研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2015年02月

協力とフリーライダーと罰(大槻久著「協力と罰の生物学」より)

研究開発に限らず、組織の行動において協力は不可欠です。しかし、いつもうまく協力ができるとは限りません。協力の何が難しいのか、どうしたら協力をうまく引き出せるのか、協力は命令すればできるものなのかなど、協力のマネジメントは組織運営にとって重要なはずですが、その方法論は明確にはなっていないように思います。

本ブログでも協力の問題は何回か取り上げましたが(「不機嫌な職場」「利他学」「働かないアリに意義がある」利他性と協力)、今回は大槻久著、「協力と罰の生物学」[文献1]を取り上げます。この本では、協力行動自体の議論に加えて、進化の観点から見た協力行動、協力的環境で発生するフリーライダーと罰の問題が議論されている点が特徴的だと思いますので、以下、その中の興味深い点をまとめたいと思います。

自然界にあふれる協力のすがた
・「協力とは、ある個体が他の個体に対して利益を与えることをいいます。[p.3]」
・協力の種類:共生(異種の生物が協力し合う)、利他行動(自分の子の数を犠牲にして行う協力)、相利行動(協力行為が自分の利益にもなる)[p.21-22
・「生物の世界では、他者に利益を与える『協力』が、さまざまなところで行われている。[p.21]」

なぜ「ずるいやつら」ははびこらないのか
・フリーライダー(free-rider):「自らは協力をせず、協力の利益を搾取する個体のこと[p.41]」。「フリーライダーは周囲に協力をさせておきながら、自分は協力をせずに、その分のエネルギーや時間を繁殖に振り向けるので、協力する個体はその繁殖スピードに追いつけず、最終的に協力というシステムが破壊される原因となります。[p.29]」
・「にもかかわらず、自然界ではさまざまなところにフリーライダーが存在する。[p.41]」

協力の進化を説明せよ!
・「協力の進化はシンプルな自然淘汰説だけでは説明が困難です。なぜなら、協力的なシステムには、常にフリーライダーがつけ入る隙が存在するからです。[p.44]」
・群淘汰説(ウィン=エドワーズ):「有利な群れこそが生き残るはず[p.45]」。しかし、「いくら群れの利益になったとしても、自分の利益にはならない行動は進化できず、協力の進化を説明するためには、群淘汰ではない別の理論が必要(ウィリアムズ)[p.45-46]」。
・血縁淘汰理論(ハミルトン):「血縁者の間ならば協力行動が進化できる[p.47]」。協力は、「血縁関係を通して少しでも多く自分の遺伝子を残そうとする試みである、と説明することができる。[p.48]」
・直接互恵性理論(トリヴァーズ):「協力をした側は繁殖・生存上のコスト(負担)を負ってしまうものの、後で相手から協力をし返してもらえばそのコストを埋め合わせることができて、協力行動が進化する[p.49]」。この理論の示唆は、1)血縁と関係としない、2)「直接互恵性で進化する協力行動というのは、助ける側にとってはそれほどの負担にはならないものの、助けられた側にとっては大きな利益となるようなものでなければならない」、3)「フリーライダーに対する警戒心の進化を予測した」。「ヒトは自然淘汰を通して、裏切りを鋭く検知する能力を身につけたはずだと予測します」[p.49-50]。
・「協力の進化モデルとして最も有名な『囚人のジレンマゲーム』[p.50]」は、「裏切り、すなわちフリーライダーになる魅力と、互いが協力してもたらされるよい結果が決して両立しないことを教えてくれます。そして、個々が自らの利益を最大化しようとすると、協力が達成できないことを教えてくれる[p.53]」。囚人のジレンマのゲームで最も効果的なのは、「しっぺ返し戦略」(協力されたら協力し返すが、裏切られたら裏切り返す)。しっぺ返し戦略では、「相手がフリーライダーとみたら、断固として協力をやめるのです。・・・トリヴァーズの理論とともに、アクセルロッドとハミルトンの研究は、『もちつもたれつ』の達成のためにはいかにフリーライダーを検知し、協力を拒絶することが大切かを示しています。[p.55]」
・間接互恵性理論(アレキサンダー):「自分の評判などを通じて過去にした手助けが間接的に第三者から返ってくるメカニズム」。「アレキサンダーは、ヒトのもつ道徳性をこの間接互恵性として理解しようとしました。つまり、見知らぬ人を助けるのは、第三者からのお返しが期待できるからだ、という説明です[p.56]」。ただし、「間接互恵性の理論は、個々の行動の動機について説明するものではありませんし、その善悪判断をするものでもありません。あくまで、ヒトの祖先の環境(たとえば石器時代)においては、他者を手助けすると見返りが得られることが多かったはずだ、だから他者を助ける行動が自然淘汰で有利だったはずだ、という論理を述べているにすぎない[p.58]」。

自然界には罰がいっぱい
・「互恵性の理論から我々が学べることは、フリーライダーに対してはそれを検知するメカニズムが必要であること、そして、そのようなフリーライダーには協力しないなどの報復が必要であることの2点です。[p.60]」
・利己的な遺伝子:「生物の進化においては、個体だけでなく遺伝子までもが、自分のコピーを次世代に残すための巧みな方策をとっていることがわかります。まるで遺伝子が利己的に振る舞っているようにも見えるので、これを称して『利己的な遺伝子』とよびます。[p.64]」
・「フリーライダーによる協力の利益のただ乗りを防ぐ方法として、罰がある」。「生物の世界での罰は、相手を殺したり、追っ払ったり、仲間はずれにしたり、とさまざまな形をとる。」[p.75
・懲罰(punishment)と制裁(sanction):「懲罰というのは、・・・協力的に振る舞わなかった相手を懲らしめることで、次回から協力を引き出そうとする行動を指します。行ってみれば『反省』を期待したやり方です」。「自然界ではよく『相手を殺す』という懲らしめ方がとられます。これは制裁に対応します。」「フリーライダーを殺して、付き合いを強制的に終了させ、自らの協力が搾取されるのを止めるという働きがあります。」[p.75-76

ヒトはけっこう罰が好き?
・「単なる論理学の問題を、社会の文脈を与えることで『裏切り者検知』の問題へと置き換え」ると、正解率が上がる。「この実験結果は、ヒトが裏切り者検知の問題が得意であることを示している」(コスミデスによる実験)。[p.85
・「間接互恵性の理論は、『ヒトが協力的に振る舞うのは、自分の行動が他人に観察されている時である』と予測します」。写真の視線でも同じ反応をしてしまう(ベイトソンによる実験)[p.86-87]。
・「『協力しないと罰を受ける』という強い恐れがある場合、協力的に振る舞う」ので協力率は上昇する。[p.92
・「罰のコストを払わない人は、『二次のフリーライダー』とよばれます。[p.93]」
・他者に罰を与えることの利益:「罰を受けた個体が、その後協力的になる」ことに加え、「自分の厳格さに関する評判を広められる」利益がある[p.94]。
・ヒトは、「他者からの罰を警戒し、協力率を上げてしまう傾向」と「罰を与えてもその人自身にとって何の利益にもならないことをわかっているにもかかわらず、他者を罰してしまう傾向」(利他的罰)を持っている[p.96]」。
・「感情は、もともとは状況に対して即座に反応するための適応と考えられます。・・・理性的に判断した場合には損であっても、感情という回路が我々に利他的罰をとらせるのかもしれません[p.98]」。「罰を与えたときには、快感を引き起こす神経回路が活性化していた・・・。・・・ある行動に『快』の情動が伴っているということは、その行動をとることが進化の過程において有利であった有力な証拠です」。[p.104
・「罰の度合いには社会間で差がある[p.99]」。協力的な人への罰(非社会的罰)もある[p.100]。「集団主義的な社会では、他者との協調や団結が重視されます。集団主義的社会においては、『協力しすぎる人』は『協力しない人』と同じように、集団の和を乱す存在と考えられる可能性があります。実際、・・・集団主義社会のほうで、より強い非社会的罰が生じていました。[p.101]」
・「罰の代わりに報酬を用いても、協力は達成できた」。「報酬あるいは、罰のいずれかの機会があると、人はより協力的に振る舞うようになる」、「そして、報酬と罰が同時にある場合には、実際の報酬の回数が多いほど協力率は上昇するのですが、実際に罰が何回行われたかということは協力率の上昇には貢献しないのです。つまり、人は報酬という正の動機と罰という負の動機が混在するときには、正の動機に対してのみ反応し、負の動機には反応しないのです。この結果は、罰がいつも万能であるとは限らないことを示しています。[p.106-107]」
・「『報酬を与える人』は評価されるのだけれど、『罰を与える人』は特に評価はされないらしい」[p.107]。
・制度化された罰:習慣や道徳などの暗黙のルールに基づく個人レベルの罰の他に、「多くの社会には、罰の制度が法という形で存在しています」。コストがかかるにもかかわらず人が罰を制度化してきた理由としては、罰の効率の上昇と、二次のフリーライダーの排除効率が優れていることが考えられる。[p.109-111

ヒトと罰、その未来
・相手との関係を断ち切ってしまうような罰は、「自分の協力相手を選べる場合によく起こります」。相手の改心を狙って与える罰は、「相手に学習能力があるときに起こりやすいものです。また、パートナーを変えることがそれほど簡単でない場合にも、起こりやすいと言えます」。[p.113
・「罰は協力を促進するという点では効果的ですが、罰にかかるエネルギーや時間などは相当なものです。・・・罰は、もともと個体間の協力を促し、それによってそれぞれの個体が、独立に生きていくよりも高い効率を得ることが目的なので、罰自体がとても非効率ならば、そうやって得られた協力の価値というものは半減してしまうのです。[p.114]」
・「フリーライダーの出現はなかなか避けられず、むしろよくあることなのではないかと私は思っています。ですから、次善の策として、フリーライダーの出現に備えて罰をもっておくことは、協力というシステムを保つためのよい対策であると考えられます。しかし、この罰がしょっちゅう行使されているようでは、罰の非効率性が、協力することの利益に勝ってしまいます。・・・罰という制度を誰から見ても納得のいく公平なものとして設計し、その抑止効果をうまく利用して協力を達成することが、罰の優れた使い方なのではないかと思います。[p.115]」
―――

協力に限らず、人の行動を予測し、他者に自分の望みの行動をしてもらうためには、人がどのように考え、感じ、行動するかの傾向を知っておくことは重要でしょう。その時、単に経験から学ぶだけでなく、人はなぜある傾向を持つのかという視点で考えることも必要ではないかと思います。進化の観点は、このような「なぜ」についてのヒントを与えてくれるアプローチとして実践的にも役に立つのではないでしょうか。

本書の指摘の重要な点のひとつは、協力行動があるところにはフリーライダーの出現は避けられず、フリーライダーによる悪影響を抑止しようと思えば罰は不可欠であり、人は協力維持のために罰を用いることを進化の過程で身につけている、というところではないでしょうか。もちろん、人間には理性がありますので、進化によって身につけた本能だけに基づいて行動を決めるわけではありませんが、本能の影響を完全に排除できないことは本ブログでもたびたび取り上げてきました(例えば、「ファスト&スロー」など)。そう考えると、理性だけに頼ったマネジメントではなく、ヒトの本能を考慮したマネジメントも求められているのだと思います。

具体的に企業活動における協力の姿を考えてみると、人々が力を合わせて何かを実行するという協力の他に、ある人が別の人に指示や依頼をして労働の提供を受けるということも協力と考えていいのではないかと思います。例えば給料と労働の交換のような契約に基づくものであっても、「ある個体が他の個体に対して利益を与えること」という本書の協力の定義は満たしていることになるでしょう。つまり、企業内での人の活動の大部分は何らかの形で「協力」と関わっているといえるのではないかと思います。

協力におけるフリーライダーの発生が不可避だとして、では、企業におけるフリーライダーはどんな人なのでしょうか。協力しない(必要な仕事の分担をこなさない)人はもちろんフリーライダーですが、協力関係を壊す人(にもかかわらず報酬を得る人)、企業内に構築されている協力システムを使って不当に多くの利益を得ている利己的な人もフリーライダーと言ってよいのではないでしょうか。おそらくどんな企業にもそうしたフリーライダーはいるでしょう。そして、企業が好調なうちは、フリーライダーはその数を増やしていくはずです。しかし、フリーライダーが増えるに従い、仲間の中にフリーライダーを罰したいという感情が蓄積します。そしてある時、実際に協力関係が壊れて収益性に悪影響を及ぼすようになるかもしれません。そうして企業が寿命を迎える・・・。そんな場合もあるように思えてきます。

もちろん、企業の不調をすべてフリーライダーのせいにするわけにはいきませんが、マネジメントにおいてフリーライダーに注意を払う必要があることは間違いないでしょう。本書を参考にすると、フリーライダーと罰の問題に関して、以下のようなマネジメント上の注意点が挙げられると思います。
・フリーライダーはどこにでもいるはずです。従業員に注意を向けることももちろん必要でしょうが、マネジャーにもフリーライダーはいるかもしれません。直接互恵関係が成り立ちにくい過剰な協力を求めるマネジャーはいないでしょうか。高位のマネジャーや経営層の高待遇については、それにメリットがあるとする考え方もありますが、フリーライダーではないといい切れるでしょうか。過剰な利益を得ることに対する罰の制度は機能しているでしょうか。もしそれが機能していないとすると、協力している人のフリーライダーを罰したいという感情が、罰のコストを増やしてしまうことにもなりかねないでしょう。
・フリーライダーを罰するシステムはうまく設計されているでしょうか。その罰は、反省を促すことを意図したものか、関係を断ち切ることを意図したものか、どちらでしょうか。頻繁な罰は協力率の向上には寄与しない可能性があります。罰と報酬の関係は適正でしょうか。
・成果の評価システムは、利己的なフリーライダーを高く評価するような偏ったものになっていないでしょうか。個々の利益を最大化すると協力は達成できない可能性があることは認識されているでしょうか。
・本能的に罰に積極的な人、罰の力によって他者を自らに協力させようとする人もいるかもしれません。罰を加える人は周囲から評価されない傾向を認識しているでしょうか。
・組織に非社会的罰は存在しているでしょうか。組織の和を重視することで発生する非社会的罰は、かえって協力を抑制しているかもしれません。

このように考えると、フリーライダーと罰をめぐる問題は、科学の話題にとどまらず、生物としての人間のマネジメントの問題に深く関わっているように思われ、非常に興味深く感じます。


文献1:大槻久、「協力と罰の生物学」、岩波書店、2014.

参考リンク<2015.4.5追加>



「資本家のジレンマ」(クリステンセン、ビーバー著)より

既存企業は革新的なイノベーションが苦手、ということはChristensenの「イノベーションのジレンマ」での指摘で広く知られるようになったと言っていいでしょう。一方、近年では企業が利益を上げてもそれが雇用に結びつかない傾向も指摘されています(例えば、アメリカ企業の例が「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)で述べられています)。既存企業はイノベーションが苦手なせいで雇用を生みだすことができていないのか、それとも、イノベーションへの投資自体を渋るようになっているのかは興味のあるところです。

クリステンセン、ビーバーによる論文、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」[文献1]では、なぜ既存企業はイノベーションへの投資を渋る傾向があるのか、という問題が取り上げられています。述べられている内容はひとつの仮説と理解すべきものでしょうが、研究者にとっても投資を得やすくするために知っておいて損のないことが書かれている気がしましたので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。

状況認識
・「2008年に景気が後退して以降、世界経済の回復の足取りは鈍い。」
・「金利が歴史的な低水準にあるにもかかわらず、企業が多額のキャッシュを溜め込み、成長に寄与しそうなイノベーションへの投資を怠る、という現象も見受けられる。」
・「幸いにも筆者たちは、経営者やマネジャーがなぜ、リスクを伴いそうなイノベーションの追求に尻込みし、手をこまねいているのか、その理由を探り当てることができた。」
・「問題の革新は、イノベーションの種類ごとに経済(そして企業)に及ぼす影響が大きく異なるにもかかわらず、投資可否を評価するに当たっては、共通の、しかも欠点のある尺度を用いている点にある。より具体的には、金融市場と個別企業は、雇用を創造するイノベーションよりも、雇用減につながるイノベーションに高評価を与える評価尺度を使っているのである。なぜこの種の尺度に頼るのかといえば、資本は『稀少な資源』(経済学者ジョージ・ギルダーによる表現)であるから何としてでも温存すべきだ、という時代遅れの前提を置いているからである。」

イノベーションの3形態(成長に及ぼす作用の違いによる分類)
・業績向上型イノベーション:「よりよい新製品を創造して旧来の製品を駆逐する。新製品を購入する顧客は一般に旧来製品の購入を止めるため、この種のイノベーションが引き起こすのは代替であり、通常は新規雇用の創出効果は小さい」。クリステンセンらは、「業績向上型イノベーションを持続的イノベーションとして扱い、高業績を保つ既存企業は皆、持続的イノベーションを安定的に繰り返すことに重点を置いたリソース配分を行う、と指摘している」。
・効率向上型イノベーション:「市場に定着して久しい成熟製品を低価格で製造し、従来と同じ顧客層に販売するうえで寄与する。いわゆるローエンド型破壊は効率向上型イノベーションの一種であり、新しいビジネスモデルの創造を伴う。・・・効率向上型イノベーションは2つの重要な役割を果たす。第一の役割である生産性向上は、競争力の維持に不可欠だが、雇用減少という痛みを伴う副作用がある。第二の役割として、資本をより生産的な用途に振り向けることを可能にする。」
・市場開拓型イノベーション:「複雑な製品や高コストの製品を大胆に革新し、新しい顧客層や市場を開拓する。・・・『専門技能を持った顧客や資金力のある顧客しか購入できない製品やサービスに関しては、市場開拓機会があると考えてまず間違いない』と述べてかまわないだろう。市場開拓型イノベーションには2つの重要な要素がある。一つは、生産量の拡大に伴って単位当たりのコストの低減を可能にする技術である。もう一つは、非顧客層(従来製品に手の届かなかった層など)を取り込むための新しいビジネスモデルである。効率向上型イノベーションに、非顧客層を取り込むよう適切な方向付けを行うと、市場開拓型イノベーションへと変質する、と考えればよい。・・・市場開拓型イノベーションを実践する企業は一般に、社内に新たな雇用を生み出す。・・・コストの低減を可能にする技術と、顧客層をとことん広げて新しい顧客に奉仕しようという野心。この2つが結びつくと革命的な作用が起きる可能性がある。・・・市場拡大型イノベーションには成長資金が欠かせず、時には巨額が必要となるが、多数の雇用創出という意図せざる好ましい副産物がある。」

なぜ企業は、雇用創造に寄与する市場開拓型イノベーションではなく、雇用削減につながる効率向上型イノベーションを、主な投資対象とするのか
・「稀少な資源の管理には細心の注意を払うべきだが、資本はもはや稀少ではない。・・・資本はあふれ返っているのだ」。にもかかわらず、「資本家は資本の効率を崇め奉るよう教育されているため、収益性を絶対値ではなく、RONA(純資産利益率)、ROIC(投下資本利益率)、IRR(内部収益率)などの比率で測るようになった。・・・RONAROICを向上させるには、当然ながら分子の利益を増やせばよかった。しかし、それが難しそうだったら、アウトソーシングの増加や資産の圧縮などによって分母を小さくすることに重点を置けばよい。・・・同様にIRRを押し上げるには、増益を通して分子を大きくするか、収益が実現するまでの期間を短縮して分母を小さくすればよい。投資回収期間の短いプロジェクトだけに案件を絞れば、IRRは向上するのである。これらの事情により、市場開拓型イノベーションの投資妙味が小さくなっている。一般に、効率向上型の投資回収期間が1~2年であるのに対して、市場開拓型では5年ないし10年を要する。・・・RONAROICIRRなどを基に投資案件を評価すると、どこからどう見ても、効率向上型のほうが常に魅力的に映るのだ」。「こうして、効率向上型イノベーションが最優先の選択肢、何もしないのが次善の策となり、成長や雇用創出に有効なイノベーションへの投資は、3番手に甘んじている。」
・「高収益と高成長が見込まれる新興市場での事業機会にリソースが回らず、既存顧客に重点を置いた予測可能性の高い投資案件が好まれる・・・。この状況は、たとえ競争が熾烈であっても、既存市場で少しでも市場シェアの獲得を目指すほうが容易に見える、という逆説を引き起こす。
・「こうして資本家のジレンマが生じる。つまり、投資判断ツールに従うなら、大多数の投資家にとっては長期的な繁栄につながる行いはすべきではないことになるのだ。資本収益率の最大化を目指していながら、狙いとは逆の結果を生んでしまう。」
・「もはや資本を節約すべきではない。資本は潤沢でコストも低いのだから、退蔵せずに活用すべきである。企業のリソース配分プロセスは、経済と資本市場の新たな現実を反映していない可能性が高い。ハードル・レート(必要とされる最低限の利回り)は絶対的なものではなく、資本コストの変化に合わせて変えればよいし、変えるべきである。」

探究に値する4つの解決策の提案
・「この問題に簡単な解があるかというとそうではない。探究に値する4つの解決策」は次のとおり。
1、資本の目的を修正する:「今日では資本のほとんどは『放浪者タイプ(migratory)』である。・・・何かに投下された後、できるだけ多くの追加資本を手にしてそこから脱出したいと願う。これとは別に、リスクを嫌う『臆病者タイプ(timid)』の資本もある。・・・失敗しそうな案件に投資するよりは温存しておいたほうがよい、というわけである。さらには、いったん企業に投じられたなら、いつまでもそこに留まっていたい、『冒険者タイプ(enterprise)』の資本もある。資本家のジレンマを解消するには、必然的に放浪者タイプと臆病者タイプの資本を『説得』して、冒険者タイプへと転換してもらうことになる。」
2、ビジネス・スクール改革:「資本家のジレンマを生み出した原因のかなりの部分は、HBSを含む一流ビジネス・スクールにある。・・・よく言えば表層的、悪く言えば有害な成功指標を開発してきた。大半のビジネス・スクールでは、ファイナンスを独立科目として教えている。戦略論も同様である。戦略はあたかも、資金調達や財務管理などとは無関係に立案、実行できるかのように扱われているのだ。ところが現実には、ファイナンスの論理をかざせばいつでも戦略上の至上命題を打ち破り、戦略を葬り去ることができる。これを防ぐには、企業の投資判断に対して各分野が最大限の貢献を果たすよう、手法やモデルを開発するほかない。・・・ビジネス・スクールでは、リソース配分プロセスの機微をまったく取り上げない例も多い。・・・成長可能性の高い長期投資の機会をうかがわせる状況は、どう見分ければよいのだろう。新規市場を対象とした投資案件を評価するには、将来キャッシュフローの予測の代わりに何を用いればよいのか。未開拓の顧客層の業務を支援するために、イノベーション機会を見つけて推進するには、どういった方法があるのか。IRRNPV(正味現在価値)など従来からの評価指標は、どのような場合に最も適し、どのような場合にやっかいを引き起こすのか・・・。企業の各職能は互いに依存関係にあるため、ビジネス・スクールの講義にもそれを反映させるべきである。」
3、戦略とリソース配分のベクトルをそろえる:例えば、「事業機会の評価にはリスク調整後の資本コストを用いる」とか、「R&D支出をガラス張りにする」、「イノベーション案件とそれによる事業成長見通しを分析するために、リーダー向けの社内ツールを用意すること」など。
4、マネジメントの自由度を高める:「出発点としては、表計算ソフトを、戦略上の意思決定を下すための有用なツールとして活かしながらも、意思決定を肩代わりさせるのは避けるのがよいだろう。・・・問題は、これら指標をどう理解、応用するかである。ピーター・ドラッカーやセオドア・レビットはかつて何十年にもわたり、『事業領域を製品や標準産業分類によって分けるのをやめ、事業の核心は顧客の創造にあることを思い起こすように』と説き続けたが、私たちは当時と比べてむしろ退化してしまった。」
―――


研究開発に限らず、投資判断は何らかの根拠に基づいて行われるのが普通でしょう。投資がどのように決定されるかはそれぞれの企業によって異なるでしょうが、多くの投資案件を抱えてその優先順位づけをしなければならない場合には、将来の収益見通しや投資とのバランスが数値化されて考慮されることが多いのではないでしょうか。しかし、判断の根拠としてその数値を採用することの妥当性はあまり問われることはないと思います(それを決定するのは経営者の仕事かもしれませんが)。資本コストが下がっている近年の状況においては、従来の評価のための数値が適正なものではない、という著者らの主張は、なるほどもっともだと思います。

適正でない数値なら改めればよい、はずなのですが、そう簡単ではないようです。人間には現状維持バイアスや損失回避バイアスがありますし、数値の持つ分かりやすさは、恣意的な判断を防ぐ歯止めとしても重要でしょう。ただし、経営判断を「省力化」するための手段として数値が使われているのだとすれば、まずはその点を反省しなければならないと思います。

著者らも述べているように、「資本家のジレンマ」を解決するための簡単な方法はまだないようです。研究開発の実務家の立場からは、まずは、投資に積極的になれない要因をよく理解し、その中で、なるべく投資してもらいやすい環境を作ることが重要だと思います。本論文から得られる示唆を、投資を受ける研究実務家の立場から整理すると以下のようになると思います。
資本家のジレンマの問題点
・リスクのある不確実なプロジェクトへの投資に消極的になってしまう。
・短期的な結果を重視しすぎる。
・評価軸が画一化され、ポートフォリオの発想が失われる。
このように理解すると、以下の対応策が思いつきます。これは投資家のジレンマを解決する方法とは言えませんが、投資家のジレンマがあることを前提として、少しでも事態を改善することにはつながるのではないでしょうか。
・うまくいかないリスクおよび、うまくいく可能性をなるべく定量化し、さらに、リスクを減らすことを考える。少なくとも、リスクを考慮対象とすることは必要でしょう。リスクの低減に寄与する研究開発の意義を強調することもよいかもしれません。
・リスクとして、何もしないことにで発生するリスクも評価する。
・なるべく小さい投資で多くのことを学ぶ(リスクおよびリターンの予測の精度を上げる)計画とする。進捗評価による計画見直しを前提として、その頻度を上げてもよいかもしれません。
・段階的投資、リアルオプション(「世界の経営学者はいま何を考えているのか」りあ記事で紹介しました(第12章))の考え方に基づく計画とする。
・研究プロジェクトのポートフォリオを考える。短期か長期か、リスクの高さ、リターンの大きさ、投資の大きさなど、さまざまな因子でプロジェクトを評価し、ポートフォリオに基づいた投資を行う。

こう考えると、研究開発行為によって情報を得て、リスクやリターンの予測の精度を上げること自体が、投資の獲得に寄与するのではないかと思えます。投資をした結果として設備が残るならまだ理解されやすいかもしれませんが、研究への投資から得られるのは情報という無形の資産が主だとなると、資本の無駄遣いという印象を与えてしまうかもしれません。それが原因でいよいよ投資意欲を殺いでしまう可能性もあると思います。投資に見合う無形資産を蓄積すること、その資産をうまく活用し経営者の先入観を変えさせることが、研究に対する投資の獲得に有効だと思うのですが、いかがでしょうか。


文献1:Clayton M. Christensen, Derek van Bever、クレイトン・M・クリステンセン、デレク・バン・ビーバー著、有賀裕子訳、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」、Diamond Harvard Business Review, December 2014, p.24.
原著:The Capitalist’s Dilemma, Harvard Business Review, June 2014.

参考リンク



研究マネジメント・トピックス目次(2015.2.8版)

このブログの「研究マネジメント・トピックス」というカテゴリでは、「ノート」には入れられなかった研究マネジメントに関する話題について、本や記事の引用をベースに書いています。ここでは表題とリンクをリストにし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割して別ページにしています。それぞれリンクの接続確認、気付いた新たなリンク追加も行なっています。
要約入り目次はこちら:その1その2

その1
研究・イノベーション総論についてのトピックス
「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想2011.2.20)、参考リンク
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2011年)
2011.11.27)、参考リンク
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2013年)2013.11.17)、参考リンクは上と同じ
「イノベーションとは何か」(池田信夫著)より
2012.7.22)、参考リンク
「知識創造経営のプリンシプル」(野中郁次郎、紺野登著)より2012.12.24)、参考リンク
「ビジョナリーカンパニー4」(コリンズ、ハンセン著)より
2013.1.20)、参考リンク
「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(入山章栄著)より2013.10.20)、参考リンク
「技術を武器にする経営」(伊丹敬之、宮永博史著)より
2015.1.18)、参考リンク

研究・イノベーションの方針、着想、スタート段階についてのトピックス
破壊的イノベーションの現在(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号より)2013.8.4)、参考リンク
リバース・イノベーション(DHBR2010年論文より)
2010.10.17)、参考リンク
「リバース・イノベーション」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より
2012.11.25)、参考リンクは上記と同じ
オープン・イノベーションは使えるか?2011.1.10)、参考リンク
エスノグラフィーとイノベーション
2010.12.19)、参考リンク
「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」
2010.11.28)、参考リンク
「ホワイトスペース戦略」-ビジネスモデルイノベーションの方法
2012.1.9)、参考リンク
イノベーションをビジネスへ(マリンズ、コミサー著「プランB」より)
2012.6.17)、参考リンク
複雑系経営(?)の効果
2012.5.6)、参考リンク
ビジネスモデル・ジェネレーション(オスターワルダー、ピニュール著)より
2013.3.17)、参考リンク
戦略策定の科学的アプローチ
2013.6.30)、参考リ
「P&G式『勝つために戦う』戦略」(ラフリー、マーティン著)より
2014.3.2)、参考リンク(すぐ上記事と同じ)
ジュガードイノベーション(ラジュ、プラブ、アフージャ著「イノベーションは新興国に学べ!」より)
2014.5.11)、参考リンク
リ・インベンションとは(「リ・インベンション」三品和広+三品ゼミ著より)
2014.7.13)、参考リンク
「行動観察×ビッグデータ」(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2014年8月号特集)より
2014.9.21)、参考リンク


その2
研究・イノベーションの進め方に関するトピックス
「流れを経営する」を読む2012.3.25)、参考リンク
「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想
2011.3.21)、考リンク
アジャイル、スクラム、研究開発
2012.5.27)、参考リンク
「技術経営の常識のウソ」感想
2011.4.17)、参考リンク
祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授
2010.10.11)、参考リンク
P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー
2011.11.20参考リンク
知的な失敗2012.2.26)、参考リンク
「エスケープ・ベロシティ」(ジェフリー・ムーア著)感想
2012.8.19)、参考リンク
「製品開発をめぐる6つの誤解」(トムク、ライナーセンの論文より)
2012.10.14)、参考リンク
「イノベーション5つの原則」(カールソン、ウィルモット著)より2012.11.4参考リンク
「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より2013.9.8)、参考リンク
「はじめる戦略」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)に学ぶイノベーションの進め方
2014.12.21)、参考リンク
「ワイドレンズ」(アドナー著)にみる協働の方法
2014.1.19)、参考リンク
「社会技術論」(堀井秀之著)より
2013.2.17)、参考リンク
「技術経営の実践的研究」(丹羽清編)より
2013.4.29)、参考リンク
「ビジネスモデルイノベーション」(野中郁次郎、徳岡晃一郎編著)より
2013.5.26)、参考リンク
スタートアップ企業と既存企業におけるイノベーションの方法(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」より
)(2013.12.15)、参考リンク
「リーン・スタートアップ」(リース著)より
2014.4.6)、参考リンク
模倣の意義(シェンカー著「コピーキャット」より)
2014.6.8)、参考リンク
「DARPAの全貌(DHBR2014年7月号より)」に学ぶ革新的なイノベーションの進め方
2014.8.17)、参考リンク

研究・イノベーションの環境(仕組み、組織、人)に関わるトピックス
働きがいのある会社とは(Fortune誌「最も働きがいのある米国企業2011」No.1、SASの考え方)2011.1.30)、参考リンク
イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」
2010.11.7)、参考リンク
ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病
2010.9.26)、参考リンク
コア・リジディティ
2010.9.5)、参考リンク
リーダーがつまずく原因
2010.7.19)、参考リンク
イノベーターのDNA
2011.5.15)、参考リンク
イノベーションのDNA
2012.4.15)、参考リンクは上記と同じ
技術者が問題社員になるとき2011.7.24)、参考リンク
モチベーション再考
2011.8.28)、参考リンク
ポジティブ心理学の可能性
2011.9.25)、参考リンク
事業創造人材とは
2011.10.16)、参考リンク
フロネシス(賢慮)と研究開発
2012.1.29)、参考リンク
橋渡し役の重要性
2012.9.17参考リンク
イノベーションに関わる人々(「イノベーターはどこにいる?」豊田義博著より)2014.11.3)、参考リンク
「シリアル・イノベーター」(グリフィン、プライス、ボジャック著)を活かす
2014.1130)、参考リンク


「クラウドストーミング」(エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著)より

イノベーションには様々な人々の協力が必要です。社内における協力はもちろんのことですが、最近では、イノベーションのアイデアを社外に求めること(オープンイノベーション)、社外との協力関係をうまく結ぶことの重要性(例えば、イノベーションエコシステム)についての認識も高まりつつあるように思います。一方、近年のIT技術の急速な発達がコミュニケーションのあり方に大きな影響を与えていることは改めて指摘するまでもないでしょう。当然、その影響は外部との連携によるイノベーションの進め方にも及び、オープンイノベーションの方法論にも変化が起きているようにも思われます。今回は、エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著、「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」[文献1]に基づいて、外部との連携によるイノベーションの進め方についての最近の動きを考えてみたいと思います。

クラウドストーミングとは
・「業界を問わず、さまざまな組織が不特定多数の人々のアイディアを活用し始めている。オンライン上の群衆(クラウド)は大きな組織の内部のメンバーであることも珍しくないが、外部からの参加者であることのほうが多い。これまで、クラウドは協力して・・・さまざまな分野で数多くのことを成し遂げている。いわば、きわめて大きなスケールでのブレインストーミングだ。私たちはこれを『クラウドストーミング』と呼ぶことにする。[p.7]」
・「私たちは組織がクラウドストーミングを実行する際に必要な暗号をすべて解読したと請け合うことはできない。私たちにできるのは、あなたに外部の才能を利用してイノベーションを達成するための明快で実用的な手段を伝え、あなたがそれを実践できるよう手助けすることだ。[p.11]」

第1章、まずはコンテクストからFirst, Some Context
著者らによる状況・背景認識は以下のようなものです。
・「ジョン・ヘーゲルIII世とジョン・シーリー・ブラウン、ラング・デイヴソンは『PULLの哲学』において今日のビジネス環境を分析し、組織が外部の人材を活用するにあたり雛型となる理論を築きあげた。これまでの組織は、長期的な事業計画のもとでオペレーションの効率化を追求する経営手法に慣れ親しんできたが、いまや不確実性の高まったビジネス環境に敏感に適応することが至上命題となっている。そうなると組織は、学習能力を高め、変化する状況に応じて人員規模を素早く調整しながら卓越した成果をあげなければ生き残れない。・・・彼らの簡潔なメッセージは、学習とイノベーションは組織外の逸材との協調関係から生まれるというものだ。[p.19-20]」
・「一般的にクラウドソーシングとは、特定の仕事を成し遂げるために組織が不特定多数の人々と協働することをいう。・・・ジェフ・ハウが当初検討したクラウドソーシングの多くは労働力の提供を目的としていた。これは従来のアウトソーシングの概念の延長とも考えられる。しかし、組織間で行なわれるアウトソーシングとは異なり、クラウドソーシングにおける組織とクラウドの関係はより直接的なものとなる。シャーキーの言葉を借りれば、群衆が組織によらず組織化し、また組織されるのだ。[p.24]」
・「組織とクラウドを結びつけるモデルは珍しくない。」しかし、例えばメカニカル・ターク、マイクロタスクなどの「専門家を必要としないまでも人間による判断が必要なちょっとした作業」のような「協働モデルは本書の主たる関心事ではない。私たちが注目するのはある特定のタイプの仕事だ――つまり、アイディアの創出とその評価である。[p.26-27]」
・「インターネットの普及以前、『取引コスト』は組織のあり方を制約する要因であったが、現在、そのコストは大幅に低下している。・・・コスト構造の変化を好機ととらえ、組織外部の才能を基軸として組織を構成したらどれくらい可能性が開けるか[p.40]」

第2章、知的財産、機密保持、ブランド
知的財産、機密保持、ブランドに関わるリスクを正しく評価し、適切に管理する方法
・「ジェフリー・フィリップスは、『船と城』という喩えを用い、組織が対照的な戦略――組織内の資源の活用と保護に力を入れる戦略と、組織の境界線の先に目を向ける戦略――をどのように使い分けるべきかを論じた。・・・多くの組織がもつ従来の思考は、『城型メンタリティ』を基礎としていると述べる。従来型の組織は、組織内の機密情報や知的財産を保護することに重きをおいて設計されている。そのため、城壁の外側にあるチャンスをうまく活用できない[p.49-50]」。
・「クラウドストーミングからビジネス上の利益を得るには、知的財産、守秘義務、ブランドをめぐる実務的難題を乗りこえなければならない。・・・法的リスク管理の大部分は、募集要件をどう規定するか・・・にかかっている。クラウドに対して、いかにコンテストへの参加を呼びかけるかが、リスク管理においてひじょうに重要なのである。[p.66-67]」

第3章、適切な問いを投げかける
・「自社のビジネスのどの部分が、外部からもたらされる多様なアイディアを受け入れ、うまく活用できるか、それを探る効果的な方法のひとつがビジネスモデル・キャンバスだ。[p.73]」
・「クラウドストーミングのプロセスが価値を生みだすには、次の4つの要素が必要・・・。才能あるパートナー(発案者)、対話(アイディアをめぐるコミュニケーション)、アイディアの選別(フィードバックと評価に基づく精査)、関係の強化(顧客やサプライヤーといった利害関係者との連携)である。[p.78]」
・「効果的な呼びかけの特徴は次のとおりである。最終目標が明確に定義されていること。募集する回答に求める成熟度が示されていること。コミュニティと協調関係を築くために必要な情報開示のレベルが適切に設定されていること。評価基準について透明性が保たれていること。外部の有能な人材が参加して素晴らしい貢献をしてくれるように後押しするストーリーとビジョンが提示されていること。[p.94]」

第4章、意欲を高める公正なインセンティブ
クラウドを参加させるための適切なインセンティブ
・インセンティブの要素:1)善行(「伝統的な雇用関係の枠組みから飛び出した自由意志の働き手にとって、参加を決意する原動力は内なる欲求だ。社会的善行に結びつくと確信する活動の機会があれば、多くの人が金銭的な利益が期待できなくても挑戦したいと考える。」)、2)注目(「内なる欲求として、もうひとつ重要なのが他者からの承認である。」)、3)金銭(「金銭的利益は、外的なインセンティブ要因のうち代表的なもの」、賞金、ビジネス契約、収益分配、株式など)、4)経験(「難しい課題に挑戦する機会」、学習経験、社会経験)[p.105-110]、遊戯的要素。
・「もちろん、インセンティブがすべてではない。主催者は必ず約束を守るという参加者の信頼が重要だ。そのためには、契約条件を明確にし、透明性を維持しよう。また、コメント、投票、人材募集などの補助的な貢献は見過ごされやすい。だが、こういった貢献についてもタイプの異なる補助作業者ごとに貢献度を測定する必要がある。[p.124]」

第5章、パートナーシップを構築する
プロジェクト推進における主要な役割:1)メディアパートナー(「話題性のあるコンテンツを誰よりも早く入手することを望んでいる」、2)専門家(専門家の多くは良い指導者であり、専門分野で他人が成果をあげることを歓迎する)、3)資金パートナー(販売における協調も含む)、4)オンライン空間およびオーガナイザー(コミュニティが交流する場を技術的に支援し、コミュニティを組織する)、5)製造パートナー(製品化が決定されたときに直接的に利益を享受する)。[p.142-147

第6章、最良の人材を採用する
・3つの募集形態:1)サーチ型(「参加者に求められるのは、専門知識に基づいた問題解決能力」)、2)協調型(「参加者はアイディア、フィードバック、成果物の評価を共有し、互いに交流する」)、3)統合型(協調型を発展させた形態。アイデア創出、試作品作成、生産活動などを行う)[p.149-151
・参加者はどうやって参加するか(参加者の旅):1)認識(プロジェクトを認識する、募集方法と募集要件が重要)、2)検討(参加するかどうかの検討、インセンティブが鍵を握る)、3)参加(役割を引き受ける意思表示)、4)経験(どんな経験をするか、プラットフォームが鍵となる)、5)支持[p.156-159

第7章、優れた結果を得るためのコミュニティ管理
・コミュニティ管理者の役割:「コミュニティが期待される役割をうまく果たせるようにサポートすること」。主催者にコミュニティの要望を伝える、コミュニティにブランドの信念を伝える、コミュニティの観察[p.184-185]。
・コミュニティ管理を支える8本の柱(オストロムによる):1)モニタリング、2)サポート(対立の解消:ガイドライン周知、バランス感覚、盗用および誹謗中傷の管理、サポートセンター)、3)コミュニティの代弁者、4)価値の交換、5)制裁(規約、ガイドライン)、6)集団的選択(意思決定プロセスをオープンに)、7)メンバーシップ(参加資格を明確に定義)、8)多層化(コミュニティの拡大に伴い、管理の負荷を分散する)[p.192-200

第8章、参加者の貢献度を測る
・「例えば、参加者による貢献が過小評価され、そのせいで適切なサポートや十分なインセンティブが得られなかったり、あるいは、評価基準そのものが妥当でなかったりすれば、貢献者の意欲が低下するのは目に見えている。すると参加者は次第に貢献しなくなり、やがては去っていくだろう。[p.209]」
・「参加者の行動をカウントするのは簡単だが、そのなかでどれが本当に価値のある行動なのか判断するのは難しい。したがって、貢献を正確に理解するには、複数の指標を組み合わせて分析しなければならないケースが多い。[p.228-229]」

第9章、膨大な数のアイディアを手なずける
・評価手法のパターン:1)数値による評価、2)専門家による評価(アイディアの数が少ないか、絞り込みが可能であることが必要、3)参加者による評価、4)顧客(潜在顧客)によるテスト、5)ハイブリッド型(いくつかの異なる利害関係者による)[p.254-255

第10章、最適なオンライン空間を構築する
・「オンライン空間の選択肢は数多く存在する。企業向けのプラットフォームの開発はさらに加速することが予想される。サーチ型においては、・・・プロセスの大部分は人材募集を目的としているため、クラウドストーミングのスペースについてあまり複雑なことはない。ただし評価プロセスに関しては、予備選考を担当するチームがアイディアを精査し、候補リストを厳選する方法を確立しなければならない。・・・大勢の参加者の貢献を詳細に評価し、理解することは、協調型と統合型に共通する難しい課題といえる。[p.280]」

第11章、さらに先へ
・「思うに、クラウドソーシングでイノベーションを実現するアイディアは壮大な実験段階にある。(ティム・ブラウン(2010))[p.288]」
・「クラウドストーミングの最大の強みは、参加者もまたそのプロセスを向上させる力となれることだ。・・・クラウドストーミングのプロセスのなかでもっとも重要な点のひとつは、クラウドストーミングによってクラウドストーミングのプロセスそのものを改良できるということである。[p.292]」
―――

イノベーションに、組織外部の能力を活用しようというクラウドストーミングの考え方は、オープンイノベーションの考え方の流れに沿うものであり、その一部と言ってもよいでしょう。オープンイノベーションについては実行上の難しさについての指摘もありますし(例えばこちら)、別稿(オープンイノベーションは使えるか「技術経営の常識のウソ」感想)でもその課題を考えてみました。しかし、オープンイノベーションの考え方の提唱から10年以上が経過した現在、ネットワーク技術の発展もあいまって、その難しさのいくつかは回避や克服が可能になってきているように思われます。外部との連携によって効果が期待できるのは、どんな課題なのか、外部連携を進めるにあたって、どういう点に注意し、どういう対策を取るべきなのか、本書のクラウドストーミングの考え方が大きなヒントになるのではないでしょうか。さらに、外部との連携を進めるためのプラットフォームや、ノウハウを提供している企業も現れていますので、オープンイノベーションやクラウドストーミングをイノベーションのためのテクニックのひとつとして活用する上でのリスクはだいぶ下がってきているのではないかと思います。個人的には、クラウドストーミングを使わなければこれからの時代に生き残っていけない、とまでは思いませんが、企業戦略として一考の価値のある現実的選択肢になりつつあるように思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Shaun Abrahamson, Peter Ryder, Bastian Unterberg, 2013、ショーン・エイブラハムソン、ピーター・ライダー、バスティアン・ウンターベルグ著、須川綾子訳、「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」、阪急コミュニケーションズ、2014.
原著表題:Crowdstorm: The Future of Innovation, Idea, and Problem Solving

参考リンク<2015.3.8追加>


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