研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2014年09月

科学の話題・目次(2014.9.28版)

「科学の話題」というカテゴリーでは、社会や企業活動、研究開発と関係のありそうな科学の話題について書いています。この目次では記事表題とリンクをリストにし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割して別ページとしています。それぞれの「参考リンク」ページのリンクの接続確認、気付いた新たなリンク追加を行いました(各ページでは内容変更があったもののみ更新日付を変えましたが、日付が変わっていないページでも接続確認はしています。)

その1・・・要約入りはこちら
科学研究の動向
「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2012より2012.2.5)、参考リンク
「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2011より
2011.2.6)、参考リンクは上と同じ
論文から見た各国の科学力比較
2011.1.16)、参考リンク

科学と社会
科学と倫理(今道友信著「エコエティカ」より)2013.1.27)、参考リンク
「もうダマされないための『科学』講義」-科学でダマし、ダマされる状況について考える
2012.1.22)、参考リンク
科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション
2011.7.18)、参考リンク
技術で仕事はどう変わる?
2011.8.21)、参考リンク
「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)感想
2013.11.24)、参考リンク
理系と文系、とイノベーション
2011.5.1)、参考リンク
「科学嫌いが日本を滅ぼす」(竹内薫著)感想
2012.10.21)、参考リンク
「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)
2011.2.27)、参考リンク
「不完全な時代――科学と感情の間で」感想
2012.3.4)、参考リンク
「科学との正しい付き合い方」感想 (科学者とそれ以外の人との付き合い方?について)
2010.11.21)、参考リンク
科学的な考え方をシンプルに理解する(小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」感想)
2014.5.18)、参考リンク
動的平衡
2010.10.31)、参考リンク
「知の逆転」にみる科学の課題
2014.7.21)、参考リンク

研究開発事例
2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)2010.12.5)、参考リンク
1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2011.12.25)、参考リンクは上と同じ
3年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2013.12.23)、参考リンクは上と同じ

研究マネジメント事例
祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授2010.10.11)、参考リンク
iPS細胞研究に見る研究の進め方雑感
2011.12.11)、参考リンク
MITメディアラボの研究マネジメント考
2012.12.31)、参考リンク

研究開発の方法
シチズンサイエンス考2012.7.1)、参考リンク
ロボットに研究ができるなら
2011.4.3)、参考リンク
ビッグデータ考
2013.5.6)、参考リンク
「オープンサイエンス革命」(ニールセン著)より
2013.10.27)、参考リンク
これからのモノづくり(アンダーソン著「MAKERS」より)
2014.3.9)、参考リンク


その2・・・要約入りはこちら
科学哲学関連
「理性の限界」「知性の限界」2011.9.19)、参考リンク
「感性の限界」(高橋昌一郎著)より
2012.11.11)、参考リンクは上と同じ
科学哲学の使い方(「理系人に役立つ科学哲学」感想)
2011.10.10)、参考リンク
「なぜ科学を語ってすれ違うのか」に学ぶ
2011.11.6)、参考リンク
「テクノロジーとイノベーション」感想
2012.4.1)、参考リンク
「科学を語るとはどういうことか」(須藤靖、伊勢田哲治著)感想
2014.4.13)、参考リンク

判断、予測、行動経済学、複雑系周辺
いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)2012.7.29)、参考リンク
科学的判断の受け入れ(「代替医療のトリック」感想)
2012.9.23)、参考リンク
多様性の意義(スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」より)
2013.2.24)、参考リンク
複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)
2012.6.10)、参考リンク
ネットワークの力(クリスタキス、ファウラー著「つながり」より)
2013.3.31)、参考リンク
「ファスト&スロー」(カーネマン著)より
2013.7.7)、参考リンク
「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」(ダン・アリエリー著)より
2013.8.11)、参考リンク
「集合知とは何か」(西垣通著)より
2013.9.23)、参考リンク
ベキ乗則の可能性(バラバシ著「バースト」より)
2014.2.2)、参考リンク
「意思決定理論入門」(ギルボア著)より
2014.6.15)、参考リンク
データから言えること(ソーバー著「科学と証拠」より)
2014.8.24)、参考リンク
関連記事
意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)
2012.10.28)、
参考リンク
複雑系経営(?)の効果2012.5.6)、参考リンク

ヒトの行動、社会、進化
「ヒトは環境を壊す動物である」感想2010.12.26)、参考リンク
「利他学」(小田亮著)より
2012.12.2)、参考リンク
進化心理学からの示唆(「友達の数は何人?」ロビン・ダンバー著)より
2012.8.26)、参考リンク
「働かないアリに意義がある」感想
2012.4.22)、参考リンク
利他性と協力
2012.5.13)、参考リンク
天才の創造性の源泉とその活用
2013.6.2)、参考リンク


「行動観察×ビッグデータ」(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2014年8月号特集)より

イノベーションを成功させるためには、人の行動や意思について深く知ることが役立つという認識は近年広まりつつあるといえるでしょう。行動観察やエスノグラフィー、ビッグデータの活用などの手法が提案され、さらには問題解決の手法としてのデザイン思考なども注目されています。ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2014年8月号特集「行動観察×ビッグデータ」[文献1]には、こうした考え方に関する論文が掲載されていますので、今回はそのなかから重要と思われる点をまとめたいと思います。

「ビッグデータvs.行動観察データ:どちらが顧客インサイトを得られるのか 価値提供システムで考える6つの使い分け」、安宅和人、p.26
・ビッグデータの特徴(3V):量(volume)が膨大、多様性(variety)が高い、スピード(velocity)が速い。
・ビッグデータと行動観察の違い:行動観察では、サンプル数は限られていても、ユーザーのニーズにまつわる情報、利用文脈、ユーザーの意識、ユーザーの属性が入手できる。ビッグデータは全数を解析することで、頻度の少ないテール部分の情報も得られる。ビッグデータはリアルタイムの情報が得られる。このような違いがあるため、この2つの手法で得られるデータを同列で扱うこと、これらは代替可能な互換データであるとする議論には意味がない。
・ビッグデータと行動観察の使い分け:市場構造とニーズの見極めには行動観察がかなり優位。ポジショニングやサービス・スペックの設計には、行動観察(ユーザビリティ・テスト)で大筋の方向やオプションの広がりを固め、ビッグデータで微調整することを繰り返すのが王道。顧客ごとへのマーケティングにはビッグデータは不可欠(ただし顧客の属性推定が難しいことには注意が必要)。ニーズ発生場面での打ち手の提供は、ビッグデータでは容易だが行動観察では不可能。取り組みの効果検証の場合、意識の変容を知るには行動観察、利用行動の変容を知るにはビックデータが適している。長期的なトレンドの大局観を得るには行動観察、見えてきたパターンの延長による近未来予測はビッグデータが適している。
・注意点:「データ・ドリブンなアプローチは、ビッグデータであろうと行動観察であろうと、どちらも現実の後追いであり、突発的な変化、不連続な変化、見えていないパターンには対応できない」。「単なるデータの素朴な解析では、イノベーションの知恵、すなわちインサイトを得られることはほとんどない」。「元のデータが歪んでいては、意味合い以前に解析する価値がなくなってしまう。ビッグデータであろうと、行動観察データであろうと、サンプルの質はきわめて重要だ。」

「エスノグラフィーが顧客の真の姿を描き出す デジタル・データで説明できない顧客の行動原理」、クリスチャン・マズビャーグ、ミケル・B・ラスムッセン著、倉田幸信訳、p.40、(原題”An Anthropologist Walks into a Bar...”, Christian Madsbjerg, Mikkel B. Rasmussen, HBR March 2014
・「いまや、多くの企業がビッグデータとアナリティクスのおかげて強力になった顧客調査に頼るようになっている。たしかにこの手法を使えば、自社市場の一部の側面については驚くほど詳細に見えてくる。しかしその像は完璧にはほど遠く、誤解の元になることも多いのだ。・・・定量データをどれほど積み上げても、その顧客が『なぜ』クリックしたのか、『なぜ』購入したのかは明らかにできない。」、「大半のマーケターは、自分たちの組織文化と経営陣の偏見、そして(最近は特に)大量だが不完全なデータの洪水を基にした、顧客の行動に関する推論にしがみついている。」
・「顧客の行動とは、外からは見えないその人の精神世界と、その人を取り巻く社会・文化・物質世界との間に生まれる複雑な相互作用である。従来型のビジネス・ツールではとらえ切れなかったインサイトを求めて、そこを深堀りするのだ。我々が『センス・メイキング』(意味付け)と呼ぶ、この非線形プロセスによって、顧客の行動を解き明かす動機――それもとらえにくく、顧客本人さえ意識していないことの多い動機を明らかにできる。また、この非線形プロセスは、製品開発や組織文化、さらには企業戦略さえも変えてしまうようなインサイトをもたらす可能性を秘めている。・・・『センス・メイキング』や人文科学のツールがその実力を最大限に発揮して企業の役に立つのは、その企業がよく知らない社会や文化のなかで、前例のない問題、すなわち『大いなる未知』に取り組む場合である。」
・「センス・メイキング」の5段階のプロセス:
1)問題をとらえなおす:「問題を人の体験として見る」。「企業が自分たちの視点で自社の市場、製品、および顧客を見ることを止め、それらを顧客の視点から見ることが要求される。」
2)データを集める:「『センス・メイキング』のプロセスで実践するデータ収集は、それまでの前提に一石を投じるという明確な意図を持って行うため、従来の分析・調査手法とは根本的にやり方が異なる。仮説に基づく調査をしたり、大人数、もしくは周到にシナリオを練ったフォーカス・グループへの調査を行う代わりに、研究者は調査対象の日々の暮らしに参加するのである。この調査は仮説を持たずに行うことが決定的に重要だ。大量の情報を集め、情報の種類や量には制限を設けない。そして、何を見つけることになるのか、いっさいの予断を持たずに行う。このように先入観を持たないデータ収集方法によってのみ、顧客の本当の体験を察知することができるのである。」
3)パターンを探す:「分析がなければデータの集合体は何も語らない、ただの記録にすぎない。」「ただ見るだけでは、内部の層に埋もれている真相を見抜くことはできない。観察によってパターンが浮かびあがることで、その真相が見えてくるのである。」
4)カギとなるインサイトを生み出す:例えば今までの信念を疑うなどによりインサイトを生み出す。
5)事業にインパクトをもたらす:「最終ステップで必要となるのは企業幹部にとってお馴染みのこと、すなわちイノベーション戦略の構築である。」
・「『センス・メイキング』は、従来のツールでは得られない答えを明らかにし、企業幹部が自社ビジネスの本当の姿を創造的に考えることを可能にする」

「行動観察をイノベーションへつなげる5つのステップ 常識を乗り越え、みずから変化を生み出す法」、松波晴人、p.56
・「変化の激しいビジネス環境において、これまでと同じ枠組みのなかでの最適化はすでになされてきており、・・・そのようななか必要とされているのが、従来のフレーム(枠組み)を再定義し、ビジネスのゲームを変えるイノベーションである。・・・これまでの物事のとらえ方を変えて、・・・新たな仮説を生むことを、リフレームと呼ぶ。行動観察では、まず“場”に足を運び、“場”において起こっている事実をていねいに集める。・・・リフレームは、これらの“場”にある事実の背景にある『なぜ』を理解できた時に生まれる。行動観察は、新たな仮説を見出すことで、変化に適応するとともに、みずから変化を生み出す方法論でもある。では新しい仮説とは何か。それは、『お客様が気づいておらず』『自社もまた気づいていない』インサイト(洞察)やソリューションのことである。」
・行動観察の5つのステップ:
ステップ0:一般人。「『日常生活における一般的な行動観察』と『スペシャリストによる行動観察』とでは、多くの違いがある。」「この時に用いられるのは、『みずからの勘と経験による思考』で・・・妥当性が保証されない。」このような「しろうと理論は整合性が低いが、その理論を考えた本人はその理論に合致する証拠だけを集めるので、いったん形成されるとなかなか放棄されない」(ファーンハムによる)。
ステップ1:気づき。「まず重要なのは、観察者がみずから“場”に足を運ぶこと」。「自分のしろうと理論をいったん横に置いて観察することが重要」。このステップでは、「深いインサイトを踏まえているわけではないので、得られるソリューションは『ジャスト・アイデア』のレベルに留まることが多い。」
ステップ2:知見に基づく解釈。「アカデミックな知見に基づいて解釈を試みる。」「知見に基づいていればソリューションの妥当性は向上する。」この段階では「ソリューションは従来の価値のフレームのなかでカイゼンを行う、という範囲に留まる。」

ステップ3:リフレームされたインサイト。「得られたさまざまな事実を総合的に解釈することで、これまでと異なるリフレームされたインサイトを得ようとする。リフレームとは『それまで常識とされてきた枠組みを、新しい視点・発想で前向きにつくり直す』という意味」。「イノベーションを起こすためには、リフレームされたインサイトか、リフレームされたソリューション、もしくはその両方が必要である。」「インサイトもソリューションも妥当性が高くなければ実際には機能せず、価値を生むことができない。」「インサイトが事実やアカデミックな知見に照らし合わせて、『あの事実も、この事実も説明できる』となった場合、妥当性が得られたと考えることができる。」
ステップ4:ソリューション提案。「リフレームされたインサイトに基づいてソリューションを考える。」「このプロセスにおいて、再びリフレームが起こる場合がある。」
ステップ5:ソリューション実現。ソリューションの受け手にとっては、「目の前に提示されたものが『イノベーション』なのか『役に立たない奇妙なアイデア』なのか判断ができない」、「どれだけ意外な結果を提示しても、『それは前から分かっていることだろう』という反応がおこるという課題もある。「その分野で長い経験を持つ人々は、新しい価値を理解することが困難であるとともに、それまでの自分の考え方のフレームをひっくり返されることを好まないから」。
・「行動観察から得られた答えは妥当性の高い推論であり、100%の正解は存在しない・・・。つまり『本当に大丈夫かどうか』は、やり方次第で変わってくるし、アクションを取らないとわからない」。
・「行動観察をビジネスに応用するために、今後は、『行動観察を実施する人材の育成方法の確立』が必要になってくる。行動観察を通じて新たな価値を生み出せる人材になるためには、『正解のないところに答えを創っていく』ことができなければならない。」

「IDEO、スタンフォード大学d-schoolでにわかに注目される デザイン思考でマーケティングは変わるか 」、宮澤正憲、p.72
・「デザイン思考という概念は、現状では明らかな誤認も含め多様に解釈されており、まだ統一した理解になっていないことがうかがえる。」
・「ゼロベースでモノを考え、枠を超えて新たな概念を提示するのは、通常の枠内思考に慣れた人だと、そこからすぐに抜け出すことは容易ではない。そこで注目されたのが、ゼロから新しいことを生み出すことを得意とするデザイナーの思考だ。」「このデザイナーの基本的な思考プロセスをある程度形式知化して、非デザイナーも扱えるようにしたものが、デザイン思考なのである。」「しかし、デザイン思考の成り立ちには、本来的には形式知化にふさわしくない概念を、理解促進のために形式知化したという根本的な矛盾を内包している。」
・デザイン思考の一般的なプロセス:スタンフォード大学d.schoolIDEO、イリノイ工科大学、慶応大SDMなどがデザイン思考のプロセスを提示しているが、オブザベーション(観察)、シンセシス(統合)、プロトタイピング(試作)という流れは概ね共通。

1)インプット(オブザベーション):「人間をつぶさに観察し、対象に入り込み、新たな発見を得たり、言語化できない無意識をあぶり出したりすることを目的とする。代表的な手法は行動観察、特にエスノグラフィーが主流となっている。」
2)コンセプト(シンセシス):1)で出てきたさまざまな分析やインサイトをつなぎ合わせ、新たな概念やストーリーを再構成する」。「複数の多様な視点を大切にするため、一人での作業というよりは、チームによる共創型ワークショップ形式で行われるのが一般的」。
3)アウトプット(プロトタイピング):「頭だけで考えずたえず手を動かし、視覚化し、形にしてみることが大切」。「試行錯誤を繰り返しつつ、うまくいかなければコンセプト・アイデアに戻り修正をしていく。プロトタイピングの目的は・・・アイデアを磨き、新しいアイデアを生み出すことにある」。
・重要なポイント:人間中心思考(単なる顧客視点ではない)、チームによる共創(多様性が新たな発見やアイデアを生むという考え方)、非線形プロセス(すべてのプロセスは、行ったり来たりできる柔軟性を持つことが求められる、予定調和でなく想定外の反復プロセスを踏むことが重要)、思考の振れ幅(収束と発散、分析と統合、左脳と右脳、抽象と具象、言語と非言語など、思考を自由に振らせながらクリエイティブな発想を高めていく)。
・「詳細なプロセスはあるべき論を追究しすぎると、本来デザイン思考が抜け出そうとしていた、元の固定化した概念に戻ってしまう懸念がある。・・・多くの人が、順序立てたステップを踏みすぎることの危険性をたびたび指摘している。」

「マーケターはオンライン・レビューを武器にせよ 消費者を動かす3つの要素」、イタマール・シモンソン、エマニュエル・ローゼン著、編集部訳、p.86、(原題”What Marketers Misunderstand About Online Reviews”, Itamar Simonson, Emanuel Rosen, HBR January-February 2014
・顧客の購買決定に影響する3つの要素:
過去の思考、信条、経験(Prior preferences, beliefs, and experiences:P)
マーケターからの情報(Information from marketers:M)
他の人々や情報サービスからのインプット(Input from other people and from information services:O)
・近年、オンラインレビューなどのOの重要性が増している。「企業としては、消費者が製品購入について意思決定する際、どの程度Oに依存しているかを問わなければならない。」
感想:上記の3つの要素が購買決定にどのように影響するかのモデルは様々に考えられると思いますが、どの要素が顧客の購買意思決定に影響を考えるかのヒントとして使いやすい考え方だと思われます。
―――

行動観察やエスノグラフィーの可能性については、以前にもとりあげましたが、要は、一つの手法としてその手法が有効に使える分野に活用していくべきものと思われます。ビッグデータやデザイン思考も含めて、こうした手法がどういう場合に有効で、その活用にあたってはどのようなことに注意すべきか、という点がかなり明らかになってきたようで、実務家にも使いやすくなってきているのではないかと思います。

本特集では、行動観察とビッグデータの比較がひとつのポイントですが、大雑把には、ビッグデータはある程度限られた項目について多くのサンプルからの情報が得られるのに対し、行動観察では少数のサンプルについて深いデータが得られることが特徴なのではないかと思います。その意味では、どちらも「多量の」データである、とも言えるわけで、こうした多量のデータからインサイトをどのように得るかが、解析者の腕の見せ所になるのでしょう。本特集では行動観察の具体的な進め方が解説されていますが、私見を追加させていただくなら、観察者が観察対象と同じ時に同じ場所にいる、ということも重要なことなのではないかと思います。観察者は対象を観察しながら、多少なりともインサイトに思いを巡らす、そういう時間が確保されていることも行動観察からよいインサイトが得られる一つの要素なのではないか、という気がしました。

考えてみれば、日ごろの研究開発でも、現場における観察は重要です。もちろん、通常の技術者はモノを対象としてその挙動を観察していますが、そこからどんなインサイト(技術的な本質)を得るかは、その技術者の能力に依存します。ある人は、小さな気づきから大きなセレンディピティに至りますが、同じチャンスに遭遇しながら、気づきが得られなかったり、インサイトの構築に至らなかったりして、セレンディピティに手が届かない場合もあります。よりよいインサイトを得るためには、先入観にこだわらずにデータを見て発想を広げる思考と、単なる思い付きでないインサイトに至れるだけの専門性が求められるのではないでしょうか。モノを扱う場合にも、本特集に述べられたよいインサイトを得るための方法は役に立つように思われます。データを取る、扱う専門家と、科学や人間の心理や行動に関する専門家の両方の要素が必要なのだとすれば、イノベーションに関わる多くの人がそうしたデータとインサイトの重要性を認識するとともに、必要に応じて様々な分野の専門家が協力することも考えてもよいのではないか、と思いました。


文献1:「行動観察×ビッグデータ」(各論文の表題、著者は上記記事をご参照ください)、Diamond Harvard Business Review, August 2014, p.24-92.

参考リンク<2015.2.8追加>




ノート改訂版・補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識

ノート改訂版・補遺1では、研究マネジメントにおいて特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることをまとめました。ただ、補遺1では内容をかなり絞りましたので、今回は「補遺2」として、実践に役立つ具体的知識をまとめたいと思います。前回同様、内容の選定と記載は個人的な見解に基づいていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。詳細は、本ブログ記事へのリンク先をご参照下さい。

研究の不確実性にどう対応すればよいか
・不確実性に対処するには、計画主導ではなく創発的戦略をとることが好ましいとされています。「創発的戦略」をうまく進める方法としてAnthonyらは次の3つのステップからなる方法を提唱しています。(本ブログ:ノート12
1、重要な不確実性の領域を識別する:最初の戦略は間違っている。正確な予測の数字は無意味。
2、効率的な実験を行なう:投資を控えて多くを学ぶ。スピードを上げることは重要ではない。
3、実験の結果に基づいた調整と方向転換を行なう:計画に固執しない。評価指標にとらわれすぎない。
・言い換えれば、当初想定が外れるかもしれない前提で準備すること、試行錯誤をうまく行い多くを学んで成功確率を上げることを狙う、ということと考えます。

人間の思考・予測の限界に注意するには
・まずは、以下の点で人間の思考には限界や誤りの可能性があることを認識すべきと考えます。(本ブログ:意思決定の罠
1、無意識の思考特性に依存する誤り(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)
2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)
3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)
・人間の思考の誤りを理解するための二重過程理論(Kahnemanによるシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)についての説明):「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。→こうした傾向により、システム2で対応できない(できなくなった)課題に対してシステム1で対応しようとする時、認識や判断の誤りが発生しやすくなるのだと考えられます(本ブログ:ファスト&スロー、判断の誤りやバイアスの事例については、意思決定理論入門も参照ください)。

競争相手の動きを読むには
Porterの5つの力の枠組みは競争戦略立案に有効とされていますが、最近ではこの枠組みによる検討だけでは持続的競争優位を確立することは難しいという意見が多いようです(本ブログ:持続的競争優位をもたらす戦略とは世界の経営学者はいま何を考えているのか)。しかし、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況からなる5つの力の枠組みは、自社および競争相手の置かれた状況を考察するためのチェックポイントとして、いまだ有効なように思います(本ブログ:ノート3)。競争相手の立場に立って状況を整理し、競争相手が保有する資源(技術力も含む)も考え合わせれば、ある程度競争相手の動きは読めると思います。

どんなイノベーションに取り組むべきか
・「補遺1」では、大きな成功をもたらしやすい重要なイノベーションとしてChristensenの「破壊的イノベーション」をあげました。しかしChristensenらも、すでに事業を行っている企業では持続的イノベーションも重要であり、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨しています。重要なことは、破壊的イノベーションのメカニズムを考慮して、企業の環境や取り組むイノベーションにとって適正な進め方を行うことでしょう。なかでも次の点が重要と考えられます。(本ブログ:ノート4
技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすいため、既存企業はオーバースペック製品を生みやすい。
消費者は本当のニーズを知らないことがある。

既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)。
既存企業には、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。
破壊的イノベーションには、ローエンド型破壊と新市場型破壊がある。
DARPA(アメリカ国防総省国防高等研究計画局)で重視されている研究評価の基準は以下のとおり(これはハイルマイヤー(Heilmeier)の基準と呼ばれ、研究マネジャーがしっかり回答することが求められる質問とのことです)。
1、何を達成しようとしているのか?専門用語を一切利用せずに当該プロジェクトの目的を説明せよ
2、今日どのような方法で実践されているのか、また現在の実践の限界は何か?
3、当該アプローチの何が新しいのか、どうしてそれが成功すると思うのか?
4、誰のためになるか?
5、成功した場合、どういった変化を期待できるのか?
6、リスクとリターンは何か?
7、どの位のコストがかかるか?
8、どれほどの期間が必要か?
9、成功に向けた進展を確認するための中間及び最終の評価方法は何か?

アイデア創造や技術開発以外に取り組むべきこと
・ビジネスモデルの構築:ビジネスモデルを考えるための枠組みとして使いやすそうな方法に「Canvas」があります。Canvasでは、顧客セグメント、価値提案、チャネル、顧客との関係、収益の流れ、リソース、主要活動、パートナー、コスト構造の9要素を図にまとめて関係が視覚化できます(本ブログ:ビジネスモデル・ジェネレーション)。
・関係者との協働、調整:少数の関係者のみでイノベーションを完成することは困難になりつつあるようです。利害関係を見極めて調整し、協働するための手法は未確立だと思いますが、エコシステムを構築するという観点は重要だと考えます(本ブログ:ワイドレンズ)。
・イノベーションを使ってもらう:よいイノベーションであっても、利用者はすぐにはそれを採用しません。「イノベーション普及学」という分野では、この受け入れのプロセスに関わる様々な因子が検討されており、その知見は実践面でも重要な基礎になる考え方だと思います。Rogersは、普及速度に影響するイノベーションの特性として次の5つをあげています(本ブログ:ノート13)。
1、相対的優位性(そのイノベーションが既存のアイデアよりよいと知覚される度合い)
2、両立可能性(そのイノベーションが採用者の既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと知覚される度合い)
3、複雑性(イノベーションを理解したり使用したりするのが困難であると知覚される度合い)
4、試行可能性(イノベーションを経験しうる度合い)
5、観察可能性(イノベーションの結果が採用者以外の人たちの目に触れる度合い)
・イノベーションの方法論の中で、イノベーションプロセスの比較的広い範囲が考慮されているものとして、次のものが重要と思われます。ラフリーとマーティンによる戦略(本ブログ:P&G式勝つために戦う戦略)、ゴビンダラジャンとトリンブルによる社内既存部署との協働を重視した進め方(本ブログ:イノベーションを実行する)、SRIのカールソンとウィルモットによる進め方(本ブログ:イノベーション5つの原則)、ジョンソンによる破壊的イノベーションを念頭においた進め方(本ブログ:ホワイトスペース戦略)。ただし、あらゆる場合に有効な考え方というものは未確立なようですので、状況に応じてこうした考え方を参考にすべきと考えます。

イノベーションプロセスの比較的狭い範囲における進め方の提案と得失
・オープンイノベーション:協働の進め方としてすでに成功事例が報告されていますが、自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題などの課題もあるとされています(本ブログ:技術経営の常識のウソオープン・イノベーションは使えるか)。
・ステージゲート法:プロジェクトの中止がしやすい、研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということがメリットとされていますが、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれていることには注意が必要と思われます。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・プロジェクトマネジメント:有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって進める活動をきちんと行なうための手法や思想であって、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・このような手法は、得失を理解した上で、状況に応じて使い分けることが必要でしょう。

形式知と暗黙知の違いを考慮した知識創造の進め方
・野中氏らが提唱した組織的知識創造のプロセス(SECIプロセス)をシンプルにまとめると以下のようになるでしょう。この4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされています。(本ブログ:創造性を引き出すしくみ、より詳しくは、流れを経営するを読む
1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する
2、表出化:暗黙知から形式知を創造する
3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する
4、内面化:形式知から暗黙知を創造する
ポイントは、暗黙知をどう組織内で相互作用させて新たな知を創造するか、それを個人の知識の充実にどう活かすか、という点だと思います。そのためには、知識の交流を活発化させるための「場」(環境)をうまく作ることが重要になると思われます。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
・補遺1では、やる気に関わる重要な因子として、Herzbergによる動機付け要因と衛生要因、Maslowの欲求階層理論、Deciによる外発的動機づけと内発的動機づけの考え方を指摘しましたが、この他にも動機づけ、やる気に関わる因子は様々に議論されています。やる気を引き出す具体的な施策を検討する際には、以下の金井氏による整理が参考になると思います。(本ブログ:ノート7モチベーション再考
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
・上記にも関連する点がありますが、エンパワーメントの観点からは次の要素が重要だと思われます。(本ブログ:モチベーションは管理できる?
有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)
自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)
心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)
成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)
権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)
支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)
状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)

研究リーダーはどうすべきか
・補遺1では、リーダーの役割として、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルをあげました。
・グーグルが社内の調査によって明らかにした、評価の高いマネジャーに共通する行動の特性は次のとおり。(本ブログ:データが語るよいマネジャーとは
1、優れたコーチである
2、チームを力づけ、こと細かく管理しない
3、チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
4、建設的で、結果を重視する
5、コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
6、キャリア開発を支援する
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
8、チームに的確な助言をするために、主要な専門的スキルを持ち合わせている

これらは、理想のマネジメントを行うための処方箋と言えるようなものではないと思いますが、実践の際の貴重なヒントを与えてくれる考え方としてひとつの手がかりになるのではないかと思います。


ノート目次へのリンク



ピープルアナリティクスとマネジメント(ウェイバー著「職場の人間科学」より)

人間の行動を調べ、それをビジネスに活かそうという試みは数多くあります。研究開発の分野でも、顧客の行動やニーズを知り、それに合わせた製品やサービスを提供しようとすることは、もはや常套手段となりつつあるかもしれません。しかし、社員の行動データをどうマネジメントに活かすか、という点については、せいぜい個人や組織の業績を評価や処遇、人員配置に活かす程度しか行われていないように思います。その理由はいくつか考えられると思いますが、まずはそうしたデータを活かしたマネジメントが有効なのかどうかがわからないこと、加えて、実際にマネジメントに活かすためにどんなデータをどのようにとったらよいかがわからないことがあげられるように思います。

これに対して、近年グーグルでは、主に社員へのアンケートデータをもとに、よりよいマネジメントの方法を探ろうとする試みがなされていることを以前に紹介しました(データが語るよいマネジャーとは(ガービン著「グーグルは組織をデータで変える」より))。今回ご紹介する本(ウェイバー著「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」[文献1])も同様の考え方を述べたものと言えると思いますが、新たに開発されたセンサーから人間の行動に関するデータを得て、それに基づいてマネジメントを考えようとしている点が新たな方向を示唆しているように思います。なお、原著の表題である、「PEOPLE ANALYTICS: How Social Sensing Technology Will Transform Business and What It Tells Us about the Future of Work」(直訳すれば「ピープル・アナリティクス:ソーシャル・センサー技術はビジネスをどう変えるのか、そして仕事の未来について何を教えてくれるのか? [p.311訳者あとがき] 」)の「ピープル・アナリティクス」とは、グーグルで上記のアプローチを行っている人事部門の名前[p.244]に基づいた言葉のようですが、著者は本書のアプローチも含めた言葉として用いているようです。以下、その「ピープルアナリティクス」について、重要と思われる点と、そこから得られる示唆について考えてみたいと思います。

ピープルアナリティクスにおけるセンサーの意味
・「データ主導のアプローチは、企業の内部では日常的に実践されているわけではない。単純に、人々の働き方を測定するうまい方法がないからだ。[p.23]
・「誰でもアンケートには馴染みがあるだろう。・・・しかし、ごくふつうの顧客から回答を集めたとしても、バイアスが生まれる余地はある。・・・研究者は観測データを用いてこのバイアスの問題を修正しようとしている。高度な訓練を積んだ民族誌学者や人類学者が現場に行き、活動を観察しながら、バイアスのないデータを収集するのだ。しかし、この方法には大きな問題がふたつある。個人差と規模だ。観察者が異なれば当然、見方も異なる。何千時間という訓練を積んでも、『何をもって会話とみなすか?』という単純な問題でさえ、見方が分かれる。さらに、同じ場所に何十人も研究者を送り込むのは現実的でない。したがって、数千人や数百万人単位の行動を理解するのは、とうてい無理な話なのだ。[p.28-29]
・著者らがデータを集めるために開発した、「ソシオメトリック・バッジ」には、RFID(無線自動識別)や、マイクロホン、赤外線トランシーバー、加速度計、ブルートゥース無線などが搭載されていて、行動が記録できる。このとき「音声データをリアルタイムに処理し、会話の内容ではなく、声量、声の高さや強弱といった会話の特徴だけを1秒間に数回、抜き出して記録できる」。これにより「プライバシーの問題は解消した」。[p.39-40]

本書のアプローチで組織を考える上でのポイント
・「大きく分けて、組織の運営にはふたつの側面がある。公式なプロセスと非公式なプロセスだ。公式なプロセスとは、組織の運営方法や物事の実施方法について定められたすべてのものだ。公式なプロセスは明文化され、計画どおりに実施されるのが理想的だ。・・・公式なプロセスは昔から経営論や経営学者の大きなテーマである。非公式なプロセスとはその他のすべてだ。組織の内部にいる間に学ぶ(あるいは学ばない)物事だ。たとえば、企業文化、暗黙知、社会規範は非公式なプロセスの部類に入る。[p.76]
・「組織は人々を共同作業させる手段のひとつだ。・・・私たちは情報をやり取りすることで共同作業する。[p.101]
・凝集性と多様性:「凝集性の高いネットワークとは、人々が互いにたくさん会話をする集団だ。・・・凝集性の高いネットワークは、糸がぐちゃぐちゃに絡み合ったクモの巣のような格好をしている。」、「多様性の高いネットワークは、星のような形をしていて、中心にいる人物から多方面に線が伸びている。」[p.103]
・「凝集性の高いネットワークの大きなメリットは、集団内に高い信頼が生まれることだ。[p.109]」、「凝集性の高いネットワークにいる人々にとっては、特にストレスがぐっと少なくなる。また、仕事の満足度も大幅に向上する。[p.110]」、「人々が文脈を共有することの問題点のひとつは、根本的な前提が間違っている場合もあるという点だ。[p.115]」、「凝集性が高いといっても、あまりに行きすぎてしまうと、色々なデメリットも生じてくる。・・・閉鎖的なネットワークの中にいると、新しい情報を発見するのは信じられないくらい難しくなる。・・・凝集性の高いネットワークはきわめて内向きなので、さまざまな利害関係者と接触を取り、大きな変革をもたらすのは難しい[p.116-117]」。
・「多様性の高いネットワークは・・・凝集性の高いネットワークが苦手とする物事が得意だ。古い習慣を捨て、見方を変えるのに適している[p.117]」。
・「どちらにも長所と短所がある。ということは、会社ごとにふたつのバランスをどう取るべきかを理解しなければならない。状況が違えば、求められる交流のパターンも異なる。しかし、いつどのようにバランスを変えるかをアンケートで正確に定めるのは不可能だ。だが、ソシオメトリック・バッジならできる。[p.117]

ソシオメトリック・バッジで得られるデータからわかったことの例
・「会話の内容ではなく、話し方、つまり『社会的シグナル』」を計測することで、デートの相手選びが予測できたり、給与交渉の結果が予測できたりする。[p.34-38]
・コールセンターでの実験により、集団の凝集性は生産性と正の関係をもつこと、凝集性は経験よりも30倍も有効であることが確認された[p.140]。また、凝集性は、ストレス・レベルの軽減と強い関係があった。・・・高い凝集性を生み出していたのは、公式な会議でもなければ、デスクでのおしゃべりでもなかった。凝集性を高める交流の大部分は、デスクから遠く離れた場所で、同じチームの従業員の昼休みが重なるほんの短い時間に起こっていた。チーム全員の休憩タイミングを揃えるだけで凝集性は18%も上がった[p.140-143]。このとき、「メールによるコミュニケーションはまったく組織図どおり」で、「メールのコミュニケーション全般と業績に相関関係はなかった。[p.151]
・「デスク間の距離は交流の大きな要因のひとつになっているようだ。」、「距離とコミュニケーションに負の関係がある」[p.164]
IT企業での測定では、「業績ともっとも関係が強いのは従業員の会話の相手だと判明した」。コミュニケーション経路の「中心に近い人物と話した従業員ほど、タスクを完了するまでの時間が短かった。・・・バッジ・データのおかげで、隠れた専門家がわかったのだ」[p.186]。「非公式なアドバイスや学習は、業績に絶大な影響を及ぼす可能性がある[p.189]」。「ひとりだけではできる仕事の量に限りがあるが、専門家や知識の源泉をみつけて広めるのが上手な人は、グループ全体の機能にとって欠かせない。いわは、こういう人々は“メタ専門家”、つまり専門家探しの専門家なのである。メタ専門家は、新しい情報を絶えず見つけつづける手段や、情報をほかの人々に広める能力をもっている。[p.191]
・研究開発施設の研究者に関する調査では、「チーム・メンバーと交流したり身体を動かしたりすることに費やした時間と創造力の間には、強い正の相関関係が見られた[p.208]」。(ここで、創造力とは、研究者が、クリエイティブであったと認識している状態を指しているようで、これは、評価が難しい研究開発の成果の代わりに用いられた指標のようです。)

その他の研究やデータから得られる示唆
・在宅勤務は業績低下、精神的な負荷の増大の危険がある。「在宅勤務はたまに行なうぐらいが理想的だ。どうしても必要な場合は自宅で働けるが、ほとんどの日は職場に出勤するというのが、在宅勤務の原則だ。[p.150-151]
・「一般的に、バーチャルなチームは同じ場所で働くチームよりも、ずっと生産性が劣る。お互いの信頼も低いし、仕事を終えるのにも時間がかかる。[p.152]
・オフショアリングについて、「企業が組織の一部を別の場所に移転しても、部門内の共同作業は必ずしも問題にならない。むしろ、問題が起こるのは部門間の連携だ。もちろん、言語の問題も難点になりうる。・・・この問題に加えて、別々の場所を拠点とするグループ同士で、敵対的な関係が生まれることもある。[p.152-153]
・「企業のキャンパスは、組織のさまざまな部門が入居するいくつかの建物を、一カ所に集約したものだ。・・・こういったキャンパスは強い連帯感を生み出す。グーグルやフェイスブックで働く人々は、同じ食事をとり、同じジムに通い、同じゲームをする。この共有体験は、単なるうれしい特権ではなく、組織の異なる部門の人々が交流しやすい環境を作っているのだ。[p.156-157]
・「今日では、あらゆるものが昨日よりも複雑になっている。・・・なぜ物事はどんどん複雑化していくのか?それは、今までに獲得した知識が私たちの作るものに組み込まれていくからだ。・・・私たちは複雑さに対処するため、全員が一律に従える完璧な計画を立てようとする。・・・この方法は、・・・外的な懸念事項がほとんどなく、プロジェクト全体を通じて要件があまり変わらない場合にはうまくいっていた。今日では、状況は常に変化している。そして、複雑なシステムが思い通りに機能しないこともある。すると、チームはアプローチやシステムのパラメーターを変更することになる。互いに依存し合っているチーム同士がまったくコミュニケーションを取らなければ、どうしても不具合が生じてしまう。・・・もし、バッジ・データがあれば、普段誰と誰が会話しているかを調べ、不具合の発生しそうな場所を理解することができたはずだ。[p.243-253]
・「とりわけ重要なのは、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションだ。・・・非常に密なフェイス・トゥ・フェイスのつながりは、互いの信頼を高め、共通の言語を生み出す。どちらも今日の組織にとっては必須アイテムといえよう。一方、多様なつながりを持つことも、専門知識や創造力を養ううえで重要だ。・・・多様なつながりをはぐくむには、オフィスの物理的なレイアウトを変えたり、休憩のタイミングを見直したりして、人々を正しい方向に自然と促すのも手だ。・・・現代の重大な問題のひとつは、私たちは遠距離のコミュニケーションを求めている(必要としている)にもかかわらず、遠距離で協力し合うのが苦手だということだ。・・・将来的には、どんな遠距離でもスムーズに会議が行えるシステムが生まれるだろう。・・・しかし、人々の生産性を向上させるものは何なのか、確実に仕事が進む場所はどこなのか、考えてみてほしい。そのうちどれくらいを公式な会議が占めているだろう?・・・残念ながら、現在の技術では、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーション効果を生み出す偶然の会話や会議後の雑談を促すのは難しい。・・・もちろん、どれだけ技術が進歩しても、時差は解消できない。・・・当面はフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが、経済の根幹である複雑な共同作業にとって欠かせない役割を果たしていると認めることが先決だ。・・・さらに、公式なコミュニケーションを重視するのをやめ、非公式なコミュニケーションに目を向ける必要もある。実際、非公式なコミュニケーションの方が、生産性と満足度の両面から見て、企業にとっては重要なのだ。・・・企業の本来の意義とは、人々が協力し合い、ひとりではできない仕事を実現することだ。・・・適切な相手と適切なタイミングで交流することは必要だと言いたいのだ。・・・生産性を個人的な視点でとらえるのをやめるだけでなく、『孤高の天才』という概念も捨てるべきだ。・・・現在、私たちには、複雑なプロジェクトに挑むための能力や創造力が求められている。・・・数十万の人々が、共通の目標に向かって協力し合わなければならない時代なのだ。そういう状況にあっては、もはや工場モデルは通用しない。・・・人間関係や信頼の構築といった昔ながらの習慣と、センサーやデジタル・データの世界がもたらす新時代のデータ収集とが融合した世界。それがわれわれの未来なのだ。」[第11章]
―――

著者は、センサーを用いたピープルアナリティクスをビジネスとする会社(ソシオメトリック・ソリューションズ)のCEOですので、もちろん本書には単なる研究成果を越えた著者の意図が含まれていると考えるべきでしょう。また、こうしたアプローチはまだ始まって日も浅いものでもあり、データの解釈についてもまだまだ議論が必要なところもあるでしょう。しかし、研究途上であることを割り引いても、センサーとそこから得られたデータの解析によって実証されたり見いだされたりした人間の行動に関する知見には多くの示唆が含まれているように思います。

研究開発の立場から見ても、今日では人々の「協力」抜きにはイノベーションを達成できない事例は増えているように思います。しかし、どうしたらうまく協力ができるのかの方法はそれほど明らかではありません。著者のアプローチにより、そのなかのいくつかの面についてだけでも、どのような方法が効果的で、どのようなやり方がダメなのかがわかる点は有意義だと思います。個人的には、以下の点が特に興味深く感じました。
・個人の行動データではなく、データから導かれる人間(集団)の行動パターンを知るだけでもかなりの成果が期待できそうなこと。
・著者は、行動を常時観測することによるフィードバックも考えているようですが、必ずしも常時自らのデータを取る必要はなく、例えば、ある条件のもとで実験的に得られた原理(たとえば、休憩時間をうまく調整することで、集団の凝集性があがり、ストレス軽減につながるなどの原理)を自職場に活かす、などの方法もありうるのではないか。
・人的交流と研究開発との関係について新たな視点が得られるかもしれないこと。例えば、メタ専門家の存在とその役割、研究活動における創造力についての自己認識の意味など。
もちろん、これからの時代の課題に立ち向かう手段として、著者の述べているやり方が唯一のものではないかもしれません。また、データ採取と利用に伴うプライバシーの問題の克服はかなりの難題であるようにも思います。しかし、今までよくわかっていなかったことを明らかにしてくれる新たな手法として、研究面でも実践面でも期待が持てるように思いますので、今後の展開に注目していきたいと思います。


文献1: Ben Waber, 2013、ベン・ウェイバー著、千葉敏生訳、「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」、早川書房、2014.

2014.9.13追記>ピープルアナリティクスの意義について重要なことを書き落していたので追記します。このアプローチの意義のひとつとして「定量性」が挙げられると思います。例えば、人々の交流によって創造性が向上したり、ストレスが軽減されたりすることは定性的には広く認識されていることと思いますが、では、定量的にそれがどの程度生産性に結び付くかというようなことはこうした解析を行なわなければわからないことだと思います。もちろん、その精度や妥当性には議論の余地があるとしても、ある施策の影響が定量的に評価できれば、それに何らかのモデルを組み合わせれば、その施策をとることによるメリットと必要な投資(あるいはリスク)を比較することができます(本書第7章の例では、病気にかかった時に休んだ方がよいか、無理しても出社した方がよいかが議論されているように)。こうした定量的な比較は、ある施策をとるべきかどうかについて迷ったり意見が割れたりした場合に、結論を導くための判断根拠を提供してくれるという意義がありますので、この点もピープルアナリティクスの利点のひとつと言ってよいのではないかと思います。

参考リンク<2015.3.8追加>



記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ