研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2015年04月

「チームが機能するとはどういうことか」(エドモンドソン著)より

近年のイノベーションにおいては、協働(協力)と、試行からの学習が重要であると指摘されることが多いように思います。この背景には、多様なアイデアや専門性の結び付きが求められ、取り組む対象の不確実性も高くなり、時代の変化も激しくなっているという近年の傾向があるように思われますが、では、具体的にどう協力と学習を進めればよいのか、という方法論についてはそれほどはっきりしていないと思います。

今回は、その問題を議論した「チームが機能するとはどういうことか 『学習力』と『実行力』を高める実践アプローチ」(エドモンドソン著)[文献1]をとりあげたいと思います。原著の表題は、TEAMING: How Organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economyで、主題は「チーミング」です。著者は、「チーミングは、協働するという『活動』を表す造語であり、組織が相互に絡み合った仕事を遂行するための、より柔軟な新しい方法を示している[p.12]」と述べており、単なる「チーム運営方法」よりは広く、これからの時代に有用な概念が議論されていると感じました。以下、本書の内容に沿って、重要と思われる指摘をまとめてみたいと思います。

第1部、チーミング
第1章、新しい働き方

・「今日のような複雑で不安定なビジネス環境では、組織や企業も、部分の総和に勝る全体を生み出せるかどうかで勝敗が左右される。激しい競争、予測不可能なことの数々、絶え間ないイノベーションの必要性、それらによって相互依存はいよいよ増え、結果として、かつてないレベルで協働とコミュニケーションが要求されるようになってきている[p.23]」。
・「マネジャーはなぜ、チーミングに心を配るべきなのか。答えは簡単だ。チーミングは組織学習の原動力なのである。組織が学習する必要があることは、今では誰もが知っている。変わり続ける世界の中で成功を収めるためである。[p.26]」
・「『実行するための組織づくり』が進展する可能性を見出したのは、ヘンリー・フォードが考案した組み立てラインだった。・・・フォードの成功は、従業員の業務に対し高いレベルの管理的統制を行うことを条件としていた。今日では指揮統制マネジメント、すなわちトップダウン・マネジメントとして知られるものである。・・・フォードが考案したような大量生産を行う状況においては、労働者が意思決定したり創造性を発揮したりする機会は存在しない。・・・マネジャーは労働者を支配し、怯えさせて、高い生産性を確実に生み出すことができた。・・・この伝説が今日マネジャーにもたらしている根本的な問題は、システムが経営実務において不安に依存しすぎていることだ。・・・社会として私たちは相変わらず不安に基づいた職場環境を当たり前のように受け容れてしまっている。不安によって支配力を増大できると、(多くの場合は誤って)信じてもいる。支配力は確実性や予測精度を高める、とも思っている。・・・組織づくりの伝統的なモデルでは、計画や詳細、役割、予算、スケジュールといった、確実性や予測のためのツールに力点が置かれている。めざす結果の達成に必要なものがよくわかっているときには、そうした伝統的なモデルはたいへん役に立つ。しかし、そういう環境は組み立てラインの労働者や会社人間には効果をもたらせたものの、今日のような知識ベースの経済においてはもはや競争上の強みにはならない。[p.27-32]」
・「成功するためには、実行のための組織づくりから、協働やイノベーションや組織学習を支持する新たな働き方へとシフトすることが不可欠なのである。・・・実行するための組織づくりという古い考え方は、一世紀をかけてつくり上げられた。そのため、習慣と訓練によって多くのリーダーがその考え方を持っていることに何の不思議もない。実行するための組織づくりには、とりわけ規律や効率性を重視する点に、多くの強みがあるのだ。しかしながら、リスクも多い。とくに多いのは、きわめて不確かな、あるいは複雑な状況でその考え方が使われるときである。そうした状況では、学習するための組織づくりこそ成功に不可欠だ。[p.37-42]」
・プロセス知識スペクトル:ルーチンの業務(不確実性が低い、成功とは効率性の改善)→複雑な業務(成熟している知識もあるが、よくわかっていない知識や変化する知識もある)→イノベーションの業務(不確実性が高い、成功は新奇なものの中にある)。「仕事や部署、あるいは組織全体がスペクトルのどこに位置しているかで、その仕事の性質と、それに合う学習の仕方とが決まる。[p.53]」

第2章、学習とイノベーションと競争のためのチーミング
・効果的なチーミングの4つの柱:率直に意見を言う(職場でそうであることは思うより少ない)、協働する、試みる(一度でうまくいくことを期待しない)、省察する(行動の成果を批判的に検討して、結果を評価したり新たなアイデアを見出したりする習慣)[p.70-76
・チーミングに対する社会的、認知的障壁:はっきり意見を言うより黙っているほうが楽である、序列の低い人がはっきり意見を述べることが困難、意見の不一致、素朴実在論(ほかの人たちも当然自分と同じ意見を持っているという誤解)、根本的な帰属の誤り(原因は個人の性質や能力にあるにちがいないと過度に思いすぎる、うまくいかないのは状況ではなく「人(他人)」のせいにする)、緊張と対立。[p.82-90
・熱い認知と冷たい認知:熱いシステム(人間に感情的で急な反応をさせる)、冷たいシステム(慎重で注意深い、効果的にチーミングをおこなうツールになる)。[p.91-92
・対立が激化する条件:複数の解釈ができる異論の多いあるいは限定されたデータ、高い不確実性、うまくいけば得られる素晴らしい結果[p.92]。
・対立を緩和し協調的な取り組みを行う戦略:対立の性質を見極める(人間関係における対立は非生産的)、優れたコミュニケーション(じっくり考えたり見直したりする)、共通の目標、難しい会話から逃げずに取り組む(感情的反応の原因を探る)[p.95-101
・チーミングを促進するリーダーシップ行動:学習するための骨組みをつくる(自然に生まれる自己防衛的なフレーム(ものごとの捉え方)を思慮深い学習志向のフレームへと再構成して変える)、心理的に安全な場をつくる(不安に思うことなく自由に考えや感情を表現できる雰囲気)、失敗から学ぶ、職業的、文化的な境界をつなぐ[p.101-105

第2部、学習するための組織づくり
第3章、フレーミングの力

・「フレームとは、ある状況についての一連の思い込みや信念のこと[p.112]」、「フレームとは解釈であり、これを使って人は環境を感じて理解する。[p.147]」
・「リフレーミングは、自分の行動を変えたり人々に変わってもらったりするための強力なリーダーシップ・ツールである。[p.147]」
・リーダーシップ:「リーダーは自分が相互依存していることをはっきりと述べ、自分も間違う場合があることと協働を必要としていることを伝えなければならない。」「リーダーはメンバーがプロジェクトの成功に不可欠な優れた人物として厳選されていることを強く伝える必要がある。」「リーダーは明確で説得力のある目標をはっきり伝えなければならない。」[p.148
・「学習フレームを強固にするためにすべきこと。まず、言葉と目を使った会話をする。期待される対人行動と協調的行動を、具体的な言葉を使って説明する。新たな手順がうまく進み、自信を高めやすくなるような行動を始める。さまざまな結果を使って、学習フレームの要素を視覚的に強固にする。」[p.148

第4章、心理的に安全な場をつくる
・「『心理的安全』とは、関連のある考えや感情について人々が気兼ねなく発言できる雰囲気をさす。[p.153]」、「心理的安全があれば、厳しいフィードバックを与えたり、真実を避けずに難しい話し合いをしたりできるようになる。心理的に安全な環境では、何かミスをしても、そのためにほかの人から罰せられたり評価を下げられたりすることはないと思える。手助けや情報を求めても、不快に思われたり恥をかかされたりすることはない、とも思える。そうした信念は、人々が互いに信頼し、尊敬し合っているときに生まれ、それによって、このチームでははっきり意見を言ってもばつの悪い思いをさせられたり拒否されたり罰せられたりすることはないという確信が生まれる。[p.154]」、「心理的安全は、メンバーがおのずと仲良くなるような居心地のよい状況を意味するものではない。プレッシャーや問題がないことを示唆するものでもない。・・・チームには結束力がなければならないということでも意見が一致しなければならないということでもないのである。[p.155]」
・「対人不安のせいで頻繁にまずい意思決定がなされたり実行すべきことが実行されなかったりしていることがわかっている。[p.153]」、「職場で直面する明確なイメージリスクとは、無知、無能、ネガティブ、あるいは邪魔をする人だと思われることである。[p.192]」
・「研究によって、心理的安全がイノベーションに不可欠であることもはっきりした。率直に発言する不安が取り除かれると、革新的な製品やサービスの開発に欠かせない、斬新なあるいは型破りなアイデアを提案できるようになるのだ。[p.167]」
・「心理的安全はグループの人間関係上の環境における一つの構成要素であり、責任もまたそうした構成要素の一つである。[p.169]」、心理的安全も責任も低いと無責任になりがち。心理的安全は高いが責任は低い場合は、快適だが、説得力ある理由がないと学習やイノベーションを発展させることは難しい。心理的安全が低く、責任が重いと不安になる。「パフォーマンスについて強いプレッシャーを与えることが優れた結果を確実に生む最良の方法だという誤った、しかし善意から生まれることの多い信念に従うマネジャーは、従業員が不安のあまりアイデアを提案したり、新しいプロセスを試したり、支援を求めたりできない環境を、知らぬ間に生み出してしまっているのだ。仕事が明確でかつ個人プレーであるなら、このやり方でもうまくいく。しかし不確実性や協働する必要性がある場合には、生み出されるものは成功ではなく不安である。[p.170-171]」。「心理的安全と責任のどちらもが高い場合は、人々はたやすく協働し、互いから学び、仕事をやり遂げることができる。[p.171]」
・「グループや部署内での地位が低い人は一般に、高い人に比べてあまり心理的に安全だと思っていないことが、研究によって明らかになっている。[p.171]」
・「心理的に安全な環境をつくるために、リーダーは、直接話のできる親しみやすい人になり、現在持っている知識の限界を認め、自分もよく間違うことを積極的に示し、参加を促し、失敗した人に制裁を科すのをやめ、具体的な言葉を使い、境界を設け、境界を超えたことについてメンバーに責任を負わせる必要がある。[p.193-194]」、境界とは、「どんな行為が非難に値するか[p.188]」ということ。「好ましい行動の境界を当てずっぽうに想像している場合よりも心理的安全を感じることができる。[p.188]」

第5章、上手に失敗して、早く成功する
・「人間というのは、・・・失敗すれば非難を受けるものだとどうしても思ってしまう。これによって処罰に対する反応が起き、多くの失敗が報告されなかったり誤った判断がされたりするようになる。[p.240]」
・「ルーチンの業務で失敗から学ぶカギは、人々がミスに気づき、報告し、修正できるような組織的システムをつくって維持することである。・・・失敗から学ぶことに関して、トヨタ生産方式(TPS)を超えるルーチンプロセス管理システムはない。[p.210]」、「複雑な組織のリーダーは、失敗が避けがたいものであることを認識し、問題を報告して話し合えるよう心理的に安全な環境を整え、日頃から注意力を働かせてすばやくミスに気づき対応できるようにすることによって、回復力を高めなければならない[p.212]」。「イノベーション業務での成功のカギは、大きく考え、冒険をし、試みる一方で、イノベーションへの途上では失敗したり行き詰ったりすることが必ずあることを絶えずよく意識していることだ[p.213]」。知的な失敗とは「意義ある実験の一部として起きるものであり、新しい貴重な情報やデータを提供する。[p.216]」
・「失敗に気づくこと、失敗を分析すること、意図的な試みを行うことは、失敗から学ぶのに不可欠である。失敗に気づくのを促進するためには、リーダーは、問題を報告した人を歓迎すること、データを集め、意見を求めること、失敗に気づいたらインセンティブを与えることが必要である。失敗を分析するのを後押しするためには、リーダーは、さまざまな専門分野から人材を集め、体系的にデータを分析しなければならない。意図的な試みを促進するためには、リーダーは、試みとそれに伴う失敗にインセンティブを与えること、失敗から学ぶことに対する心理的障壁を取り払うような言葉を使うこと、より多くの賢い失敗が生まれる知的な試みをデザインすることが必要である。[p.241]」

第6章、境界を超えたチーミング
・「境界とは、アイデンティティを同じくするグループ同士の間の区切りのことである。[p.252]」
・「多くの人が自分の側にある知識を当たり前のものと思い、境界線の向こうにいる人たちとコミュニケーションを図るのを難しくしてしまっている。[p.253]」
・3つの境界:物理的な距離(分離)、地位(格差)、知識(多様性)[p.258
・境界を超えたコミュニケーションをリードする方法:上位の共通目標を設定する(コミュニケーションの障壁を乗り越えようとする意欲を高める)、関心を持つ(偽りのない関心をみずから示し、同様の関心を持つことをメンバーにも促す)、プロセスの指針を示す(全員が従おうと思うプロセスの指針を確立する)[p.276-280
・「組織の多様性によって生まれた知識の境界を克服するために、グループは専門技術に基づく知識を共有し、集団的アイデンティティを確立し、図面、モデル、試作品のようなバウンダリー・オブジェクトを活用すべきである。[p.283]」

第3部、学習しながら実行する
第7章、チーミングと学習を仕事に生かす

・学習しながら実行する4つの基本的ステップ:診断(状況、チャレンジ、問題、どれくらいのことがわかっているかを診断する)、デザイン(行動計画をデザインする)、アクション(デザインに基づいて行動し、その行動を学習するための試みとして考える)、省察(プロセスと結果について省察する)[p.311-312]。

第8章、成功をもたらすリーダーシップ:3つの事例
―――

これからの時代、個人や組織が協働すること、失敗を含むあらゆることから学ぶことはますます重要になっていくと思います。しかし、「過去の組織の経営陣が効率を追求しながら実行する姿勢を生み出したのと同様、今日の組織がしのぎを削る知識経済は、専門知識のサイロ(貯蔵庫)を生み出し、地球規模の問題を解決するのに必要なチーミングを妨げてしまっている。・・・競争の古いモデルはだんだんそうした目的の役に立たなくなってきている[p.373]」という著者の見解に同意しつつも、協働と学習をうまく行なうことの困難さを感じておられる方も多いのではないでしょうか。では、どうすればよいのか。本書に述べられた方法論は、それに対する一つの提案と言えるでしょう。特に、業務を、プロセス知識スペクトル(すなわち、不確実性の度合いと言ってもよいと思います)で特徴づけて、それぞれの業務に適した方法を提案している点は実践的にも興味深く感じました。

研究開発のミドルマネジャーの立場からすると、本書に述べられた学習する組織をつくり上げていく必要性を痛感させられるとともに、「実行するための組織」の仕事の進め方と折り合いをつけていく難しさ(場合によっては戦わなければならない?)も感じました。本書の方法論や指摘を参考に、研究マネジメントにおいて試行(失敗)から学習していくことが求められているのだろうと思います。


文献1:Amy C. Edmondson, 2012、エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、「チームが機能するとはどういうことか」、英治出版、2014.
原著表題:TEAMING: How organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy

参考リンク




誤解を生む原因は何か(垂水雄二著「科学はなぜ誤解されるのか」より)

コミュニケーションにおける誤解は、様々なトラブルや不快の種になります。特に、科学技術の話題の場合、誤解を受けたり、理解してもらえなかったりすることはよくあります。専門外の人には話の内容がわかりにくいためもあるとは思いますが、はたしてそれだけが原因なのでしょうか。

垂水雄二著、「科学はなぜ誤解されるのか わかりにくさの理由を探る」[文献1]では、特に科学の分野で、どんなことが誤解の原因になるのかがが述べられています。単に、ていねいに説明すれば誤解が防げる、という類のものではない誤解の原因とは何か、本書の指摘はコミュニケーションを実践する上でも役に立つと感じましたので、今回はそのポイントをまとめておきたいと思います。

第1章、科学的コミュニケーションを損なう要因
1、科学者の側の誤った情報発信

・捏造:「ほとんどの不正行為には、研究者自身の学問上の利益がかかわっている。学問上の利益は、研究費の獲得と学者としての業績(名声)に大別される。[p.17]」
・信念や思いこみ:「捏造という意識のないまま、自らの信念を裏づける実験結果をつくりだしてしまうこともありうる。[p.18-19]」
・悪意のない捏造:「データのねつ造はあってはならないことだが、データの取捨選択というのは、ある程度ならば、ほとんどの研究者がおこなっているといえるだろう。[p.24]」
・パラダイムの違いがもたらす誤謬

・「さまざまな理由で研究者は誤りを犯し、まちがった情報を発してしまうことがある。しかし、科学の最大の特徴は、その成果が累積され、つねに追試によって、誤りが正されていくところにある。[p.29]」
2、受け手の問題
・「受け手の側は、正しい情報と誤った情報を区別する必要があるのだが、学者でない一般人にとって見分けるのは容易ではない。多くの人は、科学的な根拠を考えるよりも、自分の考えに都合のいい発言だけを見つけ出して、それをよりどころにしがちである。[p.30]」
・正しい情報を知るためのヒント:「情報の発信者の信頼性」、「従来メディアの情報は、仕事の粗密はあるにせよ基本的に複数の人間による編集(エディション)・校閲という作業を経ており、それを通じて最低限の正しさが保証されている」、「一次情報に当たること」、「出典の明示」[p.31-33
・メディアによる歪曲:「記者が自分の偏見や思想のために、科学的に許容される以上の意味を読み取って誇張する」
・医学的効果は単純でない:「病気の原因と発症が単純な因果関係で結ばれていることはまずない。[p.38]」
・集団心理:「人間の心には騙しに弱いという性向が備わっている。[p.40]」

第2章、騙されやすさは人間の本質――知覚の落とし穴
1、比喩的表現の功罪
・「あらゆる感覚について、他人がどう感じているかは外からうかがい知ることはできない。・・・感情がどういうものかは、自分の感情を基本にして類推するしかない。[p.44]」
・擬人主義・比喩的表現:「科学啓蒙において、むずかしい概念をやさしく説明するために、擬人的な表現は時として必要である。しかし、たやすい理解には必ず誤解がつきまとう。・・・科学的に難解な概念や事柄を比喩的な表現によって理解するのは、自分の腑に落ちる部分だけをわかったつもりになるということでもある。[p.47-48]」
・科学用語:「研究者は厳密に定義して使うのだが、その言葉を受け取る側はその用語がもつ他の意味、つまり言葉が本来もっている『定義に含まれない』意味を読み取り、書き手の方もそれを暗黙の前提としていることがある。ここに、知の欺瞞への誘惑がある。[p.50]」
2、感じたことが事実とは限らない
・「知覚はあくまで脳が感じるものであり、どれほど知覚がリアルであっても、それが現実の世界とはかならずしも対応していない場合がある[p.56]」
・「補正能力」や「感覚順応」のため、「あるがままに感知するというのは至難のわざ[p.61]」
・記憶、体験談もあてにならない。[p.62-65

第3章、複雑な現象の理解は簡単ではない
1、条件反射的思考の弱点
・「生物が生き残っていくためには、不都合な状態を察知して逃れ、所定の目的をとどこおりなく果たすことができなければならない。進化の歴史を通じて、動物にはそういう能力として、反射行動を含めた生得的行動パターン、いわゆる本能が備わっている。」、「Aという出来事のあとにBという出来事が一定の割合で起これば、ABのあいだには相関(前後)関係があるといえるが、この相関関係を因果関係とみなして神経回路に組み込むのが条件反射である。[p.67-68
2、確率的事象の世界
・「確率論的な事象における因果関係を知るためには、統計学的手法が必要である。[p.77]」
・「集団の確率的事象と個人の事象は次元の異なるものであるという事実は、人間にはなかなか呑み込みにくい[p.95]」
3、統計の嘘
・「ある集団の性質について統計的な結論を得るためには、まず基本となる標本データが正しくなければならない。統計学的に言えば、無作為に抽出された標本でなければならない[p.97]」
・「統計でいちばん大事なことの一つは標本(サンプル)の数である。[p.99]」
・対照実験が必要[p.100
・「どの回帰曲線が妥当であるかの判断は、統計学的な精度だけでは決まらない。その式を成り立たせるような因果関係の推定こそが決め手になる。見ている現象の背後にあるメカニズムを考える研究者の想像力が問われるのである。[p.104]」
・「統計は見えないものをわからせてくれる強力な科学的武器ではある反面、数字を出すことによって、さしたる根拠のない推測を、まるで科学的な裏付けのある真理のごとく思わせる力がある。統計はあくまで手段でしかないことを肝に銘じておくべきである。[p.112]」

つづく、第4章と第5章では、ダーウィンの進化論における誤解と、ドーキンスの利己的な遺伝にかかわる誤解の例が取り上げられています。以下は、その中から他の分野にも有用な示唆を与えると思われる指摘を拾っておきたいと思います。
・「進化論が社会学にも使えることをいち早く理解したのが、ハーバート・スペンサーだった。スペンサーは生物界の現象である進化を人間の社会や文化にも適用できるものとし、社会進化論を提唱した。このとき彼が使った二つの造語が進化論の普及に大きく貢献するのだが、そこにも言葉のイメージによる誤解と歪曲の道が待ち受けていた。・・・『進化』を表す造語としてのevolutionは、それがあらかじめ定められた目的に向かっての展開であるかのような錯覚を抱かせる。・・・スペンサーが自然淘汰をsurvival of the fittestと言い換えたのも、進化が殺し合いによる生き残り競争であるかのようなイメージを与えた。[p.140-141]」
・「環境により適応したものがより多くの子孫を残すという自然淘汰の穏やかな作用は、血まみれの弱肉強食の闘いへと姿を変えてしまった。そして、強いものが弱いものを打ち負かしていいという資本主義・植民地主義擁護の論理へと転換していく。[p.142]」
・「優生学の創設者ゴルトンは、イギリス国民の劣化を憂い、それを防ぐために、才能ある人が多くの子孫を残し、能力の劣る人の繁殖を抑制する必要があると考えた。いってみれば自然淘汰がおこなう劣悪者の除去を人為淘汰によっておこなうという発想だった。・・・ドイツにおいては、・・・ヒトラーが登場し、米国における優生政策を手本に、・・・最優秀民族たるドイツ国民、アーリア系民族の繁栄という目的達成のためにユダヤ人の撲滅(ホロコースト)を画策した。[p.144-145
・「ダーウィンの進化論と社会ダーウィン主義との間には根本的な違いがある。後者には自然淘汰による形質の分岐、種分化という視点がまったく欠落していることである。具体的にはまず、<野蛮→未開→文明>、あるいは<黒人→黄色人種→白人>という風に、進化の系列を下等なものから高等なものへと直線的な序列と考えていることである。ダーウィンの進化はそれに対して樹状パターンをなすもので、単純にどれが下等でどれが高等とか言えるものではない。第二に、社会ダーウィン主義は、進化を進歩と同一視したことで、ダーウィンのように環境に対する適応が自然淘汰によって促進されるとは考えなかった。進化のメカニズムとして内在的な傾向を仮定していたのである。[p.146-147]」
・「『利己的な遺伝子』がいい意味も悪い意味も含めて多くの人の注目を集めたのは比喩の力だった。[p.178]」
・「『利己的』という・・・擬人的な言葉の使い方によって、一般の読者が・・・この本が人間の利己心や利己主義を擁護していると誤解してしまう・・・。・・・『利己的な』遺伝子という誤解を招きやすい擬人的な表現をあえて使わなければならなかった理由は何だったのか。それは自然淘汰の原理にかかわっている。自然淘汰は単位が生物個体であれなんであれ生存競争を通じて実現されるが、それはつまり、単位のそれぞれが利己的に振る舞うことを前提にしている。ダーウィンは自然淘汰の単位は生物個体であると考えたが、集団遺伝学に依拠する進化の総合説では、遺伝子が単位であると考える。利己的行動の進化にその違いをあてはめれば、利己的に振る舞う単位は個体なのか、それとも遺伝子なのかという問いになる。つまり、『利己的な遺伝子』というのはこの自然淘汰の単位のことをいっているのである。したがって『遺伝子が利己的だ』と言っているわけではなく、『利己的なのは(個体ではなく)遺伝子なのだ』と言っているのである。まことに逆説的なのだが、こういう観点は動物の『利他的な』行動の進化を説明するために生まれてきたのである。[p.171]」
―――


もちろん、本書に述べられた原因が誤解のすべての原因である、とは言えないと思います。しかし、大雑把に言えば、故意にせよ過失にせよ怠慢にせよ科学者の側の発信に問題がある場合、内容や意味が難しくて理解できないことや意識的ないし無意識的曲解などの受け手の問題、さらに伝え方の問題があり、誤解や内容が伝わりきらないことが発生する、ということなのではないかと思います。そしてそれが原因となって信頼感が損なわれ、ますますコミュニケーションが損なわれていくのではないでしょうか。科学的な内容の伝えにくさに問題の一端があることは確かかもしれませんが、本書の特徴は、言葉の選択という伝え方の問題によっても誤解が発生しうることを指摘している点でだと思います。著者は、「一般大衆へのひろい理解をひろめるためには、より魅力的な言葉遣いが必要だが、同時にそこには、誤解を招く要因も含まれることになるのである。本書は、科学コミュニケーションという側面から、科学用語の魅力と危うさについて論じたものである。[p.209]」と述べています。科学書の翻訳もされている著者ならではの重要な指摘だと思います。確かに比喩は説明スキルとして強力ですし、比喩的理解から新たな発想が生まれることもあるとは思います。しかし、比喩によるリスクもよく認識しておく必要があるといえるでしょう。

ビジネスの世界でも、コミュニケーションにおける誤解はよく起こります。自分の意見を述べるだけなら問題は少ないですが、自分の意見をサポートする「根拠、理屈」を説明したい場合には、それがどう理解されるかという点には注意が必要でしょう。自分が「根拠」だと思っていることが、受け手にとっては何の意味も持たないこともあるかもしれません。また、その「根拠」から新たな疑いが生まれてしまうこともあるかもしれません。マネジメントにおいても、動機づけのためには単にインセンティブを与えて命令するだけではなく、指示を受ける人が納得感を得られるようにすることが重要だと言われます。自分の意図が正しく伝わっているか、妙な誤解を生んでいないかは、折に触れて確認しておく必要があるでしょう。そんな時、自分が発信する情報がより正確で説得力のあるものになるように努力すると同時に、情報とその意味を正しく受け取れているか、コミュニケーションにおいて誤解されないような伝え方ができているかも再確認すべきなのだろうと思います。


文献1:垂水雄二、「科学はなぜ誤解されるのか わかりにくさの理由を探る」、平凡社、2014.

参考リンク



「ザ・ファーストマイル」(アンソニー著)より

イノベーションはアイデアだけで成功できるものではありません。もちろんアイデアは必要ですが、そのアイデアをビジネスに育てる「イノベーション実行」の過程も重要であることは、本ブログでもたびたび取り上げてきました(例えば、ノート1ノート12「イノベーションを実行する」など、どちらかというと「実行」の方が重要であるというのが最近の考え方のように思われます)。今回は、その実行の方法論に焦点をあてた、アンソニー(イノサイト社のマネージング・パートナー)著、「ザ・ファーストマイル」[文献1]をとりあげて、その内容のポイントをまとめてみたいと思います。

第1章、ファーストマイルに潜む問題
・「『ファーストマイル』という言葉は、1990年代に電気通信業界で使われていた用語『ラストマイル』にヒントを得たものだ。[p.13]」
・「これまで私がイノベーターや起業家と接した経験から言えば、・・・イノベーションを起こすときに大切なのは、アイデアそのものではなく、アイデアをビジネスに結び付けるために試行錯誤を繰り返すことなのだ。・・・問題は、そのアイデアを市場で花咲かせるまでの過程のはじめの一歩、つまりファーストマイルで致命的な失敗を犯すことにある。・・・つまり、ファーストマイルは・・・真っ先に問題を解決しなければならない場所あるいは時期を指している。[p.12-13]」
・「本書では、何らかの価値、特に、従来とは異なる方法で価値を生み出すことを『イノベーション』と呼ぶ。・・・世の中にある大きな誤解の一つとして、イノベーションというものは、少数の選ばれた人間が起こすものだという認識がある。・・・しかし・・・限られた人間だけがイノベーションを起こせるのではない。誰にでも起こせるのだ。[p.9-10]」
・「過去数十年の研究によって、イノベーションに対する世界の考え方が変わりつつある。・・・これまでは暗闇のなかで手さぐりによって探していたものが、徐々に輪郭を現し、運まかせではないものになりつつある。[p.18]」
・「本書の想定読者は、新規事業開発に責任を持っている人や、この激動の時代に組織を前に進める力を身に付けたいと考えている人たちだ。さらに、不確かな環境において物事を判断しなければならない人・・・が対象になる。つまり、アイデアを持っていて、そのアイデアを実現させたいと考えている人たちが想定読者だ。・・・この先の道には多くの落とし穴や障害物が待ち受けている。イノサイトの活動を通じて、私たちは(痛い思いをして)それらを目の当たりにしてきた。これからそれを見ていこう。[p.23]」

第1部、ファーストマイルで使うツールキット
・「ファーストマイルで使うツールキットは、・・・4つのプロセスに沿って使われ、その目的は『戦略上の主要仮説』をコントロールすることだ。1)アイデアを書き下ろして、気づいていなかった前提を表面化させる(Document)。2)そのアイデアをいろいろな角度から評価する(Evaluate)。3)戦略に影響を与える不確実性に焦点を当てる(Focus)。4)テストを繰り返し、速やかに軌道修正をする(Test)。ファーストマイルでは紆余曲折が予想されるが、そのようなときには、この4つの頭文字DEFTで表わされるプロセスを適宜実行することにより、難局を乗り越えていかねばならない。[p.26]」
第2章、アイデアを書き下ろす
・ファーストマイルにおける3つの要件:1)市場/顧客が求めているものがはっきりと見えている(「需要はあるか?」という問いにイエスと答えられる)、2)その需要に応える方法が明確になっている(「提供できるか?」という問いにイエスと答えられる)、3)その方法は、価値を創り出すものである(「取り組むべきか?」という問いにイエスと答えられる)[p.28-29
・イノベーションに関する27の質問:ターゲット顧客について(顧客は誰か?、片づけるべき用事は?、何によってわかるのか?)、重要な利害関係者について(購入決定にかかわる者がほかにいるか?、彼らの『片づけるべき用事』は?、彼らが支持する理由は?)、アイデアについて(本質は何か?、問題がどう解決されるか?、他の方法と異なる点は?、こちらが優れている点は?、顧客の目にどう映り、顧客はどう感じるか?)、経済基盤(現実的想定売上は?、費用はいくらか?)、必要な社会基盤は?、必要な設備投資は?)、事業化の道筋(最初の足掛かり市場は?、どのようにして市場を拡大していくか?、最も懸念される競合商品をどのようにして打ち負かすか?また、競争相手がこちらの存在を気にしないようにするには、どうすればよいか?)、企業運営(重要な活動項目は何か?、誰が何を担当するか?、自分は何をするか?、どのようなパートナーが必要か?、獲得すべきものは何か?)、チーム(参加するのは誰か?、この仕事に適していると考えられる過去の実績は何か?)、資金調達(必要な資金はどれほどか?、利益計上までに必要な期間は?)[p.30-33
・「これらの質問の答えを書き下ろすことの意味は、今まで『自分が知っていると思っていた』ことを、『現実に知っている』状態に変換することにあるからだ。また、仮定した条件を明確に書き下ろしておくことは、将来その仮定に変更が生じたときに、計画の修正を忘れずに行なうようにする効果をもたらす。[p.33]」、「アイデアについてしっかりと書き下ろすこと・・・によって、重要な仮定が浮き彫りにされる。アイデアをいろいろな角度から見ることが大切。特に、市場拡大の可能性やアイデアが創り出す価値に着目すること。資料作成のために多くの時間を費やさないこと。途中でアイデアに修正が加えられるのはよくあることだ。[p.46]」
・アイデアを書き下ろすときの4つの注意事項:間違いその1、アイデアとビジネスを区別できていない、間違いその2、初めか終わりの一方だけに注力する(初めと終わりの両方のイメージが重要)、間違いその3、一部の関係者の視点だけで物事を見る、間違いその4、理解は得たが、共感を得ていない。[p.40-44

第3章、評価
・「評価の目的は、アイデアを前に進めるか否かの決断を下すことではなく、アイデアに潜んでいる仮説を明らかにすることである。[p.47]」、「この時点では、目標達成に腐心するよりも前提の妥当性を確認することがはるかに大切なのだ。[p.48]」
・まず、イノベーションによって達成したい目標(「何を」と「どのように」)を明らかにする[p.47-48]。
・評価のための3つの作業:(1)パターンに基づく定性分析を行ない、戦略上の主要仮説を明らかにする(過去に成功したイノベーションのパターンと比較しながら、不確実性を含むイノベーションの戦略を考える)。[p.51-53、付録A]、(2)財務分析を行ない、ビジネスモデルと企業運営上の不確実性を明らかにする(アイデアの「4つのP(顧客の数Population、価格Price、購入の頻度Purchase、開拓しなければならない市場の大きさPenetration)」を計算する、2変数の「感度分析」を行なう、逆損益計算書(想定される利益または収入からその前提を分析して理解する)を作る、シミュレーションする)[p.53-66]、(3)ロールプレイを行ない、アイデアの弱点を発見する。[p.66-67

第4章、フォーカス
・「ファーストマイルの時期を素早く通り過ぎるために大切なことは、戦略上の主要仮説を明らかにすることだ。[p.69]」
・仮説を優先順位づけするには、確信の度合い[p.72-80]と、その想定が間違っていた場合の影響の大きさ[p.80-84]で判断する。影響の大きさについては、事業を根底から覆しかねない仮説(ディールキラー)と、これから先に選択する戦略に影響を与える仮説(パス・ディペンデンシー)に注意が必要。
・「各種の学術研究によれば、人間は往々にして、将来起こりそうな出来事やリスクについて、正しく評価できないことが明らかになっている。・・・DEFTのプロセスを進めるときに忘れてならないのは、事実と仮説(ときには願望)を冷静に区別することだ。[p.72-73]」

第5章、テストし学び、軌道修正
・テストの計画と実行を成功裏に終わらせるための6つの重要項目:1、少人数のチームにする(俊敏に動ける、「必要十分(グッドイナフ)」な機能を目指す)、2、テストを慎重に計画する(実験を進める上での仮説(Hypothesis)、実験の目的(Objectives)、予測される実験結果(Predictions)、実験をどのように行なうか(Execution)をまとめたHOPE実験テンプレートが役に立つ)、3、市場から学ぶ姿勢、4、高い柔軟性(「テストが複雑になるほど、予期せぬ事態が発生する可能性が高くなる。・・・ファーストマイルの段階では、素早く軌道修正を行なう体制が不可欠だ」、低コストの外部リソース活用も有効)、5、予期せぬ結果を生かす(「実験の最終目的は何かを立証することではなく、市場から学ぶことである」、「異常値のなかには、ときとして興味深い事実が隠されている」、予期せぬ結果を生かすには、実験結果を部外者に評価してもらう(先入観を排除する)ことが有効、自分の主体的な意志で実験を行なっている場合には、予期せぬ事態が発生した場合に、その本質を理解する可能性が高い)、6、学んだ結果に基づいて行動する(「イノベーターが最初に考えていた計画と本来的に正しい計画の間には大きな隔たりがあることが、各種の研究によって明らかになっている」、行動の選択肢は、加速、慎重に継続、ピボット(方向転換)、中止)。[p.88-108

第6章、実験マニュアル
・不確実な領域における信頼性を、少ないリソースで効果的に高める働きをするツール(イノサイトの実験マニュアル)[p.113-145]:1、机上検討を行なう、2、思考実験を行なう(マクドナルドがシュリンプサラダをメニューに加えるかどうかを検討する際に、シュリンプの供給能力を調査した事例にちなんで名づけられた「シュリンプ・ストレステスト」など)、3、概算4Pモデルを作る、4、電話をかける(自分の専門分野であれば、人は積極的に話をしてくれることが多い)、5、購買状況のロールプレイを行なう、6、マクガイバー・プロトタイプを作る(手近なもので作ったプロトタイプ、TVドラマの題名にちなむ)、7、見込み顧客と話をする、8、逆損益計算書を作る、9、目的を限定した実証試験を行なう、10、詳しい財務モデルを作る、11、購入経験のプロトタイプを作る、12、ビジネスモデルのプロトタイプを作る、13、小規模の利用テストを行なう、14、パイロット運用を行なう。
・「『風洞』――重要な未知の要素について効率よく学ぶ方法――がある[p.147]」。「風洞」というのは、ライト兄弟が飛行機の開発をするにあたって、風洞を作り実験を行なったことにちなむ。[p.112

第2部、ファーストマイルの課題を克服する
第7章、ファーストマイルの4つの課題を克服する
課題1、道を間違える:「イノベーターが道を間違える最大の理由は、みせかけのホワイトスペース(空白地帯)に魅了されてしまうことだ。[p.154]」、「まず自問してみるべきだ。これまで誰も実行しなかったのはなぜだろう?[p.158]」
課題2、燃料切れ:「イノベーターが警戒すべき強力な敵の一つは、人の(それが個人であれグループである)意思決定能力を低下させるようなバイアスの作用である[p.159,231-235]」、「ファーストマイルにおいて特に致命的となり得る障害は、心理学者が言うところの計画錯誤によって引き起こされる[p.159]」、

計画錯誤とは、「タスクの日程とコストを予測する際に、組織の内部の人間は不正確な予測をしがちである[p.231]」ということ。「計画錯誤が原因でイノベーションのファーストマイルで燃料切れとなり、目的地に到達できないというケースがよくある。[p.159]」、「スタートアップビジネスに対して私はいつも、『必ず予定より長くかかり、必ず予定より多くの資金が必要となる』と考えている。[p.161]」
課題3、ドライバーの選定を間違える:「イノベーションを起こすということはきわめて人間的な営みであるため、その車を運転するための才能を持っていることがきわめて重要だ。理想とされるドライバーに求められる資質が2つある。一つはターゲット市場に共感できること。二つめは関連分野での経験を有しており、イノベーションのファーストマイルに対処できることだ。[p.164-165]」、「理想的なチームとは、選りすぐった社内の人間とひと握りの外部の人間を注意深くバランスさせたものである。[p.172]」
課題4、スピンしてコントロールを失う:「『スタートアップ・ゲノム』リポートによれば、新しい企業が失敗する最大の理由は規模の拡大を急ぎすぎたことだという。要するに、実現性のあるビジネスモデルを構築する前に規模の拡大を図ったために、プロジェクトが崩壊してしまったのだ。イノベーションのファーストマイルでスピードを出しすぎると、スピンしてコントロールを失い、クラッシュすることになる。[p.173]」、「顧客による熱烈な共感が得られないかぎりビジネスの規模拡大は望めない。[p.176]」

第8章、戦略的な実験を支える体制
・「企業のなかでイノベーションを起こそうとするときにまず苦労するのは、基幹システムが、明日のビジネスモデルではなく、今日のビジネスモデルを支援するために最適化されていることだ。これらのシステムは、企業にとって抗体のような役割を果たしており、戦略的な実験を破壊させるように作用する。[p.183]」
・「イノベーションの霧」を突き抜ける意思決定システム:「不確実性に立ち向かうチームを縛るようないかなる力も働いてはならない、と言いたくなるかもしれない。・・・しかし・・・往々にして、アイデアは試行錯誤の結果として生み出される。チームを縛る力が働かないと、必要以上に長く活動するという誤った戦略をとるおそれがある。チームを縛る力が弱いと、人材を最も有望なアイデアに再配置したり、アイデア同士を合体させたりする機会を企業が失うことにもなりかねない。ファーストマイルでアイデアをうまく育てていくためには、それなりの規律が必要だ。しかしこの規律は、失敗の可能性を極力排除するという、コアビジネスにかかわる規律とは一線を画するものである。[p.187]」、「実験を奨励する体制が必ずしも失敗を最小化する体制より優れているわけではない。現実問題として、企業は両方の考え方を並行して持たなければならない。失敗の可能性を最小化する体制はコアビジネスにおけるリソース効率を最大化し、実験を奨励する体制は新規事業についての学習事項を最大化するのだ。[p.190]」
・南カリフォルニア大学の「ジェラルド・テリス教授は、報酬体系は『非対称』でなければならないと言う。イノベーションを成功させるために強いインセンティブが必要だが、逆に、失敗に対するペナルティは寛容でなければならないということだ。[p.193]」
・「私は・・・失敗したプロジェクトのことをゾンビプロジェクトと呼んでいる。完全に死んでいない身体で、少ない可能性を求めてあちこち歩き回っているからだ。[p.194]」、「イノベーションを、ただ単に創造するだけの行為と考えている人が多いが、創造するために破壊しなければならないものもある。ゾンビプロジェクトを中止し、そこから教訓を学び、その教訓を最大限に生かすことは、イノベーションを成功させるために欠かせないプロセスだ。[p.199]」
・「過去60年の間、『ブレークスルー思考』の起源について多くの学者が研究を行なってきた。それらの研究成果のなかで一つ共通していることがある。ブレークスルー、すなわち魔法は交差点――異なる背景、異なる考え方同士が衝突する場所――で起きるということだ。ブレークスルーを起こすために企業は三種類の相手との連携を促す体制を構築しなければならない。その相手とは、外部専門家、顧客、幅広い層の社員だ。[p.199]」

第9章、ファーストマイルでのリーダーシップ
・「ファーストマイルで指導力を発揮するためには、きわめて不明瞭な、そしてときには矛盾する問題(パラドックス)をうまく処理する能力が求められる。カオスを追求する、人脈を多様化する、仕事に関係のないスキルを身に付けることにより、リーダーは前項の問題に対処する能力を高めることができる。[p.219]」
---


本書を読んでまず感じることは、イノベーションの成功確率を上げるための方法論がかなり明確になってきた、ということです。以下は私見になりますが、その背景には、イノベーションに関する経営学上の知見の蓄積、進歩があるように思います。イノベーションは不確実なものであり、アイデアだけでは成功にたどりつけないこと、事前に入念な戦略や計画を立ててそれを実行するというアプローチは、革新的なイノベーションを起こすためには必ずしも適していないこと(既存事業の効率化や、改善改良による持続的イノベーションには有効であったとしても)、人間の判断にはバイアスが入り込む余地があるため完全に合理的な判断は不可能であること、などの知見は、いずれもイノベーションの実行段階への着目を促し、実験からいかに学ぶかを重視した方法論が提案されるようになったのではないでしょうか。本書は、そうしたアプローチの現時点での集大成と見ることもできるでしょう。本書に述べられた方法論は、個別に見ると当たり前と思われるようなものもあると思いますが、何が取り上げられていないか、すなわちイノベーションに適さない経営ノウハウ、方法論が排除されていることにも意味があると思います。イノベーションの方法論は今後もさらに進歩していくでしょう。しかし、ここまでやり方がわかったなら、あとは大胆に[p.223]挑戦することこそが求められているのかもしれません。


文献1:Scott D. Anthony, 2014、スコット・D・アンソニー著、川又政治訳、津嶋辰郎、津田真吾、山田竜也監修、「ザ・ファーストマイル」、翔泳社、2014.
原著表題:”The First Mile: A Launch Manual for Getting Great Ideas into the Market”

参考リンク



科学の話題・目次(2015.4.5版)

「科学の話題」というカテゴリーでは、社会や企業活動、研究開発と関係のありそうな科学の話題について書いています。この目次では記事表題とリンクをリストにし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割して別ページとしています。それぞれの「参考リンク」ページのリンクの接続確認、気付いた新たなリンク追加を行いました(各ページでは内容変更があったもののみ更新日付を変えましたが、日付が変わっていないページでも接続確認はしています。)

その1・・・要約入りはこちら
科学研究の動向
「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2012より2012.2.5)、参考リンク
「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2011より
2011.2.6)、参考リンクは上と同じ
論文から見た各国の科学力比較
2011.1.16)、参考リンク

科学と社会
科学と倫理(今道友信著「エコエティカ」より)2013.1.27)、参考リンク
「もうダマされないための『科学』講義」-科学でダマし、ダマされる状況について考える
2012.1.22)、参考リンク
科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション
2011.7.18)、参考リンク
技術で仕事はどう変わる?
2011.8.21)、参考リンク
「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)感想
2013.11.24)、参考リンク
理系と文系、とイノベーション
2011.5.1)、参考リンク
「科学嫌いが日本を滅ぼす」(竹内薫著)感想
2012.10.21)、参考リンク
「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)
2011.2.27)、参考リンク
「不完全な時代――科学と感情の間で」感想
2012.3.4)、参考リンク
「科学との正しい付き合い方」感想 (科学者とそれ以外の人との付き合い方?について)
2010.11.21)、参考リンク
科学的な考え方をシンプルに理解する(小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」感想)
2014.5.18)、参考リンク
動的平衡
2010.10.31)、参考リンク
「知の逆転」にみる科学の課題
2014.7.21)、参考リンク
科学とエンジニアリング(「エンジニアリングの真髄」(ペトロスキー著)より
2014.10.5)、参考リンク
「<科学ブーム>の構造」(五島綾子著)から学ぶこと
2014.12.7)、参考リンク

研究開発事例
2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)2010.12.5)、参考リンク
1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2011.12.25)、参考リンクは上と同じ
3年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2013.12.23)、参考リンクは上と同じ

研究マネジメント事例
祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授2010.10.11)、参考リンク
iPS細胞研究に見る研究の進め方雑感
2011.12.11)、参考リンク
MITメディアラボの研究マネジメント考
2012.12.31)、参考リンク

研究開発の方法
シチズンサイエンス考2012.7.1)、参考リンク
ロボットに研究ができるなら
2011.4.3)、参考リンク
ビッグデータ考
2013.5.6)、参考リンク
「オープンサイエンス革命」(ニールセン著)より
2013.10.27)、参考リンク
これからのモノづくり(アンダーソン著「MAKERS」より)
2014.3.9)、参考リンク


その2・・・要約入りはこちら
科学哲学関連
「理性の限界」「知性の限界」2011.9.19)、参考リンク
「感性の限界」(高橋昌一郎著)より
2012.11.11)、参考リンクは上と同じ
科学哲学の使い方(「理系人に役立つ科学哲学」感想)
2011.10.10)、参考リンク
「なぜ科学を語ってすれ違うのか」に学ぶ
2011.11.6)、参考リンク
「テクノロジーとイノベーション」感想
2012.4.1)、参考リンク
「科学を語るとはどういうことか」(須藤靖、伊勢田哲治著)感想
2014.4.13)、参考リンク

判断、予測、行動経済学、複雑系周辺
いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)2012.7.29)、参考リンク
科学的判断の受け入れ(「代替医療のトリック」感想)
2012.9.23)、参考リンク
多様性の意義(スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」より)
2013.2.24)、参考リンク
複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)
2012.6.10)、参考リンク
ネットワークの力(クリスタキス、ファウラー著「つながり」より)
2013.3.31)、参考リンク
「ファスト&スロー」(カーネマン著)より
2013.7.7)、参考リンク
「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」(ダン・アリエリー著)より
2013.8.11)、参考リンク
「集合知とは何か」(西垣通著)より
2013.9.23)、参考リンク
ベキ乗則の可能性(バラバシ著「バースト」より)
2014.2.2)、参考リンク
「意思決定理論入門」(ギルボア著)より
2014.6.15)、参考リンク
データから言えること(ソーバー著「科学と証拠」より)
2014.8.24)、参考リンク
「誤解学」(西成活裕著)感想
2014.11.9)、参考リンク
「無意識のわな」(日経サイエンス2014年5月号特集)とマネジメント
2014.12.28)、参考リンク
「バグる脳」(ブオノマーノ著)-思考、判断のバイアスと誤りを理解する
2015.1.25)、参考リンク
無意識の作用(ムロディナウ著「しらずしらず」より)
2015.3.22)、参考リンク
関連記事
意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)
2012.10.28)、
参考リンク
複雑系経営(?)の効果2012.5.6)、参考リンク

ヒトの行動、社会、進化
「ヒトは環境を壊す動物である」感想2010.12.26)、参考リンク
「利他学」(小田亮著)より
2012.12.2)、参考リンク
進化心理学からの示唆(「友達の数は何人?」ロビン・ダンバー著)より
2012.8.26)、参考リンク
「働かないアリに意義がある」感想
2012.4.22)、参考リンク
利他性と協力
2012.5.13)、参考リンク
天才の創造性の源泉とその活用
2013.6.2)、参考リンク
協力とフリーライダーと罰(大槻久著「協力と罰の生物学」より)
2015.2.22)、参考リンク


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