研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2014年11月

「シリアル・イノベーター」(グリフィン、プライス、ボジャック著)を活かす

イノベーションを起こす人はどんな人なのか。天才的なイノベーターが世の中にいるのは疑いないと思いますが、天才がいなければイノベーションはできないのか、マネジメントや環境によってイノベーションがうまくいったりいかなかったりすることがあるのか、といった問題は、研究開発マネジメントを考える上での重要なポイントのひとつだと思います。

イノベーションにおける人の役割を考える際には、成功したイノベーターの調査、分析がよく行なわれます。今回取り上げる本(グリフィン、プライス、ボジャック著、「シリアル・イノベーター」[文献1])も、そうしたアプローチによる研究成果をまとめたものですが、その特徴的な点は、スティーブ・ジョブズのようにベンチャー企業の創業者として大きな権限を持っているわけではない、成熟した大企業内のイノベーターに焦点を当てているところでしょう。本書の調査対象となっている「シリアル・イノベーター」とは、「一つだけではなく、複数のイノベーションを連続的(シリアル)に生み出す人物[p.31]」であって、「彼らが所属するような成熟した大企業では、イノベーションはサポートされるよりも、阻まれることの方が多い。しかし彼らはそんな逆境をものともせず、画期的なイノベーションを実現させている[p.32]」という人たちです。シリアル・イノベーターとはどんな人たちなのか、どうマネジメントすればその能力を引き出せるか、についての本書の指摘は、なかなか示唆に富んだものと感じましたので、以下にその要点をまとめておきたいと思います。

企業が起こすべき2種類のイノベーション
1、段階的なイノベーション(incremental innovation):「既存の製品や製品群を継続的に改善する[p.50]」
2、ブレークスルー・イノベーション(breakthrough innovation):「既存製品のパフォーマンスを格段に向上させる」「あるいはまったく新たな機能を提供し、市場の空白部分に進出できるような革新的な製品を生み出す」[p.51-52
・「この2種類のイノベーションには、それぞれ異なる開発プロセスが必要[p.51]」。
・「ステージゲート・プロセスは、市場や技術上の不確実性がほぼ存在しない段階的なイノベーションでは非常によく機能するが、ブレークスルー製品の創造ではうまく機能しない。・・・ステージゲート・プロセスは技術的イノベーションの方向性が明快で、企業が開発を承認して初めて適用できるのであり、イノベーションの曖昧な初期段階(FFE:Fuzzy Front-end)での展開や、プロジェクトの承認および資金確保では活用できない[p.55-56]」。
・「技術主導型からイノベーションを行おうとして失敗する場合、そこにはまったく異なる2つの理由がある。1つは、技術主導型の多くが技術の有効な応用の仕方を探し出せず、またすぐには企業に利益をもたらさない『打つ釘がない金槌』をつくっているからだ。・・・2つ目の理由は、技術組織から生まれたブレークスルー・イノベーションが、いわゆる『死の谷』を越えられないために事業化されないというものだ。・・・『死の谷』とは、技術開発と事業化における人材と組織構造の間に存在するギャップのことである。製品を事業化するには、マーケティング、営業、製造、流通などの人材を必要とする。だが、彼らは新技術の開発に必要な人材とは異なり、また両者は分断されているため、もっとも重要なブレークスルーも両者の間にある死の谷に落ちてしまい、事業化されないのだ。[p.59-60]」

イノベーションにおける担当者の役割
・技術開発者(Inventor):「技術開発者はFFEにおいて、イノベーションにつながる技術やアイデアの発案者となる場合が多い。彼らは、製品に必要な技術や顧客の課題、市場ニーズを解決する製品機能をつくり出す。[p.63]」
・チャンピオン(Champion):「チャンピオンは新技術や大きなポテンシャルのある市場機会を認識し、そのプロジェクトを自身のものとして主体的に行動する。・・・事業やマーケティングに関する手腕に優れ、組織内で生まれた技術を見出し、その技術の潜在力を理解する。[p.64]」
・製品開発担当者(implementer):「プロジェクトが正式に承認されるとプロジェクトを統括し、それぞれの業務や各段階が時間通りに、また予算内に進められるよう取り計らう[p.65]」。
・「技術開発者、チャンピオン、製品開発担当者は、それぞれブレークスルー・イノベーションの異なる段階を担当するが、誰ひとりとしてFFEにおいてニーズの把握に責任を持たない。そして、この状況が『打つ釘がない金槌』のようなブレークスルー・イノベーションにつながるのである。[p.66]」
・(シリアル・イノベーターは)「ニーズを把握し、研究開発を牽引し、チャンピオンとなり、遂行段階においては自らプロジェクトを指揮する。[p.67]」
・(シリアル・イノベーターの)「存在は希少だ。筆者の調査によれば、一企業の技術専門スタップ50人に1人から200人に1人ぐらいしかいない。[p.67]」

シリアル・イノベーターが主導するプロセス[第2章]
・「シリアル・イノベーターによるブレークスルー・イノベーションでは、開発において以下のポイントに重点が置かれている。
FFE
:興味深い課題を発見し、把握する。
その課題に対する解決策を開発し、評価する。
プロセス全体を通じて顧客との接点を持つ。
製品開発チームを編成し、リードし、支援する。
顧客に受け入れられ、市場で普及するよう最後まで努力する。」[p.138
・「シリアル・イノベーターは『適切な課題』を探すために、多大な時間を使う[p.139]」。「そして一度製品開発が開始されると・・・(それまでとは異なり)会社の標準のプロセスを活用する。そのほうが効率がよいからだ。そして最後に、製品が市場に普及するよう活動する。曖昧な初期段階(FFE)にかかる時間がもっとも長いとしても、顧客はプロセスの各段階で不可欠な存在である。[p.145]」
・「シリアル・イノベーターは顧客との深く細部にまでわたる関わり合いを通じて洞察を得るが、組織のマーケティング機能からそうした洞察は得られないという。[p.148]」「シリアル・イノベーターは顧客ニーズを細部にいたるまで理解すべく、顧客没入型のアプローチをとる。[p.149]」「シリアル・イノベーターはラポール、つまり、顧客との間に精神的に確固とした人間関係の基盤を築く。・・・シリアル・イノベーターは、自分の仕事は顧客の夢を製品開発で実現することだと考えている。[p.151]」
・「ブレークスルー・イノベーションは企業を未開拓の市場へと導いてくれるものではあるが、こうした環境の中でその開発を社内に承認してもらおうとすると、政治的にさまざまな問題を引き起こすことになる。[p.176]」、(シリアル・イノベーターは)「ブレークスルー・イノベーションを開発まで持っていくには、政治的な駆け引きを学ばなければならないことに気付く。[p.179]」、「組織において、日々の業務を成し遂げるのに欠かせない人間関係は信頼から生まれる。・・・信頼関係の構築には、不可欠な要素が4つある。1、能力、2、信頼性(有言実行か)、3、オープンかつ誠実である、4、気遣い[p.182]」である。

シリアル・イノベーターのMP5モデル(シリアル・イノベーターの特性と行動)
モチベーション(Motivation):外的要因(緊急かつ重要な課題を抱えた顧客や企業の存在)、内的要因(創造への欲求、達成感)が関わる。「シリアル・イノベーターのモチベーションの源泉は、課題解決への好奇心や技術分野での熟達、発見の喜び、そして新しいものを創造することで人々の暮らしをよくしたいという内発的報酬である。[p.218]」
パーソナリティ(Personality):比較的変化しにくい。「パーソナリティには2つのグループがあり、そのうちの一つは、『好奇心』『直感』『創造力』『システム思考』である。いずれも斬新な技術やプロセスを創造する源となる。もう一つのグループは『自立心』『自信』『リスクの選択能力』『忍耐力』だ。これらは、いずれも長期にわたってプロジェクトを続けるうえで重要となってくる。[p.217]」システム思考とは、個々の事象に目を奪われずに、各要素間の関連性に注目して全体像を捉えようとする考え方。
パースペクティブ(Perspective):仕事中心で理想主義者という世界観が顕著。「シリアル・イノベーターのパースペクティブには、次のような特徴がある。1、顧客や企業、チームといった関係者全員に共通する価値(共通善)を尊重し、自分自身よりも優先させる。2、技術はあくまでも事業の成功のための手段と捉える。3、複数の事象の関係性を見出し、システム全体を見通してシンプルに書き換えることで、目に見える結果を追求する。[p.217-218]」
構え(Preparation):仕事をしながら学び続け、知識領域を拡大する。「シリアル・イノベーターは、強力な観察者であると同時に学習者でもある。・・・好奇心が幅広くかつ深いので、複数のテーマや課題に興味を持ち、それらを完全に理解しようと、その渦中へと深く飛び込んでいく。しかし、一方で彼らはシステム思考を行うので、対象としているシステム・・・全体を理解しようと努める。[p.248]」
プロセス(Process):顧客と技術、市場の間を行き来する。直線的ではなく、重複や反復フィードバックが発生する。製品の発売後も続く。
社内政治(Politics):社内で政治的駆け引きを行い、解決しようとする顧客の課題に関して承認を得なければならない。

シリアル・イノベーターを見つけるには

・「潜在的シリアル・イノベーターを特定するには、一人の人物に以下の重要な5つの特性がすべて表れていることを認識する。1、システム思考(一見無関係に見える点同士を結びつける能力)、2、平均以上の創造力(極端に高い必要はない)、3、複数の知識分野にまたがる生来的な好奇心、4、深い専門知識をベースに直感を働かせる力、5、物事を『よりよく』したいという生来的なモチベーション[p.256]」。

シリアル・イノベーターのマネジメント
・「シリアル・イノベーターをさまざまな外的制約から解き放ち、力を発揮させられるのは直属のマネジャーだけなのだ。・・・有能なマネジャーは、シリアル・イノベーターが物事を深く理解するために必要な時間を提供する。その時間は、もっとも重要な課題を見定め、その最善の解決策を見いだすために必要なものだ。[p.297]」
・「自我の強いマネジャーや注目を集めたいマネジャーは、シリアル・イノベーターを効果的にマネージできない・・・。シリアル・イノベーターのマネジャーとしてもっとも成功するのは、自我をうまくコントロールし、シリアル・イノベーターひいては自分たちの会社を成功へと導くことができる人物である[p.301]」。
・「シリアル・イノベーターが転属や転職を考える理由の一つが、『わかっていない』マネジャー、つまり彼らを効果的に管理できないマネジャーのもとへの配属である。以下に・・・『わかっていない』マネジャーの特徴を挙げる。1、細かく管理する、2、シリアル・イノベーターとの人間関係を構築せず、交換条件をもちかける、3、忍耐力がない、4、リソースを出し惜しみする、5、シリアル・イノベーターの成功を横取りする。[p.303]」
・「クリステンセンによれば、ブレークスルー・イノベーションが既存の事業部内で生まれても、成功する可能性は低いという。成功率を高めるために彼が推奨するのは、独立した組織をつくることだ。・・・大企業でブレークスルー・イノベーションを支援する難しさについて、筆者はクリステンセンと同意見である。しかし、社内の障壁を克服する方法としては、別の解決策も提示したい。クリステンセンの提案に欠けているのは、成熟企業のリソースの活用から生じる莫大な価値だ。こうしたリソースは、通常は既存顧客のニーズに対応するために用いられる。しかし、その一部をブレークスルー・イノベーションに向けることにも価値があると、筆者は考える。クリステンセンと同じ前提に立つすべてのケースで、啓蒙された積極的な経営層とブレークスルー・シリアル・イノベーターが組むことで、会社が活性化された例が見られた。[p.307-308]」
―――

大企業においてイノベーションを起こすことが難しいことは、もはや周知のことかもしれません。しかし、なぜ難しいかがわかれば、対応策を考えることができます。Govindarajanをはじめとして大企業におけるイノベーションの可能性を見直す指摘も増えていると思いますが、本書が着目した大企業におけるシリアル・イノベーターの活躍も、その可能性の一つと考えることができると思います。特に、ジョブズのような起業家的イノベーターでない、大企業内イノベーターがどのようにイノベーションを成功させているのかを知ることは、これからのイノベーションのやり方を考える上で、示唆に富むものと言えると思います。

具体的には、例えば、イノベーターにはどの程度裁量権を与えるべきなのか、社内の既存部署と分担してイノベーションを進めた方がよいのか、それともイノベーションは専属の部署に任せるべきなのか、イノベーターが初期段階に関与して可能性を示した後は、実用化を目指す別組織が引き継いでイノベーションを進めるべきなのか、それともイノベーターは最後まで関わるべきなのか、といった問題に対する一つのヒントを与えてくれているように思います。シリアル・イノベーターの活動は、ブレークスルー・イノベーションにおいて、イノベーションの初期段階から実用化後に至るまでの様々な過程でずっと関わり続けることが特徴のようです。してみると、イノベーションの進め方は、そのイノベーションが段階的イノベーションなのか、ブレークスルー・イノベーションなのか、シリアル・イノベーターの素養をもった人が能力を発揮できる環境でイノベーションに関わっているのかどうかに基づいて判断する必要がある、ということなのだろうと思います。もう一点、シリアル・イノベーターが苦労しているポイント、例えば、適切な課題の探索と理解や社内政治プロセスは、そのまま現在の企業の課題を示しているのではないか、ということも指摘しておきたいと思います。こうした困難を楽に乗り越えられるようなマネジメントや仕組み作りができれば、もっとイノベーションを活発化できるのではないか、というヒントも与えてくれているように思います。

ジョブズのような天才的イノベーターは、おそらく滅多にいないでしょう。従って、比較的普通の人でもイノベーションができる仕組みを構築することが重要なはずだ、という考え方自体は原則的に正しいと思います。しかし、稀有の天才ではなくても、シリアル・イノベーターは50人~200人に1人ぐらいの割合でいるようです。であれば、そういう人材を有効に活用しない手はないでしょう。本書に示唆された、シリアル・イノベーターの成功のメカニズムや活躍のための環境づくりの方法を理解することによって、今まで十分に活用されていたとはいえないシリアル・イノベーターによるイノベーションのチャンスを広げられるのではないでしょうか。シリアル・イノベーターが活躍しやすい企業、そんな企業になれば段階的イノベーションの成功確率も上がるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Abbie Griffin, Raymond L. Price, Bruce Vojak, 2012、アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック著、市川文子、田村大監訳、東方雅美訳、「シリアル・イノベーター 『非シリコンバレー型』イノベーションの流儀」、プレジデント社、2014.
原題:Serial Innovators: How Individuals Create and Deliver Breakthrough Innovations in Mature Firms

参考リンク<2015.2.8追加>


研究開発マネジメントノート索引(2014.11.24版)

本ブログも記事が増えるに従い、いつどんなことを書いたかがわかりにくくなってきました。そこでまずは、「研究マネジャー基礎知識(ノート)」として書いた記事について、言葉から記事への索引を作ってみました。なお、このページでは複数記事に登場した言葉をリストにしています。より詳細な索引は詳細ページへ。(今後「ノート」以外の記事の内容も反映させたいと思っています)

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Raynor
ノート1ノート2
Roberts
ノート2ノート5ノート6
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ノート2ノート6ノート10ノート13ノート補2
SAS
ノート11ノート補1
SRI
ノート9ノート補2
Tidd
ノート1ノート3ノート5ノート6ノート8ノート9ノート10ノート11
Thomke
ノート1ノート補3

金井壽宏:ノート5ノート7ノート補2
中原淳:ノート9ノート補3
丹羽清:ノート序ノート1ノート2ノート3ノート5ノート6ノート8ノート9ノート11ノート12ノート14
野中郁次郎:ノート6ノート7ノート8ノート9ノート10ノート14ノート補2
開本浩矢:ノート7ノート11ノート12
三崎秀央:ノート7ノート8ノート10ノート11


事項索引
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詳細ページ(さ~と)

詳細ページ(な~わ)


英字
SECI
モデル:ノート9ノート補2

あ行
アイデア:ノート1ノート3ノート5ノート6ノート補2
安全欲求:ノート7ノート補1
暗黙知:ノート6ノート9ノート10ノート14ノート補1ノート補2
育成:ノート9ノート11ノート補1
意思決定:ノート2ノート12ノート13ノート補2
5つの力:ノート3ノート補2
イノベーション:ノート序ノート1ノート4
イノベーション普及:ノート13ノート補2
意欲:ノート序ノート補1
衛生要因:ノート7ノート11ノート補1
エコシステム:ノート14ノート補1ノート補2ノート補3
エスノグラフィー:ノート6ノート補1
エンパワーメント:ノート7ノート補2
オーバースペック:ノート4ノート補2
オープンイノベーション:ノート5ノート9ノート補2

か行
外発的動機づけ:ノート7ノート10ノート補1
学習:ノート11ノート12
片づけるべき用事:ノート6ノート補1
観察可能性:ノート13ノート補2
感情:ノート10ノート13
技術:ノート2ノート11
技術導入:ノート2ノート5
既存企業:ノート3ノート4
競争相手:ノート3ノート補1
競争優位:ノート10ノート14ノート補2ノート補3
協働:ノート9ノート10ノート補1
共有:ノート10ノート補1
協力:ノート序ノート8ノート10
経験:ノート8ノート11
形式知:ノート6ノート9ノート14ノート補1ノート補2
計画:ノート序ノート8ノート12
研究者:ノート7ノート8
研究テーマ:ノート1ノート4ノート5ノート6
権限委譲:ノート7ノート9ノート補2
顧客:ノート6ノート補2
コミュニケーション:ノート8ノート9ノート10ノート11ノート13ノート補1

さ行
最小有効多様性:ノート8ノート10
シーズ:ノート4ノート6
支援:ノート7ノート補2
試行可能性:ノート13ノート補2
試行錯誤:ノート1ノート12ノート補2
資源:ノート3ノート4ノート5ノート補2
自己実現欲求:ノート7ノート補1
持続的イノベーション:ノート2ノート4ノート補2
実験:ノート11ノート12ノート補2
失敗:ノート8ノート14
冗長性:ノート8ノート9ノート10
承認の欲求:ノート7ノート補1
情報:ノート1ノート7ノート11
所属と愛の欲求:ノート7ノート補1
自律性:ノート2ノートノート8ノート9ノート1ノート補1ノート補2
新規参入者:ノート3ノート4
新市場型破壊:ノート4ノート補2
信頼:ノート10ノート13
ステージゲート法:ノート12ノート補2
成長機会:ノート7ノート8ノート補2
生理的欲求:ノート7ノート補1
セレンディピティー:ノート2ノート3ノート5ノート6ノート補1
漸進的イノベーション:ノート序ノート2
専門性:ノート8ノート9ノート10ノート11
相互作用:ノート6ノート10
創造的カオス:ノート8ノート10
相対的優位性:ノート13ノート補
創発的戦略:ノート2ノート12ノート補2
組織的知識創造:ノート6ノート8ノート9ノート14ノート補2

た行
多様性:ノート2ノート8ノート10ノート11ノート補1
チーム:ノート7ノート8ノート補3
知識変換:ノート14ノート補2
適性:ノート7ノート8
動機付け要因:ノート7ノート補1
特許:ノート5ノート14
トップダウン:ノート4ノート6ノート9ノート10

な行
内発的動機づけ:ノート7ノート10ノート補1
ニーズ:ノート3ノート4ノート6ノート補1ノート補2
ネットワーク:ノート9ノート11ノート13

は行
パートナー:ノート補2ノート補3
破壊的イノベーション:ノート序ノート3ノート4ノート9ノート12ノート補1ノート補2
発見:ノート5ノート9
発明:ノート5ノート9ノート14
パフォーマンスエンジン:ノート5ノート11
ビジネスモデル:ノート序ノート10ノート14ノート補1ノート補2
評価:ノート5ノート12
不運:ノート11ノート補3
不確実性:ノート2ノート5ノート6ノート8ノート12ノート補1ノート補2
不均等の意欲:ノート3ノート4ノート補2
複雑系:ノート2ノート10ノート補1ノート補2
複雑性:ノート13ノート補2
ブルー・オーシャン戦略:ノート3ノート4
プロジェクトマネジメント:ノート12ノート補2
ボトムアップ:ノート4ノート6ノート9

ま行
ミドル・アップダウン・マネジメント:ノート6ノート9
未来予測:ノート1ノート2ノート補1
モチベーション:ノート7ノート11

や行
やる気:ノート7ノート補1ノート補2
ゆらぎ:ノート8ノート10
欲求階層理論:ノート7ノート補1

ら行
リーダー:ート11ノート補1
リーダーシップ:ノート10ノート11
両立可能性:ノート13ノート補2
連携:ノート11ノート補1
ローエンド型破壊:ノート4ノート補2
ロールモデル:ノート11ノート補1



「『好き嫌い』と経営」(楠木建著)と研究開発

誰しも「好き嫌い」はお持ちでしょう。その「好き嫌い」が、様々な意思決定を行う際に影響したという経験もお持ちのことと思います。一方で、「好き嫌い」はよくないこと、判断に私情や個人的趣味をはさむのはよくない、といった価値観をお持ちの方も多いような気がします。

経営判断を行う「経営者」にも、当然「好き嫌い」はあるはずですので、それが経営にどう影響するのか、さらには「好き嫌い」は経営者の適性に関係するのか、そもそも「好き嫌い」とは何なのか、などは興味深い視点と言えると思います。楠木建著「『好き嫌い』と経営」[文献1]では、14人の経営者に対して著者が行った「好き嫌い」に関してのインタビューと、著者の「好き嫌い」に対する考え方がまとめられています。以下、その中から興味深く感じた点をまとめ、「好き嫌い」について考えてみたいと思います。

14人の経営者へのインタビュー
インタビューされている経営者は次のとおりです(肩書は本書記載によります)。永守重信(日本電産、代表取締役社長)、柳井正(ファーストリテイリング、代表取締役会長兼社長)、原田泳幸(日本マクドナルドホールディングス、取締役会長)、新浪剛史(ローソン、取締役会長)、佐山展生(インテグラル、代表取締役パートナー)、松本大(マネックス証券、代表取締役社長CEO)、藤田晋(サイバーエージェント、代表取締役社長)、重松理(ユナイテッドアローズ、名誉会長)、出口治明(ライフネット生命保険、代表取締役会長兼CEO)、石黒不二代(ネットイヤーグループ、代表取締役社長兼CEO)、江幡哲也(オールアバウト、代表取締役社長兼CEO)、前澤友作(スタートトゥデイ、代表取締役)、星野佳路(星野リゾート、代表)、大前研一(経営コンサルタント)。インタビューで明らかにされる経営者の皆さんの「好き嫌い」はなかなか興味深いのですが、より重要なのは、「好き嫌い」についての著者の考え方だと思いますので、ここではインタビュー全体を通じて著者が指摘している以下のポイントをもって、インタビューのまとめに代えさせていただきたいと思います。「お話をうかがっていくなかで痛感したのは、『好き嫌いというのは本当に千差万別だな』ということ。ご登場くださった皆さんはそれぞれに優れた経営者ですが、好き嫌いをうかがってみると、一口に経営者といっても全然違う。[p.374]」「読者の方々にも、良し悪しではなく、『この人のこういうところがイイな』『この人は合わないな』と、ご自身の好き嫌いを基準に読み進めていただけるとうれしいですね。そうすると、自分の仕事についての好き嫌いも見えてくると思います。読者にとって本書が、ご自身の好き嫌いについて、あらためて深く考えるきっかけになれば最高ですね。[p.376]」

好き嫌いとは何か、その意味
著者は「好き嫌い」を以下のように捉えています。

・「『うまくいくか、いかないか』は理性的な判断。でも、『うまくいきそうにないけれど、うまくいけば面白い』というのは、まさしく好き嫌いから出てくる[p.135]」
・「バダラッコ(ハーバード・ビジネススクール教授)さんが・・・言っているのはこういう話です。人は仕事上でいろいろな判断や決断を迫られる。一方が良いことで他方が悪いことの選択であれば話は簡単、『良いものを取りましょう』となります。ところが現実の仕事の上では、両方ともそれなりに理由がある『正しいこと』なのに、どちらを取るかの選択を迫られる場合が少なくない。・・・ポイントは、『正しいこと』と『正しいこと』の選択だということです。そういう決定的瞬間での判断を迫られたときに人間は自分の価値観を知る、というのがバダラッコさんの主張です。・・・『正しいこと』と『正しいこと』の選択である以上、客観的な良し悪しの基準では選択できない。・・・だとしたら、つまるところその人の価値観でとりあえずの選択をするしかない。・・・『価値観』というと良し悪しのように聞こえますが、個人のレベルまで下ろしていけば、良し悪しはほとんど好き嫌いと重なりますね。要するに、好き嫌いというのはその人にローカルな、『局所的な良し悪し』のこと。[p.349-352]」
・「良し悪しと好き嫌いは異なるものですが、連続したものです。いずれも価値観として捉えれば、ある連続軸の両極にあるだけ。一方の極がユニバーサルな価値、もう一方がローカルな価値。この軸上でどんどんユニバーサルなほうに寄っていくと、世の中で『善悪』『良し悪し』といわれている普遍的な価値になる。逆にどんどんローカルのほうに行くと、その人に固有の『好き嫌い』になる。[p.352]」
・「文明として受容されている普遍的な価値観をどんどん局所化していった先にあるのが個人の好き嫌いですね。国や地域といったわりと大きな範囲での文化はその中間で、良し悪しともいえるし好き嫌いだとも言える。・・・企業文化やその企業で共有されている価値観というのは・・・好き嫌いの色彩が強い。組織を率いる経営者の好き嫌いというのは、そこでの企業文化に相当強い影響を与えるはずです。[p.354-355]」
・「ある企業が他の会社が真似できない『何か』を保有しているとすれば、それは持続的な違いになり、競争優位の源泉になり、長期利益の源泉になる。ものすごくかいつまんでいいますと、これが組織能力(ケイパビリティ)です。ケイパビリティの研究にはいろいろあるのですが、その多くが共通していっているのは、『他の会社が真似できない組織能力の中核には、そこで共有されている文化がある』ということです[p.356]」
・「戦略というのは違いをつくること。だとすれば、組織能力に限らず、好き嫌いこそ独自性や差別化の源泉という言い方もできる。・・・ユニバーサルな価値観からは、定義からしてユニークな違いは生まれない。経営に限らず、昔と比べて社会全体が良し悪しを言い過ぎじゃないかと思うのです。[p.362]」
・「好き嫌いだけでは世の中は回らないし、自分の好き嫌いだけでは社会と折り合いがつかない。だから、刑法や言論の自由をはじめとして、一定の普遍的な価値観が世の中で共有されていることは大切です。しかし、だからといって良し悪しだけでも世の中は動かない。それぞれに異なった好き嫌いを持つ人々が、それを仕事や生活のなかでできるだけ全面に出していく。なおかつ、好き嫌いを異にする人々の間で対立もない。お互いに尊重し合い、共有し合って、世の中が回っていく。これが僕の考える成熟した良い社会です。[p.367]」
・「日々決断を迫られるのが経営者ですが、インタビューすると『判断は直観に基づく』と言い切る方が多い。・・・直観とは分析的な良し悪しの判断の積み重ねを超えたものの総称を指しています。この直観にしても、淵源はその人の好き嫌いにあるように思いますね。[p.368]」
・「経営という仕事はインセンティブだけでは決してできないものだと思います。インセンティブというのは誘因ですね。外在するものです。・・・経営者を動かすエンジンはインセンティブではなく、その人のなかから湧き上がってくる動因(ドライブ)です。インセンティブのように誰かが設計して、外側から与えられるものではない。動因となれば、これはもう好き嫌いそのもの。[p.373-374]」「動因はその人の内部から自然と湧き上がってくるものだ。内発的なモティベーションといってもよい。自分のなかに強い動因があれば、外的な誘因がなくとも、場合によっては負の誘因(ディスインセンティブ)があったとしても、人は動く。・・・いったん経営者のポジションまで上り詰めてしまえば、誘因の効き目は低減する。残された誘因は獲得した状態を保持することぐらいしかない。『これをやろう』という経営の動因がない。だから、経営者になっても今度は部下を動かすためのインセンティブの設計など、内向きの管理の仕事に明け暮れる。これではただの『管理者』だ。外に向かって価値をつくっていく本来の意味での経営者ではない。[p.v-vi]」
―――

要するに、好き嫌いは、良し悪しで判断できない場合の判断基準となる価値観や直観の源泉、差別化の源泉、動因(内発的動機づけ)の源泉として意義がある、ということになるのだろうと思います。動因としての意味をノート7で取り上げたモチベーションの考え方と関連づければ、好き嫌いは、Maslowの自己実現欲求、Herzbergの動機づけ要因、Deciの内発的動機づけ、金井氏の希望・元気印系、持論(自論)系の要因と関係すると言えるでしょう。

では、どのような好き嫌いが望ましいのでしょうか。著者の考え方では、インセンティブとして与えられるものを得ることが好き(例えば、金銭欲、収入や地位を目的とする出世欲、権力欲など)というのは経営者として好ましくない、ということのようですが、このインタビューだけでは、どのような好き嫌いが望ましいのかまでははっきりしたことは言えないように思います。ただ、自己主張としての好き嫌いがあまりないタイプ(例えば、周囲への同調が好き、自分で考えないことが好き)の人は、強い内発的動機づけが期待できないため、おそらく経営者には向いていない、とは言えるかもしれません。著者の表現を借りれば、「これだけ豊かになると、好きじゃなければもたないと思います。腹が減ったから仕事をするというわけではありませんから。[p.341]」ということがポイントでしょうか。

インタビューの内容は確かに「千差万別」ですが、一点、なんとなくですが、成功した経営者は、自分の好き嫌いに合わせた仕事を創り出しているか、状況に応じて自分の好き嫌いをある程度変えていっているのではないかと思いました(例えば、重松氏は「たとえば、好きなことしかやってこなくて、そこでコケたりするわけですよ。そこから学んで、1つに固まらないようバランスを取るのです。[p.203]」)。確かに好き嫌いを持つことは重要ですが、それを変えられることも重要なのではないかと思います。

研究者にとっても、好き嫌いは重要です。著者が指摘している、動因の源泉、差別化の源泉としての好き嫌いは研究者にとっても重要ですし、本ブログでも、研究者がどのような研究に向いているかを、頭を使うのが好きか手を動かすのが好きか、未知のことが好きか既存の応用が好きか、という「好き嫌い」で判断できるのではないか、という考え方をご紹介しました(ノートノート5)。ただし、研究者は、価値観や直観の源泉として好き嫌いを使うこと、そもそも価値観や直観で物事を判断することは嫌う傾向があると思います。なるべく物事を「正しいか正しくないか、良いか悪いか」で判断しようとするのは、研究者の「好み」(というより習性?)かもしれません。本書の指摘をふまえると、研究者がビジネスをしようとするときには、こうした判断上の好みが問題になるかもしれないことは、研究者としてよく認識しておくべきだと思います。例えば、石黒氏の、「エンジニアは開発を一生懸命にしますが、『ちょっとユーザー寄りにして売れるものにしよう』という姿勢が欠落しがちです。というより、ユーザーのことを語ってくれる人が少なすぎるからなんですけどね。[p.234]」という指摘は、研究者にとって耳の痛いものであると同時に、研究における好き嫌いを考える上で重要な指摘ではないでしょうか。好き嫌いの持つパワーをよく理解し、好き嫌いをもっと大切にし、好き嫌いをうまくコントロールできるようになれば、研究も含めて組織の能力をもっと発揮できるようになるのではないか、と感じましたがいかがでしょうか。


文献1:楠木建、「『好き嫌い』と経営」、東洋経済新報社、2014.

参考リンク<2015.3.8追加>

「誤解学」(西成活裕著)感想

人間である以上、思考や行動には間違いがつきものでしょう。物事の解釈や理解において間違えることが、「誤解」の普通の意味だと思いますが、場合によってその誤解が人間の活動の大きな障害になることもよくあります。誤解のもたらす不利益を避けるには、まずは「誤解」をよく知ることが必要ではないでしょうか。

西成活裕著「誤解学」[文献1]では、誤解とは何か(どういうことか)、その原因や対応などについて、数理的手法も用いた著者の考えがまとめられています。人間の思考に関わる問題に数理的モデルを使うこと自体興味深いですし、そこから得られる示唆も、マネジメントを考える上で役に立つ気がしますので、今回は、その内容のなかから興味深く感じた点をまとめたいと思います。

コミュニケーションのモデル化(IMV分析)による誤解の定義
・I(intention、真意・意図)、M(message、情報)、V(view、見解・解釈)
・伝え手Aは、その真意Iに基づいて、メッセージMを発し、受け手Bは、Mに基づいてAの意図を解釈Vする。(ミニマムモデル:I→M→V)[p.46
・M(情報)→V(解釈)を詳しくみると、M→U(understand、理解)→V(解釈)となる。M→UはMそのものの言葉の理解、U→Vは言葉からその意味を理解するプロセス。[p.53
・受け手Bが理解した伝え手Aの真意Iが、実際のAの真意と一致すれば、誤解のない状態と考えられるが、実際に一致したかどうかは、AもBにもわからない(相手の心の中はわからないので)。[p.63
・コミュニケーションのモデル:伝え手Aの真意IAがメッセージMAによって受け手Bの心に解釈VB(IAはこうであろう、というBの解釈VB)を生み、BはVBに基づいて考えたBの更新された真意IBに基づいてメッセージMBを発し、そのメッセージを受けたAは、BがIAについてどのように考えているかを解釈する(VA)。IA=VAならAはBが誤解していないと感じ、IA≠VAならAはBが誤解していると感じることになる[p.66-70
・上記の細分化したプロセスのそれぞれが一致しているかどうかを検討することで誤解の原因がわかる。

合意とは
・表面合意(MA=MB)、解釈合意(VA=VB)、真意合意(IA=IB)。「客観的に決めることができるのは表面合意」[p.74]。「表面合意はやや強引な合意形成[p.183]」。解釈合意は、「両者でお互いについて想像していることが一致している。・・・これは表面合意よりも好ましい状況である[p.182-183]」
・相手のメッセージにより自分の真意Iを変える割合を頑固度Kと置くと、最終的な合意点が予言できる(実際には、Kの変化等の複雑な要因が関与する)。[p.81
・VとIがどれぐらいズレるかの指標として伝達度Gを導入することによって、コミュニケーションのミニマムモデルが完成する。二者の特性として、それぞれの頑固度と伝達度をパラメーターとして決めると、「モデルを用いて初めの意見がどのように変化していくのかを理論的に調べることができる[p.88]」。

誤解の原因
・伝え手の問題:伝える力の問題、メッセージそのものが持つ限界。省略、暗黙の了解の程度、受け手に関する情報、受け手の理解のスピード、言葉の語感、外延、ノンバーバルメッセージ[p.95-113]。
・受け手の問題:受け手の理解力、注意のメカニズム(重要でないと認識された情報は捨てられる)、先入観、一般化、二者間の信頼関係、思考体力、盲信。[p.114-130

誤解への対応
・収束型:二者がメッセージのやりとりをすることで誤解が解けていく。「この誤解を解消しようとする行為は、それなりに時間を割かなければならないため、コストがかかる[p.136]」。「真意で合意することと、誤解を解消することは異なる・・・一般に真意合意に達するのは不可能・・・。それでも誤解を感じないIA=VAとなるコミュニケーションは可能なのである。つまり、我々は真意での合意を望むのではなく、お互いが誤解していると感じないように努力することこそが正解なのだ。[p.142]」
・発散型:「どちらか一方でも誤解の解消は不可能と考えた時になりやすい[p.143]。ケンカ分かれ、威嚇、逃避など。誤解はストレス。
・中立型:「誤解の解消を目指すというよりも、むしろこれ以上広がらないようにしようとする・・・簡単に言えば『気にしない戦略』[p.145-146]」。「最も大切だと考えているのが、あきらめの境地である。それによる中立型こそが、本当に誤解で悩んでしまったときに私たちを助けてくれるものであると私は信じている・・・。こうあるべきだ、あの考えは間違っている、みな私を誤解している、といった考えのすべては自分の心が作り出したものである。[p.153-154]」

真実誤解
・真実誤解:コミュニケーションによって発生した誤解ではなく、・・・誤った知識や先入観[p.71]」
・「『真実誤解』はコミュニケーションによって社会に広まっていく可能性が高い。私はこれこそ誤解が社会に与える影響として深刻なものの一つであると考えている[p.156]」。
・誤解しやすい真実の例:平均や分散という指標は意味のない値かもしれない、相関と因果の誤解、世界は無限というのは誤解、ゆとりをとることが無駄に思える、科学技術と便利さの誤解、渋滞における誤解
―――

自分の意思を様々な人に正しく理解してもらうこと、相手の意思を正しく理解することは、マネジメントをはじめとして人間関係を実りあるものにする上で重要でしょう。しかし、本書にも説明されているとおり、誤解を完全になくすことは不可能です。であれば、誤解のメカニズムを良く知り、誤解に基づく不利益をできるだけ小さくするように心掛ける、というのが現実的なあるべき姿、なのだろうと思います。

本書では、コミュニケーションに基づく誤解についての議論が主ですが、技術者としては、真実誤解についても興味のあるところです。というのは、技術者にとっては、例えば「実験事実を誤解してしまった」とか、「事実を良く調べると、現象を誤解していたことに気づいた」というような誤解を経験することも多いので、そうした誤解をどう考えるかも重要なように思います。試みに、そのような誤解を本書のモデルを使ってどう説明できるかを考えてみました。

研究などにおいてデータを解釈する場合を考えます。本書のコミュニケーションのモデルを使うと、情報の送り手Aを自然界などの研究対象とし、我々が知りたいことは、自然界における真理(IA)とすると、対象から得られたデータ(M)を、受け手である研究者Bが解釈(VB)して、自然界の真理IAはこうではないかという説(IB)を考える(あるいは、データを得る以前に持っていた古い仮説IB0を更新する)、ということになると思います。この時、自然が相手だと自然界の真理IAは変えようがないものと考えられます。すると、修正可能な(つまり、誤解が発生しうる)のはIBのみとなるところが、人間のコミュニケーションとの大きな違いでしょう。つまり、Bにとっての、VBとIB0の比較は、自らの仮説が誤解だと感じるかどうか、という情報を与えてくれるプロセスということになります。この時、重要なのは、自らの仮説が誤解だと感じない(VB=IB0)場合でも、そのIB0が真理IAと一致しているとは限らない、という点でしょう。つまり、VBとIB0の比較はVB≠IB0の場合に、自らの仮説が誤解であったことに気づかせてくれる可能性のあるプロセス、ということになります。自然に対して様々な働きかけ(実験、調査)を行って、様々なデータMを得て(あるいは、第三者CからのデータMやVCも参考になるかもしれません)、それを適切に解釈し(VB)、IBと比較して、IBを更新し、未知のIAに迫ろうとすること(より誤解の可能性の少ないIBを考えること)が、自然とのコミュニケーションとしての研究開発、ということなのかもしれません。人間のコミュニケーションの場合は、情報の伝え手、受け手の真意はわからないので、その比較はあまり意味のないことかもしれませんが、科学研究の場合は、自然の真意がわからないとしても、誤解を繰り返しながらその真意を探る努力が必要なのでしょう(もちろん、収束型だけではなく、中立型の対応が必要な場合もあると思いますが、発散型は望ましくないと思います)。本書に解説された、誤解を生む様々な要因(特に受け手の問題)をよく考えることは、人間同士のコミュニケーションだけでなく、自然とのコミュニケーションにも有意義なのではないでしょうか。


文献1:西成活裕著、「誤解学」、新潮社、2014.

参考リンク<2015.4.5追加>



イノベーションに関わる人々(「イノベーターはどこにいる?」豊田義博著より)

イノベーションを起こす人はどんな人か。どのようにして起こすのか。イノベーターと呼ばれる人材がイノベーションをリードする場合が多いのは確かでしょうが、具体的にはどんな人なのか、どのようにしてイノベーションを進めるのか、といったことはそれほどわかっていないと思います。よく取り上げられる起業家的なイノベーター(例えばスティブ・ジョブズ氏など)が理解できれば、イノベーターがわかったことになるのでしょうか。その人たちのやり方は、一般の企業における研究開発にもそのまま役立つのでしょうか。

そうした疑問に答えるためには、様々なイノベーション事例を調べてみることが必要でしょう。今回は、リクルートワークス研究所によるレポート「イノベーターはどこにいる? Works誌連載『成功の本質』再分析による才能開花メカニズムの探究」(豊田義博、萩野進介、坂口祐子、長瀬宏美)[文献1]に基づいて、イノベーションに関わる人の問題について考えてみたいと思います。

このレポートでは、リクルートワークス研究所のWorks誌に掲載された野中郁次郎氏と勝見明氏による70を超えるイノベーション事例の記事から、「企業が主体となっている新事業・商品・サービス開発案件」を26例選び出して行った解析結果がまとめられています(この連載記事のいくつかは、本にもまとめられていて、このブログでも以前に「イノベーションの知恵」をとりあげました)。もちろん、ここで取り上げられた事例が世の中のイノベーションを偏りなく代表しているとは限りませんが、ある程度幅広いサンプルに基づいた解析は貴重と言えるでしょう。

このレポートの特徴は、イノベーションに関わる人々に焦点を当てていることだと思います。イノベーションのリーダーに関する分析は他の例もありますが(例えば「イノベーションのDNA」など)、イノベーションを主導するイノベーターの周囲にいてイノベーションに関わった人の役割まで分析の対象にしているところは本レポートの大きな特徴と言ってよいと思います。著者は、「実は、イノベーションには、いくつかのタイプがあり、それぞれで求められるイノベーターのスタイルが異なっているのではないだろうか。改めてイノベーションそのものを類型化し、そのうえで、イノベーターに求められる要素、才能開花メカニズムを整理する必要があるのではないだろうか。・・・プロジェクトメンバー以外の登場人物に、もっとフォーカスしてもいい。・・・イノベーターが引き起こしたイノベーションストーリー、彼らがイノベーションを起こすまでのキャリアストーリーに着目する・・・その調査分析結果をまとめたのが、本書である[p.3]」と述べています。イノベーターだけでなく、その周囲にいる人物にも注目することは、組織的なイノベーションの進め方を考える上で実務家にとってもきわめて意義のあることだと思いますので、以下、著者らの分析結果について考察してみたいと思います。

イノベーションストーリーのタイプ分類
・26件を何に主導されているかという視点で分類すると、「コンセプト主導型(新たな価値を創出しこれまでにない領域の市場開拓を実現)」15件、「ニーズ主導型(世の中の変化により社会的需要が高まった領域に対応)」7件、「技術主導型(技術革新がイノベーションの中核になる)」4件[p.4]、となる
・「イノベーションストーリーのタイプ分類においては、技術主導型、ニーズ主導型、コンセプト主導型それぞれで物語の構造が違うのではないか、という仮説を当初は持っていた。・・・しかし、技術主導型、ニーズ主導型、コンセプト主導型という区分けでは、大きな差異は見いだせなかった。[p.5]」
・イノベーションストーリーを分ける2つの軸[p.5]:以下の2つの軸で分類すると、イノベーションのストーリーに大きな差があることが見えてくる。
1、公式か非公式か:「そのイノベーションが、トップマネジメントなどから『ミッション付託』された公式的なプロジェクトから生まれたものなのか、いわゆる『闇研究』のような非公式な取り組みから生まれたものなのか」
2、個人主導か組織創発か:「主人公が中核的なポジションを占め、全体をドライブし、周囲が支えている『個人主導』なのか、主人公がプロジェクトリーダーのポジションにいながらも、プロジェクトメンバーそれぞれが連携したり相互乗り入れをしたりしてイノベーションを形にしていく『組織創発』なのか」

ストーリーを構成する8人の登場人物
A
、主人公:イノベーティブな商品・サービスを生み出す中心人物。
B
、師:主人公のスタンス、マインド、知識・技術に多大な影響を及ぼす。
C
、預言者:主人公の能力・資質・可能性を察知し、会社の未来につながる新たな市場創造の使命を主人公に託す。直属上司、上司の上司が該当する。
D
、庇護者:イノベーションの芽は、社内調整などのプロセスにおいて、幾度となく潰されそうになる。そうしたときに、主人公を守る存在。担当役員や部門長が該当する。
E
、官僚:自社のこれまでの実績や当面の業績、既存のシステム、知識・技術の維持を重視し、新たな試みを批判する。
F
、君主:過去の因襲や業界の常識をくつがえすような大胆な意思決定を行い、イノベーションの道を拓く。経営者、役員が該当する。
G
、同志:主人公のパートナー、部下。
H
、寄贈者:イノベーションにつながる新たな知提供や人材紹介をしてくれる。

イノベーションストーリーの3つの型とその特徴(上記の2つの軸による分類)
1、X:ミッション付託(公式)かつ組織創発、「組織的知識創造型」(13例)
・「ストーリーの発端は、君主(トップマネジメント)による新たなビジョンの提示から始まる。・・・企業が社会に提供していく新たな価値の方向性が緩やかに提示され、その中核を任された主人公(ミドル)とその同志であるプロジェクトメンバーが組織化される。それぞれの専門性をベースに集まりながらも、視界を1つにし、連携し、ある時には自身の持ち場以外のことにもどんどん“口出し”しながら、チームが一体となってプロジェクトが進んでいく。・・・これは野中氏の名著『知識創造企業』で、日本企業成功の最大要因と謳われた組織的知識創造そのものである。[p.7-8]」(事例:マツダロードスター)
・本業との関連が密接で、必要欠くべからざるイノベーションと認識され、リソースが大きい。[p.10
・イノベーター:「強いメンバーシップ意識を持ち、経営の型を身に付けた人材」[p.33
・カギとなる人物は、「自社ならびに従業員を深く理解する人徳ある君主」[p.33
2、Y:闇研究(非公式)かつ個人主導、「ハイパーイノベーター型」(4例)
・「強い信念を持った主人公が、極めて大きな存在を占めている。何らかのきっかけによって、自身がなすべきこと、成し遂げたいことを見出した主人公が、それを組織のなかで公式化しようと働きかけると同時に、同志を自らリクルートしていく。・・・上司、部門長のなかに庇護者が隠れているケースが多い。・・・寄贈者が現れることで、プロジェクトが前に進む、という点にも特徴がある。・・・このタイプの主人公は、突出した個性的な才能を持っている。[p.8]」(事例:ヤマト運輸まごころ宅急便、富士通プラズマディスプレイ)
・「本業と関連が薄い、あるいは関連が公式に認められていないがゆえに、イノベーションを推進する必要性をトップが感じていない。そのため、研究開発の初期段階では、闇研究、闇開発としてスタートせざるを得ません。[p.10]」
・イノベーター:「社会問題や特定テーマへの強い信念を持ち、傑出した個性を持った人材」[p.33
・カギとなる人物は、「官僚の圧力に屈せず、ヒト・モノ・カネを動かして主人公を支援する庇護者」[p.33
3、Z型:ミッション付託(公式)かつ個人主導、「ヒーロー誕生物語型」(9例)
・「主人公は、初期の仕事における刷り込みや失敗などから、仕事に望む基本姿勢、イノベーションにつながる知識・技術を学ぶ。他者の成功・失敗から学ぶことも多い。・・・後に、異動などにより、イノベーションを起こす舞台へと誘われる。そして、・・・自身が担うことになるイノベーションのビジョンを託される。・・・庇護者が前面に出ることでストーリーは前へと進み、混迷した状況を打開する君主の大胆かつ新しい意思決定により、道が拓けていく。」(事例:キリンフリー、ヤマハ光るギター、JR東日本エキュート、三菱自動車アイ・ミーブ、サントリー伊右衛門)
・「本業に関連するものの、そのレベルは組織型に比べると低いので、割けるリソースも組織型に比べると小さい。ただ、初めにトップのお墨付きを得ているため、闇研究の必要はありません[p.11]」
・イノベーター:「師から学び、高度なメタ学習力を持ち、常識に挑戦できる人材」[p.33
・カギとなる人物は、「主人公にふさわしい人物を見つける目利き能力を持った預言者、官僚の圧力から主人公を守る庇護者、錦の御旗を掲げ道を拓く君主」[p.33
(4)、闇研究(非公式)かつ組織創発は今回調査での事例なし。
・野中氏による分析では、「アメリカ企業の3Mやグーグルが目指すイノベーションはここに該当するでしょう。どちらも勤務時間の一定割合を自分の好きな活動や研究に使っていいという社内ルールがあり、現にそうやって生まれたイノベーションがたくさんあります。[p.10]」

それぞれの型に応じたイノベーション創発のための方法、課題
1、X型(組織的知識創造型):「これまで日本企業のなかで数多く生み出されてきた得意技だ。今後も、このタイプのイノベーションを継続させていくことが肝要である。しかし、多くの企業において、その前提となる『多くの従業員が強いメンバーシップ意識を持ち、自社の企業経営の型を身に付けている』という状態には、綻びが見られる。[p.31]」
2、Y型(ハイパーイノベーター型)のための処方箋:「傑出した個性の持ち主を潰さない、キャリアコースを多様化させる」[p.33
3、Z型(ヒーロー誕生物語型)のための処方箋:「目利き能力を持った預言者の発掘と要所への配置、トップマネジメントへの『庇護者』『君主』教育」[p.33
―――

私のような実務者にとって、このレポートの特に興味深いところは、それぞれのイノベーションのストーリーにおいて、イノベーターの特徴と、イノベーターの周囲の登場人物の役割が整理されている点です。イノベーションにイノベーターが必要だというのは当たり前のことでしょうが、イノベーターを発掘し、伸ばし、支援するのは周りの人や組織の仕事でしょう。それをどのように行えばよいか、著者らの分析は実務家にもヒントを与えてくれるように思いました。どのタイプのイノベーションにどのタイプの登場人物が出てくるのかは、著者も分析していますが、著者らの分析を定量的に整理すると以下のようになります[p.7の図表3を整理]。下の図は、XYZそれぞれのタイプのイノベーションのうち、師、預言書、庇護者、官僚、君主、寄贈者が現れる割合です(主人公と同志はすべての事例に現れますので除外しました)。

イノベーターはどこにいる図
X
型(組織的知識創造型)では、全12件(文献の図表3は図表1より1件減っています)のうち、10件の事例(83%)に君主が登場し、その他の登場人物は現れる頻度が低めです。これに対し、Y型(ハイパーイノベーター型)では君主はあまり登場せず、イノベーションを邪魔する官僚と、庇護者、寄贈者が顕著です。Z型(ヒーロー誕生物語型)では、やはり邪魔者の官僚が登場しますが、君主、庇護者、預言者、師の登場比率が高くなっています。

イノベーションタイプが個人主導(YZ)か組織創発(X)かで違いを見ると、個人主導の場合、官僚と庇護者が多く出願する点が顕著です。おそらくは、組織創発のケースでは、君主が指示し、豊富なリソースが確保されているため、反対者(官僚)が現れにくく、庇護者も必要としないのに対し、個人主導の場合には、官僚が現れやすいため、庇護者が必要になる、と考えることができると思います。イノベーションタイプが公式(ミッション付託XZ)か非公式(闇研究Y)かでの違いを見ると、寄贈者の違いが顕著です。寄贈者は、「新たな知提供や人材紹介」の役割を担っていますが、これは非公式(闇研究)型イノベーションプロセスにおける異質なもの、意外なものとの出会いの重要性を象徴しているのかもしれません。イノベーション組織は、「多様性」が重要と言われることが多いですが、この「多様性」は、おそらく、このような闇研究から発生したイノベーションに特に効果的と言えるのかもしれません。

このような傾向を参考にすると、イノベーションのためには、どのような点に注意すべきかについて次のような示唆が得られると思います。
・個人主導のイノベーションでは官僚が出てきやすい。官僚がいなければおそらく庇護者はいなくても大丈夫なので、官僚的な行動を抑える仕組み、組織風土ができれば、おそらくイノベーション成功の確率は上がるのではないか。
・個人主導の公式プロセス(Z型)では、師や預言者の役割が重要なように思われる。個人主導の公式プロセスは、リスクが高い、規模が小さい、本業から遠いなどの理由で組織主導の公式プロセスが採用しにくい場合に適したプロセスだと考えると、こうしたイノベーションを活性化したいならば、失敗を容認してイノベーター候補を育て(師)、候補者を見いだして使命を託せるマインドを持った人(預言者)を増やし、イノベーターを育てるような組織風土を作るとよいかもしれない。
・イノベーション組織には多様性が必要とよく言われるが、すべてのプロジェクトで多様性を確保することはリソース面、運営面から難しいかもしれない。多様性の資源は、非公式プロセスに積極的に振り向けるようにするとよいのではないか。

本論文で著者が提起した問題は、イノベーションを考える際には実行する人の観点も重要である、ということなのかもしれません。こうした視点は従来のイノベーションの整理の仕方とは異なるかもしれませんが、実務家にとっては重要な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。組織的知識創造の考え方が日本企業の分析から導かれたように、日本企業のイノベーションの進め方を考える上でも興味深い考え方、分析なのではないか、とも感じましたがいかがでしょうか。


文献1:豊田義博、萩野進介、坂口祐子、長瀬宏美(「成功の本質」再分析プロジェクト)、「イノベーターはどこにいる? Works誌連載『成功の本質』再分析による才能開花メカニズムの探究」、Works Report 2014、リクルートワークス研究所
http://www.works-i.com/pdf/140603_inv.pdf

参考リンク<2015.2.8追加>




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