研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

2015年09月

「技術大国幻想の終わり」(畑村洋太郎著)より

優れた製品を生み出すことで高い評価を得ていた日本の企業のいくつかが、なぜ近年苦境に陥っているのか。その確かな原因を特定することは簡単ではないとしても、原因を探り、考えられる対策を講ずることは苦境の打開には必要なことでしょう。今回は、「失敗学」でも有名な畑村氏の近著(「技術大国幻想の終わり」[文献1])に基づいて、この問題について考えてみたいと思います。

まず著者は、「私が、日本の産業界が大きな壁にぶつかっていると感じるようになったのは、2000年代のはじめころからです。[p.8]」と述べています。そして、その背景として、次の点を指摘しています。
・「国内市場の飽和とグローバル化」:「1990年代後半以降のグローバルな変化は、多くの日本人が考えていた以上に大きな変化でした。・・・しかし、多くの日本企業は、従来の成功方程式をそのまま踏襲しているように見えました。そうした企業はえてして、うまくいっていない現状を為替のせいにしたり、法人税が高いせいにしています。[p.9-10]」
・「私たち日本人は、自らを『技術大国』と位置づけて、その上にずっとあぐらをかき続けてきたのではないか、そして、自分の頭で考えて努力するということを忘れていたのではないか。そうした傲慢さを真摯に反省しなければならない時期に来ているように思います。[p.11]」
・「なぜ日本は、このような傲慢な国になってしまったのでしょうか。・・・とくにいまの日本人のメンタリティに大きな影響を与えているのは、1945年から94年までに50年間の『成功体験』でしょう。・・・この50年間は本当に、日本にとって有史以来最もいい時期といっていいでしょう。・・・まさに『奇跡の50年間』といってもいいかもしれません。・・・『奇跡の50年間』はまた、目指すべき道や目標が明確な、ある意味『幸福』な時代でした。進むべき道が定まっていたので、だれもが迷うことなく信じる道を突き進むことができました。その道を進んで努力をしてさえいれば、そこそこの暮らしができるようになったのです。そしてそのことが、日本人のメンタリティに大きな影響を与えているように思えてなりません。[p.16-19]」
・「日本が自らを『技術大国』だと誇るようになったのは、1980年代以降のことです。・・・日本製のほうが優れているからアメリカの消費者にも受け入れられているという事実は、日本人に大きな自信を与えました。しかし、残念なのは、その自信が次の時代の変化を見ないことにつながったということです。・・・1995年以降は『奇跡の50年間』で存在していた条件が大きく変わった時代です。・・・かつてのように、答えが存在して道をはずさずに努力すれば成果が約束される時代ではなくなってしまったからです。・・・『奇跡の50年間』の中で多くの日本人は、いつの間にか、『努力をすれば報われるのは当たり前』『良いものをつくれば売れるのは当たり前』と考えるようになっていた・・・一言でいえば能天気な国民になってしまったのです。[p.20-21]」
以下、本書の構成に沿って、重要と感じた点をまとめます。

第1部、日本の状況
・「日本がこれからどうやって生きていくのかを考えていくうえで大切なのは、まずは自分たちが置かれている状況を大づかみでもいいから知ることです。[p.24]」
・「私たちが生きていくとき、そしてなんらかの活動を行うときには、必ず食糧やエネルギーが必要になります。日本はこれらを国内だけでまかなうことができず、海外からの輸入に頼っています。そのためには当然お金が必要で、つまり日本が生きていくためには、食糧やエネルギーをつくりだす化石燃料の購入費に充てる外貨をなんらかの方法で稼がなければならないわけです。[p.24]」「中国も日本と同じで、食糧やエネルギーの原料を海外に依存しないと生きていけないし、しかもその量は日本とはくらべものにならないくらいに膨大です。同じことを志向しているのですから、今後もあらゆるところでバッティングする可能性があるので、私たちはそのことをちゃんと意識しておかなければなりません。[p.35]」
・「想定に入れておかなければならないことに、自然環境の問題があります。これも変わらぬ与条件の一つです。とりわけ日本の場合、巨大地震は必ず起こるものとして考えていく必要があります。[p.35]」「日本では原発をメインに考えることはできなくなりました。かといっていまのように消えた分を火力発電で補う方法をいつまでも継続することはできないでしょう。最近ではこの件に関して、だれも強く主張することがなくなりましたが、地球温暖化の問題が変化した制約条件の一つとしてある[p.38]」。
・「日本の超高齢化と人口減少もまた、避けられない近未来になっています。・・・日本人が生きていくためには、たとえば前述の食糧やエネルギーが不可欠なものになりますが、そういうものを考慮すると単純に人口が多いからいいということはなく、・・すべての人に行き届く状態を維持できる人数が理想ということになります。あくまで直観ですが、私個人は、それはだいたい8000万人程度になるのではないかと見ています。[p.41-43]」「私は外国人を入れる前に考えるべきは、やはり高齢者と女性の雇用だと思います。[p.44]」「今後は日本でも、高所得者と低所得者に二極分化することになる可能性があります。格差が拡大すると、犯罪が増加して治安が悪くなり、社会不安が増大するのが世界的に見られる傾向です。・・・最もやらなければならないのは階層を固定させないことです。[p.49-50]」
・「2013年4月に日銀が発表した大胆な金融緩和策・・・によって、日本はそれまでの円高から一挙に円安に振れました。・・・しかし・・・これだけの円安の割に期待されたほどの効果は出ていないように見えます。これはすでに、以前のように原材料を海外から輸入し、それを使って国内で付加価値をあげて海外に売るという構造が崩れていることが大きな原因です。その主な原因は、いわゆるグローバル化です。・・・エレクトロニクス産業の敗因は、投資の方法をまちがえたことだと言われていますが、それだけではありません。グローバル市場で戦うには、投資の規模をそれまでの10倍にするとか、製品を企画してからのリードタイムを大幅に短縮するといった、従来と異なる戦略や戦術が必要でした。しかし多くの日本の企業は、周りの状況の変化に対応せず、それまで自分たちが慣れ親しんだやり方で戦っていました。そのことが結果的に、自分たちを追い詰めることになってしまったのです。[p.51-53]」
・品質幻想の3つの要因:1、「日本人がつくるものが優れているという幻想」、「職人の技幻想」(「実際の職人の仕事には、日本人でなくても3年くらいまじめに修行すればできるようになるという仕事が少なくありません」、「品質の良いものをつくれば売れるという誤解」。
・「結局こうしたことを考えていくと、日本企業の技術運営のおかしさという問題に行き着きます。日本の技術はたしかにまだ優れている部分はたくさんあります。基礎技術もそうですし、まさに品質の良さなどは、いまでの日本の技術のアドバンテージです。しかし一方で、その良さを生かし切れていないのは、多くの日本企業で見られる技術運営のおかしさゆえです。それはたとえば、過剰なまでの品質チェックを含め、形を整えることばかりを考えているという特徴に表れています。[p.67]」「優れているはずの基礎技術についても、日本は近年、本質的な進歩が停滞しているように見えます。[p.70]」「すり合わせ技術の強みが発揮されているのが日本の自動車産業だといわれてきました。しかしこの優位性がいつまでも続くとはかぎりません。パソコンや家電の開発は組み合わせ技術でできるので、この分野ではすでに日本は負けています。[p.71]」「最近の日本の企業を見ていて気になることがもう一つあります。それは危機管理ができていないことです。・・・危機を回避するために必要なのは、不測の事態に備えて・・・余裕があることです。[p.73-74]」

第2部、日本がこれから意識すること
・「産業の行き詰まりの要因としては、周りの環境が大きく変わってきたのに対し、過去の成功体験がジャマをして、社会も企業もなかなか変化できないということが、浮き彫りになってきました。[p.78]」「過去の成功体験から離れて、もう一度、新しい方向へと舵を切らなくてはいけないのです。・・・そのために意識することは2つあると思います。・・・一つは自分たちが『技術大国である』という『幻想』をいますぐ捨て去ることです。日本は自分たちが思っているほど、技術が優れているわけではないし、日本人にしかできないということはあまりありません。・・・もう一つは『価値』について目覚めるということです。[p.78-79]」
・「本書では、価値=値がつくものと考えましょう。[p.83]」「日本の企業が従来もっとも注力していたのは、・・・どういう構造のものをつくるか、どうつくるかというところです。・・・しかしそうした方法は、・・・先進例をキャッチアップしていた時代には有効でも、・・・新たなものをつくりだしていかなくてはいけない時代には通用しません。そのために必要なのは、・・・顧客・社会の要求を知ることで、どういった機能が求められているかを考え、次に制約条件は何かを考え、それらを商品企画に生かさなければなりません。[p.88-89]」

第3部、日本の生きる道
変わっていくのを前提とした戦略
・市場のあるところでつくる:「安いから海外でつくる時代は終わった[p.102]」「工業製品もいまは、地域で生産して地域で消費する『地産地消』が世界の趨勢になっている・・・必要となってくるのは、機能を充実させることよりも、その国の文化を知り、その国の文化にあった製品をつくることで、その国の消費者の圧倒的な支持を集めることなのです[p.105]」「日本人が海外に「出稼ぎ」に行く時代も終わった[p.105]」。
・それぞれの社会が求めている商品を売る:「サムスンは、『地域専門家』を各地域に送り込み、現地の人の文化、考え方を取り込んだ商品設計を行ってきました。過去の成功体験から『いいものをつくれば売れる』と、傲慢になっていた日本の企業は、こうした真のマーケティングが苦手でした。[p.110-111]」
・日本の経験を売る:「自分たちが長年積み重ねてきた潜在的な価値に目覚めるという方法・・・自分たちの社会でジタバタしてきた経験を武器に、社会が求める機能を売る[p.131]。製品と運用システム、保守サービスの一体化、公害対策、安心、高齢化、中古市場、など。
・日本が進む技術の方向:「技術と商品の関係を考えた場合、発想の新規性というヨコ軸と技術の先端性というタテ軸」で考える。どちらも高い先端市場、未知市場はリスク大。どちらも低いコモディティ、汎用品もリスク大。新規性と既存技術の組み合わせ、最先端の技術を追いながら、先端市場、未知市場で成功するための人材を育て、それを目指すべき。[p.149-150
・日本国内でやるべきこと:「未知の市場に投入すべき先端技術や、それを使った新たな製品の開発でしょう。そうしたことは、産業集積、技術集積、生産文化、学術の集積、人材、資本など、これらがすべて揃っているところのほうがやりやすいからです。・・・経験の蓄積があることや、政治を含む国内情勢が安定していることが有利に働きます。・・・生産技術の基本系もまた、日本国内でつくるのがいいでしょう。[p.160-161]」「市場要求に対応して既存技術の組み合わせで新たな商品を開発するのは、それぞれの市場で行うことになるでしょう。[p.162]」
・「昔から一連の技術を取り入れてきた先進国では、技術は坂道を登るように徐々に進化しています。しかし新興国は、先進国ですでにできあがった技術を取り入れるので、ところどころでジャンプをします。[p.163]」
・「日本の企業が技術で生きていくなら、技術の優位性を保ち続けることが大事です。そのためには、やはり技術全体がわかる人が不可欠になります。・・・さらにどこがその技術を持っているとか、それを使うにはいくらかかるかといった費用などのことまですべて把握していると、本当の意味で技術を武器にした商売ができます。・・・日本の企業にこのような人材がいるかというと、いまはおそらくいないだろうとしかいえません。だから日本の企業は本当の企画ができないというのが、いまのところの私の結論です。[p.171-172]」
・「どのような方向に進むにせよ、結果を出し続けるためには、常に進化し続けることが求められています。つまり、生きていくためには、永遠に努力し続けることが必要なのです。[p.172]」「私たちの先人は、いままで闇夜に浮かぶ灯台の微かな光を目指して努力し続けて結果を出してきました。その灯台すら見えないのがいまの時代ですが、そのときの一筋の道というのが、本書で述べた『価値』を追求していくことだと私は思っているのです。[p.173]」

エピローグ
・「これまでの考察を踏まえたうえで、私がたどり着いた答えは3つに集約されます。その3つというのは、『考え方を変える』『からくりを変える』『教育を変える』です。[p.174]」
・「私は、いまの日本の社会、企業を覆っているいちばん大きな問題は『考えの硬直化』だと考えています。[p.176]」
・「これから先、日本の人口が減っていくことは、必ずしも悪いことではないと私は考えています。・・・必要なのは、高齢化と少子化に対応するように社会のからくりを変えていくことです。[p.177-178]」
・「考え方を変えるにせよ、社会のからくりを変えるにせよ、最終的には人材の育成ということに行き着きます。・・・いまの日本の教育で問題になっているのは、次の2点だと思います。一つは親の所得で子どもが受けられる教育の程度が変わること。・・・もう一つは、すでに時代に合わなくなった教育カリキュラムの見直しです。・・・いまは環境の変化が著しい時代です。・・・そういうときに求められるのは、変化に応じて柔軟に対応することです。・・・残念ながらこういう人材は、従来の教育では育成できません。そもそも知識の詰め込みと、座学を中心とする明治以来の教育は、決まったことを正確に行う力を養うためのものでした。そういう知識重視、記憶力重視の人たちを数多く育成したことが、かつては日本の大きな力になりました。・・・しかしいま求められているのは、得た知識を使って自分の頭中に、目の前で起きている事象、これから起きる事象のモデルを組み立てることです。[p.181]」
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日本は技術大国だから強みがあるはずだ、という議論はよく聞きます。確かに、日本は技術でそれなりの地位を築いたというのは事実だと思いますが、本当にこれからも技術大国でいられるのか、技術大国である(あった)ことがこれからも強みになるのか、ということは改めて考え直す必要があると思います。著者はその点を「技術大国幻想」という言葉で指摘しているということなのでしょう。書かれている内容については、根拠や裏づけが詳細に説明されておらずそのまま受け取りにくいところもあり、異なる考え方もありうるのではないか、という印象を持ったところもありましたが、全体的には、同意できる指摘が多かったと思います。最も重要なことは「技術大国」という名のもとに、他力本願的な希望的観測を抱いたり、技術を維持強化するための努力をしなくなってしまうことなのではないか、と感じました。こうした視点は実務家にとって忘れてはいけないことだと思いますので、自戒をこめて肝に銘じたいと思います。


文献1:畑村洋太郎、「技術大国幻想の終わり これが日本の生きる道」、講談社、2015.

参考リンク



 

イノベーションの方法(ファー、ダイアー著、「成功するイノベーションは何が違うのか?」より)

研究開発やイノベーションの方法は、取り組む課題に応じて変える必要がある、ということは多くの方が指摘していますし、私の経験からもそう思います。しかし、どういう場合にどのようにすべきか、ということはあまり明確になっていないというのが実情でしょう。

ただ、最近では、イノベーションの具体的手法について、かなり多くのことがわかってきていると思います。今回は、そうした具体的手法のなかから、ネイサン・ファー、ジェフリー・ダイアー著「成功するイノベーションは何が違うのか?」[文献1]に書かれた考え方をまとめておきたいと思います。なお、原著の表題は「The Innovator’s Method: Bringing the Lean Start-up into Your Organization」であり、Christensen氏の推薦の言葉「本書はイノベーションのプロセスを初めから終わりまで詳しく解説した初めての本だ[p.iii]」からもわかるように、最近の考え方も入れて、著者らが考えるベストの手法が解説されていて、実務家にとってもかなり役立つ内容になっているのではないかと思います。

序章、はじめに
・「本書で伝えたいことは、あらゆる分野で、不確実性の高い野心的なアイデアを検証するための新しい手法や視点が登場してきているということだ。リーンスタートアップであれ、デザイン思考であれ、アジャイルソフトウェア開発であれ、このような新しい手法は、マネジャーが新しいアイデアを生み出し、洗練させ、市場に投入して成功させるための今までの方法を根底からくつがえすものだ。・・・本書では既存企業のマネジャーが新しい取り組みを採用しやすくするために、『イノベーション実現メソッド』と呼ぶイノベーションを管理するための新しい方法論を提唱する。[p.2]」
・「一言で言えば、『イノベーション実現メソッド』とは、成果を上げているイノベータが、イノベーションの不確実性をうまく扱う際に使っているプロセスである。本当は顧客が欲しくないような製品を開発し、市場に投入することでリソースを無駄にしてしまう前に、独創的なインサイトをテストし、検証するプロセスである。[p.9]」
・「本書で紹介する類書にはない重要な考え方は、不確実性に対処するためには、新しいマネジメント手法が必要になるというものである。伝統的なマネジメント手法は、比較的確実な状況における課題にはうまく機能していたが、不確実な状況での課題に対しては機能しなかった。[p.21]」

第1章、イノベーション実現メソッドThe Innovator’s Method
・「企業が顧客を創造する能力に影響を与える不確実性には2つの種類がある。需要の不確実性(顧客はそれを買うのか?)と技術の不確実性(理想的なソリューションを提案できるのか)である。[p.25]」
・「抱えている課題の不確実性率が低い場合、おそらくこれまで使われていたマネジメント手法を適用することができるだろう。一方、不確実性率が高い場合、イノベーション実現メソッドが指針となるだろう。[p.34]」
・イノベーション実現メソッドの4つのステップ[p.40-41

ステップ1、インサイト――サプライズを味わう:「解決する価値のある課題についてのインサイトを幅広く探す」
ステップ2、課題――片づけるべき用事の発見:「ソリューションから考えるのではなく、・・・片づけるべき用事を探すことから始める」
ステップ3、ソリューション――最小限の素晴らしい製品のプロトタイピング:「完全版の製品を開発する代わりに、・・・プロトタイピングを繰り返し行い、・・・最終的には最小限の素晴らしい製品を開発する」
ステップ4、ビジネスモデル――「ソリューションの核心をおさえると、ビジネスモデルの他の要素を検証する準備が整ったことになる」
「各ステップは挑戦の要となる仮説を実験するため、『仮説、実験、学習』のループを繰り返し行なう」
・「実際は、これらのステップはお互いに重複したり、時には少し違った順序で起きることもある。[p.57]」

第2章、不確実な時代のリーダーシップLeadership in the Age of Uncertainty
・「テイラーの科学的管理法の原則・・・つまり課業の専門化、作業の標準化、説明責任、分業などは、・・・これまで大きな効果を上げてきたが、問題が一つある。この原則は、イノベーションのマネジメントのためには完全に間違っているのだ。顧客を維持するためのタスクを効率的に実行する場合には優れた原則なのだが、顧客を『創造する』・・・ための作業の指針としては、うまく機能しない。[p.60-61]」
・リーダーの主な4つの役割:
1、トップの実験者となる:「最も重要なことは、リーダーがトップの意思決定者ではなく、トップの実験者にならなければならないということ[p.66]」。「トップの実験者は、次の3つに注力している。挑戦の要となる仮説をチームでまとめる、仮説実験を通して素早く検証する、データ(多くの場合、顧客から収集したもの)を使って意思決定を行なう[p.69]」
2、大きな課題を設定する:「リーダーはメンバーが機会を探すように駆り立てなければならない[p.72]」
3、イノベーション実現メソッドについて幅広く、深い専門知識を構築する:「不確実な状況をマネジメントするには、これまでとは別の手法が必要だと理解してもらう何らかのトレーニングを全員が受ける必要があると考えている。[p.76-77]」
4、障壁を取り除き、実験を支援する:「イノベーションのための時間を割く」。顧客と専門家、そしてツールを与える。組織の障壁を取り除く。[p.82-86

第3章、インサイト――サプライズを味わう(Insight: Savor Surprises
・「イノベーションは、解決する価値がある課題についてのインサイトを生み出すことから始まる。・・・調査の結果、インサイトを生み出すきっかけとなるものは『サプライズ』だということがわかった。[p.95]」
・「前著『イノベーションのDNA』では、優れたイノベータがサプライズを見つけ、新たなインサイトを生み出す方法を解説した。同書では、『関連づけ思考』を引き起こす4つの行動を紹介している。関連づけ思考とは、一見無関係の情報やアイデアを結び付け、それらを新しい方法でまとめる能力である。・・・関連づけ思考とは、質問力や観察力、ネットワーク力、そして実験力を駆使して収集した情報を統合し、意味づけをしようとする脳の働きによって起きるものなのだ。・・・質問をすることは、新しい連想やインサイトを促進する原動力となる。・・・観察力は新しい視点を生み出す。・・・ネットワーキングを行って単に情報を入手するのではなく、多様な人とやり取りをし、新しいアイデアを手に入れる。・・・インサイトは絶えず実験を行うことによって得ることができる。[p.96-99]」
・インサイトを選ぶ:「不確実性の高い状況下で、見込みがあるアイデアを選ぶのは極めて難しいことなのだ。それよりも実験を行って、追求すべき優れたアイデアを検証するほうがよいのだ。[p.114]」
・「究極的には、アイデアを突き詰めていくための時間と機会を与えることが、会社として提供できる最も重要なことである。[p.116

第4章、課題――片づけるべき用事の発見(Problem – Discover the Job-o-Be-Done
・「『課題』には顧客の苦悩と願望の両方の意味がある・・・片づけるべき用事とは、顧客が製品を購入する理由となるニーズのことである。[p.43]」「すべての用事には機能的、社会的、感情的という3つの側面があり、これらの要素の重要性は用事ごとに異なっている。[p.120]」
・「どの用事が解決する価値があるか・・・の判断には、『収益につながる用事』を探すとよい。収益につながる用事とは、(1)お金を持っていて、(2)用事を解決するためにはお金を払う顧客の多くが抱えている重要なニーズや課題のことである。・・・どのような用事にも最大で3種類の顧客が存在する。その3種類とは、経済顧客(用事の解決にお金を払う顧客)、技術顧客(ソリューションを導入する顧客)、最終顧客(ソリューションを利用する顧客)である。[p.122]」
・収益につながる用事を見つける3種類のツール:ペイン・ストーミング(課題に関する仮説-カスタマー・ジャーニー・マップ-最も困っている根本原因を分析-顧客にとって最も重要な根本原因を選ぶ-根本原因の背後にある前提を特定し、顧客と共に実験する)、エスノグラフィー、アドバイス・インタビュー(顧客にインタビューする際にアドバイスを求める)[p.126-137]」
・解決に値する課題を見つけられたかどうかを確認するための2つのテスト:飛び込みテスト(売り込み電話やメールに顧客が時間を割いてくれるか)、スモークテスト(ウェブ上の「詳しくはこちら」などの行動喚起に反応した顧客を調査するなど)[p.140-144

第5章、ソリューション――最小限の素晴らしい製品のプロトタイピング(Solution: Prototype the Minimum “Awesome” Product
・ソリューション・ストーミング:「顧客に対して実験をしてソリューションを一つに絞り込む前に、幅広くソリューションを調査」。ヒントは類似性(自分の業界に近いか遠いか)、要素(部分か全体か)、観察可能性(過去の事例から学べるか)。[p.156-160
・4種類のプロトタイプ:理論上のプロトタイプ(「自分の考えをきちんと整ったイメージとして表現することで、ソリューションの使用ではなく、全体像を示すことができる」)、バーチャルプロトタイプ(ソリューションを持っているふりをする、「本物に見えるようなもの」)、実用最小限のプロトタイプ(「最小限の機能を組み合わせた製品で、顧客が抱える『核となる』課題を解決するものの、単独で動作する最小限の機能を持つ製品」「エリック・リースが『リーン・スタートアップ』で使っていた『製品』という言葉ではなく『プロトタイプ』という言葉を使う」)、最小限の素晴らしい製品(「顧客があらがうことができず、強い関心を抱くような素晴らしいもの」)。[p.162-179]」
・プロトタイプが「正しい」ものかどうかを確認する3つのテスト:ワオ・テスト(顧客が熱狂しているような様子が見られるか、どの程度わくわくするかを回答してもらう)、NPSテスト(ネット・プロモーター・スコア、製品やサービスを同僚や友人に勧めるかを尋ねる)、支払いテスト(「実際に料金を徴収するかどうかは別として、自社のソリューションに対して顧客がお金を払ってくれるようにお願い」してフィードバックを得る)[p.182-187

第6章、ビジネスモデル――市場投入戦略の検証(Business Model – Validate the Go-to-Market Strategy
・「ビジネスモデル」という用語は、顧客に価値を届ける、そして顧客から価値を得るための企業の全体的な戦略を意味している。[p.196]」
・ビジネスモデル・スナップショット:ビジネスモデルキャンバスの部分集合として6つの要素を抽出。価値提案(提供するソリューション)、価格戦略(ソリューションの価格をどうするか)、顧客との関係(顧客獲得の方法)、チャネル(顧客がソリューションを手にいれる方法)、主要活動(コスト構造)、リソース。[p.196-198
・顧客影響ピラミッド:顧客への影響は、自社に近く、コントロールしやすいものから、ターゲット顧客に近く顧客への影響が大きいものまである。自社に近いものから、1、パートナー、2、広告、プロモーション、ソーシャルメディア、3、インフルエンサー(参照顧客、専門家、同僚、出版物、メディア)、4、直接の推薦や口込み、となる。[p.213-217
・コスト構造:「固定費は前払い資金が必要になり、量に左右されやすい。不確実な状況下では、このような投資は危険なのだ。[p.220-221]」
・「破壊的イノベーションを既存のビジネスモデルに持ち込もうとする場合は、ほぼ間違いなく、既存のビジネスモデルを破壊しなければならない。新しい事業部を設立したり、既存の事業部から分離させたり、ビジネスモデル自体を検討するための個別の事業部を作ることまでしながら、新しいビジネスモデルを実践していくための機会を作ることを恐れてはならない。[p.223]」

第7章、ピボットのマスターMaster the Pivot
・「成果を上げたイノベータを研究した結果わかったことは、不確実な状況下で実施するビジネスのほとんどの時間は間違っているのだと『覚悟しておく』べきだということだ。・・・自分が間違っていることを素早く学び損ねることが失敗なのだ。[p.231]」
・「自分が間違っていることに気づいた時には変更をする必要がある。その変更がピボットである。[p.231]」
・「実際に変更する際には、すべてを投げだすのではなく、その過程で学習したことを利用して、片足は地に着けつづけるのだ。ピボットを行う際は、アイデアの一つの側面を変更する。・・・変更をするといっても、『ピボット』という言葉は、ソリューションを最適化したり、流通経路を精緻なものにしたりといった小さな変更を意味しているわけではない。そのような変更はイテレーションと呼んでいる。[p.232]」
・ピボットのタイミング:仮説検証結果に基づく(そのためには仮説が明確であることが必要)。見直しのタイミングをあらかじめ設定しておくこともよい。[p.237-239
・「不確実な状況下で学習するという前提で考えると、3つのテスト手法がある。それは仮説的、帰納的、演繹的なものの3つである。『仮説的』学習というのは、推論をするプロセスで、通常、直観に基づいたものである。例えば、顧客が求めている製品やサービスについての仮説を作るために、顧客にとって必要かどうかと実験するのではなく、実際に製品を作ってしまうような方法である。次の『帰納的』学習というのは、理論を構築するプロセスで、通常、推論に基づいて構築するのだが、その際にエスノグラフィーやインタビューなどの定性的な手法を活用する。・・・最後の『演繹的』学習は、理論を実験するプロセスで、通常、定量的な手法を使い、理論が正しいかどうかを証明する。[p.238]」「調査では、あまり成果を上げられていないマネジャーはアイデアの検証に一つの手法しか使っていない傾向があり、なかでもアンケート調査のような定量的なツールしか使っていなかった。[p.239]」
・「不確実性が高い課題を解決する初期段階では、範囲を狭める前に幅広く眼を向ける必要がある。[p.240-241]」
・「ピボットサイクルは延々と続けるべきなのだろうか。・・・答えは『ピボットによる急成長』地点を探すことだ。ピボットによる急成長は、変更を行ったあと、顧客の関心の軌跡に大きな変化が見られた場合に起きる。・・・ピボットを行っても、それぞれの変更に対してわずかな改善しか見られなかったり、かえって悪い結果になってしまう場合、現在の手法によって実現できることの限界に達しているのかもしれない。・・・12~18ヵ月の間に6~7回の大きなピボットを行ってもピボットによる急成長が実現できない場合、現在考えている課題やソリューションをあきらめ、まったく新しいものを探すタイミングかもしれない。[p.243-244]」
・「ピボットによる急成長を実現したあとは、その成長を最大化することに注力すべきである。[p.247]」
・「比喩として景色について考えてみると、平地や谷は機会がない状態を、丘は小さな機会がある状態を、そして山は大きな機会がある状態を表している。研究者たちの長年の調査によれば、多くの企業が小さな丘にはまってしまい、近くのより大きな機会の山を見損ねてしまっている。[p.250]」「時には視線を上げ、自分のそばに見逃してしまっているような機会の山がないかどうか確認しなければならない。[p.253]」

第8章、拡大Scale It
・「イノベーション実現メソッドを適用することに熟練している場合、拡大フェーズに移行する際に大きな困難に直面するかもしれない。・・・拡大フェーズになると・・・優れたイノベータは成果を上げられないマネジャーを生み出してしまう可能性がある。[p.255]」
・「プロジェクトに潜んでいる不確実性を素早く解消するためにイノベーション実現メソッドを適用すると、仮説が事実になり、未知のものが既知のものになり、不確実なものが確実なものになる。・・・イノベーションを起こすことから実行することに移行する際に、そのプロジェクトは、起業家的なマネジメントでも伝統的なマネジメントだけでも十分ではない、移行フェーズを通過することになる。この期間は、成熟した成長するビジネスに移行するため、二つのマネジメント慣習を効果的に融合する方法を学ぶ時期である。[p.257]」「インサイトや課題、ソリューション、ビジネスモデルを特定するために使うプロセスは、ビジネスを拡大する際には役に立たないということだ。伝統的なマネジメントの原則を取り入れる必要がある。[p.281]」
・拡大するタイミング:「一般に同じ種類の課題が繰り返し発生する場合、転換点に達していることになる。・・・転換点に達し、拡大するタイミングであることを示す別の二つの指標がある。それがソリューションの標準化とチームの成長である。[p.260-262]」
・「スタートアップが拡大していく際、最初の成長のあとに停滞を経験する場合が多く、創業チームはこの状況に困惑する。・・・ロジャーズ・・・が『イノベータ』や『アーリー・アダプター』と呼んでいるグループは、リスク許容度が高く、最先端に居続けるために新しいものを試すことをいとわないので、いかなるイノベーションでも最初に採用する。結果、このような顧客は可能性のあるイノベーションの欠点を気にとめず、利点を探そうとする。一方、『アーリー・マジョリティ』や『レイト・マジョリティ』と呼ばれるグループは異なる好みを持っている。・・・この違いについては、後にジェフリー・ムーアによって、企業が直面する『キャズムを超える』際の大きな課題として取り上げられた。アーリー・マジョリティやレイト・マジョリティは実用最小限の製品は求めていない。彼らが求めているのは『ホールプロダクト』である。ホールプロダクトとは、すべての機能が搭載され、機能的で、不具合がまったくないソリューションである。[p.264]」

第9章、イノベーション実現メソッドを機能させるMaking the Innovator’s Method Work for You
・「トップマネジメントチームがイノベーション実現メソッドの考え方を支援しなかったり、知らないような場合、どのようにすべきなのだろうか。イノベーション実現メソッドを自分自身や自分のチーム、あるいは組織で機能させるには、どのようにすればよいのだろうか。答えはイノベーション実現メソッドを自分の環境に合わせて編集することだ。[p.283]」「状況に合わせて手を加えたとしても、基本的な原則に照らして忠実に行う部分は残しておかなければならない。基本的な原則とは、課題を特定し、それを解決するために必要な仮説を特定し、コストをかけずに実験を行い、仮説を検証し、できる限り時間をかけずに学習をするということだ。[p.311-312]」

まとめ、不確実性を機会に変えるTurn Uncertainty into Opportunity
・「不確実性の高い状況下では、消えずに残る唯一の優位性は不確実性をマネジメントする能力である。・・・この不確実な時代において、学習速度は新しい競争優位である。[p.321-325]」
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どういう場合にどのようなイノベーションの進め方をとるべきか。著者の主張のポイントは、不確実性の程度に応じて方法を変えるべきだとしている点だと思います。そして、様々に提案されている手法の中から、特に不確実性の高いイノベーションにおいて有効な方法を選び出してまとめているところが本書の特徴といえるでしょう。もちろん、本書の方法が唯一というものでもないでしょうし、これからよりよい方法が提案され、イノベーション手法はさらに発展していくでしょう。しかし、基本的な方向性は本書で十分に示されているように思います。特に実務家にとっては、現時点での最も使いやすい指針と言えるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:Nathan Furr, Jeff Dyer, 2014、ネイサン・ファー、ジェフリー・ダイアー著、新井宏征訳、「成功するイノベーションは何が違うのか?」、翔泳社、2015.
原著表題:The Innovator’s Method: Bringing the Lean Start-up into Your Organization

参考リンク




リーダーの精神状態が及ぼす影響(「コーチングが必要な困ったリーダーたち」ケッツ・デ・ブリース著DHBR誌論文より)

人のパフォーマンスにはその人の能力が影響しますので、能力を正しく評価し、その育成を図ることは重要です。しかし、「能力」とは何か、ということになるとそれほど明確なわけではありません。ごく一般には、何かを達成するためのスキルや知識とそれを活用する力、ということになるでしょうが、それに加えて精神面、感情面での能力(例えばEQEIなど)を考慮すべきだという考え方があります。「動機づけ」や「やる気」などを考えてみても、パフォーマンスに感情が影響することはいうまでもないことと思いますが、そうした感情の中身についてはそれほどはっきりしたことがわかっているわけではないように思います。

感情を扱う上での難しさのひとつには、感情は、スキルや知識に比べて変動しやすいことが挙げられると思います。スキルや知識であれば一旦獲得したものはそれなりの期間維持でき、そこに新たなスキルや知識を積み重ねて発展させていくこともできますが、感情はよい状態を維持することすら難しいことがあります。さらには、メンタル・ヘルスの問題が外乱因子として作用することもあるでしょう。今回は、こうした問題を考えるための材料として、リーダーのメンタルヘルスの問題をとりあげた論文「コーチングが必要な困ったリーダーたち」(ケッツ・デ・ブリース著)[文献1]をもとに、人間の感情がもたらす影響について理解を深めたいと思います。

職場環境はリーダーで変わる
・「職場環境は上級幹部次第で、人材が育って最大限の力を発揮するようにもなれば、不満の温床にもなる。どちらに転ぶかは、幹部自身のメンタル・ヘルスの状態によっても変わってくる。精神的に安定した健全な幹部は一般に、従業員にとって納得のいく環境を築く。ところが、メンタル・ヘルスに不安のある人物が上層部にいると、事業計画、アイデア、対人関係、さらには組織の制度や仕組みそのものにまで負の影響が及ぶ。」
・「以下では、病理をいくつかのタイプに分けて紹介するが、全員がどれか一つにすっきり当てはまるわけではなく、いくつかのタイプの特徴を合わせ持つ人もいる。会社で部下を持つ立場の人々の大半は心の健康を保っているが、上級幹部について見ると、何らかの不調を抱えている人は驚くほどの数に上る。健全な情緒を持つ幹部でさえも、必ずと言ってよいほど本稿で紹介する諸タイプの特徴をいくつか持っており、必要な対処も同じである。」
・「困ったリーダーのなかにはどうにも変わらない人々がいるのも事実である・・・。その大きな原因は、多くの企業が負の影響を持つ行動を後押ししたり、その温床になったりしていることである。」

ナルシシスト
・「不健全な傾向のうちで企業の上級幹部に最も多いのは、病的なまでの自己陶酔(ナルシシズム)である。自己陶酔の傾向は程度の差こそあれだれにでもあり、・・・社会生活に支障を来さないためには、多少なりともこの傾向が欠かせない。・・・しかし、自己陶酔も行き過ぎると弊害がある。誇大妄想を背景とした病的なまでの自己陶酔に陥ると、我田引水になって分別を失う。過大な注目や気遣いを周囲に要求し、自分は偉いと思い込み、どのような手段を使ってでも権力と威光を手にいれようとする。」
・「ナルシシストかどうかを判断するには、部下たちの反応を見るとよい」。大勢からの批判として、部下たちの労にけっして報いようとせず人材を『使い捨て』にする、という見方があったり、職場や仕事への不満があったりする。
・「ナルシシストに対しては強い警告を発したくなるかもしれないが、繊細な自意識を動揺させるようなことをいっさい避けるのが、彼らに接する際の第一のルールである。彼らの偉そうな態度はたいての場合、子ども時代の『自分には欠点があって親を喜ばせることができない』という意識を打ち消そうとして生まれたものである・・・。ナルシシストは表面的には自信満々に見えるかもしれないが、本当は非常に傷つきやすいのである。このためコーチは、ナルシシストの自尊心を打ち砕くのではなく、むしろしっかりした土台の上に築くことを第一の目標に据えなくてはならない。」
・「一般に、ナルシシストの他人に対する姿勢は心酔か軽視、どちらかである。」「ナルシシストの野心を動機づけ要因として活かす手もある。・・・ナルシシストの野心に訴えかける際には、言うまでもなく、尊大さに火をつけないよう気をつけなくてはならない。」

双極性障害Manic-Depressive
・「双極性障害(躁鬱病)もまた、一部の経営幹部を悩ませる病理である。」
・「双極性障害のような深刻な気分障害の治療は、心理療法と投薬の併用が一般的である。ただし、困ったことに、双極性障害の患者はまず治療に応じようとしない・・・。彼らは現実を正しく受け止めることができず、躁と鬱どちらの状態であっても、自分がどういう印象を持たれているか、他者にどう接しているか、十分に認識しない。このままではいけないと気づいてもらうことが肝要であり、最適なのはナルシシストとは正反対の手法である。つまり、双極性障害に陥っている人には、対人関係の実情を直視させ、直接の影響下にある人々と力を合わせて安定した関係が築けるよう、促すのだ。このような状況では、コーチは関係者の助力を借りるとよいだろう・・・。・・・双極性障害を持つ人々は、容易にはそうと認めないものの、自分に問題があることにある程度は気づいている。このため、現実を直視させてともに解決策を探りやすい。」

受動攻撃性パーソナリティ障害PAPD)(Passive-Aggressive
・「受動攻撃性パーソナリティ障害(PAPD)とは、後ろ向きの感情を直接的には示さず、表立った衝突を避けようとする人格を指す。この傾向は、自分の希望をありのままに表に出してはならないとしつけられた人に見られる。そのような家庭で育つと、子ども心にも、感情をすぐに抑えてしまい、はっきり態度を示すのを極度に嫌がるようになるのだ。以後の人生では、表面的には相手に合わせながら、影では妨害を試みるようになる。しかも、感情を抑制するあまり、相手に対して非協力的だという自覚がない場合もある。」
・「PAPDを持つ経営幹部は、依頼や要請を受け入れる姿勢を示すが、その実は、期限を守らない、会議に遅刻する、弁解をする、さらには目標達成を密かに妨害するなどの行動を取る。義務を果たすまいとして、引き延ばし、ぐずぐず、物忘れといった作戦に出がちである。詰め寄られたり催促されたりすると仕事を前に進めようとしなくなるおそれがあるが、重圧を感じない状況ではよい仕事ができる。」
・「PAPDタイプの人は、権威ある人物への敵対的な態度を改めなくてはならない。そのためにコーチは、感情転移を促すことになる。」「PAPDは自尊心が低いため、コーチの手で引き上げなくてはならない。そのために最も望ましいのは、率直に自己表現する訓練を積ませるとともに、自分の置かれた状況をどう解決ないし改善するつもりか説明を求めることである。」

失感情症Emotionally Disconnected
・「失感情症の人は、物事を額面通りにしか受け止めず、創造力をほとんど示さず、通常は感情を表現できないどころか自分の感情に気づきさえしない。このため彼らは、他者が発する往々にして複雑な幾多の感情シグナルをうまく解釈できず、自分の力ではどうにもなりそうもない危険なものとして受け取る。とはいえ、失感情症だからといって成功への道が断たれるとは限らない。特に、官僚的な性質の強い大組織では、安全策、正論、予測可能性、目立ちすぎない姿勢が報いられるため、失感情症が出世にマイナスになる度合いは小さいだろう。しかし、・・・高業績組織で必要とされる活力、ひらめき、ビジョンと無縁であるため、同僚や部下をやる気にさせることができない。コミュニケーションが不得手で相手の感情を読まないため、人々の能力を十分に引き出す術を持たない。しかも、予想外の出来事への対処が苦手なせいで、業務の進展を妨げかねない。感情に乏しいと組織文化の印象を悪くするほか、創造性やイノベーションの芽を摘んでしまう。」
・ストレスに対し、「情緒的反応ではなく体調面の不調を感じ取る」のが典型的症状。「失感情症の患者に対しては、相手が体調不良を訴えても、医療を施そうという気持ちは抑えるべきである。」
・対応方針としては、「少しずつ自身の感情に気づいて適切に対処できるよう促す」、「多様な感情に気づき、耐え、言葉で表す訓練」などがある。
―――

個人や組織から高いパフォーマンスを引き出そうとするとき、まず注目してしまうのは、スキルや知識、行動力などのいわゆる「能力」の部分と、「動機づけ」の部分ではないでしょうか。しかし、本論文が指摘するようなメンタル・ヘルスの問題も重要だと思います。もちろん、メンタル・ヘルスの状態を「リーダーシップ」、「マネジメント能力」の一部として考えることもできるかもしれませんが、精神の問題は理屈や論理で処理できない場合があることを考えると、スキルや知識に類するものとは区別して考えた方がよいようにも思われます。例えば、能力はあるはずなのにそれを発揮できていない、仕事に対するやる気が思うように伸びていかないなどの場合には、その原因がメンタル・ヘルスの問題に起因していないかも考えてみる必要があるでしょう。ただし、「メンタル・ヘルス」という言葉からは、特定の人や、一時的な心の不調、問題傾向を指しているという印象を受けやすいと思われますので、そうではなく、どんな人にもある程度存在しうる傾向であると捉える必要があるかもしれません。本論文によれば、精神面の不具合は適切に介入すれば修正が可能なようですので、問題のある人を排除すればよいと考えるのではなく、個人のよい点を伸ばしながら問題を修正していく努力が求められるのだと思います。本論文ではリーダーの問題について解説されていますが、このような問題は何もリーダーに限ったことではないでしょう。個人や組織の能力を発揮させる上で、「能力」や「動機づけ」に加えて考慮すべき新たな視点ではないか、という気もしますが、いかがでしょうか。


文献1:Manfred F. R. Kets de Vries(マンフレッド・F・R・ケッツ・デ・ブリース)著、有賀裕子訳、「コーチングが必要な困ったリーダーたち 職場環境はリーダー次第」、Diamond Harvard Business Review、2015年2月号、p.92
原著:Coaching the Toxic Leader, Harvard Business Review, Apr. 2014.

参考リンク



マネジメントについての考察など・目次(2015.9.13版)

「マネジメントについての考察など」というカテゴリーではマネジメント全般の話題や研究マネジメントに関する私見などを書かせていただいています。この目次は記事表題とリンクのリストになっていますが、別ページに要約入りの目次(「その1」「その2」)を設けています。

その1・・・要約入りはこちら
研究総論
技術の的、研究の役割2010.7.25
苦しいときの術開発頼み
2011.9.4
研究とアイデア
創造性を引出すしくみ2010.10.24
アイデアの扱い方と知の呪縛(「アイデアのちから」より)
2012.7.16)、参考リンク
ュレーションと研究開発(勝見明著「キュレーションの力」感想)
2012.3.11)、参考リンク
「クラウドストーミング」(エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著)より2015.2.1)、参考リンク
アンラーニングの重要性(杉野幹人著「使える経営学」より)
2015.3.29)、参考リンク
研究の管理
研究の管理と評価再考2010.8.1)、参考リンク
数値目標の功罪
2012.5.20)、参考リンク
研究者と金銭的報奨2010.9.12)、参考リンク
研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか
2010.10.3
モチベーションは管理できる?
2011.1.23
報連相と研究開発
2011.10.2
技術者流出考
2012.10.8)、参考リンク
「ゲーミフィケーション集中講義」(ワーバック、ハンター著)より2014.10.13)、参考リンク
研究と人の問題
研究者の齢限界?2010.12.12)、参考リンク
競争心と究開発
2011.3.6)、参考リンク
研究開発とフラトレーション:ルーチンワークの罠
2011.5.8)、参考リンク
幸福感と成果
2012.9.9)、参考リンク
成功体験の意味
2012.12.9
人事のプロへの期待(八木洋介、金井壽宏著、「戦略人事のビジョン」より)
2012.11.18)、
参考リンク
変化の方法(チップ&ダン・ハース著「スイッチ!」より)2013.1.6)、参考リンク
エキスパートになる、育てる(金井壽宏/楠見孝編、「実践知」より)2013.7.15)、参考リンク
「経営学習論」(中原淳著)より2013.8.25)、参考リンク
「イノベーション・オブ・ライフ」(クリステンセン著)とマネジメント理論
2014.1.5)、参考リンク
一技術者からみた「源泉」(ジャウォースキー著)感想
2014.4.27)、参考リンク
「GIVE & TAKE」(グラント著)より
2014.5.25)、参考リンク
「なぜ人と組織は変われないのか」(キーガン、レイヒー著)にみる変革の方法
2014.7.27)、参考リンク
ピープルアナリティクスとマネジメント(ウェイバー著「職場の人間科学」より)
2014.9.7)、参考リンク
「『好き嫌い』と経営」(楠木建著)と研究開発
2014.11.16)、参考リンク
創造性考(「創造性と生産性」DHBR誌2014年11月号特集より)
2014.12.14)、参考リンク
タレントとイノベーション(「『タレント』の時代」(酒井崇男著)より)
2015.8.16)、参考リンク

その2・・・要約入りはこちら
研究と組織の問題
プレイングマネジャーの功罪2011.4.10)、参考リンク
研究組織におけるコミュニケーションの難しさ
2011.11.13
研究における企画という仕事
2012.2.12
部下を守る?組織を守る?技術を守る?
2012.4.30)、参考リンク
研究者の主体性
2012.6.24)、参考リンク
研究とプレッシャー2013.2.3):チームへの影響、参考リンク
フューチャーセンターとは
2013.6.9)、参考リンク
データが語るよいマネジャーとは(ガービン著「グーグルは組織をデータで変える」DHBR2014年5月号より)2014.6.22)、参考リンク
「ミンツバーグ マネジャー論」より
2015.3.1)、参考リンク
「チームが機能するとはどういうことか」(エドモンドソン著)より
2015.4.26)、参考リンク
集合天才を導く(ヒル他著、「グーグルを成功に導いた『集合天才』のリーダーシップ」DHBR2015年5月号より)
2015.6.21)、参考リンク
研究の進め方
魔の川、死の谷、ダーウィンの海を越える2012.1.15)、参考リンク
技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗2010.11.14
研究開発におけるスピードと俊敏さ-「加速の罠について」
2011.2.13)、参考リンク
思考停止をもたらすもの
2011.7.31)、参考リンク
研究開発と会議
2011.10.23
協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ
2011.12.18)、参考リンク
正しい現場主義と研究開発
2012.4.8)、参考リンク
試行錯誤のプロ
2012.8.12
協力と支援(シャイン著「人を助けるとはどういうことか」より)
2013.3.3)、参考リンク
ファシリテーションの意義
2013.4.14)、参考リンク
デザインとイノベーション(エスリンガー著「デザインイノベーション」より)
2013.5.12)、参考リンク
不確実な状況に対処する方法(ケイ著「想定外」より)2013.9.29)、参考リンク
目的工学とは
2013.11.4)、参考リンク
チェックリストの力(ガワンデ著「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」より)
2013.12.1)、参考リンク
持続的競争優位をもたらす戦略とは(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年11月号より)
2014.3.16)、参考リンク
「ブラックスワンの経営学」(井上達彦著)と技術研究
2015.1.4)、参考リンク
失敗を知る(菅野寛著「経営の失敗学」より)
2015.7.20)、参考リンク
研究における判断と説得
イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)」2011.1.3)、参考リンク
意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)
2012.10.28)、参考リンク
ビジネス書の間違い?-『なぜビジネス書は間違うのか』
2010.8.11):Rosenzweig著、参考リンク
経営判断の頼りなさと経営学(ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」より)2014.2.9)、参考リンク
情報の扱い方(ハーツ著「情報を捨てるセンス選ぶ技術」より)
2015.5.24)、参考リンク
研究開発事例
2010年のベスト50発明(「Time」2010.11.22号)2010.12.5)、参考リンク
1年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2011.12.25)、参考リンク(上と同じ)
3年後のTime誌「2010年のベスト50発明」
2013.12.23)、参考リンクは上と同じ



「オートメーション・バカ」(ニコラス・カー著)より

技術の発達が人の仕事を奪う、という議論が最近よく話題になります(例えば、本ブログでも「コンピュータが仕事を奪う(新井紀子著)」、「機械との競(ブリニョルフソン、マカフィー著)」をとりあげました)。人の仕事を楽にすることは技術開発の大きな目的のひとつですので、機械が人の仕事を代替し、それによって人が仕事を失うことは、当然起こりうることでしょう。しかし、長期的に見れば技術の発展は新しい仕事を生み出すのだから、一時的な失業増加はそれほど大きな問題ではない、という意見もあります。

もちろん、こうした未来予測で確定的な答えを得ることは困難ですが、未来を考える上で、技術の発展が人間にどのような影響を及ぼすかを知ることは重要でしょう。ニコラス・カー著「オートメーション・バカ」[文献1]では、この問題が議論されており、著者は、「本書はオートメーションについての本である。かつてわれわが自分でしていたことをやらせるために、コンピュータやソフトウェアを使うことについての本である。オートメーションのテクノロジーや経済学、ロボットやサイボーグやガジェットの未来のことも話には入ってくるが、そうしたことについての本ではない。オートメーションが人間にもたらす影響についての本なのである。・・・オートメーションは必ず、隠された深い影響を与えるものだ。・・・すべてがよい方向に働くわけではない。[p.10]」と述べています。単なる雇用の問題を超えて示唆に富んだ多くの事実、考え方が述べられていると思いましたので、今回はその中から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

オートメーションの意味するもの
・「コンピュータの能力を測るに際し、経済学者や心理学者は長年、知に関する二つの基本的分類に依拠してきた。暗黙知と形式知である。暗黙知はしばしば手続き的知識とも呼ばれ、考えることなしにわれわれが行なうすべての事柄を指している。・・・コンピュータは形式知に基づくスキルは複製できるけれど、暗黙知から来るスキルとなると得意ではないものだとわれわれは思いこんでいる。」しかし、「グーグルカーは、人間とコンピュータとの境界線をリセットする。・・・思っているほどわれわれは特別な存在ではないのだ。暗黙知と形式知の区分は、心理学の領域ではいまなお重要であるけれど、オートメーションについての議論においては、妥当性の多くを失っている。・・・コンピュータの超人的速度が意味することは、われわれが暗黙知をもって行なう複雑なタスクの多くを、彼らは形式知を使って遂行できるだろうということだ。・・・コンピュータ独特のこの力は、場合によっては、われわれが暗黙知によるスキルだと考えているものを、われわれ自身よりも上手く遂行することを可能とする。[p.19-22]」
・「どんな活動が自分を満足させ、どんな活動が不満をもたらすかを、われわれはまるでわかっていない・・・心理学者はこれに『欲求ミス(ミスウォンティング)』という詩的な名前をつけている。好まないものを欲し、欲していないものを好む傾向がわれわれにはある。・・・・仕事には、『人が関与し、集中してわれを忘れるよう催促する』ゴールと難題が、『ビルトイン』されている・・・。だが、われわれをあざむく精神は、われわれにそのようには思わせない。機会さえあればわれわれは、労働の過酷さから自身を解放しようとする。[p.27-29]」
・「オートメーションは悪いものだということではない。オートメーションと、その先駆者である機械化は、何世紀にもわたって前進してきたのであり、その結果われわれの状況は、全般的に大きく改善されてきた。オートメーションは賢く使えば、われわれを骨の折れる労働から解放し、もっとやりがいと充足感のある試みへと駆り立ててくれる。問題は、オートメーションについて合理的に考えたり、その意味を理解したりするのが難しいということだ。[p.30]」

オートメーションと雇用
・「世界的に製造業の雇用者数はここ数年減少しつづけている。・・・その一方、製造業全体の生産量は急増している。経済成長が新たな製造業の職を創出するより速く、機械が工場労働者に取って代わりつつあるのだ。・・・資本家にとってみれば労働は問題であり、この問題を解決してくれるのが進歩なのだ。テクノロジーが雇用を消し去るのではという恐怖は、非合理的なものであるどころか、『きわめて長期的には』実現する運命にあるのだと、高名な経済史家ロバート・スキデルスキーは主張する。[p.47-48]」

高度専門職へのオートメーション拡大と人への影響
・オートパイロット:エアバスA320のモニターに覆われた操縦室は、パイロットからは「グラスコクピット」と呼ばれた[p.70]。「『オートメーションが高度になるにつれ、パイロットの役割は、オートメーションの監視者または監督者へとシフトしている』。・・・コンピュータ・オートメーションに過度に依存すると、パイロットの専門技術が浸食され、反応が鈍り、注意力が減じる可能性があり、・・・『乗務員のスキル棄却』を招きうる・・・。[p.73-75]」「精神運動的スキルがさびついたため、操縦に戻ることを要求される、まれな、しかし重大な機会において、パイロットが身動きを取れなくなるケースが出てきたのだ。[p.79]」「グラスコクピットは、ガラスの檻(グラス・ケイジ)にもなりうる。[p.86]」(注:Glass Cageは原著表題)
・医師による電子医療記録の利用でもスキル棄却などの様々な問題が指摘されている[p.124-149]。また、トレーダー、弁護士、経営者、システム技術者などのエリート専門職の仕事へのコンピュータの侵入も進んでいる[p.150-153]。GPSの利用によりナヴィゲーション・スキルが失われてきているという(ナヴィゲーションに関わる脳内の細胞は、出来事や経験の記憶の形成にも関わっているらしい)[p.164-179]。コンピュータで作業するデザイナーでは、初期段階のデザインに固執する傾向(早期固定)などの問題が指摘されている[p.179-191]。

オートメーションと人
・「われわれのほとんどは・・・オートメーションをよいものだと考えている。・・・行動や思考のあり方を変えるものではないと思っている。だがそれは誤謬だ。オートメーションの研究者が『代替神話』と呼ぶものの表われである。労働節約の装置は、ある仕事のなかから、切り離し可能な限られた部分だけを代替するのではない。それに参加する人々の役割、姿勢、スキルを含めた、仕事全体の性格を変えるのだ。[p.90]」
・「コンピュータの助けを借りてタスクに取り組む者は、『オートメーション過信』と『オートメーション・バイアス』という、2つの認知的不調に陥りがちである。・・・オートメーション過信は、コンピュータがわれわれを偽りの安心感へと誘いこむことで生じる。機械は不具合なく動くだろう、難題にもすべて対処してくれるだろうと信じこむと、われわれの注意力はさまよいはじめる。[p.91]」「オートメーション・バイアスは、・・・モニターに流れる情報に過度の重みを置いた場合に忍び寄る。その情報が間違っているとき、あるいはミスリーディングであるときも、それを信じこんでしまうのだ。[p.93]」
・「1970年代以来、認知心理学者は、生成効果と呼ばれる現象を記録している。・・・書かれたものを読んでいるだけのときよりも、積極的に心に呼びだしているとき――生成しているとき――のほうが、単語をはるかによく記憶するというものだ。・・・ソフトウェアによって仕事への没入度が下がっているとき、およびとりわけ、観察者やモニターといった受動的役割へと押しやられているとき、われわれは、生成効果の支えである深層認知処理活動を止めている。その結果、ノウハウへとつながる類の、現実世界の豊かな知識を獲得する能力が阻まれる。〔p.97-100〕」
・ヤーキーズ・ドッドソンの法則:「刺激のレヴェルが非常に低いとき、人は注意も向かず意欲も起こらず不活発なままで、パフォーマンスもほぼゼロのままである。刺激の程度が上昇すると、それにつれてパフォーマンスも向上し、・・・やがて頂点に達する。すると、刺激が強まりつづけているにもかかわらずパフォーマンスは低下しはじめ・・・る。刺激が最高度に達したとき、人はストレスのせいで実質上麻痺してしまっており、パフォーマンスは再びゼロになる。・・・学習とパフォーマンスの質が最も上がるのはヤーキーズ・ドッドソン曲線の頂点にあるとき、すなわち、難題に直面してはいるけれども圧倒されていないときである。[p.118-119]」
・「最初の人工知能戦略は惨敗に終わった。われわれの脳内で動作しているものが何であれ、それをコンピュータ内部で動作する計算に還元することはできなかったのである。今日のコンピュータ科学者たちは、人工知能に対して非常に異なるアプローチを取っている。・・・目標はもはや、人間の思考の過程を複製することではなく・・・思考の結果を複製することとなっている。・・・精神が生み出す特定のもの・・・に注目し、精神を持たないコンピュータが、同じ結果に到達するようプログラムしている。[p.155]」
・「もしわれわれが不注意であれば、知的労働のオートメーション化は・・・文化そのものの土台のひとつを浸食してしまうだろう――つまり、世界を理解したいというわれわれの欲望を、である。予測アルゴリズムは、相関関係の発見に神のごとく長けているかもしれないが、特色や現象の裏にある原因にはまったく無関心だ。しかし、因果を見出すこと――物事がなぜ、どうやってそのように動いているのかを、細心に解きほぐしていくこと――こそが、人間の理解の範囲を押し広げ、究極的に、知に対するわれわれの探究に意味をもたらすのである。[p.160-161]」
・「われわれは知的労働を、あたかも肉体労働とは違うもの・・・として語りがちであるが・・・どんな労働も知的労働なのだ。・・・現代の心理学と神経科学において、最も興味深く、最も教えてくれるところの多い研究分野のひとつに、『身体化された認知』と呼ばれるものがある。・・・脳と身体は同じ物質からできているだけでなく、その働きもまた、われわれが思っているよりもはるかに緊密にからみ合っているのだ。[p.192-194]」

人間のためのオートメーション
・「機械はその製造者同様、誤る可能性を持っている。[p.199]」「オートメーション・テクノロジーが複雑化」するにつれ、「システムは、科学者が言うところの『カスケード故障』を起こしやすくなる。ある一部分の小さな不調が、広範ににわたるカタストロフィックな故障の連鎖を引き起こす現象のことだ。[p.200-201]」
・「最終的に人間は単なるモニター、スクリーンを受動的に監視するだけの存在になる。しかしその仕事は、精神がふらふらさまようことで悪名高いわれわれ人間が、とりわけ不得意としているものだ。[p.203]」
・「人間の心身に対してコンピュータなどの機械が与える影響についての懸念は、最大限の効率と速度、正確性を達成しようとする――または単純に、できるかぎり多くの利益を上げようとする――欲望によって、いつも打ち負かされてきた。・・・テクノロジーの進歩は『利益を求める動機と結びついており、したがって、人間をほとんど考慮しない』〔p.205〕」
・「ヒューマンファクターの専門家たちはずっと前から、テクノロジー第一主義のアプローチから離れ、『人間中心的オートメーション』を取るようデザイナーたちにうながしている。人間中心のデザイン・・・の目的は、コンピュータの速度と正確さを利用するだけでなく、労働者が・・・関与的で、能動的で、注意力を持っていられるよう、役割と責任を分担させることである。・・・人間中心的アプローチの最も興味深い応用例のひとつが、『アダプティヴ・オートメーション』である。・・・アダプティヴ・オートメーションは、コンピュータの分析能力を人間的用途に回すことで、オペレータのパフォーマンスをヤーキーズ・ドッドソン曲線のピークに保ち、認知的負荷の過剰も過少も防ぐことができる。[p.211-213]
・「テクノロジー中心的オートメーションの悪影響について、エンジニアとプログラマーだけが責任を負わされるべきではない。・・・彼らは・・・雇い主やクライアントの要求に応えているのである。・・・結局のところ、彼らがオートメーションに投資する主たる理由は、労働コストを下げ、オペレーションを合理化することなのだから。[p.225]

オートメーションの将来とわれわれの対応
・「複雑な人間の活動をオートメーション化するには、道徳的選択をオートメーション化することが不可欠[p.239]」
・「いかなる大企業も、このまま上手くやっていきたいのなら、オートメーション化し、それからさらにオートメーション化する以外、ほぼ選択の余地はない。[p.253]」
・「ロボット自動車やロボット兵士のプログラミングが提起した倫理的難題――ソフトウェアを制御するのは誰か? 何が最適であるかを決めるのは誰か? 誰の意図や利害がコードに反映されるのか?――は、生活をオートメーション化するアプリケーションの開発にも同様に関連してくる。プログラムがわれわれへの影響力を増せば・・・遠隔操作のような様相が呈されることになる。[p.261-262]」「社会を幸福にしようとするコンピュータ企業の重要な貢献は歓迎されるべきであるが、それらの企業の利害を、われわれ自身の利害と混同してはならない[p.266]」「計り知れないテクノロジーが目に見えないテクノロジーになったとき、われわれは不安を抱くのが賢明だろう。そのとき、テクノロジーの前提や意図は、われわれの欲望や行動に浸透してしまっている。ソフトウェアに助けられているのか、制御されているのか、もはやわからない。[p.268]」
・「道具によって新たな能力の開発が可能となるたびに、世界はいままでと違うもっと興味深い場所、さらに多くの機会のある場となる。自然の可能性に、文化の可能性がつけ加わる。[p.277-278]」しかし、「すべてのツールがそれほど親和的なわけではない。・・・デジタル・オートメーション・テクノロジーは、われわれを世界に招き入れ、知覚と可能性の幅を広げる新たな能力の開発をうながすのではなく、むしろ逆の影響を及ぼすことも多い。[p.179-180]」
・「オートメーションが引き起こす、または悪化させる社会的・経済的問題は、ソフトウェアをさらに投入すれば解決するというものではない。・・・未来の社会の幸福を確かなものにするには、オートメーションに制限をかけねばなるまい。進歩観を改め、テクノロジーの前進にではなく、社会と個人の繁栄に重きを置かねばなるまい。これまでは考えることすらできないと、少なくともビジネス界においては見なされてきた考えをも、受け入れねばならないかもしれない――機械よりも人間を優先することを、である。[p.291]」
・「われわれはラッダイトを、後進性を象徴するカリカチュアにしてしまった。新しいツールを拒んで古いツールを好む者は、ノスタルジアからそうしている、つまり合理性ではなく感傷から選択を行なっているのだとわれわれは思いこんでいる。だが真に感傷的な誤謬とは、新しいものは古い者よりも、われわれの目的や意図につねにかなうものだとする考えだ。それは、うぶでだまされやすい子どもの考えである。あるツールがほかのツールよりすぐれたものである理由は、新しさとは何ら関係がない。重要なのは、それがいかにわれわれを拡張または縮小するか、自然や文化やわれわれ相互についての経験をいかに形成するかなのだ。[p.295]」
・「オートメーションは目的を手段から切り離す。欲しいものがたやすく手に入るようにしてくれるが、知の労働からわれわれを遠ざける。・・・生産の手段ではなく経験の道具としてツールを取り戻すことで、われわれは自由を享受できるだろう。その自由とは、親和的なテクノロジーが世界をいっそう完全に開いてくれるとき、われわれに与えてくれる自由である。[p.296-297]」
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人の作業を機械に行なわせることは、省力化による人件費削減、能力向上、効率化、品質や利便性向上、人為的ミスの削減や労働環境の向上など、様々なメリットを生むものとして、研究開発における重要な検討項目のひとつになっています。そこから生まれる経済的利益は、企業の成長の源として期待され、また、研究開発への投資を正当化する論理の裏付けとなることも多いでしょう。しかし、省力化による雇用減少、雇用構造の変化が社会的な問題となることが指摘され始めています。加えて本書で指摘されているようにオートメーション化自体が人間の能力や社会に悪影響を与えるとすれば、こうした影響をも考慮することは技術者にとっての義務であると言えるでしょう。

本書の示唆の中で、技術開発の視点から特に重要と感じたのは以下の点です。

・人間の特性についての理解が求められていること:特にコンピュータと関わりの深い人間の脳の活動に対する理解を深める必要があるように思います。科学的根拠に基づく、人間の精神活動の捉え直しがマネジメントを考える上で必要とされているように思います。
・結果を求めることはよいことなのか:結果を出すだけならもはやコンピュータの能力は人間の能力を上回りつつあるようです。しかし、因果関係(相関関係ではなく)を発想する能力は人のほうが上回るとすれば、そして、結果をコンピュータに求めることが人の能力の発達を阻害するのであれば、結果を求めることはほどほどにしておくべきなのではないかとも思います。このことは機械が関与しない効率化にも言えるのかもしれません。人間が深く考えなくてすむような作業のマニュアル化、効率化は能力の発達を阻害する可能性があるでしょう。その結果として、新しい発想が出にくくなっているとすれば、効率化を求めるプロセス自体が、人をうまく使いこなすことを阻害しているともいえるような気がします。

とはいえ、経済的なメリットを追求する企業においては無論のこと、近年では公的研究機関でも同じような発想が求められていることを考えると、オートメーション化を批判的に捉えることはそれほどたやすいことではないように思われます。本書の著者も、オートメーション化が抱える問題の将来については悲観的なように感じました。もちろん簡単なことではないでしょうが、効率化から利益を生む発想ではなく、人間に新しい世界を与えるような技術開発、新たな因果関係を見出しそれを発展させる技術開発を目指すべきなのかもしれません。そのために、人間の特性をよく理解し、それに基づいた仕事のやり方を実践していくことが、これからのマネジメントに求められることなのではないかと思います。


文献1:Nicholas Carr, 2014、ニコラス・G・カー著、篠儀直子訳、「オートメーション・バカ 先端技術がわたしたちにしていること」、青土社、2015.
原著表題:The Glass Cage: Automation and Us

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