.254-255]」
・「ギバーが燃え尽きるのは、与えすぎたことよりも、与えたことでもたらされた影響を、前向きに認めてもらえないことが原因・・・困っているひとをうまく助けてやれないときに、燃え尽きるのである[p.264]。」
・「自己犠牲タイプのギバーは他者志向のギバーより助けを受けることがはるかに少ない・・・それは、精神的にも肉体的にもダメージをおよぼす[p.277]」
・ギバーを悩ます3つの罠:信用しすぎること、相手に共感しすぎること、臆病になりすぎること[p.294
・「相手の真意を見極め、愛想のいいテイカーをペテンだと見抜けるようになることが、ギバーが食い物にされないための防衛策だ。[p.299]」
・「テイカーとつき合うときには、マッチャーになればいいのだ。[p.308]」
・テイカーへの対応:寛大なしっぺ返し(よい行ないはけっして忘れず、悪い行いをときどき大目に見る)[p.309
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以上のように、著者は、ギバーの役割に注目しています。著者は、「本書の目的は、・・・ギバーの成功がいかに過小評価されているか、それを知ってもらうことである[p.35]」と述べていますが、その背景には、様々な人々が協力して仕事を進める状況が増えてきたこと、ソーシャルネットワークの発達に伴ってギバーの活躍の場が増えるとともにうまく協力関係を築けないテイカーの横暴が通りにくくなってきたことがあるでしょう。人間関係の築き方のタイプを、ギバー、テイカー、マッチャーと分けてとらえ、それぞれの心理的傾向に基づいて対応していく著者の考え方は興味深いと思いますし、これからのリーダーシップのあり方も見直す必要があるかもしれないと感じました。

研究活動に関していえば、研究者・技術者には極端なテイカーが多いのは事実のような気がします。また、人間関係を合理的に考えたい人は、マッチャーの考え方が受け入れやすいかもしれません。一方で、「教え魔」のようなギバーも確かにいます(そういう人は割をくっているかもしれませんが)。今までは、研究におけるギバーは損な役回りだったかもしれませんが、これからはその能力を発揮できる場面が多くなることも十分考えられるのではないでしょうか。研究者個人として、それぞれのタイプの特徴をよく理解すれば、ギバーとして成功のチャンスが回ってくることもあるかもしれませんし、テイカーやマッチャーともうまくやることができ、テイカーとして失敗することも少なくなるかもしれません。本書に述べられたギバーの成功例はなかなかに魅力的ですので、ギバーとして生きる選択肢もありうることを考えてみるべきではないでしょうか。技術はともすると、まずは秘匿すべきと判断されがちですが、研究開発にギバーの考え方を適用することももっと考えてみてもよいのかもしれません。


文献1:Adam Grant, 2012、アダム・グラント著、楠木建監訳、「GIVE & TAKE 『与える人』こそ成功する時代」、三笠書房、2014.
(参考)著書HP(ギバー指数がわかるアンケートあり)
http://www.giveandtake.com/
訳書HP(参考文献、脚注、アクションのための提言あり)
http://www.mikasashobo.co.jp/c/books/?id=100574600


科学的な考え方をシンプルに理解する(小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」感想)

技術者として時に経験することなのですが、科学的な(と私が思っている)考え方がうまく他人に伝わらないことがあります。科学に詳しくない人、科学的な考え方に慣れていない人を相手にする場合に特に起こりやすいのですが、相手が技術者や科学者であっても実は、それぞれが「科学的」と考えている見方には違いがあり、また、実生活上のことにどこまでそうした「科学的」な考え方を適用しようとするかにも個人差があって、予想外のところで話が通じない、議論がかみあわないことはよくあります。

技術者の話が経営者や顧客に伝わらないのであればイノベーション実現の障害ともなりかねません。また、科学的な考え方になじんでいるはずの人でもビジネスの場面では科学的に考えない人もいて、社内における意思疎通でも問題が発生することがあります。このように、科学に関するコミュニケーションは、技術経営を考える上で重要な問題ですが、社会全体としても、3.11震災と原発事故を契機として科学者とそれ以外の人がお互いをどう理解し、コミュニケーションすればよいかが注目されているように思います。ではその難しさの原因は何でしょうか。まず、科学的な議論をしようとすると科学的な知識がネックになってコミュニケーションのための基盤ができにくいことが挙げられるでしょう。加えて、一般の人にとって科学者という職業そのものや、科学者はどう考えるのかの実態が正しく認識されていないこと、さらに、身の回りの問題に対して科学的な考え方を適用することのメリットを一般の人があまり理解していないことも挙げられるでしょう。また、科学者側が科学的な考え方の正当性を押しつけようとし過ぎる(と一般の人が感じる)ことなどもあるかもしれません。

こうしたコミュニケーションの溝を埋めるべく、様々な一般向けの科学解説書が出版されていますが、今回は、小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。他の科学の解説書が、科学的知識、考え方や科学の実態(問題点も含めて)を伝えよう、科学に興味を持ってもらおう、という立場で書かれたものが多いのに対して、本書は、一般の人々が科学者とコミュニケーションするために、あるいは科学者や科学の成果をうまく利用するためにはどうしたらよいのかという点を、極力シンプルな形で提示しようとしているところに特徴があるように思います。著者は、「『どうしてみんな科学を学ぶ必要があるのか?』その問いに対する答えは簡単で、話をするためです。・・・『キミもボクも共通の指標、共通の物差しを使って話をしよう』、それことが科学です[p.97]」、「なぜ、サイエンティストでない人々にもサイエンスが必要なのか。わたしがわかったことをあなたに伝えるため、あなたがわかったことをわたしに伝えるため。あなたが何者なのか、わたしが何者なのか、全く知らなくても、発見と発明の喜びを分かち合える。[p.201]」、「科学は論理と実証を積み重ねていく学問ですが、科学者自身は正義の味方ではなく、しばしば間違いを犯します。非専門家が科学者よりも賢明な判断を下した例は少なくありません。[p.190]」、「科学者は一番偉い人ではなく、一番偉い人が参考意見を聞くための人なんですね。[p.192]」と述べています。著書では、科学者と一般の人々とのコミュニケーションの問題の他に、現在の科学の状況(問題点)、現在の課題への対処法についての著者の見解も述べられていますが、ここでは、科学コミュニケーションに関連する著者の考え方のうち、興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

専門家に話を聞くための「三種の神器」
著者は、「現代の科学は、非常に高度化し、一見すると素人には何をやっているのかさっぱりわからなくなっています。しかし、素人が研究の詳細をすべて理解する必要はありません。要は、専門家が出してくる数値がいったい何を意味しているのか、どういう理屈で結論が導き出されたのかがわかればよいのです[p.55]」として、以下の3点が重要だとしています[p.80]。
・四則演算ができること:四則演算をきちんと理解して使いこなせること[p.55
・単位の違いを理解すること[p.62
・論理的思考ができること:例えば、三段論法と背理法[p.75
さらに、これらに加えて、保存則(特にエネルギー保存の法則[p.84])を理解する重要性を指摘しています。まずは、これだけできればよいということをシンプルに提示しているのが本書の特徴だと思います。

科学に対する姿勢、科学や科学者の実態
著者は上記の主張に加え、科学の実態はどうなっているか、なぜコミュニケーションや科学的な考え方の理解が必要かを中心に、以下のような考え方を述べています。
・3.11震災で壊されたもののひとつが「科学に対する信頼性」[p.16
・「日本の問題は、科学や科学者をありがたがりすぎることにありました[p.17]」
・「科学者は、科学についてなら何でも正しい答えを知っているというわけではありません[p.18]」
・「優秀な科学者ほど感情や欲望が強いように、私には見えます。この欲望とは、権勢欲や金銭欲だけではなく、知的好奇心も含みます[p.39]」
・「人間が本来備えている五感は、科学的な事柄を扱うにはまったく不十分です[p.50]」
・「信用できる科学者はどう見分けていけばいいのでしょうか?一番単純で手っ取り早い手法は、経済的な利益を判断するということです。要は、ある主張があった場合、それを皆が認めると誰の財布にお金が流れるのかということ[p.100]」
・「何を言ったかではなく、誰が言ったかで物事を判断する。これを権威主義といいます。・・・なぜ権威主義とは正反対であるはずの科学者が、権威になってしまうのか?・・・私たちには、全ての主張を検証するだけの手間もなければ暇もないのです。・・・私たちのそれぞれが検証できるのは、それぞれが興味を持つ分野、得意な分野で精一杯。残りは権威に頼るしかないのです。[p.104-105]」
・「本物は『私のことを疑ってください』と言い、偽物は『私を信用してください』と言うものです。[p.111]」
・「科学とは定量的、論理的に考えることであり、その本質はごくシンプルです。これに対して、疑似科学はわからないからこそ、人を惹きつける。[p.116]」

・「ただし、アインシュタインは『シンプルすぎてはいけない』とも警告しています。[p.121]」
・「科学的な観点からすると原発はとても『筋の悪い』技術・・・。それは、事故を積み重ねていくことができないから。事故を積み重ねていくことで進歩していった代表的な例は、飛行機でしょう。・・・特に米国の事故調査においては、故意でない限り操縦者や整備担当者の刑事責任や民事責任を問わないことが原則になっており、情報の隠蔽を防いでいます。[p.122-123]」
・「巨大プロジェクトはうまくいくことが前提ではなく、『うまくいかないこと』を前提に進めるべきなのです。・・・よい意味で、アメリカ人は失敗慣れしているのです。・・・たんに手順をマニュアル化するのみならず、失敗を改善していくインセンティブを保ち続ける組織作り、こうしたノウハウについてアメリカには一日、や一日半の長があるように思えます。日本は高度成長期の状態に合わせて、組織体制や個人の働き方を最適化しすぎたのかもしれません。その状況下においては最適であっても、状況が変わると適応できなくなってしまいます。[p.151-153]」
・「私が見るところ、日本にはプロジェクト関係者のキャリアに『傷』が付くことを極端に恐れる文化があります。関係者とは、計画を承認した政治家、予算をつけた官僚、開発に関わったエンジニアなど、あらゆる人間を含みます。血税を投入した以上、絶対に失敗は許されない。少なくとも『これは失敗ではありませんでした』という口実がみつかるまではいつまでも続く・・・・・・。その意味で、日本は失敗者にとても厳しい国だと言えるでしょう。[p.173]」
・「私たちは、何が役に立つのかを事前に知ることはできません。・・・科学が役に立つことを要求され、役に立つとされたプロジェクトが補助金を国から受け取るようになると、そこから抜け出せなくなってしまいます。・・・国からの補助金を受けた事業は、採算を度外視できてしまうため、失敗した時の撤退が難しい。・・・国から補助金をもらうにせよ、民間企業で利益を上げるにせよ、現在の科学は役に立つことを強制されています。そして、そこで働く科学者は、科学を使ってカネを稼がないといけない立場になってしまいました。これが科学者のポジショントークを生むことにつながっています。・・・暴論だと思われるかもしれませんが、科学とは人類の『趣味』であるべきではないか。私はそう考えています。[p.158-163]」
・「先に私は『科学は趣味であるべき』と述べました。趣味でない場合、人には他人を騙すインセンティブが働き、簡単に邪な方向へと流れて行ってしまいます。・・・現代の科学者は常に誘惑に晒されています。補助金をくれる人に都合のよい嘘をつく、手っ取り早く評価されるためにデータを捏造するなど、私から見ていても論文の1つや2つでっち上げでもしないとやっていられないのではと思うほどです。だからこそ、科学者を使う立場の私たちは、科学者自身を疑うところまで踏み込まざるを得ません。[p.192]」
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こうした著者の主張は、もちろんひとつの見解にすぎません。科学的な議論をするために必要な考え方として著者の提示した「三種の神器」以上のものが必要だとする意見も当然あり得るでしょう。しかし、科学を扱っていない人に対して、科学者と対話し、科学に見せかけた論理に惑わされないようにしながら科学の実りを受け取るために必要なことは何か、それをできるだけシンプルにまとめた著者の考え方は重要だと思います。科学的な考え方に慣れ親しんでいるはずの科学者、技術者にとっても、著者の主張は、一般の人とのコミュニケーションを上手く行うためだけでなく、自らを戒める指針としても心に留めておくべきなのではないか、という気がしました。

もう一点、重要だと思うのが、シンプルな原則を提示しようとすることだと思います。科学に限らず、マネジメントの分野でも、いろいろな考え方を知るほど、その中のどれがとりわけ重要で、まず知っておくべき考え方は何なのかがわかりにくくなることがあります。その結果、枝葉末節にとらわれて本質を見失ってしまうこともあるでしょう。私自身、自分の専門分野についてはついつい話が細かくなってしまうことに気づくこともあります。著者は科学者ではなく、かといって科学の素人でもない、そういう立場の人だからこそ、科学者とそれ以外の人々をつなぐ方法をシンプルに提示できているのかもしれません。翻って、マネジメントをシンプルに理解するために必要なことは何なのか、著者のような視点でマネジメントを捉えなおすことも有意義なのではないか、と感じます。人間はあらゆることの専門家にはなりようがありません。だとすれば、少数のシンプルな原則を知ること、それは人間活動の様々な場面で役に立つことなのではないかと思います。


文献1:小飼弾、「『中卒』でもわかる科学入門――“+-×÷”で科学のウソは見ぬける!」、角川書店、2013.

参考リンク<2014.9.28追加>


ジュガードイノベーション(ラジュ、プラブ、アフージャ著「イノベーションは新興国に学べ!」より)

新興国経済の台頭とともに、イノベーションのやり方も変わりつつあるということがよく指摘されます。今回は、ラジュ、プラブ、アフージャ著「イノベーションは新興国に学べ!」[文献1]に基づいて、ジュガードイノベーションと呼ばれるシンプルで柔軟、倹約的なイノベーションの手法について考えてみたいと思います。

原著の表題にもなっている「ジュガードイノベーション」の「ジュガード」とは、ヒンディー語で、「『革新的な問題解決の方法』とか『独創性と機転から生まれる即席の解決法』という意味」ということで、ジュガードの精神とは、「常識にとらわれない思考と行動によって問題に対処すること、どんな逆境にあってもチャンスをとらえ、シンプルな手法によって臨機応変な解決策を見出す。より少ないもので、より多くを成し遂げることなのである。[p.19]」とのことです。著者らは、こうした精神に基づくイノベーションが、すでに新興国で成果を挙げつつあり、先進国でも有効に機能している例を挙げ、こうしたイノベーションの方法がこれからの時代に(新興国のみならず先進国においても)求められていると主張しています。以下、そのポイントをまとめておきたいと思います。

ジュガードの6つの原則
1、逆境を利用する(第2章):「厳しい制約はイノベーションのきっかけになる[p.39]」。チャンスをとらえるやり方は、「『障害を成長のチャンスに変える』『制約を自分に有利に働かせる』『問題をすばやく解決することで変化する環境につねに適応する』[p.54]」。学ぶべき考え方としては、「コップには水が半分も残っていると考える」、「過酷な条件は思い切った革新を生む豊かな土壌であると認識する」、「自信を持つための心理的資本を作り上げる」、「成長志向のマインドセットで大きな挑戦に臨む」、「巨大市場の脅威に挑むためにネットワークの力を選ぶ」など[p.65-76]。
2、少ないものでより多くを実現する(第3章):「あり合わせのものでなんとかする[p.40]」。欧米企業の多くは、「過去に成功した『多くのものから多くを得る』戦略に固執している。欧米企業は競合他社との差別化を図るため、R&Dに莫大な投資をして、高価格で、しばしば過剰性能の製品を開発し、べらぼうな値段で顧客に売りつけてきた。過去にはこの戦略が機能した。・・・しかし、この『大きいほど良い』という手法はもはや継続できない。欧米企業は資源不足に直面し、コスト意識の高い顧客は、高価格の製品ではなく、払った金額にふさわしい価値のある製品を求めるようになっている。[p.103]」
3、柔軟に考え、迅速に行動する(第4章):「つねに今のままでいいのかと問いかけ、どんな選択肢も可能性として残し、既存の製品やサービスやビジネスモデルを作り変える。体系的プロセスに制約を受けないため、環境の予期せぬ変化にもすばやく対応できる[p.40-41]」。柔軟な考え方や行動力を身につけ、維持することができる戦略としては、「必要に応じてルールを破り、価値観を変える」、「投資家や顧客に口出しさせてはいけない」、「社員が思いつきで作り、実験できる時間と空間を提供する」、「心地よい領域を飛び出し、新たな視点を得る」「柔軟な考えを持つパートナーと提携する」、「複数のビジネスモデルを実験する」、「安く失敗し、速く失敗し、何度も失敗する」などがある[p.138-143]。
4、シンプルにする(第5章):「ジュガードは、過剰な性能を持たせることで、製品に洗練や完璧を求めるものではない。目的を果たすために十分な優れた解決法を考え出すことだ[p.41]」。シンプルにする方法としては、組織をシンプルにする、「顧客のニーズを本質まで絞り、それを中心に製品をデザインする」、「一からシンプルな製品を作る」、「ユニバーサルデザインの哲学を掲げて製品の有用性を高める」、「エンジニアと工業デザイナーを協働させる」、「製品を越えて設計をシンプルにし、プラットフォームを再利用する」、「シンプルにするが、シンプルにしすぎない」などがある[p.162-172]。
5、末端層を取り込む(第6章):「ジュガード起業家は、あえてサービスが行き届かない末端層の人々を見つけ出して、主な顧客とする。彼らのニーズを満たす、格安の解決法をすばやく考え出すのである。末端層を取り込む(インクルーシブ)ビジネスモデルでは、低所得者を受け身の消費者ではなく、価値を共創する相手としてとらえている[p.42]」。次のような戦略が可能:「インクルージョンをビジネスとして考える」、「拡大する欧米の低所得層の需要に応える」、「インクルーシブな職場文化を作る」、「末端層の知識が乏しいわけではないことを理解する」、「テクノロジーでインクルージョンのコストを抑える」、「非営利組織と提携する」、「経営陣から支持を得てビジネスモデルを根本的に変更する」、「新興市場の成功事例を取り入れ、適応する」、「インクルーシブなデザイン原則を受け入れる」[p.199-206]。
6、自分の直観に従う(第7章):「フォーカスグループや型通りの市場調査には頼らずに、どんな製品を作るかを決める。投資家の反応も気にしない。顧客のことも、自分の製品のこともよく知っている。だから、自分の心を信じ、それに従うのである。大切にするのは、直観、共感、情熱である[p.43]」。

ジュガードイノベーションが求められる理由(先進国企業の戦略の問題点)
・体系化されたイノベーションの問題点[p.24-29]:あまりに多くの資金と資源を必要とすること、柔軟性に欠けること(「シックス・シグマのような、安定した予測可能なプロセスを中心にする改革プログラムは、企業が求める急激な変化を実現できない」)、排他的でエリート主義(「ソーシャルメディアの力で強く結びつき合う世界では、金銭で買える知的財産だけが新たなアイデアの源ではない」。なお、シックス・シグマの導入によって3Mのイノベーション能力が損なわれ、導入を見直した事例も紹介されています[p.78-82]。
・欧米企業を悩ます5つの複雑性[p.30-35]:リソース不足(天然資源、消費者と政府の経済的苦境、倹約的な消費者の増加)、多様性(消費者、従業員の多様化)、相互の結びつき(SNSなど)、加速する変化、グローバル化。
・欧米企業を取り巻く逆境[p.60-62]:マクロ経済の悪化、多くの新たな規制、人口の構造的変化(労働力の高齢化など)、コンピューターによるソーシャル革命、加速する天然資源の不足、新興市場との容赦ない競争。
・難しい問題に直面した欧米企業の反応[p.63-65]:問題に気づかない、もしくは気づかないふりをして手遅れになる、厳しい制約を力ずくで抑え込もうとする(改革に取り組まず、競争相手を排除しようとする)、新しい問題に古い手法で対応する、大きな挑戦をするときに小さく考える(大きな困難に直面すると守りに入り、わずかな改良で対応しようとする、など)。
・欧米企業が柔軟に動けない理由[p.131-138]:自己満足(成功体験、硬直した考え方や古い行動から抜け出せない)、二元的な思考(すべてが予測可能で白か黒かに分けられると考えてしまうが、灰色が増えつつある)、リスク回避(既存製品との共食いを恐れる)、意欲のない社員(従業員の柔軟な発想が正当に評価されず、安全な選択をすることで、集団思考に陥り、変化を求めなくなる)、厳格で時間がかかる生産・開発プロセス(市場調査や、企画開発に時間をかけすぎる)。
・欧米における簡素化の動き[p.158-160]:消費者がシンプルなものを求めている(複雑すぎる設定や操作の反動)。Y世代、Z世代、ベビーブーム世代は進化した技術を拒否する。生活を切り詰めている人が増えている。オーバースペックの製品は多くの研究開発費と時間を要する。シンプルを強みにする俊敏なライバルに市場シェアを奪われつつある。
・末端の顧客を取り込まない理由[p.194-196]:末端層のために製品を作ったり、サービスを提供したりするのは、中核事業にとってのチャンスではなく、社会的使命だと考えている。ビジネスモデルが末端層の多様なニーズに応えられない。末端層向け商品やサービスに対する長期的な投資ができない。

ジュガードの活用
・「ジュガード・イノベーションは、すべての状況ですべての問題を解決できる万能薬ではない。・・・伝統的で体系的な手法に代わるものではない。補完的に使うと役に立つものである。[p.235]」
・ジュガードが最も効果的に働くとき[p.236-237]:変化が速いとき、全般的なリソース不足、節約意識の強い多様な顧客、成熟していない業界、つながりを求めるとき
・伝統的イノベーション手法の利点[p.239]:量を重視した規模の経済が実現できる、ハードな資本の注入(大きなリスクを負って、大きな報酬を得る)、効率性(シックス・シグマのような標準化されたプロセスは、環境が安定していれば、効率的で、効果的な結果につながる)
・ジュガードの利点[p.240]:価値を重視した規模の経済(異質的市場のそれぞれの顧客に、より大きな価値を提供できる)、ソフトな資本の注入(従業員の情熱を引き出し、顧客と意味のある関係を築くことができ、生産性の伸びや顧客ロイヤルティといったソフトな資本を蓄積できる)、柔軟性
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本書に述べられたジュガード・イノベーションの6つの原則は、すでに似たような指摘が多くなされていると思います。例えば、逆境はニーズの源であると同時に競争を減らす作用があることは容易に想像できます。少ないもので多くを実現する考え方は、不確実な状況で「小さくはじめる」という考え方に近いですし、オーバースペックを避けシンプルな製品やサービスを目指すべきことは、Christensenによるイノベーションのジレンマの指摘から導かれることと言ってもよいでしょう。末端層を対象としたイノベーションも様々な成功事例が知られるようになってきたと思います。柔軟、迅速、直観重視も、小規模な起業家であればそのような行動はとりやすいですし、試行錯誤を前提とする手法としては普通のやり方であると考えられます。こうした方法での成功事例も知られていますので、本書に述べられた手法が有効であることについては、理解しやすいでしょう。

本書の興味深い点は、このようなジュガード・イノベーションの手法が、先進国企業にとってもこれからの進む道であるとしていることと、先進国企業においてジュガードの考え方が受け入れ難い点を明らかにしていることでしょう。もちろん、本書に述べられた新興国でのイノベーションの事例がそのまま先進国企業に適用できるとは限りませんし(先進国企業での事例として紹介されているもののなかにはやや強引なものもあると感じました)、新興国や先進国での成功事例を取り上げてそれがジュガード的であったからといって、ジュガードの方法が必ずうまくいくとも言えない点には注意が必要ですが、ジュガードが効果的とされる場合に、イノベーション手法の選択肢の一つとして考えてみる価値は十分にあるものと思われます。先進国企業のイノベーション戦略の問題点についての著者らの指摘はなかなか示唆に富んでいると感じましたので、我々はそうした従来のやり方を今後も続けていくのか、それとも新たな手法(ジュガードもひとつの候補として)を試みてみるべきなのかはそれぞれの立場でよく考えるべきなのではないでしょうか。


文献1:Navi Radjou, Jaideep Prabhu, Simone Ahuja, 2012、ナヴィ・ラジュ、ジャイディープ・プラブ、シモーヌ・アフージャ著、月沢李歌子訳、「イノベーションは新興国に学べ! カネをかけず、シンプルであるほど増大する破壊力」、日本経済新聞出版社、2013.
原著表題:Jugaad Innovation: Think Frugal, Be Flexible, Generate Breakthrough Growth

(参考)ジュガードイノベーションwebページ
http://jugaadinnovation.com/

参考リンク<2014.8.3追加>

ノート12改訂版:研究プロジェクトの運営管理

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10
2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割→ノート11

2.4
、研究プロジェクトの運営管理
ここまでは、研究組織および組織を構成する人の力を引き出すためにどんな点に注意すべきかを中心に考えてきましたが、今回は具体的に研究プロジェクトをどう進めるかを考えてみます。

工事プロジェクトなどのいわゆる工程管理に比較して、研究プロジェクトの運営管理は従来あまり重要視されてこなかったように思います。例えば今野は1993年出版の本で、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしていて[文献1、p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに進めるべきかについては、あまり言及がありません。ところが、最近は研究の実行段階の進め方が注目されるようになり、具体的な提案もいくつか現れているようです。おそらくその背景には、研究活動をとりまく環境が変わってきたこと、すなわち、変化が速く、大きく、複雑になり、アイデアの事前検討をしっかり行うだけでは、研究を事業として成功させることが困難になりつつあることが認識されるようになってきたことがあると考えられます。

例えば、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2、p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3、p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4、p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5、p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5、p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。

では、具体的にどのように研究を進めるべきなのでしょうか。まず、従来の方法について考えてみましょう。プロジェクトマネジメントの手法は、その研究が、明確な要求、達成可能な目標を持ち、計画や業務の分担が可能で、数値による管理ができる、といった課題である場合には有効と考えられます。反面、探索性の高い研究開発や暗黙知の扱いには向かないように思われます。また、プロジェクトチームのように時限的に人が集まって活動する場合には、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化するなどの問題点が指摘されています[文献6、p.68-69]。「研究から開発に至る活動をいくつかの『ステージ』に区切り、ステージの間に『ゲート』(関所)を設けて研究テーマをふるいにかけて、有望なテーマを絞り込んでいく」[文献6、p.85]ステージゲート法については、1)プロジェクトの中止がしやすい、2)研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、3)研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、4)製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、というメリットがあるとされていますが [文献6、p.94-95]、「ステージゲートは、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれている」、時間を要する夢のあるテーマが排除される、その結果研究の視野が狭くなる、ゲートでの審査で真実が報告されなくなる、失敗からの学習の機会が減る、責任の所在があいまいになる、などの問題点があるとされています[文献6、p.98-106]。いずれも、不確実性が高く創発的な戦略が求められる課題を扱う場合には向いていない方法のように思われます。

これに対して、Anthonyらは「創発的戦略」は次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5、p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5、p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5、p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5、p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5、p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5、p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5、p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5、p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5、p.346]と述べています。

このような、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、他にも類似の指摘が多くあります。例えば、開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献7、p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献8、p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献9、p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献10、p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献11、p.176-177]と述べています。

こうした問題点の指摘に対して、最近、具体的な取り組みの方法が提案されてきています。例えばGovindarajanらは、「規律ある実験」として、実験を行いそこから学ぶことを重視した進め方を提案し、事前の計画は、実験結果の解釈の目安、仮説と位置づけています。具体的には、「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[文献12、p.176]」という科学的手法を採用すべき、としており、「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[文献12、p.186]」、「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[文献12、p.189]」、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[文献12、p.191]、「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[文献12、p.191-193]、といった指摘をしています。また、Riesは、リーン・スタートアップという手法を提案しており、「計画というのは長期にわたり安定した運用実績があってはじめて効果を発揮するツールである[文献13、p.10]」ため計画には頼るべきでなく、「まず、何が起きるかを予測する仮説を組みたてる。次に、予測と実測とを比較する。科学的実験が理論に基づくように、スタートアップの実験はビジョンに基づいて進める。ビジョンを中心に持続可能な事業を構築する方法を明らかにすることが実験の目標である。[文献13、p.81]」、「要となる仮説の段階をクリアしたら、最初のステップである構築フェーズに入り、できるだけ早く実用最小限の製品(minimum viable product)を作る。」[文献13、p.107]。「従来の製品開発は長い時間をかけてじっくりと開発し、完璧な製品をめざすが、MVPは目的が学びのプロセスを始めることであってそれを終えることではない。プロトタイプやコンセプト検証と違い、MVPは製品デザインや技術的な問題を解決するためのものではない。基礎となる事業仮説を検証するためのものなのだ。[文献13、p.128]」、というような提案をしています。

もちろん、こうした考え方に対し計画を重視する立場として、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献14、p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献15]、という考え方もあります。

要するに重要なことは、研究プロジェクトの内容によって、進め方を変えるべきだということでしょう。詳細な計画と進捗管理が効果的な場合もあるでしょうし、創発的戦略が必要な場合もあるでしょう。様々な手法の特徴が明らかになってきていますので、課題に応じたフレキシブルな対応が求められるということだと思います。

考察:実行段階で注意すべきポイントは何か?
研究の実行に関する近年の考え方を見ると、そのポイントとなっているのは「不確実性にどう対応するか」ということのように思われます。ただし、現実には、「不確実性が高い」ことが「悪」であるかのように考え、不確実性が高いこと自体を嫌う考え方はまだまだ存在していると思いますので、まず我々自身が現実世界の不確実性を受け入れる必要があることは言うまでもありません。その上で、その研究がどの程度不確実なものかを基準に、進め方を考えればよいのではないかと思われます。

不確実性の高い課題に対応するための基本的な考え方は以下の2点に集約できるように思います。
・当初の想定が外れるかもしれない前提で対策を準備する:計画どおりにならなかった場合の次の手(プランB)を準備する、多くのことを試す、低コストで試行する、環境変化がありうることを想定しておく
・成功確率を上げる:試行した結果から学習してその結果を対策に反映させる、戦略をフレキシブルに見直す、学ぶことを狙いとする実験を行う、よりうまい試行錯誤を行う
このような考え方は、従来の「管理」という考え方とは相容れないかもしれません。フレキシブルな対応をするということは、混乱の原因にもなり得ますので、譲れない基本方針を示す長期的なビジョンのようなものも明確にする必要があるかもしれません。そうした前提の下で、従来の「計画」や「管理」に対する考え方を改めることこそが研究をうまく進めるためにまず必要なことのように思います。


文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.
文献2:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献3:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献4:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.
文献7:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献8:Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.
文献9:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.
文献10:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献11:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献12:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献13:Eric Ries, 2011、エリック・リース著、井口耕二訳、「リーン・スタートアップムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社、2012.
文献14:Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.
文献15:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


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