研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2014年12月

「無意識のわな」(日経サイエンス2014年5月号特集)とマネジメント

人間の判断や行動は、必ずしも意識的、論理的に行われているわけではないことは、本ブログでも何回か取り上げました(「ファスト&スロー(カーネマン)」、「意思決定理論入門(ギルボア)」、「まさか!(モーブッサン)」、ヒューリスティクス、など)。しかし、人はなぜそのような傾向を持つのか、どんな場合にどんな思考、判断をしてしまうのかは体系的に理解されるには至っていないようです。実践的によりよい判断をするためには、まず、人にはそうした思考特性があることを認識し、様々な事例を参考にしながら極力好ましくない結果を招かないように注意することが必要でしょう。そこで今回は、日経サイエンス2014年5月号の特集「無意識のわな」に取り上げられた事例と考察から人間の思考特性についての理解を深め、それをどうマネジメントに活かすかを考えてみたいと思います。

J.A.
バージ、「意思決定の心理学」[文献1]
・「無数の決定に際し、私たちがまるで気づいていない無意識の思考が概して大きな役割を果たしている。・・・最近の研究で、無意識の思考がいかに深く私たちの日常における人や物とのかかわり方を決めているかが明らかになってきた」。「理解も制御もしにくい衝動に支配されるのを避けるには、私たちを支配する無意識の力を理解することが極めて重要だ。・・・この世の中でうまく生きていくためには、無意識の自己と折り合いをつけるやり方を学ぶ必要がある」。
・「知らない人に出会うと、私たちはまだ会話も始めないうちから、相手に対して第一印象を抱く。相手の人種や性別や年齢を観察し、それを認識すると、特定のグループの人々はこういうふうに振る舞うはずだという心の中にあるステレオタイプにそれらが自動的に結び付く。・・・こうした反射的反応は極めて根強く、私たちが意識している信念に反するときでも起こる」。例えば「自分に人種的偏見が潜んでいることについぞ気づかないまま、その人の否定的な特徴や性格に注意を向けてしまうことになる」。さらに無意識の判断の古典的な例として、「電話調査でこれまでの人生がどれくらいうまくいったかを聞くと、答えがその日の天気に左右されたというものがある」。
・「人間は生まれながらにして、他人の身体的ふるまい、例えば感情表現や腕や手のジェスチャー、体の姿勢などを模倣する傾向がある。・・・これは『カメレオン効果』として知られている現象」。
・ステレオタイプ脅威:「例えば人種や性別などに伴うステレオタイプな見方を、そうした偏見の標的となっているグループに属する人に思い出させるだけで、学校の成績や職場での成果に影響する可能性がある。」
・『身体化された認知』:「物理的な行動や感覚は、それらに比喩的に関連づけられる心理状態を引き起こす」。例えば、「人は自身がたまたま作った顔の表情(微笑またはしかめつら)からの無意識の影響を受けて、視界の中にある対象物についての好き嫌いの判断を下している」。「手を洗うという身体的な行為は、罪を『洗い流し』たような気にさせる」(マクベス効果)。「熱いコーヒーカップをしばらく持っていた人は、冷たいアイスコーヒーのグラスを持っていた時よりも、他人について『より暖かく』、より好意的で、より寛大な印象を抱いた」(「概念的足場かけ」:私たちが、暖かい態度のような「比喩を使うのは、抽象的な精神的概念が私たちが普段暮らしている物理的世界に強く関連づけられているから」)。硬い椅子に座っていると、強硬な態度を取りやすい。押しのける動作は否定する態度に結び付く、などの例が知られている。
・「無意識の思考は、私たちが特定の選択肢を選ぶように促すだけでなく、実際にそれを実行するのに不可欠な意欲をかきたてるのにも寄与している」。権力を持つことで、「個人にとって重要な目標の達成を促す効果がある」という研究もある。「彼らもまた、そうした自分の意欲がどこから来ているのかには気づかない。」

E.
ヤン、「ステレオタイプ脅威」[文献2]
・「もし失敗したら、自分が属する社会集団に対する侮蔑的な固定観念を強めてしまう――という心配が『ステレオタイプ脅威』」。
・スティールとアロンソンによる実験(1995):大学生に難しい試験を受けさせる際に、「この試験は知的能力を評価するものだ」と説明すると、黒人学生の点数が低下。
・ステレオタイプ脅威が作用する過程:「まず不安を感じ、やる気をそがれ、成功の期待が低下する」。シュメイダーの説は、「ワーキングメモリー(作業記憶)、つまり情報を一時的に蓄えて操作することを可能にしている一連の認知機能」の消耗。「ワーキングメモリーは有限な資源であって、ステレオタイプ脅威はこれを消耗させる。他人が自分に対して抱いている偏見について思い悩み、その偏見が誤りであることをどう証明しようかと考えることで、本人が心理的に疲弊してしまうのかもしれない。」
・ステレオタイプ脅威の払拭、発生防止:例えば、「自分にとって重要なものは何かを考えてもらい、なぜそれが重要なのかを文章に書いてもらう」ような訓練は、「自信を強める“心のワクチン”として働き、ステレオタイプ脅威に直面した際にそれと戦うのに役立つ」という。
・「黒人学生と白人学生の間の成績ギャップや男性科学者と女性科学者の間に見られる業績の差は、能力の違いを示しているのではない。偏見を反映したものであり、その偏見は私たち自信で正すことができる。」

M.
ビラリッチ、P.マクラウド、「アインシュテルング効果 良案が排除されるわけ」[文献3]
・「アインシュテルング効果」:「アインシュテルングは『心構え』を意味するドイツ語。『構え効果』と訳されている。私たち人間の脳は、よく知っている解法(それが最初に思い浮かぶ)にこだわって別の解法を無視する頑固な傾向があり、・・・この認知的近道には、既知の解よりも効果的で適切な答えがあるのに、ときにそれを見えなくしてしまうという問題がある。」
・「この認知的近道をたどっているときには、より効果的な解につながりうる細かな手がかりが文字通り目に入っていないことがわかった。また、心理学者が長年かけて発見してきた様々な認知バイアスの多くが、実はアインシュテルング効果の一種であると考えられる。」
・確証バイアス:「人は仮説を客観的方法で検証しようとしているときでさえも、自分の考えを裏づける証拠を探し、矛盾する証拠を無視する傾向がある。」
・「自分が偏見なしに考えていると信じていても、新しいアイデアを刺激する可能性のある事柄から自分の脳が選択的に注意をそらしていることにまるで気づいていない可能性があるのだ。自分がすでに抱いている結論や仮説と一致しないデータは、無視されるか捨てられてしまう。」
・「その分野に熟達すればするほど認知バイアスの影響を受けにくくなることをうかがわせる。だが、完全に影響を免れるのは不可能だ。」
・「よりよい考え方をしようと真摯に望むなら、私たちは自分の誤りを認めてそこから学ぶようにしなければならない。ダーウィン(Charles Darwin)はまさにそれを実行するための驚くほど簡単で効果的な方法を提案した。『私は長年、ある黄金律に従ってきた。何かの事実や観察結果、新しい考え方が発表され、それが自分の出した結果に反している場合、必ずすぐにメモしておくのだ』と彼は書いている。『私自身の経験からいえることだが、そうした事実や考えは、好ましいものよりもはるかに記憶から抜け落ちやすい』」。
―――

マネジメントの実践において、心理バイアスや無意識の思考が判断に影響を及ぼすという観点から最も重要な点は、人間は判断を誤る可能性があり、自らの判断を過信してはいけない、ということだと思います。その上で、今回の記事に述べられたような誤った判断をしてしまう事例や、無意識の思考特性に影響されてしまう事例を知り、それへの備えを行うことが重要でしょう。加えて今回の記事で興味深く感じたのは、そうした心理的作用が起こるメカニズムについても触れられている点です。ステレオタイプ脅威についてはワーキングメモリーの消耗が関係しているという説、アインシュテルング効果については脳が選択的に注意をそらしてしまうという説が紹介されており、こうした仮説は、人の思考そのものを考える上で参考になるのではないかと思います。

上記の説を私なりに解釈すると、次の2つの場合には、人間が問題のある判断をしてしまう可能性がある、ということだと思います(判断を間違う原因がこれだけ、ということではありません)。

1、メモリー(または思考回路)の容量制約のため、十分に考えられなくなるケース

2、考える過程で手抜きをしようとするケース(心理的負荷を下げようとするなど)
1のケースは、ステレオタイプ脅威のように、余計なこと(偏見への対応)に心を奪われ(メモリーを食われ)、肝心の課題を十分に考えられなくなる場合に相当し、2のケースは、アインシュテルング効果の場合のように、知っている方法を単純に適用することで、考えなくてすむようにしようとするということに相当すると思われます。

もちろんこの考え方ですべての判断の問題が理解できるとは思いませんが、マネジメントにおける問題のいくつかは、こうした心理的作用が関わっているのではないでしょうか。例えば、特定の目標を強く意識することは、他の選択肢を考えなくてすむという点で心理的負荷を下げられる(精神的に手抜きができる)メリットがあるものの、アインシュテルング効果と同様に目標にとらわれてよりよい選択肢に気づきにくくなるデメリットもあると考えられます。また、目標に向かう時に自分に自信のない人は、失敗の不安といった余計なことに気を取られて、肝心の課題に集中できなくなるかもしれません。極度の成果主義や特定の成果に強いインセンティブを与えてしまう場合にも同様のメリット、デメリットが予想されますし、成果を早く出させようとすることも、心理的手抜きを促進してよりよい選択肢に気づきにくくする作用があるかもしれません。研究開発においては、不確実な課題に対して深く考えることが必要なため心理的負荷は高めでしょうし、また、選択肢を多く考えることは不可欠ですから、心理的に手抜きしたくなるような環境やワーキングメモリーの無駄な消耗を避けるマネジメントを行うべきだと言えるのではないでしょうか。さらには権力の行使の場面でも、無意識の思考が行動に影響するようですので、無意識まで含めた人間の思考や行動のメカニズムを理解することは、よりよいマネジメントの確立にも寄与するのではないかと思います。この分野の今後の発展に期待していきたいと思います。


文献1:John A. BarghJ.A.バージ著、古川奈々子翻訳協力、「意思決定の心理学」、日経サイエンス、2014年5月号、p.30.(原題:Our Unconscious Mind, Scientific American Jan. 2014
文献2:Ed YongE.ヤン著、編集部訳、「ステレオタイプ脅威」、日経サイエンス、2014年5月号、p.38.(原題:Armor against Prejudice, Scientific American Jun. 2013
文献3:Merim Bilalić, Peter McLeodM.ビラリッチ、P.マクラウド著、編集部訳、「アインシュテルング効果 良案が排除されるわけ」、日経サイエンス、2014年5月号、p.45.(原題:Why Good Thoughts Block Better Ones, Scientific American Mar. 2014

参考リンク<2015.4.5追加>




「はじめる戦略」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)に学ぶイノベーションの進め方

イノベーションを興す方法は、スタートアップ企業と、すでに何らかの事業を行っている既存企業とでは区別して考えなければならない、という指摘は近年多くなってきていると思います。しかし、どう違うか、という具体論になると、既存企業ではイノベーションは困難であるという考え方から、既存企業こそ保有するポテンシャルを有効に活用してイノベーションを興す可能性があるという考え方まで様々のように思われます。

本ブログでも以前に、ゴビンダラジャン、トリンブル著「イノベーションを実行する」に基づいて、既存企業においてイノベーションをうまく進める方法を考えました。今回は、同じ著者による「はじめる戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」[文献1]を取り上げます。その主題は、前著「イノベーションを実行する」と同じですが、本書ではイノベーションを実行する過程が「寓話」という形で語られていて、前著の理解を補完し、異なる気づきも得られるように思われるところが興味深く感じました。

寓話は、動物が経営する農場の経営を改善するために、イノベーションに取り組む、という物語です。ストーリーの詳細は本書を読んでいただくとして、以下では、最低限の物語の内容と、その過程で起こることから得られる示唆や著者の指摘のうちで重要と思われる点をまとめます。

物語とポイント
第1章、小さい規模で闘う方法:規模の小さな動物ファームは、規模の拡大と機械化により経費を抑えるライバル(人間が経営するファーム)の影響で苦境に立たされている。「『効率性の追求』だけでは解決策にならない」、「創造力があって、勇気があって、ファームを新しい方向に導いていけるリーダーが」必要。
第2章、「カギ」となる存在を口説く:リーダーが交代する。後継者と目されていた、「より速く、より安定的に、より効率よく」をモットーとする従来のナンバー2にはCOOのポジションがオファーされる。
第3章、「時代の変化」に対応する:動物によるファーム経営を世界に先駆けて立ち上げた創業者の時代に比べて、ライバルの効率化が進んでいる。
第4章、あなたなら、どう改善する?:ファームのあらゆる生産物の価格が下がっている。マネジャーたちの提案は、効率化。
第5章、「まったく新しいこと」をはじめる:コストダウンはできているが、価格低下の方が大きい。新しい経営者は新しいビジネスのアイデアを募る。効率化を提案したマネジャーは新ビジネスに反対しており、プレッシャーを感じている。
第6章、すべては「ひらめき」からはじまる:様々な新ビジネスのアイデアが提案される。「一般に、アイデアを実際に製品や商売にすることよりも、アイデアコンテストへの参加にエネルギーを注ぐビジネスマンの方が多い。」
第7章、「決める」ことは簡単。ではその「次」は?:評価されたのは、投資額が少なく、限られたファームの資金で実現できる、高級ウールビジネス。ただし、リスクがあるとの指摘あり。「一番のリスクは何もしないこと」。「どんなに偉大なイノベーションも、アイデアはそのはじまりにすぎないのだ」。
第8章、「未知の仕事」を前に進める:新ビジネスに新マネジャーを選ぶ。「新ビジネスは前途有望だ。・・・将来的にはファームを支えてくれるようになるかもしれない。しかし、いまやっている仕事をおろそかにはできない。稼働中のビジネスのコスト削減はこれからも続けていく。」
第9章、なぜ「協力」が得られないのか?:「給与の差はトラブルのもと」。「『いまの仕事』という障壁」。「ビジネスを軌道に乗せるために、どこまでルールを破るつもりなのだ?」。
第10章、ゼロからチームをつくる:協力しないのは、「怠けているのでも、変化に抵抗を感じているのでもない。自分に課せられた仕事に真面目に取り組んでいるだけなのだ」。「彼らはみな、いま稼働しているビジネスの業績にもとづいて評価され、給料が支払われ、昇進する」。ビジネス書のどの著者も必ず、「新規ビジネスを立ち上げるときは、それに専念するチームをつくり、経営者はそのチームの『スポンサー』としてふるまう必要があると強調している」。「独創的なアイデアを前に進めるためには、『一人のリーダーに任せておけばいい』という態度では話にならない。」
第11章、「いまの仕事」と「これからの仕事」を同時に動かす:新しい「ビジネスを成長させるためには、ある程度の自由と時間を与えることが重要」。「新しい事業には新しい指揮系統をつくる」。新ビジネスチームは特別扱いされているという反感も。
第12章、必要なリソースを巻き込んでいく:新ビジネスのチームは、既存ビジネスから資源の協力を得られない。新チームは「ファームの他部門から独立した状態では機能しない」。「共有できるものを探す」。
第13章、「予見できなかった問題」に対応する:「共通点を意識」し互いに理解しあうことが効果的。予想外にうまくいくことも、うまくいかない(動き出してから見えてくる)問題もある。追加コストが発生することも。
第14章、これまでの「常識」を疑う:「誰もが『未経験』では乗り切れない」。「新規ビジネスの専任チームをつくるということは、ゼロから違う会社を新たに築くようなもの・・・チームに適したメンバーを巻き込んで、成功につながる状態をつくってやることしかできない」。「新しいことをはじめると必ず対立が起こる」。
第15章、急成長に追いつけない:「報酬は真の『解決策』にはならない」。「衝突が起きるのは避けられない。でも、・・・専任チームと既存部門とのあいだで、健全な協力体制を育むことが不可欠」、それが経営陣の役割。
第16章、「利益」より「学び」を優先する:「プランとの『差』を確認する」。「新規ビジネスは『実験』である」。「実験をするときは、秩序をもって行い、それを通じて学ぶことをいちばんに考えれば、的確な決断が下せるようになり、それに伴い利益もついてくる」。「実験からどうやって学べばいいのか、・・・1つ、まずは仮説を立てよ、2つ、何が起こるか予測せよ、3つ、結果を測定せよ、4つ、仮説と実際の結果を比較し、そこからわかったことを分析せよ」。
第17章、「小さな実験」を実行する:新ビジネスは「これまで使ってきたプラン作成の雛型は使えない」。「あらゆる結果を『動向』として書きだす・・・それを見れば、新たな兆候や学ぶべき教訓がすぐにわかる」。「大きな実験の中には小さな実験がいくつかある・・・その実験を通じて、活動の是非がわかる証拠を集める」。
第18章、「予測できること」と「予測できないこと」を分ける:「新規事業の評価は2つに分ける」。「十分に予測できる部分であれば、結果を出す責任を負わせればよい」。未知のことについては、「どの程度プランに忠実に実験を行っているかを確認」する。
第19章、成功を維持する唯一の方法:「成功を維持していくには、新しいことをやっていくしかない」ことを経営者が納得させる。

イノベーションを実現するための心得p.188
・はじめるにあたって:「どんな偉大なイノベーションでも、アイデアは単なるはじまりにすぎない。」「画期的なアイデアを実現するにあたり、1人のリーダーに任せきりにするのはとんでもない間違いである。」
・チームづくり:
1、「既存の枠に収まらないことを行うときは、どんなかつどうでも専任チームをつくる。」
2、「専任チームは、ゼロからまったく違う会社を新しく立ち上げるつもりでつくる。」
3、「専任チームとほかの部署とのあいだで対立が生じるのは避けられない。それでも、健全な協力関係を育まないといけない。」
・プランづくりと進捗評価:
4、「学ぶことを第一とし、プランに忠実に実験を行いながら学ぶ。そうすれば、よりよい決断が下せるようになり、利益が出る日も早まる。」
5、「大きな支出項目ごとに、検証する材料を集める。」
6、「新規ビジネスのリーダーを評価するときは、プランという秩序に従って“実験”を行っているかを評価する。」
・上記1~6の項目は、「イノベーションを実行する」の6つの章に準じている。
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寓話から何を学ぶかは人それぞれでしょう。著者にとって都合のよい作り話という解釈も可能ですし、論理的に構成されたものでもないため、その価値に疑問を持たれることもあると思います。しかし、本書の寓話は、著者が調査したイノベーションの事例を凝縮したものと考えれば、ケーススタディよりも示唆的な面もあるかもしれません。例えば、人間の本音の部分はインタビューではなかなか明らかにすることが難しいかもしれませんし、成功事例や失敗事例の調査には後付けの解釈がつきまとうことがよくあります。イノベーションの方法論については、成功事例の分析がよく行われますが、成功事例では語られることの少ない裏話にもスポットを当てることが可能な寓話には、従来の事例調査を補うという価値もあるように思います。

本書の寓話のエピソードは、前著「イノベーションを実行する」にほぼ基づいたものになっています。従って、本書の寓話からは示唆される著者の意図や、著者の考え方、イノベーション実践における具体的な対応策などは、前著と合わせて読めば理解が深まるでしょう。また、前著で著者が強調したかったことも寓話から推察できるのではないかと思います。

私が特に重要だと思う指摘は、上記「イノベーションを実現するための心得」に加えて次の点です。
・既存企業にとっては、既存事業の能力を活用したイノベーションが重要であり、その可能性は決して小さくない。
・イノベーションの過程では寓話で挙げられたことをはじめとして様々なことが起こる。
・イノベーションチームと既存部署の間で必然的に起こる対立をマネジメントする必要がある。対立の原因には、感情的な要因も含まれる。寓話では、ケーススタディでは見えにくい様々な関係者の「感情」が表現されており、このような対立が起こり得ることを覚悟し、他の予想外の出来事への対策とともに感情面での対策をとることはイノベーションの成功にとって意味のあることと考えられる。なお、この「感情」に関わるエピソードについては、私の個人的実務経験に照らしてもいいところを突いていると思います。ちなみに、イノベーションの過程で対立が起こることは、豊田義博らによるレポート「イノベーターはどこにいる?」でも、イノベーションストーリーにおいてイノベーションに反対する「官僚」が現れることが指摘されています。
・イノベーションの具体的進め方のうち、実験による学びを重視する考え方の有効性については、今後の課題のように思います(著者による一つの仮説と考えるべき内容と思われます)。ただし、未知の課題に挑戦する場合のやり方として、さまざまな思いつきを散発的に試行錯誤するのではなく、「実験」結果から(失敗に終わった結果からも)学ぶことが重要なこと、学ぶためには系統的に計画して評価することが必要である、という著者の考え方は、実務的にも有効と考えます(ただ、実際には、思いつきによる試行錯誤にのみ頼る、系統的に学ぼうとしないアプローチは未だによく行われているように思いますが)。

イノベーションのストーリーについて、このような寓話を書けるようになったこと自体、イノベーションのプロセスがかなりわかってきたことの証左かもしれません。イノベーションの研究自体にとっても有意義で面白く、かつ実用的なアプローチかもしれないと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2013、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、花塚恵訳、「世界トップ3の経営思想家による 始める戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」、大和書房、2014.
原著表題:How Stella Saved the Farm

参考リンク<2015.2.8追加>



創造性考(「創造性と生産性」DHBR誌2014年11月号特集より)

新しいものを「創造」することは、研究開発の大きな役割のひとつです。従って、「創造性」をどう考え、どう扱うかは、研究開発マネジメントを考える上での重要な課題のひとつと言えるでしょう。今回は、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2014年11月号の特集「創造性vs.生産性」[文献1]の中の2編の論文に基づいて、「創造性」について考えてみたいと思います。

1編目は、琴坂将広著「企業は創造性と生産性を両立できるか」、2編目は、トム・ケリー、デイビッド・ケリー著「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法」です。一口に「創造性」と言っても、その意味には幅がありますが、琴坂氏の論文では、企業の立場から、組織として新たなものを生みだす能力としての創造性が議論され、ケリー氏の論文では、個人が創造性を発揮するための条件が議論されているところが大きな違いでしょう。以下、それぞれの論文から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

琴坂将広著「企業は創造性と生産性を両立できるか 組織の意味を再定義する時」
・「企業はいま、創造性と生産性を求められている。新しい技術やアイデアを基に市場を創造し、競争優位を築くために、創造性は不可欠である。一方、既存の事業やサービスの生産性をいっそう高めることは、永遠の課題でもある」。しかし、「創造性を高めることにより提供価値を高めながらも、生産性を高めることにより生産費用を低減させるという困難に、企業は直面している」。「新たな型を創り出すことと、見つけた型を磨き込むことは、技術的に見て相容れない努力を企業に求めるのである。」
・創造性と生産性を両立させ続けるための代表的な議論
1)独立した小さな組織群に創造性を発揮させる:バウワーとクリステンセンが提案。「より抽象化すれば、創造性を発揮する組織(独立した小さな組織群)を、生産性を追求する組織(成熟した既存の組織)から隔離するという打ち手」。「既存の資源を活用できないことにもつながりうる・・・、創造性を追求させるがあまり、逆に実用性に乏しい、利益を生まないアイデアが無作為に量産される危険を常にはらんでいる。したがって隔離するという打ち手は、広く用いられる一方で、万能の策ではない」。
2)製品やサービス自体を創造性と生産性が共存できるよう設計する:ギャルドとクマラスワミーがサン・マイクロシステムズの事例で論じた。「同社は、製品にモジュラー構造を用いることによって、同社が確立した技術的なプラットフォームに対する知見と、それを開発する能力を自社内に囲い込んだ。それとともに、多様な企業が製品革新に参加でき、特定の構成要素を常に新しい部品で置き換え、新たな商品群を投入していける柔軟性を担保した」。「しかし、この可能性が情報技術産業以外の他の産業や業務で、どの程度適用可能かは議論がある。そしていったん確立させた創造性と生産性を共存させる設計も、いわゆる『破壊的』な設計思想や商品コンセプトの登場により瓦解する可能性が常にある」。
3)創造性ある技術と人材は外部から購入する:「シスコシステムズ・・・は比較的小規模な企業を継続的に買収し続けている。これは単に技術や製品を手に入れるためだけではなく、新たな発想や創造性を持つ人材とそのチームを、社内に取り入れ続けるためでもある」。「しかしその獲得した人材が継続的に創造性を発揮する能力を失わないように、一定以上の自治を保証するという絶妙なバランスを取る必要がある。・・・こうした外部資源へのアクセスが限られる産業や業務分野では、継続的に創造性を外部から購入し続けるのは敷居が高い打ち手ともいえる」。
4)適切な評価指標と報酬制度を運用する:「ダブラらが述べるように、生産性を向上させていくような漸進的イノベーションと、創造性がカギとなるような破壊的イノベーションでは、その目標設定の特性や適切な報酬システムの傾向が異なるのは想像にかたくない」。「もし、異なる目的に対応した適切な評価指標と報酬制度を両立させることができるのであれば、創造性と生産性を両立させるインセンティブ設計が可能であろう」。「しかし、両者を共存させる目標の設定も、成果の計測も、報酬の算定も、こうすればよいという明確な手法は確立されておらず、いまだ試行錯誤の段階を突破できていない」。
5)組織的なシステムやプロセスを整備する:「クリステンセンは、意図的戦略策定プロセスと創発的戦略策定プロセスの2種類を効果的に使い分けることが戦略策定の成否を分けると言う」。「しかし彼も認めるように、この根本的に異なる両者を使い分けるのは難しい。なぜなら、そこには創造性と生産性の対立があり、一方に最適なプロセスが、他方には最適となりえないからである」。
・「現代では、これら5つの代表的な打ち手以外にも、無数の打ち手の可能性が主張され、検証されている。しかしこの課題が根源的であるがゆえに、我々はいま現在もこの問いに対する確たる答えを探し求めている。」
・著者は、この課題に対し、「自社の関わる価値連鎖全体に視野を広げるという考え方と、企業境界を複層的にとらえるという考え方」を仮説として提示しています。価値連鎖の戦略を磨き込むとは、「付加価値創造の連鎖構造全体を『企業体』として認識し、それ全体での創造性と生産性の共存を図る」ということであり、企業の境界を複層的にとらえるとは、「企業が所有権を保持する範囲である所有の境界、統治権を及ぼせる範囲である統治の境界、そして目的を共有し協業する範囲である協業の境界の3つの複層的な境界をとらえる」こととされています。
・著者は上記の仮説に基づいて、「自社と他社、社内と社外という二元論を捨て、複層的な組織の境界を明確に意識し、それを自社のビジョンや戦略に最適な形にデザインし直すことが、創造性と生産性を共存させるための近道なのではないだろうか」、と述べています。

トム・ケリー、デイビッド・ケリー著「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法 恐れを克服し、自由な発想を生みだす」
・「創造性は天賦の才能だけではなく、修練するものである」。「創造性への自信を『再発見』するための支援が求められている。新しいアイデアを生み出す生得の能力と、それを試す勇気を引き出すのだ。そのために、ほとんどの人を尻込みさせる、やっかいな未知なるものへの恐れ、評価されることへの恐れ、第一歩を踏み出すことへの恐れ、制御できなくなることへの恐れという4つの恐れを克服する戦略を授けている。」
・やっかいな未知なるものへの恐れの克服:「ビジネスにおける創造的思考は、顧客(社内外を問わない)への共感とともに始まる。机に座っていては得ることはできない。たしかに、オフィスのなかは快適である。すべて安心感のある慣れ親しんだものばかりだ。ありきたりの情報源から情報を集め、矛盾するデータは排除され無視される。外の世界はもっと混沌としている。・・・そのような場所でこそ、インサイトや創造的なブレークスルーが見つかる。何かを学ぼうと思い切って足を踏み出せば、仮説を立てなくても、新たな情報に目を向けられるようになり、曖昧だったニーズを発見する助けを得られる。そうでなければ、既存のアイデアを追認するか、顧客や上司、あるいはライバルからすべきことを教えられるのを、ただ待つことになりかねない。」
・評価させることへの恐れの克服:「上司や同僚に失敗する姿を見られまいと、自分を曲げて、創造性を秘めたアイデアを押し殺す。『安全な』解決法や提案にしがみつくのである。そして後ろに下がって、他の人々がリスクを取るのを眺めている。しかし、常に自分を検閲しているようでは、創造的になれるはずがない。」、「頭に浮かんだ考えが消えていくままにせず、メモ帳に書き留めるなどして体系的にキャッチする。・・・評価は後回しにすれば、・・・自分がどれだけ多くのアイデアを持っているか、どれだけ気に入るアイデアがあるかに驚くことだろう。またフィードバックする場合も、月並みな言葉は使わないようにし、協働者にも同じことを勧めるとよい。・・・否定的評価をただ伝えるようなことはしない。・・・最初は肯定的なフィードバックで始め、次に一人称を使い、・・・聞き手がアイデアをより受け入れやすい形で提案するのである。」
・第一歩を踏み出すことへの恐れの克服:「これもまた、新たな道を示すことや、予想可能な作業の流れから抜け出すことへの恐れといえる。この惰性を克服するには、よいアイデアがあるだけでは十分ではない。計画を立てるのはやめて、ただちに始める必要がある。最善の方法は、大きな課題全体に照準を合わせるのではなく、すぐに取り組める小さな断片を見つけることだ。」、「ビジネスの文脈では、次のような問いかけで最初の一歩を踏み出せばよい。低コストの実験はどんなものか。より大きな目標に近づく最短かつ最も安価な方法はどれだろうか。」、「我々の合言葉は『準備などはやめで、始めよう!』だ。ごく小さな一歩にして、ただちに始めるようみずからに強いる。そうすれば、最初の一歩ははるかに恐ろしいものではなくなる。」
・制御できなくなることへの恐れの克服:「自信とは、単純に自分のアイデアがよいものだと信じることではない。うまくいかないアイデアは捨て去り、他者のよいアイデアを受け入れる謙虚さを持つということだ。現状維持を捨て去り、協力して取り組めば、自分の製品やチーム、事業のコントロールを断念することになる。しかし、それによって創造的な面で得るものは大きい。・・・主導権を譲って異なる視点を活用するチャンスを探すのである。」
―――

企業にとって、既存事業の効率を高めコストダウンを図ることと、新たな製品やサービスを創造して付加価値を高めることの両方が必要であることは、(特に先進国の企業にあっては)改めて言うまでもないでしょう。しかし、それを「創造性」と「生産性」の二者択一の問題であると捉えることが適当かどうかについては議論の余地があると思います。生産性の向上を、同じ作業の繰り返しによる習熟とスキルアップ、単なる努力や無駄の排除で達成するものととらえるならば、確かに生産性と創造性とは異なる要素が多いかもしれません。しかし実際には、方法やプロセスの改善によって生産性を向上させる場合には、創造的な解決策が求められることが多いものです。そう考えると、企業活動における創造性と生産性の問題とは、創造性をどの分野に活用するか、新規分野の創造に活用するのか、あるいは既存分野の改善に活用するのかという違い、とも考えられるのではないでしょうか。だとすれば、創造性を高めるにせよ、生産性を高めるにせよ、ケリー氏が示唆するような個人の創造性を高めることはどちらにも有効に作用するのではないかと思われます。

ただし、企業活動においては、資源配分の問題があります。資金をはじめとする経営資源を、既存事業の生産性向上に振り向けるのか、新規事業の創造に振り向けるのか。加えて、人的資源のうちの「創造的能力」をどちらに振り向けるのかによって、その企業の方針が決まるでしょう。さらに、振り向けた資源から、いかに効率良く創造的成果を得るか、という問題もあります。琴坂氏が指摘する創造性と生産性を共存させる環境づくりの難しさは、この資源配分の方法と、その資源を効率的に創造的成果に結び付ける方法(つまり、創造的成果の「生産性」を上げる方法)が未確立である、ということと考えます。

もちろん、この課題は容易に解決できるものではないと思いますが、ケリー氏の論文がヒントになるかもしれません。ケリー氏の指摘は、個人は、新しいことの実行に対する恐れがあると、「自分の時間」という資源を創造的な活動に振り向けにくくなることを示唆しているとも考えられるでしょう。そうした恐れを取り除くことで、個人が創造的活動に時間を使いやすくなるとすれば、企業レベルにおいても、同じような「恐れ」を取り除くことで、効果的な資源配分が可能になるかもしれません。加えて、個人のレベルで、自分の時間を創造的活動により多く注ぎ込めるとすれば、創造的成果の生産性が上がることへの寄与も期待できるでしょう。

つまり、創造的活動に注力する、ということは、企業における場合でも個人の活動を想定した場合でも、創造的活動に振り向ける資源を増やすことと、その資源から成果を得る効率を上げるということに帰着すると思います。琴坂氏の分析や提案をはじめとする様々な事例を参考に、ケリー氏が指摘する創造的活動への恐れを緩和するシステムを考え出すことができれば、創造性の高い組織の構築に近づけるのではないか、と思いますがいかがでしょうか。


文献1:特集「創造性vs.生産性」Diamond Harvard Business Review November 2014, p.27-82.
琴坂将広著、「企業は創造性と生産性を両立できるか 組織の意味を再定義する時」、Diamond Harvard Business Review November 2014, p.38-51.
Tom Kelley, David Kelley
、トム・ケリー、デイビッド・ケリー著、飯野由美子訳、「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法 恐れを克服し、自由な発想を生みだす」、Diamond Harvard Business Review November 2014, p.62-71.(原著:”Reclaim Your Creative Confidence”, Harvard Business Review December 2012.

参考リンク<2015.3.8追加>


「<科学ブーム>の構造」(五島綾子著)から学ぶこと

ある科学技術が社会から注目され、その分野の研究が活発になったり、その技術を利用した商品が世の中に出回ったりして、「ブーム」の様相を呈することはしばしば経験します。その中には、必ずしも科学的にしっかりとした裏付けがあるものばかりではなく、また、単なる一時の流行でいつの間にか消えてなくなってしまったり、多くの研究者の興味を引いたわりに目立った成果もなくブームが去ってしまうような場合もあるように思います。

なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。五島綾子著、「<科学ブーム>の構造 科学技術が神話を生みだすとき」[文献1]では、1940~60年代の殺虫剤DDTのブームと、1990~2000年代のナノテクノロジーブームについての多面的な検討に基づいて、「科学ブーム」のメカニズムが議論されています。もちろん、様々な「ブーム」にはそれぞれの事情があるはずですので、本書の分析だけであらゆる科学ブームが理解できることにはならないと思いますが、科学と社会の関わりを考える上での興味深い視点だと思いますので、その内容と、そこから得られる示唆を簡単にまとめてみたいと思います。

科学ブームとは
・「本書で言う<科学ブーム>とは、・・・特定の科学技術に対する社会的関心が急激に高まり、個人・企業・国や自治体に対して、その関連研究や関連商品への投資(購買)が煽られる現象を指す。[p.5]」
・「しかし盛り上がったブームは冷めていくものである。・・・冷める理由はざまざまだ。大言壮語のプロジェクトに対して世間が結果を拙速に求めてしまうことも原因になりうるし、社会の大きな期待に答えるような結果がだせそうもないことが実際に素人目にも明らかになってくる場合もある。こうしてブームを支えたはずの神話が崩れ、ときには幻滅と怒りが生まれ、期待感とはうらはらのリスクが新たな神話を携えて出現してくる場合もある。・・・一番問題なのは、ブームが冷めてしまったときに科学界からも議会からもマスコミからも、あの科学技術政策は実際にはどうなってしまったのかと問いただすチェック機能が働かない点である。そうした査定なしに、別のグループが立てた新たな巨大プロジェクトが科学技術政策の看板として登場するというパターンが繰り返されている。[p.6]」

DDT
ブームの経緯
・「スイスのガイギー社から1942年に市場にでたDDTを最初に評価したのは、・・・イギリスの公衆衛生の専門家たちであった。評判を知った米軍側がDDTを軍事テクノロジーとして採用し、大成功を収め、ここからブームが生まれていったのである。・・・ナポリから始まり、アフリカ、さらに東南アジアでの戦線でシラミ撲滅によるチフス制圧が成功し、戦勝気分と成功体験の中で、本国の市民の間にDDTへの賞賛が湧きあがっていた。[p.50-51]」
・「大戦後のDDTの評判の高まりとともに、各国の公衆衛生関係の機関により実施されるマラリア制御プログラムは、DDTによるマラリア根絶計画になだれをうって集中していった。・・・これらの活動は、マラリアの本質の理解やDDTの効果的な使用法への注意をやや欠いたままDDTの評価を決定的なものにした。・・・DDTはマラリアから何百万人もの命を救った。1955年には世界保健機関(WHO)が、DDTをマラリア根絶プロジェクトの中心に据えていた。[p.53]」
・「1957年には、米国農務省がマイマイガの森林における『根絶作戦』に乗りだした。これは大量スプレイ計画といわれたものである。森林害虫マイマイガの春から夏に現れる幼虫による森林の破壊は長く悩みの種であった。・・・地方行政関連の専門家は農薬の急性毒性のみに関心があり、野生動物やヒトへの慢性毒性、昆虫のDDTに対する耐性獲得にまで関心が及んでいなかったことが背景にあった。[p.57]」
・「1962年にレイチェル・カーソンの『沈黙の春』が出版されると、市民のDDTに対する見方は短期間のうちに一変した。すでに多くの市民が、大量のDDT散布による自然環境の異変にある程度まで気がついていたという素因もある。一方、科学者の大方はまだ、傍観者の姿勢をとっていた。[p.71]」、「大量散布されたDDTが動物の体内に食物連鎖により生物濃縮される様相を『沈黙の春』が伝えたことで、市民はますます、身近にその危険を感じ取ることになった。[p.76]」
・「ケネディ大統領が『沈黙の春』への関心の高まりを受けて調査を指示」、「このケネディレポートは、・・・DDTのような残留性の高い殺虫剤の段階的廃止と、そのリスクを最小にすることを国に求めた」[p.86
・「1972年には、殺虫・殺菌・殺鼠剤規制法の大幅な改正がおこなわれ、EPA長官がDDTの使用禁止を言明した[p.88]」。
・「1970年から1990年代前半までは、・・・環境運動の盛り上がりとともに生態系のDDTリスクが過大に見積もられていたというのが現在の評価である。・・・世界各地でのDDTの入手が不可能になった結果、南部アフリカを中心としたマラリアの感染被害の拡大は置き去りにされてしまった。2006年9月になってWHOは、アフリカや東南アジアにおけるマラリア対策の大きな変更を求め、DDTの再使用を認めて『マラリアをなくすために、DDTの室内残留噴霧を奨励する』と発表した。これは、DDTのリスクを慎重に管理しながら、ベネフィットを活かそうとする地球規模の試みであった[p.101]」。

ナノブーム
・「ナノブームは、DDTブームとはあきらかに異なる様相を呈している。・・・ナノテクノロジーに向かう科学者たちの多くは、研究が基礎段階にあって市場化ははるか先であることを十分承知していた。にもかかわらず社会的なブームが起きたのだが、それはまったくの見込みに依拠するブーム、むしろ『バブル』に近いものであったといえる。その過程にはフィクションと真実が混在していた。[p.108]」
・「現代は、世界各国がイノベーションを目指して研究開発で競い合う時代である。各国政府が科学技術政策に集中的に税金を投入していることもそれを裏付けている。しかし、科学技術政策の規模が大きくなればなるほど、各国政府は、納税者である市民とメディアの支持をとりつける必要がある。そのために、専門家や官僚の中でも『推進派』である一群の人々によって、新しいテクノロジーが現状を打開して将来大きな夢をかなえるという宣伝が行われ、ブームを盛り上げていく。これが科学技術政策とともに生まれるブームの典型的なパターンである。[p.109]」
・「歴史を振り返ると、私たちは新興テクノロジーの社会的および経済的影響を予想することの難しさをすでに経験している。・・・今日の社会は、科学技術の推進の帰結を予測できない。仮に近い将来普及する技術や既存の技術の代替となる技術を具体的に予測できたとしたら、現在の社会はそれらに集中し、すばやく実現したうえで、その先まで進んでしまう力を持っている。そのため、半世紀先の予測はあまり意味がないのである。[p.114]」
・「経済がひっ迫する昨今では、国も公的資金により助成するプロジェクトの選択と集中を強く迫られている。商用化までに何十年もの歳月がかかる研究開発に関しては、個々の企業にはもはやそれを支える余裕がないだけに、政府資金が一層重要な意味をもつようになっている。この『選択と集中』によって投資のリスクがますます膨れ上がっていることを考えれば、世紀の変わり目にアメリカが先陣を切って賭けにでたナノテクノロジーに乗ってみようという流れができていったのも不思議はなかった。[p.115]」
・「科学研究はここ50年、コストが急激に膨張している。実験科学者に高い知的好奇心や豊かなアイディアがあっても、もはや高価な機器や試料、最新の情報を即座に手にいれることができなければ、その研究に取り掛かることができない時代であるからだ。・・・論文の被引用数が影響力と同一視されるシステムの中では、皆で『勝ち馬に乗る』ことが評価点を高めるうえで有利に働くという、価値評価上の錯誤が生じてしまう。[p.116-117]」
・「2000年1月に、クリントン大統領はナノテクノロジーの輝かしい未来をアメリカ国民に約束すると、テレビを通して伝えた。それは従来にない新しい技術であり、経済成長と雇用に結び付くとクリントンは説いた。翌2001年、ナノテクノロジーに関するアメリカ政府の戦略の中枢は『国家ナノテクノロジー戦略推進(NNI)と銘打たれ、中央集権型組織として設立された。・・・そこからブームと呼ぶべき現象が盛り上がってきたのである。[p.123-124
・「ナノテクノロジーの定義はわかりにくく曖昧で、それは誰もがナノブームの分け前に与るという意味で好都合なことでもあった。[p.159]」
・「その実用化への道のりは遠く、・・・ナノブームは2005年ごろから冷めていった。日本においては期待されたカーボンナノチューブへの熱が冷め、後にアスベスト様のリスクも懸念されたため、メディアが一斉に消極的になりはじめた時期に近い。世界的なナノブームの後半は目の前の経済効果を期待するビジネス界が中心となって煽ったもので、経済効果が上がりそうもないとなると、ブームが静まるのは当然であった。[p.189]」
・「日本のナノブームは、まず政府主導で経済効果への期待を膨らませたメディア型ハイテクナノブームがあり、それに続いて『ナノ』の名称をつけた製品が市場にあふれる現象だった。しかし、このような科学的根拠のないナノ製品の氾濫は、時間の経過とともに大衆のナノテクに対する期待を失望に変え、ナノ推進派の科学者は研究資金が抑制されることへの危機感を抱くようになった。[p.216]」、「欧米では、このようなナノ商品は文献上ほとんど知られていないという。[p.215]」

科学者の対応
・科学者が傍観してしまう理由[p.80-81
1、「所属する組織に気兼ねする場合」
2、「不確実性の高い科学ゆえにはっきりものが言えない場合」。「盤石でない事実をここまで語ってよいものかという迷い」。
・「専門家たちの行動が指導力の高い政治家の決断にすこぶる左右されやすいことが見てとれる。そのうえ、新しい科学的証拠が次々発表され、科学の確実性が高まっていくと、専門家は前向きに行動し発言するようになる[p.87]」

まとめ
・「現代人の果てしない欲望、高まるニーズ、想定される多様なリスクなどに即応して、商品が次々と市場に送り出される。商品の背後に本物の革新的なテクノロジーがある場合ももちろんあるが、一方で特段の科学的根拠があるかどうか疑わしい商品が、ある時、突然のようにブームになる場合がある。このような科学ブームは、一見偶発的なように見えても、商品を市場に大量に送りだしたい企業と消費者の役割を担う市民の間の、ある種の親和的関係を土台にしている。また、自治体や国が支援するテクノロジーも科学ブームを巻き起こす場合がある。・・・こうした政策主導のブームの核心には、経済効果を生みだすはずの新興テクノロジーへの期待感がある」。「ブームの構造を支える要素は多彩であるが、科学ブームの構造をその拡大過程と終息過程に分けてみると、全体の輪郭が比較的わかりやすくなる。本書で見た2つのブームの拡大過程には、ブームの構造を支える複数のアクターがそれぞれ自身に都合のよい神話をテクノロジーのイメージに取り込みながら、位相を揃えて短期的な経済効果を求めていく。ブームの終息過程には科学の不確実性に起因する課題が浮上してきて、それをめぐるアクター間の対立や離反が見えてくる」。「科学は本質的に、不確実な要素を必ず内包しているものである。したがって、いずれ不確実性が広く顕在化することは必然であり、不確実性を科学技術の展望から除外したり隠すことでブームを永らえさせようとすることが、歴史的に見ればいかに虚しい試みであるか、ブームが不安定化し神話が崩壊した過程をつぶさにふり返ってきた本書の読者には明らかであろう。」[p.243-244
DDTブームは、「生態学の分野に新しい重要な研究領域を生みだした。」「その後のDDT論争はリスク学という新たな学問領域を生みだし、また、一方で環境思想を広めた。」産業界も「表向きはカーソンを非難しつつも、残留性の低い農薬の研究開発を始めていた」。「ナノブームの終焉後も、・・・ナノ材料を利用する形で実用化の動きはじわじわと拡がっている。」「ナノテクから分岐しバイオテクノロジーと融合したナノバイオ領域は、・・・近年その研究開発が勢いよく進んでいる。」「欧米ではナノテクをめぐる倫理学、哲学などのディシプリンの存在感も大きくなっている。」「ブームは結果として専門家コミュニティにとって刺激的な外的因子として働き、科学の世界の内的な進捗を促したといえるだろう。」[p.245-246
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科学技術の変化の過程からは様々なことを学ぶことができます。本書は科学における「ブーム」に焦点を当てて、そのメカニズムや背景を分析することによって、ブームから学ぶべきことを示している点が特に重要だと思いますが、企業人の立場からすると、「ブーム」が発生した時に、そのブームに乗れる状況にいればブームから距離を置いて傍観することは非常に困難です。本書の分析によれば、ブームと短期的な経済的利益は深い関係がありそうですので、短期的利益を無視することのできない企業としては、ブームに関わらざるを得ないのはいたしかたないと思いますが、ブームに巻き込まれることはどういうことなのか、その中で、いずれ終息するだろうブームから何を学ぼうとするかを考えておくことは非常に意義深いことなのではないかと思います。

本書を読んで、「科学ブーム」のメカニズムを一言で言うなら「やり過ぎ」ということなのではないかと感じました。DDTも使いすぎ、ナノテクも投資しすぎ、新技術に期待しすぎ、信用し過ぎ、急ぎ過ぎ、集中し過ぎ・・・、従っていずれは「過剰」が明らかになる、それが「ブーム」ということかもしれないと思いました。しかし、残念ながら、どのポイントを過ぎれば過剰なのかを事前に知ることは困難です。最適点を知るためには、その点を通り過ぎてみないとわからないのが普通でしょう。「ブーム」から学ぶ、ということは、すなわち最適点を通り過ぎてはじめてわかることから学ぶ、ということであり、そうすることによって、「最適」がより明確になる、ということなのではないかと思います。そうであれば、「ブーム」とは科学的活動の本質と不可分のものなのかもしれません。

本書では、「ブーム」から学ぶことについての専門家コミュニティの重要性を指摘しています。企業の研究者も、ブームに乗って利益を得ようとすることだけでなく、専門家コミュニティの一員としての自覚を持つべきだということは、本書からまず学ぶべきことのひとつだと思います。加えて興味深いのが、科学ブームの分析からは科学的知見だけでなく、研究マネジメントの知見も数多く得られるのではないかという点です(例えば、著者はナノブームにおける研究費集中配分の問題、経済性への期待の問題、成果評価の問題、目的志向と実用化の問題、連携の問題などを指摘しています)。「ブーム」というのは度の過ぎた一種の実験だと考えると、そこから学び、次に活かすことができるかどうかが、企業にとっても社会にとっても重要なことなのではないか、という気がします。


文献1:五島綾子、「<科学ブーム>の構造 科学技術が神話を生みだすとき」、みすず書房、2014.

参考リンク<2015.4.5追加>



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