研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2015年08月

小さなイノベーション(DHBR誌2015年6月号特集より)

研究開発を成功させたいなら、失敗を避けなければなりません。ですが、不確実性がつきものの研究開発では、思い通りにならないことが多々発生します。思い通りにならないことを「失敗」と呼ぶなら、失敗を避けることはほぼ不可能といってよいでしょう。とすると、失敗を避けようとするよりも、失敗による痛手をなるべく小さくし、失敗をも活用するという進め方が、研究開発の成功確率を上げるうえで重要になるはずだ、という主張が最近では多くなってきているように思います。

今回取り上げるダイヤモンドハーバードビジネスレビュー誌2015年6月号の特集「小さなイノベーション――より速く、より安く、より巧く」では、そうした流れに基づいた最近の考え方がいくつか取り上げられています。イノベーションをうまく進める上で参考になる点も多いと思いましたので、それぞれの記事で興味深く感じた点を以下にまとめます。

「ビジネスの仮説を高速で検証する」(ステファン・トムク、ジム・マンジィ著)[文献1]
原題:The Discipline of Business Experimentation
・「多くの企業は・・・実験を経ずに新しいビジネスモデルやコンセプトを本格展開する。・・・リスクを伴う改革や費用のかかる提案を、厳格にテストする企業がなぜもっと現れないのか。それはほとんどの企業が適切な実験に資金を出したがらず、実験するのも相当難しいからである。実験のプロセスは簡単そうに思えても、さまざまな組織的・技術的な課題のせいで、実行するのは驚くほど難しい。・・・ビジネス実験を費用や手間をかける価値があるものにするために、企業が自問すべき重要な問いがいくつかある。」
・実験の目的は明確か:「実験が必要かどうかを決めるにあたっては、まず何を知りたいかをはっきりさせなければならない。・・・仮説が曖昧であると・・・、具体的な独立変数が示されず、具体的な従属変数を検証できない。したがって仮説を肯定も否定もしづらくなる。」
・関係者は実験結果を受け入れることを約束したか:「おそらく最も重要なのは、データの裏づけが得られなかった場合のプロジェクトの断念を覚悟しておくことだ。・・・たとえば経営陣の仮説や直観と食い違うテスト結果が出たとしても、それが無視されないような仕組みをつくる必要がある。」
・実験は実行可能か:「事業環境の『因果密度』――すなわち変数とそれらの相互作用の複雑さ――によって、因果関係の判断がきわめて困難になることがある。・・・因果密度が高い環境下では、・・・大規模なサンプルを使えるかどうかを検討しなければならない。・・・必要なサンプルサイズは主に、期待される効果の大きさで決まる。原因・・・が大きな効果・・・を及ぼすことが期待される場合は、サンプルサイズは小さくてもかまわない。」
・結果の信頼性をどう担保するか:「結果の信頼性を高めるためには3つの方法がある。」「無作為化の役割は重要だ。・・・テスト要因以外の潜在的原因(未知のものかもしれない)を、実験群と対照群とに等しく分散させる。」「被験者は自分が実験に参加していることを知っていると、意識的または無意識的に行動を変える傾向があり、これはホーソン効果と呼ばれている。ブラインドテストはこのホーソン効果を防ぐのに役立つ。」「企業は厳格なテストの手順を踏めない場合でも、アナリストを活用して、特定のバイアスや無作為化の失敗といった実験上の不備を特定し修正できる。・・・ビッグデータをはじめ、『機械学習』などの高度なコンピュータ技術が役に立つ。」
・実験から最大の価値を引き出せたか:「問うべきは『何が有効か』ではなく、『何がどこで有効か』である。」「大切なのはROI(投資利益率)が魅力的な部分だけを実行することだ。」「ビジネス実験では、相関性に留まらず、因果関係を調べることもできる。・・・因果関係を十分に理解しなければ、企業は大きな誤りを犯しやすくなる。」
感想:実験と、実験から学ぶことの重要性が指摘されることは多いですが、実際にどう実験を進めたらよいかはそれほど明確に示されていないように思います。正しい実験を実施し、結果を正しく解釈し、正しく学ぶ上で、研究部門の果たす役割は大きいのではないかと思いますが、それとともにその成果を正しく活用することも重要でしょう。

「プロセスを変えればイノベーションは生まれる」(ネイサン・ファー、ジェフリー・H・ダイアー著)[文献2]
原題:Leading Your Team into the Unknown
・イノベーションの包括的なアプローチ:知見の獲得(解決すべき問題についての知見を引き出す)、重要な問題の特定(解決の機会を追求する価値があると思われる問題を見極める)、ソリューションの開発(最初から完成形を目指すのではなく、複数のソリューションの簡素なプロトタイプを手早く作成する)、ビジネスモデルの策定
・「このプロセス・・・は、効果的な企業経営プロセスと同様に、規律、忍耐、そして献身的で有能なリーダーシップを必要とする。・・・この種のリーダーシップは特殊なものであり、そこで必要とされるスキルや戦術を習得しているリーダーはまだ少ない。本稿ではそうした必須スキルについて解説するとともに、それらに特有の課題に対する洞察を提供する。」
・ビジョンを語るな 大胆な課題を設定せよ:「イノベーションとは、本質的に発見のプロセスである。そこでのリーダーの役割はメンバーに方向性を示すことであり、初めから結論を決めつけて最短距離を進ませることではない。イノベーションを推進したいからといって第二のジョブズになる必要はないし、未来を予言する必要もない。リーダーに求められるのは、イノベーションのプロセスを実行できる心的空間をつくり出すことである。」「まず、イノベーションで限界を押し広げることに対して期待感を持たせる。」つづいて「不確実性を受容し、管理する意欲を示すことである。たいていの人は不確実性によってキャリアに傷がつくことを恐れている。・・・不確実な状態は正常であり、不安があっても問題ないというメッセージを発信するとよい。同じくらい重要なのが、不確実性にある程度の限度を設定し、リスクを制限する姿勢を明らかにすることである。・・・ここで威力を発揮する簡単な戦術が二つある。一つ目は『タイムボックスの設置』、すなわち、イノベーションプロジェクトにまつわる基本的な不確実性を解消するために、一定の期間(通常は2~3カ月)をチームに与えることだ。二つめの『決定ポイントの管理』はやや複雑だ。実験したところ期待した結果が得られず、タイムリミットも近い場合にリーダーが果たすべき役割は、結果の率直な評価を支援し、必要に応じて方針を変え、時にはプロジェクトを打ち切って精神的・物理的なリソースを他のアプローチに振り向けることである。」「企業には、中核となる戦略を明確に伝え、旗艦商品の守護者となり、重要顧客に抜かりなくサービスを提供し続けられるリーダーが不可欠だ。しかしこれらは、イノベーションを率いるリーダーの仕事ではない。イノベーションを率いるならば、新しいものや従来とは違うものを擁護し、特異な状況(異常値、不満を抱えた顧客、例外など)に注目し、言葉よりも行動で大きな挑戦課題を設定し、コアビジネスの前提に果敢に疑問を投げかけ、標準からかけ離れた事柄に挑戦する意志を見せなければならない。」
・意思決定をするな 実験を企画せよ:「イノベーターの手法とは、難しい決断に役立つツールを通じて、イノベーションを市場に出す時のリスクを軽減するものだ。つまり、顧客の協力を得ながら重要な前提を系統立てて検証するプロセスである。このプロセスはリーダーシップのあり方にも大きく影響する。主要な意思決定者から主要な実験者へと、リーダーの役割を変化させる必要があるからだ。・・・イノベーションのリーダーに求められるのは、『そうかもしれない。それを確かめる実験をしよう』ということを巧みに伝える能力である。」
・発掘したアイデアを組織の言語に落とし込む:「斬新で不確実な製品の開発には、実績のある製品の開発に適した手法とは異なるアプローチが必要であることを認識しておくことが有効だ。・・・イノベーションリーダーは、・・・イノベーションの言葉を組織の言葉とマッチングさせることで、各部門から有志の要員を提供してもらうまではいかなくとも、拒絶反応を大いに和らげることはできる。」「我々の調査の結果、イノベーションに対する情熱を持つ人は多いということがわかっている。・・・彼らのポテンシャルを生かして深い専門知識を構築するには、イノベーションのプロセスをしっかりと植えつける必要がある。」
・アイデアを最速で市場に出すチームマネジメント:「イノベーションを実現するには、それに専念する一定の期間が必要である。・・・イノベーションリーダーは時間を割り当てるだけではなく、組織的なバリアを取り除いたり、リソースやツールを提供したりして、チームのイノベーションを加速させる必要がある。組織はリスクを察知すると往々にして、それに対抗するバリアを張ろうとする。したがって、障壁の除去はリスクの低減と深く関わっている。」
・「イノベーション競争で持続的優位の源泉となるのは、個々の卓越した発明ではなく、卓越したリーダーである。失敗から効率的かつ確実に教訓を得て、どこよりも早く次に進めるような組織をつくり上げるリーダーの力量ことが、物を言うのである」。
感想:この論文のポイントは、イノベーションのリーダーに求められる役割やスキルと、通常の組織におけるリーダーシップとの違いについて言及しているところだと思います。こうした観点も実務家にとっては役立つでしょう。

インタビュー「無印良品の『引き算のイノベーション』」(金井政明)[文献3]
・無印良品における商品開発の考え方が語られています。クリエイティブ、イノベーティブ、人間の論理といったことを考える上で興味深い考え方だと感じました。

「イノベーション体制をたった90日で構築する」(スコット・D・アンソニー、デイビッド・S・ダンカン、ポンタス・M・A・サイレン著)[文献4]
原題:Build an Innovation Engine in 90 Days
・「我々はこの10年間、世界各地の組織の革新性向上を支援してきた。そしてその経験から、場当たり的なイノベーションとも、綿密な計画に従って大規模なイノベーション向上を設ける方法とも異なる、いわば折衷案のような第3の道があると気づいた。必要最低限の実用的なイノベーション体制(MVIS:

Minimum Viable Innovation System)を設ける方法である。・・・MVISとは、戦略重視の信頼できるイノベーション機能を築くうえで不可欠な土台を意味する。・・・早期に成果を上げてイノベーション能力への信頼を得たなら、さらなる飛躍への基礎になるだろう。」
・第1日-第30日、推進すべきイノベーションの種類を決める:「戦略的な観点からは、あらゆるイノベーションは2つの種類のいずれかに当てはまる。一つは、製品の拡充や業務改善による、既存事業を基盤としたイノベーション。もう一つは、新規の顧客セグメントや市場に進出して次なる成長を実現しようとするもので、往々にして新しいビジネスモデルを拠り所とする。・・・我々は本稿の趣旨に沿って、『基幹事業型イノベーション』『新規成長型イノベーション』という呼称を用いたい。」「成長目標と現状との乖離が大きければ大きいほど、基幹事業からかけ離れた新規事業が必要となり、そこから多額の収益が上がるまでの期間は長くなるだろう。」
・第20日-第50日、少数の戦略的分野に照準を合わせる:「少なくとも10程度の顧客に会い、 新規成長型イノベーションの土台となりそうな未開拓のニーズを探り、業界内外の最新動向を調べるのである。あわせて、社内で持ち上がっている新規成長案件についても詳しく調べておこう。・・・次の段階として、・・・以下の尺度をもとに戦略的分野を3つ見つけ出す」。「多数の潜在顧客が必要としているにもかかわらず、どの企業もうまく対応できていない業務。その業務をこれまでよりはるかに簡単に、安く、便利にこなすためのテクノロジー。あるいはその業務の必要性を格段に高めるような経済、規制、社会の変化。その事業機会をつかみ取るための模倣困難な優位性を生み出す、自社が有する特別な強み。」
・第20日-第70日、少数精鋭のイノベーション専担チームを設ける:「必要最低限の実用的なイノベーション体制といえども、イノベーションの専任者が少なくとも一人(一般には二人以上)は必要である」。「ゾンビ・プロジェクトの一斉廃止を・・・一度行っただけでも、イノベーション・チームを指導させるのに十分な経営資源が確保できるだろう。」
・第45日-第90日、プロジェクトを指導する仕組みを築く:「まずはシニアリーダーたちを集めてチームをつくり、彼らに新規成長型イノベーション・プロジェクトの始動、中止、方向転換に関する裁量を与える」
・MVISの規模拡大:「MVISの仕組みのうち順調に機能しているものを、正式な仕組みとして定着させる」。「成功した場合の報奨よりも、失敗への対処のほうが重要である。失敗を隠したり恐れたりすると、ゾンビ・プロジェクトの放置を招き、イノベーションのための経営資源がそこに縛りつけられたままになってしまう。」
感想:著者も書いているとおりMVISは、リーンスタートアップの考え方におけるMVP(Minimum Viable Product)に倣ったものです。いわばイノベーション体制のプロトタイプという位置づけでしょう。こうしたプロトタイプ体制を素早く作り、その成果から学ぶことが重要ということだと思いますが、著者が指摘している個々の注意点は、プロジェクト運営のノウハウとしても役立つように感じました。

「オープン・イノベーションという新たな武器」(星野竜也著)[文献5]
・「チェスブロウ氏は、オープン・イノベーションを『企業内部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造する』と定義した。この表現はさまざまな解釈がなされ、一部で混乱や誤解を招いているため、筆者はこれを次のように定義する。『モノづくり企業が、自社のみでは解決できないR&D上の課題に対して、既存のネットワークを超えて最適な解決策を探し出し、R&Dをスピードアップすること』。あくまでも主体はモノづくり企業(メーカー)であり、ゴールはR&Dのスピードアップにある。」
・「オープン・イノベーションという武器は、正しい使い方を習得することで初めて威力を発揮する・・・。オープン・イノベーションには、グローバルに認知されたフレームワークがある。1、Want、2、Find、3、Get、4、Manageという4つのステップで語られる。・・・Wantとは、外部に求める技術を明確化することである。Findは、探索する技術を確定したうえで、それをどのように探し出すのかを考える・・・Getでは、探し出した技術をどのように評価し、相手と交渉して、協業に結びつけるかを考える。・・・Manageとは、それを自分たちのものとして、いかに結果に結び付けるかという視点である。」
・「オープン・イノベーションの世界では、『相手から選ばれる企業になる』(Partner of choice)という言葉がよく使われる。・・・相手から見て『一緒に働きたい』と思われる企業にならなければいけないのである。・・・では、選ばれる企業となるためには何が必要なのか。日本企業が特に注意すべきポイントは3つある。それは1、意思決定のスピード、2、コミュニケーション方法、3、予算に対する考え方、である。」「たとえば、技術を提案してくれた研究者に対するフィードバックは、4週間以内に行うことが常識である。特に不採用の時ほど気を遣うべきだ。・・・礼儀正しく不採用の理由を説明するのは最低限のマナーである。」「海外組織との協業を前提にパートナーを探す時は、年間約1000万円規模の出費が前提になる。国内大学と協業する際の相場観とは大きな開きがあるが、人件費をコストと見なさない日本のやり方が世界標準ではないにすぎない。」
・「オープン・イノベーションの仕組みが実際に使われ始めてから、まだ十数年である。・・・どこの企業もトライ・アンド・エラーを繰り返している段階のため、確立された方法論は存在しない。実践しながら自分たちの使い方を習得していくものなのだ。」
感想:オープン・イノベーションについてはその難しさを指摘する意見もありますが、どういう時にどういうやり方が有効なのか、そのノウハウが蓄積されつつあるように思います。著者が述べているように、モノづくり企業のR&Dのスピードアップに有効ということであれば、そういう視点でやり方を考えてみるのもひとつのアプローチかもしれません。
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本特集の論文はいずれも、論文ひとつだけでイノベーションが急にうまくできるようになる、というようなものではないと思いますが、イノベーションや研究開発の実行の段階におけるノウハウが随分明らかになってきている気がします。個々の状況に合わせて、こうしたノウハウをうまく使っていけば、研究開発の成功確率を高められるのではないか、と思いますがいかがでしょうか。


文献1:Stefan Thomke, Jim Manzi、ステファン・トムク、ジム・マンジィ著、編集部訳、「ビジネスの仮説を高速で検証する 消費者ビジネスのイノベーションに不可欠」、Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.30(原著:HBR Dec. 2014
文献2:Nathan Furr, Jeffrey H. Dyer、ネイサン・ファー、ジェフリー・H・ダイアー著、辻仁子訳、「プロセスを変えればイノベーションは生まれる チームを未知の領域に導くリーダーの役割」、Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.44(原著:HBR Dec. 2014
文献3:金井政明(聞き手、編集部)「無印良品の『引き算のイノベーション』 コンセプトの追求あるのみ」、Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.58
文献4:Scott D. Anthony, David S. Duncan, Pontus M. A. Siren、スコット・D・アンソニー、デイビッド・S・ダンカン、ポンタス・M・A・サイレン著、有賀裕子訳、「イノベーション体制をたった90日で構築する いま求められるのは、地に足のついた実行体制」Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.68
文献5、星野竜也、「オープン・イノベーションという新たな武器 製造業復活を賭けて自前主義を脱却せよ」、Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.84

参考リンク



タレントとイノベーション(「『タレント』の時代」(酒井崇男著)より)

スティーブ・ジョブズのような優れた才能を持った人によってイノベーションが成し遂げられる例は広く知られています。では、そうした才能を持った人がいればイノベーションは必ず成功するのでしょうか。また、才能ある人がいなければイノベーションは成功できないものなのでしょうか。この問いは、人の才能とは何なのか、人のマネジメントはどうあるべきなのかを考える上で重要な問題であるにもかかわらず、あまりよくわかっていないことのように思います。

そこで今回は、酒井崇男著「『タレント』の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論」[文献1]に基づいて、才能を持つ人のマネジメントについて考えてみたいと思います。本書では、イノベーションを起こす才能に特に焦点が当てられているわけではありませんが、人材を生かすマネジメントはますます重要になっていくはずです。著者は、「なぜアップルやグーグルやトヨタは成功し、なぜ日本の電機・半導体・通信・ITは完敗してしまったのか。それは、まさに、売れるモノやサービスを生み出す『タレント』とは何かを理解し、価値を生み、利益を生むとはどういうことかを理解していたか否かの違いだけである。・・・多くの日本企業と日本人が失敗したのは、人材とそのハタラキに対する『考え方』が時代から取り残されていたからである。[p.22]」と述べています。以下、本書の中から重要と感じた点をまとめたいと思います。

第1部、タレントの時代
・「現在ではトヨタ生産方式を導入し、日本の工場で高品質の製品を製造するだけでは、他国の製品と差別化できるほどの高い価値を生み出していることにならない。そうした手法は、現在では、世界中で当たり前のように取り入れられているからである。[p.35]」
・「トヨタ生産方式では、『売れるモノを売れる時に売れる数だけ』生産する。ということは、『売れるモノ』が完成していなければ、・・・量産工場すら建設されていてはいけないはずだ。[p.48]」
・「企業は、売れる商品・サービスを生み出せなければ個々の人材がいかに優秀であろうと意味がない。[p.53-54]」
・時代の変化1、市場の成熟化=製造技術の成熟化:「現在はモノがあふれている。その背景には、市場と生産技術の『成熟化』がある。・・・企業側から見れば、つくれば売れる時代はだいぶ以前に終わっている。[p.54-55]」「現在成功している企業は、『どう』つくるかは生産技術が確立されているので、『何を』つくるか、という工程に莫大な資金を使っている。そして、売れるモノができてからはじめてトヨタ生産方式で生産をするわけである。[p.59]」「成熟化した現在、経済では、質(ニーズがあるモノ)が確保されなければ、量(消費・生産・投資・雇用)は増えていかない。企業は、売れないモノはできる限り生産しないし、消費者はいらないものは買わない。[p.60]」
・時代の変化2、情報化・知識化・グローバル化:「設計情報とは、いわば、知識や才能の塊が情報となったものである。設計情報は調査、企画、開発、設計を経て生み出される成果物である。[p.69]」「『売れるモノ』に相当するのが『設計情報』なので、『売れる製品の設計情報が、売れるときに、売れる順番に工場で製品(実体)に変換される』ことが、トヨタ生産方式である。[p.70]」「グローバル化・デジタル化し、情報化した現在は、設計情報が世界中の工場で、『売れるときに売れる順番で実際の商品に変換されて』お客さんに届けられている。つまり、お客さんが買っている肝心の価値は、工場で生産する以前の、設計情報なのである。また、設計情報のような『価値をつくりだす』ことが、先進国では労働の多くを占めている。知識や情報を活用した、いわば『情報創造労働』が、先進国で働く人たちの実質的な労働なのだ。[p.70-71]」「利益の大半を生み出すのはこうした情報創造の工程(製品開発)であって、情報転写の工程(生産現場)ではない。[p.71]」
・「現在、こうした知識の塊、才能の塊である設計情報を創造することこそが、先進国企業の仕事であり、利益の源泉である。[p.77]」
・「情報視点で見ると、企業活動を通して私たちが生み出している価値とは、本質的には次の3つの情報資産である。・・・1、設計情報:『商品』に相当する情報資産、2、設計情報をつくりだし、生産(媒体に転写)するためのノウハウ、3、人材の頭脳に残っていく知識・経験の蓄積[p.80]」「最近のものつくりやサービス業の実態をより正確に把握するには、モノ(実体)の視点で見るよりも、『情報視点』もしくは『知識視点』で見たほうが本質的であるし、付加価値創造活動の実際を正確に理解できる。[p.81]」
・「一般的に、商品開発・製品開発は、強力なリーダーシップを持った少数の人たちを中心として進められる。設計情報の質を決めることに、決定的な役割を果たす少数の人たちがいるのである。・・・設計情報の質で稼ぐ先進国の企業では、こうした設計情報を生み出す能力を持った個人の能力と、彼らを生かすシステムが決定的に重要になっている。言い換えれば、そうした個人、すなわち『タレント(才能ある人材)』と、タレントを見出し、組織的に彼らを生かす仕組みをどうつくるのかが、現在の企業における最重要課題だということである。[p.83-84]」

第2部、タレントとは何か
・「新製品のコンセプトは、ある日突然頭の中でハタと思いついてつくられるものではない。世界中から集められた膨大な情報をもとに、さまざまな制約条件を踏まえた上で、商品計画・製品計画を担当する人たちがコンセプトを創造している。・・・研究開発・技術開発の方針・方向性に関しても、ある日ハタと思いついて決められているわけではない。ボトムアップで勝手に『創発』されているわけではない。・・・研究開発の成果も、将来の『情報資産』の形成に必要となる無形の『仕掛情報資産』のようなイメージでとらえてもよいということである。・・・『仕掛情報資産』の資産性を洞察できなければ、研究開発の方向を決めることは難しい。[p.106-107]」
・設計情報を創造するプロセスに関係する労働力で必要になるのがタレント・マネジメント。転写するプロセスに関係する労働力に関係するのがヒューマン・リソース。[p.108-110
・「人間の労働(付加価値を生む人間の活動)は情報視点で見れば、『情報を収集し』『情報を創造し』『情報を転写し』『情報を発信する』というビジネスプロセスのどこかに割りつけられている。[p.112-113]」
・「知的バックグラウンドが要求される仕事の場合でも、労働の観点で見たときには、・・・定型的知識労働と非定型的知識労働(あるいは転写型知識労働と創造的知識労働)に分かれる。[p.119]」「定型的知識労働と創造的知識労働の割合は人それぞれである。[p.123]」「『設計情報』と『ノウハウ』を生み出すのは、創造的知識労働のハタラキのほうである。[p.125]」「この創造的知識労働・非定型労働を引き出すことが、タレント・マネジメントだ、ということもできる。[p.127]」
・「仕事を通して、自分の頭を使い自分で経験してきた頭脳に残る蓄積が、その人間の財産でもある。・・・蓄積の質を見抜くことが、タレント・マネジメントの基本である。[p.132-133]」
・「組織的知識労働は、成功したら大きく報いるタイプの人事制度が有効である。[p.137]」
・「定型労働は、成果がリニア(線形)なのに対して、非定型、創造的労働は、ノンリニア(非線形)である。2倍入れたら成果が2倍出てくるわけではない。[p.148]」
・「例えば、アップルは自社内では、設計情報やノウハウ創造に関係する創造的知識労働に特化し、定型労働および転写型労働は、可能な限り社外で行うようにしている。[p.150]」
・タレントとプロフェッショナル・スペシャリストの違い[p.151
タレント:複数分野の知識あり、創造的知識労働、目的的・改革・改善・地頭・洞察・未知を既知に変える能力
プロフェッショナル:知識あり・定型労働、既知の事柄を確実にこなす
スペシャリスト:知識あり・定型労働、特定分野の知識に詳しい専門家
改善ワーカー:知識なし・定型労働+改善能力(非定型労働)
ワーカー:知識なし・定型労働
・「創造性や非定型性とは、目的的に『組み合わせる』力である。・・・目的を達成するためには、まずは、組み合わせる対象の知識を広げる能力が必須になる。『知識を獲得する力』の強さがタレントの必要条件なのである。[p.154-155
・「経営者がタレントであれば、タレントがわかるので、彼らは引き上げられ、活用される。しかし、必ずしもそうとばかりはいかない。タレントを組織の中で発見し生かすのは難しいからである。[p.176]」

第3部、タレントを生かす仕組み
・「創業者がたまたま優秀なタレントで、うまくいっていた間はよいが、彼らがいなくなったあとは往時の勢いが失われていく会社は多い。つまりトップがタレントである間はよいが、そのトップが退いたとき、社内に優秀なタレントがいるだけでは、きちんとしたアウトプットはできなくなる。日本の負け組大企業にも大勢タレントはいるが、タレントというものがどういうものかわかっていない人間がトップになると、彼らを生かすことは不可能になるのである。[p.179]」
・「平均的な能力の社員を経営者や上司にすると、貴重な経営資源であるタレントは確実に排除されてしまう。[p.186]」
・「企業経営の専門家が実際の企業経営に成功している例はわずかしかない。その場合も学校で学んだ経営学の知識で成功している人はまずいない。じつは、経営学やMBAが役立つ業種や企業は、最初から限られているからである。・・・MBAのプログラムでは、本書で述べてきたような設計情報の創造やノウハウ創造のような、知的資産をいかにしてつくりだすかというプロセスについては一切教えていない。[p.189]」「彼らの持っている知識では、持っている資産を削りとったり、交換したりといったことしかできない。知的資産を創造できないのである。あるいは、知的資産の『仕掛品』つまり、つくっている途中の情報資産と、それに取り組んでいるタレントのハタラキを洞察したり評価したりする能力がない。・・・扱う対象が、石油などの『天然資源』。バナナや小麦などの『食糧』、そして『金融商品』といった古典的な財のビジネスでは、元々人間の創造的知識労働やタレント性は、ほとんど関係ない。例えば、石油の油田を所有していれば、平均的な人材が経営者をつとめても大きな問題は起こらない。商品開発するまでもまく最初から『資産』も『権利』もあるからである。・・・資産の創造ではなく、資産の管理であれば、旧来の経営学でも、十分カバーできる。反対に、資産の創造が難しい分野の企業の経営は、経営のプロでは難しい。[p.194-196]」「結局、経営のプロを登用してよいビジネスは、次の場合である。1、あらかじめ商品の価値がわかっている、2、商品のつくり方もノウハウも成熟してわかっている、3、商品価値とつくり方を理解するために専門知識を必要としない。複雑ではない、4、労働者のほとんどが知識を伴わない情報転写型・定型労働者である[p.198]」
・「トヨタの主査制度(チーフエンジニア制度CE制度とも表記)は、タレントを見出し、活用する仕組みである。[p.209]」「買い手の真の要求を探り、設計情報を創成し、生産し、商品をプロモーションし、販売する、すべてのプロセスで責任を持っているのは、トヨタでは主査(CE)である。・・・主査制度は、期待される素質のある人材を見ぬき、選抜し、育て、商品に関わることすべてに責任を持つ一人のタレントと、その商品の構成要素を担当する、各専門分野のタレント・プロフェッショナル・スペシャリストを組み合わせて、優れた商品をつくりだす仕組みのことである。[p.214]」
・「主査(CE)は担当する製品に関する『すべての事柄』に責任を持つと言ってよい。豊田英二氏は、『主査は製品の社長であり、社長は主査の助っ人である』と述べている。・・・主査は、すべての中心となる司令塔のような役割である。・・・主査組織は、組織的にはラインではなく、スタッフ組織である。・・・組織の形を見ると、主査制度は普通のマトリックス型組織の横串機能ではないかと言う人がいる。一般的には、部門横断の横串機能というと各部署の連絡約を思い浮かべる人が多い。しかし、そのイメージは主査の実態とは正反対である。・・・メッセンジャーボーイや調整役などではなく開発リーダーである。[p.216-222]」
・「トヨタの主査制度による製品開発の仕組みは、米国でコピーされて使われている。じつはアップルやグーグルは、こうしたトヨタの発明した仕組みを導入しているから成功しているのである。[p.240]」
・「トヨタの主査制度は『タレント(才能ある人材)を中心として価値を生み出す仕組み』[p.262]」

・「タレントのハタラキは、誰でもできる種類のものではない。教育でつくれるわけでもない。アップルやトヨタがそうしているように、タレントを認め、応援する組織風土、地域風土、国の風土をつくっていかなければ未来はない。[p.281]」
―――

著者の主張は、イノベーションは才能ある少数のタレントによってもたらされる、ということだと思います。タレントに頼らなければイノベーションができないのか、という問いには残念ながら明確な答えは出ていないように思いますが、タレントがイノベーションの源になること、その上で、タレントを生かす仕組みが必要なことについては納得される方も多いのではないかと思います。もちろん、タレントに頼らないでイノベーションを実現する可能性はあるかもしれませんが、もし、タレントが身近にいるならそのタレントを生かさない手はない、といえるでしょう。タレントに活躍してもらうことで成果があがることはもちろん望ましいですし、衆人が認める有能なタレントが正しく評価され活躍できる風土を作ることは、他のメンバーの意欲向上(タレントを目指そうという人の努力を促したり、自分の役割を自覚してプロジェクトに協力しやすくなるという効果もあるように思います)も期待されるように思います。

ただし、優れた能力を持つ人を選び、育て、リーダーとしてプロジェクトを任せるというやり方に対しては、能力でリーダーを選抜することの問題点を指摘する考え方もあります(例えば、ノート11で、McCallChristensenによる、経験から学ぶことによるリーダー育成の考え方を紹介しました)。本書の議論だけでは明確な結論を導くことは困難だと思いますが、著者は、タレントには「知識を獲得する力」の強さが必要、と述べていますので、その能力は、McCallらのいう経験から学ぶ能力に通じるものがあるかもしれません。

タレントを生かす方法として、本書ではトヨタの主査制度が解説されている点については一つの方法論として重要な指摘だと思います。ただし、この制度は、トヨタ(やアップル、グーグル)の状況においてのみ有効なやり方なのではないか、という疑問を持たれる方もあると思いました。特に、設計情報を比較的初期の段階で明確にするトヨタ流のアプローチは、試行錯誤からの学習を重視するアプローチとは思想が異なるように思いますので、試行錯誤的な開発の場合には主査制度が最適なのかどうか興味のあるところです。さらに、タレントを選抜する仕組みについて、選抜する側の能力が重要だとすると、タレントを確実に選抜できるのか、たまたまタレントを見極める能力のない人が選抜する立場になってしまったら、それ以降、タレントをうまく選抜できなくなってしまうのではないか、という素朴な疑問も感じました。とはいえ、人材の能力をうまく引き出す方法は、仮にタレントが求められる状況であってもそうでなくても、マネジメント上の重要課題であることに変わりはありません。本書の指摘を参考に、よりよい方法を考えていくことが実務家には求められるのだと思います。


文献1:酒井崇男、「『タレント』の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論」、講談社、2015.

参考リンク


 


「競争の科学」(ブロンソン、メリーマン著)より

「競争」はよく「協力」と対立する概念として取り上げられることがあります。マネジメントにおいてどちらがより重要なのかは、非常に興味のあるところですが、最近は、イノベーションにおける「協力」の重要性が指摘されることが多く、さらに成果主義の行き詰まりの指摘も増えていて、「競争」を重視する考え方は多少分が悪いように思います。

しかし経験的にも、人の能力を引き出す上で競争的環境がプラスに作用する場合があることは事実だと思います。加えて企業には競争優位を求められますので、競争を無視するわけにはいかないでしょう。まずは、「競争」の本質をよく理解することが「競争」を考える上で重要だと思いますので、今回は、ブロンソン、メリーマン著、「競争の科学」[文献1]に基づいて、そこで取り上げられている「競争」の様々な側面の中から興味深く感じた点を整理してみたいと思います。なお、原著表題の「Top Dog」とは、「勝者」の意味とのことですので[p.348、訳者あとがき]、著者は、競争という行為自体よりは競争の結果としての勝ち負けがもたらす影響のほうに焦点をあてて議論しているように思われます。

第1部、競争とはどういうものか
第1章、唾液は語る
(筆者注:唾液分析によってストレスレベルを計測する実験からの表題)
・「競争は特別な活動である。それは強い不安と興奮を伴う。[p.20]」「どれだけ経験を積んだところで、競争のストレスを消すことはできない。[p.21]」「この試練を切り抜けるためには、練習以外の何かが必要だ。それは、『競争能力(Competitive fire)』である。本書は競争能力が何であり、どのようにしてそれを獲得できるかについて探究するものである。[p.22]」
・「競争が協力の対極にあるという考えには、重要な何かが欠けている。なぜなら、競争するには、まず双方がルールに従わなければならず、競争を成り立たせるためには、相互の協定が必要になるからだ。また、一般的に競争はチーム間で行なわれるため、うまく競争するにはチームメイトとの協力が不可欠になる。つまり、適切な競争は、協力がなければ実現できない。[p.22-23]」
・「競争力は、『適応競争力』と『不適応競争力』に区別する必要がある。適応競争力を持つ人は、忍耐力と決意を持って問題に立ち向かうが、いかなるときもルールを尊重することを忘れない。・・・この健全な競争力の真髄は、現時点の地位やランクを過度に気にせず、優れた存在になることを求めて絶えず努力することにある。・・・一方、競争力という言葉に悪い印象を与えているのは、さまざまな形の不適応競争力だ。この競争能力を持つ人には、不安感や歪んだ衝動などの特徴がある。敗北も勝負のうちだと受け入れられず、周りが競争していないときでさえ競争しようとする。何事も自分が一番でなくては気がすまず、競争が終わった後も、他社と自分を比較するのをやめられない。・・・相手を挑発し、望んでいない競争に引きずり込む。勝てないときには、不正な手段を使おうとする。・・・本書全体を通じて注目していくのは、適応競争力である。[p.24-25]」
・「競争はほとんどの場合、私たちに良い効果をもたらす。・・・過去数十年、社会科学理論は、他者との競争における動機づけは外発的なものであり、単独での活動を行なうときの動機づけは内発的なものであると明言してきた。そのため、競争は人間を歪んだ形で外発的に動機づけし、活動への自然で本質的な情熱や感覚を失わせると懸念されてきた。だが、事実はそれほど単純ではない。[p.33-34]」

第2章、競争相手との関係
・「標準的な母集団を対象にして競争の影響を調べた研究のほぼすべてで、『努力レベルを向上させた人』の割合が最も多く、残りは『競争にほとんど影響されない人』と『努力レベルを低下させた人』という結果が見られる[p.45]」。
・「競争で得られる真のメリットは、勝利ではない。それはパフォーマンスの向上なのである。・・・適切な環境下では、この現象は競争に勝たない場合にも起きる。[p.45]」
・「競争能力を高めるためには、競争が『接戦』であることが何よりも重要だ[p.46]」。「人は、軽々と勝てると思うと、全力を出そうとはしなくなる。どうあがいても勝ち目がないと思ったときも、懸命に努力するのをやめる。[p.52]」
・「競争相手が極めて多く、上位に食い込むチャンスがわずかしかないと感じるとき、人は懸命な努力をしようとしなくなる[p.53-54]」。N効果:「N(タスクを行なう人数)が多くなるほど、競争者のパフォーマンスは低下する。[p.56]」
・「競争者が『競争が公平で、勝つ見込みがある』と感じることの重要性は、軽視されがちだ。だがこの条件が満たされるだけで、競争者の意欲は驚くほどに高まる。[p.64]」

第3章、環境的要因
・「見物者がいると、学習者のパフォーマンスは下がり、熟練者のパフォーマンスは上がる。[p.79]」「第三者の監督下にあるとき、単純なタスクでは被験者のパフォーマンスが向上するが、タスクが複雑になると低下する[p.80]」
・「金銭的報酬に、内発的動機づけを阻害するマイナス面があることはよく知られている。・・・社会科学の研究の多くが、こうしたマイナス面を指摘している。しかしそうした意見には、しばしば重要な見落しがある。・・・人を競争させて一部の人にのみ高い報酬を与えると、悪影響が生じる場合がある。だが、これらのデメリットを上回るメリットがある。長い目で見れば、競争や報酬には、優れたパフォーマーを惹きつける効果がある。平等主義の非競争的な職場では、優れた業績をあげながら、それが表彰や金銭的報酬で報われていないと感じる社員が、出て行ってしまう可能性がある。[p.89-90]」

第2部、競争スタイルは人それぞれ
第4章、遺伝子の酵素

・「脳のシナプスは、ある程度の神経伝達物質を必要とするが、多すぎてもいけない。」「COMTという酵素は、・・・前頭前皮質でのドーパミン分解の仕事をすべて担っている。・・・COMTには、動きが速く勤勉なタイプと、怠け者でゆっくりと働くタイプがあり、人によってどちらを持っているかが異なることがわかった」。[p.98-100
・「ストレスが生じると、前頭前皮質のシナプスには大量のドーパミンが溢れる。・・・高速のCOMTを持つ脳は、ストレスをうまく処理できる。」しかし、「速いCOMTを持つ人は、標準的なドーパミンレベルが慢性的に低くなる。・・・これらの人々は、最善に機能するためには、締め切りや競争、重要な試験などの、ストレスが必要なのである。遅いCOMTはドーパミンを除去する能力が低い。」そのため「強いストレスを感じていないときには、・・・ドーパミンレベルが高く保たれ・・・最適なパフォーマンスが可能になるのだ。・・・だがストレスとプレッシャーに直面し、ドーパミンが大量に放出された場合、問題が生じる。」[p.101-102
・さらに、「ドーパミンの除去に時間がかかる酵素を持つ人は・・・平常時のドーパミンのレベルが高く、攻撃的反応の閾値の近くにいる。こうした人は神経質であり、感情を爆発させやすい。[p.103-104]」
・主要な女性ホルモンであるエストロゲンは「ドーパミン再吸収の速度を30%遅くする。そのため、女性のドーパミンの基準値は男性よりも高くなる。・・・これにストレスが加われば、女性は簡単にドーパミン過負荷になってしまう。・・・すなわち、ストレスは男性を助け、女性を傷つける。[p.113-114]」

第5章、男女の違い
・「成功の見込みが高いとき、男女の間に野心の差はなくなる。むしろ女性の方が積極的になる。男性は、勝つ見込みの少ない勝負にも賭けることがある。ときには、愚かしいまでに勝ち目のない戦いに挑むこともある。だが、女性はそのような賭けをしない。[p.130]」
・「女性は、正確にリスクを認識しているのである。・・・女性は、負ける可能性を認識することに優れているだけなのだ。一方の男性は、負ける可能性をうまく認識できず、自信過剰である。男性は、勝利だけに注目する傾向がある。[p.139]」
・「『有限ゲーム』には始まりと終わりがあり、勝利というはっきりとしたゴールがある。・・・これに対し、『無限ゲーム』には明確な終わりがなく、勝者も宣言されない。そのため、競争を続けることがゴールになる。・・・研究結果は、女性はこの無限ゲームに、男性よりもうまく対処できることを示唆している。勝ち負けを考えてばかりではないことで、女性は無限ゲームを生き延びやすくなる。[p.147]」

第6章、幼少期の環境
・少年は集団で過ごす時間が多く、女子はペアで多くの時を過ごす[p.160]。集団は対立を受け入れ、ペアは対立を避ける[p.161-163]。「ペアでは競争が歓迎されない。強引に競争することはペアの関係を壊すことになりかねないからだ。[p.164]」
・生まれ順の影響:「競争に直面するとき、第二子以降の子供はあまり動揺せず、大きなショックを受けたりはしない。なぜならこれらの子供は、同じような状況で生じる心理的作用に慣れているからだ。[p.172]」
・競争力を生物学的要因で説明できるのは半分程度。[p.183

第3部、勝敗を決定づけるもの
第7章、獲得型と防御型

・「人は勝利によって得られるものに注目すると勝算を度外視してリスクをとり、勝算に注目するとリスクをとらなくなる傾向がある。[p.188]」
・「強烈なプレッシャーの下では、ミスを避けようとする戦略がさらに多くのミスにつながることもある。これは、負けないためのプレーのパラドックスである。[p.189]」
・獲得型志向:意欲が高く、行動が迅速で、制限時間があると力を発揮する。成功への願望が動機になる。競争中もモチベーションを維持しやすい。
・防御型志向:細部に強く注目する。それはミスを減らすことにつながるかだ。警戒心が強く、細心の注意を払って行動し、リスクを避ける。制限時間がないときの方が力を発揮できる。失敗の恐怖が動機になる。競争の最中にモチベーションを失いやすい。ミスをするとそれが頭から離れなくなり、勝負を続ける価値がないと判断してしまう。[p.206-207

第8章、ポジティブとネガティブ
・「『ニアミスバイアス』とは、幸運によって良い結果が得られた後に、さらにリスクをとろうとするようになる傾向をいう。・・・ニアミスは過度の楽観主義を引き起こしてしまう[p.216]」
・「ロシアの心理学者ユーリ・アナンは、・・・人にはそれぞれパフォーマンスに効果的な不安レベルがあると仮定し、これを『IZOF(個人の最適機能ゾーン)』と名づけた。・・・不安が多いときに最高のパフォーマンスをする選手もいれば、その逆の選手もいる。[p.227]」
・ポジティブ思考のデメリット:「ネガティブな考えを禁止することによって、ミスから学び、戦略を修正しながら漸進するために必要な、過去のパフォーマンスについての批判的思考の価値が否定されてしまう」「成功を当然のものとみなして、目標に取り組む意欲が低下してしまう」「ネガティブな・・・出来事が生じると、動揺したり落胆したりしやすくなる。[p.232-234
・「怒りは、ポジティブな力を持ったネガティブな感情だ。それは、私たちを前進させるための動機づけになるのである。[p.247]」

第9章、競争のホルモン
・テストステロン:不確実性に直面したときに生じる警戒の感情を弱め、リスクへの不安を減らし報酬を多く求めるようになる働きを持ち、より分析的、合理的な判断をする作用がある[p.254-256]。「テストステロンは、当該の社会的状況が重要だとみなす行動を誘発する。[p.272]」
・コルチゾール:ストレスに対する身体の治療薬[p.263]。「コルチゾールとテストステロンは、互いを調節し合っている。[p.264]」
・オキシトシン:「感情抑制の働きを弱める作用がある。愛情を感じているのなら、ますます強い愛情を感じる。だが怒りを感じているのなら、オキシトシンがその怒りをさらに強くするのである。[p.267]」

第4部、競争で変化は加速する
第10章、チームのヒエラルキー

・「全員が平等で、等しい役割を与えられ、そのことによってチームにさらに貢献しようとするようなあり方が、理想的なチームだという考えがある。だが科学は、このような理想的な考えは、むしろ弊害になると主張する。・・・現実には、メンバーがまったく平等であることは稀である。明確な役割から成るヒエラルキーを構築することこそが、チームのパフォーマンスを高めるための最善策なのである。[p.300]」

第11章、競争とイノベーション
・「オープンソース革命がもたらす最大のメリットは、チームや企業の枠組みを超えて、大規模なコミュニティからさまざまなアイデアを得られることだ。・・・オープンソースが語られるとき、創造的なイノベーションの秘密だとされるのは、決まってコラボレーションだ。競争は何であれ(チーム間、企業間、個人間)、前世紀の遺物だとみなされる。・・・Linuxの開発方法を全体的に見れば、それは壮大なコラボレーションと呼べるだろう。だが、プログラマー一人ひとりは、コラボレーションをしていない。他のプログラマーに勝つことを目指して、1人でコードを書いているのだ。・・・オープンソース運動が利他的なボランティアによって支えられているというイメージは、その実態を正確には表していない。[p.310-305]」
・「内向的な人は、単独で働くときに最大のパフォーマンスを発揮する。チームで働くことを強いられると、パフォーマンスは急激に低下する。また一般的に、内向的な人は競争の持つ社会性が好きではないと見なされているが、実際には競争によってパフォーマンスが際立って向上するのだ(逆に、外向的な人のパフォーマンスは協働的環境で上がり、競争的環境によって低下する)。[p.310]」

第12章、公正なる競争
・「不適応な反応はたいてい、個人の性格的欠点からではなく、不公正な競争の結果として生じる。・・・競争が公正なときは、勝利と敗北はどちらも適切な反応を生む。勝者は敗者に同情でき、両者は感情的なつながりを持てる。敗者は結果を受け容れ、勝者を祝福できる。競争は、どちらか一方だけの勝利ではなく、互いの努力への尊敬の念を生じさせるものになる。[p.338]」
・「勝つことと負けることについての感情的な反応は、世界共通だ。」
勝利の一般的な反応:1、喜び(歓喜と高揚感)、2、自らの能力についての満足感、3、勝利の否定(罪悪感、報復される不安、喜びを表に出さないようにしなければと感じる)、4、自己陶酔的な自己高揚(敗者に対する意地の悪い優越感)
負けることへの反応:1、悲しみと失望、それに続く潔い敗北の受け容れ(悪意を抱いたり、相手を非難したりはしない)、2、敗北の否定(無関心、徒労感、退屈さ、無感情)、3、自己評価の低下(自己嫌悪、極度の狼狽)、4、勝者に対する攻撃(嫉妬、怒り、憎悪)[p.339-340
・「競争が原因で気持ちが落ち込んだときは、本書で見てきた競争の科学を活用して、その原因を分析し、パフォーマンスを高めるために何が必要かを明らかにして欲しい。・・・人は経験を通じて、勝利と敗北はどちらも、成長や改善という長期的な目標のための一時的な結果にすぎないことを学ぶ。[p.342]」
―――

競争には良い面も悪い面もあることは多くの人が感じておられるのではないでしょうか。ただ、従来の競争のやり方の弊害や限界が目立ってきたことで、「競争ではなく協力」という考え方が近年注目されるようになってきたのだと思います。しかし、本書にも述べられているように、競争と協力は対立するような概念ではないはずですので、協力することが直ちに競争を捨てることにはならないでしょう。また、競争のなかにも有意義な競争もあれば、害をもたらすものもあることは、当然のことだと思います。本書は、競争の様々な面についての研究成果がまとめられていて、その本質を知る上で極めて示唆に富んでいると感じました。

ただし、競争の有効性を主張するという著者らの意図に沿ったデータが多く集められている可能性もあるように思いましたので、その点には注意が必要でしょう。さらなる検証の必要な推論もあるように感じました。とはいえ、これだけのデータがあることを考えると、確かに著者のいうとおり、競争を単純に否定してしまっては損失があると思います。どんな場面で、どんな環境で、どんな特性の人やチームに、どんな種類の競争的環境を作ればよいのか、そしてどんな場合には競争がどんな害悪をもたらす可能性があるのかを知り、競争を有効に活用していくことがマネジメントには求められるのだと思います。


文献1:Po Bronson, Ashley Marryman, 2013、ポー・ブロンソン、アシュリー・メリーマン著、児島修訳、「競争の科学 賢く戦い、結果を出す」、実務教育出版、2014.
原著表題:Top Dog:: The Science of Winning and Losing

参考リンク



研究マネジメント・トピックス目次(2015.8.9版)

このブログの「研究マネジメント・トピックス」というカテゴリで書いた研究マネジメントに関する話題についての記事の目次です。ここでは表題とリンクをリストにし、要約入りの目次は「その1」「その2」に分割して別ページにしています。それぞれリンクの接続確認、気付いた新たなリンク追加も行なっています。
要約入り目次はこちら:その1その2

その1
研究・イノベーション総論についてのトピックス
「イノベーションの神話」(Scott Berkun著)のまとめと感想2011.2.20)、参考リンク
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2011年)
2011.11.27)、参考リンク
Thinkers50 -経営思想家ベスト50(2013年)2013.11.17)、参考リンクは上と同じ
「イノベーションとは何か」(池田信夫著)より
2012.7.22)、参考リンク
「知識創造経営のプリンシプル」(野中郁次郎、紺野登著)より2012.12.24)、参考リンク
「ビジョナリーカンパニー4」(コリンズ、ハンセン著)より
2013.1.20)、参考リンク
「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(入山章栄著)より2013.10.20)、参考リンク
「技術を武器にする経営」(伊丹敬之、宮永博史著)より
2015.1.18)、参考リンク
「資本家のジレンマ」(クリステンセン、ビーバー著)より
2015.2.15)、参考リンク
Thinkers50「イノベーション」より
2015.6.7)、参考リンク

研究・イノベーションの方針、着想、スタート段階についてのトピックス
破壊的イノベーションの現在(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号より)2013.8.4)、参考リンク
リバース・イノベーション(DHBR2010年論文より)
2010.10.17)、参考リンク
「リバース・イノベーション」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より
2012.11.25)、参考リンクは上記と同じ
オープン・イノベーションは使えるか?2011.1.10)、参考リンク
エスノグラフィーとイノベーション
2010.12.19)、参考リンク
「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」
2010.11.28)、参考リンク
「ホワイトスペース戦略」-ビジネスモデルイノベーションの方法
2012.1.9)、参考リンク
イノベーションをビジネスへ(マリンズ、コミサー著「プランB」より)
2012.6.17)、参考リンク
複雑系経営(?)の効果
2012.5.6)、参考リンク
ビジネスモデル・ジェネレーション(オスターワルダー、ピニュール著)より
2013.3.17)、参考リンク
戦略策定の科学的アプローチ
2013.6.30)、参考リ
「P&G式『勝つために戦う』戦略」(ラフリー、マーティン著)より
2014.3.2)、参考リン(すぐ上記事と同じ)
ジュガードイノベーション(ラジュ、プラブ、アフージャ著「イノベーションは新興国に学べ!」より)
2014.5.11)、参考リンク
リ・インベンションとは(「リ・インベンション」三品和広+三品ゼミ著より)
2014.7.13)、参考リンク
「行動観察×ビッグデータ」(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2014年8月号特集)より
2014.9.21)、参考リンク
「イノベーション戦略の論理」(原田勉著)より
2015.3.15)、参考リンク
「ザ・ファーストマイル」(アンソニー著)より
2015.4.12)、参考リンク
「バリュー・プロポジション・デザイン」(オスターワルダー、ピニュール他著)より
2015.7.26)、参考リンク


その2
研究・イノベーションの進め方に関するトピックス
「流れを経営する」を読む2012.3.25)、参考リンク
「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想
2011.3.21)、参考リンク
アジャイル、スクラム、研究開発
2012.5.27)、参考リンク
「技術経営の常識のウソ」感想
2011.4.17)、参考リンク
祝ノーベル賞:『発見の条件』by根岸英一教授
2010.10.11)、参考リンク
P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー
2011.11.20参考リンク
知的な失敗2012.2.26)、参考リンク
「エスケープ・ベロシティ」(ジェフリー・ムーア著)感想
2012.8.19)、参考リンク
「製品開発をめぐる6つの誤解」(トムク、ライナーセンの論文より)
2012.10.14)、参考リンク
「イノベーション5つの原則」(カールソン、ウィルモット著)より2012.11.4参考リンク
「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より2013.9.8)、参考リンク
「はじめる戦略」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)に学ぶイノベーションの進め方
2014.12.21)、参考リンク
「ワイドレンズ」(アドナー著)にみる協働の方法
2014.1.19)、参考リンク
「社会技術論」(堀井秀之著)より
2013.2.17)、参考リンク
「技術経営の実践的研究」(丹羽清編)より
2013.4.29)、参考リンク
「ビジネスモデルイノベーション」(野中郁次郎、徳岡晃一郎編著)より
2013.5.26)、参考リンク
スタートアップ企業と既存企業におけるイノベーションの方法(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」より
)(2013.12.15)、参考リンク
「リーン・スタートアップ」(リース著)より
2014.4.6)、参考リンク
模倣の意義(シェンカー著「コピーキャット」より)
2014.6.8)、参考リンク
「DARPAの全貌(DHBR2014年7月号より)」に学ぶ革新的なイノベーションの進め方
2014.8.17)、参考リンク

研究・イノベーションの環境(仕組み、組織、人)に関わるトピックス
働きがいのある会社とは(Fortune誌「最も働きがいのある米国企業2011」No.1、SASの考え方)2011.1.30)、参考リンク
イノベーションに必要な人材-「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」
2010.11.7)、参考リンク
ナットアイランド症候群:自律的な組織を失敗に導く組織病
2010.9.26)、参考リンク
コア・リジディティ
2010.9.5)、参考リンク
リーダーがつまずく原因
2010.7.19)、参考リンク
イノベーターのDNA
2011.5.15)、参考リンク
イノベーションのDNA
2012.4.15)、参考リンクは上記と同じ
技術者が問題社員になるとき2011.7.24)、参考リンク
モチベーション再考
2011.8.28)、参考リンク
ポジティブ心理学の可能性
2011.9.25)、参考リンク
事業創造人材とは
2011.10.16)、参考リンク
フロネシス(賢慮)と研究開発
2012.1.29)、参考リンク
橋渡し役の重要性
2012.9.17参考リンク
イノベーションに関わる人々(「イノベーターはどこにいる?」豊田義博著より)2014.11.3)、参考リンク
「シリアル・イノベーター」(グリフィン、プライス、ボジャック著)を活かす
2014.1130)、参考リンク
創造力に対する自信(トム&デイヴィッド・ケリー著「クリエイティブマインドセット」より)
2015.5.10)、参考リンク
「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」(山口周著)より
2015.6.28)、参考リンク


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